琵琶湖大橋の戦い~揺れ動く天秤

    作者:瑞生

     琵琶湖大橋を挟み、刺青羅刹・天海大僧正とご当地怪人・安土城怪人の戦いの勢力は睨み合っていた。
     両者の戦いは膠着状態である。当初は灼滅者たちが天海大僧正に加担した事で、刺青羅刹側が有利となったが、その後、戦力の増強を図ろうとした天海大僧正の作戦の多くが灼滅者たちによって阻止された事で、状況は混迷していた。
     小競り合いをしつつ互いに戦力を増強していた両勢力は、戦いを有利に進める為には琵琶湖大橋の制圧が不可欠、と考え――互いに対岸を睨んでいる。
     天海大僧正の軍勢には、慈眼衆を初めとする天海大僧正の手勢の他、鞍馬天狗の手勢、朱雀門高校の生徒やデモノイド、サイキックアブソーバー強奪作戦で撤退した軍勢の一部、九州の刺青羅刹・うずめ様からの援軍、更にはHKT六六六の殺人鬼や淫魔が加わっている。
     一方の安土城怪人の軍勢には、以前からの刀剣怪人やペナント怪人の他、アメリカご当地怪人やロシアご当地怪人が加わり、更にアンブレイカブルのレスラー、業大老配下と思われるアンブレイカブル、セイメイ配下と思われるアンデッドの軍勢が加わっている。
     戦力は互いに十分だ。
     琵琶湖を巡る大きな戦いが、今まさに始まろうとしていた。
     
    ●揺れ動く天秤
    「琵琶湖を巡る、天海大僧正と安土城怪人の戦いですが……大変な事態になってしまいました」
     不安げに眉をハの字に下げながら、園川・槙奈(高校生エクスブレイン・dn0053)が切り出した。
     彼女が不安がるのも無理はない。互いに戦力増強を図り、拮抗しているこの2勢力が今ぶつかれば、琵琶湖周辺は、人が住む事の叶わぬ土地と変わり果ててしまう。
     そして、その戦端がまさに開かれようとしているのだ。
    「琵琶湖大橋を確保しようと、東西のダークネスが軍勢を繰り出し……それを切っ掛けに、全面戦争となってしまうようです」
     だが、遠慮がちに槙奈は人差し指から薬指、三本の指を灼滅者たちへと立てて示してみせる。
    「被害を減らす方法は、3つあります……」
     おずおずと、だが真剣な表情で、槙奈が示した選択肢は3つ。

     まずは1つ目。琵琶湖大橋に集まる両勢力の戦いが始まる前に、その双方を灼滅者たちが制圧してしまう事。
     両勢力共に琵琶湖大橋の制圧に失敗する事で、武蔵坂学園の存在を示し、一定の条件での休戦を結ばせる事が出来るが、阻止に失敗すれば全面戦争になってしまう、危険な作戦だ。
     これに成功すれば、両勢力ともに、今後は武蔵坂学園の動きを無視する事も出来なくなり、一定の条件で休戦を結ぶ事になる。
     最も平和的な解決手段だが、戦力を2分した上で両勢力を制圧しなければならない、困難な戦いとなるだろう。阻止に失敗すれば――全面勢力となる事は避けられない。
     また、ダークネス同士が休戦を結ぶ事は、武蔵坂学園にとっては不利益となる可能性もあるだろう。

     2つ目は、琵琶湖大橋の東側、安土城怪人の軍勢を一方的に攻撃する事。
     こちらを選べば、琵琶湖大橋は天海大僧正側が制圧する事になる。彼らはそのまま安土城怪人の本拠地へと攻め寄せ、雌雄を決してしまうだろう。
     戦況が不利となれば、増援も撤退する為、安土城怪人の軍勢が敗走し、琵琶湖周辺は天海大僧正勢力の支配下となる。
     戦場となる琵琶湖の東側に被害は出るが、全面戦争に比べれば、周辺への被害は抑えられるだろう。
     天海大僧正側が更に力をつける事が、デメリットとなる作戦である。

     3つ目は、琵琶湖大橋の西側、天海大僧正の軍勢を一方的に攻撃する事。
     こちらを選べば、琵琶湖大橋を安土城怪人側が制圧し、そのまま天海大僧正の本拠地に攻め寄せ、雌雄を決してしまうだろう。
     戦況が不利となれば増援が撤退し、天海大僧正は本拠地に籠城して徹底抗戦を行うが、間違いなく灼滅される。
     天海大僧正の勢力の壊滅に成功するが、彼らの徹底抗戦により、琵琶湖の西側に大きな被害が出てしまうだろう。
     安土城怪人側の勢力が強化される事が、この作戦のデメリットだ。
     
     そこまで伝えて、槙奈が深く重く、息を吐いた。
    「……どの選択が正しい、という事もありません」
     どちらの軍勢を攻めるか、あるいは両方の軍勢を攻めるか。それを決めるのは、灼滅者たち自身だ。
    「どう攻めるかは、皆さんにお任せします。……どうか、皆さんの力を、貸して下さい」
     より良い未来へと繋がりますよう――そう、祈るように呟いて、槙奈が灼滅者たちへと頭を下げた。


    参加者
    小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991)
    夜空・大破(白き破壊者・d03552)
    火室・梓(質実豪拳・d03700)
    マリア・スズキ(悪魔殺し・d03944)
    霧月・詩音(凍月・d13352)
    ハノン・ミラー(ダメな研究所のダメな生物兵器・d17118)
    風見・真人(狩人・d21550)
    牧瀬・麻耶(月下無為・d21627)

    ■リプレイ

    ●湖水は揺れて
     秋の空を映し出す琵琶湖の姿は実に雄大であった。
     だが、琵琶湖は今危機に晒されていた。東岸と西岸に布陣する、天海大僧正と安土城怪人の勢力が、いよいよぶつかろうとしている。
    「どうして、こんな手段をとるのだろう……」
     琵琶湖を巡る戦いにこれまでも二度関わって来たマリア・スズキ(悪魔殺し・d03944)に、特に感じるものは無い。まして怪人側はともかく、天海大僧正側には、武蔵坂学園の灼滅者たちのスタンスは、ある程度は伝わっているだろう。それでも大規模な戦争を今仕掛ける理由が彼女には理解出来なかった。
    「この戦い、いったいどれほどの意味があるのでしょうか……」
     互いに戦力増強した上で戦っても、結局のところ双方ともに被害は大きい。それでもなお、大規模な戦争に乗り出さんとする意図は――夜空・大破(白き破壊者・d03552)も思考を巡らせるが、その答えは検討がつかない。
    (「完全に無害な形での終結は難しいかもしれないけど、少しでも殺してみせる……この厄介事は」)
     激しい戦いとなる予感に、小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991)が気を引き締めるように双眸を細めた。
    「ともあれ、近隣の被害は防がないとね」
     湖岸沿いの道を霊犬『銀』と共に駆けながら、風見・真人(狩人・d21550)が明るい声で呟いた。
     ダークネス同士の全面戦争が一度開かれれば、琵琶湖周辺は人間が住めるような場所では無くなってしまうだろう。それだけは絶対に防がなくてはならない。
    「……いました」
     霧月・詩音(凍月・d13352)が静かな声で敵の発見を告げた。夜空のような藍の瞳の先に、いよいよ対岸へと攻め込まんとする慈眼衆と僧兵たちの姿がある。
    「力こそパワー!」
     火室・梓(質実豪拳・d03700)の解除コードが響き、他の灼滅者たちも続いてその力を開放してゆく。
    「何だっ!?」
     いよいよ攻め込もうとしていたところに、突如現れた第三勢力の存在に、僧兵たちがざわついた。
    「鎮まれ! 我々の邪魔をする者は排除するのみだ!!」
     僧兵たちを一喝し、慈眼衆が灼滅者たちへと向き直る。今はまず灼滅者たちを退けるべき、と攻め込む対象をこちらに定めたようだ。
     灼滅者たちが選んだ選択が、果たして最善の結果を生むか――それは、誰にも分からない。
    (「でも、選んだ方向に進むしかない」)
     迷いなく敵へと踏み出しながら、ハノン・ミラー(ダメな研究所のダメな生物兵器・d17118)が純銀の殺人注射器を構えた。
    「自分らは目の前の敵を屠るだけッスね」
     東側――安土城怪人側の勢力は、別動部隊が攻め込むだろう。彼らを信じ、彼らに応える為にも、今はただ全力で戦うだけ。
     牧瀬・麻耶(月下無為・d21627)の指輪から撃ち出された弾丸が僧兵を貫き――それが、戦闘開始の合図となった。

    ●揺動
     湖岸を疾走した弾丸が僧兵を貫き。次いで真人が盾のついた手甲を翳す。
    「天海は、遠慮なく灼滅させてもらうよ」
     その為には、速攻でこの戦いに勝利しなくてはならない。その為には、この戦いで倒れる訳にはいかない。明るい声に気を張ったがゆえの硬さを僅かに含ませた彼の言葉と同時に、ふわと広がるオーラが自身と梓、ハノン、銀を包み込み、加護を齎す。
     ハノンの口許に微かに笑みが宿った。敵へと立ち向かう事に恐れが無いのは、兵器としての役割を与えられていたからか、彼女自身の性分か。『天使の涙』――美しい名を与えられた、けれど凶悪なサイズの注射器が立ちはだかった僧兵へと突き刺さる。
     慈眼衆が放つ風の刃が湖岸を駆け抜けてハノンを切り裂いた。その一撃はまさに全身を切り刻むよう、瞬間四肢へと走った熱にも似た痛みに、少女が僅かに喉を鳴らす。
     僧兵2人の日本刀が、湖が反射した光に煌めいた。その斬撃は手練のそれ。一瞬にして抜き放たれた刃が真人を切り裂き、冴えた抜刀が生み出した衝撃が、八雲、大破、マリア、麻耶を打ち据える。
     年老いた女が、背中も曲がった自身の身体とほぼ変わらぬ厳つさの篭手から結界を放ち彼らを戒める。
     後衛を優先して狙った――かと思えば、日本刀使いの男の一人、護符を持つ女、そして慈眼衆は前衛を狙う。僧兵として強化された者たちの攻撃もけして侮れはしない。癒し手たちはかなりの頻度で回復に追われ、銀も戦場を駆け回ってはその瞳を輝かせて灼滅者たちの傷を癒し、或いは敵の攻撃から庇ったりと奔走する。
     その敵へと着実にダメージを齎すべく、詩音は冷気を放ち、日本刀を振るう男たちの身体を凍てつかせてゆく。
    「慈眼衆とは一度思いっきり戦ってみたかったんですよね!」
     快活に笑って梓が戦場を駆け、稲妻を纏う拳へと叩き込む。ぐ、と呻き声を漏らして、老婆がそのまま倒れ込んだ。
    「久当流……始の太刀、刃星ッ!」
     僅かに攻撃へと転じる隙を見出した八雲の刃が、護符を持つ女の加護を打ち払い、そのまま斬り倒す。仰向けに背中を強く打ちつけながら倒れた女の手から、はらと護符が風に運ばれて離れて行った。
     癒しの術を持つ僧兵たちを優先して狙った事が幸いしたか、戦いは比較的スムーズに灼滅者たちの優勢となった。
    「クソ、クソ……ッ!!」
     慈眼衆も、残る僧兵も血気盛んな性分らしく、回復よりも攻撃を優先させて来る為、敵の攻撃の重さは変わりない。
    「キャンッ」
     攻撃に寄せた布陣の中で、守りに徹していた銀が、刀の斬撃をまともに浴びて消えてゆく。
    「銀!」
     眉を寄せた真人が放つ結界が、1体の僧兵の動きを止め、マリアの的確な縛霊手の一撃が、僧兵を張り倒す。
    「剣戟は響き渡り、怒号は空まで届く 大地に染み渡るは赤き雫 今揺れ動く天秤を打ち壊し、愚かな戦に終幕を――」
     詩音が紡ぐ歌は、その天使のような澄んだ歌声に反して内容は辛辣だ。その歌声に聴き惚れた僧兵が涙を零しながら、気を失って倒れ込む。
     愚かな戦だ、と言い切られた慈眼衆がちっと舌打ちをし、灼滅者たちを睨みつける。
    「てめぇら、何故邪魔をする!」
    「……羅刹だから、ダークネスだからという理由で戦うわけではありません」
     宿敵との対峙にざわめく心の波を留めて、大破が癒しの光を作り出し銀を照らす。
     緩く首を振って、麻耶がジト目で慈眼衆たちを一瞥する。その気だるげな雰囲気の所為で、まるで面倒だとでも言いたそうに見えた。けれど、ひとたび戦場へ立てば彼女も経験を積んだ灼滅者だ。慈眼衆の死角をついた斬撃は、狙い通りにその筋を裂く。
    「グゥ……ッ」
     苦悶の呻き声を上げて、男ががく、と体勢を崩す。
    「そこ……っ!!」
     ハノンの身体が、蒼に侵食されてゆく。力を露わにしたデモノイド寄生体から放たれた酸液が、慈眼衆へと降りかかる。
    「猪口才な!」
     だが、何とか立ち上がった慈眼衆が、鬼の腕をこちらへと伸ばし、ハノンに纏わりつくデモノイド寄生体を殴りつける。
    「……っ」
     長く大きく、禍々しい腕による至近距離からの一撃に苦悶の声を微かに喉から漏らし、ハノンがその意識を手放した。制御を失った少女の小さくも鍛え上げられた身体が、どうっと音を立てて崩れ落ちる。
    「はっ……」
     既に僧兵たちは倒れ、慈眼衆自身の消耗も激しい。勝機は無いが、一矢報いたとでも言わんばかりの笑みを、男が口許に浮かべた。
     それを冷ややかに、否、無感情に見下ろして、マリアが地を蹴って湖岸を駆ける。シスター服とウィンブルがひらひらと風に揺れる姿は、蒼い流星のよう。摩擦によって生じた炎を宿したエアシューズの踵が慈眼衆へと落とされると、脳天を激しく揺さぶる衝撃に、そして闇に堕ちたその身を燃やす炎に包まれて、男が息絶える。
     だが、戦いの余韻に息をつく暇は、彼らには与えられなかった。

    ●連戦
    「……あちらです」
     双眼鏡を取り出し、戦場を確認していた詩音の視線の先に、また別の慈眼衆の部隊があった。妖の槍を携えた僧兵3人と、それを率いる1人の慈眼衆。今にも対岸へ攻撃を仕掛けようとしているその様子を見れば、悠長に心霊手術を施している暇も無い。そもそも、その部隊一つに限らず、遠くない範囲で幾つもの戦闘が行われているのだ。心霊手術など施そうものなら良い的にも程がある。
     だが、積み重なったダメージを回復する暇が無い事は、正直なところ辛かった。
    「前に出ます。下がっていて下さい」
     大破の申し出に八雲も頷いた。2人へと視線を返して、真人が後衛へと下がる。
    「それじゃ、続いて行きますよっ!」
     敵の前に躍り出てその進路を妨げた梓が炎を宿した拳で僧兵を殴打する。
    「ぐわっ」
     さて突撃かと意気込み前を見つめていた慈眼衆たちからすれば、いきなり横っ面を殴られたようなものだ。突如自分たちの進路を妨げて来た灼滅者たちを忌々しげに睨みつける。
    「ふん……手負いの身で我々を止めようとは、片腹痛いわ。蹴散らしてくれようぞ」
     そう告げる慈眼衆の男の身体の周囲を風が回り、そして刃となって灼滅者へと飛んでゆく。
     その攻撃を八雲が受け止めて耐えしのぎ、紅蓮を纏った麻耶の聖剣の斬撃が、慈眼衆の前に立ちはだかる僧兵を横薙ぎに切り裂いた。
     積極的に攻撃を担っていたハノンと、回復に防御にと立ち回っていた銀、1人と1体の損失はけして少なくない。
     蓄積された疲労ゆえに攻撃の手を緩めて体勢を整える必要があった分、灼滅者たちの手数は減り、数分が経過してもあまり効果は得られず、じりじりと更に疲労は雪のように積もる。
     相棒を失いつつも守りを固めていた真人は、その分仲間たちの攻撃を率先して引き受けていた為、特に殺傷ダメージの蓄積が大きい。連戦の中ではどんなに回復をしようとしても、その傷を癒す事はできない。
    (「そろそろ限界……かな……」)
     肩を大きく揺らして、真人が息を吐いた。敵の攻撃を受ける中で切ったのだろう、口の中には血の味が広がっていた。
     腕に装着した篭手の指先に集めた光を梓へと放つ。光が梓を包み込み傷を癒す光景が真人の蒼穹へと映し出されたのとほぼ同時に、氷の魔力が彼を貫く。冷たい、と感じる間も無く、そのまま真人が倒れた。
    「風見くん……」
     戦況が徐々にこちらの不利になりつつある。その事実に、表面上の変化こそ無いものの、詩音の胸中にも焦燥が過った。敵の撹乱へと回っていた彼女もせめて自分の回復くらいは担う必要がある。WOKシールドの盾の魔力を展開し、自身の傷を癒し、守りを固めた。
     激しい戦いは、まだ終わらない。

    ●天秤の傾く先
     守りを固める仲間たちを失った事で、他の仲間たちの傷も徐々に深くなっていく。連戦の中で立ち位置を変え、役割を変え――今、最前線に立ち防御を固めているのは八雲と大破だ。先の戦闘では後衛で癒し手として立ち回っていた彼らも、けして余裕があった訳では無い。先の戦いより、癒し手ゆえに優先的に狙われて蓄積された疲労が、ここに来て大きく影響していた。
     詩音の瞳がどこまでも冷たく慈眼衆たちを睨みつけると同時に、周囲の空気がぱきぱきと凍てついてゆく。死を齎す程の冷気が地を這い、僧兵たちの足元を凍結させた。
    (「……必要以上に破壊を行うものを、それ以上の破壊を持って……終わらせる」)
     衝撃ダメージの治癒、という意味では回復は追いついた。疲弊した身体に胸中で喝を入れて、大破が蒼穹の瞳を細め、その右腕を鬼へと変える。鋭き爪、浮き上がる血管と筋、雄々しき腕がまるで地面ごと抉り取らんばかりの力で、僧兵を殴った。
     地面にめきめきと罅が入り、その上へと折り重なるようにして僧兵が倒れる。
    「……いけない」
     だが、彼へと敵の狙いが定められている事に、僅かにマリアが目を瞠る。彼女が巨大な注射針を撃ち込むのと、敵の槍がこちらへと撃ち込まれるのと、どちらが早いか――。
     結果、先んじたのはマリアだった。殺人注射器の鋭い針が、襲いかかって来た僧兵の一体へと突き刺さり、そこから毒を流し込む。それでその僧兵の攻撃の手は瞬間緩んだが、複数の敵の牽制にはならない。
    「くっ……」
     1体の僧兵が至近距離から、螺旋のような回転を加えて撃ち込んだ槍の穂先に貫かれ、大破が倒れた。
    「やってくれましたねっ!!」
     そこへ、梓が光を纏う拳で僧兵を連打する。その連撃にたたらを踏むように体勢を崩した僧兵を、背後に聳える慈眼衆が癒した。
     ダークネスの手から放たれた清らかな風が戦場を駆け抜ける。折り掛けた膝を再び伸ばし、僧兵が立ち上がる姿を忌々しげに睨みつけ、『ノイエ・カラドボルグ』を振り下ろす。これまでの蓄積した傷を、慈眼衆だけで癒すのは限度があったのだろう――僧兵が倒れ、からんからんと槍が地面を転がってゆく。
    「我々に助力したかと思えば、次は怪人に与する……一体貴様らは何なのだ」
     慈眼衆の問いに、表情を変える事すら無く、常のテンションの低い声のまま麻耶が返す。
    「所詮はダークネス。どちらの味方もする気は無いッスよ」
     麻耶が振り下ろした聖剣が、もう一人の僧兵を薙ぎ倒す。
     残るは慈眼衆と僧兵が1人ずつ。
     だが、これ以上の深追いは躊躇われた。こちらも既に3人が倒れ、残る面々の疲労も大きい。殺傷ダメージを癒す、10分の猶予を得られなかった事で、ほぼ全員が余裕があるとは言えない状況だった。
     数で言えば灼滅者たちが勝るが、残る戦力としては慈眼衆側が勝る。先に動いた方が大きく戦況を変えるだろう状況下で、地を蹴ったのは慈眼衆だった。
    「――どこまで我々の邪魔をするのか、武蔵坂学園……!!」
     先に戦った慈眼衆よりも冷静だった此度の敵の口調にも、もはや隠しきれない程の苛立ちが表れていた。
     断罪輪を握る慈眼衆の身体が独楽のように、転輪のように回転し、詩音を切り裂いた。回転が巻き起こした嵐にも似た衝撃に銀糸が揺れ、僅かに遅れて血しぶきが上がる。
    「……すみま、」
     謝罪の言葉は途中で切れた。そのまま意識を失った詩音を、八雲が抱え込む。
    「全員撤退だ、生きて帰るぞ!」
     既に半数の灼滅者たちが倒れた。これ以上戦闘を続ければ、負傷者を連れての帰還さえ侭ならないだろう。ダークネスの1部隊を撃破し、もう1部隊にも十分にダメージは与えた。8人と1匹で出来る事の範囲を思えば、十分過ぎる成果だ。
     3人の僧兵のうち2人を失った慈眼衆もこちらを追撃して来る様子は見せない。これ以上灼滅者たちを追うよりも、体勢を整えてでも安土城怪人と決するべきだと考えたのかもしれない。ともあれ、これ幸いと、負傷者たちを抱え上げて、灼滅者たちは戦場を離脱すべく走り出す。
    「これで琵琶湖が平和になるといいんですけどね……」
     梓の呟きは喧騒に掻き消された。戦乱に巻き込まれる事になるだろう人々の平穏を願い、戦い抜いた彼女たちが選んだ、その道の先にあるものが何なのか。今はまだそれは分からないまま、けれど生き抜くべく、灼滅者たちは湖岸を駆けて行った。

    作者:瑞生 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月1日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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