帰ってきたオバチャン

    作者:本山創助


     深夜。渋谷駅近くの小さく狭いガード下にて。
    「……熱いよぅ……冷たいよぅ……オバチャン、悪くないのに……オバチャン……なーんにも悪いことしてないのに……」
    「大丈夫、私にはあなたが見えます。灼滅されて尚、残留思念が囚われているのですね」
    「……悔しい……悔しいィィ……」
    「私は『慈愛のコルネリウス』。傷つき嘆く者を見捨てたりはしません」
    「……ガキ共……アタマおかしいガキ共……オバチャンお願いしたのに……お願いしたのにヒドい……ヒドい……死にたくない……殺したいィィィィィ……!」
    「プレスター・ジョン。この哀れなオバチャンを、あなたの国にかくまってください」


    「慈愛のコルネリウスが、オバチャンの残留思念に力を与えて、どこかに送ろうとしているんだけど……」
    「あー、やっぱり。未練タラタラだったからな、あのババァ」
     逢見・賢一(大学生エクスブレイン・dn0099)の言葉に、一・葉(デッドロック・d02409)が反応した。
    「うん。一の警戒していた事が、現実になってしまった。そこでキミ達には、渋谷に行ってもらいたい」
     賢一が、説明を始めた。

     そもそも残留思念に力なんか無いはずなんだけど、大淫魔スキュラは残留思念を集めて八犬士のスペアを作ろうとしていたし、高位のダークネスなら不可能ではないらしい。力を与えられたオバチャンの残留思念がすぐに事件を起こすことは無いけど、このまま放って置くわけにもいかない。だからキミ達には、オバチャンを灼滅してほしい。
     接触のタイミングは、コルネリウスがオバチャンの残留思念に呼びかけているとき。現場に居るコルネリウスは、幻のようなものなので、戦闘力はないよ。灼滅者に対して強い不信感を持っているから、交渉も無理だ。話しかけても無視されるのがオチだね。それに、力を得たオバチャンの残留思念がすぐに戦闘態勢で攻撃してくるよ。
     残留思念とはいえ、オバチャンの戦闘力は生前とほとんど同じだから、格上であることには変わりない。戦い方も特徴も、灼滅された時点とほとんど変わらない。術式特化の術式回避。黒死斬、鏖殺領域、ジグザグスラッシュ、ヴェノムゲイル、ペトロカース相当のサイキックを使ってくる。ポジションはジャマーだよ。
     戦場は狭いガード下だけど、戦闘で不自由することは無いと思う。
     前回、オバチャンを灼滅できたのは、すっごく上手くやったからだ。本来なら撤退させるのがやっとの六六六人衆だった。今回もすっごく上手くやらないと、灼滅できないと思う。前回のやり方で上手くいった部分は、積極的に取り入れた方が良いと思うよ。
     コルネリウスが何を考えているのか、僕にはわからない。皆も、コルネリウスに気を取られないで、オバチャンに集中して欲しい。少しでもオバチャンから気を逸らしたら、背中を刺されるかもしれないよ。
     それじゃ、頑張ってね! 頼んだよ!


    参加者
    東雲・由宇(終油の秘蹟・d01218)
    皆守・幸太郎(カゲロウ・d02095)
    一・葉(デッドロック・d02409)
    三条・美潮(大学生サウンドソルジャー・d03943)
    服部・あきゑ(赤烏・d04191)
    緋梨・ちくさ(さわひこめ・d04216)
    閃光院・クリスティーナ(閃光淑女メイデンフラッシュ・d07122)
    レオン・ヴァーミリオン(暁を望む者・d24267)

    ■リプレイ


     深夜。渋谷駅近くのガード下にて。
    「私は『慈愛のコルネリウス』。傷つき嘆く者を見捨てたりはしません」
     コルネリウスが、トンネルの中央で呟いた。北側の歩道にはスクーターが、南側の歩道には自転車がずらりと並んでいる。古ぼけた天井の明かりが、トンネル内を薄緑色に照らしていた。
    「プレスター・ジョン。この哀れなオバチャンを、あなたの国にかくまってください
     コルネリウスの体が強く輝く。
     やがて輝きは薄れ、代わってオバチャンの影が色彩を帯び、確かな輪郭を伴って実体化した。
     灼滅者達は、すでにオバチャンを取り囲んでいる。
     オバチャンはニヤリと笑うと、姿を消した。
     何かを思う暇もない。
     気がついたときには、レオン・ヴァーミリオン(暁を望む者・d24267)は血を吐いて仰向けに倒れていた。目の前が真っ暗だ。これは……充満したオバチャンの殺意なのか?
    「ギャッハハハハハハハハハハハハッ!」
     その狂った笑い声は、トンネルの壁に反響し、全方位から聞こえた。まるで、オバチャンの体内に居るような感覚。
    「みんな、しっかりするっス!」
     三条・美潮(大学生サウンドソルジャー・d03943)の声と共に、空気が湿った。
     夜霧隠れだ、と理解した頃には、視界がパッと開けた。
     蛙が座っているような姿勢で、オバチャンが天井に張り付いている。
    「ガマガエルかテメェは!」
     レオンはありったけの怒気を影業に込めた。間欠泉の様に噴出した影が、天井にぶつかって砕ける。手応えはない。レオンはオバチャンを見失った。
    「あきゑちゃん! 後ろ! 下っス!」
     美潮が叫んだ。一歩引いて全体を見ていたから分かる。前衛陣五名は一様に倒れ、オバチャンはその後ろを取って四つん這いになっていた。
     服部・あきゑ(赤烏・d04191)は跳ね起き、トカゲじみた動きとスピードで這い迫るオバチャンに対し、WOKシールドを構えた。青く光るエネルギー障壁がトンネルいっぱいに広がり、前衛陣の傷を癒す。
     オバチャンは急ブレーキ。あきゑの背後から飛び出した影を見上げた。影は体をひねって天井を蹴ると、速度を増してオバチャンに迫った。
    「はじめましてちくさです! しね!」
     縦一閃。
     オバチャンはバックステップで距離をとりながら、サイキックソードを振り抜く緋梨・ちくさ(さわひこめ・d04216)を見た。勢いそのまま一回転したちくさが、何かを投げた。
     手裏剣のように飛ぶそれは、ちくさのスレイヤーカード。
    「僕のヒーロー! レッド!」
     カードが輝き、赤いヒーローのお面を付けた学生服姿の男が現れた。
    「殺れっ」
     ちくさが叫び、レッドの日本刀とオバチャンの出刃包丁がぶつかった。
     舌打ちするオバチャン。
     胸を見れば、血が出ている。これはちくさの一撃によるもの。集中力が乱れ、殺意のオーラが薄まった。
     迫り来るローラー音に顔を上げれば、閃光院・クリスティーナ(閃光淑女メイデンフラッシュ・d07122)の掌底が目の前にあった。左拳でクリスティーナの肘を跳ね上げ、それを回避。勢い余ったクリスティーナがオバチャンに激突。二人は額を付けて睨み合った。
    「随分と見苦しい脂肪ですわよ、オバさま!」
     オバチャンの腹の肉を摘んで、意地悪く微笑んで見せるクリスティーナ。
    「ふふ……オバチャンのカラダが好きだってオトコ、腐るほど居るんだけどねぇ……!」
    「クリス!」
     背後から一・葉(デッドロック・d02409)の声。
     伏せるクリスティーナ。
     息をのんだオバチャンが、咄嗟に喉元をガード。
     その左腕を、三本の槍が貫いた。
     槍を握るのは三人の灼滅者。その一人に見覚えがある。
    「オマエ……オバチャンのトラックを台無しにした……!」
    「おら、こいよ」
     葉が言った。
    「もっかい紫アフロでキャンプファイヤーしてやんよ、クソババァ」


     トンネルから、ストロボのように瞬く光が漏れる。
     しかし、それに気づく人影は居ない。
     葉の体から溢れでる殺気が、人をこの場から遠ざけているのだ。
     竜巻に巻き込まれたスクーターと自転車が、回転しながらトンネルから飛び出す。
     トンネル内は今、オバチャンが呼び寄せた毒の風が吹き荒れていた。
     喉をかきむしりながら、東雲・由宇(終油の秘蹟・d01218)はひざをついた。喉から肺にかけて、無数の針に刺されるような痛みが走っている。易々とクリスティーナの掌底アッパーをよけるオバチャンを睨み、由宇は思う。
    (「『慈愛』のコルネリウスねぇ……このクソババアのせいで何人の人が人生狂わされたのやら」)
     由宇の喉が、スッと楽になった。見れば、温かな癒しの矢が喉を貫いている。
     心の中で美潮に礼を言うと、由宇はローラーダッシュでオバチャンに向かった。
     皆守・幸太郎(カゲロウ・d02095)は、オバチャンの背後に回り込んでマテリアルロッドを振りかぶっていた。
    (「にしても面倒くさい」)
     幸太郎は思う。
    (「こんな面倒な思念の存在が面倒くさい。そしてこんな面倒くさい思念の相手をする『慈愛』の存在も面倒くさい」)
     ロッドを握る手に力を込める。オバチャンは今、首を百八十度近く回転させて、幸太郎を睨んでいた。
    「頭髪なのにアンダーヘアみたいで卑猥だな。植毛したのか?」
    「あ?」
     オバチャンが幸太郎に向き直ろうとした、その時。
     由宇と葉の蹴りが後頭部に炸裂。紫アフロに火がついた。同時に、フルスイングした幸太郎のロッドが鼻っ面を叩き、オバチャンは半回転してアスファルトぶっ倒れた。
    「まーたチリチリになっちゃうわね!」
     オバチャンを見下ろし、由宇が笑った。
     だがそこに、オバチャンは居ない。
    「上!」
     レオンの声。
     見上げれば、逆さまになったオバチャンが、出刃包丁で由宇の首を狙っている。
     ドス、とイヤな音がした。出刃包丁が、肉を裂いて深々と突き刺さる音。
     由宇は振り返った。
     レオンが背中を刺されている。由宇を突き飛ばし、庇ってくれたのだ。
     オバチャンは出刃包丁をえぐりながら着地。トンネルにレオンの絶叫が響いた。
    「オバチャン、割り込んでくるガキが一ッ番嫌いなんだよねぇ!」
     血しぶきを舞い上げながら、刺した包丁を振りかぶる。
     金属同士がぶつかる音がして、オバチャンとレオンが弾けたように離れた。
    「――見えてんだよ阿呆がッ!」
     太刀を振り抜き、口から血を吐きながら、レオンが笑った。絶叫しているときでも、レオンは笑っていた。これから、もっと笑うことになるだろう。
     レオンは、戦況が苛烈を極めるほど、派手に笑うのだ。


     オバチャンの残留思念が実体化して、数分が過ぎていた。
     炎の尾を引きながら、クリスティーナの長い足がオバチャンの顎を蹴り上げる。オバチャンはキリモミしながら天井に頭を突き刺した。間髪入れずに、レオンの影がオバチャンを飲み込む。
    「キェェェェェェェイッ!」
     金切り声と共に、オバチャンが影を突き破って着地。
     揺れる炎が、トンネル内を赤く照らす。
    「アフロよ燃ーえーろー」
     あきゑの声に呼応するかのように、オバチャンの紫アフロが勢いを増して燃え上がった。
    「ねぇねぇ自慢のアフロが縮れてチ(ピー)毛状態にされてどんな気持ち!?」
     あきゑは、オバチャンにまとわりつくように、距離を詰める。
    「黙れッ!」
     オバチャンは指輪をびっしりとはめた左拳であきゑを殴打。駄々っ子の様な殴り方だが、もの凄い力だ。
     しかし、あきゑは退かない。
    「――ねぇ」
     WOKシールドの奥で、あきゑの目が光る。
    「かつての五八三位が半端者のガキ一人殺せなかったなんて。ねぇ、どんな気ち?」
    「このガキィィィッ!」
     オバチャンは怒りに眉をつり上げた。逃げはしない。必ず灼滅者達を全滅させる――そんな決意が見て取れた。
    「どきなッ!」
     オバチャンはあきゑをはね飛ばした。
     オバチャンにとって、守るだけの奴は後回しでいい。そう考えるだけの冷静さは保っていた。狂おしい憤怒の衝動に駆られ、優先度の低いディフェンダーや、遠距離のスナイパーから狙うような愚は犯さない。前回とは違う。今回、後衛は全く攻撃されていない。すべてのダメージは前衛が負っていた。
    「ぐはっ……!」
     葉の口から、霧のような血が漏れた。
     腹には、オバチャンの包丁が、深々と刺さっている。
     葉の瞳に狂気が宿った。右腕にバベルブレイカーを展開。ゼロ距離から射出された鉄杭が、オバチャンの腹を貫いた。
    「いっちょ我慢比べといこうじゃねぇか――なあ、ババア?」
     高速回転する杭にぐりぐりと力を込める葉。
     オバチャンは、ニヤリと笑い、包丁をえぐり始めた。
    「……ってぇ! ハハッ! クッソいってぇなっオイ!!」
    「ニノちん、ヤバい! あぶねーっスよ!」
     美潮が叫ぶ。いくらメディックでも、あの傷はグチャグチャすぎて回復しきれない。そもそも、オバチャンの近接単体攻撃は、ディフェンダー以外が喰らって良いものではないのだ。
    「ハハ……ハ……」
     葉の瞳から、光が消えた。
     オバチャンが包丁を抜くと、葉は力なく倒れた。
    「弱い弱い! 所詮、出来損ないは出来損ないだねェ!」
     葉の顔面を蹴り飛ばすと、オバチャンは由宇に向き直った。
    「気合い入れろニノちん! あきゑちゃん、クリスちゃん、レオンくん、ババァを頼むっス!」
     美潮が檄を飛ばした。同じ戦闘不能を出すにしても、アタッカーが真っ先に欠けるようではジリ貧だ。
     いつになく緊迫した美潮の声が、葉の魂を揺さぶった。
    「オオオオオオオッ」
     腹から大量の血を流し、割れたメガネを片耳にぶら下げながら、葉が立ち上がった。
    「俺はまだピンピンしてっぞクソババァ!」
    「ハァーン?」
     葉を振り返るオバチャン。その表情が虚空を見つめて凍り付いた。
    「ア、アンタ? アンタなのかい? な……なんでアンタがここに……ちゃんとバラバラにして殺したのに!」
     オバチャンが、震え声で言った。


     オバチャンが何を見て震えているのかは分からない。
     分かるのは、それがレオンによってもたらされたトラウマであるということだけだ。
     影を纏った由宇のマテリアルロッドが、オバチャンのコメカミを痛打。オバチャンは吹っ飛び、スクーターの列に頭から突っ込んだ。
    「トラウマもういっちょ追加! 殺したその人に、きっちり懺悔しな!」
    「ヒィィィッ! おかしい、おかしい! 殺したはずなのに、まだ喋ってるぅぅ!」
    「それはこっちの台詞だ」
     鈍色に輝く幸太郎の槍が、オバチャンの脇腹を貫いた。
    「ギャアアアアッ」
     地を転げて叫ぶオバチャン。
    「オマエか、オマエのせいかああああっ!」
     オバチャンが葉に向かって突撃した。
    「あっ、あんな所でティッシュペーパー五箱百五十八円のセールやってる!」
     唐突にあきゑが言った。
    「どこっ?」
     思わず振り向くオバチャン。トンネルの向こうは、深夜の宮下公園である。
    「やってないじゃないかあああああああああ!」
    「ちくさ!」
    「師匠!」
    「「喰らえ死ねクナイ投げっ放しビィィィィム!」」
     懐からクナイを取り出した二人の忍者が、蹴りのモーションからビームを放った。
    「熱ッ」
     あきゑの放ったビームはオバチャンの額に直撃。ちくさの放ったビームは……いや、ちくさはビームを放っていない。ビームと叫びながら、チェーンソー剣でオバチャンを切りつけていた。
     チェーンソーがガリガリとオバチャンの肉を削ると、アフロの炎が増し、トラウマがさらに追加された。
     これ以降、オバチャンは執拗にあきゑを狙った。
     ときどきクリスティーナとレオンがあきゑを庇い、美潮が的確にダメージを癒す。ディフェンダー達が稼いだ時間を使って、由宇、葉、幸太郎、ちくさ、レッドがオバチャンの体力をガンガン削っていく。
     灼滅者達は、着実にオバチャンを追いつめていった。
    「……オバチャン、負けないよ」
     全身火だるまになりながら、オバチャンが呟いた。
    「オバチャン、逃げない。オバチャン、死んでもいい。でも、アンタ達の誰か一人は、必ず道連れにする。それができたら、オバチャンの勝ち!」
     オバチャンが力強く言い切った。
    「かかってらっしゃい。受けて立ちますわ」
     クリスティーナが構えた。
    「死ねェェェェッ」
     オバチャンは弾けたように跳ぶと、一息でクリスティーナとの間合いを詰めた。
     クリスティーナの白い腕に、出刃包丁が突き立つ。しかしそれは、クリスティーナの狙い通り。流れるような動作で、クリスティーナはオバチャンの顔面に掌底をぶち込んだ。
    「ギャアアアアッ」
     吹っ飛んだオバチャンが、幸太郎の足下に転がった。
    「おい、最期に何か言うことはあるか。覚えておいてやる」
     ロッドを高く掲げながら、幸太郎がオバチャンを見下ろした。
    「グフフ……ゲホッゲホッ……ウフフフフ……」
     負けを認めたのか、オバチャンは無防備に寝転がって幸太郎を見上げた。
    「オバチャン、アンタにそっくりな愛人が居たんだよねぇ……あんまり愛おしくて、目玉に指突っ込んでグリグリやってたら、死んじゃったけどさ……ギャッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
    「……やっぱやめた。忘れる。そしてこの一撃で、世界もお前の存在を忘れる」
     幸太郎のマテリアルロッドが、オバチャンの額ごとアスファルトを貫いた。
    「ハッ……ギャハッ……」
     オバチャンはピクピクと痙攣すると、光の粒子となって散り、消えた。

    作者:本山創助 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年9月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 25/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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