琵琶湖大橋の戦い~長月の霧雨

    作者:御剣鋼

     琵琶湖の東西で争う、刺青羅刹・天海大僧正とご当地怪人・安土城怪人の戦いは、膠着状態に陥っていた。
     武蔵坂の灼滅者が天海大僧正に加担した事で、刺青羅刹側が有利となったが、その後、勝利を確定づけようと戦力の増強を図った、天海大僧正の作戦が、武蔵坂の灼滅者によって阻止された事で、状況は混迷していたのだ。
    「この間、両勢力は多少の小競り合いはありつつも、互いに戦力を増強して睨み合いを続けていたようでございますね」
     集まった灼滅者を温和な笑みで出迎えた里中・清政(高校生エクスブレイン・dn0122)だが、その瞳だけは普段より険しいものを帯びていて。
     琵琶湖を巡る戦いは、まさに緊迫の度を高めている。
     そう告げた執事エクスブレインは灼滅者達に座るように促すと、珍しく自身も同席した。
    「今回の説明は長くなるかと……どうぞ楽になさって下さいませ」
     
    ●それは、嵐の前の霧雨の如く
    「天海大僧正の軍勢には慈眼衆を始めとする手勢の他、同じ刺青羅刹の鞍馬天狗の手勢、朱雀門高校の生徒やデモノイド、サイキックアブソーバー強奪作戦で撤退した軍勢の一部、九州の刺青羅刹・うずめ様からの援軍、HKT六六六の殺人鬼、HKT六六六の淫魔などが加わっております」
     対して、安土城怪人の軍勢には、刀剣怪人やペナント怪人の他、アメリカご当地怪人やロシアご当地怪人、アンブレイカブルのレスラー、業大老配下と思われるアンブレイカブル、セイメイ配下と思われるアンデッドの軍勢が加わっているという。
    「この2勢力の戦力は拮抗しており、一度戦いが起こりますと、琵琶湖周辺は人の住めない地になってしまうのは、間違いございません」
     そして、その戦端が今まさに開かれようとしている。
     琵琶湖大橋を挟んだ東西のダークネスが、橋を確保しようと互いに軍勢を繰り出し、その戦いが契機となって両勢力の全面戦争となろうとしているのだ。
    「この被害を減らす方法は、大きく分けて3つございます」
     1つ目は、琵琶湖大橋に集まっている軍勢同士が戦いを始める前に、その双方を、武蔵坂学園の灼滅者が制圧してしまうこと。
    「これに成功しますと、天海僧正の勢力も安土城怪人の勢力も、武蔵坂学園の動きを無視することができず、一定の条件で休戦を結ぶことになりましょう」
     最も平和的な解決手段であるけれど、戦力を2分するので、困難な戦いになる。
     万が一にも阻止に失敗した場合は、全面戦争になってしまうだろう。
     また、ダークネス同士が休戦を結ぶことは、武蔵坂にとっては不利益になる恐れが高い。
    「2つ目は、琵琶湖大橋の東側、安土城怪人の軍勢を一方的に攻撃することでございます」
     これにより琵琶湖大橋は天海大僧正側が制圧することになり、そのまま、安土城怪人の本拠地に攻め寄せ、雌雄を決することになる。
    「戦況が不利となれば、東側の増援に来ていた勢力の多くは撤退しますため、安土城怪人の軍勢は敗走し、琵琶湖周辺は天海大僧正勢力が支配することになりますね」
     主戦場になる琵琶湖の東側に被害を出すことになるが、全面戦争に比べれば、被害は僅かといって問題ない。
     デメリットは、天海大僧正の勢力が強い力を得てしまうことになるくらいだ。
    「3つ目は、琵琶湖大橋の西側、天海大僧正の軍勢を一方的に攻撃することでございます」
     天海大僧正側の戦況が不利となれば、西側の増援に来ていた勢力の多くは撤退するため、天海大僧正は本拠地に籠城して徹底抗戦を余儀なくされ、灼滅されることになるだろう。
    「天海大僧正の勢力が壊滅する結果になるのがメリットでございますが、天海大僧正の徹底抗戦により、琵琶湖の西側に大きな被害が出ることになりましょう」
     また、安土城怪人の勢力が強い力を得てしまうのが、デメリットになる。
    「どの選択も正しいというのはございません。ですので、どちらの勢力の軍勢を攻めるかは、現場に行かれる灼滅者様方にお任せします」
     そして、より良い未来に繋がるよう、尽力して欲しい。
     そう口元を結んで執事エクスブレインは微笑み、深く頭を下げた。
    「いってらっしゃいませ、灼滅者様」


    参加者
    雨谷・渓(霄隠・d01117)
    花守・ましろ(ましゅまろぱんだ・d01240)
    シオン・ハークレー(光芒・d01975)
    王子・三ヅ星(星の王子サマ・d02644)
    詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124)
    蓮咲・煉(ルイユの林檎・d04035)
    文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712)
    オリキア・アルムウェン(翡翠の欠片・d12809)

    ■リプレイ

    ●開戦
    (「遂にこの戦いにも大きな動きが出ましたか……」)
     どのような結果が出るにせよ、全面戦争だけは防がなければならない。
     少しでも無駄な血が流れるのを防ぐため、詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124)は全力を尽くさんと、仲間と共に安土城怪人側の攻撃に走り回っていて。
     ――灼滅者全体で両軍勢を制圧し、琵琶湖周辺の被害を最小限で抑えることを目指す。
     それは、一方を集中的に叩くより容易でないことは、すぐに分かった。
    「連戦は避けられない感じかなー?」
     花守・ましろ(ましゅまろぱんだ・d01240)は見える範囲の味方の数と位置を確認すると、真剣に眉を寄せる。
     味方が東西に均等に分かれたため、1つの班が相手する敵の数が倍になっていたのだ。
    『ここで出会ったのが運の尽き、いざ勝負!!』
    「君に構っている暇はないんだ、すまない」
     威勢良く襲ってきたペナント怪人の攻撃を紙一重で捌いてみせた王子・三ヅ星(星の王子サマ・d02644)は、無邪気に笑ってみせて。
     と思えば、隙を突いて低い体勢で肉薄、高速回転させた杭を素早く胴体に突き刺した。
    『暇はないって、十分構ってるじゃないかああ!!』
     敵意を剥けながらもツッコミを入れてしまうのは、怪人の性なのか。
    「相手してもらうよ、拒否権は無い」
     ――命があれば、生きてることになるのだろうか。
     ――怪我をしてなければ、傷つけてないことになるのだろうか。
     ……違う。と、蓮咲・煉(ルイユの林檎・d04035)は首を振り、標的を合わせる。
    「琵琶湖周辺に住んでいる人達のためにも、全面戦争は回避したいよね」
     色々気になることはあるけど、今は周囲の被害を極力抑えていく方が先決だ。
     指輪から漏れる光を腕を振り抜くようにして撃ち放ったシオン・ハークレー(光芒・d01975)の魔法の弾丸が、壁となって立ち阻むペナント怪人の一角を崩していく。
     息継ぐ間もなく眼前のペナント怪人に高速回転させた杭を打ち振う雨谷・渓(霄隠・d01117)も、芯には熱い想い秘めているようだった。
    「全面戦争になれば、被害を被るのは地元の人達だ、何としても回避させてやるぜ!」
     人間として。否、ご当地ヒーローの端くれとして見過ごせる訳がない!
     文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712)の瞳は闘志の炎で満ち溢れていて。
     只でさえ目付きの悪いクロネコ着ぐるみのお目目も、怒りで燃えているような……?
    (「人の住めない地を作らないように、がんばろうー……!」)
     戦場の規模が広範囲に渡っているからこそ、出来ることを全力で尽くすまで。
     オリキア・アルムウェン(翡翠の欠片・d12809)が治癒の力を宿した温かな光で己の治癒能力を高めると同時に、ビハインドのリデルが皆の盾にならんと、前に立つ。
    「……守って、ね?」
     ましろは蒼炎の模様の指輪に、そっと触れる。
     そして、シオンの魔法に重ねるように、絶対零度の氷を解き放った。

    ●VS、刀剣怪人と3体のペナント怪人
    「刀剣怪人は俺が抑える、その間にペナント怪人達を頼む!」
     赤いスカーフを靡かせながら、直哉が刀剣怪人に制約を与える魔法弾を撃ち出す。
     ジャマーの直哉が刀剣怪人を抑えている間に、前衛のペナント怪人を一掃する作戦だ。
    (「個人的には厄介そうな天海側を攻めておきたい気持ちもありますが……」)
     可能な限り被害を抑えるように意識していたのは、渓も同じ。
     少しでも早く争いが納まって、これ以上の被害が広まらないように。
     そして、出来る限りの力を奮わんと、仲間と共に各個撃破を仕掛けていく。
    「あっ、逃げるなら深追いしないよ?」
    『フン、笑止ッ!!』
     命中率を重視した三ヅ星も、仲間の攻撃に鋭い刃に変えた影の斬撃を織り交ぜる。
     今回は連戦になる可能性が高いからこそ、敵の攻撃手数を着実に減らしていくことが鍵になるのは、明白で。
    (「怪人さんも天海さんも、喧嘩しないで仲良くすれば良いのに、ね」)
     わかりあうことは難しいけど、わかちあうことは出来るのに……。
     少しでも被害を最小限に抑えようと、ましろも仲間が攻撃した相手、弱っている相手を狙って、1体ずつ確実に仕留めることを心掛けていて。
     回復は仲間に委ねた煉も、骨をも叩き斬る強烈な斧の一撃を、怪人の脳天に見舞う。
     けれど、怪人達も黙って打たれているだけではない。
     日本刀とサイキックソードに似た攻撃が、味方前衛を苦しめていたのだ。
    「盾アップの次は、狙アップだよー」
    「複数の回復は私に任せて下さい」
     ディフェンダーのましろと渓に盾の加護を施したオリキアは、今度は癒しの力を込めた矢を前衛2人に向けて打ち放つ。
     同時に。沙月がもたらした優しき風が前列を包み込み、傷と戒めを取り払った。
    「ボクもがんばるの」
     互いに声を掛け合うメディックに、シオンも気合いが入って攻撃に集中する。
     少しでも早く敵を倒すことで味方の被害を減らさんと、疲労を濃くしたペナント怪人に向けて魔法の矢を撃ち放つ。畳み掛けるようにましろが炎を纏った蹴りを繰り出した。
    「リデルも、この調子で頑張ってー」
     オリキアの声に味方の盾として奮闘していたリデルが、応えるように電撃を撃ち出す。
     連戦に備えて少しでも皆の負担を減らさんと、オリキアは回復主体で動き回っていて。
     疲労が蓄積した渓の声には、即座に沙月が符を飛ばして傷を癒し、護りを高めていく。
    「回復2人にディフェンダー厚めの構成で本当に良かったよ」
     懐に深く潜り込んだ三ヅ星が、ドリルの如く高速回転させた杭を、一気に突き刺す。
     素早く距離を狭めたシオンがそっとペナント怪人に触れた刹那、強力な魔力が爆ぜた。
    『ぐ、おのれ……!』
    「逃がさないぜ!」
     畳み掛けられた猛攻により、残り1人となった刀剣怪人が一瞬、狼狽える。
     その隙を逃さず、直哉がジグザグに変形させたナイフで状態異常の蓄積を図って。
    「……言ったよね、拒否権は無いって」
     渓の炎を纏う激しい蹴りに合わせて、煉も機動力を奪う飛び蹴りを勢い良く繰り出す。
     例え困難な選択でも、叶えるために此処に来たことを、証明するかのように……!
    『安土城怪人様、万歳……ッ!!』
     刀が手から滑り落ちて、ずどーんと爆発四散する、刀剣怪人。
     回復手段が心許ないこの怪人達には、状態異常を付けながらの集中攻撃は効果的で。
     それぞれ己の役割を全力で忠実に尽くし、着実に皆で積み上げた勝利だった。

    ●戦いは新たな局面へ
    「皆さん、大丈夫ですか?」
     刀剣怪人が倒れるや否や、沙月は直ぐに仲間の怪我の度合いを確認する。
     殺傷ダメージは蓄積していたけれど、倒れた者は1人もなく、すぐに安堵が洩れた。
    「お腹空いたね、早く帰――あっ!」
    「物影に気をつけ――何か来るよー!」
     念には念をいれて周囲を警戒していたましろとオリキアが、同時に小さく声を上げる。
     畳み掛けるように向かって来た刀剣怪人の一群に、シオンと煉も気付いたようだ。
    「心霊手術をする時間はなさそうだな」
     前衛を中心に殺傷ダメージが蓄積したままだけど、これも十分計算の範囲内。
     仲間を護ろうと率先して前に立ったましろの後ろで、直哉も解体ナイフを構え直す。
    「よく見たら、1戦目よりペナント怪人が1体多くない?」
     出待ちしていたのかなと、三ヅ星だけが楽しそうな笑みを浮かべていて。
     そして、その笑顔のまま、仲間の方へ振り向いて、問い掛けた。
    「向かってくるなら関係なく倒すで、問題ないよね?」
    「押し切れそうだし、頑張ろうー!」
     三ヅ星の声に、アクアマリンの髪を揺らしながら、オリキアが柔らかく応える。
    「基本的には襲ってくる敵を倒せば良いと思います」
     1体増えたとしても問題ない。
     戦闘不能者もいない今、回復に専念していた沙月も形見の刀の鯉口を切る。
     嬉々と現れた新手の怪人達は、先程と同じような集中砲火の洗礼を受けたのだった。
     ――合掌。

    ●VS、刀剣怪人と4体のペナント怪人
    『ククク、先程の怪人達は我等の中でも弱――ぐごぁ!!』
    「あははっ。ごめんね? 話が長かったからさ!」
    『2秒も喋ってないわああ!!』
     怪人達のブーイングに、三ヅ星は光らせたままのロッドを、ぐるんと一回し。
     狙い定めた魔力の奔流を叩きこんだのは、間違いなくスナイパーの三ヅ星……ん?
    『あれ、奴等……陣形変えてる?』
    『おかしいな、目の錯覚では……って変えてるし!』
     と、挙動不審な怪人達。
    「お前ら、やっぱり出待ちしていたのかよ……」
     妙に狼狽える宿敵を眼前にし、思わず大きく肩を落とす直哉の図。
     連戦の直前、灼滅者達は負担軽減も兼ねて、前衛と後衛を入れ変えただけですが何か。
    『『ずるいぞおおお!!』』
    「えーと、ごめんなさいなの」
     オリキアに傷を癒して貰ったシオンは、すかさずペナント怪人を狙い撃つ。
     渓と沙月、三ヅ星と煉が入れ替わっても、残り4人は同ポジションのまま変わらないので、攻撃が途切れることはなく。
    「数が増えたのは名誉、全力なのは変わらない」
     敵の能力はペナント怪人と刀剣怪人が使う力が逆になったくらいで動じるものはない。
     新たに仲間の盾となった煉が攻守の手応えから分析し、後方の仲間に知らせていく。
    「誰も死なせない、全員守りきるよー」
     ディフェンダー継続のましろも傷が深い仲間を庇うように、無慈悲な斬撃を繰り出す。
     狙うのはディフェンダー、クラッシャー、スナイパーの順というのも変わらない。
     攻撃が集中して倒しやすくなった敵から狙うという、徹底ぶりである。
    「火力もある程度はありますから」
     誰かを傷付けるのは苦手で戦闘は不得手の沙月も、守るべきもののためには手を汚す覚悟を相応にして、メディックからディフェンダーへ交代していて。
     味方の盾になるように率先して敵との間に入った沙月が巻き起こした風の刃が、激しく敵を斬り裂いていく。
     シオンの両手が地面に触れるや否や、足元から伸びた影がペナント怪人を絡めとった。
    「蓮咲先輩の回復をお願いします」
     回復出来ぬまま連戦に入ったのも計算の内、渓は冷静に自身を癒しながら呼び掛ける。
     周囲を気遣いディフェンダーからメディックに下がった渓に、オリキアが快く頷いた。
    「了解、遠距離の回復はボクに任せてー」
     メディックのオリキアは後衛の位置を活かし、終始戦場をくまなく見回していて。
     他班も健闘しているのだろう、増援が現れたり多数の敵に取り囲まれる気配はない。
     紅い林檎色の瞳を大きくしつつ、積極的に仲間へ癒しと声を届けていた。
    「ありがとう」
     痛みを顔に出さず、煉は手足縫い止めようと、這ってでも仲間の助けとなる心構えで。
     茜色の瞳に闘志を灯し、墨色に波打つ髪と鮮烈な緋のドレスを再び戦場に靡かせた。
    「長く残るだろう敵を優先して、状態異常ばらまくぜ!」
    『俺か!』
    『いや、俺だな』
    『刀剣怪人の、ワシだろ』
     ノリのいい怪人達を相手に可能な限り連戦を続ける気迫でいた直哉も、ノンストップ!
     撤退の素振りすら見せない刀剣怪人に、これでもかと炎と弾丸を織り交ぜる。
    「状態異常付けは、文月君に任せた方が良さそうだね」
     メディックの治癒も安定しており、三ヅ星は積極的にフォースブレイクで狙っていく。
     シオンも状態異常付与は直哉に託し、高純度に圧縮した魔法の矢を展開し、藍色の和服をなびかせた沙月が納刀状態から抜刀。一閃し、最後のペナント怪人を斬り捨てた。
    『何時の間に! こうなれば1人でも多く、道連れに……!』
     残りは刀剣怪人だけ。
     怪人は解体ナイフとサイキックソードを巧みに使い分けて、応戦。
     苦し紛れにシオンに向けた刃を、少年の足元から伸びた影が縛るように切先を捌く。
     その隙を逃す灼滅者達では、ない!
    「やれるとこまでがんばりたい気持ちはわかるけど、させないよー」
     むしろ、喧嘩両成敗の勢いで、ましろは強く地を蹴って走り出す。
     淡い桜色の髪とワンピースがふわりと揺れた刹那、炎を纏った鋭い蹴りを見舞った。
     タイミングをずらすように、煉が煌めきと重力を宿した飛び蹴りを交差させて。
     ――そして!
    「着ぐる……琵琶湖の平和は俺が守る!」
     大きく跳躍した直哉が武器に宿した炎を、勢い良く刀剣怪人の脳天へと叩きつける。
    『安土城怪人様、グローバルジャスティス様に、栄光あれ!!』
     猛火に包まれた刀剣怪人が爆発四散すると同時に、幾つもの安堵が零れる。
     戦いの熱を帯びていた戦場は、何処か引き際を見極めているような空気が漂っていた。

    ●己が信じる道
    「まだ誰も倒れていないけど、そろそろ引き際かな……」
    「そうですね、この状況では撤退が妥当かなと思います」
     乱戦の中では心霊手術が出来ないからねと続けた三ヅ星に、沙月も静かに頷く。
     負担を軽減するためポジションを交代した策が上手くいって、倒れた者はいない。
     けれど殺傷ダメージと疲労が蓄積していた今、次は勝てる見込みはないと言えよう。
    「敵も撤退し始めてるし、深追いはしない方がいいねー」
     退路を確保するように立ち回っていたオリキアも、辺りを見回す。
     誰も倒れていないといっても、2戦目で彼女のビハインドは消失してしまっていた。
    「追い掛けて来る様子はなさそう?」
    「味方も似たような状況ですね、半数以上の班が前線から引き始めています」
     追手があれば足止めして時間稼ぎを考えていたましろの言葉に、周囲の状況を観察していた渓が淡々と報告を重ねる。
     2人はいつの間にか、殿(しんがり)の位置を取っていた。
    「近くの仲間と合流して協力するのは、難しそうだな」
     それても可能な限り、戦闘や負傷者救護をサポートしたい。
     諦めず、制圧に向けた努力をしたいと闘志を燃やす直哉に、煉が言葉をかけた。
    「私達の目的は……双方を制圧して休戦を狙い、被害を最小限に留めること、だよね」
     守るべきもののために手を汚す覚悟を相応にしているのは、煉も同じ。
     けれど、向かってくる敵がいないなら、孤立を避けるためにも引くのが最善策だろう。
    「そうだな、只でさえ一番困難な選択を選んだんだ、上出来と言ってもいいな」
     己が正義を貫いた結果、仲間を危機に陥れたら彼は何て言うだろうと直哉は苦笑する。
     渓は他班に聞こえるように「撤退します」と短く呼び掛け、シオンの後に続いた。

     やれるところまで精一杯全力を尽くした少年少女達は、踵を返して一陣の風になる。
     如何なる結果になったとしても、多くの血が流れることがないように、願いながら。

    作者:御剣鋼 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月1日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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