日陰の薔薇は太陽を知らない

    ●誰も見向きもしないオペラ・セリア
     ジョバンナ・レディが「これが恋だ」と感じた瞬間は、温かい太陽を見つけた時だった。
     夢を追いながらも『日陰者』と周囲から嗤われる彼女にとって、その太陽はかけがえのない存在であり、唯一の居場所だった。
     過酷な環境にも、彼が傍に居ることで耐えられる。彼と逢うことで、苦痛も癒える。
     ジョバンナ・レディの初恋は、傷口を舐めるような醜いものだった。
     けれど、愛した太陽が偽りだと気づいたとき。彼女の手元には何も残っていなかった。
     ――本当に大切だったはずのものすらも。

     ――――。
     ――。
     見上げれば、遠く。スポットライトが見える。
     今宵の自分を美しく照らす、まばゆい太陽(スポットライト)だ。
     舞台に降り立ったジョバンナ・レディの瞳は、日陰者らしからぬ鋭い眼光を帯びた鮮烈な紅に染まっていた。
     紅薔薇と刺々しい茨で黒髪を結いて、花のように豪奢なドレスをまとう。
     彼女の姿は、一般的な少女の美貌をはるかに凌駕する、人間離れした美しさを放っていた。
     紅のドレスの裾を軽く持ち上げ、誰もいない劇場にて娘は哀しげに口上を述べる。
    「みなさま、ごきげんよう。『日陰者のプリマドンナ』ジョバンナ・レディでございます。
     今宵の公演は、わたくしの独り舞台。偽りの太陽にすがり、全てを喪った娘の喜劇を、ひとつ。
     この物語に救いは何ひとつございません。さあさ、どうかお嗤いになって?
     それがわたくしにとって、何より嬉しい拍手なのですから」
     誰に対して向けたのか。独りぼっちの挨拶を終えたのち、ふらついた足取りでジョバンナは舞台裏へ。
     自ら音響を操作し、物語をいろどる音楽を流す。
     悲哀を帯びたクラシック。だいすきだったはずの曲なのに、名前なんて忘れてしまった。
     ――その虚無感ゆえの哀しみすらも、知らぬまま。
     少女はその身を少しずつ、闇へと沈めていた。
     
    ●日陰に咲かぬまま
    「薔薇っつーのはたいてい、陽の光を好む花だってのは知ってるか?」
     夕暮れ時、或る空き教室にて。集う灼滅者たちへ、白椛・花深(高校生エクスブレイン・dn0173)はそう訊ねた。
     日当たりの良い場所で光を浴び、常に大切に愛でられるからこそ、薔薇はその絢爛たる美しさを保っていられるのだという。
    「太陽の光を知らないまま、愛情を知らないまま。
     厳しい環境のなかでも耐え抜きながら咲く薔薇がもしあったとしたら……そいつはどれだけ綺麗なんだろうな」
     そうぼやきながら愛用しているファイルを机に置き、ポケットからメモ帳を取り出す。
     どうやら本題に入るらしい。信頼を宿した眸で灼滅者たちを確りと見据え、花深は話を切り出した。
    「一人の少女が、闇堕ちによって淫魔へ変貌しかけている。
     彼女の名はジョバンナ・レディ。聞いてわかると思うが外人だ。出身はイタリア――オペラの本場だな。
     年齢は14とまだ若ぇけど、既に『プリマドンナ』っていう自分の夢を見出して劇団に所属して日々活動している。
     仕事はほぼ雑用係だが……表舞台に立てるよう、誰も見てないトコで一人で長時間練習するような子だ」
     一度も舞台に立てないことから、周囲から『日陰者』と呼ばれるようになったのだという。
     味方のいない環境から、控えめな彼女の性格は謙虚から『卑屈』に変わってしまった。
    「その自信の無さからか……ジョバンナは或る男に恋をして、逃げ場を作った。
     けどな、その男ってのがまた人間的にも未熟なヤツだったようで、捨てられるような形で振られたらしい」
     それだけならよくありふれた不幸話で終わるかもしれない。
     しかし、問題はそれだけではないのだと花深は困ったように笑って続けた。
    「想像してもみろ。今まで常に夢に対して一途だったのに、その時間をほぼ全て一人の男に費やしちまったんだ。
     それがチャラになって……夢への情熱も、オペラがだいすきだって気持ちも、全部喪ったんだよ」
     ひどい話だ、と吐き捨てる。
     代償があまりにも大きく、自分自身を支えきれなくなり、彼女は淫魔へと堕ちかけているのだ。
     続いて、エクスブレインは机に置いたファイルから付箋を貼ったページを開く。冷静に、順を追って説明し始めた。
    「闇に堕ちたジョバンナ・レディは、既に閉館している真夜中の劇場にこもっている。
     闇堕ちしきれていないからか、まだ淫魔としての行動を確立できていない。だが、介入しちまえば戦闘は免れねえだろう。
     ……正直言って、いまのジョバンナ・レディは自嘲めいていて卑屈さにさらに磨きがかかってやがる。
     見てられねえって思ったなら、厳しく接してやってもいいかもしれねえな」
     陽も徐々に落ち、下校時間を告げるチャイムが校内に流れる。
     それと同時に、そうそう、と花深は思い出したように呟いた。
    「春薔薇と秋薔薇の違いって、知ってるか?
     春薔薇は一斉に開花するが、逆に秋薔薇は冷え込む季節の中で少しずつ咲き始めるんだってよ」
     枯らすには、さすがに惜しい花だと思わねえか? ――などと、最後には戯れに微笑んで。
     陽も落ちかけた暗がりの中、エクスブレインは灼滅者達の背を見送った。


    参加者
    花蕾・恋羽(スリジエ・d00383)
    睦月・恵理(北の魔女・d00531)
    襟裳・岬(にゃるらとほてぷ・d00930)
    埜々下・千結(杯掬う女帝・d02251)
    草那岐・勇介(舞台風・d02601)
    椙杜・奏(翡翠玉ロウェル・d02815)
    布都・迦月(幽界の調律師・d07478)
    小瀬羽・洋子(清貧清楚・d28603)

    ■リプレイ

    ●誰かが訪れしオペラ・セリア
     客電が落とされた、暗がりの空間。
     劇場の扉を静かに開き、中へ忍び込むのは8人の灼滅者たちだ。
    「今宵の公演は、わたくしの独り舞台。偽りの太陽にすがり、全てを喪った娘の喜劇を――」
     場内では既に、『日陰者のプリマドンナ』が淡々と前口上を述べている。
    (「自分から日陰者、と名乗るなんて、とても、つらい」)
     口上……否、それは彼女自身の嘆きだ。
     鼓膜を揺さぶる嘆きを黙って聴きながら、花蕾・恋羽(スリジエ・d00383)は白い兎のぬいぐるみ、『兄様』をぎゅっと抱きしめた。
     語りを終えたのち、プリマドンナたるジョバンナ・レディは舞台袖へと消えていく。
     すると哀しげなクラシックが、すぐスピーカーから流れてきた。
     再び、紅のドレスを揺らしてジョバンナがあらわれたと同時――拍手の音が、響いた。
     驚愕に目を見開きながら、ジョバンナは客席を見やる。8人の人影……そのうちの一人たる、椙杜・奏(翡翠玉ロウェル・d02815)が手を鳴らしたのだ。
     ジョバンナは灼滅者たちを、訝しげに睨みつける。何者だ、とでも問うかのように。
    「ごきげんよう、プリマドンナ?」
     それを察した布都・迦月(幽界の調律師・d07478)が、先ず挨拶を送った。
     常日頃から『日陰者』と蔑まれてきたジョバンナにとって、この呼び名は些か皮肉めいているかもしれない。
    「(どうにも、こういうのは放っておけないんだよな……)」
     されど、戦う前に少しでもいい。言葉を交わすことができるなら。それが、迦月の望みだった。
    「……ああら、おかしいですわね。今宵の独演には、どなたもお招きしていないはずですのに」
    「俺からも挨拶を――初めまして、ジョバンナ・レディ」
     招かざる客人たちを前にしてもなお、芝居がかった振る舞いを崩さぬジョバンナ。次いで、穏やかな声音とともに一礼したのは奏だ。
     常の落ち着いた微笑はそのままに、奏は壇上の演者を見据える。
     褐色の肢体、そして赤薔薇のごとき豪奢なドレスでその身を着飾って。
     見目を美しく装ってはいても、その貌に滲む『自虐』の色は隠すことはできないようだ。
    「レディの美しい劇が観られると小耳に挟んで、ね。だけど、嗤いよりも語りが聞きたいな」
    「……あなた、方は……」
     彼らが何者であるのか。察し始めたジョバンナの声が、些か曇りを帯びた。
     その足元で、闇より色濃く淀んだ影がゆらめき、何らかの形状を象り始める。
    「『堕ちた女』を演じるにはまだ早いよ、レディねーちゃん!」
    「……演、じる?」
     そのとき、闇に負けじと草那岐・勇介(舞台風・d02601)が声を張り上げた。
     芝居とは魔物だ。人々を魅了し、心を掴み、感情を大きく揺さぶる。
     勇介もまた、そんな『魔物』に魅せられた人間だ。
     だからこそ、痛いほどに理解できるのだろう――彼女の、苦しみが。
    「あなたはさっきの口上で、『どうか嗤って』と言っていたけれど……絶対に、嗤いません」
     小さな掌を握りしめ、埜々下・千結(杯掬う女帝・d02251)は一歩前へと出でる。
     闇に堕ちかけたジョバンナの紅い瞳を見つめ、心に届くよう、想いを主張して。
    (「今度は自分が、誰かの為に――」)
     この手を差し伸べると、決めたからこそ。
    「嗤って……どうか、嗤ってくださいな。わたくしは、日陰者。『日陰者のプリマドンナ』ですもの」
    「貴女がなりたかったのは、『日陰者』、なんですか?」
     未だに悲劇に浸るプリマドンナへ、今度は恋羽が静かに訊ねた。
    「……それ、は」
     上手く返すことができず、ジョバンナは口ごもる。
     少女らしい繊細な声とは裏腹に、「違いますよね」ときっぱり告げる恋羽。『兄様』を抱く両腕に、やや力がこもる。
    「『日陰者』じゃない、貴女は別のものになりたかったんですよね。
     人生まだまだこれからです。何度だってやり直せる、時間もまだある」
     襟裳・岬(にゃるらとほてぷ・d00930)もまた、ゆっくりと舞台へ歩み寄る。
    「でも、最後は自分で折り合いをつけなきゃいけないの。どういう結果を選ぶにしても、ね?」
     夢に破れ、愛する人を失って。
     多少ながら、岬は解することができる。きっとジョバンナも、自分と同じような道を辿っているのだと思うから。
    「どうしてプリマドンナを目指したのか。これからどうしたいのか――思い出してほしいな」
    「こ、い……。そう、それが、全部……偽り、で」
     譫言のように呟きながら、頭を抱え――突然、ぐらりとよろめきうずくまるジョバンナ。
    「レディねーちゃん!」
    「いいえ。これは……違いますわ」
     舞台へ向かおうとした勇介を制したのは、小瀬羽・洋子(清貧清楚・d28603)だ。
     ジョバンナ・レディの『素の姿』を曝け出したいと考える洋子には、わかったのだろう。
     我々に見せている動揺や、迷いが、演技であるということを。
     そして、クスクス、と。リップで彩られた妖しげな唇から、小馬鹿にしたような笑いが零れる。
    「あらあら……残念ですこと。まだお芝居の途中でしたのに。嗤ってくださらないのね」
     身体を起こしながら、顔を上げる。淫魔を演じるジョバンナの顔は、やはり『自虐』で歪んだまま。

    「……で? そんな嘘はどうでもいいんですよ」

     一切の迷いなどない、凛とした明瞭な声。睦月・恵理(北の魔女・d00531)だ。
    「貴女が何を言おうと――そんなになってまで、貴女は舞台に立ってその曲を選ばずにいられない。
     残ったものがないなどあり得ない。私の知る客観的事実は、それだけです」
     闇に苦しむ娘への憐れみは、安くならぬよう奥に秘め。射るように真っ直ぐな視線には揺るぎない誠意を深く込めて。
    「ですから、更に貴女を見せて下さる様求めます……今こそ、貴女が夢見た舞台上で!
     私は観客として来たんですから!」
    「……日陰者に、まばゆい太陽なんて相応しくありませんわ」
     突如、ジョバンナの足元で蠢く『影』が、薔薇と茨の棘をハッキリと象った。
     それはまるで宿主を守るように、徐々に闇を広げる。場内を彩るクラシックの演奏が、不気味さに拍車を掛けて。
     今まさに、客席の灼滅者たちへと襲い掛かろうとしていた――!

    ●陽だまりに咲く
     刃のごとき影の棘の斬撃ををかわし、霊犬・豆大福とともに前衛を担う恋羽が跳躍する。
     艶やかな黒から、淡い桜色へ移ろう髪がふわりと翻る。壇上へ着地し、結界を展開。ジョバンナがひるんだ隙に、豆大福が残魔刀を振るった。
    「恋していた時間よりも、今、貴女がこうして卑屈になっている時間の方が無駄です!」
    「あなた、方に、何が分かると云うの……! 恋だって、夢だって、想っていても叶うことは――」
     恋羽の言葉に気を取られているうちに、灼滅者たちは次々と攻撃範囲内の舞台上へと降り立ってゆく。
     刻詠みZahnradに嵌められた歯車が、カチリと刻を示して廻る。白亜のハルベルトを炎に包み、奏が肉薄する。
    「そう、『夢は叶わない』――なんて言葉もあるけれど。叶えようと努力をした姿は素晴らしいと思う」
     炎が雪崩れ、呑み込むようにジョバンナを襲う。
     親が敷いた、医者の道というレール。そんな決められた定めから逃れようとしている奏は、彼女が自分とは真逆の立場であると感じたのだ。
     けれど、何故だろう。ある種の親近感すらも覚えるのは。
    「叶えようと、努力を重ねても……それが報われなければ、ひたすらに哀れ」
     その後も繰り出される灼滅者たちの攻撃は、悲劇を気取るジョバンナ目掛けて幾度も続いてゆく。
     堕ちて間もない淫魔もどきと、歴戦の灼滅者8人。戦況に関しては、圧倒的に灼滅者たちが優勢ではあった。
     だが、問題はその淫魔もどきの性質にある。その『卑屈さ』はエクスブレインから直接注意されてはいたにしろ、ここまで不利に傾きながらもジョバンナは負の想いしか吐き出さない。
     ――つまり、彼女自身の根本的な性質を打ち砕くには、灼滅者たちが送る言葉に懸っているのだ。
     錫杖型のロッド『響霊杖【火燕】』がシャン、と美しく鳴る。振るった杖の先端を、迦月はジョバンナへ向ける。
    「夢を追う……なんて大変なこと、やりたくてもやれない奴だっている。
     だが、お前は何なんだ? たった一回、挫折しただけでその様か」
    「なん、ですって……?」 
     音楽の道を志すからこそ、彼女の境遇は他人事とは思えない。怪訝そうに見つめる『日陰者』へ一言、迦月は告げた。
    「音楽舐めてんじゃねぇよ」
     直後、迦月の感情の昂ぶりを表すかのように、爆発が起こる。
     吹き飛び、壇上に叩きつけられたジョバンナはギリッと歯を噛み締めた。それは爆発による痛み故か、それとも悔しさ故か。
     恵理は場内に流れるクラシックの音色に合わせて、ヴァイオリンを弾き続ける。
     彼女が愛していたはずのクラシック。闇に堕ちたことで名前すら忘れてしまったという、この音楽を。どうか思い出してと、願いを込めるかのように。
    「……この曲を忘れさせるその泥沼、貴女は本当に心地いいんですか?」
     弾きながら、真摯な瞳で恵理は訊ねる。けれどジョバンナは、苦しげに首を振るばかり。
    「わからない……どうして、わたくしはこの曲をかけたのか。わたくしは、あたし、は――!」
     声にならない叫びとともに、影で造られた大輪の薔薇が咲き乱れる。
     灼滅者のなかで唯一メディックを担う後方の洋子の足元へ伸び、侵食するかのように包み込みかける……が、千結が息を切らして駆けつけ、代わりに影に飲み込まれてゆく。
    「あなたは……きっと、たくさん大切なものを失ってきた。
     だからその分、たくさん傷ついてきたんだと思います」
     影に植え付けられた『トラウマ』が、千結の精神を襲う。孤独に苛まれ、闇に堕ちたあの日が蘇りながらも。
     振り絞って、暖かな声を送る。救いの手を、差し伸べる。
    「自分が……『わたし』、が。あなたの力になりたい。わたしたちが、あなたの力になりたい。
     偽善だと嗤ってもかまわない。どんなにあなたが諦めても、わたしは絶対諦めないから」
    『ナノっ!!』
     苦しみながらも前へ前へと手を伸ばす千結を鼓舞するように、ナノナノの『なっちゃん』がしゃぼん玉を生み出した。
     パチンと弾けて、千結に降り掛かったトラウマを消し飛ばす。
    「……どうして?」
     突然、ジョバンナが灼滅者たちを見渡して訊ねた。
    「あなたたちは、どうしてあたしの元まで来たの? たかだか一人の為に自分の全てを棒に振った、こんな日陰者を、臆病者を……」
    「レディねーちゃん。……ねーちゃんは、プリマドンナを目指してるんだよね」
     その問いを受け、逆に問いかけたのは勇介だ。トン、と跳躍し、『蒼之稲妻』に煌きを宿す。
     それはまるで、真っ直ぐな想いを抱く勇介自身を表すかのように、強く、強く、輝きを増して。
     一つの役に溺れず、多くの役を演じてこそ、だ。役者の選択肢は、それしかないのだと勇介は知っている。
    「目指してるなら、覚悟なんてほんとはとっくの昔にできてるんだろ!
     本音も恐怖も全部叫んで吐き出しちゃえばいい!
    『日陰者』って役に溺れるな。抗い、生きてこその役だ!」
     強烈な蹴撃を見舞い、ジョバンナが舞台袖へと飛ばされていった。
     ガタン、と機材がぶつかる音が響く。どうやら音響機器に触れたらしい。場内のクラシックの、音量が増していく。
     すると間もなくしてゆらり、とふらついた足取りで彼女は再びあらわれた――が、すぐに音を立ててへたり込んでしまう。
    「言ったでしょ……日陰者に、太陽は似合わない。あたしに、道はない」
     口ではそう言いながらも、本来の『ジョバンナ・レディ』へと、戻りつつあるのだろう。
     常に皆の支援にまわっていた洋子が、楚々とした動作で歩み寄り、そっと声をかけた。
    「いまここで燻っていらっしゃるようでしたら、いっそ燃え尽きてみてはどうでしょうか?」
     その一言に、ジョバンナはどういうこと? とでも訊ねるかのように睥睨した。
     その視線にたじろぎもせず、洋子はさらに続ける。
    「恋人への恨みも、上手く行かぬことへのやっかみも。いま、ここで、全部。
     曝け出してみてくださいな。全部、受け止めるつもりですわよ」
     演技の品評はそれからですわ、と洋子はにっこり笑う。
     迦月もジョバンナの傍へ歩み、確りと見つめながら語りかけた。
    「乗り越えたいなら、昔よりも死ぬ気で努力して、全身全霊で歌にぶつかれ。
     その想いが本物なら、歌が答えをくれる」
     ――……お前は恵まれてるんだよ、ジョバンナ。
     恋羽が、恵理が、千結が、勇介が、奏が、そして、岬が。
     いつの間にか、彼女の周りには8人全員の灼滅者たちが揃っていた。
    「太陽がいなくなってしまって輝けないのなら、貴女自信が太陽になって、輝いてみせてください!
     観客も、共演者も、皆を輝かせ、惹きつかせる太陽に」
     きっと貴女なら、できるはずだから。
     恋羽がジョバンナの手をとって、ふわりと微笑む。
     そうして皆が重ねていった温かい言葉の数々に、ついにジョバンナの褐色の頬に、涙が一筋光って溢れた。
    「ジョバンナちゃん……ううん、フアナちゃんって呼んでいいかな」
     その涙を指で拭ったのは、岬だ。瞳にまだまだ涙を溜めるジョバンナへ、優しく笑って語りかける。
    「私は貴女の舞台が見たい。貴女の歌が聴きたい。
     何より、貴女と友達になりたい、そう思ってるから」
     手に持つマテリアルロッドを挙げ、深呼吸ののちに。
    「貴女の隣に、這い寄っちゃうわよん!」
     ウィンクと同時に一振り。
     轟、と雷が響いたかと思うと、ジョバンナの身体を覆い、そのまま彼女は眠るように倒れ伏した。
     頭部に生え伸びた小悪魔の羽が消えてゆく。
     神秘的だった褐色の肌は色素を徐々に失い、真っ白な肌へと変わっていった。
    「……! あら、びっくり。色白ちゃんだったのね」
     目をまあるくして、岬がぽつりと呟いた。

    ●Ein Prosit
    「ごめんなさいね、きついことばかり」
     目覚めたジョバンナへ、恵理が駆け寄りそう詫びる。
     対する娘は「そんなことないわ。むしろ、本当にありがとう」と控えめに微笑んでみせた。
     或るオペラの一場面を演じようという恵理の提案にも、喜んで加わることになる。
    「ふふ、練習してきたもんね♪」
     台本を開きながら、勇介が得意気に笑ってみせる。
    「いつかジョバンナだけの伴奏もしてやるよ」
     ピアノを担当する迦月がそう言ってのければ、「あら、楽しみだわ!」とジョバンナは薄紅の瞳を輝かせた。
     三拍子のリズムに、ピアノとヴァイオリンの二重奏。そして皆の歌声。
     華々しくフィナーレを迎えれば、観客席に座る奏が盛大に拍手を送った。
    (「やっぱり、赤い薔薇のドレスは多くの人と共にスポットライトの中で咲いていて欲しいな」)
     今この瞬間が、太陽以上に輝いているからこそ。

    作者:貴志まほろば 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 16/キャラが大事にされていた 0
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