峠道。そこには一切車の通りはなかった。
夏休みであるのなら疎らでも車の通りはあっただろう。登山に興味のある人間が泊りがけで登ろうと思う、そんな山なのだ。平日の今は、行き交う者のいない無人の道だ。その道へ一体の獣が森の中から飛び出し、着地した。
『――グルル……!』
それは燃え盛る炎を身にまとった四足の巨大な獣だった。ねじくれた角の奥、破壊と殺戮の衝動に輝く双眸で周囲を見回し、灼熱の幻獣は身を低く構え――駆け出す。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
その獣には目的すらない――ただその道をひた走り、目に付いたものを破壊し、殺すだけ。
それこそが破壊と殺戮に荒れ狂う幻獣種――イフリートだった……。
「みんな、かなり危険な相手だよ」
深呼吸を一つ、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は真剣な表情で語り始めた。
「今回、私が未来予測したのはダークネス――イフリートだよ」
そのイフリートは常は山の奥深くに身を潜めていたのだという。しかし、道に迷ったのか、はたまた気紛れか、峠道へとたどり着いてしまったイフリートは一直線に山を下り始めたのだ。
「幸い、その山は登山用としては上級者の山だからまとまった休みのない今は車の通りはまったくないの。でも、その道を真っ直ぐ行けば――イフリートと誰かが遭遇する前に何としても倒さないと」
イフリートがもたらす破壊と殺戮はまさに神話に語られる獣のごとき凄まじさがある。それがわかっているからだろう、まりんは青い表情で言葉を続けた。
「時刻は夕暮れ。その道路で待ち伏せて応戦して」
イフリートはファイアブラッドの持つサイキックを駆使して来る。ただし相手はダークネスだ、その一撃一撃の威力は現在の我々とは比べものにならない威力だ。
「道そのものはそこそこ広いから、普通に戦う分には困らないと思うよ。ただ、敵は一体とは言え強敵だからそこは充分に注意ね?」
こちらが有利な点は頭数と相手の大体の戦力を把握している、という事だ。事前に作戦を練って対処する必要があるだろう。
「放置すればどれだけの被害が出るかわからないの……でも、みんなが力を合わせればきっと勝てるよ」
頑張ってね、とまりんが灼滅者を眼鏡の奥の真剣な瞳で見上げる。敵は強敵だ――犠牲者を出す前に倒す、そのために灼滅者達は戦場へと向かった……。
参加者 | |
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闇勝・きらめ(耀う狼星(シリウス)・d00156) |
藍沢・誉(高校生ファイアブラッド・d00404) |
清流・瑠璃(純真なる瞳・d01945) |
不知火・隼人(フォイアロートファルケン・d02291) |
李白・御理(小学生神薙使い・d02346) |
村雨・嘉市(村時雨・d03146) |
小田・亮子(中学生ファイアブラッド・d03175) |
レオ・フーゴ(伊達男見習い・d06122) |
●
夕暮れに染まる峠道を見上げ、藍沢・誉(高校生ファイアブラッド・d00404)が小さくこぼした。
「なぁ、まだかー? 待つのって退屈だよな」
「…………」
それに小田・亮子(中学生ファイアブラッド・d03175)は小さく肩をすくめる。同意とも否定ともわからないその仕種に誉も苦笑し、立ち上がって伸びした――その時だ。
「ん? おい、もしかして……あれじゃね!? でかいな」
誉の言葉に仲間達も視線を向ける。
その峠道を駆けていたのは、一体の巨大な獣だ。その身に炎をまとい、ねじれた角と鋭い爪を持つ、神話伝承の中から姿を現したような幻獣種が一直線にこちらに向かってきている――それを見て、不知火・隼人(フォイアロートファルケン・d02291)がスレイカーカードを手に高らかに叫んだ。
「ノウマク サンマンダ バザラダン カン……我ら不動の守護者と成らん!」
炎のように赤いマフラーをなびかせ戦闘形態を整える隼人に、李白・御理(小学生神薙使い・d02346)もWOKシールドを手に一歩前に踏み出した。
「僕は伝説に語られる武具は持ち合わせていませんが――ささやかな癒しの祈りと共に、英雄のお手伝いさせていただきましょう」
「はっ、たかだかイフリートごとき蹴散らしてやるよ」
村雨・嘉市(村時雨・d03146)も覚悟を決めてそう言い放つと同時、清流・瑠璃(純真なる瞳・d01945)が声を張り上げる。
「行くよ、みんな!」
その掛け声に灼滅者達が一斉に道へと飛び出す――その姿にイフリートがアスファルトを強く踏み締め踏み止まった。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
威嚇の咆哮が夏の山の大気を震わせる――それを聞きながら闇勝・きらめ(耀う狼星(シリウス)・d00156)は自身の掌に視線を落とす。
「…………」
その掌には嫌な汗があった。平静を装っていても、己の全身から汗が出ている。あの幻獣が身に纏う炎の熱さによるものと――己自身の緊張によるものだろう。
額の汗を拭うきらめに、レオ・フーゴ(伊達男見習い・d06122)が優しく微笑んだ。それは相手を気遣い安堵を促す笑みだ。
その笑みにきらめは呼吸を整える――目の前の獣はひたすら強大だ。確かにこれを倒す者は英雄と呼ぶのにふさわしいだろう。
未熟な自分には足りないかもしれない――しかし、一人ではないのだ。ここには七人の頼もしい仲間がいる。
「――そうですよね、皆さん」
そのきらめの信頼の笑みを向けられ、その中の一人である亮子がポツリと言い捨てた。
「当然だ」
ボウ! と亮子の顔、その傷口を覆っていたガーゼがクリエイトファイアによって燃え上がり、その下に隠れていた傷が露わになる。
イフリートもまた灼滅者達を明確な敵と認識したのだろう、低く身構える――ここに夕暮れの死闘が幕を開けた。
●
イフリートを迎え撃つ灼滅者達の陣形を組み終えている。
前衛のクラッシャーに誉と隼人、亮子、ディフェンダーに嘉市、中衛のキャスターにきらめと瑠璃、ジャマーにレオ、後衛のメディックに御理といった布陣だ。
『――オオオオオ!!』
イフリートがその両腕を振り上げ、掌から吹き出した激しい炎の奔流を前衛へと叩き付けた。
「任せて」
ゴウ! と瀑布のごとく膨れ上がる炎――そこへ御理が清めの風を吹かせる。その優しい風に背を押されるように隼人が地面を蹴った。
「お前でも無いか……だが、戻れないのなら俺達が終わらせてやるよ。同じ炎を背負うものとして!」
隼人の縛霊手の拳とイフリートの巨大な拳が空中で激突する。縛霊撃の網状の霊力がイフリートを絡め取り、瑠璃は構えたバスターライフルの引き金を引いた。
ドン! とバスタービームがイフリートの胸元に命中する。それを見て瑠璃が満足気に笑った。
「うん、的が大きいと当てやすいね!」
「その分、無駄にタフみたいだけどな」
アッパーカット気味の縛霊撃を叩き込み、嘉市が吐き捨てる。こちらが殴ったはずが縛霊手越しに自分の拳に鈍い痺れが残っていた。まるで分厚いタイヤを素手で殴ったような気分だ。
「相手が何者だろうとやる事は変わんねーけどな!」
真正面から懐に飛び込んだ誉が大鎌を振りかぶる。
「そっちが灼熱の幻獣なら、こっちは破滅を呼ぶ魔獣だ」
誉は遠心力で大鎌を加速――デスサイズの斬撃でその右の脛を切り裂く。そして、槍を腰溜めに構えた亮子の螺穿槍が左の脛へと突き刺さった。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
それが煩わしいと言いたげにイフリートが右手で振り払う。誉と亮子がそれを後ろに跳んで避けるときらめがサイコソードに影を宿し、地面に片膝をついたレオがイフリートを足元から巨大な影で飲み込んでいった。
「……神話の獣ね。男としては憧れるけど、堕ちてまでああはなりたくはないね」
レオが苦笑交じりにこぼす。自分の影喰いを内側から力づくで引き裂き脱したイフリートの姿に呆れ半分感心半分肩をすくめた。
「大丈夫大丈夫、倒れるまで殴れば倒せるよっ」
「ああ、そいつは正しいな」
瑠璃の言葉に隼人が笑う――それはわかりやすくていい。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
「来るぞ、レーヴァテインだ」
燃え盛る炎を拳に宿しイフリートが地を蹴る――誉の警告を受けて灼滅者達は身構え、迎え撃った。
●
――神話伝承に語られる戦いとは、人知を越える戦いの事を言うのだろう。
「そういう意味でなら、こいつは確かに神話の獣だね」
後衛から戦況を見極めながら、御理がこぼした。
「――ォッ!!」
亮子が全身のバネを活かした槍の突き上げ――渾身のレーヴァテインの一撃で受け止めたイフリートの右腕を弾き飛ばした。イフリートがバランスを崩すそこへ、隼人がその鬼神変の一撃を繰り出した。
「――んだと!?」
それをイフリートは跳躍、身をのけぞらしバク転でかわしてのけたのだ。異形の巨腕が空を切る、それを見ながら誉が叫ぶ。
「まずい!」
隼人へ向けて助走をつけたイフリートが燃え盛る拳を斜め下から突き上げた。防御は間に合わない――そこへ嘉市が無理矢理割り込み縛霊手でその拳を受け止める!
「……ッ。何だ、その程度かよ」
「悪い、助かった」
強がりではあるが、嘉市がそうニヤリと笑って言ってのけ、隼人もイフリートから視線を外さず感謝の言葉を告げた。
すかさずきらめと瑠璃がジャッジメントレイで嘉市を回復させる――今の一撃はそれほどに危なかったのだ。
「心配しないで、何度でも癒すよ」
「あぁ、それは力強いね」
ヒーリングライトで重ねて回復させる御理に、影縛りによる影の触手を操りながらレオが言い捨てた。
――イフリートはまさに強大な敵だった。八人の灼滅者を相手にして一歩も退かず、それどころか一手のミスで総崩れさせかねない強敵だ。
(「あぁ、これがイフリートだ」)
顔の傷が疼くのを感じながら亮子が内心で吐き捨てる。まるで災害が獣の形をしたような理不尽な存在――これこそが自身の宿敵であり、憎むべき敵なのだ。
「……けど、ここで負けたら沢山の人が不幸になる……だから、私達は絶対に負けないよ!」
バスターライフルを振り回し瑠璃が言い放つ。それに仲間達もまたその表情を引き締める。
この道の先には多くの人々が生活しているのだ――その命を奪わせない、営みを壊させなどしない……!
灼滅者達とイフリートの戦いは加速していく。一度沈み始めれば山は日が暮れるのは早い――西の空に星が輝き始めたその頃、戦いは大きな局面を迎えていた。
「おおおおおおおおおおおおっ!!」
突き上げた隼人がその異形化した拳を真下から突き上げた。ガゴン! という鈍い爆発音のような音と共に顎を強打、イフリートの巨体がのけぞる。
『オ、オオオオオオオオオオオオオオオ!!』
「炎を使うのはオマエだけじゃねーんだよ!」
誉が炎に包まれた大鎌を振り抜く――そのレーヴァテインの一撃に、イフリートの巨体がついに揺れた。
「チャンス!」
そこへ瑠璃のマジックミサイルが叩き込まれる。ドン! と胸元を撃ち抜かれたイフリートがギシリ……! とその拳を握り、低く身構えた。
「――ッ!」
その狙いは亮子だ。亮子が槍を目の前に構える――イフリートは地面を蹴ろうとした。
その瞬間だ――レオの影縛りがイフリートを捉えた!
「女の子に乱暴するもんじゃないよ――!」
影の触手に絡み取られながらもイフリートは構わず地面を蹴った。そして、レーヴァテインの一撃を繰り出すがその動きは鈍い。
「ッ、ぉおおお!!」
亮子が真っ直ぐ突っ込む。拳をかいくぐり相手を槍にまたがせるとその腕を掴み巻き込むように地面へと叩き付けた。
ドン! と地響きを立ててイフリートが地面に頭からぶつかる――地獄投げだ。
「今だよ!」
倒れたイフリートに御理は神薙刃を放ちながら叫ぶ。きらめが蒼白く輝くサイキックソードを振りかぶり駆け込んだ。
「……あたしはその灼熱を、灼滅してみせる」
破壊よりも強く、炎よりも揺るぎなく――己の『正義の光』を込めるように、きらめのサイキック斬りがイフリートの巨体を横一文字に切り裂いた。
●
「お疲れさん」
誉はそう仲間達に呼びかけ、大きく伸びをした。その労いの言葉にようやく仲間達も安堵の息をこぼした。
「本当に強かったですね」
やり遂げた、そんな満足気な笑顔を見せるきらめに、亮子は顔の傷にガーゼをつけ直し終えてから、うなずいた。
確かに強敵――そう呼ぶのにふさわしい相手だった。一人であったなら決して歯が立たなかったろう。こうして八人が揃って初めて戦える、イフリートとはそういう脅威なのだ。
「彼にだって、闇堕ちせざるを得ない辛い理由があったはずですよね」
黙祷を捧げたレオの言葉は心の底からの言葉だ。灼滅者であるのなら、あのイフリートのようなダークネスになる危険を誰もが持っているのだ。
「ああ、そうだな」
隼人もそっと瞑目して祈る。せめて、イフリートの魂だけでも救われるように――それは同じ炎を血を宿すモノとしての純粋な願いだった。
「あ、そうだ! 皆で何処か、ファミレスとかでもいかない? 折角会えたんだし、初依頼の勝利祝いもこめて……! どうかな?」
「ああ、いいですね」
パン、と胸の前で手を合わせて笑顔で提案する瑠璃に、御理も満面の笑顔で答えた。緊張が解ければ体は正直だ、誰もが空腹を感じていた。
「英雄の凱旋ってのには、いい空だな」
すっかり夜の装いとなった空を見上げ、嘉市が笑う。
灼滅者達は歩き出す。道沿いに、自分達が守り抜いた場所へと……。
作者:波多野志郎 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2012年9月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 18/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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