あの人を一言で表わすと……冷麺が好きな人だった

    作者:空白革命

    ●そして影の薄い人だった……。
     突然だが、夢野・ゆみか(サッポロリータ・d13385)は冷麺派である。
     むろんこれは焼き肉のシメを何にするかという話であり、冷麺しか食わない偏食家というわけではない。たまに三杯くらい食ったりするので、偏食っちゃ偏食なのかもしれない。つーかタンやミノをがつがつ喰ったあと冷麺でシメるとかこの子絶対小学生じゃないよ。
    「そんな私は今、日本冷麺の生地盛岡へ来ているのでした……っと。あ、とりあえずタン一人前ちょーだいですぅ!」
     ゆみかは岩手県盛岡市某焼き肉に入り、席について注文をとっていた。
     おしぼりで手を拭き、さーてシメの冷麺が楽しみだぞと思ったところで、隣の席と目が合った。
     っていうか、隣のご当地怪人と目が合った。
    「あ、どぉもですぅ」
    「どうも」
     ご当地怪人は懐に手を入れると、素早く名刺を取り出してきた。
    「わたくし、盛岡冷麺怪人でございます。盛岡の冷麺で世界を征服するのが夢で……」
     パステルカラーとラメシールばりばりの名刺を返すゆみか。
    「あっ、ご丁寧に。ゆみかは札幌のご当地ヒーローで、武蔵坂学園に通ってますぅ」
    「北海道から東京ですか、ご実家も遠いと大変ですね」
    「いえいえー」
     そうしていると、切りそろえたタン肉の皿が運ばれてきた。
    「上タンのお客様ー」
    「あっ、こっちこっち。じゃあおさきですぅ」
     ゆみかはちょっと前に教わった焼き方を実践しつつ、タンをネギ塩またはレモンで頂く贅沢な楽しみ方をしはじめた。
     一方。
    「冷麺のお客様ー」
    「あっ、自分です」
     冷麺怪人はのっけから冷麺を注文し、まずは辛さ抑えめで食べ始めた。
     麺類としての冷麺はパスタに近く、小麦粉と片栗粉をこねて作られる。
     そのためコシが強く固め。ずずーっと啜ってぐっと噛みきる感覚は、日本人ならたまらないはずだ。
     そしてスープは薄味。それはメインがキムチだからだ。
     白菜だったりニンジンだったり色々だが、盛岡を出身とする盛岡冷麺は決まって大根。この大根の先を使うか根元を使うかで舌先における辛さが変わり、いわゆる大根おろしの選別に近いバリエーションをとることができる。
     冷麺怪人が選んだのは根元大根のキムチを僅かに入れたもの。お店のルールで麺はおかわりできるというものがあり、彼はそれを頻繁に利用していた。
     つまり一杯目は麺の味を楽しむためキムチ無し。二杯目は僅かに入れ、三杯目からはガッツリ入れる。
     四杯目からはキムチが薄くなるので思い切って辛い先端大根のキムチを入れはじめ、グラデーションのように味を変えつつ最後はスイカを投入し、その特殊な風味を思い切り堪能しておしまいにするという冷麺づくしだった。
     食った冷麺の玉数もすごいもので、何十玉食べたか分からない。
     盛岡冷麺は朝鮮料理の冷麺と決定的な差別化が図られており、ジャガイモデンプンの平壌冷麺やスープのない咸興冷麺という違いがある。
     冷麺といえばジャガイモ製と思っていたゆみかはこの違いにびっくりしたものだが、いざ食べる段階になるともうワクワクしか残っていない。
    「さ、それじゃあ極めつけの冷麺いってみるですぅ!」
     いやっほうという気持ちで注文するゆみか。
     すると定員は。
    「すみません、冷麺は品切れで」
    「えっ……」
     隣で、冷麺怪人がごちそうさまをした。
     最初から最後まで冷麺づくしで冷麺だけ食べて帰って行った。
     ゆみかはどうもどうもと形だけ挨拶し、店を出て、呆然とした足取りで駅まで歩いたところで――ハタと気づいた!

    「あっ、あれご当地怪人だった!」
     
    ●ばか! あの人は冷麺が店に無かったらブチギレるんだぞ!
     ゆみかは、そんなことをエクスブレインに語った。
    「なるほど。それは最近活動しはじめた盛岡冷麺怪人に間違いないですね」
    「盛岡冷麺怪人……」
    「元々ご当地ヒーロー柏木レイという名前だったのですが、影が薄すぎて誰にも気づいて貰えずいつの間にかご当地怪人になっていたそうです。でも影の薄さは健在で、悪いことをしてもあんまり気づいてもらえないから腹いせに店の冷麺を食い尽くして帰るという嫌がらせを続けているとか」
    「冷麺さん可哀想ですぅ……」
     まあ勿論戦って倒すこともできるし、みんなで囲んで棒で殴れば負けないんじゃないかなあくらいには思うが……。
    「彼を闇堕ちから救う確実な手段として、彼と共に美味しく冷麺を食う……というのあります」
    「それは!?」
     ギランとゆみかの目が光った。
     一緒に聞いていた灼滅者たちの目も光った。
     前にそういうことがあったからだ。
    「魂を交わし、心を交わし、冷麺をかわす。そうすることで彼が皆に気づいて貰えなくてもいいからと続けようとした冷麺の本当の価値を共有することができ、彼の魂を救うことができる……と、思います、たぶん!」
    「たぶん!?」
    「たぶんぜったい!」
    「たぶんぜったい!?」


    参加者
    衣幡・七(カメレオンレディ・d00989)
    月舘・架乃(ストレンジファントム・d03961)
    皐月森・笙音(山神と相和する演者・d07266)
    夢野・ゆみか(サッポロリータ・d13385)
    焔城・虚雨(フリーダム少女・d15536)
    龍造・戒理(哭翔龍・d17171)
    埼武・州斗(ブッシュマン・d23806)
    鳥居・薫(影照らす光たれ・d27244)

    ■リプレイ

    ●冷麺を知らない人に説明するときは『爽やかなスープスパ、キムチいり』と言おう。
    「冷麺ご注文のお客様ー」
    「あー、こっちこっち。ていうかみんなよね」
     衣幡・七(カメレオンレディ・d00989)は店員にぱたぱたと手を振って、手を拭いていたおしぼりを畳んで脇にやった。
     冷麺をのせたトレーが順番に置かれていく。
     その瞬間から、七は冷麺がどういうものかを知った。
     これは冷麺というものを食べる誰もが感じることだ。
    「まじか、これが……」
     鳥居・薫(影照らす光たれ・d27244)もそれに気づいたようで、ちらりと七の顔を見た。
     冷麺。
     焼肉屋という一見ぎとぎとした店にあり、冷やしラーメンみたいな造形をしたそれを、こってり系の食い物だと思うものは少なくない。
     現にそういう冷麺は存在しているしそれはそれで美味しいが、焼肉屋の、それも盛岡の冷麺は……。
    「さわやかだぜ……」
     薫はぱっと目を輝かせて言った。
     当然である。まず立ち上るのは冷麺が浸ったスープの香りだ。酢と柑橘系の香りが鼻を通り、脳の側面から出て行く。そんな幻影にとりつかれる。
     当然その中にはキムチの香りもあり、つんとしたキムチ香辛料独特の香りが鼻の奥に残り、自然と舌に唾液を溜め始める。
     そのさわやかさたるや、こってりした焼き肉の油を振り払うにはもってこいなのだ。
     かつての盛岡ヤングたちが『一度食べたらヤミツキ』と言い始めたのも頷ける。焼き肉のシメには、確かにこれが最適だ。
     皐月森・笙音(山神と相和する演者・d07266)はその辺慣れているようで、てきぱきと麺をまぜはじめていた。
    「辛いの苦手な人は辛み別にしてありますよね」
    「うん、私は辛いの隙じゃ無いから……二つくらいでいいかな」
     月舘・架乃(ストレンジファントム・d03961)がキムチを入れあぐねている。
     笙音はにっこりと笑った。
    「そういう場合は、いっそ入れずに食べてみてください。そのままでも多少はからいですから」
    「そっか、だよね」
     試しにそのまますすってみる。
     確かに辛い。でもぴりっとするだけで、後に引く辛さじゃ無い。というより、フルーティーな味わいだけが後に引き、むしろ甘いという印象すら受けた。
    「やっぱり盛岡冷麺は美味しいなー」
     盛岡冷麺はちょっと前に大きなイベントで出店して以来日本中に広まったが、やはり本場盛岡の冷麺となればひと味違う。具体的にはキムチとスープが違う。
     架乃は知らずに笑顔になっていた。
     その顔を見て満足げにする笙音。
    「ちなみに僕のはがっつり大辛です」
     にこにこしながら冷麺に箸をつける。
     キムチソースと冷麺スープが混じり合った中に麺を一度ひたし、すくい上げるようにする。
     角張った麺とスープがつややかに絡み合い、光を照り返す。
     笙音はすかさずそれを加え、一気にずずっとすすり込んだ。
    「あーっ! 冷麺食わねばけってきた気がしねー。冷麺だばなんぼでもくぇるっ」
     ものっそ地元弁に戻しつつ、笙音は狂ったように冷麺をかっ込みまくった。
     彼が店に入る前にすごいキラキラした目で語っていたことだが、岩手のヤングマンは韓国旅行の帰りに盛岡冷麺を食う。朝鮮の冷麺と比較するためというのもまああるが、朝鮮から伝来したものでありなが岩手県民ひいては日本国民にマッチした食べ物である盛岡冷麺を通して『ただいま、俺!』という感動を味わうのだ。
     まだマイナーだが盛岡冷麺はインスタント食品としても販売されており恐らくお近くのスーパーなんかでも購入することができる。気になったら是非食べてみよう。
    「はー、前回の心残りをはたすことができましたですぅ」
     夢野・ゆみか(サッポロリータ・d13385)はほへーっとした顔で息をついた。
     キムチの辛さはワサビやカレーのそれと比較して高い清涼感をもつ。
     だからこそスイカや梨といった水っぽいフルーツの付け合わせがマッチするのだ。
     まあ実際の話、瓜とキムチはマッチするものだし、キュウリをはじめとした瓜類がキムチになるのは割と自然の流れなので、合わないはずが無いのだ。
    「あっ、でも……スイカの乗せすぎはいけませんか~?」
    「そんなことは、ないんじゃないですかね。ぼ、僕個人の意見ですけど……冷麺にマナーなんてものはないですし、美味しく食べたい人に美味しく食べさせるのが、盛岡の冷麺だと思っています。だからもっと新しい……たとえばフルーツジュースに浸った冷麺が開発されたっていい。逆に豚骨スープやカレーに沈んだ冷麺が開発されたって、僕はいいと思っています。最初の開発者にそむくことになりますし、それを盛岡冷麺と呼べるかっていう議論は当然うまれるでしょうけれどそれが盛岡冷麺の発達と発展だと思って――」
    「私は辛さ無しではじめてみよっと……ふむ、コシの強さがすさまじいわね」
     なんか喋ってる人を無視して焔城・虚雨(フリーダム少女・d15536)は冷麺をすすってみた。
     よその冷麺、つまり朝鮮の平壌咸興冷麺との違いをごくごく単純に……そして誰にでもわかりそうなネーミングで説明しよう。
     平壌咸興冷麺の別名は『冷やし中華』である。
     そうそう。その冷やし中華。夏になると始まるやつ。
     あれを西日本では往々にして冷麺と呼んでいる。
     丸くて細い麺と、酢やらごまだれを中心としたスープと一緒にいただくもにゅっとした食感の食べ物である。
     対して盛岡冷麺はごっつい四角の太麺で、さっぱりキムチスープで輪ゴムかなってくらい硬いコシと滑り込むようなつるっとした食感が特徴なのだ。
     冷麺を冷やし中華の親戚くらいに思った薫の判断は、そういう意味では正しいということになる。
     そんなもんだから、初盛岡冷麺だった虚雨は『えっこれ冷麺? 冷麺でいいの?』という感想が初っぱなに出たりした。
     だが同時に、『この方がいい』とも思った。
     なぜなら冷麺と一緒に焼き肉も食べていたからだ。
     焼き肉。それも日本の肉はやわらかい。特殊な部位でないかぎり、ほくっと噛み千切れてしまうものばかりだ。欧米から来た人に和牛を喰わせると『オウマイガッ……』と言われること必至である。
     なので、口はどうしても歯ごたえを欲してしまう。
     なんかこう、グッとかみ切りたい。そうやってシメたい。そんな気持ちにかられるのだ。
     しかも口の中は脂っこいし、ミントガムでも噛んで誤魔化しちゃおうかなーというのが一般的なスタイルなわけだが……そこへきてのこの盛岡冷麺。歯ごたえはあるは爽やかだわで言うことなしなのだ。しかもキムチの刺激が腹にグッときて、肉の重さを反射的に和らげてくれる。
    「うーわっ、何倍でも行ける気がする! これ経費でおちるかな!」
    「残念ながら我々に経費は無い。というか、行政が灼滅という行為を職業として認めていない」
     埼武・州斗(ブッシュマン・d23806)はそう言いながら淡々と肉を焼いていた。
     当然冷麺は食うつもりだが、焼肉屋に来たブッシュマンが焼肉を焼かなかったらそりゃ存在が消滅するといっていいくらいの出来事である。というわけで、世界がそうであるように、州斗は肉を焼いた。シメに硬いものを喰うことを想定して、柔らかい肉を選んでだ。
     虚雨がやたら盛岡冷麺のコシにグッときていたのも、実はこの辺が効いてのことだった。そしてそれを黙ってやるのが、州斗と言う男である。
    「あっ、俺も! 俺も肉頂戴! 焼肉のにおいやっばいよな!」
     薫がソッコー食いついてきたので、州斗は黙って彼の更に肉をとりわけた。
     かなりバランスを考えて配分しているが、それについて書けば五千文字でも足らないので割愛しておく。
     そんな様子に、龍造・戒理(哭翔龍・d17171)が小さく咳払いをした。
    「俺も、いいか」
    「勿論だ。とってやる」
     更に盛られた肉を食べてみる。
     油の甘み、こってりと、しかしじんわりと舌の上でとける肉。
     噛むどころか舌で押しただけでちぎれるような肉。
     戒理はしばしその感覚に酔い、浸った。
     冷麺を喰うには焼き肉から。
     そう自分に言い聞かせていたからだ。
     久しぶりのマトモなご飯だから焼き肉と白飯で人間火力発電所をしたかったわけではない。
     誰が言っていたわけではないが、美味い肉を食っている間人間は幸福でいられる。場合によっては世界平和すら可能なアイテム。それが肉なのだ。ちなみに日本からあげ協会のテーマも世界平和である。世界中の人がせーので唐揚げを食べたなら、その瞬間はどう考えても世界平和が訪れている。そういう思想のもと運営されている。話がめっちゃそれた。
     まあつまり。
     戒理は今、一人世界平和状態にあるということだ。
     そんな彼の元へ、冷麺が運ばれてくる。
     ある程度食べた後でようやく冷麺、といたいのだ。
    「どうだろう、レイ。この麺の良さを語ってはくれないか。ただ『うまい』で済ますところにうんちくを並べるのはいささか野暮かもしれないが、俺は料理の拘りまで含めて食べてみたい」
    「あ、ああ、僕でよければ。でも困ったな、冷麺の良さとざっくり切り分けるのは難しいんです。だって小麦粉と片栗粉によるコシの強い麺というだけで語り終えてしまうから……。でもあえてこの店単体で述べるなら、小麦粉の種類ですね。まず製麺を一日二回行なっています。朝と昼。とうぜんできたての麺ですから美味しいんです。どのくらいかっていうと麺だけをすすってもしっかりと小麦の味が活きていて、なんだか美味しいパンを食べているような気持ちになるほどです。それをあえて味の濃いキムチの中に――」
    「いただきます」
     なんか喋ってる人を無視して冷麺をずずっとすする州斗。
    「……うまい」

     うまい。本当にうまい。
     うまさと辛さの同時攻撃だ。口の中が盛岡だ。
     なるほど地名をつけるのもうなづける。
     おっ……辛くなってきたぞ。
     からい、とても辛い。
     汗が噴き出る。まるで噴水だ。
     汗を拭きながらすする冷たい麺っていうのもいいもんだ。
     これはファンになる。
     五十年前の盛岡ヤング……よくやった。
     ――以上、孤独のレイメンより。

    ●インスタントの盛岡冷麺はキムチソースが別口で付いているが、入れなくてもそれなりに辛い。全部入れるとハンパなく辛い。ちょいちょい入れながら自分の好みを探っておこうね!
     さてさて。
     焼肉屋でいい感じに肉を食い、冷麺を食い、ついでにマンゴープリンや抹茶パフェを食い、いい感じに喰えや喰えやした一向。
     クールダウンにカフェにでも……とはならず、若さと勢いに任せてそのままカラオケへGOした。
     よくあるカラオケのチェーン店ではなく、個人経営っぽい小さなところである。
     そこへ入って、おのおのナウくてイケイケでゲキヤバな時間を過ごしていると、レイがそっと注文用の受話器を手に取った。
    「冷麺九人前お願いします」
    「何……ここにも冷麺があるのか」
    「あ、はい……さっきとは、違うものが来ると思います」
     やがて運ばれてきたのは。
    「梨きたあぁぁぁぁぁぁっ!」
     笙音のテンションがガチ上がりした。
     何を隠そう笙音は梨入り冷麺が大好きだ。
    「おめさん梨入り隙か? どっちもうめえのは当たり前だっども特に好きなんは梨だな!」
    「あ、はい……最近ではメロンなんかもいいかなって思い始めて来ました」
    「あー、あー!」
     テンションMAXの笙音がレイの肩をバッシバシ叩いて笑った。登録もされてないのに『お寿司の遊園地』の歌を肩を組んで歌い始めていた。なんなのこいつら。めんこいテレビ見てた人なの?
     その姿を見て、ゆみかは目尻をぬぐった。
    「本当は、冷麺広めたいんですよね~。でも全部食べちゃったら広まらないですよ~? 急がないでゆっくりやるといいのですぅ」
    「そうだ。ご当地は一日にしてならず。例え影が薄かろうと、必ず盛岡冷麺の礎となっているはず。先駆者たちのようにな」
    「そ、そうですかね……」
     汗を拭きながらぺこぺことするレイ。
    「そうそう、それにね」
     七は梨冷麺すすりながら言った。
    「食事って、沢山の人と一緒に食べるのも美味しいわよ。おいしさや拘りを話し合える人、いたらいいでしょ。例えばあたしの拘りは美味しいものをみんなで一緒に食べること。笑顔で。そんな場所があったら、素敵でしょ」
    「あ、ありますかね……僕にも」
    「あるわよ。学園にいらっしゃいな」
    「僕にも行けますかね……」
    「大丈夫だよ!」
     ぱちんと手を叩く架乃。
    「影薄いからって堕ちてちゃダメだよ、みんなは冷麺のおいしさ知ってるんだし、いじけてないでヒーローに戻ろうよ」
    「えっ……?」
    「んっ……?」
     架乃とレイは顔を見合わせた。
    「あれ、まだ、戻ってませんでしたっけ」
    「っていうか、いつからいたんだっけ」
     二人して頭を抱えた。
     最初からいたような、途中から混ざったような、そうでないような。
     いまいち思い出せない。
     そもそも盛岡冷麺怪人って、見た目がグレーのビジネススーツに面長の顔っていう、割とその辺にいるサラリーマンみたいな風貌だから見つけづらいったらないのだ。東京のスクランブル交差点とかに放ったら一秒で見失うような人物である。
    「……なら、この後戦っておくか?」
     戒理が冷麺から顔を上げて言った。かなりからいものを食べている筈なのに表情が余り変わらない。
     それに、カラオケボックスの中だからってさらっとビハインドの蓮華を出して並んで食べていた。
     いい……のかな? いいか。ま、いいか。
    「よっし!」
     冷麺どころかポテトやウィンナーまで喰っていた虚雨が、手を払いながら立ち上がった。
    「美味い肉も食べたし、やっちゃうか!」
    「いや、もうちょっとだけ……」
     手を翳してまったをかけるレイ。
     ガクッとつんのめる彼らを背に、レイは冷麺にものっそキムチを投入した。
     激辛も激辛。当初ゆみかが見ていなかった冷麺食いつくしツアー終盤のペースに、彼は入っていた。
     それまでの気弱さや軟弱さからは想像できないペースで、がつがつと冷麺をすすり上げていく。
     目をカッと見開き、顔は赤く蒸気し、心なしか身体からも湯気がたっていた。
     そして冷麺を完食し、スープを飲み干す。
    「ハァ……」
     そうやって吐いた吐息は、炎のように熱かった。
    「やりましょう。いや――」
     人が変わったような目つきで、彼は言う。
    「灼滅(ヤ)ろうぜ!」

     この後、文字にして一万文字くらいの凄まじくアツく激しいバトルが繰り広げられた。
     お互いをフェイバリットしあいながら、互いの全力をぶつけ合う。時につぶし合い、時に励まし合い、時に支え合い、時に壊し合い、最後には手を取り合い、互いの健闘をたたえた上で……盛岡冷麺怪人は倒された。
     彼が新たなる灼滅者柏木レイになったことは、言うまでもあるまい。

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年9月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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