紅き悪魔の逆襲

    作者:天風あきら

    ●赤き悪魔の残滓
    「……から、ちから……」
     薄闇に浮かぶ、赤黒く変色した血で描かれた魔法陣。もう描かれてから、大分時は過ぎているらしいのが、血の染みこんだ絨毯からうかがえた。
     そこは洋館の書斎。壁の両脇に本棚が並び、一面には窓が、残る最後の一面には大きな両開きの扉が。
     そして、魔法陣の中央には紅い影。
    「ちから、チカラ、力……俺に足りなかったのは、知識、知力、指導力、そして純然たる力……」
     紅く、ただ蟠る影には、何の力もなかった。ただそこに揺蕩うだけのもの。
    「貴方が求めるのはそれですか?」
    「!?」
     紅い影が振り返る。その顔右面を覆うのは、禍々しき仮面。
     そして振り向いた先には、見目麗しき少女。
    「大丈夫、私には貴方が見えています。灼滅されても未だ、残留思念となって残っている貴方が」
     紅い影が驚愕の表情を浮かべ、それからにたりと昏く嗤う。
     少女はその笑みに、憐みの表情を深くした。
    「私は『慈愛のコルネリウス』。貴方のその嘆き、見過ごしはしません」
    「……そうか、ならば、どうする?」
    「ほんのわずかですが、貴方が求めるものを授けましょう。──プレスター・ジョン、聞こえていますね? 貴方の力で、この哀れな悪魔を助けてください」
     
    ●召集、再び
    「皆、集まったね」
     篠崎・閃(中学生エクスブレイン・dn0021)は、教室の片隅に集まった面々を見回した。
    「慈愛のコルネリウス、という名前に聞き覚えはあるよね?」
     頷き返す灼滅者達。既に活動を確認されて久しいシャドウの名だ。
    「それじゃあ、レヒト・ロートのことは知っているかい?」
     頷く者が数名。激しい勘違いの果てに、自滅に近い形で武蔵坂学園により灼滅されたソロモンの悪魔。
    「実は、そこのヴィンツェンツさんの調査で、レヒトの残留思念の存在が明らかになってね」
     ヴィンツェンツ・アルファー(ファントムペイン外付け・d21004)が閃から目線を送られて、手を挙げて返した。
    「しかも今そこに、コルネリウスが接触しようとしているというんだ。情報を元にサイキックアブソーバーに接続してみたら、同じ未来予測が聞こえた。しかもより鮮明に」
     閃は嘆息して、続けた。
    「そこで、今回の依頼ではレヒトに呼びかけたコルネリウスの妨害を行ってほしい」
     現場にいるコルネリウスは、強力すぎてソウルボードから出られないが故の幻。故にコルネリウスの灼滅ではない。しかし、灼滅者に強烈な不信感を持つコルネリウスに対し、説得は無意味。
    「レヒトの方も灼滅者を恨みに恨み抜いて、復讐を望んでいる。戦闘は避けられないね」
     コルネリウスの力を受け取った残留思念は、ダークネスに匹敵する戦闘力を持つ。既に一度灼滅されたレヒト、そして武蔵坂も力を増しているとはいえ、油断はできない。
    「レヒトの残留思念は灼滅された当時と同じ能力を有している。魔法使いと鋼糸の技を使ってくるだろう。ただ、コルネリウスの力によるものなのか、少し強化されているみたいだね」
     場所は、レヒトが灼滅された郊外の近辺にある、彼が根城にしていた放置された洋館の一階にある書斎。金持ちの道楽で作られた屋敷らしく、書斎はそれなりに広さがある。灼滅者が戦うのに支障はないだろう。人通りがない山林の中になるので、周囲への配慮も必要ない。
    「時間は夜になるけど、レヒトの残留思念が力を得たら、何かしらの魔法で洋館の灯りが灯る。戦いに不利になる要素はないと思うよ」
     おまけに、今回は配下となる強化一般人などもいない。
     そして閃は、思案気に顎に手をやった。
    「慈愛のコルネリウス……彼女の狙いが何であれ、人間に対しあそこまで残虐なレヒトに力を与えるなんて、危険極まりない。しっかり残留思念を消し去ってほしい」


    参加者
    殺雨・音音(Love Beat!・d02611)
    シルフィーゼ・フォルトゥーナ(小学生ダンピール・d03461)
    ライラ・ドットハック(蒼き天狼・d04068)
    嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432)
    ライン・ルーイゲン(ツヴァイシュピール・d16171)
    片倉・純也(ソウク・d16862)
    アガーテ・ゼット(光合成・d26080)
    桜・泉(陽の下の暗殺者・d26609)

    ■リプレイ

    ●紅き悪魔との短い対話
     薄暗い洋館の書斎。コルネリウスの幻は、その中央に描かれた魔法陣の中心に注意を向けていた。
     そこへ扉を蹴破って現れたのは、武蔵坂学園の灼滅者達。
    「……コルネリウス、いつまでこんなことをやるのかは知らないけど」
     開口一番、ライラ・ドットハック(蒼き天狼・d04068)は、コルネリウスの幻に対し侮蔑の表情を投げかける。
    「……人間に幸せの夢を求めていた時の方がマシだったようね。今のあなたの行動はただの魂の冒涜よ」
    「……」
     それに応えることなく、コルネリウスの幻は自らの力を魔法陣に注ぎこむ。紅い影が、姿を現し始めた。
    「あなたの配り歩く慈愛が悉く砕かれて居るのをご存知でしょう? 悪戯に苦痛を繰り返させるだけの残酷な愛」
     反対に姿を薄れさせ始めているコルネリウスの幻に、嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432)は言葉を紡ぐ。
    「それとも、理想の国送りで無限に彷徨わせることがあなたの愛? ……そろそろ他の手立てをお考えになる頃かしら」
     コルネリウスの幻が僅かに見せたのは、嫌悪と、拒絶の表情。しかし、それもすぐに彼女自身が消えることによって見えなくなった。
    「……よお、また会ったな。灼滅者共」
     そして逆に完全に肉体を持って顕現したのは……ソロモンの悪魔、レヒト・ロート。
    「レヒトちゃんとまた会うことになるなんてビックリ~! 前より強くなった? 借り物の力だけどねっ」
     以前に対峙したことのある殺雨・音音(Love Beat!・d02611)が、テンションの高い声を投げかける。
    「借り物だろうが力は力。構わねぇさ」
    「思念になってまでガンバる執念はスゴ~イって思うけど、ネオン達を倒せなかったら結局ガッカリ悪魔ちゃんのまんま! 何も変わんないね~」
    「力を増したお前達を倒せるかどうか……正直、微妙だとは思っている。だが、それでも俺は戦う。それだけだ」
     挑発的な音音の台詞にも、レヒトは笑みを崩さず応答する。
    「以前貴方と戦ったことがあるという、私の大切な友人より、言伝を預かっています」
     すっと前に出たのは、桜・泉(陽の下の暗殺者・d26609)。
    「『あの日の事はまだ忘れていマセン。貴方が踏み躙った数多の想い、その報いを受ける時デス』……あんなにも感情を露わにし、怒っている先輩は初めて見ました。私の友を、傷つけ、悲しませ、怒らせた。それだけで、貴方を討つ理由には十分すぎる」
    「へぇ……あの時の小娘か。だが怒りに身を任せるのもまた、ダークネスらしさ。俺も一度滅ぼされた怒りを胸に、お前達に挑むとしようか」
    「折角現世に戻ってきたところ申し訳ありませんが、ここで消えて頂きます」
     友の怒りを自らの怒りとし、戦いに挑もうとする泉を、レヒトは嘲笑った。
    「自分の欠点や非を認めながら足掻いたり求めたりするのは、ダークネスであるなし関係なく、強く正しい生き様だったと個人的に思うわ」
     アガーテ・ゼット(光合成・d26080)が、そのまま怒りに任せて己の役割を見失いそうな泉を退かせ、レヒトに向かう。
    「へぇ……灼滅者に認められるとはな」
    「灼滅者に復讐したいというなら、その意は受け入れるけれど当然全力で相手をさせてもらう。誠実でありたいから」
    「やれやれ、往生際のわりゅいやちゅじゃの、しかも理想でもなんでもなく恨みだけが残るとはの」
     肩を竦めるシルフィーゼ・フォルトゥーナ(小学生ダンピール・d03461)。
    「儂らが再び彼岸に送り返してやりゅしかありゅまいて」
    「お手柔らかに、な」
     二人に対しても、レヒトは笑みを崩さない。
    「そろそろ参りましょうか。貴方まで囚われ分割される様など見たくはないもので──そも他者に利用されるなど不似合いです」
     片倉・純也(ソウク・d16862)が、構えながらレヒトから嗅ぎ取ったのは、間違いなく『業』。だがそれでも、純也はレヒトに対し礼を尽くす。
    「そうだな。俺達の間にあるのは殺し合う宿命だけだ」
    「Lassen Sie uns gemeinsam gehen、シャル。わたし達のシンフォニーを奏でに」
    「ナノ! ナノナーノ」
     『音』の名を持つナノナノに声をかけ、ライン・ルーイゲン(ツヴァイシュピール・d16171)はオペラのスコアの写しが書かれた護符揃えの束をパラパラと捲った。
    「さあ、始めようぜ!」
     冷気すら感じさせる魔力を迸らせるレヒトの言葉から、戦いの火蓋は切って落とされた。

    ●最後の死闘
    「……あなたには怨みもない。ただ迷惑な復讐心を振りかざすなら、排除するのみ」
     言い放ち、ライラは大気中の魔力を駆動力に変換するブーツで助走をつけ、煌めく軌跡を描く飛び蹴りを炸裂させる。その宿した重力は、レヒトの動きを僅か鈍らせる。
    「ちぃっ……!」
    「……あなたのようなタイプは嫌がらせがとても効果的」
     ライラがレヒトの気を引いている間、音音が魔力を練り上げる。
    「レヒトちゃんは前に言ったよね、ネオン達が『正義』って」
     そして槍から放たれた氷柱は、しかしレヒトのマントを刺し貫いた。防がれたことは確かだが、その攻撃が本体に届いていることも事実だろう。
    「レヒトちゃん達が人を支配することが『正義』なら、ネオン達ヒトにとっては、ヒトを守って対抗することが『正義』なのっ。支配されるって何か嫌じゃない? レヒトちゃんはど~お?」
    「俺達は手下の上に立ち、思うままに行動する自由を与えられていた。支配されるより支配される側だった」
    「それって、アモンに支配されてたってことだよねっ? ネオンは楽しくないし、良いように使われたり虐められたりするのはイヤッ」
    「お前達だって、己の中のダークネスの力を良いように利用しているだろ?」
     レヒトがにんまりと嗤う。
     そしてレヒトは、魔力を放出する。
    「喰らえ!」
     レヒトが放った魔力は、灼滅者達の真ん中で破裂し、周囲の温度を急激に奪う。身体の端を凍りつかせながら、灼滅者達は無理矢理それを振り払い、身体を動かした。
    「攻撃と防御を同時におこなうことはできまい」
     しかしその瞬間を見計らっていた者が一人。シルフィーゼである。フリルがたっぷりあしらわれたロリータドレスを翻し、剣に緋色の気を纏わせる。
     そして紅に吸い込まれるように貫く緋。それは確実にレヒトの魔力を奪っていった。
    「ぐっ……」
    「貴方にはお聞きしたいことが色々あります。──『アモンの遺産』の概念と、貴方とベレーザ以外に遺産を持っている方の有無は?」
     純也が問いながら、槍でレヒトの身を穿つ。
    「『アモンの遺産』とは、残された部下達と、魔術道具、儀式魔術の法など……どれも奪われて久しいものだ」
     期待していなかった、真面な答えが返ってきたことに多少目を見開きつつ、純也は続ける。
    「強化一般人達に、反逆自由等の命令は与えましたか!?」
    「……そんなもの、与えるはずがないだろう。奴らがまだ俺の下にいれば、俺もまだ生き長らえていたかもしれないしな」
    「それでは、デモノイドについてですが……!?」
    「悪ぃな。奴らに関してはベレーザの方がほとんどの知識、製法などを掻っ攫っていった。俺に答えられるのはこれくらいだ。そろそろ、戦いの最中に問答するのも野暮になって来たしな……!」
    「無念を利用することが慈愛とは思えないの、憐れな悪魔さん」
     側面から、イコのチェーンソー剣が迫る。その纏う炎は熱を増し、やがて白銀に煌めく。
     裂いた炎は、そのままレヒトに延焼する。
    「……熱い、な……」
    「けれどこれで永遠に彷徨うことも無いわ。わたしなりの慈愛を以て臨みましょう──それは、此処で未練を断つこと」
     イコの銀の瞳が炎を映し煌めく。
    「そんな『慈愛』に用はない。本来ならコルネリウスにも、だが……今回ばかりは、感謝、かな」
    「シャル、Bitte!」
    「ナノナーノ!」
     『お願い』と声をかけられたラインのシャルがふわふわとハートを飛ばす。その先は、アガーテ。ハートは当たると共に弾け消え、同時にアガーテの傷を癒す。
    「Danke」
     アガーテが相手に合わせてドイツ語で礼を述べると、シャルは照れたように頭を掻いた。
    「わたしも──」
     と、ラインがクラシックギター型のバイオレンスギターを掻き鳴らす。彼女の細腕から生まれるフラメンコの力強い響きは、前衛の力を鼓舞し、また癒した。
    「沈め!」
     その援護に仲間の身体がまだ煌めいている間、泉のエアシューズが奔る。仲間の影に隠れてのサイキックソードがレヒトの脚を斬り裂いて、行動を阻害する。
    「く……」
     レヒトが思わず片膝をついた時。
     アガーテの放った矢が背後からライラを打ち貫く。しかしそれはもちろん癒しの力を込めたものであり、同時にライラの眠る超感覚を目覚めさせるものであった。一瞬、互いに視線を交わし、礼を受け渡すライラ。
     そしてそれを受けたライラの拳がレヒトを捉え、彼の目の前にトラウマを顕現させる。それは今のレヒトとどこか違う……そう、レヒトが灼滅された時と同じ個所に同じ傷を負っている。
    「……あなたはもう一度、灼滅者に負けるのよ」
    「……そうか、お前達が俺を再び組み伏せるか」
     力の入らぬ足に、無理矢理力を込めるレヒト。ふらつきながらも堂々と、立って見せる。
    「ネオンはホントは戦うのなんて恐いし嫌いだけど、でもしょ~がないんだもん」
     音音が槍でレヒトの脇腹を確実に穿ちながら言う。
    「ぐふっ……!」
    「だからレヒトちゃん、大人しくまた眠っちゃってよ♪」
     可愛らしいウインクと裏腹に、その一撃は凶暴だった。
    「まだだっ……」
     何が彼にそこまでさせるのか。レヒトは魔法の矢をラインに向けるが、その射線をシルフィーゼが塞ぐ。
    「がっ……!」
    「シルフィーゼさん!」
     ラインを庇ったシルフィーゼは跳ね飛ばされながらしかし、壁の本棚を蹴り、跳ぶ。エアシューズの力も乗せたその跳躍は、剣に更なる威力を込めて、突き出される。
    「何……!?」
     刺されたレヒトにはしかし外傷はなく、ただ霊魂を直接破壊されたのだと悟るころには、レヒトはもうぼろぼろだった。
    「申し訳ありませんが……これで、終わります」
    「灼滅者共──!」
     純也の言葉の後、レヒトが何を紡ごうとしたのか。
     わからないまま、氷柱がレヒトの右半身を凍りつかせ、砕いた。

    ●そして再び
    「くくっ……やはり、か」
     紅き悪魔は笑っていた。頭部は流石に砕けておらず、禍々しい仮面に覆われた右面と同じくらい歯を剥いて、笑っていた。
    「じゃあな、灼滅者共……また、殺し合おうぜ」
    「二度と御免です」
     泉が言葉を乗せてサイキックソードを突き立てると、レヒトは今度こそ動かなくなった。その身体が光の粒子と化し、何処かへ消え去っていく。
    「――あなたの求めたものは違い過ぎたのね、最後まで取り残された悪魔さん。永遠に、さようならを」
    「さようなら。あなたは強いわ」
     正反対の意味を、同じ言葉に乗せて。イコとアガーテは、思わず顔を見合わせて、微笑んだ。
     レヒトの身体が最後まで消え去ると、館に満ちていた灯りも消え、イコが持ってきた移動用の照明のみが残る。
     願わくば、ここで二度と血が流れることが無きように。
     館を去る灼滅者達は、暗闇に祈るばかりであった。

    作者:天風あきら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年9月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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