焔の戦姫

    作者:刀道信三

    ●深夜の商店街
    「わたくしと戦って下さい!」
     店も閉まり住民も帰宅した後の駅前は不良の溜まり場になっていたりすることが多い。
     そんな当たり前にいるような不良達を前に、場違いなほど小柄で可憐な少女が立っていた。
     腰まであるふわふわとした赤毛の髪は、街灯の下で風に揺られてまるで炎が揺らいでいるようで、紅の瞳は爛々と輝き、人形のような容貌に反して、そこだけ血に飢えた獣のようだ。
    「アァン!?」
    「ひうっ!?」
     とりあえず凄んでみる不良に対して、少女の大きな瞳に見る見る内に涙が溜まっていく。
     理屈ではなく、喧嘩を申し込んでみたものの不良は怖い。
    「ここはお嬢ちゃんみたいなのが来るところじゃねえぞ。なんだそれ、コスプレか?」
     少女、黒藤・伊波(くろふじ・いなみ)の服装は、深夜の商店街で見るには異様なものだった。
     近未来を舞台にしたゲームの世界からでも抜け出して来たかのような、体の線の出るボディースーツに金属のようなパーツ、それを薄い朱色のひらひらとしたスカートのような布が飾っている。
    「さっきのは新手の逆ナンか?」
    「おいおい、まだどう見たってガキだぜ」
    「いや、俺はこれくらいぺったんこな方が……」
    「おい、聞き捨てならないことを言うなですよ!」
     身体的特徴を指摘され、気を取り直したように食ってかかる伊波。
     ビシッと突きつけられる西洋の大剣を衣装と同じようなデザインと材質で作られたような武器は、伊波が片手で軽々と扱っていることもあって、コスプレの小道具にしか見えない。
     油断していようがいまいが結果は変わらないが、不良達が伊波にのされるまで、そう時間はかからなかった。

    ●未来予測
    「あの、野々宮・迷宵です。えっと、未来が見えました。聞いてくれますか……?」
     教室に集まった灼滅者達を前に、野々宮・迷宵(中学生エクスブレイン・dn0203)はおそるおそる口を開く。
    「今、一人の女の子が闇堕ちしようとしています」
     黒藤伊波、若干小柄で中学生に間違われることもあるが高校1年生、古くからある裕福な家庭で育った箱入り娘である。
    「黒藤さんの家は習い事とかが厳しくて、普段からお友達と遊ぶ暇もないくらい忙しいみたいです」
     大和撫子たれという教育に素直に従っていた伊波であったが、長年抑圧され続けたものが蓄積して、闇堕ちしそうになっているのだ。
    「ダークネスの力の影響かもしれませんが、なぜか黒藤さんは夜な夜な町に出掛けては喧嘩を繰り返しています」
     その間の伊波は夢遊病のような状態で、朝になると彼女はそれを毎晩見る夢のように認識している。
     いずれダークネスの力が強くなれば手加減することができなくなり、伊波は一般人を殺してしまうだろう。
    「私の未来予測では、この時間に、この場所へ行けば、一般人を巻き込むことなく黒藤さんと接触することができます」
     迷宵は資料を示しながら説明する。
     街灯や月明かりもあるので、照明などの準備も特に必要はない。
    「黒藤さんの人間の心に呼びかけるという方法もありますが、黒藤さんが戦うことを望んでいるところもあるので、正面から気が済むまで戦ってKOしてしまっても、たぶん大丈夫です」
     とはいえダークネスの力を使える伊波は手強いので油断は禁物である。
    「違う自分に変わりたいっていう気持ち、私もなんとなくわかる気がします。どうか黒藤さんが完全に闇堕ちしてしまう前に、皆さんの手で助けてあげてください」


    参加者
    鏡・剣(喧嘩上等・d00006)
    東雲・由宇(終油の秘蹟・d01218)
    神虎・闇沙耶(悪鬼獣・d01766)
    雨積・熾(烏龍茶・d06187)
    ユリアーネ・ツァールマン(咎負の鳥・d23999)
    型破・命(金剛不壊の華・d28675)
    双葉・翔也(ひよりみ傍観者・d29062)
    上海・いさな(巫月・d29418)

    ■リプレイ


    「自分を変えたいとかじゃなくてこいつ、ただ退屈な毎日に飽きて刺激を求めてるだけなんじゃないのか? もしそうだとしても気持ちは分かるから助けようとは思うけど」
     双葉・翔也(ひよりみ傍観者・d29062)は淡々と表情を変えることなく黒藤・伊波についての所感を述べる。
    「まあまあ、己れはこういう喧嘩大好きだぜ! 全力で行くとするかっ!」
     型破・命(金剛不壊の華・d28675)が拳と拳を突き合わせると、左角の鈴がチリンと音を鳴らす。
    「私を救って下さった皆様も、あの時今の私と同じ気持ちを抱かれていたのでしょうね……」
     武蔵坂の灼滅者達に以前救われたことのある上海・いさな(巫月・d29418)は、瞳を閉じながらしみじみと言葉を紡いだ。
    「黒藤センパイを救出するために戦闘が必要だって言うなら、やってやろうじゃん。死者が出る前にセンパイを止めないとな」
     クルセイドソードを左手に雨積・熾(烏龍茶・d06187)は、真っ直ぐ未来予測で伊波がやって来ると示された方向に視線を向ける。
     今はイフリートに闇堕ちしようとしているが、熾は同じファイアブラッドでクルセイドソードの使い手として、伊波に少しの親近感を覚えていた。
     東雲・由宇(終油の秘蹟・d01218)が殺界形成を、いさながサウンドシャッターを張って待っていると、その範囲内にコツコツとコンクリートを叩く足音が近づいて来る。
    「なぁ、最近ここら辺で暴れているのってお前のことか?」
     そう言いながら翔也は腰の鞘から日本刀を引き抜いた。
    「そういう貴方達はどなたでしょうか?」
     自分を知っている相手も、日本刀なんてわかり易い凶器を持っている相手も珍しい。
    「あなたと同じ力を持つ者、だよ」
     伊波の誰何にユリアーネ・ツァールマン(咎負の鳥・d23999)が答える。
    「その力はイナミ、あなたの身をいずれ滅ぼす力なんだ。でもその闇を払うためにはあなたと戦わないといけない」
    「わたくしと戦ってくれるのですか?」
     ダークネスの影響か伊波の瞳に理性の色が薄い。ユリアーネの言葉から『戦う』という単語に反応して無邪気に嬉しそうな笑顔を浮かべた。
    「いいぜ。己れたちがお前ぇさんの喧嘩相手になってやる! 己れは型破・命。あんたは?」
    「わたくしは黒藤・伊波と申します」
     命に促されるように名乗りを上げ、伊波の闘気に反応するように火の粉が舞う。
     熱気が夜闇を満たし、一触即発戦端が開かれようとしていた。


    「よう、今日は楽しく喧嘩しようぜ、思う存分な」
     伊波が武器を構えるのに先んじて、鏡・剣(喧嘩上等・d00006)が正面から突撃し、大剣の間合いの内側に踏み込む。
     剣の雷を纏った拳が地面すれすれから跳ね上がるように伊波を狙うが、伊波はそれを柄で受けて勢いを殺さずにそのまま後退した。
    「たあああっ!」
     伊波は着地すると同時に命との間合いを詰めて上段から唐竹割りを狙う。
     ダークネスの力が可能とする圧倒的な瞬発力による踏み込みに、命が反応することも出来ず一刀両断にされる直前、斬艦刀を掲げた神虎・闇沙耶(悪鬼獣・d01766)が間に入る。
     伊波の焔刃と闇沙耶の斬艦刀が激突して炎が爆ぜた。
    「くくっ、良い腕をしてるな。だが、お前の腕では俺には及ばぬ。『技』が無いからな」
     闇沙耶の言うとおり伊波の剣術は、間合いを詰める足捌きからして素人のそれではない。
     たぶん習い事の中に剣道か薙刀あたりの武道が含まれていたのだろう。
     しかしそれはあくまで人間の『技』である。
     地面を蹴る足も、斬撃に乗せるべき重さも、伊波はまだダークネスの莫大な力を持て余し制御できていないようだ。
     その動きの荒削りさから闇沙耶に動きを読まれ、斬撃を防がれたのだ。
    「いいわねその服装、何事も形から入るってのは重要だと思うし?」
     伊波が大剣を引く動きに合わせて由宇が入れ替わりに前に出る。
    「私達も全力を尽くすから、貴女も手加減なんていらないわよ。さぁ、最高の夜にしましょ?」
     由宇の抜き放った日本刀は、先ほどの伊波に倣うように大上段、重い斬撃を受けて伊波は一歩押されるように後退った。
    「こいつでケリをつけよう。どちらかがぶっ倒れるまで付き合ってもらうから、覚悟するんだな」
     レーヴァテインの炎を纏わせたクルセイドソードを構えながら、熾は伊波に接近する。
     2本のクルセイドソードが剣戟を繰り返す度に、剣閃をなぞるように炎が舞って夜を照らす。
    「自分を変えるっていうのは、それを自分で考えて、自分で決めなきゃいけないって事だと思う」
     横合いから体ごとぶつかるように突き出されたユリアーネの槍が伊波の持つ大剣の刀身に直撃する。
    「だから……見極めてほしいんだ。自分自身の、その力を……!」
     螺旋回転するユリアーネの槍と盾のように掲げた大剣の間で火花が散り、ユリアーネの一言一言に合わせて伊波を押し込んでいく。
    「わたくしは今まで流されるままに生きてきました。戦うことは痛くて苦しいです。でも、わたくしは戦うことで生きている実感を得られると思ったんです」
     ユリアーネの問い掛けに伊波は初めて理性的な言葉を返す。
     それが彼女自身の望みなのか、ダークネスによる影響なのかはわからない。
     それでもこれが今の彼女の意志であることだけは伝わってきた。
     伊波はユリアーネの槍で押され続けていた反動を利用して回転し、ユリアーネを下がらせるために横薙ぎに大剣を切り払う。
    「闇の後押しがあるとは言え、現状を変えたいと望んだ意志は人間としての貴女のものです。強く自分を持って下さい。貴女の闇は私達が祓います」
     いさなは防護符で闇沙耶の傷を癒やしながら伊波に呼びかける。
     ダークネスから力と同時に与えられる衝動と自分自身の境界が曖昧になっている伊波の姿は、いさなに過去の自分の姿を重ねさせられる。
     前に出てぶつかり合わないからこそ、いさなは伊波に声をかけずにはいられなかった。
    「確かに普通の日々は退屈だな。でも、これはお前のしたかったことなのか? 俺たちに勝ったとしてもお前には何も残らない」
     日本刀の柄を握った翔也の手首から影業が伸びて影の刃が刀身を伸長させる。
     斬撃の軌道を見誤った伊波を炎を纏った刃が掠めた。
    「空っぽなわたくしには何もありません。戦いの結果にも意味なんてないのかもしれません。だけど戦っている今がわたくしにとってはすべてです」
     純粋に戦うことに喜びを見出している伊波の瞳はギラギラと輝き、それに呼応するように腰布が炎上し、炎のスカートは彼女の衣装をより攻撃的な印象に変えていく。


    「楽しいねぇ! あんた、強いから凄ぇわくわくする! あんたはどうだぃ?」
     命の鬼神変で異形化した拳を、伊波は刀身で受け流し、命の体勢を崩す。
    「はい、わたくしも楽しいです!」
     伊波の返答は無邪気そのものだが、攻撃の手には一片の容赦もない。
     前のめりになった命の首を狙って光刃が断頭台のように狙いを定めた。
    「油断も隙もありはしないな」
     無防備なまま命が受ければ致命的な一撃だと判断した翔也は、影業と炎を駆使して急加速、命を体当たりするように突き飛ばすことで斬撃の軌道から逃す。
     翔也は身を捻りながら日本刀を切り上げて迎撃しようとするが、伊波の渾身の神霊剣は止まることなく翔也の意識を刈り取った。
    「その気概、嫌いじゃないぜ」
     灼滅者達の波状攻撃に目まぐるしく変化する戦場での立ち位置の中、剣は常に前進してその拳に伊波を捉えようとする。
     伊波もまた包囲されているにもかかわらず愚直に突進を繰り返す。
     攻撃のために接近する剣に対して、伊波もまた前に踏み出した。
     迎撃のために袈裟懸けに振るわれた大剣を、剣の炎を纏った拳が大きく弾く。
    「お嬢様育ち故に発散出来なかった鬱憤、ね。一人で抱え込むのは辛かったとは思うわ。だ・か・ら、今ここで、ぜーんぶ出し尽くしちゃえば?」
     剣に押されて間合いの空いた伊波の懐に、由宇が入れ替わりで踏み込んだ。
     伊波自身が放出している焔と、灼滅者達の攻撃で受けた炎で、伊波は既に火だるまのようだ。
    「不完全燃焼で終わるなんて事はさせないわ! さって、私も切り札叩き込ませてもらおうかなー!!」
     由宇が取り出したマテリアルロッドは、杖というよりは何かを密閉した筒のようだった。
     由宇がそれを伊波に叩き込むと、火の中に爆薬を放り込んだような眩いばかりの爆裂が巻き起こる。
    「獣に堕ちてはもったいないぞ。もっと戦いたいのだろう? 伊波!」
     転がるように吹き飛んだ伊波に、闇沙耶は炎の塊のようになった斬艦刀を振り下ろす。
     伊波は跳ね起きるようにして、それを受け止めるが、その重撃を支え切れずに膝をついた。
    「はぁぁぁっ!」
     攻撃の瞬間の衝撃はともかく、鍔迫り合いのようになってしまえば伊波と灼滅者達の膂力の差は圧倒的だ。
     膝をつき斬艦刀で押さえ込まれている状態から、伊波は闇沙耶を押し返して立ち上がる。
    「まだまだいくぜ」
     体勢を立て直した伊波に熾は飛び込みながらクルセイドソードを一閃する。
     それを伊波が受けることを布石として狙った足払い。
     アスファルトに炎の軌跡を残しながら迫るそれを伊波は大きく後方跳躍することで回避した。
    「イナミは空っぽなんかじゃないよ。こんなに戦うことを楽しんでるじゃないか。その選択を闇の力で間違ったものにしちゃダメだ」
     突き立てた槍を軸に、ユリアーネは刃の仕込まれたエアシューズで回し蹴りを繰り出す。
     夜を照らす炎、攻撃を繰り返す度にそれは大きくなり、時間が経つほど伊波の身を苛んでいる。
     体力は傍目にも残っているようには見えない。常に肌を焼く激痛が続いていることは想像に難くない。
     それでも伊波の動きは些かも鈍らない。伊波は這うような前傾姿勢でユリアーネの蹴撃の下を潜り抜けた。
    「その強い意志は紛れもなく黒藤さんのものです。私達はそれを手伝い、助けましょう」
     いさなはナノナノの宗近に指示を出しつつ油断なく前線の支援を続ける。
     手負いとはいえ伊波には翔也を一撃で無力化してしまうほどの力がある。
    「楽しい喧嘩じゃねぇか。これが終わったら己れと友達になろうぜ!」
     敢えて接近戦の距離で命の手刀から繰り出される神薙刃。
    「わたくしもこんなに全力で誰かと戦うのは初めてです!」
     風刃から逃れられないと判断した伊波は、衣装や皮膚を切り裂かれるのを厭わずそれを受けて耐える。
     更に魔炎によるダメージで意識が遠のきそうになるのを歯を食いしばって耐え切る。
     全身を包む炎が流れ込むように大剣の刀身から焔が迸り躍る。
     伊波に手刀を叩き込んだままの体勢の命に、今度こそ邪魔の入る暇もなく肩口から叩き斬る。
     火柱に飲み込まれるようにして命の巨体は前のめりに地面に倒れた。
    「かかか、楽しい喧嘩だったぜ、またやりあいてえもんだな。いつでもこいよな」
     もう伊波を支えているのは彼女の闘志だけなのだろう。
     拳を固めただ自分に向かって真正面から駆け寄って来る剣に対して、伊波は前に倒れるように覚束ない足取りで突進ともいえない突進を試みる。
     大剣による迎撃は間に合わず、剣の重い拳が直撃し、伊波は意識を失った。


    「今までの黒藤伊波は死んだ。これからは新しい黒藤伊波として自由に生きていいんだ」
     ほどなくして意識を取り戻した伊波に熾は手を差し伸べて立ち上がらせる。
    「あ、ありがとうございます……!」
     ダークネスの影響のなくなった伊波は、戦闘中と打って変わっておどおどした小型犬のような印象である。
    「死ぬかと思いましたわぁ……うう、それに素に戻るとこの格好はすごい恥ずかしいです……っ」
     衣装は戦闘の傷跡として所々破けており、伊波は自身を抱くようにして、その慎ましやかな体を覆い隠そうとする。
    「この世界にはイナミに起こったような闇の力がたくさん潜んでいるんだ」
     伊波が落ち着いたところでユリアーネはダークネスや灼滅者、武蔵坂学園について説明した。
    「この後どうするかは、自分自身で考えて決めてほしい。だけど、もし良く考えた上で私達と一緒に来るんなら……。私達は、あなたを歓迎するよ」

    作者:刀道信三 重傷:型破・命(金剛不壊の華・d28675) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月2日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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