宇都宮が勝つ!

    作者:本山創助


    「グホッ、ゲホッ!」
     餃子専門店のカウンター席で、一人の少年が餃子をのどに詰まらせた。
    「お客さん、そんなに沢山食べなくても」
     店主が苦笑いする。少年は常連だが、食べ方が鬼気迫っていてちょって怖い。少年は、すでに六人前を平らげていた。
    「マスター……俺は……宇都宮の勝利のためにも、一皿でも多く餃子を食いたいんです……!」
    「あのーちょっとすいません、ちょっといいですか? こういう餃子専門店で餃子を食べても、カウントされないみたいですよ。確か、あれ、スーパーとかで買って家庭で消費される餃子の量だったような」
     黒縁めがねの鼻デカ男が、横からニュっと顔を出して言った。
    「そんな……だってうちの家族も、友達の家も、ほとんどが餃子専門店の餃子を食ってるんですよ。餃子の消費量を調査するのに、餃子しか置いてない餃子専門店の消費量を無視するとか、いったい何がしたいんです?」
    「まあ、とにかく、外食は全く反映されないんです。だから、ここでいくら食べても、宇都宮餃子の勝利にはなんの関係もありません」
    「マジっスか! そんな統計、意味ないじゃん!」
     少年が叫んだ。
    「「そんな統計、意味ないじゃん♪」」
     他の客達も、ラップ調で声をそろえる。
    「「「そんな統計、そんな統計、そんな統計、意味ないじゃん♪」」」
    「グアアァァァーッ!」
     少年は頭を抱た。
     その頭はみるみるうちに餃子化し、新たな宇都宮餃子怪人が誕生したのだった。


    「また、新たな宇都宮餃子怪人が生まれようとしているんだけど……」
     逢見・賢一(大学生エクスブレイン・dn0099)が説明を始めた。

     宇都宮の高校生、田中・良信(たなか・よしのぶ)が、宇都宮餃子怪人になろうとしている。キミ達には、良信君をKOしてもらいたい。
     良信君は宇都宮餃子怪人の姿になっているけど、完全には闇堕ちしてないから、キミ達が呼びかければ、闇の力を抑えることができるかもしれない。灼滅者としての素質があれば、学園に迎え入れることも出来る。
     良信君は、夕方、国道沿いの餃子専門店で餃子怪人に変身するから、その直後に接触してね。
     良信君は、ご当地ヒーローとバスタービーム相当のサイキックを使ってくるよ。
     良信君の頭は餃子になっていて、おいしく食べることができる。良信君は頭を食べられると、すごく喜ぶから、食べたくなったらどんどん食べてあげるといいと思う。不思議なパワーで、良信君の頭はどんどん再生されるから、オカワリは自由だよ。
     ちょっと大変な相手かもしれないけど、キミ達ならきっとうまくやれると思う。
     それじゃ、がんばってね♪


    参加者
    香祭・悠花(ファルセット・d01386)
    シャルリーナ・エーベルヴァイン(ヴァイスブリッツェン・d02984)
    日野森・翠(緩瀬の守り巫女・d03366)
    楠木・朱音(勲の詠手・d15137)
    久瀬・隼人(反英雄・d19457)
    牛野・ショボリ(歌牛・d19503)
    高沢・麦(とちのきゆるヒーロー・d20857)
    アレス・クロンヘイム(刹那・d24666)

    ■リプレイ


     夕方。
     アレス・クロンヘイム(刹那・d24666)は、通行人を装いつつ、餃子専門店の中を覗いていた。
    (「宇都宮には、このような店があるのか……」)
     椅子はカウンター席と待合い用のソファーのみ。壁貼りのメニューには、焼き餃子と冷凍餃子の二つの値段が一人前から二十五人前までずらりと並んでおり、他の商品はない。張り紙には『ライス、ビール、ジュースなどは置いてないので注文しないでください』と書かれ、客達は、ストイックなまでに、餃子のみを黙々と食べている。
    「マジっスか! そんな統計、意味ないじゃん!」
     突然、良信が叫んだ。
    「「そんな統計意味ないじゃん」」
     他の客達も、ラップ調で声をそろえる。
    「ぐああーっ! 一緒に闇堕ちしちゃうからその歌やめてくれ!」
     地元のご当地ヒーロー、高沢・麦(とちのきゆるヒーロー・d20857)が、耳をふさいで叫んだ。
    (「このようなきっかけでも闇堕ちしたりするのか……普段から気を引き締めておかないとな」)
     アレスは、ゴロゴロと転がる麦を眺めつつ思った。
    「「「そんな統計、そんな統計、そんな統計意味ないじゃん♪」」」
    「グアアァァァーッ!」
     良信は頭を抱えた。自分の頭がどんどん大きくなっていくのが分かる。同時に、気持ちまで大きくなっていくような開放感を味わった。
     店内備え付けの鏡を見て、良信は雷に打たれたような衝撃を味わった。
     餃子頭。そして、『宇都宮が勝つ!』のコスチューム。
    「そう……そうだ、宇都宮は勝たなくてはならないんだ! うおおおおっ!」
    「ヒィィ、お客さん、いったいどうしましたか?」
     店主が悲鳴を上げたその時、カランコロン、とベルが鳴って店の扉が開いた。
     やってきたのは牛野・ショボリ(歌牛・d19503)。カランコロンは店のベルではなく、ショボリの首に下がっているカウベルの音である。
    「ぎょうざーたーべるよー!」
     ジャンプ一番。ショボリが良信の餃子頭に食らいついた。首にしがみつき、ガツガツと食べる。良信は嬉しそうに頬を染めた。良信の頭は不思議なパワーで再生され、箸を突っ込むと、通常サイズの餃子として摘むことが出来た。
     他の客達も、良信の頭に箸を伸ばす。
    「そんなことされたら商売になりませんよぉー」
     店主が頭を抱えた。
    「どうやら俺は、餃子の伝道師になったらしい! しかし、どうすればいいんだ。あの統計……」
    「OK、その統計に釈然としないのは同感だ。向こうで語り合おう」
     楠木・朱音(勲の詠手・d15137)が良信の肩を叩いて言った。
    「おお、友よ! しかし、ここには俺を求める民が……」
    「外にも餃子が欲しい人が居るのではないか? ちょっと出てみないか?」
     アレスが窓の外に親指を向ける。そこには、分厚いメガネをかけた白衣の金髪お姉さんが、おどおどしつつも小さく微笑み、手を振っていた。その胸は豊満である。
    「一理ある。行こう!」
     しかし、他の客達が騒ぎ始めた。
    「待て待て、もっと食わせろー!」
    「いや、ワシたちも行こう!」
    「日野森先輩!」
    「あ、はい」
     朱音に促され、日野森・翠(緩瀬の守り巫女・d03366)が精神を集中した。
     店内に爽やかな風が吹き抜ける。
    「これでよしと。さ、行きましょう先輩」
    「はいですっ」
     灼滅者達は良信を連れて店を出た。
     店内の客は皆、カウンターに突っ伏して安らかな寝息をたてていた。


    「うめェ」
     店の裏の駐車場にて。
     久瀬・隼人(反英雄・d19457)が良信の餃子を食べて言った。手には取り皿と割り箸。とりあえず、何も付けずに食べてみたが、なかなかジューシーで美味しい。
    「美味しいー!」
    「わふっ」
     香祭・悠花(ファルセット・d01386)と、その霊犬『コセイ』も美味しそうに餃子を食べている。
     灼滅者達は、輪になって駐車場に座っていた。
    「そうだろう、美味いだろう。イイコダネー♪ んーヨシヨシヨシヨシ♪」
     自分の頭にかじり付くコセイを、嬉しそうにもふもふする良信。
    「えっと、私も頂いても良いでしょうか……?」
     シャルリーナ・エーベルヴァイン(ヴァイスブリッツェン・d02984)が、もじもじしながら言った。先ほどのメガネ金髪白衣お姉さんである。その胸は豊満であり、良信はすっかりシャルリーナが好きになっていた。
    「もももちろんですっ! えへへ。はい、あーん」
     唐突に頭突きを喰らいそうになって、後ずさるシャルリーナ。
    「取り分けてあげよう!」
     麦が餃子頭に菜箸をつっこみ、小皿に取り分けてシャルリーナに手渡した。
    「お酢多めの醤油で食べるんすよっ。野菜の味が引き立つから!」
     麦が、皆に宇都宮餃子の食べ方を皆に伝授する。
     翠もまた、思い切って餃子を食べてみた。
    「美味しいです……けど、わたしは良信さんの焼いた餃子をたべてみたいですね」
    「それって、もしかして……求婚……!」
     あなたの味噌汁が飲みたい、みたいな遠回しなプロポーズを連想して顔を真っ赤にする良信。
    「球根?」
     翠が首を傾げた。
    「だめだだめだ! 俺はまだ高校生だし! 女の子にうつつを抜かしている場合ではない! とにかく宇都宮が勝たないことにはどうにもならん! でもどうやったら勝てるんだ……!」
    「外食がカウントされないのはおかしいと思いますけど、それがルールなら、そこで日本一を目指さないといけないと思うのです」
     球根て何だろうと思いつつ、正論を述べる翠。
    「一理ありますね」
    「そうなりますと、頭の餃子もカウントされないでしょうから、ここは良信さんがお家で餃子を作れるようになることで、日本一に貢献するのがいちばんだと思うですよっ」
     翠が力説した。
    「せっかく無尽蔵の餃子パワーを手に入れたのに、それを手放せと言うのか……それは、餃子神の意志に反するのでは……」
    「神の意志ではありません! 自分の行動が無に帰す瞬間……それは抗い難い絶望訪れる時……! 暗雲のように広がる虚無が、あなたをそのような姿に変えたのです!」
     悠花がビシィッと良信を指さした。
    「マジで?」
    「ああ、本当だ」
     アレスが頷く。口数が少ない分、瞳に込められた誠実さと相まって説得力を感じる。良信は話を逸らそうと、視線をふらふらさせた。
     そして、閃いた。
    「それはそれとして、この店、無い方が良くないか?」
     良信が店を見上げた。
    「外食とスーパーって明らかに競合してるだろ。ここの客はスーパーの餃子を食わない。現に、俺は生まれてこの方、ここの餃子しか食ったことがない。つまり、俺は生まれてこの方、宇都宮の役に立ってなかったってことだうおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ! クソッ! この店のせいで! この店が餃子の需要を横取りしているせいで! もー怒ったギョ! こんな店、ブッ壊してやるギョ!」
     良信は、瞳を真っ赤にし、ほっぺたを膨らませながら怒りを露わにした。
    「おい、待て。落ち付けって」
     隼人がなだめにかかる。
    「こんな巨悪を目の前にして待ったり落ち着いたり出来ないギョ! 正義の鉄槌を受けるがいいギョ! 宇都宮餃子ビ……」
     その時。良信の顔面に、巨大異形化した右拳が叩き込まれた。
    「ギョギョォォォォォォォォンッ!」
     派手に吹っ飛び、石垣に激突する良信。
    「まァ、こうなるわな」
     異形巨大化した右腕を元に戻しながら、隼人が言った。
    「始めるとすっか」
     その丸いサングラスが、夕日を反射して輝いた。


    「さては貴様等、この店の手先だなギョ……手先だギョな……手先ギョーザ?」
    「語尾に迷ってるあたり、まだ完全には堕ちてないようですね……闇の力を抑えるために……参ります!」
     戦闘モードになったシャルリーナが、力強く言った。その脚に、稲妻を思わせる青白いオーラが走る。立ち昇るオーラに煽られ、長い金髪と白衣の裾が逆巻いた。
     対する良信はと言うと、シャルリーナのロングブーツと縦セタワンピが織りなす絶対領域を見ては喜び、シャルリーナがジャンプしては喜び、急降下の跳び蹴りを見上げては喜び、夕日の逆光を恨み、クリティカルヒットを喰らっては喜んでいた。
    「ギョギョォォーン♪」
     嬉しそうに吹っ飛ぶ良信。
    「棍と剣の舞、少々お付き合い願おうか」
     間髪入れずに、朱音の演舞――パッショネイトダンスが始まった。
     右手には西洋剣、左脇には純白純金属の武術棍を抱え、その身に暴風の如きオーラを纏う。高く飛び、宙を蹴り、回転してさらに宙を蹴ってから棍を振り下ろす。一瞬の静止後、剣を突き、背中で棍を回し、脚を払い、剣を払う。
     これら一連の演舞を良信の至近距離で行い、すべての攻撃動作が良信にヒットしていた。
    「ギョッギョッギョッギョッギョォォーン!」
     最後に回し蹴りを喰らって、キリモミしながら吹っ飛ぶ良信。
    「大切、ハート!」
     ショボリの槍が、良信の眉間をズボボッと貫いた!
     頭が餃子でなかったら即死である。でも大丈夫。
     ショボリは槍を引き抜くと、先端についた餃子を美味しそうに食べるのだった。
    「びびび、びっくりしたギョ……」
     眉間をさすりながら、ラー油めいた脂汗をかく良信。
    「宇都宮の勝利を邪魔立てする悪党共め……成敗してくれる!」
     夕日をバックに、灼滅者達と宇都宮餃子怪人の死闘が幕を開けた。
     専門店を潰してスーパーの消費量を上げるという、いかにもダークネス的、かつ、本人的にイケてる回答を得た良信は、なかなか強かった。しかし、灼滅者達も負けてはいない。バランスの良い布陣と連携により、ダークネスと互角かそれ以上の力を発揮していた。
    「ええい、ちょこまかと邪魔くさいギョ! お前ら無視して店舗を破壊ッ!」
     良信が、店舗に振り向いた。
    「させるか!」
     割って入った朱音が、宇都宮餃子ビームをモロに喰らって吹っ飛んだ。
    「自分が好きな物が一番って言われたら嬉しいよな。だが貴方は『一番』でなければ『好きでない』訳じゃないだろ?」
     口元を伝う血を拭いながら、朱音が立ち上がった。
    「一番……? 好き……?」
     首を傾げる良信。
    「消費量ナンバーワンっつー名誉が欲しいっつーのも理解できなかねェが、根本はそこじゃねェだろ」
     ローラーダッシュで瞬時に距離を詰めた隼人が、良信の眼前で言う。
    「根本……!」
     死角から迫る隼人のハイキックを感じ、良信は腕を上げてガード。しかし、その体はくの字に折れていた。ハイはフェイント。炎を纏った隼人の脚は、良信の腹に食い込んでいる。
    「大切なのは宇都宮餃子が美味しいってことねー! 宇都宮餃子食べて幸せってことねー!」
     ショボリがぴょんぴょん飛び跳ねながら注射器を振り回した。
     良信は餃子ビームの構えでショボリを追う。
    「ハート大切! ショボリのおねーちゃんお胸はぜっぺきだけどハートは情熱でいっぱいねー! かるびおねーちゃんぜっぺきねー! かるびおねーちゃんぜっぺきねー!」
    「ぜっぺき……!」
     思わず翠を見る良信。その時、ショボリの注射器が良信の胸に刺さり、良信のビームは翠に直撃した。
    「むむむーっ」
     怒りの効果で顔を真っ赤にする翠。
    「個人的には、美味しい餃子に県境はないと思うのですっ」
     言わないでおこうと思っていた心情を、つい吐露してしまう。
    「コセイ!」
    「わふっ」
     即座にコセイが駆け寄り、癒しの眼差しで翠の怒りを鎮めた。
    「はっ、ごめんなさいです、つい……」
     我に返り、ぺこりと頭を下げる翠であった。
    「無意味な統計で競うよりも、美味しさをアピールして広めていく方がきっと皆さんにも食べて貰えると思います!」
     言いつつ、シャルリーナは脚を払う。鎌鼬のように鋭利な闘気が、良信の足首に迫った。
    「そういや俺……あんな統計意味ないじゃんて思ってたんだった!」
     良信はジャンプで回避。
    「美味しさを広めたいと思うのであれば、今のままではいけないのではないか?」
     燃えさかる縛霊手を振りかぶりながら、アレスが言った。
    「今の姿だと怪人だしな。それよりヒーローの方が良くないか?」
    「た、確かに、いや違う! 俺はヒーローだギョギョォォーン!」
     燃える右フックをまともに喰らい、地を転げる良信。
    「チックショーッ! 問題が複雑すぎて分けわかんねえ! とにかく! 宇都宮の勝利のために! この悪の秘密基地をブッ潰してやるううううううううう!」
     良信が餃子ビームを構えた。
    「だったらその涙はなんですか? どうして泣いているのですか!」
     両手を広げ、店舗を庇いながら、悠花が叫んだ。
     気がつけば、良信は涙を滂沱と流していた。
    「やっぱりこの店は壊したくないギョ……!」
    「有名になるきっかけとして重要だったし、もちろん一位は誇りに思う!」
     麦が言った。
    「でも、学校の調理実習が餃子だった時、各家庭の包み方の個性を見て気づいたんだ! 家族みんなで餃子を包む夕飯準備の団らん風景……手作り餃子には統計なんかじゃ測れない愛がある! 数字ばっかにこだわんなくていいんだ!」
    「なるほどいや違う! いや分からないギョ……!」
     葛藤する良信の体に、膨大な餃子ビームが蓄積される。
    「目を覚ませ!」
     麦が両手をかざすと、良信はカミソリのような突風に包まれた。
     餃子頭が、餃子怪人コスチュームが、鋭利な風の刃によって切り刻まれ、空を舞う。
     そして――。

    「気がつきましたか?」
    「お、俺は?」
     悠花が微笑んだ。良信の姿は、人間に戻っている。
     悠花は闇堕ちや学園について、良信に説明した。
    「そ、そうだったのか」
     呆然とする良信の肩に、麦が手を回す。
    「だいたい一人で消費量を上げようって水臭いだろ! 学園の仲間になって、みんなでいっぱい食べよー」
    「おう! みんな、ありがとう! よろしくな!」
     田中良信が、照れくさそうに笑った。

    作者:本山創助 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年9月19日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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