首切れ馬

    作者:森下映

     地元の人間でも立ち入ることはない夜の山道に、白い狼が一匹たたずんでいる。狼は一声吠えたかと思うと、その余韻が消えるよりも早くどこかへ姿を消してしまった。
     ……じゃらり。
     程なくして、狼がいた四ツ辻の草むらから重い鎖の音が聞こえてくる。続いて馬の蹄が地面を蹴る音が響き、同時、華やかな着物に身を包み、腰高の馬に騎乗する女の姿が暗闇にぼんやり浮かびあがった。
     と、不意に雲の切れ目から月の光が差し込む。淡い光に照らされ、女の着物に散るおびただしい量の血の痕と、女にも馬にも首がないという事実があらわになった。

    「かつて戦の最中、首を落とされても死にきれなかった姫君と馬がいたとかいないとか。真実はわかりませんが、言い伝えは残っていたようですね」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は、机の上に地図を広げながら言った。
    「その言い伝えがスサノオによって、古の畏れとなってしまいました。山道と山道の交わるこの部分に人が差し掛かると、首のない馬に乗った首のない姫君が現れ、手にした薙刀で斬り殺してしまうのです」
     言い伝えでは『首切れ馬』と呼ばれているらしい。
     古の畏れが現れるのは日没後。幸いにも、夜は滅多に人が足を踏み入れない場所ではあるものの、これから秋も深まり紅葉の季節になると、怖いもの知らずの観光客も増える。
     被害が出てしまう前に灼滅して欲しい、というのが今回の依頼だ。
    「姫君と馬は一心同体。一体の敵だと思って下さい。姫君が馬から落ちるようなことはありませんし、消滅も同時です」
     首切れ馬は、神薙刃に似たサイキック、月光衝に似たサイキックを使ってくる他、馬の蹴りによってもダメージを与えてくる。
    「今から向かえば、ちょうど日が暮れきった頃に、古の畏れがあらわれる場所につきます。人払いは必要ありませんが、灯りの用意は忘れないでくださいね」
     姫子は地図をたたみながら、少し悲しげに微笑む。
    「首を落とされても死にきれなかったなんて、とても悲しい言い伝えではありますが……このまま放っておいては、多くの犠牲が出てしまいます」
     よろしくお願いしますね、と姫子は頭を下げ、灼滅者たちを送り出した。


    参加者
    化野・周(トラッカー・d03551)
    ツェツィーリア・マカロワ(銀狼弾雨のアークティカ・d03888)
    エリザベス・バーロウ(ラヴクラフティアン・d07944)
    比良坂・逢真(スピニングホイール・d12994)
    唐都万・蓮爾(亡郷・d16912)
    草薙・藤子(高校生殺人鬼・d26385)
    言問・ことは(蓬莱の夢物語・d27521)
    アルスメリア・シアリング(討滅の熾焔・d30117)

    ■リプレイ


     月は雲に隠れていた。
     姫子から渡された地図を頼りに、灼滅者たちは暗い山道を登っていく。
    「炎狩にもライトが備わっていればよかったんですけどね。……なんて望みすぎもダメですね」
     サーヴァントのライドキャリバーを撫でながら、草薙・藤子(高校生殺人鬼・d26385)が言った。といっても全員がそれぞれ用意した光源を合わせるとかなりの光量になっていて、歩くのに不自由はない。エリザベス・バーロウ(ラヴクラフティアン・d07944)は戦場に撒けるよう光量の高いサイリウムも持参しているということだから、月明かりの助けがなくとも、戦闘にも支障は出ないだろう。
     アルスメリア・シアリング(討滅の熾焔・d30117)は、必要であれば傷口から炎を灯そうと考えていた。が、クリエイトファイアで戦場全体を照らすことは難しく、仲間も自分もライトやランタンを装備していることから必要ないと判断。傷をつけようとしていた手を止める。
    「首無し馬……いえ首切れ馬の言い伝え、ね。日本各地どころかアメリカにすら似たような言い伝えはあるけれど……その乗り手が姫、というのは今まで聞いた事のないパターンね」
     エリザベスが言った。
    「西洋で言う『デュラハン』ってやつか」
     ヘルメットのライトが照らす先を見据えながら、比良坂・逢真(スピニングホイール・d12994)が言う。彼にとってはこれが3回目の古の畏れとの戦い。経験を生かして戦況を見極め、仲間をフォローしながら全力を尽くすつもりだ。
    (「誰一人欠けることなく勝利しなければ」)
    「首がないって話だけど、馬の首って具体的にどの辺りからなんだろ……ま、見たら分かるか!」
     言いながら化野・周(トラッカー・d03551)は、首から下げたライトを手で軽く動かし、前方をうかがう。
    「馬に乗って薙刀振り回すお姫様ってちょっとかっこいいけど、頭がないんじゃな」
     それ以前の問題、と周は肩をすくめた。
    「落ちない落ち武者狩りか……それにしちゃ姫君とは随分と豪華だがな。ま、暴れるならとびきり派手な方が捗るってもんだぜ」
     根っからの戦闘狂。ツェツィーリア・マカロワ(銀狼弾雨のアークティカ・d03888)は早く戦いたいといわんばかりに興奮を滲ませている。
    「死してなお、戦い続けねばならぬのは悲しく思えます。彼女は何のために戦うのでせう」
     ビハインドのゐづみを伴って歩きながら唐都万・蓮爾(亡郷・d16912)が言った。その言葉をきき、アルスメリアはかつて死にきれずに苦しみ、今再び畏れとされて今度は自分たちが苦しみを与える側にされてしまった姫君と馬を哀れに思う。
    (「悲しいお話は此処で終わらせてみせる!」)
     決意に瞳の赤が煌めいた。
    「死んでもなお戦うたぁ、勇ましい姫さんもいたもんだなァ」
     そう言ったのは言問・ことは(蓬莱の夢物語・d27521)。歩くたびに腰のランタンと尻尾の先が揺れている。
    「それほどの未練、ぜひ語り聞かせてもらいたいもんだが……被害を出しちゃァ、まずいだろうよ」
    「だねー、どんな悲しい過去とか言い伝えがあっても、人を殺していい理由にはなんねーもんな」
     周が言う。
    「そもそも古の畏れだし、同情したって仕方ないのかも。問題が起こる前に、さっさとやっつけちゃおうぜ」
    「うん。今回はスサノオも居ないし、周りへの被害を気にする必要もない。油断なく確実に灼滅しよう」
     と言って、先頭を歩いていた逢真は足を止めた。彼のライトが照らし出しているのは、目的の四ツ辻。哀しい伝説は、誰に知られることもなく夜の中に消えてもらう。逢真は装備の封印を解除すると、言った。
    「さあ、哀れな過去の亡霊を刈り取るよ」


    「Lockn' load!」
    「ーーI am Providence」
     サイリウムの発光を従えて、ハスキーボイスを響かせたツェツィーリアが武器を手に笑みを浮かべ、エリザベスは闇に溶ける黒猫の如き姿へと変わる。
    「昔々に、ありましたとさ」
     続いてことはも戦いに必要な装備を身につけた。その瞬間、
    「うおお! ほんとにほんとに頭ねえぞ!」
     周が叫ぶ。
    「あれで前見えてんのかな……って古の畏れにマジレスしちゃ駄目か!」
    「勇ましいお姿ですが、悲しいお姿でもありますね……」
     と、藤子。
    (「自身の為か、誰かの為か、それとも国の為か……何れにせよ、此処は既に貴女の戦うべき場所では無い」)
     高貴な生まれを示す牡丹柄の着物を見ながら、蓮爾は心中で詠う。
    (「空の彼方へおかえりなさい……星々と共に眠れるよう、」)
    「貴女にかつて仲間が在ったのなら、その方々が眠る元へと……僕達が送り届けて差し上げます」
    「くるよ!」  
     逢真の指示が飛んだ。 
     蹄の音が鳴り、金糸の袂から伸びる白い手が薙刀を鋭く操ると、前衛の灼滅者たちは繰り出された衝撃を受けて、一歩ならず後ずさる。馬は主人が手綱をとらずとも守る一心か、戦場を縦横に駆ける。
    (「……防御を忘れて暴れるだけの敵が1体……合戦中ならともかく単騎で武器も長物1つ。つけ入る隙はいくらでもある!」)
     相手は馬上かつ長柄の武器を操っている。その分死角は多い。逢真は古の畏れを追いかけ疾走すると死角へ回りこみ、注射器を突き刺した。
     続いて周も逢真とは逆の死角から、衣装ごと姫君を切り裂く。そして蓮爾が展開した夜霧が前衛の傷を癒し、
    「そら法螺笛だ、きこえるかァ!」
     ツェツィーリアが大地を蹴り駆ける姫君と馬に向かって、爆炎を込めた弾丸を連射した。
    「聞こえてんのかよ! 耳無ェのに?!」
     燃え上がる着物をものともせずツェツィーリアを一瞥するかのように薙刀を構えた姫君に、ツェツィーリアの胸は躍る。
    「……白き炎に惑わされ現世に迷い出た哀れな姫よ……お前の戦いは既に終わっている」
     エリザベスの問いに返答はなかった。エリザベスも期待などしていない。ただそう静かに告げただけ。
    「ーー眠れ」
     放たれた黒い殺気が姫君と馬を覆い尽くした。
    「かつて首を切られながらも死にきれず、今再びスサノオによって『畏れ』された哀れな姫君よ!」
     太刀を携え、アルスメリアが叫ぶ。
    「もう悲劇は繰り返させない! 私達があなた達をあるべき所へ帰してあげる! ーー来たれ我が炎! 顕現せよ熾焔!」
     走るアルスメリアの身体から噴き出した炎が太刀を包んだ。アルスメリアがそれを真正面から叩きつける。と、古の畏れを燃やす炎はより一層勢いを増し、いななくことこそできないものの、怒れる馬は前脚を掲げて暴れ狂った。
    (「もう薙刀を振るうことも、馬を暴れさせることもあなたには必要ありません……」)
     猛る馬に、藤子が日本刀を構えて接近する。
    「平穏に眠れるよう、全力でお相手します」
     藤子の放った斬撃が馬の腱を断ち、ぐらりと巨体が傾いたところへ炎狩が突撃。馬は耐え切れず脚を折るかと思われた。が、体勢を立て直し、血をまき散らしながら間合いをとろうと駆ける。
     その間にことはは白炎を放出、前衛の防御を高めて攻撃に備えた。しかし馬は踵を返し、周囲の空気がうなるほどの勢いで今度は藤子に向かって突進してくる。
     馬の後ろ脚が大きく蹴り上がった。そこへ割り込んでいたのは蓮爾だった。もしここに観客がいたなら、役者が1つ袂を翻しただけと思っただろう。それほど静かに蓮爾は衝撃を受け流した。そして、心配そうな藤子に微笑んで見せると、いくつかの小さな光の輪を生み出して自らを癒やし、蓮爾同様流麗な動きで古の畏れに攻撃を加えるゐづみを見守った。


     逢真の戦略通り、灼滅者たちは数の有利と連携によって、押し気味に戦闘を進めていた。
    「ちょいと道行くそこのお姫さん、俺と少し、遊んではくれねェかィ?」
     ことはが断罪輪を手に軽い調子で呼びかける。
    「っと、こっちだよお姫様!」
     別方向から周が呼んだ。ことはに向かっていた姫君は、薙刀を周に構え直す。
    「あ、やっぱ頭なくても聞こえてんだ!」
     空を切る攻撃をかいくぐり、周が『fAINT』で馬の横腹を斬り刻むや否や、馬がその場を動けないうちに、逢真がオーラをまとった拳で連打を叩き込む。
     ツェツィーリアが畏れを纏い始めると、馬は初めて怯んだようにも見えた。駆け出した脚は一歩遅く、斬撃に切り裂かれる。
     遠ざかろうとする古の畏れ。その足元へエリザベスがまさに猫のようにしなやかに滑り込み、姫君の着物を炎と肉もろとも斬って落とした。
     しかしどこにまだそんな力が残されているのか。古の畏れはアルスメリアの太刀を見切り、大きく間合いをとる。
    「させません!」
     藤子が放ったオーラキャノンが命中したものの、ことはの断罪転輪斬は惜しくも外れ、不意に空気が震えた。姫君の恨みの声にも聞こえる、渦をまく風の音。生み出された風の刃は一直線にエリザベスに向かう。が、『Black Catsuit』は軽やかに舞い、刃は尻尾の残像を斬ったのみだった。
     元から赤い地だったかと見間違えるほどに血に染まった着物。炎のゆらめきのせいか、薙刀は震えているようにも錯覚する。切り裂かれ骨を折られそれでも馬は姫君を高く支え、戦い続けようとしていた。
    「俺らがしっかり介錯してやるから、今度はちゃんと眠るんだぞ!」
     周が『sAINT』を振りかぶり、傷口を重ねて抉ったところを、逢真の『篭手』が殴りつけ、霊力の網が姫君と馬を縛り上げる。
    「蜘蛛糸のような細い仮初のいのち、割いて差し上げます」
     そう言って蓮爾は巨大な刃となった自らの腕をみやると、
    「さあ、『蒼』よ、」
     思うように動くことができない古の畏れを真っ向から切り裂いた。
    「そろそろ終いだな!! 鐘でもつくかア?」
     噴射の音。そして、
    「……お前鐘な!!」
     馬の背を飛び越え、姫君の胸元へ飛びこんだツェツィーリアが、かつて心臓があったであろう位置へ深々と杭を打った。
    「la! la!」
     エリザベスの黒い肢体から、同様に黒く、深い海の底で蠢く生物にも似た影が伸び、姫君を包み込む。さらにアルスメリアから炎の奔流を受け、馬はついにその場へ膝を折った。
    (「アンタはどうしてここにいる? 伴侶とでも死に別れたかい? それともこの世を恨んで死にきれなかったのかィ?」)
     姫君をみつめながら、ことはは『畏れ』を身に纏いはじめる。
    「ならばせめて、鉄の香りの涙だけでも拭ってやらなきゃな!」
     斬撃。姫君は馬の上に伏せるように倒れ、共に消滅していった。
     ことはは無事灼滅したことを確かめると、一息ついて、言う。
    「これにてめでたしめでたし、ってな」
     続けざま、戦に勝利した軍勢の所作に習い、ツェツィーリアがガトリングガンを空に向けて乱射した。


    (「首がなくなっても生きてるってどんな感じなんだろな」)
     いつかは祠を建てられるといいけれど、と四ツ辻の傍らに弔いのための石を積んでいるアルスメリアを手伝いながら、周はしきりに自分の首元を気にして、姫君の首が切り落とされていたのとちょうど同じあたりを触っていた。ツェツィーリアとエリザベスはサイリウムを拾い集めている。
    (「死ぬべき時に死ねるってのは、ある意味幸せなのかもなー」)
    「よし、いいわ」
     アルスメリアが立ち上がり、手を合わせた。
    「悲しいお話はもうお終い。……おやすみ」
    「どうか安らかに」
     蓮爾も姫君と馬の魂の安寧を祈る。
     しばらくの黙祷の後、藤子は目を開け、
    「山を下りたらひとっ走りしましょうか。もしかしたら、あのお姫様と馬も、昔は自由に走っていたかもしれませんよ」
     と、共に戦った炎狩を労った。
    「たとえ御伽噺から生まれた偽物だとしても、姫さんにはこのまま安らかに眠って欲しいもんだな。こいつを呼び出した奴とも、いつか逢えるのかねェ……そうしないと、困るんだけどな」
     辺りに何か被害は出ていないか確認しながら、ことはは古の畏れと、それを生み出した宿敵に思いを馳せる。
    「ま、何はともあれみんなお疲れ。今度は紅葉が綺麗なときに来たいよね」
    「そうだね」 
     周の言葉に逢真が同意し、皆もうなずいた。
     これだけの樹木が赤や黄色に染まる光景は、きっと素晴らしいだろう。
     山を下りる灼滅者たちの背中を、いつのまにか顔を出していた月がそっと見送っていた。

    作者:森下映 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年9月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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