琵琶湖大橋の戦い~糸の切れる時

    作者:牧瀬花奈女

     慈眼衆は苛立っていた。周囲にいる3人の僧兵達も、気持ちは同じだろう。
     琵琶湖の東西で争う、刺青羅刹・天海大僧正とご当地怪人・安土城怪人の戦いは、膠着状態に陥っていた。武蔵坂学園の灼滅者達が、安土城怪人が勢力を拡大しようとした時は天海大僧正に味方したが、天海大僧正が戦力を増強しようとした時はそれを阻止したためだ。
    「あいつらは一体、どっちの味方なんだ」
     吐き捨てるように言い、慈眼衆は手にした槍を擦る。
     しかしこの膠着状態はそれほど長くは続くまいと、慈眼衆は考えていた。
     安土城怪人の軍勢には、刀剣怪人やペナント怪人の他、アメリカご当地怪人やロシアご当地怪人、アンブレイカブルのレスラー、業大老配下と思われるアンブレイカブル、セイメイ配下と思われるアンデッドの軍勢が加わっている。
     だがこちらには、慈眼衆を始めとする天海大僧正の手勢の他、同じ刺青羅刹の鞍馬天狗の手勢、朱雀門高校の生徒やデモノイド、サイキックアブソーバー強奪作戦で撤退した軍勢の一部、九州の刺青羅刹・うずめ様からの援軍、HKT六六六の殺人鬼、HKT六六六の淫魔などが加わっているのだ。手数で負けはしない。
     琵琶湖を巡る戦いは、緊迫の度を高めていた。
     
    「天海大僧正と安土城怪人の戦いに、新たな局面が訪れたようです」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は、集まった灼滅者達に一礼するとそう告げた。
     二者の戦力は現在、拮抗している。ひとたび戦いが起これば、琵琶湖周辺は人の住めない地になってしまうだろう。
     その戦端が今正に開かれようとしているのだと姫子は言った。
    「間もなく琵琶湖大橋をはさんだ東西のダークネスが、橋を確保しようと互いに軍勢を繰り出します。その戦いが契機となり、両勢力の全面戦争となってしまうんです」
     この被害を減らす方法は三つある。
     一つ目は、琵琶湖大橋に集まっている軍勢同士が戦いを始める前に、その双方を、武蔵坂学園の灼滅者が制圧してしまう事だ。
     これに成功すれば、天海僧正の勢力も安土城怪人の勢力も、武蔵坂学園の動きを無視することができず、一定の条件で休戦を結ぶことになる。
    「これは最も平和的な解決方法ですが、戦力を二分するので戦いは困難になります。阻止に失敗した場合は、全面戦争になるでしょう。また、ダークネス同士が休戦を結ぶ事は、武蔵坂学園にとっては不利益になるかもしれません」
     二つ目は、琵琶湖大橋の東側、安土城怪人の軍勢を一方的に攻撃する事だ。
     これにより、琵琶湖大橋は天海大僧正側が制圧する事になる。そのまま安土城怪人の本拠地に攻め寄せ、雌雄を決してしまうのだ。
     戦況が不利となれば、増援に来ていた勢力の多くは撤退するため、安土城怪人の軍勢は敗走し、琵琶湖周辺は天海大僧正勢力が支配することになる。
    「戦場となる琵琶湖の東側で被害は出ますが、全面戦争に比べれば被害は殆ど無いと言って良いと思います。天海大僧正の勢力が強い力を得てしまうのがデメリットですね」
     三つ目は、琵琶湖大橋の西側、天海大僧正の軍勢を一方的に攻撃する事だ。
     こちらを選んだ場合、琵琶湖大橋は安土城怪人側が制圧する。後は二つ目を選んだ時と同じく、天海大僧正の本拠地に攻め入り、決着をつける事になる。
     こちらも戦況が不利となれば増援に来ていた勢力の多くは撤退するため、天海大僧正は本拠地に籠城して徹底抗戦した上で、灼滅されることになる。
    「天海大僧正の勢力が壊滅する結果になるのはメリットではありますが、天海大僧正の徹底抗戦により、琵琶湖の西側には大きな被害が出てしまいます。また、安土城怪人の勢力が強い力を得てしまうのも、デメリットとなるでしょう」
     どの選択が正しいという事はありません。姫子はそう言って、ふわりと笑みを浮かべた。
    「どちらの軍勢を攻めるかは、皆さんにお任せします。より良い未来に繋がるように、頑張ってくださいね」
     お帰りをお待ちしていますと、姫子は灼滅者達を見送った。


    参加者
    花凪・颯音(花葬ラメント・d02106)
    森田・供助(月桂杖・d03292)
    ソフィリア・カーディフ(春風駘蕩・d06295)
    ヘキサ・ティリテス(火兎・d12401)
    雨松・娘子(逢魔が時の詩・d13768)
    菊水・靜(ディエスイレ・d19339)
    清浄・利恵(根探すブローディア・d23692)

    ■リプレイ


     琵琶湖大橋の東側は、張り詰めた雰囲気に包まれていた。歩を進める度、ぴりぴりとした緊張感が肌を刺す。
     僅かな呼気すら気取られそうなその様に、花凪・颯音(花葬ラメント・d02106)はぴんと張られた糸を連想した。様々な思惑の重みで容易く切れそうな脆い糸。両陣営に集う者達は彼にとってどちらも等しく醜くて、吐き気がした。
     周囲に一般人の姿は見えない。その事に、ヘキサ・ティリテス(火兎・d12401)は安堵した。けれど全面戦争を阻止出来なければ、琵琶湖周辺は焦土と化すのだ。
     誰一人として犠牲は出させねェ。赤い瞳に強い光が宿った。
     戦場において、ソフィリア・カーディフ(春風駘蕩・d06295)は既に凛とした雰囲気を身にまとっていた。
     安土城怪人側を攻撃する事は、武蔵坂学園を襲った朱雀門高校を利する行いになるのかもしれない。そう思えば、ソフィリアの胸中は複雑だった。しかし今は悩む時ではない。仲間に続いて更に歩みを進める彼女の手には、しっかりと妖の槍が握られていた。
    「何奴!」
     鋭い声と共に灼滅者達の前に現れたのは、1体の刀剣怪人と3体のペナント怪人。未来予測にいた敵だ。
     ペナント怪人は刀剣怪人の後ろに控えているが、近接攻撃が届かない距離ではない。
     バイオレンスギターの弦をピックで弾き、雨松・娘子(逢魔が時の詩・d13768)が唇の端をにっと持ち上げた。
    「逢魔が時。此方は魔が唄う刻。さぁ演舞の幕開けに!」
     中衛へと位置を取る彼女の姿からは、普段の男性的な様子は消え去っている。
    「貴様ら、武蔵坂学園の灼滅者達か! 何をしに来た!」
    「一般人をダークネスの手から守りに来たよ」
     ペナント怪人の問い掛けに、シリェーナ・アルシュネーウィン(鳥籠の歌・d25669)が揺らがぬ声音で答える。前に出た菊水・靜(ディエスイレ・d19339)は妖の槍を閃かせ、螺旋の捻りを帯びた一撃でペナント怪人をうがった。
    「今度は天海どもに与する気か! 貴様らは一体どちらの味方なのだ!」
    「ボク達自身と、平穏を過ごす人々の味方さ」
     地を蹴り、清浄・利恵(根探すブローディア・d23692)はシールドでペナント怪人を力いっぱい殴り付けた。折角の忍装束だ。刀剣怪人、君を相手にするにはうってつけでござるよ――なんてねと彼女は装束の裾を翻す。
     怪人や天海側にすりゃ、どっちつかずの邪魔者に見えんだろうな。バトルオーラを両手に集めながら、森田・供助(月桂杖・d03292)は思う。
     けれど学園側の芯は動いていない。関係ない一般人を巻き込むのはいただけない。その一点においては。
     射出されたオーラがペナントを直撃し、怪人がよろめく。倒れる前に踏みとどまったペナント怪人は、頭に手をかざしビームを放った。狙いは颯音。付与された怒りの量は通常よりも多い。
    「こいつら……ジャマーです!」
    「厄介な相手だね」
     颯音の言葉を受けて、祝福の風を呼んだシリェーナが僅かに瞳を細める。
    「ええい! 天海どもの前に貴様らを始末してくれよう!」
     刀剣怪人が叫び、抜き放たれた日本刀が月のごとき衝撃を紡ぎ出した。


    「戦争始めるつもりだってンなら、まずオレ達が相手になってやらァ!」
     ヘキサのエアシューズに炎が宿り、ペナント怪人の腹をうがつ。燃え上がった炎を目印にしたかのように、ソフィリアは怪人との距離を詰めた。珊瑚をあしらったブレスレットをはめた手が、ペナント怪人の顎を打ち据える。
    「貴様らに、我らの大儀が分かるとでも言うのか!」
    「そちらの行動原理があるように、我々にも行動原理が、大義がある」
     刀剣怪人の斬撃を受け止め、靜は青の細身杖を構える。それを押し通させて貰おうかと、燃えるペナント怪人を杖の先で強かに打つと、流し込まれた魔力がペナント怪人の内側で暴れた。
    「籠目や囲め。終ぞ、出遣らぬ様……!」
     颯音が縛霊手の内に秘められた祭壇を展開し、結界でペナント怪人達を絡め取る。利恵がそれに続いて、冷たい炎を解き放った。
     ペナント怪人からビームが乱れ飛び、娘子とヘキサが怒りに捕らわれる。
    「回復はボクが」
    「頼む!」
     くるりとクルセイドソードを回したシリェーナに癒しを任せ、供助は蛍光色の液体を満たした注射器をペナント怪人に突き立てた。ぐっと喉の奥から呻くような声を上げ、ペナント怪人が爆散する。
    「今宵の聴衆は怪人の皆々様! このにゃんこ、一生懸命歌いますれば! 力の限り沸かしてみせましょう!」
     娘子がバイオレンスギターをかき鳴らし、紡がれた旋律が新たなペナント怪人を傷付ける。
     言って分からねェなら蹴ッ飛ばす、とヘキサはペナント怪人の横腹を蹴り飛ばす。蹴りは鋭く怪人をうがち、その身を紅蓮の炎で包んだ。
     間髪を入れず、ペナント怪人との距離を詰めたのはソフィリアだ。妖の槍が捻りを帯び、怪人の肩をえぐる。その拍子に、紅白の紐で結ばれた鈴がりんと澄んだ音を奏でた。
     刀剣怪人が刀を振るい、後衛に衝撃が解き放たれる。その直後、ぱん、と颯音から拍手が響いた。厄を退けよと高らかに呼び集められた霊力は、供助を優しく包んだ。血を流すヘキサへは、利恵からリングスラッシャーが飛ぶ。
     シリェーナから放たれたのは白光。破邪の斬撃はペナント怪人を斜めに切り裂き、その体を爆散させた。
     厄介なのはあと1体だなと、供助は最後のペナント怪人に蹴りを放つ。娘子がそれに続けてギターを振り上げ、ペナント怪人の頭部に叩き付ける。怪人は軽く頭を振ってから、お返しとばかりに娘子を投げ落とした。
     ヘキサがぽんと距離を詰め、ペナント怪人の腹を蹴り上げる。炎のともったその腹へ、ソフィリアが影を伸ばす。刃と化した影に切り裂かれて、怪人がぐっと呻いた。
    「これで、仕留める……!」
     靜の掌にオーラが集束し、凄まじい連打がペナント怪人を襲う。ぐらりと仰向けに倒れた怪人は、そのまま爆散し起き上がって来なかった。
    「なかなかやるようだな。だが……」
     刀剣怪人が収めた刀を抜刀し、きん、と銀の筋がほとばしる。
    「この刀剣怪人はペナント怪人ほど甘くはないぞ!」
     切り付けられた娘子が、小さく呻いてその場に倒れた。


     癒しが足りない。
     刀剣怪人との戦いの中で、灼滅者達はそう感じた。
     前衛に出た灼滅者達の中には攻めよりも守りと癒しを重視する者もいたが、刀剣怪人の重い一撃を癒し切るには力が足りない。灼滅者達の体には、治し切れない傷が少しずつ蓄積されつつあった。
     メディックが一人でもいれば違っただろうか。灼滅者達の脳裏にそんな考えが過る。しかしそう思う間にも、刀剣怪人は攻撃を仕掛けて来ていた。
     刀剣怪人がビームを放ち、靜が怒りに包まれる。
    「すまないが、回復を頼みたく」
    「分かりました」
     黒塗りの槍で刀剣怪人をえぐる靜に、颯音は拍手を打ちオーラを癒しの力に転換した。
    「ご当地を巻き込む全面戦争とは、君たちはご当地怪人としての最後の誇りすら見失ったかい」
     そう言う利恵のリングスラッシャーが宙を舞い、刀剣怪人の喉元を裂く。怪人からの答えは無かった。シリェーナが喉を震わせて、歌姫のごとき声を響かせる。
     供助は刀剣怪人の脇へと回り込み、その腹を蹴り飛ばした。ヘキサが後ろから同じ蹴りを放つ。もう幾度目になるか分からない炎に、刀剣怪人の体が強く燃え上がった。
     音も無く伸びたのはソフィリアの影。ばくりと刀剣怪人を頭から呑み込むと、少し金属質な音がした。
     現れ出たトラウマの攻撃に僅かに怯みながらも、刀剣怪人は刀を振りかざした。刃に冴えた月の輝きが宿り、颯音の意識を刈り取る。
     靜がマテリアルロッドで胸を打ち据え、魔力の奔流が刀剣怪人を襲う。ほんの少し体勢を崩した隙を逃さず、利恵はシールドで怪人の頭を殴り付けた。
     シリェーナの手が弧を描いて、紡ぎ出された魔力の矢が刀剣怪人の肩に突き立つ。供助が同じ場所に、注射器を突き刺した。
     ヘキサの白いエアシューズが刀剣怪人の足をえぐり、懐に潜り込んだソフィリアが顎を打ち上げる。
    「なんの、これしき!」
     刀剣怪人が足を踏ん張り、体勢を立て直す。上段の構えからまっすぐに振り下ろされた斬撃に、利恵は武器ごと切り裂かれてその場に倒れ伏した。
     これで戦闘不能者は3名。灼滅者達の間に、緊張が走った。
     まだ負けてはいないと、靜が拳で刀剣怪人の腹を打つ。ぐっと小さな呻きが上がった。シリェーナは強く、静かに歌声を響かせる。姿勢が僅かに傾いだところに、供助が炎の蹴りを見舞った。
    「火兎の牙、見せてやるよォ……!」
     ヘキサの足元で、エアシューズのホイールが高速で回転する。その刃ごと、テメェを喰い千切る――吼えるような声と共に繰り出された一撃は牙のごとく刀剣怪人の横腹をうがち、その身を包む炎を更に厚くした。
    「見事だ。だが……一歩こちらの方が上だ」
     刀剣怪人は日本刀を構え、その刃を真横に振り抜く。月の光を思わせる衝撃に、ヘキサが膝をつき、そのまま崩れ落ちた。
     4名。灼滅者達が事前に撤退を決めたラインに、戦闘不能者が届いた。
    「まだ行けるか?」
    「ええ、勝てます!」
     仲間へ呼び掛けた供助に、ソフィリアが首を縦に振った。こちらの消耗も激しいが、刀剣怪人も深手を負っている。残る力を集結させれば、このまま押し切れる筈だ。
     ソフィリアの槍が刀剣怪人をえぐり、靜の拳の連打がそれに続く。刀剣怪人の頭の刀に、小さく亀裂が走った。
     シリェーナはその亀裂めがけて魔法の矢を放つ。亀裂が大きくなる、ぴしりという音。供助は一足で刀剣怪人との距離を詰め、胸に注射器を突き立てた。毒薬が直に流し込まれ、ぐ、と怪人が呻くような声を上げた。
    「グローバルジャスティス様に栄光あれ!」
     張りのある声でそう叫び、刀剣怪人は爆散した。


     続けての戦闘は無理だ。
     戦いが終わった後、誰からともなくその声が上がった。
     重傷者はいないとはいえ、半数が戦闘不能。連戦をこなせる状態ではない。
    「この戦い、どうなるんでしょうね」
    「とりあえず、学園に帰ってみないと分からねぇな」
     武器を収めながら言うソフィリアに、供助がそう返す。多勢力の入り乱れた戦い。その結果がどうなったのかは、未だ分からない。
    「追撃が来る前に、戻った方が良いと判断する」
    「そうだね」
     靜が言い、シリェーナが頷いた。
     倒れた仲間に手を貸して、灼滅者達は帰途に就く。
     幸いにも、追って来る敵の声は聞こえない。風の吹く音が、戦いの熱気を冷やして行った。

    作者:牧瀬花奈女 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月1日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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