後の祭りナス!

    作者:灰紫黄

     病院のような簡素なベッドにひとりの女性が眠っていた。紫のワンピースに薄黄色のエプロンドレス。京ナースちゃんという名の、死んだはずのご当地怪人だった。
     その枕元に荘厳な衣装に身を包んだ少女が現れる。可憐な唇が、小さく動いた。
    「私は『慈愛のコルネリウス』。傷つき嘆く者を見捨てはしません」
    「呼んでないナスよ~。ワナスは寝ていたいナス」
     薄くまぶたを開けると、またすぐ目を閉じる。
    「願いがあるはずです。だからあなたはここにいる」
    「そりゃ、やり残したことはいっぱいあるナスよ。でも敗者は望みを語れない。それが真剣勝負ナス」
     ふん、と寝返りを打って背を向ける。けれど、コルネリウスは引き下がらなかった。ふわりとまた目の前に現れる。
    「やれやれ、仕方ないナスな。なら……」

     京ナースちゃん。先の8月16日に灼滅されたご当地怪人である。世界征服の大望を抱き、そして散った平々凡々な怪人であった。
    「その残留思念にコルネリウスが接触するのを見たわ」
     と口日・目(中学生エクスブレイン・dn0077)は言った。先日からコルネリウスが灼滅されたダークネスの残留思念に接触し、力を分け与える事件が起きている。今回もそのひとつだ。コルネリウスの意図は依然不明だが、放置しておくわけにもいかない。
    「でも、蘇った京ナースちゃんには世界征服の意志はないみたい」
     困ったような呆れたような、けれど嫌でもない感じ。好意的な苦笑で目は言葉を接ぐ。
    「京ナースちゃんの望みは美味しい京ナス料理を食べることよ。ただ、戦闘になれば何もせずにやられるつもりはないでしょうね」
    「まぁ、京ナースちゃんらしいね」
     今回の事件を予見していた鹿野・小太郎(バンビーノ・d00795)が頷いた。彼は以前、京ナースちゃんと戦っている。
    「京ナースちゃんは夏期休暇中で使われていない学食の厨房を占拠してる。……京ナースちゃんの願いに応えるかどうかは任せるわ。いずれにせよ、私からお願いしたいのは残留思念の撃破よ」
     もし京ナースちゃんに京ナス料理を食べさせたいなら、厨房を使わせてもらってもいいかもしれない。褒められたことではないだろうが、大きな問題にもならないだろう。
     なお、京ナースちゃんは戦闘になれば手にした注射器とご当地ヒーローのサイキックで戦う。残留思念ではあるが、普通のダークネスと遜色ない力を持っている。
    「みんなの中には、京ナースちゃんを倒したくないと思う人もいるかもしれない。だけどプレスター・ジョンの国へ行くのを見逃すことはできないわ」
     あくまで依頼目標は残留思念を倒すこと。けれど、その過程は問わない、と目は言い添えた。


    参加者
    鹿野・小太郎(バンビーノ・d00795)
    痣峰・詩歌(自宅駐在員・d06476)
    朝倉・くしな(初代鬼っ娘魔法少女プアオーガ・d10889)
    三雨・リャーナ(森は生きている・d14909)
    崇田・悠里(旧日本海軍系ご当地ヒーロー・d18094)
    アガタ・トゥイノフ(中毒症状・d24054)
    龍宮・白姫(白金の静龍・d26134)
    四辻・乃々葉(よくいる残念な子・d28154)

    ■リプレイ

     京ナースちゃんの灼滅から約一ヶ月。灼滅者達は再び京都の地を踏んだ。件の大学はまだ夏季休暇中とあって、人気は少ない。学食はいくつかあるようで、エクスブレインが指定した学食に向かう。
    「京ナース、ちゃん……」
     鹿野・小太郎(バンビーノ・d00795)の口から彼女の名がぽろり。紫と薄黄色のエプロンドレスに、『京茄子』と書かれた単刀直入すぎるナースキャップ。ご当地怪人、京ナースちゃんがそこにいた。
    「やっぱり来たナスな」
     にやりと不敵に笑う。前回と違い、今回こそは来ると確信していたようだ。だってこれで四度目だから。
    「お久しぶりですっ!」
     ぶん、と勢いよく頭を下げる朝倉・くしな(初代鬼っ娘魔法少女プアオーガ・d10889)。最初に京ナースちゃんが現れた事件に、彼女もいた。あのときはただの料理サークルと勘違いされていたが、今は灼滅者とダークネスだと分かっている。
    「「…………」」
     両者に緊張が走る。前回は戦力で戦った。また出会えば、戦いになるのが必定であった。
    「あの、一緒にお料理しませんか?」
     おずおずと崇田・悠里(旧日本海軍系ご当地ヒーロー・d18094)が提案する。それは悠里の望みそのもの。提案を聞いた京ナースちゃんは、急にそわそわし始めた。
    「……他のヤツらもそうしたいナスか?」
    「はい。一緒に京ナス料理、食べましょう」
     京ナースちゃんの問いに即答する三雨・リャーナ(森は生きている・d14909)。他の仲間も同じ気持ちだ。そのためにどっさり食材も買ってきている。
    「じゃ、じゃあ仕方ないナスな! 付き合ってやるナスよ!」
     口ではこう言っているが、満面の笑みである。京ナースちゃんは非常に分かりやすいご当地怪人であった。
    「京ナス、これだけあれば……」
     こちらの意思も伝わったようなので、痣峰・詩歌(自宅駐在員・d06476)は段ボールの中の京ナスを改めて確認する。通販で取り寄せたものだが、これで足りないということはないだろう…………ないよね?
     アガタ・トゥイノフ(中毒症状・d24054)も備品のチェックを始め……おや、スケッチブックは何に使うのだろうか。まさか、まさかテレビのADがやるようなカンペではあるまいし。
    「ふふ、また会えると思ってなかったな」
     料理の準備を始めながら、四辻・乃々葉(よくいる残念な子・d28154)はふんふんと鼻歌を奏でる。ダークネスではあるけれど、京ナースちゃんは敵というより友達に近いのかもしれない。いや、それにしてははた迷惑すぎるが。
    「……京ナス料理は初めてですが、なんとかなるでしょう」
     と龍宮・白姫(白金の静龍・d26134)。レシピはあらかじめ調べてある。いつもどおりにやれば問題はないはずだ。ダークネスとともにお料理するという奇妙な状況だが、不思議と悪い気はしなかった。
     美味しそうな匂いが厨房を満たし始めると、みんなのお腹もきゅうと切なく鳴るのだった。

    ●クッキングタイム!
    『という訳で、料理のお時間となりました。今日はゲストとして京ナースちゃんにお越し頂きました』
    「これ何ナス?」
     どっかで見たスケッチブックにはそう書かれていた。これ誰かが持ってたよね。というわけで、料理開始です。
     熱した鍋にナスが投下され、じゅわっと音がする。アガタが作るのは鍋しぎだ。ナスを油を敷いた鍋で焼き、さらに醤油などを加えた味噌で味付けした料理だ。さらにお好みで豚肉やしし唐を加えることもある。アガタもしし唐を容赦なく鍋に入れていく。辛そう。
    「詩歌さん、一緒に作りましょうっ!」
    「は、はいっ」
     くしなに大声で話しかけられ、ちょっとびくっとなる詩歌。
    「え、えっと……」
    「天ぷらやりましょう。おいしいですよ抹茶ソルト!」
     やり方が分からず慌てる詩歌に、くしなは天ぷらを提案した。鍋に油を注いで温める。その間に詩歌は抹茶塩を作る。抹茶塩は名前の通り、抹茶を混ぜた塩で、天ぷらに着けて食べると風味が豊かになると同時にあっさりして美味である。
    (「ワナスはサボっても大丈夫そうナスな…………あ」)
     ナスナスナス、とほくそ笑む。しかし、白飯を炊いていた白姫と目が合ってしまった。
     じー。
     じーー。
     じーーー。
     すごく見られてる。敵意があるわけではないようだが、なんか脂汗が出てきた。仕方ないので京ナースちゃんもなんか作り始める。
     髪をひとつに束ね、エプロンをして、なんとなく新妻ルックの乃々葉が選んだのは味噌汁だ。具はもちろん京ナスが主役。そこに油揚げ、そして同じく京野菜の九条ネギを加える。乃々葉もナスは苦手だったが、前の事件がきっかけで食べられるようになった。その思いを味噌汁に込めるつもりだ。
    「きみは、辛いの平気?」
    「ばっち来いナスよ!」
     麻婆ナスを作りながら、小太郎が問うた。料理経験はほぼないが、朝から練習してきたから大丈夫だろう。慣れない手つきながらも慎重に……あ、入れすぎたかも。でもばっち来いとか言ってたから問題ないだろう。
     ふわり、と刺激的な香りがした。京ナースちゃんは、それはリャーナの配合したスパイスの香りだと憶えていた。くんくんと思わず鼻をうごめかす。
     悠里も慣れているだけあって、次々と京ナス料理を仕上げていく。ナスのグラタンに、田楽に、揚げ浸し。これまでの事件の中で作ったメニューだった。振り返れば、いろんなことがあった。突撃あなたの晩御飯、紫色の料理教室……いつも中心に料理があった。
     やがて美味しそうな料理がたくさんでき上がる。用意していた食材も使い切った。あとは、食べるだけだ。

    ●京ナス大感謝祭
     厨房のついでに机も借りることにした。まぁ綺麗にしておけばばれないだろう。
    「「いただきます」」
     全員で手を合わせて、いただきます。
     まずはくしなと詩歌が作った天ぷらと焼きナスから。天ぷらはさくっと、焼ナスはジューシーに。もともと京ナスは果肉の締まりがよく、油との相性がよいのだ。
    「んまいナス!」
    「当然ですっ! ね、詩歌さん!」
    「う、うん。よかった……」
     絶賛を浴び、どや顔のくしな。うまくできて、詩歌も控えめな笑みを浮かべた。
     次はアガタの鍋しぎをいただく。甘辛い味噌が肉厚のナスと絡み、食べ応えのある一品になっている。豚肉の旨みも吸い、非常にご飯が進む。反応を気にしてか、アガタが京ナースちゃんを見つめている。ぼんやりしているので表情はつかみづらいが。京ナースちゃんは笑顔でサムズアップしようとして……あ、固まった。しし唐あたったっぽい。
    「……お茶なら淹れておきましたよ……」
    「ありがとナス!」
     そこに白姫がお茶を差し出す。それを一息で飲み干し、ぷはっと生き返る。今度は白姫にサムズアップ。
    「少しずつでも、私がナスを食べられるようになったのは京ナースちゃんのおかげだよ。ありがとう」
    「なんか照れるナスな」
     乃々葉に例を言われ、でれでれと赤くなる京ナースちゃん。感謝されるのには慣れていないらしかった。それが可笑しくて、乃々葉もくすりと笑う。
    「どうぞ、夏野菜カレーです。ちょっと旬が過ぎちゃいましたけど」
     カレーには大きく切ったナスがごろごろ入っている。ひき肉や他の野菜もたっぷりの、華やかなカレーだ。
    「このカレーも食べ納めナスな……」
     不意に、真顔になる。けれどスプーンを口に運ぶとぱっと笑顔になった。真面目な顔が似合わないダークネスというのも珍しいか。いや、ご当地怪人だしそうでもないかも。
    「ちょっと久しぶりナスか」
     悠里は前の戦いには参加していなかった。(残留思念だが)会うのは二ヶ月ぶりくらいだ。
    「そう、ですね……」
     こつり、とコップを突き合わせる。最初に出会ったのはナス嫌いの少年の家だった。それから二度の邂逅を経て灼滅に至る。結末は別れでも、けして無意味な出会いではなかった。何より、みんなで食べる京ナス料理の美味しさがその証拠だ。
    「口に似合うといいんだけど」
     心配を隠しながら、小太郎は京ナースちゃんの顔を盗み見る。辛さも常識の範囲内……のはず。
    「では、いただくナス。……これは!」
     むむ、とそっちを見る小太郎。汗をだらだら流しながら、しかしそれでも京ナースちゃんは麻婆ナスに喰いついた。
    「辛さの中でも、ナスの旨みは死なないナス! ナスの冒険譚やー、ナス!」
     けっこう気に入ったらしい。小太郎はほっと胸を撫で下ろした。
     あれやこれやでたくさんあった料理もどんどん減っていく。これが若さか。
     満腹になった京ナースちゃんはぐってりしていたが、やがて思い出したように言った。
    「美味かったナスぅ。でも、美味い京ナス料理を食べたら、また世界征服したくなってきたナスな……?」
     にやりと笑うと、注射器を構えて立ち上がった。

    ●祭りの後
     勝手に使ったとはいえ、厨房を戦場にするわけにはいかない。外に出た灼滅者達は京ナースちゃんの攻撃を受け、そして応戦する。戦闘の準備が万全ではなかった灼滅者達は苦戦を覚悟したが、しかしそうはならなかった。京ナースちゃんの攻撃にはまるで戦意が感じられなかった。
     必然、戦いは灼滅者の勝利に終わる。
    「……て、手加減、してくれたんですか?」
     おそるおそる詩歌が聞くと、京ナースちゃんは首を横に振った。
    「ワナスがもっと強かったらお前らなんてボコボコにしてたナスよ!」
     と言っているが、手を抜いたのは誰の目にも明らかだった。世界征服云々は灼滅者達を戦わせるための出まかせか。身体が光の粒になって消えていく。
    「ちょっと待ってください! 私あーんやってみたいですっ!」
    「アレ死ぬほど恥ずかしいからやらないナスよ!」
     くしなの言葉に、前回の戦いの散り際を思い出す。思い出したらめちゃくちゃ恥ずかしくなって真っ赤になる。
     そこにアガタが『イヤ?』とスケッチブックに書いて掲げる。表情が変わらないせいもあるだろうが、なんか有無を言わさない迫力があった。
    「い、いやじゃないナスけど……」
     と快諾が得られたので、田楽を切り分けて食べさせてやる。
    「はい、あーん」
    「あ、あーんナス」
     ぱくり、と口に含むと謎の達成感が灼滅者達の間に広がった。
     そんなこんなでくだらないことをしている間に、時間が残り少なくなっていく。
     悠里はナス型の弁当箱を手渡した。中にはナスの漬物を刻んだおにぎりと揚げ浸しが入っている。
    「これ、よかったら……」
    「ああもう、困った子ナスな」
     泣きそうになる悠里の頭を、京ナースちゃんはよしよしと撫でてやる。優しく笑う様は年の離れた姉のようでもあった。
    「……わたしのも、持って行って」
    「こっちは完全に泣いてるナスなぁ」
     と苦笑。レシピノートを持った乃々葉の目からは涙がこぼれていた。ノートを受け取って両手がふさがったので、ぎゅっと両腕でハグ。
    「私、京ナス栽培を始めようって思ってるんです」
    「大変ナスよ。京ナスはワナスと同じで繊細ナスからな!」
     鉢植えを見せるリャーナに、京ナースちゃんはにんまり笑って答えた。本気で言っているのかギャグで言っているのかは分からないが。
    「じゃ、ワナスは今度こそ行くナスよ。……あ、あとワナスもちょっと作ったから食べるといいナス」
     消える間際、ついと机の上を指さした。つられて振り返り、視線を戻せば、もうその姿は消え失せていた。
    「ナスメンチ串?」
     いつの間にか、机の上には人数分の串揚げが用意されていた。小太郎が手にしたメモにはそう書かれている。食べて見ると、牛ミンチをナスで包んで揚げたものだと分かった。
     小太郎は被ったフードをぎゅっと握る。味付けがしょっぱく感じる。でも、もうひとつ食べたいと思った。……叶うなら、だけど。
    「龍神の名の下に……彼女が成仏できますように……」
     空を見上げ、白姫が呟いた。秋晴れの空はどこまでも高く澄み上がっている。
     喧騒の夏は過ぎ去り、すでに秋の涼しい風が吹く季節。同じ夏は、二度と来ない。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年9月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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