漁港に燃える原始の炎

    作者:御剣鋼

     早朝の水揚げを終えた漁港に、夕焼けの色がぱっと灯る。
     同時に。漁港で一息ついていた漁師達が服を破り捨て、辺りに大きな奇声を轟かせた。
    「ウッホッホー、ウッホホホー」
     漁港に隣接された倉庫の屋根から、力強く屋根に飛び移り、胸板を叩く老年の漁師。
     けれど「じいさん無茶するなよ」と声を掛けるような人間は、既にこの場にはなく……。
    「オーホッ、ウーエッ、ウーエッ!!」
     おこぼれを頂戴しようと集まった野良猫を捕獲せんと、漁網を振り回す、若い漁師達。
     奇妙な光景に驚いていた漁師の妻らしき女性達も、次々と雄たけびを上げながら、銛(モリ)を手にとり、水揚げした魚を焼いて食べ始める姿は、まるで海辺に住む原始人のよう。
    「アオッ、アオオー!!」
    「イアッ、ウッホウッホ!!」
     麻袋や漁網を纏って、あたかも原始人ルックと化した漁師達は、生き生きと輝いていて。
     その奇妙な光景を横目に、漁港の中央にドカッと鎮座した恐竜のような姿のイフリートは、満足そうに尻尾を揺らしていた。
     
    ●漁港に燃える原始の炎
    「お待ちしておりました、灼滅者様」
     手持ちのバインダーに鋭い視線を落としていた里中・清政(高校生エクスブレイン・dn0122)は、教室に集まった灼滅者に気付くと、温和な笑みで出迎える。
     そして、山口県のとある漁港に謎のイフリートが現れ、事件を起こすことを告げた。
    「わたくし達が知るイフリートは猛獣の姿をしておりますが、このイフリートはその常識から大きく外れております」
     まず、姿形は大型爬虫類か恐竜のような感じで、知性そのものを嫌っている。
     人の姿を取ることもなく、その能力や行動もこれまでのイフリートと全く違うものだ。
    「先の報告にもある通り、己の周囲の気温を上昇させ、範囲内の一般人の知性を、原始人レベルに劣化させる能力を持ち合わせております」
     最初は都市部から離れた漁港一つ。けれど、その範囲は時間と共に広がって行く。
     最終的には、都市一つが原始時代のようになってしまうとも、言い切れない。
    「元凶のイフリートは、効果範囲の中心におりますので、そう見つけるのは難しくございませんが……」
     執事エクスブレインは、一旦言葉を区切る。
    「漁港はすでに原始人化が進んでおり、強化一般人との接触を避けることができません」
     その数、10人。
     幸い、謎のイフリートから距離があるとはいえ、原始人化した一般人は、イフリートがいる漁港を出ることを嫌う。
     放置した場合、謎のイフリートと交戦中に乱入される可能性も高く、厄介と言えよう。
    「先に戦ってKOするか、何らかの方法で戦闘を回避する必要がございますね」
     KOした強化一般人はイフリート灼滅後に元に戻ると、執事エクスブレインは付け加える。
     また、彼等は知性が劣化しているので、ちょっとしたアピールで敵味方の区別がつかなくなり、イフリートそっちのけで興味を惹き付けることも可能のようだ。
    「皆様が遭遇する強化一般人は漁業関係者、海辺に住む原始人のように振舞っております」
     注意するのは、彼等は現代文明を嫌っているイフリートの性質を受け継いでいること。
     知的文化や知性を感じさせるような行動は、極力控えた方が無難だろう……。
    「元凶である謎のイフリートは、漁港中心に居座っております」
     イフリートは強力な突き上げと噛みつき、遠くの集団には長い尻尾で薙ぎ払ってくる。
     また、近列にも炎の奔流を巻き起こすので、前列後列共に油断ならない相手だ。
    「知的文化や知性を嫌っている性質を利用して、特定の攻撃だけを誘発する戦法も考えられますが……」
     未来予測の優位はあったとしても、ダークネスの戦闘力を侮ることはできない。
     攻撃を惹き付ける場合、万全の準備と対策が必要になってくるだろう。
    「謎のイフリートが灼滅されれば、原始人化された人々も徐々に知性を取り戻すでしょう」
     多少の混乱等はあるかもしれないので、何かしらのフォローがあると良いかもしれない。
     ……が、最優先は謎のイフリートの灼滅であると、執事エクスブレインは強く念を押す。
    「知性が低い代わりに、戦闘能力は高めでございますから」
     まずは、謎のイフリートを灼滅することに全力を注ぐこと。
     それだけは決して忘れないようにと、深く頭を下げるのだった。


    参加者
    伐龍院・黎嚇(龍を伐る者・d01695)
    早乙女・仁紅丸(炎の緋卍・d06095)
    エリ・セブンスター(ベルいくよー・d10366)
    中川・唯(高校生炎血娘・d13688)
    八神・菜月(徒花・d16592)
    幸宮・新(ペン・d17469)
    北条・葉月(独鮫将を屠りし者・d19495)
    黒揚羽・柘榴(魔導の蝶は闇を滅する・d25134)

    ■リプレイ

    ●原始に還る者達
    「幸宮は仕入れ、お疲れさん」
    「貴重な財産を無駄に使いすぎるわけには、行きませんからっ……!!」
     手分けして、魚介類中心の食料品を用意していた北条・葉月(独鮫将を屠りし者・d19495)は、質の良い大型の魚を調達してきた幸宮・新(ペン・d17469)に、労いの言葉を掛けていて。
    「叡智を探求する魔術師としては、原始化っていうのはちょっと許しては置けないね!」
     知識を集め、知恵を尽してこそだと強く拳を固めるのは、黒揚羽・柘榴(魔導の蝶は闇を滅する・d25134)。
     そう言わんばかりに柘榴が入念に持参したイワシと霜降り肉に、ゴクリ喉を鳴らす音が。
     強化一般人を惹き付けて戦闘回避するのが目的です、灼滅者ホイホイじゃないからねっ!
    「おいしいお魚のためにも、ここは解決しなくては!」
     さっそく火種から火を起こして魚を焼き始めた早乙女・仁紅丸(炎の緋卍・d06095)の鼻孔を、香ばしい香りがくすぐっていく。
     謎のイフリートの対応も大切だけど、秋の幸のためにも悪いことは『無かった』ことにしたいと思いは、香ばしい匂いと共にますます強くなっていて。
    「漁師さんを、このままにはしておけないよね」
     美味しい魚が食べられなくなってしまうという思いを秘めていたのは仁紅丸だけでない。
     1人身を潜めていたエリ・セブンスター(ベルいくよー・d10366)も、強く頷く。
    「……遂に、五匹目か」
     伐龍院・黎嚇(龍を伐る者・d01695)は呟きを風に流すと、人を遠ざける殺気を放つ。
     文明的な機具や行動を行う者がいないか見回すと、揃って水着にボロ布を纏っていて。
     これなら特に怪しまれることも、心配するようなこともなさそうだ……。
    「暑苦しい。めんどい」
     無気力でやる気がなさそうにしていた八神・菜月(徒花・d16592)も、文明的なものは見せないように気を配っていて。
     菜月にとっては、2回目の討伐依頼。
     これがESPに近い効果なら、幻獣種イフリートとは、また違う種類なのだろうか……。
    「竜種イフリートって、なんか見ててイラッとする」
     それに、人が人であるため、放っておくわけにもいかない。
     髪もぼさぼさにした中川・唯(高校生炎血娘・d13688)が、水着の上に巻いたボロ布の感触を確かめていた時だった。
    「やべぇ本当に来た……!」
     新が指し示した方角を見た一行に、緊張が走る。
     香ばしい食材が焼ける匂いに惹かれ、強化一般人達が集まって来たのだ。

    ●原始に還る食欲の秋
    (「流石にウホウホいうのは恥ずかしいしね!」)
     種籾には興味を示さなかった強化一般人に、柘榴がこれでもかとイワシを振舞っていく。
     全員が怪しまれないように極力言葉は使わず、身振り手振りの交流を心掛けていて。
    「マジ美味そ――ムゴッ!」
     文明的な言動が洩れそうになった葉月の口には、黎嚇が投げた生イワシがストライク!
     その光景を横目に火を分けて貰うことに成功した新は、仁紅丸とは別に魚を焼き始める。
     唯も強化一般人達の焼き方を参考にしながら、持って来たイワシを手際良く焼いていた。
    「モット、イッパイ、焼イテ、分ケテアゲタイ」
     仁紅丸の言葉に、一瞬訝しな表情を浮かべる、強化一般人達。
     慌てて身振りを交えながら焼きたての魚を振舞うと、直ぐに機嫌を直すどころか我先に食べようとする、まさに世紀末バーゲンッ!!
     菜月も言葉は極力使わずに身振り手振りで誘い、強化一般人達と一緒に魚を食べていた唯も美味しいって叫びそうになりながらもぐっと我慢、その勢いで元気よく飛び上がった!
    『イヤー、ウホホッ!!!』
    『イヤッホ、イヤッホ、ウッホッホーゥ!!』
     体を使って美味しさを表現した唯に、強化一般人達のテンションも、ぐっとアップ!
     柘榴の霜降り肉で胃袋にトドメを刺された強化一般人達は、なんと踊り始めたああ!?
    「いい感じですね」
    「眠い。帰りたい」
     遠くで野良猫と追い掛けっこしていた強化一般人に対しては、仁紅丸と菜月が食材を使って誘い出すことに成功していて。
     元々海の幸に尊敬を抱いていた漁師とその関係者は、すっかり食材に懐柔された様子。
     風に乗って流れて来る香ばしい匂いは、正気であっても食欲がそそられるものがある。
    「どういう理屈で原始人化してるんだろうな……深く考えるだけ無駄か」
    「彼らの意識が食料に向いている間に、竜種の所へ移動しましょう」
     海の幸を敬う儀式っぽい宴を始めた強化一般人達から、葉月と黎嚇も、そっと離れる。
     そして、仲間と共に原始のイフリートが居座る漁港へ、足を早めたのだった。

    ●原始の炎 
    「まだ人気の少ない漁港で良かったけど、コイツが都会の真ん中に現れたらって考えると、ぞっとしないな」
    「んー、竜種ってなんなんだろうね、結局」
     漁港の中央に辿り着いた葉月の視界に居座るのは、紅く煌々と燃える原始のイフリート。
     竜の如く外見からして、武蔵坂が知るイフリート達とは全く異なる存在だと言えよう。
    「なんにせよ、これを広めるわけにはいかないね」
     こちらの存在に気付いたイフリートが威嚇するように尾を叩き付けるや否や、新が勢い良く超重量の杭を打ち込んでいく。堅い。そして間違いなく、強い。
    「ようやく涼しくなってきたと思ったら、イフリートのせいで気温上がって暑いのも憎たらしいね!」
     立ちはだかる炎の竜を眼前にした柘榴の赤き双眸が、強い殺意と憎悪で満たされていく。
     知性を見せて狙われないように気を付けつつ、詠唱圧縮した魔法の矢を撃ち放つと、宙を裂いて飛んで行く軌跡を追うように、前衛に並んだ唯とエリが攻撃を仕掛けた。
    「強いね、惹き付けが上手くいって良かったよ!」
     明るく光り輝く炎のオーラを纏った唯は、どす黒い殺気を放出しながら、周囲を見やる。
     イフリートが派手に暴れていても、強化一般人達が乱入したり駆けつける様子はない。
     念には念を入れ、戦場内の音を遮断する帳を降ろした傍らの葉月に、唯が声を掛けた。
    「北条先輩、フォローお願いしますっ」
     真剣に何かを考える時間は、戦場にはない。
     唯は少しでも全員が生き残る可能性が高くなるように、浮かんだ言葉を声にしていく。
     誤って敵を惹き付けないように返事を返す味方はいなかったけど、呼びかけに応じて動く気配は然りと背に感じていた。
    「ま、俺自身がマジで燃やされないよう頑張りますか」
     初めて戦う相手とはいえ、竜退治というシチュレーションに燃えるのは、事実。
     周辺の味方を纏めて守護するシールドを広げながら、葉月も知性があるように振る舞う。
    「鬼さんこちら、手の鳴る方へってな! 鬼じゃ無くて竜だけど!」
     言葉で誘う前衛に殺意の視線が剝けられ、同列のエリを巻き込むように、業火が襲った。
     黎嚇はその光景を視界に留めるや否や、即座に傷を癒す夜霧を前列へ届けていく。
    「神秘系の攻撃を誘発する手前、少しだけ不利かもしれませんね」
     前衛3人のうち、神秘回避と破壊力耐性両方に備えていたのは、葉月だけ……。
     気魄回避と破壊力耐性の唯とエリは不利な状況であると、メディックの黎嚇は気付く。
     キャスターの柘榴も直ぐに支援に回り、攻守共に高いダークネス相手に持久戦を用いる形になるのは間違いない。
    「僕がアツいのは脂肪だけじゃないよ!」
     とはいえ、この程度の誤差で怯む灼滅者達ではない。
     仁紅丸が起こした魔術の竜巻は決定打に欠けるけれど、着実に状態異常を付与していく。
     その突風を追うようにバベルの鎖を瞳に集約させたスナイパーの菜月がオーラを放出、新の足元から伸びた巨大な鬼の影が爪で引き裂くように、イフリートの厚い皮を斬り裂いた。
     ジャマーの仁紅丸が阻害し、新と菜月が削っていく中、前衛3人が守護の盾を展開する。
     その刹那。怒りの矛先を前衛に剥けていたイフリートの炎が、容赦なく3人を飲み込む!
    「火を使うならライターとかマッチ……いや何でもありません」
     イフリートの傷口から吹き出した炎が、怒りで爛々と輝く獰猛な瞳を、大きく照らす。
     秋を迎えた漁港は熱で満たされ、焼けつく熱風と炎は後衛の新も頬に感じるくらいで。
     圧倒的な力と炎に回復支援を主としていた黎嚇は、嬉々としたものを押し殺していた。
    (「本当なら前線に立ちこの刃で解体したいところではあるが、我慢しよう」)
     ……まぁ、隙あらば解体するが。
     誰にも聞こえぬ呟きをこぼし、黎嚇は傷を癒して妨害能力を高める夜霧を展開し続ける。
     神秘系の近列攻撃を誘発させている今、少しでも手を休める訳には行かなかったから。
    「……?」
     実際に聞くかどうか別にして従って行動してる風を装っていた菜月は、ふと眉を寄せる。
     攻撃を仕掛ける一拍、前衛を見ると、葉月とエリの惹きつけ方が物足りないような?
    「今ですっ!!」
     積極的に指示をだしていた唯も、無意味に言葉を言わないようにしていて……。
     前衛に攻撃を浴びせていたイフリートも、中後衛の存在を少しづつ意識し始めている。
     そんな一株の不安を抱きながら仁紅丸が新と菜月に攻撃を合わせた、その時だった。
    「凍てつけ! 絶氷の魔弾! 妖冷弾!!」
     なるべく人の言葉は使わないで指示に従っていた柘榴は、不意に強い視線を感じた。
     魔法を詠唱するように攻撃していた柘榴に、原始のイフリートが牙を剝けた瞬間だった!

    ●死闘、その覚悟
    「柘榴ちゃん、あぶな……っ!」
     間一髪、体を割り込ませたエリの腹を重厚な角が深々と貫き、軽々と宙に持ち上げる。
     強く地面に叩きつけられ、重い衝撃と痛みにエリは四肢を広げたまま動けずにいて……。
     前衛のダメージが積み重なっていたのは事実、庇い合っていたならば尚更だ。
    「相対性理論!!」
     唯は文化的な単語で惹きつけようと切り替えてみるも、剣戟にかき消されるものばかり。
     文化的な武具や装いを用いる作戦も、個性的な武具や装いの仲間が多くいる中では、もっと大袈裟にアピールする必要があっただろう。
    「よくもエリさんを! 守護を引き裂きその身に刻め! ティアーズリッパー!!」
     ――ダークネスに断罪を!
     高速の動きで死角に回り込んだ柘榴を、原始の炎竜が雄叫びを上げて迎え撃つ。
     力と力がぶつかりイフリートが始めて態勢を崩すものの、牙を受けた柘榴の傷も深い。
    「伐龍院さん、黒揚羽さんの回復お願いっ」
     イフリートの行動が柘榴を狙うか、前衛を炎で薙ぎ払うか、回復するかの3択に増えた。
     オーラを癒しの力に転換して態勢を整えていた唯は、片手間の攻撃が見いだせずにいて。
     これまで前衛を注視すれば良しとしていた戦況は変わり、戦いは長期戦を迎えつつある。
     しかしそれを予想していた者は皆無に近く、味方陣営にも乱れが生じ始めていた。
    「流石に竜だけあって一筋縄じゃ行かねぇか?」
     壁が2人になった今、葉月は花の名を冠した細身の長剣を横にし、守りに切り替える。
     刹那。知的と判断されないように気をつけていた菜月が淡々と魔力の奔流を叩きこんだ。
     仁紅丸が重ねるように魔力の雷を撃ち放ち、暴風の如きオーラを纏った新が影を伸ばす。
     終始途切れることがない後方3人の攻撃が、イフリートの行動を阻害して前衛を補佐し、体力を削ってくれてたけれど、僅かに火力が足りていない。
    「相手はダークネス、万全の態勢で挑むべきでしたね」
     黎嚇の金色の瞳は、イフリートを射抜くように見据えていて。
     撤退状況を考慮して闇堕ち覚悟で尽力をつくさんとしていたのは、自分だけ……。
     気力で持ち堪えていた柘榴が倒れた瞬間、黎嚇は1人覚悟を決めたのだった。

    ●一撃に賭けて
    「撤退までの時間稼ぎと殿(しんがり)は、僕が担います」
     攻撃を惹き続けていた唯が倒れ、壁が葉月だけになった時、黎嚇が半歩前に出る。
     傷を負いながら体を起こした柘榴が赤色の瞳を瞬かせ、唯が精一杯の声を振り絞った。
    「ダメ、全員生きて帰ることが最優先だよ!」
     血とススに塗れた半身を持ち上げ、唯が懇願するけれど、黎嚇の決意は固い。
     その時だった。まだ行けると誰かが声を荒げたのは。
    「空を飛んだりはしないだろうけど、余所に行く前にココで片付ける!」
     葉月の声に、新がディフェンダーの指示に従うという名目で頷き、武器を構え直す。
     灼滅者達にとって幸いだったのは乱入の気配がなく、退路を塞ぐものがなかったことだ。
     また、攻撃が前衛と柘榴に集中したことにより、攻撃の担い手であったジャマーの仁紅丸とスナイパーの新と菜月は、辛うじて敵の体力を削ることに専念することが出来ていて。
     事実。咆哮を織り交ぜつつあるイフリートは満身創痍に近い。今此処で一斉攻撃に転じれば、倒せるかもしれない。
    「ですが、あまり長居は出来なさそうですね……」
     戦況にも余裕がないということは、仁紅丸も自覚している。
     この一撃で倒せなかったら黎嚇は迷いなく決めるだろう。――闇堕ちという選択を。
     その傷を抱える者が多くいる中、それだけは何としても避けたいと、自然と体が動いた。
    「邪魔」
     必要最低限の動きで飛び出した菜月が片腕を異形化させ、凄まじい膂力と共に叩き込む。
     その振動が静まる間もなく弓の弦を振り絞った仁紅丸が、無数の矢を降り注がせていく。
    「財産も命も有限なのだよ……!!」
     踏んではいけない。覗いてもいけない。呑まれた先は、鬼の胃袋だ。
     新の影から伸びた巨大な一つ目の鬼の影に深く引き裂かれた巨体が、大きく揺らぐ。
     おぼつかなくなった足元に、体を沈ませていた葉月が炎を纏った激しい蹴りを見舞って。
     ――そして!
    「竜種よ、その魂に刻みつけておけ」
     一転して攻撃的な口調を見せた黎嚇が、龍殺しの装束を翻して、竜種の眼前に駆け出す。
     抗うように振われた爪に深く肩を抉られながらも、黎嚇は嬉々と炎の巨体へ挑み掛かる。
     交差させた鋸状の刃と白き刃が非物質化し、敵の霊的防護だけを破壊する刃に変わった。
    「我こそは龍殺しの伐龍院、今から貴様を捌く、神罰の代行者の名だ!」
     龍殺しの伐龍院、その名を知らしめる為に。
     龍殺しはここにいるのだと、刻み付ける為に。
     竜種を討伐せねばならない、と――。

     日が高く高く昇っていく漁港に、断末の咆哮が轟く。
     一拍して、仲間を支えながら出て来た少年少女達は、出迎えた涼しさと光に瞳を細めて。
     その数8人。誰1人欠けることもなく、彼等は無事に帰路に着いたのだった。

    作者:御剣鋼 重傷:エリ・セブンスター(封印されし黄金の盾・d10366) 中川・唯(高校生炎血娘・d13688) 黒揚羽・柘榴(魔導の蝶は闇を滅する・d25134) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年9月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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