琵琶湖大橋の戦い~近江二分

    作者:佐伯都

     琵琶湖周辺を舞台にした刺青羅刹・天海大僧正と、ご当地怪人・安土城怪人の争いは膠着状態に陥っていた。
     当初は武蔵坂学園が天海側に荷担したことで刺青羅刹が有利となっていたが、勝利を確定づけようと天海側が戦力増強を図ったところ、一度天海側に荷担したはずの武蔵坂学園が、今度は作戦阻止に回ってしまった事による部分が大きい。
     天海側には慈眼衆のほか鞍馬天狗の手勢、朱雀門一派やデモノイド、サイキックアブソーバー強奪作戦で撤退した軍勢の一部、九州を根城とするうずめ様からの援軍、HKT六六六の殺人鬼や淫魔などが合流していた。
     対する安土城怪人側には刀剣怪人やペナント怪人の他、アメリカご当地怪人やロシアご当地怪人、アンブレイカブルのレスラー、業大老配下と思しきアンブレイカブル、セイメイ配下と思われるアンデッドの軍勢が加わっており、天海側の戦力となんら遜色ない。
     両勢力は多少の小競り合いをはさみつつ、琵琶湖の東西に分かれ睨み合いを続けていたが、次第に情勢は緊迫しつつあった。
     
    ●琵琶湖大橋の戦い~近江二分
     教室に集まった灼滅者を見回し、成宮・樹(高校生エクスブレイン・dn0159)は最初に招集に応じてくれた事への感謝を手短に述べた。
    「学園防衛戦とその掃討戦があったばかりで落ち着かないけど、今度は琵琶湖周辺の情勢が動いた。琵琶湖東側を版図とする安土城怪人と西側を版図とする天海大僧正が、湖の両岸を結ぶ琵琶湖大橋を確保しようと互いに軍勢を出す」
     武蔵坂が関与したことで琵琶湖周辺は大きく天秤が傾くことなく拮抗していたが、この争いが発端となって二勢力は全面戦争に突入する。
     それぞれの手勢だけではなく朱雀門やアンブレイカブル等が多数加勢しており、周辺が焦土と化すことは避けられない。かつて殲術病院のひとつを襲ったダークネスの軍勢が、街をまるごと消し去ったことを覚えている者も多いだろう。
    「被害を減らす方法は3つ。1つめは戦端が開かれる前に武蔵坂学園が介入し、双方を制圧する事」
     これに成功すれば、天海・安土城怪人側のどちらも灼滅者側を無視することができず、一定条件で休戦するはずだ。
     最も平和的な解決を望めるが、戦力が二分されるので困難な戦いになるだろう。当然、失敗した場合は全面戦争が待っている。
    「それからダークネス同士が休戦協定を結ぶのは、武蔵坂学園にとっては不利益になる側面もあるかもしれない」
     どちらかに荷担する、あるいは双方に荷担しないことで得られる、メリットとデメリット。その両方をよく検討するように、と樹はやや声を低めた。
    「2つめは安土城怪人の軍勢をを制圧する事」
     琵琶湖大橋は天海大僧正側のものとなり、そのまま安土城怪人の本拠地に攻め寄せ雌雄を決するだろう。
     戦況が不利になれば増援勢力は撤退してしまうので、安土城怪人の軍勢は敗走し、琵琶湖周辺は天海大僧正勢力が支配する事になる。戦場となる琵琶湖東側で被害が出るものの、全面戦争のそれに比べれば取るに足りない。
     この場合天海勢力が強い力を得るのが、デメリットになるだろう。
    「3つめはその逆、天海大僧正の軍勢を制圧する事」
     琵琶湖大橋は安土城怪人側のものとなり、そのまま天海大僧正の本拠地に攻め寄せ雌雄を決するだろう。
     やはりこの場合でも不利になれば増援勢力は撤退するため、天海大僧正の軍勢は本拠地に籠城したうえで徹底抗戦し、灼滅されるだろう。天海勢力が壊滅するというメリットは得られるが、天海側の徹底抗戦の結果として琵琶湖西側には大きな被害が出てしまう。
     また、安土城怪人が強い力を得るのもデメリットになるだろう。
    「メリットとデメリットの両方をよく検討するようにとは言ったけど、どちらに荷担するか、あるいは荷担しないか、その正解はない」
     どれも結果は一長一短。悩ましい決断かもしれない。
    「より良い未来に繋がるよう、後悔のない選択をしてほしい」
     これは望む未来を掴むための選択なのだと言いおいて、樹はルーズリーフを閉じた。


    参加者
    レイン・シタイヤマ(深紅祓いのフリードリヒ・d02763)
    雪片・羽衣(朱音の巫・d03814)
    冴凪・勇騎(僕等の中・d05694)
    乾・剣一(紅剣列火・d10909)
    華槻・奏一郎(抱翼・d12820)
    小早川・里桜(花紅龍禄・d17247)
    興守・理利(明鏡の途・d23317)
    ヴィア・ラクテア(歩くような速さで・d23547)

    ■リプレイ

    ●近江二分
     湖面を走る風が、湖の東岸をながめる乾・剣一(紅剣列火・d10909)と興守・理利(明鏡の途・d23317)に吹きつけていた。
    「これがアレか、最高のタイミングで横合いから殴りつけるってヤツか。……いやそうでもないか?」
    「どう、でしょうか……ただ、今ほど力が欲しいと思った事はありません」
     振り返れば、西岸を埋める羅刹を主体とした混成軍が遠くに見えたかも知れない。
     琵琶湖大橋めがけて迫る両軍の鼻先に、灼滅者達は立っている。戦端が開かれる前に介入し、被害を食い止める――三つ挙げられた解決策のうち、最も難しい戦いになるとされたそれを、剣一達は選んだ。
     たとえ困難であるとしても犠牲を出さずにすむ方策があるなら、それを諦めたくはない。
    「琵琶湖一帯が焦土となる事だけは阻止したい所ですね」
    「天下を二分、とまでは行かないにしろ……被害が出るとなっては、戦いの大小など関係ない」
     封印解除したのだろう、ヴィア・ラクテア(歩くような速さで・d23547)の髪色が黒く染まっていくのを見届けたレイン・シタイヤマ(深紅祓いのフリードリヒ・d02763)が、縛霊手の右手を鋭く振りぬいた。赤黒いゴーグルのような何かで目元を隠したビハインドが、その傍らへ顕現する。
    「まずは目の前の敵を潰す、それだけだ」
    「そうだね、出来るだけ被害は減らしたいとこだが……まずは自分らが決めた、できる事をやっていくかね」 
     華槻・奏一郎(抱翼・d12820)にとって、小早川・里桜(花紅龍禄・d17247)は同じクラブのメンバーでもある。そして友人の冴凪・勇騎(僕等の中・d05694)は、里桜にとってかけがえのない存在だ。難しい依頼へ臨むにあたり、気心の知れた人間がいるのはとても心強い。
    「さぁ、行くよ。オロピカ」
     アイヌ犬を知らぬものが見れば、やや大きめの柴犬かと思うだろう。雪片・羽衣(朱音の巫・d03814)は相棒をひと撫でしてやってから、色違いの赤い制服に重ねた薄衣を風へ泳がせ、杖を握る。
     ヴィアがじっと見据える先、そこにばらばらとペナント怪人が現れた。その後ろには、巨大な刀身がそのまま頭となった羽織袴姿の怪人。
    「何奴! 退かねば敵とみなし叩っ斬る!」
    「さて、この戦いの結果がどうなるかはわかんないけど――」
     刀剣怪人の誰何には何一つ答えず、剣一は得物の槍を足元へ打ちつける。それが合図だったかのように、里桜は無言のまま、泳ぐように大きく歩を踏み出した。
    「俺達は目の前の敵をブッ叩くコトしかできないワケだしな!」
     先手必勝とばかりに仕掛けた里桜の手元、緋の飾り紐が尾を引く。
     長い長い乱戦の開幕を告げる一撃が、吸い込まれるようにペナント怪人の胴めがけ叩き込まれた。
     ローラーの激しい摩擦でアスファルトが削れる。スライディングじみた低い位置からのペナント怪人の蹴り上げをヴィアは紙一重でかわし、既に引き絞っていた矢を剣一へ放った。

    ●湖岸炎上
     刀剣怪人の攻撃を引き受けていたレインとビハインドのすぐ脇を、高速ですり抜けたペナント怪人。蹴りをかわしきれなかった里桜が、瞬く間に火柱と化した。
    「うぬら、慈眼衆ではないな。まさか」
    「お察し、と言うべきかな」
     刀剣怪人の声に、里桜は笑う。すぐに奏一郎が治癒をまわしていたので全く大事ないが、琵琶湖の雌雄を決する戦いに動員されているだけあって個の実力は高めなようだ。
     先陣をきる里桜を、援護するように勇騎が追う。先に胴へ一撃入れたペナント怪人に狙いを定め、里桜は蒼桜乱壊を下段へ据えた。
     何かいつもより前へ前へと出ている里桜が気にかかり、勇騎は小声で呟く。
    「あまり逸るなよ」
    「大丈夫だ、わかっている。後ろは任せたぞ」
     しかし返る声音はいつも通りで、少しほっとした。おかしな熱にうかされている様子でもないので、ただ単純に調子がよいのだろう。里桜の高い技量は、よく承知しているつもりだ。
    「やはり武蔵坂か。天海に利したかと思えば、翻って邪魔をする! うぬらに依って立つものはないのか」
     耳の痛い話だ、と理利はつい苦笑する。
     外野から見れば何の信念もなく、ただ場当たり的に優勢な勢力についていると思われても仕方ないのかも知れない。人をどうとも思わず圧制下に置きつづけるダークネスと、レジスタンスである武蔵坂。
     その思想はもちろん行動指針からして、互いに別次元なのだ。
    「昨日の友は今日の敵という諺の通り……それだけの事です。それに灼滅者は半端者ゆえ、貴方がたのように一本気ではいられない」
     自嘲含みの偽悪的な台詞の真意が、刀剣怪人に理解できたか定かではない。しかし言葉通り信念も何も持たないにしては、武蔵坂の刃は苛烈なほどに真っ直ぐで、そして重すぎる。
    「うぬが我らの進軍を妨げられると思うか!」
     激昂した刀剣怪人が理利に凶刃を向ける。納刀状態からの、神速の抜刀。
     レインは咄嗟に無理な体勢のまま理利の前へ割り込み、リヒャルト、とその名を叫んだ。
     凄まじい勢いで迫る白刃。
     永遠にも似たその一瞬、理利は闇色の何かが刀剣怪人とレインの間を遮るのを見た。激しい金属音と、爆発的な火花が散る。
    「小賢しい!」
     刀剣怪人の渾身の抜きを、その牙で食い止めた影色の獅子。命を投げ捨てるかのように見えたレインの行動の底には、けれど決して倒れぬことを諦めない意志が確かにある。
    「蝙蝠のような僕達が疎ましいですか?」
     表情の乏しいヴィアの呟きに、刀剣怪人が大きな刀を灼滅者へと突きつけた。
    「半端者の蝙蝠はここで惨めに朽ちるがいい、ゆけペナント怪人!」

    ●形勢三分
    「お願いね、オロピカ」
     ペナント怪人の攻勢に備えるべくオロピカを前にまわし、羽衣は軽く眉根を寄せる。
     半端者半端者と、どこかで死ぬほど聞いた台詞だ。半端者で何が悪いと言うのか。奈落に堕ちるのではなく踏みとどまることを望みそして選んだ、それを何故卑下されなければならない。
     大嫌いで大好きなあいつ。
    「その台詞、――」
     人をとことん馬鹿にした歌が大好きで、とことん灼滅者を下に見て、なのにやたら惨めに灼滅されたあいつ。灼滅すれば胸がすくかと思っていたのに、何故か凄まじい疲労感を残していったあいつ。
    「あいつと戦っていた時を思い出すわ、ものすごく!」
     刀剣怪人の火力に惑わされることなく、まず状態異常をふりまく相手から排除する作戦は早い段階から功を奏していた。どれから先に潰していくかは迷う所だったはずだが、格上を相手にする場合、まず不確定要素を消して流れを引き寄せるのは重要だろう。
     さすがに刀剣怪人と、その後ろに控え的確に攻撃を当てに来るペナント怪人のダメージ量は半端ではないが、逆に言えばそれだけ、でもあった。一撃一撃は確かに痛いが、ほぼ全員が互いをカバーしあえるよう何らかの回復手段を用意してきている。
     ダメージディーラーである刀剣怪人を状態異常で抑えこむ理利の働きもあり、何かの一瞬で形勢がひっくり返されそうになる、という不安定さはない――奏一郎は油断なく戦況を読みながら羽衣へ祭霊光を施した。
    「こんな所で我らが遅れを取るとは……!」
     消耗こそ馬鹿にならないが、一人、また一人と確実にペナント怪人は数を減らしていく。猛攻に晒された羽衣のオロピカが力尽きるのと、刀剣怪人が勇騎の錫杖の前に沈んだのはほぼ同時だった。
    「おのれ、横から入ってきた分際で!」
     刀剣怪人が倒れるのを目にして、もう限界が近いのが明らかなペナント怪人が逆上する。そのまま、ヴィアが牽制するように差し向ける影喰らいすらものともせず、ひたすら槍を振るい続ける剣一へ襲いかかった。
    「乾さん!」
    「取った!」
     ヴィアの警告の叫びと、里桜の声が交錯する。ちょうど、もう一人残っていたペナント怪人を里桜が愛槍の見事な一撃で仕留めた所だった。
    「喰らえ怒りの琵琶湖キィィィイイック!」
     回し蹴りに似たモーションで放たれるペナント怪人の琵琶湖キック。羽衣と二人がかりだったとは言え刀剣怪人を削ったさいの消耗が響いたのか、ほんの刹那、剣一の動作が遅れた。
    「――っ、く」
     咄嗟に左手の杖でペナント怪人の蹴りを凌ごうとするものの、大きく上半身が崩れる。すかさずそこへ蹴り技を仕掛け命中を確信したペナント怪人が、しかし、目を剥いた。
     戦闘は勢いと勘、蓄積した経験値は決して自らを裏切らない。多少無理な体勢からではあるが剣一はあえて建て直すことを避け、そのまま斜め後方に側転する要領で躱しきったのだ。
    「……眼鏡が、割れるだろうが!」
     大振りなモーションのせいで、ペナント怪人は目の前の剣一への対応が遅れる。着地の勢いと体重をそのまま乗せた、打ち据えるような杖での一撃。
     鈍く重い音と共に、ペナント怪人はそのまま地面へ伏した。
     は、と剣一が鋭く息を吐いて戦闘の終了を認識したのもつかの間、新手が灼滅者達の右方向から姿を現す。
     太刀を携えた新手もやはり、頭部が巨大な刀身の形状を成した怪人だった。
    「刀剣怪人だな」
    「いかにも」
     比較的余裕を残した勇騎と奏一郎が、消耗の激しい里桜とレインに代わって前へ出る。まだ戦闘不能に陥ったのは羽衣のオロピカのみだが、今しがた新手として現れた刀剣怪人はそれまでの相手とは一線を画す、と奏一郎はにらんだ。
     ゆっくりと歩み寄ってきた刀剣怪人が、今の様子は見せてもらった、と武芸者のような口調で呟く。
    「相手に何ら不足なし。この左文字(さもんじ)怪人、貴殿らのお相手仕る」
    「……左文字?」
     その名にひどく怪訝な顔をした奏一郎に、剣一が眉をひそめた。
    「それが何か?」
    「左文字と言えば江雪か宗三か、あるいは……」
    「江雪か宗三かで、貴殿らは相手を推し量るのか」
     喉の奥で笑う笑い方をして、左文字怪人は上段へ太刀を振りかぶる。
    「この場において江雪であるか宗三であるかなど、さほど大きな問題ではない。重要なのは、正々堂々死合うこと」
     不本意ながら怪人の言う通りだ、と理利も認めざるを得ない。刀の銘など、この場においては問題ではないだろう。
     重要なのは、この連戦をいかに勝ち残るか、それだけだ。

    ●東方流転
     敵の情報が何一つない以上、勇騎と奏一郎は慎重にならざるを得ない。刀剣怪人である事や太刀を携えているからには、行使するサイキックにご当地怪人と日本刀のものが含まれると考えることはできたが、それ以上は完全に未知数だ。
     引き続き前衛を張る剣一を癒しの矢で援護しつつ、ヴィアは左文字怪人を注視する。火力の高さが怪人本来のものなのか、それとも精度が高いゆえなのかは重要だ。
     まず雲耀剣でこちらへのダメージ量を減らすべきか、それとも黒死斬で手数を減らしていくべきか、あるいはその両方。理利は左文字怪人の動きを見ながら、忙しく脳裏で推測を立てる。先に対峙した刀剣怪人とペナント怪人の一団と同等の力量、と考えたほうがよいだろう。
    「どうした、来ないのか。それではこちらから参るとしようか」
     もう一度、喉の奥で左文字怪人が笑った。
     無理に当てに行こうとはせず少し様子を見ようと考えた勇騎へ、三日月の軌跡を描く刃が振りおろされる。その軌道を見極め、相殺しようとして――息を飲んだ。
    「勇騎!」
     里桜の悲鳴が一瞬遠くなった気がして、勇騎は愕然とする。苦痛の声を奥歯で必死に噛み殺し、どうにか肩口に食い込んだ太刀を振り払った。
     すぐさま里桜が勇騎のカバーに入り、奏一郎がさらに前へ出る。学園全体で見ても決して勇騎の力量は低くない。連戦という事もあってこちらの状態は万全ではなく、何より里桜が後衛へ下がった今、最大ダメージを叩き出す剣一の消耗を考えればあまりこちらにも無理をさせる事はできないだろう。
    「全員で帰れることが、最高にして最善だが……」
     リロードのきくビハインドを前へ出し、レインは軽く唇を噛んだ。
     よりによって連戦相手として現れたのが掛け値無しの強敵とくれば、誰しも闇堕ちの単語が脳裏をよぎる。しかしレインはそのリスクを天秤にかける前にあっさり投げ捨てた。
     もとよりこの身に宿るのは一度救われた命だ、簡単に自分の意志だけでどうこうしていいものではない。
    「どうした、武蔵坂の実力はこんなものか!」
    「まさか。万が一、俺達がここで力尽きたとしても全面戦争だけは回避してみせる」
     琵琶湖大橋の両端に分かれた、他の仲間が目的を達するだろう。奏一郎はそれを揺るぎなく確信している。
     周囲にまで注意を払う余裕は理利にも残っていないが、今や乱戦場となった琵琶湖畔を離脱するためにはある程度の余力が必要だ。それに現時点でも、たとえ次の相手が現れたとしても、それを相手取れるほどの余裕はないだろう。
     まだ左文字怪人の能力を読み切ったとは言えないが、次がないのなら温存しておくメリットもない。理利は影喰らいの比率を上げ、抑えを効かせると言うよりもやや攻撃よりにシフトした。
    「貴殿はなかなかの太刀筋をしている。万全の状態で死合ってみたかったもの」
    「褒められたと解釈するなら悪い気はしないな、上から目線がむかつくけど」
     左文字怪人は果敢に削りにくる剣一を最も危険と判断したのか、執拗に居合斬りを仕掛けてくる。撤退のことも考慮に入れ、剣一はそのまま無闇に攻め続けることはせず羽衣と立ち位置を入れ替えた。いつのまにかその足元に、オロピカが戻っている。
     たった一体、されど一体。消耗を持ち越した連戦の難しさを、ヴィアは知る。
    「たとえ敗北し、絶望したとしても」
     集気法で勇騎の傷を塞ぎ、ヴィアは次の矢を構えた。
    「そうして知るこの世界の美しさを、あなた方はきっと見ない」
     そうきっと、未来永劫。
     藍の瞳に篭もった覚悟を読み取ったのか、左文字怪人は高く笑う。
    「気に入った! 思いがけず、気骨のある敵よな」
    「言ってろ、こっちがお留守だぜ!」
     先の痛打のお返しとばかりに、勇騎が錫杖での攻勢にかかった。心得たタイミングで、奏一郎がそれに鬼の腕での殴打を上乗せする。
     灼滅者の数の有利だけは、さしもの左文字怪人でも動かすことはできない。純粋に手数が上回るなら、それだけ打つ手は広がるのだ。
     じりじりと追い詰められる左文字怪人へ、レインの手元から漆黒の弾丸が雨あられと撃ちこまれる。
     羽衣の指先へ風の刃が凝った。視線だけでオロピカを飛び出させ、怪人の注意を惹く。
     フェイントをかけるように一瞬呼吸をずらし、羽衣はゆるぎない確信をもって宣言した。
    「これで終わり!」 
     まっすぐに指し示されたその先、渾身の神薙刃が巨大な刀身の頭を両断する。そのまま左文字怪人は両膝をつき動かなくなった。
     ほっと肩から力を抜いた羽衣は、素早く周囲を見回して撤退経路を探す。
     この場の勝利は掴んだものの果たして全面戦争は回避できたのか、それだけが気になった。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月1日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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