鬼の子野球団

    作者:西灰三

     とある河川敷のグラウンド。そこでは小学生の野球チーム同士がこれから練習試合を始めようとしているところだった。二つのチームはそれぞれ始まりの挨拶をしようと列になる。
    「よろしくお願いしまーす!」
    「よろしくお願い……っ!?」
     片方のチームの主将が息を飲む。相手チームの主将が挨拶のおりに帽子を取ったその場所を見てしまって。あるいはこれさえなければ彼らの運命は違うものになっていただろう。
    「見たね?」
    「う……!?」
     頭を下げたままの彼からいらついたような声が発せられる。彼の額には黒く鋭い一本の角が、たじろぐ少年に向けられていた。
    「見られたんじゃ仕方ないね。君たちにはここで死んでもらうことにするよ」
     鬼としての正体を見られた彼は言う。そして同じチームの他の少年たちも彼にならう。彼らは一同にこれから自分たちが行う事に対する笑みを浮かべていた。
    「よろしくお願いします」
     再び放たれたその言葉はこれから始まる暴力の開始を意味していた。
     
    「皆さん、集まってくれましたね」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)が君達灼滅者を出迎える。彼女は挨拶も早々に事件の概要の説明を始める。
    「皆さんなら『闇堕ち』の事は言わなくても分かると思います。今回皆さんに担当してもらいたいのは普通の一般人が『闇堕ち』してダークネスになろうとしてしまうのを止めること」
    「なろうとしている、って言う事は……」
    「ええ、その彼の人間としての意識はダークネスにならずに残っています。そして彼が皆さんと同じ灼滅者の素質があるのなら助けてあげて下さい。もし完全なダークネスになってしまうのであれば」
    「それ以上は言わなくても大丈夫」
     つまりは灼滅者として、新たに生まれたダークネスを灼滅する。それだけのこと。
    「『闇堕ち』した少年の名前は国立・健という名前で少年野球のキャプテンをしています。『闇堕ち』する前は休みの日の度に練習試合に参加するくらいの野球少年のようです。その点は『闇堕ち』しても代わりません。ですが練習試合の開始の際の挨拶で帽子を取った時、それを相手の選手に見られてしまいます」
    「それがきっかけで?」
    「彼の中のダークネスとのバランスが崩れてしまい相手チームに重傷を負わせてしまいます。ダークネスの影響下となった自分のチームの少年たちも一緒に。それを止めるには練習試合の開始前に接触して彼を『闇堕ち』から救い出さないといけません」
    「でもなんでそんな事で」
    「私の推測ですが角を隠すことで自分の中にあるダークネスの存在も隠そうとしていたのでは、と思います。そうすることで人間としての自我を保っていたのかもしれません」」
     他者からも自分からも隠し切れれば無いのに等しい。彼の中のダークネスは一瞬の心の隙をついて帽子を取らせたのかもしれない。
    「戦闘になれば彼は神薙使い、いえ鬼のサイキックを使用して戦いを挑んできます。彼のチームメイトもバットなどで攻撃して来ますがあまり脅威とはならないでしょう、油断は禁物ですが」
     姫子はそこまで言ってから一つ呟く。
    「もし、彼の人間としての心に呼びかける事が出来るのならダークネスの力も削げると思います。考えるだけの価値はあります。……なんにせよ一度は倒さなければ『闇堕ち』から開放する事はできませんが」
     姫子はそれだけ言ってから君たちを送り出す。
    「そのままにしておけばいずれ完全なダークネスとなってしまうでしょう、そうなる前に事件の解決をお願いします」


    参加者
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    龍宮・巫女(貫天緑龍・d01423)
    若生・めぐみ(癒し系っぽい神薙使い・d01426)
    キャスリン・ニュートン(キャプテン・婦中・d01877)
    ヴァン・シュトゥルム(中学生ダンピール・d02839)
    卜部・泰孝(アクティブ即身仏・d03626)
    狗洞・転寝(風雷鬼・d04005)
    天霧・らんぷ(夜霧の幻影射手・d06257)

    ■リプレイ


     河川敷を望む道の上。残暑の日差しが中天にかかり下にいるものを熱している。日陰を生む建物もあるはずもなく道すがら通りすぎる人影もまばらだ。そんな時間帯に複数人が揃って歩いているのはやや目を引くだろう。……もっともバベルの鎖の力を超える気がなければそのように感じることも出来ないだろうが。
    「(なんだかんだで鬼に縁があるのかしらね)」
     龍宮・巫女(貫天緑龍・d01423)が手を空にかざしてわずかな影を作る。開けた周りには例の野球少年達は見えない。自分達と同じくらいの集まりが揃っているのなら早々に見つかるはずだ。
    「これもいらなかったかな」
     くるくるとスコープを回してしまいこむ天霧・らんぷ(夜霧の幻影射手・d06257)。探さなければ見つからないとは言われていなかったし、不意打ちをするつもりもない。無論準備としてはあっても良かっただろうが今回はその役目を必要とすることは無いだろう。
     そう、今回は相手にこちらを見てもらう必要がある。
    「我、衆生一切の悩みを祓うが役目也……」
     卜部・泰孝(アクティブ即身仏・d03626)が瞑目したまま呟いた。難解な言い回しながら意味を解くのなら。自らの使命は皆の悩みを無くす事、というべきか。その悩みというのがかつて自分達が経験し、そしてこれからも経験しうるものならなおさら。
    「他人事とは思えないよね……」
     狗洞・転寝(風雷鬼・d04005)の視線が遠くを望む。ダークネスの囁きに身を任せれば強い力を得る。だがそれはダークネスに心を渡すという行為でもある。また囁きなど生温く奪おうとすることもある。国立少年はそれに今もあらがっているのだろう。
    「今も抗っている途中なんですねぇ。……あれでしょうか?」
     華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)が遠くに人影を見つける。スポーツバッグにユニフォーム姿。あれが探していた今回の相手だろう。
    「野球少年はご当地の宝! いずれ甲子園に出てご当地の皆さんに希望をもたらす存在になるかもしれないデス。必ず助けなくテハ!」
     キャスリン・ニュートン(キャプテン・婦中・d01877)の彼女らしい望みを口にしつつそちらの方へと向かっていく。このままだとそういう姿さえ失ってしまうかもしれないから。
    「犠牲者を出さない為にも、健君の為にも頑張りましょう」
     全てが失われてしまう前に。ヴァン・シュトゥルム(中学生ダンピール・d02839)が先に行く者達の後ろに付いて行く。一同が野球チームと接触した時一番先頭にいたのは若生・めぐみ(癒し系っぽい神薙使い・d01426)だった。
    「こんにちは。めぐみは若生めぐみ、国立健君ですよね」
     声を駆けて自己紹介を始めるめぐみ。彼の運命を決める会話が静かに始まった。


    「あんたたちは?」
     突然前に立ちはだかった灼滅者達を前に、国立少年は帽子のつばを掴み視線を隠すようにする。自分に関わらせないように、と言うように。
    「こんにちは、かな。いきなり声をかけてごめんね」
    「めぐみ達は君の抱えてる悩みを少し前に解決した人たちです。だから少しは役に立てるアドヴァイスもできると思って来たんですけど……」
    「……それが?」
     ヴァンとめぐみに対する少年の返答はそっけない。いや、感情的にならないようにしているのか。
    「あんたらが何を解決したかなんて知らない。邪魔だからどいてくれ」
    「……帽子」
    「……っ!」
    「君の帽子の中の事で、ちょっと話があるんだ」
     視線が遮られているのにも関わらず、こちらをねめつけているのが分かる。それが何を意味しているのか分からないほど鈍くはない。なぜなら彼らもそれに脅える日がくるのかもしれないから。
    「……隠し切れれば、無いはずの角。隠すのは辛かったね」
     泰孝が折を見て切り出す。彼の顔に汗が滲んでいるのは暑さ故か、それとも慣れない言葉遣いのためか。
    「そんなもの……」
     健の言葉に険があるものの、語調そのものは弱い。
    「我等も同じ、いつ別の自分になるか判らない怖さがあるけど、どうすれば防げるか知ったからここにいる」
     灼滅者達の目が全て健へと向かう。
    「もう、いい。あんたたちが何をしにきたかわかった」
     彼がその視線に射抜かれて力なく返す。だが灼滅者達が反応を返す前に彼は次の句をついだ。
    「だから、今すぐここから逃げてくれ……! このままじゃ……!」
    「はふぅ……あんまり年下を叩きのめすの気がひけるんだよね」
     らんぷがカードを取り出し、苦しむ少年の前に立ちはだかる。無論彼女だけではない、他の灼滅者達もこれから現れるダークネスに立ち向かうつもりだ。巫女の手も左の刀の柄にかかっている。
    「わたし達の敵は彼じゃなくてダークネスだから大丈夫ですよー」
     不可視の盾を構えて紅緋は返す。戦闘状態になるのを察したのか健、いや健の中のダークネスが帽子を破り捨てる。
    「お前ら……何様のつもりだ!」
    「通りすがりの騎兵隊とデモ」
     健の口調は先程までと違って荒々しい。それに返すようにキャスリンがジョーク交じりに返す。クールなアメリカンヒーローのような言い草が羅刹の神経を逆撫でする。
    「ふざけるのも大概にしろ! 者共、やっちまえ!」
     それまで黙っていたチームメイトたちが一斉に動き出す。
    「蔵王権現真言……オン バキリュ ソワカ!」
     転寝が叫び黒い杖を構える。その羅刹の奥で泣いている彼を感じ、それを助け出すために。


    「ぼく達が苦しみから救ってあげなきゃね」
     自らのバベルの鎖を瞳に集め、群がる少年たちをいなすらんぷ。彼らの攻撃は羅刹の支配下にあるためかサイキックによるものと同じくらいの力を有している。もっとも灼滅者のそれに比べれば大したものではないが。
    「これでは魂鎮めの風も効きそうにはなさそうですね」
     めぐみは使おうとしたESPを取りやめる。本来このような技は非戦闘時に力を発揮するもので、よしんば効いたとしても戦況に大した変化は起きないだろう。代わりに隣のナノナノに指示を出す。
    「らぶりんは回復の位置で、あとはいつも通りにお願い」
     らぶりんは一鳴きしてから他の灼滅者達の回復に当たる。
    「迷い祓うが者、そこに敵味方の区別無し。暗中模索する者倒すに、何の価値あろうか」
     鏖殺領域を放ち襲い来る少年たちの動きを止めようとする泰孝、だがそれほどで簡単に動きを止められるほど弱くもなく、そして数も多かった。
    「オウ! ラフプレーは駄目ネー!」
     手にバットを持ち攻め立ててくる少年達の攻撃をバスターライフルの砲身で受け止めるキャスリン。一つ一つの攻撃は大したものでは無いものの受け続ければ危険だろう。回復に終始する仲間もいるが相手を無力化出来なければジリ貧だ。
    「これだと……押される?」
     ようやっと槍の柄で少年の1人を叩き伏せて、息を吸う余裕を作る巫女。手加減をして戦うと言うことはそれだけ彼我の戦力の差がなければ戦闘に支障が出るということ。例え相手が力を抑えられたダークネスとそれに操られた一般人だからといって、それは軽視しているのに等しい。効率良く攻撃を当てる手段を講じていなければ厳しい戦いにはなる。
    「トラウナックルでも……止まらない……!」
     紅緋のその力は、時折相手にダメージが入る効果のある攻撃にしか過ぎない。攻撃をするという方向から見れば有効なそれも動きを直接削ぐわけではない。
    「まずは動きを止めよう! クロもお願い!」
     転寝が竜巻を呼び出し、ヴァンがそれに合わせて鏖殺領域を放つ。ダメージを重ね合わせることによって少しずつ動ける相手を減らしていく。だがそれは羅刹の動きを許してしまっているということ。
    「ハっ! 偉そうなのは口だけか!」
     豪腕を振りかざし配下の少年たちのものとは比べ物にならないほどの一撃を与えてくるダークネス。それは配下を無力化するのに手間取っていた彼らをやすやすとなぎ払い大きな痛手を与えてくる。灼滅者達が彼らを無力化した時、既に満身創痍の状態であった。
    「おうおう、お疲れさん。……そんなナリでまだやろうってのか?」


    「……まだだよ」
     らんぷの胸に蝶のようなハートのスートが現れる。それは戦う意志を呼び込む力。
    「諦めたらそこでゲームセットですヨ。ワタシもアナタもネ!」
     構えた砲身からビームを放ち羅刹に向かって放つキャスリン、だがその一撃を羅刹は難なくかわす。
    「コメット! リップルバスターデス!」
    「!?」
     背後からの砲撃に面食らった羅刹はダメージそのものよりも、受けた事実に驚愕するこれは不意打ちですら無くただの油断だ。すぐさまそれは怒りへと代わり、鬼の手を振り上げて灼滅者へと襲いかかる。
    「お前ら……ふざけたマネを!」
     何度も放たれ大きなダメージを与えてきたその一撃は、めぐみの同じ力によって受け止められる。
    「同じ技でしょ? めぐみ達もあなたと一緒なんですよ」
     羅刹ではなく、その奥にいる存在に語りかけるめぐみ。そしてもう一つの鬼の腕が羅刹を殴り飛ばす。
    「そのまま闇の力に負けていいの? 純粋に野球がしたかったんじゃないの?」
     巫女がやはり問う。既に羅刹の存在などは大した問題ではない。
    「ダークネスなんかぶっ飛ばそう! 場外ホームランだ!」
     雷とともに転寝も呼びかける。雷が羅刹を焼き、言葉が健の心を燃やす。
    「その物騒な力は、この世にあるべきじゃないんですよ。どう扱えばいいか、私たちと一緒に考えましょう」
     紅緋の守りの力が灼滅者の力を回復させる。羅刹の一撃に比べれば多くは無くても、一撃を耐えられればそれで充分。
    「君のままでいよう。この後どうするか、それは色々とわかってから君で決めれば良いのだから、ね」
     泰孝も彼女に合わせ回復を行う。これでまた少し楽になる。同時に羅刹の勝利が遠のく。
    「どうか心を強く持ってください。君のその手は誰かを傷つける為の手ではありません。野球をしたり友達と繋ぐ為の手です」
    「抜かせ! お前らも! こいつも! 俺に負ける定めなんだよ!」
     だが自分達を幾度も窮地に立たせてきたその攻撃は彼には届かない。それどころか避けざまに深く切りつけられる。
    「頑張って、闇に負けないで下さい」
    「なっ……!」
     己の失策を悟る前にらんぷの指が引き金を引く。
    「君の闇を撃ちぬいてあげるよ!」
     羅刹の額めがけ走った光条は狙い通りにそこを貫いた。


     健の体が倒れこむ。これで動くものは灼滅者達以外にいない。めぐみと紅緋は手分けしてチームメイトの傷を癒す。これから練習試合があるのだから。
     一方健の方もしばらくして目覚めた。何故からんぷに膝枕されていたが。それに気づくと彼は驚いた声と共に彼女から離れる。
    「すごかったね……でも力に飲まれちゃ駄目だよ」
     何食わぬ顔で彼女は言う。見回せば彼の周りに灼滅者達が集まっていた。気にしていのだろう。
    「でも……」
    「大丈夫、みんな君の味方です」
    「ダイジョブヨー。角生えたくらいなら、もとに戻れるネ」
    「今回みたいにね、君は一人じゃない」
     彼を立たせつつ灼滅者達も立ち上がる。
    「迷いなさるな。迷いは恐れ、恐怖を生むモノ。其れ即ち、不幸への経路也」
     泰孝がいつもの調子で彼に説く。健は微妙な顔で聞き遂げると目覚め始めたチームメイトに気付く。
    「っと、もうそろそろだね」
    「そうだ、これ。正しい使い方知りたくないかな? ここで待ってるね?」
     灼滅者達もそれに気づき武蔵坂学園の連絡先を渡し、その場を離れる。
    「それじゃ良い試合を」
     巫女がそう言い残し灼滅者達は去っていく。残された少年たちはややあって試合のあるグラウンドへと向かう。彼らのなすべき対戦はこれから。

    作者:西灰三 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 11/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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