●滅びた男
血のようにあかい陽が差し込むのを、それはじっと眺めていた。
灼けるようにあちこちが痛む。けれど気になるのは、はるかに小さな痛みなのに、胸の一番奥を突き刺す棘。
「灼滅されて尚、残留思念が囚われているのですね」
いつからそこにいたのか、幻のように揺らぐ銀髪の少女が囁きかける。
「私は『慈愛のコルネリウス』。傷つき嘆く者を見捨てたりはしません」
「俺は傷ついても、嘆いてもいねえ」
即座にそう切り返した男は、そこで言葉を呑み込んだ。
でも、ここにいる理由は、確かにある。
落ちた沈黙を破り、コルネリウスは虚空へ呼びかけた。
「……プレスター・ジョン。この哀れな羅刹をあなたの国にかくまってください」
●佇む理由
『慈愛のコルネリウス』の新たな行動が察知された。いや、事前に予測されていたのだ。
教室へ呼び出された津島・陽太(ダイヤの原石・d20788)を、眉をひそめた埜楼・玄乃(中学生エクスブレイン・dn0167)が出迎えていた。
「先輩の予測が現実のものとなった。可能なら対応を願いたい」
「じゃあ藤堂・英悟が甦るんですか……」
報告書でしか知らないけれど、陽太はそんなことになるだろうと思っていた。
未だ『慈愛のコルネリウス』の目的は明らかではない。対話もままならない彼女との交渉は不可能だ。遭遇する場でも実体を伴わない為、どうしようもない。
そして力を与えられた残留思念は、すぐに何か事件を起こすというわけではないが、ダークネスに匹敵する戦闘力を持っている。放っておくことはできない。
今回力を与えられるのは、かつて刺青を入れている人間が羅刹になるという事件で灼滅者と戦った男。藤堂・英悟。
藤堂・英悟の残留思念には、不思議に怒りが剥きだし、という様子は見られない。
「とはいえ自分を滅ぼした灼滅者によい印象を持っているはずもない、争いは避けられないだろう。油断なくかかってもらいたい」
羅刹に変じた彼のもつ力は神薙使いのものと同じだ。日本刀による雲耀剣も使う。当時同様、戦いになればその膂力にものを言わせ、甚大なダメージを与えてくるだろう。
場所は彼が灼滅された、とあるビルの地下駐車場。時刻は夕方5時。
ビル自体に人の出入りが全くないわけではないので、一般人対策は必要だ。
残留思念の姿は灼滅者にも見えない。接触は必然的に、藤堂・英悟が『慈愛のコルネリウス』に力を与えられた後になる。
「粗暴で単純な考え方の持ち主だ。細かいことを考えるのは苦手らしい。挑発などは効きやすいかもしれないな」
ファイルを閉じてひと息ついた玄乃は眉を寄せた。
「慈愛か。傷ついたものにこれほど必要なものはないが……まさに十把一絡げだな。どうあれ、一般人の脅威たりうるものを見過ごすことはできん。よろしく頼む」
参加者 | |
---|---|
万事・錠(ハートロッカー・d01615) |
レイ・アステネス(高校生シャドウハンター・d03162) |
アイティア・ゲファリヒト(見習いシスター・d03354) |
片月・糸瀬(神話崩落・d03500) |
リーファ・エア(夢追い人・d07755) |
津島・陽太(ダイヤの原石・d20788) |
翠川・朝日(ブラックライジングサン・d25148) |
盾河・寂蓮(泥濘より咲く・d28865) |
●陽は翳り
日が落ちる。
地を朱に染める夕陽の中、伸びるビルの黒い影。地下駐車場にまで差す鮮烈なコントラストの中、人の存在などまるで気にしていないように少女が告げる。
「灼滅されて尚、残留思念が囚われているのですね」
一見すれば小柄で儚げなシャドウの姿を、レイ・アステネス(高校生シャドウハンター・d03162)はしげしげと観察していた。
(「初めて見たな……意外と……」)
狩るべき相手には違いないが、一度ゆっくり語りあってみたい気持ちもある。まぁ無理だろうけど、などと考えを巡らせながらも、闘いを前に身体をリラックスさせた。
万事・錠(ハートロッカー・d01615)が静かに放つ殺気が駐車場を満たしつつある今、幸い一般人はこの駐車場に居ない。心置きなく藤堂・英悟と相対することができそうだ。
コルネリウスが向かっているのは地下駐車場の柱。そこに英悟がいるのだろう――アイティア・ゲファリヒト(見習いシスター・d03354)は納得がいかない。
(「相変わらずコルネリウスのはとんだ慈愛だよね。何も考えず自分がやりたいようにしてるようにしか見えないし、自愛の間違いでしょ」)
とはいえ介入できない今、言っても仕方のないことだ。一般人が迷い込んだ時のために警戒を続ける。
「私は『慈愛のコルネリウス』。傷つき嘆く者を見捨てたりはしません」
(「残留思念に力を与えてやることが慈愛、か」)
名前を聞き始めた頃から、片月・糸瀬(神話崩落・d03500)にとってコルネリウスは何を考えているのかよく分からなかった。勿論、問いかけて答えるとは思えない。
けれど黙っていられなかったのが津島・陽太(ダイヤの原石・d20788)だった。
「貴女の目的はなんですか!? 魂達を苦しめている事が、解らないのか!」
ちらりとコルネリウスが陽太を見遣る。
その瞳に宿るのは相容れない不信の色。再び柱へと向き直ると、少女は告げた。
「……プレスター・ジョン。この哀れな羅刹をあなたの国にかくまってください」
小さな身体から輝きが放たれ、徐々にその光は弱くなっていく。そして引き換えのように、柱の前にスーツを着た英悟の姿が浮かび上がってくる。
ほどなくしてコルネリウスは消え、確かな身体を備えた存在として、英悟だけが残った。
「初めまして陽太です! 申し訳ないですが死合いをお願いします!」
挨拶と同時の宣戦布告に、眉間にしわを寄せていた英悟がかすかに笑う。
「やけに活きのいい小僧だな」
「……どんな思いに囚われて、未だ成仏できないのかは知らん。が、迷ったモノを祓うのも僧侶の仕事だ、最後まで付き合わせて貰うとしよう」
別の柱の陰から盾河・寂蓮(泥濘より咲く・d28865)が姿を現すと、英悟を挟んで反対側の壁でリーファ・エア(夢追い人・d07755)が肩をすくめた。
「うーん、未練未練。残留思念っていうのは厄介ですねー。これだけ沢山灼滅されてるんですから、コルネリウスさんもお仕事大変そうですねー」
そういえばパンタソスさん所の猫耳シャドウさんは元気にしてるんでしょうか、とひとりごちる。その傍らに、霊犬の猫がふわりと姿を現した。
「ま、お仕事お仕事」
「日本刀持ちの羅刹……接近は危険でございますね」
槍を構えた翠川・朝日(ブラックライジングサン・d25148)の言葉に、英悟は我に返ったように己の右手を見下ろした。握っている日本刀に気がついて笑いだす。
「サービスのいい嬢ちゃんだ。で、貴様らは俺を殺した餓鬼どもの仲間、だな」
額に捻れた角を戴く羅刹ならば、目の前の者たちが放つ気配の特異さもよくわかる。
黒い革靴が地下駐車場のコンクリートを踏みしめ、包囲の輪は狭まった。
●刃に遊び
英悟がこちらを敵と認識した以上、ここは『戦場』。糸瀬によって周辺の音が遮断される。
包囲されたことに焦るふうでもなく、英悟は灼滅者たちをぐるりと見回して獰猛な笑みを浮かべた。
「大したアテもなかったが、これなら悪くねえ」
日本刀を一振りされ、外れた鞘がコンクリートで跳ねて転がった。
「……お前は今、何を求めて此処にいる……?」
寂蓮の問いはレイの疑問でもあった。粗暴で単純らしいのに怒りが剥きだしという訳でもない様子は、不気味さすら感じる。
(「……何を考えてるんだろうか」)
何故ここにいたのか。長い付き合いの人に捨て駒にされるなど、結構複雑な気持ちになるんだろうなとも思うから余計だ。
一方レイとは内容が違うものの、戦う前に聞きたいことがあった陽太が尋ねてみた。
「刺青を入れた事ですが、詳しくお聞かせ願えませんか?」
「聞いてどうなる?」
英悟の応えは簡潔をきわめた。
残留思念にすぎない彼が何かを知っているにしろ、知らないにしろ、語るつもりがないことは明らかだった。だから陽太もすぐに断念した。
「……わかりました」
「ほんじゃ、始めようぜ!」
これから語るのは拳か得物。百の言葉を尽くすよりも互いを雄弁に語るだろう。
JUDASを抜き放ちながらの錠の言葉に、英悟がにやりと笑う。
「かかって来い、餓鬼ども!!」
「風よ此処に」
リーファが解除コードを囁くのと同時、英悟の腕がぼこりと膨れ、鋭く尖った爪が陽太めがけて風を切る。予想より早いその初撃を避けきれない陽太の前に、アイティアがマテリアルロッドを構えて滑り込んだ。
「ほいっと、任せて!」
受け切るには重すぎる鬼の爪が彼女を引き裂いた。がらあきの英悟の胴を錠の非物質化した斬撃が薙ぎ払い、加護を打破する爪の威力を破る。
糸瀬はため息をついた。刺青の羅刹とは戦ったことがある。英悟ではなかったが、元がどのような人間であれ、羅刹にされたのは理不尽だ。だがそれも承知、覚悟の上で一度は灼滅を選んだのだ。
シューズの感覚を確かめるように軽く爪先で地面を叩くと、身体が身軽に宙を舞った。
「二回だろうが三回だろうが、引導渡してやるよ!」
「私もお返しだよ!」
アイティアから繰り出された鬼神変が、骨が軋むほどの重さを宿す糸瀬の蹴りと同時に見舞われた。よろける英悟の脇から陽太が妖の槍を鋭く突き入れる。
「ぐあ!」
「おじさんも大変ですねー。力を得て、倒されて、復活させられて……」
猫にアイティアへの治療を任せたリーファが、破邪の力を宿した『L・D』で深々とその背に切りつける。振り返る英悟が反撃に出るより早く、朝日から放たれた殺気がどす黒い霧のように視野を奪い、生命力を削った。
「……鬼神の力か……ならば、同じ力を持って祓わせて貰おう」
仲間と英悟の動きを見定めた寂蓮の拳が音をたてて異形化し、殺気から逃れようとする英悟の着地点で殴打を加える。英悟の攻撃を受けることになる前衛たちへ、レイは展開した巨大な法陣から癒しの力と加護を祈った。
ごうっと唸りをあげ、放たれた風の刃がコンクリートを削りながら糸瀬に迫る。その軌道に割り込んだ猫が代わってダメージを引き受け、たまらず吹き飛んだ。咄嗟にレイの放ったシールドリングが猫を癒し、飛び出した錠が真正面から英悟に挑む。
「アンタは何のために強くなりたかった?」
すれ違いざま精神へ斬りつける。続いた陽太の拳が英悟の鳩尾にめり込んだ。胸へ、肩へと打撃が続く。血を撒きながらダッシュしたアイティアのエアシューズが火花を散らし、火炎を纏った蹴りが顎にまともに入った。
「弱いなんざ反吐が出るからに決まってるだろうが!」
本能だけでリーファの蹴りをぎりぎりかわし、歯を剥いて英悟が笑う。いまだ傷の深いアイティアを、猫の浄霊眼と糸瀬の盾の守りが癒した。
寂蓮の放った神薙刃が脇腹を抉り、続けて挑発するように朝日のシールドが英悟を打つと、さっと退いてみせる。
「ほら、こちらでございますよ」
獰猛な唸り声をあげる英悟にも、錠は嫌悪を感じなかった。
英悟が勝つことに執着していればこそ、その力がまかり間違えば生命の危機さえ招くと知ればこそ、身のうちの衝動が疼く。
「だって強ェヤツとバラしあうのは、マジガチで最高に愉しいんだからよ!」
「くそ餓鬼め!!」
噛み合うJUDASと刀。吠える英悟もまた、笑っていた。
●闇を呑み
重ねられる関節を狙った攻撃、身を焼く炎。攻撃のたびに身体を蝕む氷の呪い。
英悟は着実に動きを封じられ、生命を削られつつあった。とはいえ羅刹の膂力は当たれば甚大なダメージを残す。
閃いた白刃が袈裟がけにリーファを襲い、深々と身体を切り裂いた。苦鳴をもらしながらも踏みとどまる彼女の両側から、錠のバベルブレイカーと陽太の妖の槍が唸りをあげて反撃に出た。高速回転する杭と螺旋を描く槍の穂先が、同時に英悟の両脇を抉る。
「げは!」
血を吐いて泳いだ懐に、血を滴らせながらリーファが飛び込んだ。どぼ、と音をたてて拳が腹を穿つ。血を吐き捨てて彼女は首を傾げた。
「復活させられるのって、どんな感じですか? 違和感とか無いんです?」
「ああ?!」
「ほら、他人の力で復活する訳じゃないですか。なーんか変な感じとかしそう!」
反撃をくれようにも飛びこんできたアイティアの蹴りが脳天を揺らす。半身ともいえる猫からの癒しの力と、レイから飛んできた小さな光輪のもたらす力がリーファの傷を塞ぐ。
「……ふざけとるのか!」
喉を上がってくる血でごぼりと喉を鳴らして、英悟が唸る。
「ところでところで、心残りってなんですか?」
重ねたリーファの言葉に、一瞬英悟の動きがぶれた。途端、朝日の放った氷の弾が着弾する。ばきばきと音をたてて身体の熱を奪う氷が、糸瀬の炎の尾を引く蹴撃で更にその厚さを増した。
「があっ!」
「……幾重にも重なった捕縛の糸だ……易々とは、抜け出せまい」
よろめく大柄な身体を、寂蓮の操る鋼の糸がぎりぎりと縛める。四肢に食い込み動きを阻まれ、英悟は苛立ちに顔を歪めた。
「あなたの胸の奥の棘、結局何なんですか?」
「そんな、こと、知るか!!」
力まかせに鋼糸を引きちぎり、柱を抉って振り抜いた異形の爪が錠の身体を裂く。
「ぐ!」
「誰一人倒れさせない! 私の務めだ!」
即座に飛んだレイからの光輪が意識を繋ぎとめる。舞う血の中で錠は咆哮した。
「まだだ、全ッ然遊び足りねェ。こんなトコで倒れてたまっかよ!」
「せめて、その胸の棘が無くなる様祈ってますよ」
錠の前に立ち塞がったリーファが、目も眩むような光を放つ斬撃を英悟に見舞う。その背後から宙を舞い、星が落ちるかのようなきらめきを引いてアイティアが蹴り下ろした。
「酷い人生だね。悪い事して生きて、同じ悪い事してる仲間に裏切られて、その上最期には人として死ぬことすら出来ないなんてね」
囁くような彼女の挑発の言葉が、英悟の意識の全てを掻っ攫った。
「貴方はそんな人生に満足だったの?」
どこかで偽りの生の終わりを望む魂の囁きを、知っていた。
自身を嘲笑うように、英悟の唇の端が吊り上がる。
次の瞬間、糸瀬の腕の延長のようにチェーンソー剣が。
わずかに遅れて、朝日の体重全てを乗せた槍の刺突が。
英悟の自由を奪うように肩と脇腹へと食い込んで引き裂いた。たたらを踏んだがらあきの身体を、陽太の妖の槍を呑み込んだ寄生体が貫く。
報告書を読んで、どんな人物だろうと思いを馳せていた。見るべきものは、既に見た。
陽太の槍が抜け、英悟の身体が崩折れる。
――太陽が地平の彼方へと沈み、駐車場に差し込んでいた朱い陽が翳った。
●彼方へと
地下駐車場のライトが灯る。目を灼くような白い光の中、英悟の崩壊は始まっていた。
前回灼滅された時の報告と同じように、身体にはびっしりと亀裂が走っている。その末端、手足から亀裂は崩れ、小さな光の粒になりつつあった。
歩み寄り、寂蓮はそっと問いかけた。
「何か、言い残すことがあるかくらいは聞いておこう」
介入者の可能性があったから無理もなかったが、前回灼滅された時はそれすらも遺せなかったようだから気になっていたのだ。だが当の本人はその言葉を笑いとばした。
「敗者に語る言葉はねえよ」
「アンタが『虎』にしたのは、『竜』と並び立ちたかったからじゃねェの? だとしたら、それが叶わなかったのは……悔しいよな」
不意の錠の言葉に、英悟は眉間のしわを深くした。
何故、『竜』のことを知っているのか。そういえば何故こいつらは、『虎』である自分を見いだし葬ったのか。そもそもそれを知らないことに気付いたが、今更知ったところでどうなるものでもない。英悟は咳き込むように笑った。
「ざまぁねえ」
他者を踏みにじって強者として生きてきたつもりで、そうではなかった。
勝手に相棒のつもりでいて、見捨てられて。人でなくなって滅びて、誰かの都合で甦らせられて、誰かの都合で消えるだけのこと。
この世のすべてを知ることもなければ、全ての願いが叶うわけでもない。
いつかお前も思い知るんだろうな、竜崎。
「じゃあな」
「……おやすみ、バイバイ」
アイティアの言葉が合図のように、英悟は光の粒になると、こなごなに砕け散った。
光は徐々に小さく、細かくなってゆく。
「傷つき嘆くもの……その末路がこれでございますか。慈愛とはよく言ったものですね」
朝日の呟きがコンクリートの上にこぼれた。蛍のように舞う光に寂蓮が合掌する。
(「次に生を受ける事があれば……真っ当な、日の当たる世界を歩めよ……」)
消えゆく光の粒を見送って、陽太が頭を垂れ黙祷を捧げた。
――今度こそ誰にも邪魔されず、静かに眠って欲しい。
何も掴むことなくこの世を去ってゆくのなら。
まみえた者の思い出だけは、誰もが携えることを許されるのだろう。
胸に残る小さな棘も、永劫の向こうの手土産に。
作者:六堂ぱるな |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年9月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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