リアルへの衝動

    作者:邦見健吾

     ピコピコ、ピコピコ……。
     真っ暗な部屋の中で、フードを被った少女がテレビの画面に向かって一心不乱にコントローラーを操作していた。画面の中では、少女が操るキャラクターが縦横無尽に動き回り、剣を駆使して力のままに敵を蹂躙している。
    「……こんなんじゃ、足りない」
     少女は一言だけ呟き、ゲーム機の電源を切った。

    「一般人の少女が六六六人衆に闇堕ちするのを予知しました。彼女を灼滅者として救出するか、あるいは灼滅するようお願いします」
     冬間・蕗子(高校生エクスブレイン・dn0104)は、傍らに置いた緑茶を一口飲むと、説明を続ける。
    「彼女の名前は西洞・樹里果(さいどう・きりか)といいます。現在中学生なのですが、人付き合いが苦手で、今は家に引きこもりゲームばかりしている状態です」
     闇堕ちしかけた樹里果はゲームによってその殺人衝動を紛らわそうとしていたが、とうとう耐え切れず近所の家電量販店で殺戮を行おうとしている。
    「私の未来予測によると、西洞さんは家電量販店に現れても、数分間は殺人衝動に抗おうとするでしょう。その間に接触し、西洞さんを止めてください」
     うまく説得して場所を移せればいいが、樹里果がこちらを信じてくれるとは限らない。家電量販店の中で戦闘になることも覚悟しておいた方がいいだろう。
    「西洞さんの殺人衝動は爆発寸前で、どう説得してもおそらく戦闘は避けられないでしょう。完全に闇堕ちしていないとはいえダークネスの力を持ちます。気を付けてください」
     戦闘になれば、樹里果はカッターナイフを用いて殺人鬼のサイキックを使う。灼滅者より格段に上の実力を持つ相手なので、力を合わせなければ勝利することは難しい。
     また、説得に成功すればその度合いによって樹里果の力を弱めることができる。結果を確実にしたいなら、試してみる価値はあるだろう。
    「西洞さんは人付き合いが苦手と言いましたが、他人が嫌いなわけではありません。でなければ、殺人衝動をここまで抑えられなかったでしょうから。説得するには彼女の信頼を得ることが重要になると思います。……それでは、よろしくお願いします」
     蕗子は淡々と説明を締めくくり、灼滅者たちを見送った。


    参加者
    宗谷・綸太郎(深海の焔・d00550)
    三兎・柚來(無垢な記憶の探求者・d00716)
    笹銀・鐐(赫月ノ銀嶺・d04707)
    式守・太郎(ブラウニー・d04726)
    シュネー・リッチモンド(金色遊戯・d11234)
    狼幻・隼人(紅超特急・d11438)
    オリシア・シエラ(アシュケナジムの花嫁・d20189)
    夕崎・ソラ(灰色狼・d27397)

    ■リプレイ

    ●衝動への抵抗
     家電量販店の店内。フードを被った少女、樹里果が店の入り口に佇んでいた。ポケットに突っ込んだ右手には、おそらく凶器となるカッターナイフが握られている。
    「足りない……けど……」
     まだ殺人衝動を抑えられているが、もはや理性が決壊する寸前だ。
    「おや、物足りなそうだな?」
     樹里果が声に振り返ると、笹銀・鐐(赫月ノ銀嶺・d04707)をはじめとする灼滅者たちがそこにいた。
    「殺しまくりたい、でもそうしちゃいけない。そうだよな、制御出来ているのは凄いと思う」
    「……何か、用?」
    「どうやら我慢の限界のようだと思ってな。俺達が相手しよう。だが邪魔が入るとうっとおしいだろう? ついてきてくれないか」
     チャキチャキ、とポケットの中で刃を出す音が鳴る。
    「俺達なら君の衝動を受け止めることができます。一緒に来てもらえませんか? きっと人を殺さなくて済むと思います」
     式守・太郎(ブラウニー・d04726)も説得に加わり、樹里果にここを離れるよう促した。店の中で戦えば、周囲に被害が及ぶ可能性がある。できるだけ人のいないところで戦いたい。
    (「ああいうのってウソだから面白いんだよな、多分」)
     夕崎・ソラ(灰色狼・d27397)は店頭に並ぶゲームを一瞥し、樹里果に話しかける。
    「暴れたいなら相手になるぜ。なんせオレ、人間じゃないしな」
    「付け尻尾……?」
    「ホンモノだぜ。触ってみるか?」
     狼の尻尾を生やし自分が超常の存在であることをアピールしたが、樹里果は半信半疑の様子。
    「俺達はお前に殺されたりしない。だから安心してかかってきてくれ」
     淡々とした口調で、宗谷・綸太郎(深海の焔・d00550)が言った。冷淡な表情を崩さないものの、未来予測を通じてこうして関わってしまった以上、樹里果は救うべき相手に違いない。
    「まあとりあえずこっちこいや。ゲームなんかと比べ物にならんもんが堪能できるでっ!」
     少しイントネーションが怪しい関西弁で話しかけたのは狼幻・隼人(紅超特急・d11438)。ボサボサの髪に赤いバンダナと、見るからに喧嘩っ早い見た目をしているが樹里果の信用を得ることができるだろうか。
    「……」
     灼滅者たちの言葉を聞き、その言葉が信用に足るかどうか、樹里果は考えを巡らせる。店内で戦闘になる可能性がある以上仕方がなかったのかもしれないが、8人全員で接触したことは樹里果の警戒を強めたかもしれない。
    「……いいよ」
     しばしの沈黙の後、樹里果が口を開いた。

    ●ゲームスタート
     家電量販店の第二駐車場に場所を移し、灼滅者たちは樹里果と相対する。
    「まだ……?」
     樹里果はナイフの刃を露出させ、今か今かと灼滅者たちに襲いかかろうとしている。今まで殺人衝動を抑えられていたのは奇跡的かもしれない。
    (「人付き合い苦手なのに傷つけたくなくて頑張ったって……根性あるじゃん?」)
     パンク寸前の樹里果を見やりつつ、一般人が近づかないようにシュネー・リッチモンド(金色遊戯・d11234)はESP殺界形成を発動した。
    「だから、こっちも頑張りまっしょい! 来い、樹里果!」
     灼滅者の1人として、この子を助けてやりたい。その思いを込めて樹里果の名を呼んだ。
    「行くよ……?」
     樹里果が地面を蹴った。次の瞬間には三兎・柚來(無垢な記憶の探求者・d00716)の目の前に現れる。
    (「人付き合い、苦手……でも、嫌いじゃないんだよね……? なら、絶対……殺させないように、がんばる……」)
    「ん……思いっきり、今まで我慢してた分、発散すると…いいよ」
     樹里果の斬撃を、柚來は正面から受け止めた。ナイフが刺さった腕から、赤い鮮血が流れていく。
    「ずっと1人で耐えてきたの、辛かったよね……。でも、俺達が受け止めるから……もう1人で悩まなくて、いいよ」
     今の樹里果を止めるには一度倒すしかない。柚來は拳を鬼のそれに変え、ハンマーのように叩きつけた。
    「大丈夫、樹里果さんは自分の中の闇に惑わされているだけです。私達が助けます」
     オリシア・シエラ(アシュケナジムの花嫁・d20189)は優しく、けれど決して揺るがない意志を込めて樹里果に話しかける。
    「私達灼滅者は、ダークネスを灼滅することで癒しを得ることができます。今の樹里果さんとそんなに変わりませんよ」
     自分も同類なのだと訴えかけながら、至近距離まで迫り、バベルブレイカーを叩きこんだ。
    「これ……楽しい」
     樹里果はフードの下に薄く笑みを浮かべ、その命を狩らんと鐐に迫った。けれど隼人が間に入り、ナイフの刃が隼人の肩に突き刺さる。隼人は出血もいとわず刃を掴み、深々と刺さったナイフを引き抜いた。
    「相手が血を流す感覚はどうや。こんなんが楽しいか?」
     手が血だらけになるのも気にせず強く握りしめ、刃が折れた。刃は瞬時に生え変わるが、その迫力に一瞬樹里果がたじろぐ。霊犬のあらかた丸が回復に回るが、隼人の傷は癒しきれないほど深く刻まれている。
    「なー、人間に迷惑かけたり殺したりするのって、モンスターのやることじゃん? オレはオオカミだけど、でも勇者様でいたいぞ」
     ソラは樹里果が好きだというゲームに例え、樹里果に語りかけた。銀に光る爪とナイフの刃が交差し、火花が散る。
    「みんな……死んで」
     灼滅者たちの言葉が届いていないのか、あるいは応える気力が残されていないのか。樹里果は血に濡れた刃を振るい、なおも灼滅者たちに激しい攻撃を続けた。

    ●求血の刃
    「人を殺すとな、もう喋ったり遊んだり、友達になることが出来なくなる。 分かってるだろう?」
    「……うるさい」
     鐐の紅蓮斬を、樹里果はナイフで受け止めた。至近距離で言葉を交わし、樹里果は再び距離をとった。
    「俺も君のように、殺人衝動を抱えながら生きています。俺には仲間がいましたが、君はずっと1人で抱え込んできたんですね。その衝動の全てを俺達にぶつけて下さい」
     死角から迫る、樹里果のティアーズリッパー。太郎は白いマフラーを風になびかせながら、同じ技で相殺する。交差する刃と刃。心も交わるようにと太郎は懸命に戦う。
    「西洞、一度人を殺めれば帰ってこれなくなる。その渇きが本能になる前に、ここで俺達が止めるぞ」
     綸太郎は蛇剣に炎を纏わせ、一気に振り抜いた。さながら炎の竜のようにうねり、樹里果の体力を奪う。霊犬の月白も、魔を断つ刃で攻撃を重ねる。
    (「口で伝えるのは得意じゃないからなぁ」)
     正直、シュネーには樹里果にかける言葉が見当たらない。
    「とりあえず、あたし達を頼って! けっこう頑丈だから何とかするよ! ブリッツェン、フルスロットル!」
     けれど今は気持ちが大事と、声を張り上げた。きっと樹里果の味方になりたいのはシュネー達だけではない。仲間がいるから何とかなると気持ちを込めて叫ぶ。言葉を持たぬライドキャリバーも呼応するように、エンジンを高らかに唸らせた。
    「私は……人殺しだから」
    「本当にそうでしょうか? 教えてください。本当は何がしたいのか、どうありたいのか」
     オリシアが首を振って、樹里果の言葉を否定する。1人で殺人衝動に抗おうとした樹里果なら、共に歩むことができると信じているから。
    「その力は……殺すだけじゃなくて、誰かを守ることもできるんだよ……。今俺達が……樹里果を助けようとしているように」
     柚來が杖で樹里果を打った。一刻も早く、樹里果が戻ってこられるよう願いながら。
    「嫌われて憎まれながらやっつけられるなんて、オレは嫌だ。キリカはどうだ?」
    「守りたいものがあるから抗い続けてきたはずです。一緒に日常へ戻りましょう、樹里果」
     ソラと太郎が息を合わせ、同時に攻撃を放った。炎の蹴りと光の刃が炸裂する。
    「お前の中のもう1人に負けるな! 大丈夫、お前なら絶対勝てる。俺達も乗り越えて来たんだ、お前も来い!」
    「貴方に囁くダークネスは貴方とは違う存在です。負けないで。消えないで。私達と一緒に冒険しましょう!」
     鐐が光る拳を、オリシアは杭を撃ち込んだ。樹里果のフードがめくれ、やっと素顔が露わになる。
    「どうか屈しないでくれ、その衝動に」
    「本当は殺したくないんやろ? だから俺達が間に合ったんや! もうひと頑張りして、帰ってこいやっ!」
     綸太郎が、隼人が、続けて蹴りを見舞う。
    「私、は……」
     そして樹里果は、涙をこぼしながらその場に倒れた。

    ●リアルへの帰還
    「ん……?」
    「やっほー、起きたー?」
     樹里果が目を覚ますと、シュネーの顔が間近にあった。後頭部に感じる柔らかな感触。どうやらシュネーが膝枕をしていたらしい。
    「あぁ、起きた起きた。目ぇ覚まさんかったらどうしよかと思ったわ」
    「良かった……」
     樹里果が目覚めたことに気付き、隼人と柚來が笑う。口には出さないものの、綸太郎も密かに安堵している。
    「どう……なってるの?」
    「俺達はお前と同じ灼滅者だ。皆自分の中にもう1人を抱えて、それを制御している」
    「もう……1人?」
     鐐がダークネスと灼滅者、そして武蔵坂学園について簡単に説明した。一番伝えなくてはいけないのは、樹里果が危機を脱したことだろう。
    「化け物に……なるところ、だった……?」
    「そう。頑張ったね」
     まるで妹にするように、慈しむような眼でシュネーがそっと頭を撫でた。お姉さんというにはいささか小さすぎるかもしれないが。
    「君の日常を無事取り戻せたようですね。たくさんの仲間が学園で君を待っていますよ」
    「たくさんの……引きこもり?」
    「あ、引きこもりではないですけど」
    「じゃあ……ゲーマー?」
    「まあ……それは結構いると思います」
    「……よかった」
     苦笑しながら太郎が答える。仲間と言われて樹里果が思い浮かべるのは引きこもりやゲーマーらしい。
    「そんなゲーム好きかぁ。俺は殴るやつしかようやらんのやけど、なんか面白いの教えてや」
    「なら……いいの知ってる。……最近出た」
    「お、おぅ……」
     隼人が尋ねると、樹里果は目を輝かせてゲームについての説明を始めた。その圧倒的な情報量に、隼人はただ頷きながら聞くしかないようだ。
    「ふふっ。どうでしょう、学園に来られますか?」
    「でも私……引きこもり」
    「大丈夫……。同じ灼滅者なら……人付き合いもしやすい……多分」
    「オレも歓迎するぞ!」
     オリシアが樹里果を学園に誘い、不安を拭うべく柚來とソラも同意を表す。
    「じゃあ……お願いします」
     樹里果はフードを被り直し、小さな声で答えた。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年9月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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