女子高の王子様を討て!

    作者:ライ麦

     この学校に王子様が転入してきたらしい。もちろん本物の王子様ではない。そもそもここ女子高だし。だが、どう先生を説き伏せたのか、転校生の彼女はいつも王子様の格好をし、王子様のような振る舞いをし、数々の生徒を虜にしている、と最近もっぱらの噂なのだ。友達も最近は熱に浮かされたように「王子様王子様」と連呼しているし。
    (「ばっかばかしい。王子様って言ったって、単なるコスプレでしょ? そんなのに夢中になるなんて……」)
     友人への怒り交じりにそんなことを考えながら階段を降りていたら、階段を踏み外してしまった。
    「あっ……!」
     やばい、このままじゃ落ちる! 落ちる! 落ち――あれ?
     いつまで経っても衝撃はやってこない。代わりに感じるのは、優しくて暖かな感触。
    「大丈夫かい?」
     そう耳元で囁かれ、瞑っていた目を開ける。王子様だ。童話に出てくるみたいな王子様が微笑みながら、自分を抱きとめていた。なんか薔薇が周囲に舞っている様な錯覚すら覚える。
    「あ、は、はい! だ、大丈夫……です……」
     思わず敬語になってしまう。なんだか頬が熱い。この人が噂の王子様だろう。さっきまで単なるコスプレ女とか思ってたのに、なぜか胸がドキドキする。ドギマギしながらもとりあえず一歩踏み出そうとしたその時、
    「痛っ!」
     足首に痛みを覚え、座り込んでしまった。
    「どうしたの?」
    「あ……その、さっき捻っちゃったみたいで……」
    「そんな、大丈夫じゃないじゃないか! 保健室に行こう」
     そう言うが早いか、彼女はさっと私を抱えあげる。お姫様抱っこで。
    「へ!? そ、そんな、これで保健室に行くの……?」
    「当たり前じゃないか。歩くと痛むだろう? お姫様を、放ってはおけないからね」
     そう言ってウインクする王子様。そんな、「お姫様」なんて……! イケメンよりイケメンじゃないの……! もう、好きにして!
     ついさっきまで痛いコスプレ女とか思ってたのも忘れ、「王子様」にしがみつく。
     こうしてまた一人、「王子様」の前に陥落したのだった。

    「まぁ、この『王子様』が淫魔だってことは、皆なら察しがつくと思うけれどね」
     一人の少女が陥落したいきさつを語った後、野々宮・迷宵(中学生エクスブレイン・dn0203)はそう言って嘆息した。そう言う迷宵自身も、長い髪を纏め、王子様コスに身を包んでいる。
    「改めて説明しよう。エクスブレインの未来予測が、灼滅者の宿敵であるダークネスの行動を察知した。そのダークネス、淫魔の名は王子ハルカ。彼女は、今とある女子高に潜り込んで、王子様のように振る舞っては女の子達を次々に落としていっているんだ」
     一種のゲーム感覚でやっているのだろう、と迷宵は言う。最終的な目的は、その王子様力でもって全ての生徒を篭絡し、学校を支配することらしい。
    「淫魔のやることだし、放っておくわけにはいかないね。どうか、王子ハルカによる学校支配を食い止めて欲しい。それが、今回の依頼だよ」
     続いて、詳しい説明に移る。
    「ハルカはいつも王子様の格好をしているからね。他の生徒は皆制服だし、見つけるのは簡単だろう。ただ、普通に近づくだけだと彼女のバベルの鎖に引っ掛かってしまう」
     なので、どうするか。
    「こっちも王子様作戦でいこう。誰かが『第2の王子様』として潜り込んで、王子様のように振る舞うんだ。ちょっと卑怯かもしれないけど、各種ESPを使ってもいい。それによって生徒達の関心がこちらに向けば、ハルカも冷静ではいられない」
     その際、複数で王子様役をやっても構わない。ただ、あまり多すぎても怪しまれてしまうので、多くても2、3人くらいがベストだろう。王子様役やる人以外は取り巻きを演じたりするといっそう「らしさ」が高まって良いかもしれない。
     なお、舞台は女子高。男性が参加する場合は女装するなどの対策がいる。男性が王子様役やる時は女装した上からさらに男装するというややこしい事態になるが。ともかく。
    「『第2の王子様』が自分にとっての脅威になると判断すれば、ハルカはライバル心に駆られて決闘を申し込んでくる。その時がチャンスだ」
     ちなみに決闘を申し込む時は様式に乗っ取って白い手袋を投げつけてくるらしい。
    「決闘の場所には学校の屋上を指定してくるよ。背の高いフェンスで囲まれているし、落ちる心配はない。それなりに広さもあるし、戦いやすいだろう。……ただ」
     ただ、戦闘になると、特に自分に心酔し、配下となった女子3人を呼び出す。いずれもハルカによって改造された強化一般人だ。
    「彼女達は改造されてまだ日が浅いからね。そんなに強くないし、KOすれば元に戻る。けれど、心底ハルカに心酔しているから、戦闘中彼女達に何か呼び掛けても、心に届くことはないだろう」
     加えて、ハルカを守るために連携のとれた動きで襲いかかってくる。二人がディフェンダー、一人がジャマーのポジションで。ディフェンダーの二人がWOKシールド、ジャマーが契約の指輪のサイキックを使ってくるらしい。なお、ハルカ自身はクラッシャーだ。
    「ハルカはサウンドソルジャーのサイキックと、それからクルセイドソードに似たサイキックを使ってくる。どちらかというと、クルセイドソードのサイキックを好んで使うようだね」
     なお、ハルカも配下も、王子様のような格好、振る舞いをした者を優先して攻撃してくる。上手く利用すれば戦況を有利にできるだろう。戦闘時に王子様の格好をするのは何人でも構わない。
    「制服は必要な分だけ用意するし、王子様服もこちらで用意できるよ。服に関しては心配せずに、どうか偽の王子様を退治してきてくれ。頼んだよ」
     そう言うと迷宵は王子様コスのまま恭しく頭を下げたのだった。


    参加者
    忍長・玉緒(しのぶる衝動・d02774)
    鈴鹿・夜魅(紅闇鬼・d02847)
    ファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)
    北斎院・既濁(彷徨い人・d04036)
    白伽・雪姫(アリアの福音・d05590)
    御厨・司(モノクロサイリスト・d10390)
    月光降・リケ(太陽を殺す為に彷徨う月の物語・d20001)
    姫川・小麦(夢の中のコンフェクショナリー・d23102)

    ■リプレイ

    ●潜入前に
    (「ゲーム感覚で多くの人を惑わす。そんなものは王子ではない。ただの唾棄すべき下種よ」)
     忍長・玉緒(しのぶる衝動・d02774)はきっと校舎を見据えた。偽の王子が許せない。その想いは姫川・小麦(夢の中のコンフェクショナリー・d23102)も同じ。
    「ぜったいにてきをたおすの。ほんものの王子様はがっこうをしはいなんてしないもん!」
     ぷんぷんと両拳を握り、憤りと気合を示す。小麦自身、かつてお姫様になりたくて闇堕ちしかけただけに、王子様への憧れは強い。だから王子様を騙り、誘惑する淫魔には我慢ならなかった。「王子様」のイメージを穢し、貶めるものだから。
     王子様への憧れは小麦だけではない。
    「一度王子様やってみたかった。がんばる……」
     そう語るのは白伽・雪姫(アリアの福音・d05590)。彼女は「第2の王子様」として潜入し、淫魔の気を引く大事な役目を担っていた。月光降・リケ(太陽を殺す為に彷徨う月の物語・d20001)も王子様役だ。だが、リケの気持ちは雪姫とは違うようで。
    「王子様、ねえ? あまり気乗りはしないのだけど、ダークネス灼滅のためには仕方ないですね。演劇のつもりでやりましょうか」
     軽く肩を竦める。同じ役でも二人は対照的だ。
    「ああ、任せたぜ」
     北斎院・既濁(彷徨い人・d04036)は二人に頷いてみせる。彼は他の仲間とは別行動するつもりだった。女装はできなかったんだ、うん。
     別行動する人もいますので、とリケは潜入前に軽くブリーフィングを行いお互いの行動をすり合わせておく。玉緒と小麦は雪姫につき、
    「オレは親衛隊役として、王子役のリケに付いていくぜ」
     鈴鹿・夜魅(紅闇鬼・d02847)はそう宣言する。
    「じゃぁ俺もリケかな、人数的に」
     とメイド服姿のファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)が頷いた。彼は王子の付き人メイドとして潜入するつもりなのだ。仲間達の格好をちらと一瞥した御厨・司(モノクロサイリスト・d10390)はファルケを見て
    「……まぁ、ばれないようにな」
     と複雑そうな顔をする。バッチリだぜ、とファルケは親指を立てて見せた。

    ●王子様作戦~白編~
     既濁は用務員に扮して学校内に潜り込んだ。
    (「なんとかなるはずである、きっと」)
     要は潜入できれば良いのだから。幸い、プラチナチケットのおかげで訝しむ者はいないようだ。司も旅人の外套で姿を隠し、人気のある場所は避けて屋上へ先回りしておく。今は授業中で他の生徒の姿もない。
     その授業中の教室では、白い王子様服の雪姫が話題になっていた。寡黙でクールだが、立ち振る舞いは優雅で気品がある。頬杖をついて窓の外を眺めている姿さえ様になっていた。その冷たい眼差しとラブフェロモンに射抜かれ、生徒が次々に虜になっていく。
    「雪姫様ぁv」
    「雪姫様、美しいわ……!」
     エイティーンで18歳の姿になった小麦も、ないすばでぃがわかる程度のゴスロリに身を包み、
    「さすが雪姫様ですわ。いつも凛々しくていらっしゃる」
     と褒め称える。親衛隊の役を存分に果たしていた。
    (「私も……!」)
     制服を着て、身長をカバーするためシークレットブーツを履いた玉緒も、羞恥心は押さえ込み。わざと大きい声を上げて躓く。
    「きゃぁっ!」
     その声に注目が集まったところで、さっと雪姫が抱きとめる。王子様のように。見つめあう二人。時が止まったかのように……実際は5秒ぐらいだったが。やがて雪姫は手を放し、クールに立ち去っていく。
    「気をつけろ」
     と言い残して。
    「は、はい……」
     ぽーっと去り行く姿を眺める玉緒に、
    「玉緒さんも雪姫様に憧れまして? わたくしの次にいることを許して差し上げますわ」
     と小麦はやや嫉妬したように言ってみせる。玉緒もこの機を逃さず、「新たな王子様」を周囲に喧伝した。
    「ねぇ、今の見ました? 雪姫様、素晴らしいわ!」
     そうした行動が実を結んだのか。雪姫が立ち去った先では、仲間とは違う王子様服の女子――ハルカが、肩をいからせて立っていた。
    「新たな王子様というのは貴様か?」
     雪姫が首肯すると、ハルカは白い手袋を投げつけてきた。やれやれ、とやる気のない態度で拾い応じる。
    「なんだ、その態度は……!」
     ハルカはむっとしたようだったが、別の場所からも嬌声が聞こえると、はっとしたように駆けていった。

    ●王子様作戦~黒編~
     リケは黒いズボンに黒いマント。白い雪姫と対比になっている。王子と言うよりヴァンパイアっぽいが。闇の王子ということで。ともかくも、リケは雪姫よりもっと直接的だった。時間が勿体無いと、片っ端から生徒を捕まえてはラブフェロモンも用い、次々にファンにしていく。
    「わたしは気が短いのです。わたしと一緒に来るか、来ないか、どちらか決めなさい」
     と壁ドンして。
    「決められないなら一生壁にはりついていなさい」
     その切れ長の瞳に見つめられた生徒はもうめろめろだ。
    「は、はい! 一生貴女についていきますっ!」
    「ついてきますか? 良い覚悟です。しっかり躾けてあげましょう」
     リケは妖しく微笑んだ。こんなことを繰り返して、リケの周りに集う生徒達も増えていく。その生徒達を整理し、王子様の世話をするのはファルケだ。
    「王子様、お茶の時間でございます」
     恭しくティーセットをワゴンで運び、ティータイムを始めたりして。夜魅も制服ながら、「王子様に仕える騎士」のように凛々しくリケの傍らに立ち、彼女をガードしていた……その時。
    「こっちにも王子様がいたのか……!」
     生徒の嬌声を聞きつけ、やってきたハルカがリケに白手袋を投げつけてくる。それが当たる前に、夜魅はさっと手を出してキャッチした。
    「何だ、プレゼントか? 片方じゃ使えねぇから、もう片方も出せ」
    「片方は白の王子に使った」
     ハルカはツンと顔を背ける。その言葉で雪姫の側も決闘を申し込まれたのだ、とリケ側も分かった。ならばこちらも挑戦状を叩きつけるのみだ。白手袋は取り巻きの誰かに持ってこさせるつもりだったが、夜魅が取ってくれた手袋があるのでそれを受け取り、おもむろに投げ返す。
    「こちらからも、挑戦します」
    「やる気のようだな……いいだろう。誰が本当にこの学校の王子様にふさわしいのか……屋上で決闘だ!」
     ハルカが高らかに宣言する。ざわめく生徒達に、リケは振り向いて言った。
    「決着をつけて戻ってきます。わたしを信じるならここでお待ちなさい」

    ●決闘前
     いよいよ決戦の時がやってきた。既濁は屋上にハルカと仲間達が入ったことを確認すると、入り口前に「清掃中 使用禁止」の看板を置いて封鎖する。
    (「殺界領域の方が早いし楽なのは認めるけどな」)
     そう思う既濁だが、この看板でも一般人が近づくのをある程度抑制できるだろう。意義はある。
     看板の設置を終え、既濁は合流ついでに仲間達を見た。そこでは既に睨み合いが始まっていた。
    「フンッ、リケ王子に挑もうなんて無謀な奴。お前なんか10秒で、『ごめんなさいリケ様。今日から私めを犬とお呼びください』と、リケ王子の足にすがり付くことになるぜ」
     制服から騎士のような鎧にチェンジした夜魅がリケの傍らに立ち、胸を張る。
    「さぁ、それはどうかな?」
     ハルカは自信ありげに笑い、配下となった女子3人を周囲に展開させるが、
    「悪いな。手数が増えるのは、お前だけじゃない」
     そこに司が合流し、カードを開放してビハインドたる少女を呼び出す。他の仲間も、次々にカードを解除した。
    「なっ……灼滅者だったのか。卑怯な!」
     ハルカが目を見開き、睨みつけてくる。その視線に動じず、ファルケはサウンドシャッターを展開した。ついでに。
    「ふ、幻の拳「メイド神拳」の継承者として、正しい王子様ってやつを教えてやろう。これが、王子の中の王子、メイド王だっ!」
     バッサァァとマントを翻し、無駄に薔薇の花束を背負う。メイド王がそこにいた。マント羽織ったメイド服のファルケが。
    「マント羽織っただけじゃないか!」
     突っ込みが飛ぶ。その横では、エイティーンを解除しウサギのぬいぐるみを背負った小麦を見て、
    「ちっちゃくなった!?」
     と配下の一人が驚愕していた。
    「こんなことやってないで、早く決着をつけましょう」
     リケの指摘に、ハルカもはっと我に返る。
    「あ、ああそうだな。ボクをさしおいて王子様になろうとしたこと、死ぬほど後悔させてやるよ」
     剣を突きつけ言う。戦闘の始まりに、玉緒は胸元の鍵を握り、祈るようにして心の奥にある殺意を解放した。その殺気が、戦場から一般人を遠ざける。

    ●決闘
     最初に動いたのはハルカだった。リケに向かい、強烈な斬撃を繰り出してくる。
    「私達の王子様のために!」
     さらにディフェンダーの二人がそれぞれワイドガードとソーサルガーダーをハルカにかけ、守りを固めさせた。ジャマーも闇の契約をハルカにかけ、術力を向上させる。王子様にやたら手厚い。その手厚い配下に、リケも破邪の白光を放つ斬撃をお見舞いした。ファルケもご当地ビームでジャマーの気を引く。
    「さぁ~今のうちに~♪」
     と歌い、相手ディフェンダーを指差しながら。死ぬほど音痴だったが。その歌声に若干顔をしかめながらも、既濁は死角からの一撃で敵の腱を絶った。ふらつくディフェンダーを、玉緒が身を守るものごと斬り裂く。さらに司の縛霊手から、霊的因子を強制停止させる結界が伸びる。傍らに寄り添う少女が、霊撃でサポートした。夜魅と小麦が自分を強化する傍ら、雪姫は王子様服のまま華麗に相手ディフェンダーを斬る。
    「新たな王子は、ここだ」
     と挑発するように言って。その挑発を受け、ハルカが神霊剣で斬りかかってくる。配下も続けて攻撃してきた。少なくないダメージを負ったものの、そうして敵の注意を引いて仲間を守ることこそ雪姫の本懐。
    「今かいふくするの!」
     すかさず小麦が防護符を飛ばしてくれる。回復は小麦に任せ、灼滅者達はより弱っている方のディフェンダーに攻撃を加えていった。もとよりそんなに強くない敵だ。集中攻撃を受ければひとたまりもない。最後に夜魅がトラウナックルで殴りつければ、相手は完全に沈黙した。
    「や、やったわね!」
     倒れた仲間を見、残ったディフェンダーがシールドバッシュで夜魅を狙う。その攻撃を代わりに受け止め、リケは切り裂くように赤きオーラの逆十字を出現させた。ファルケもある意味伝説的な歌声で相手を催眠状態に陥れる。司も続いて歌声を紡いだ。美形ながらもどこか近寄りがたい雰囲気を醸し出す司。しかし、その歌声は甘く心地よい。歌声に合わせ、ビハインドが霊障波を放つ。重なる催眠に惑わされ、ディフェンダーの攻撃はハルカに向かった。
    「くっ……正気に戻ってくれ!」
     味方の攻撃を受け止め、ハルカは剣から祝福の風を送る。しかしそれも焼け石に水。ジャマーの女子も
    「音痴なのは王子様にふさわしくないわ!!」
     とファルケを攻撃する方に気をとられている。その隙に既濁はジグザグに変形させたナイフで最後のディフェンダーを斬り刻み、止めをさした。残る配下はジャマーのみ。その彼女にも集中攻撃が降り注ぎ……
    「終わりだ」
     司がドリルの如く高速回転させた杭を突き刺し、体ごとねじ切った。

    ●偽者の最期
    「ボクの……お姫様達が……」
     倒れた配下達を眺め、ハルカは呆然と呟く。
    「……許さない!」
     きっとこちらを睨みつけ、再び雪姫に向かってクルセイドスラッシュを放つ。
    「それはこっちのせりふなの!」
     小麦は怒りを込めて轟雷を放った。
    「仲間もいなくなったみたいだしな、ごめんなさいするなら今のうちだぜ?」
     アルティメットモードを発動させ、さらに重厚で凶悪なデザインの全身鎧姿になった夜魅が炎の一撃を叩きこむ。
    「つまりお前がお前らしくすれば良いのだ、何かを下に敷くのではなく。ダークネスに何言っても無駄だろうけれど」
     面倒くさそうに肩を竦めながら、既濁も除霊結界を放つ。しかしダメージは通りにくかった。ハルカにかかった盾のせいだ。
    「なら、その盾を砕くわ!」
     玉緒がサイキックソードで斬りかかる。
    「そうですね」
     リケも頷き、非物質化させた剣を振り下ろす。雪姫も神霊剣で攻撃し、相手の盾を砕いていく。
    「動きも止めて置いたほうが良いだろう」
     司も影でハルカを絡め取る。ビハインドの少女が続いて攻撃した。少女の長い黒髪と白いワンピースがふわりと揺れる。盾を砕き、捕縛した今がチャンス。灼滅者達はハルカに猛攻を加えていった。
    「くぅ……負けるものか! ボクは……王子様なんだから!」
     苦痛に顔を歪めながら、ハルカは天上の歌声で自らを鼓舞する。しかし、多勢に無勢だ。押し切れると判断し、ファルケはマイク代わりのマテリアルロッドを振り回す。
    「歌エネルギーチャージ完了。聴くだけじゃ物足りないなら直接響かせてやんよ。刻み込め、魂のビートっ! 堪能しな? これがサウンドフォースブレイクだっ!」
     思い切り殴りつけた、それが止めとなった。
    「ボク……は……王子様に……」
     虚空に手を伸ばし、ハルカが呟く。その姿は次第に崩れ、やがて完全に消滅していった。

    ●戦いの果てに
     ファルケはやりきった顔でハルカが倒れた場所を見る。その傍ら、玉緒は再び鍵を握り、祈るようにして殺意を封じていた。この鍵があるから、私は人間でいられる――玉緒はそう考えている。安堵の息を吐く彼女を、既濁はちらと一瞥した。その胸にどんな思いが去来しているのかは窺えない。ただ、彼にとっては殺人衝動は押さえ込む以前のモノ。ゆえに、我慢する気は昔からない。同じ殺人鬼でありながら、二人の在り方は対照的といえた。
    「王子様疲れた……甘いものが食べたい……」
     大役を果たし、緊張の糸が切れたのか。雪姫はその場に座り込む。さっきの凛々しい王子様とは打って変わり、その顔は年相応の少女のものだった。
    「確かに疲れましたね」
     リケも同意し、変装を解いていく。
    「王子様も大変だなー」
     その様子を見ながら、夜魅はしみじみと呟いた。
    「……俺にはできそうにないな」
     司も呟く。性格は王子からは程遠い、と自分でも自覚している。自分には一匹狼がお似合いだ、と少女をカードにしまい、司は一人立ち去った。
    「にせものの王子様をたおしたけど、小麦のほんものの王子様にはいつあえるかなあ……」
     小麦はぬいぐるみを抱きしめ、ため息をつく。けれど、諦めなければいつかきっと、自分だけの王子様に巡りあえるはずだ。

     とある女子高に現れた、偽りの王子。その野望を砕いた灼滅者達こそが、この学校の危機を救った「王子様」――であるのかもしれない。

    作者:ライ麦 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年9月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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