琵琶湖大橋の戦い~三つ巴の行方とその選択

    作者:緋月シン

    ●琵琶湖大橋の睨み合い
     琵琶湖の東西で争っていた天海大僧正と安土城怪人の戦いは、膠着状態に陥っていた。
     最初こそ武蔵坂の灼滅者達が慈眼衆に加担した事で天海大僧正側が有利となっていたものの、その後勝利を確定づけようと戦力の増強を図った天海大僧正の作戦が、今度は逆に武蔵坂の灼滅者達によって阻止されることとなった事で、状況は混迷していたのである。
     だがそんな状況の中を、両勢力は単に睨み合っていたわけではない。多少の小競り合いをしながらも、互いの戦力を増強していたのだ。その増強された戦力は、羅刹やご当地怪人だけに留まらない。
     天海大僧正の軍勢には、慈眼衆を始めとする天海大僧正の手勢の他、同じ刺青羅刹の鞍馬天狗の手勢、朱雀門高校の生徒やデモノイド、サイキックアブソーバー強奪作戦で撤退した軍勢の一部、九州の刺青羅刹・うずめ様からの援軍、HKT六六六の殺人鬼・淫魔などが加わっている。
     対する安土城怪人の軍勢には、刀剣怪人やペナント怪人の他、アメリカご当地怪人やロシアご当地怪人、アンブレイカブルのレスラー、業大老配下と思われるアンブレイカブル、セイメイ配下と思われるアンデッドの軍勢などが加わっていた。
     様々な戦力が入り混じり思惑が蠢く中、琵琶湖を巡る戦いはその緊迫の度合いを高め、決戦の時が来るのを静かに待ち構えているのであった。

    ●三つの選択
    「琵琶湖を巡る戦いに関して、と言えば、私がこれから何を言おうとしているのかは分かるかしら?」
     集まった灼滅者達に視線を向けながら、四条・鏡華(中学生エクスブレイン・dn0110)が開口一番口にしたのは、そんな言葉であった。
     そして皆はそれに、当然の如く反応を返す。現在琵琶湖と言われて思い浮かぶことは、一つしかない。そう、天海大僧正と安土城怪人の戦いである。
    「私達はこの二つの勢力の争いに介入していたわけだけれども……その結果、というべきでしょうね、二つの勢力はその戦力を拮抗することになっているわ」
     しかもそれはただ拮抗しているだけではなく、一度戦端が開かれてしまえば琵琶湖周辺が人の住めない地になってしまうような、そんな規模のものだ。
    「それがまさに始まろうとしているのが現状、というところね」
     琵琶湖大橋を挟んだ東西のダークネスが、橋を確保しようと互いに軍勢を繰り出す。その戦いが契機となり、両勢力の全面戦争となってしまうのである。
    「当然これを見過ごすわけにはいかないけれども……この被害を減らすための方法は幾つかあるわ」
     その一つ目は、琵琶湖大橋に集まっている軍勢同士が戦いを始める前に、その双方を武蔵坂学園の灼滅者達が制圧してしまう事だ。
    「これに成功すれば、どちらの勢力も武蔵坂学園の動きを無視することが出来なくなり、一定の条件で休戦を結ぶことになるでしょうね」
     最も平和的な解決手段ではあるが、戦力を二分することになるので困難な戦いになるし、阻止に失敗した場合は全面戦争になってしまうというデメリットもある。
    「それに琵琶湖周辺の被害は抑えられるけれども、ダークネス同士が休戦を結ぶことになるから、後々のことを考えれば私達にとっては不利益になるかもしれないわ」
     二つ目は、琶湖大橋の東側、安土城怪人の軍勢を一方的に攻撃する事だ。これにより琵琶湖大橋は天海大僧正側が制圧する事になり、そのまま安土城怪人の本拠地に攻め寄せ、雌雄を決することになるだろう。
    「戦況が不利となれば増援に来ていた勢力の多くは撤退する為、安土城怪人の軍勢は敗走し、琵琶湖周辺は天海大僧正勢力が支配することになるでしょうね。戦場となる琵琶湖の東側で被害は出るけれども、全面戦争に比べれば被害は殆ど無いといっても問題は無いわ」
     ただ、デメリットとして、天海大僧正の勢力が強い力を得てしまうのが、問題と言えば問題である。
    「そして三つ目が、琵琶湖大橋の西側、天海大僧正の軍勢を一方的に攻撃する事ね」
     これにより琵琶湖大橋は安土城怪人側が制圧する事になり、そのまま天海大僧正の本拠地に攻め寄せ、雌雄を決することになるだろう。
    「こちらも戦況が不利となれば増援に来ていた勢力の多くは撤退する為、天海大僧正は本拠地に籠城して徹底抗戦した上で、灼滅されることになるわ」
     天海大僧正の勢力が壊滅するのはメリットであるが、天海大僧正が徹底抗戦することにより、琵琶湖の西側には大きな被害が出てしまうことがデメリットにもなる。また、安土城怪人の勢力が強い力を得てしまうのも、デメリットとなるだろう。
    「というわけで、今挙げた三つのうちのどれかを選ぶことになるわけだけれども……この中のどれが正しい、ということはないわ」
     それぞれにメリットがあり、デメリットがある。結局のところは、何を主目的に動くかの違いでしかないのだ。
    「だからどれを選択するのか……どう攻めるのかは、あなた達に任せるわ。きっとそれが、最も良い未来に繋がるでしょうから」
     そう言って、鏡華は話を締め括ったのだった。


    参加者
    外道院・悲鳴(千紅万紫・d00007)
    黒曜・伶(趣味に生きる・d00367)
    今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605)
    黒木・摩那(昏黒の悪夢・d04566)
    雪柳・朝嘉(影もぐ・d04574)
    アリス・ドルネーズ(バトラー・d08341)
    津軽・林檎(は寒さに強い・d10880)
    佐渡・夢(ストレイキャット・d14907)

    ■リプレイ


     その光景は壮観と、ある意味でそう呼ぶに相応しいものであった。
     しかしそれを眺めながら、黒木・摩那(昏黒の悪夢・d04566)は溜息を吐き出す。
    「琵琶湖大橋でにらみ合いとか超迷惑ね」
     東側には安土城怪人の軍勢、西側には天海大僧正の軍勢。しかもそれぞれの配下だけではなく、様々なダークネスが入り乱れているときている。
     確かに壮観には違いなかったが、それ以上に迷惑というしかない。
    「何時の間にか琵琶湖にこれだけの兵力が集まってたとは、サイキックアブソーバーを狙われたとはいえ全く気付きませんでしたねぇ」
     それに同意を示しながら呟いたのは、アリス・ドルネーズ(バトラー・d08341)だ。
    「朱雀門は此処にも出てきてますし、碌な事考えてないんでしょうね」
     集まった様々なダークネス、その一つの名を口にしながら、アリスはそちらの方を見やる。他の勢力も含め、何を考えているのかは分からないが、厄介なことになっていることだけは確かだ。
     そして灼滅者達だけでそれをどうにかするのが難しいのは、わざわざ言うまでもないことだろう。
    「あまり片方のダークネスに肩入れしたくはないけど、二兎追う者は一兎も得ずって言うしね。ここは割り切ってミッションはしっかりこなすわ!」
     佐渡・夢(ストレイキャット・d14907)の言葉は、それを理解した上でのものである。両方を一度に灼滅出来るのならばそれが一番ではあるが、それには色々なものが足りなすぎた。
     それでも何とかしようとするならば――
    「お互い十分に戦力を整えた上で開戦となれば、確かに被害は甚大だから、一方に加担してお盆をひっくり返して叩き潰すというのはありですね」
     実際に状況をその目で見ながら、現状を確認するように摩那は頷く。
     それに何も片方を攻撃しようというのは、それだけが理由ではない。
    「戦争直後に敵勢力としていた者達の援助がある方に助太刀はし辛いですね」
     そう言った黒曜・伶(趣味に生きる・d00367)の視線が向いているのは、やはり西側。皆で話し合った結果、満場一致でそちら側が選ばれていた。
     とはいえそれは何も安土城怪人に加勢するために、ではない。
    「怪人達も敵だけど、天海側は鞍馬天狗に朱雀門、HKT666とか、完全に、大嫌いな者の盛り合わせなの」
     少なくとも、今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605)が西側を選択した理由はそれであるし――
    「天海大僧正は宿敵のHKT六六六とも組んでいるのもマイナスですね」
     ご当地怪人たちのご当地愛はどこか憎めないものもあるし、と付け加えながらも、摩那も賛同する。
     要するに、完全に個人的な理由だ。が、まあそんなもんじゃろと、外道院・悲鳴(千紅万紫・d00007)は頷く。悲鳴達は正義の味方でもなければ、それを目指しているわけでもないのだ。腐れ縁の幼馴染でもあるまいし、そういったことは、そういった者達に任せておけばよいのである。
     それこそ、そのものの名を冠しているクラブに所属している、津軽・林檎(は寒さに強い・d10880)のような者に、だ。
     何にせよ、それがどんな理由を端に発していようとも、やることに違いはない。
    「琵琶湖の被害を抑える為にも頑張るよ!」
     元気よく告げられた雪柳・朝嘉(影もぐ・d04574)の言葉に、皆が頷く。結局のところはそれが目的であり、まずはそれを果たすことが重要なのだ。
    「色んな勢力が入り乱れてて正直よくわかんないけど、とりあえず任された仕事をこなすよ!」
     もっとも朝嘉は少々勢いに身を任せている感があるが……結果が同じであれば、問題はないであろう。
     ともあれ。
    「天海さんには悪いですが、邪魔させて貰いましょうか」
    「やるからには徹底的にやりましょうか」
     アリスと摩那が続き、気を引き締める。
     そして。
    「さて、それでは妾達も動くとするかの」
     扇子を広げながら、大仰に告げられた悲鳴の言葉に、異論のあるものはいなかった。


     その場に真っ先に飛び込んだのは、夢であった。
     接近と同時、異形巨大化した腕を振り抜く。遠慮も容赦も無用で、殴り飛ばした。
    「佐渡夢様ただいま参上! 鬼退治と行かせてもらうわよー!」
     しかしそうして名乗りを上げながら、夢は今の一撃がそれほどダメージを与えていないことに気付いていた。不意を突いたつもりであったが、予め警戒をしていたのか、或いは単に個人の力量か。
     だが何であろうとも関係はなかった。どのような形であろうとも既に戦闘は開始され、そして様子見をするような余裕は彼女達にはない。
     故に。
    「アリス・ドルネ―ズ。九条家執事兼九条家ゴミ処理係り」
     空中に居るそれ――慈眼衆の耳に届いたのは、酷く落ち着いた声であった。それは戦場には似つかわしくなく、けれどもとても自然なものだ。
    「貴方がたに恨みがあるわけではありませんが、此方にも色々込み入った事情があるので邪魔させていただきます」
     悠然とその脇を通り過ぎ、自然に、半獣化した腕で引き裂いた。
     その身より血が吹き出、僅かに崩れた体勢で地に落ちる。が、その足が地面に着くよりも先に、その場所に回りこんでいた影が一つ。
     朝嘉だ。握りこんでいる拳には影が宿っており、それが打ち出されない理由はない。
     踏み込みと同時、殴り飛ばした。
     当然、攻撃はそこで終わらない。朝嘉が後ろに下がったのと、摩那が前に出たのはほぼ同時だ。
     その手に握られているのは、闇夜を照らすオーロラの如く、光の角度で穂先に様々な模様が浮かぶ黒檀の槍。新月極光という名のそれが、螺旋の如き捻りを加えながら突き出される。
     だが敵もいつまでもやられっぱなしというわけではなかった。慈眼衆はその一撃に対し、着地と同時に敢えて一歩を前に踏み出す。
     その身を穿たれながらも、怯まず腕を巨大化させる。そのまま強引に叩き込んだ。
    「……っ!」
     攻撃を食らいながらだというのに、ダークネスの力を使った無理やりな一撃に、摩那の身体が浮く。そしてその時には、既にそれは次の行動に移っていた。
     先のものとは逆の腕が巨大化し、引き絞られる。眼前には、隙だらけの身体。踏み込みに地面がめり込み、そのまま打ち抜かれ――
    「外道院流裏舞踊、樋放」
     しかしその腕は摩那の身体を捉えることなく、その脇を通り過ぎた。巨大な腕に添えられていたのは、それとは比べ物にならないぐらいに華奢な腕。
     慈眼衆はその腕の主を見下ろし睨みつけ、だが悲鳴はただ不敵に微笑み返す。至近よりさらに一歩を踏み出すと、生じた死角より、その急所を絶ち斬った。
     慈眼衆がその体勢を崩し、その間に悲鳴達は一旦距離を取る。
     だが逃さぬとばかりに、その腕が伸ばされた。しかし既に距離を取っていた悲鳴にそれは届かず――だが最初からそれは、掴むためのものではなかった。
     腕の先にあったのは、風の塊。刃が解き放たれ――しかしそれは悲鳴の身に届く前に、遮られる。
    「女性の肌に傷を付けされる訳にはいきませんから、しっかり守りますよ」
     伶だ。
    「恨みはありませんが、加わっている軍勢に仇がいるため戦わせて頂きます」
     言葉と共に放たれた影の触手が敵の身体を絡めとり、それが引きちぎられるよりも先に、紅葉の唇が人差し指の指輪に落とされる。
     直後に現れたのは、プリズムのような材質で出来た、輝ける十字架。無数の光線が慈眼衆の身を貫き、それが消えるよりも先に、林檎の構えたギターが掻き鳴らされる。
    「琵琶湖の平和を守るためにも、ここで退くわけにはいきませんっ!」
     響き渡った音が、敵の身体へと突き刺さった。

     結論だけを述べるのであれば、戦闘に関して特記に値するようなことはなかった。
     もっともそれは敵が弱かったというわけではなく、受けた被害も小さいものではない。だが逆に言うならばそれだけであり、そのまま続けられていたらどうなっていたかは分からないが……先に敵が限界を迎えた以上は、ただそれだけで事実であった。
     ふらつく姿を目にした瞬間、一歩を踏み出していたのは摩那だ。直後に相手も反応を見せるが、こちらも動いているのは一人ではない。夢が魔法によって相手の体温を奪い、意識が逸れた一瞬に死角へと回り込んだアリスがその身体を斬り裂く。
     だがそれを読んでいたのか、巨大化した慈眼衆の腕が、斬り裂かれた直後に自身の死角へと叩きつけられた。
     しかし返ってきたのは、手応えのある衝撃ではない。そこにあったのは、何度も目にした不敵な笑み。
    「時代とは移り、変わるもの。お主の時代はここで終わりじゃ」
     それに何かを感じるよりも先に、自身の身体を痛みが襲う。死角から斬り裂いた伶が下がり、代わるように朝嘉が懐へと踏み込む。
     直後に慈眼衆の身に突き刺さったのは、摩那の拳と悲鳴より放たれた風の刃。くの字に曲がった身体に、紅葉の指輪より放たれた魔法弾が突き刺さる。
     制約によりその身の動きが一瞬鈍り、その時には朝嘉の腕が伸びていた。
     そして。
    「せーのっ!」
     持ち上げられた身体が、地面に叩きつけられ――それが止めとなったのだった。


    「呵呵呵、所詮は雑兵。妾の相手をするにはちと力不足じゃったな?」
     扇子を音を立てて閉じながら、悲鳴は足元に転がったそれへと偉そうに言い放った。しかしすぐにそこから視線を外すと、周囲を見渡す。一先ず周囲に敵がいないことを確認すると仲間達の方へと視線を向け、僅かに息を零した。
     ――新たな敵の襲撃があったのは、戦闘が終わった直後のことであった。
     文字通りに一息吐く暇もないほどのタイミングであり、だが連戦をすることになるだろうことは予め分かっていたことだ。悲鳴と林檎がその立ち位置を入れ替え、夢が前に出る代わりに伶が後ろに下がり、迎撃の準備は即座に整う。
     こちらも予め決めていたことであるために、その移動はスムーズに行われた。
     しかし決められていなかった一つのことにより、問題が生じることになる。悲鳴だけではなく、伶まで回復役に回ってしまったのであった。
     対する相手は慈眼衆に、その配下である僧兵強化一般人が四名。先に比べ敵の数は多いが、戦力としてはほぼ同等だ。
     要するに、回復役が過剰なのである。今の悲鳴のように攻撃は可能であるし、タイミングが合えば止めを刺すことも出来るが、やはり火力不足になってしまうのは否めない。
     しかしそれでも――だからこそ、攻撃の手を休め事は出来なかった。それは相手も同じあり、さらに攻撃の勢いが増す。
     そしてそれを好機と取ったか、敵の一人が動いた。それは後方に回り込むためのものであり――その足が、唐突に止まった。
     否。
    「残念ですが、通行止めです。お戻りください。言っても無駄でしょうが」
     言葉に、反射的に振り返る――振り返ろうとした。おかしいと思ったのは直後であり、しかしそれを理解した時には全ては終わっていた。
     それをアリスは何の感慨もなく眺め、視線を他の敵へと戻す。腕を振って手元に戻したのは、音も感じさせず標的を殺す死への鎮魂歌。
     敵の数がまた一つ減り、だが代わりとでもいうかのようにこちらの被害が増していく。
     こちらもいつ誰が倒れてもおかしくはなく――真っ先にそれが訪れたのは、摩那であった。
     眼前に迫った刃をかわそうと足を動かし、しかしその瞬間、足から力が抜ける。愕然とするそこに、振り抜かれた刃が迫り――
    「させません!」
     だがそれは、その直前で林檎の放ったリンゴ型のリングスラッシャーにより弾かれた。
     しかしそれに対する礼を、摩那は述べることは出来なかった。最後にその視界に映ったのは、振り抜かれた槍。
     意識が絶たれる。
    「摩那!? っ!」
     反射的にそれに反応した朝嘉であるが、しかしそちらに向かう余裕は無かった。そもそも損傷具合では朝嘉も似たようなものであり――それ以前の問題でもある。
     耐えられないことは、即座に理解した。迫っていたのは、風の刃と日本刀。両方をかわすことは出来ず、防いだところで耐えられない。
     逡巡は一瞬だ。覚悟を決めると、一歩を前に踏み込む。風の刃の下を潜り込み、しかし上方から振り下ろされるのは別の刃。
     無視してさらに一歩を踏み込んだ。影を宿した拳を握り締め――刃がその身に届くも、構わない。
     振り抜いた。
     そしてその結果を見ることなく、朝嘉の身体は崩れ落ちたのであった。

     気が付けば、敵は慈眼衆のみとなっていた。
     六対一。だが当然ながら、有利というわけではない。こちらは攻撃役二人が倒され、しかし向こうにもそれなりの傷を負わせている。
     何にせよ、ここで引くという選択肢だけはない。それこそ、互いに。
    「やん! 珠の肌が傷ついちゃったじゃない!」
     などと叫び、派手に立ち回る夢であるが、それは余裕があるからではない。むしろないからこそ、そうして敵の攻撃を引き付けているのだ。そこから漏れた攻撃を地味に、しかし的確に林檎が拾い、防ぎながら攻撃を加え……けれども、やはり決定打が足りない。
     相手へと傷を与えながら、こちらも確実に癒せない傷を負わされていく。さらには紅葉達が幾ら回復を施しても、疲労までは癒すことは出来ない。
     そうして少しずつ押されていき……ついには、夢までもがその膝を地に着いた。
     けれども、その直前に構築していた結界が慈眼衆の身体を捉え、僅かにその動きを止める。それは本当に一瞬だ。それでも視界に映った姿に満足して、夢はその意識を手放す。
     それに対しての反応はない。あったのはただの結果だ。その間に死角に回りこんでいたアリスの一撃が、相手の身体を少しだけ削り……そして。
     ようやくその時が訪れた。慈眼衆の足から力が抜け、その身体が傾く。塵も積もれば山となる。成果はここに成った。
     しかしまだ終わったわけではない。訪れたのはただの好機。けれども、それを逃すつもりは毛頭なかった。
     真っ先に掴みかかったのは最善に居た林檎。回復も防御も、既に必要ない。そのまま高く持ち上げると、そのままご当地――リンゴダイナミックをぶちこんだ。
     地面に叩きつけられ、跳ねた身体を襲うのは裁きの光条。紅葉の唇が指輪に触れ、放たれたそれに貫かれ、だが地面に落ちるよりも先に、その死角に移動していた影がある。
     それは一つではなく、二つ。逆側に回りこんでいた悲鳴と伶がほぼ同時に腕を振るう。放たれた二条は交差し、振り抜かれ――最後に向けられた悲鳴の不敵な笑みが、戦闘終了の合図となったのだった。

     戦闘不明者が三名、残った五名も満身創痍となれば、その場から退く事に異論を唱える者はいなかった。
     未だ戦闘は続いており、この決着がどうなるか気にならないと言えば嘘になる。が、一先ずは安全な場所まで引く事が先決である。結果も、そのうち分かることだろう。
     そうして自分達の役目を果たした彼女達は、早々にその場を後にしたのであった。

    作者:緋月シン 重傷:黒木・摩那(昏黒の悪夢・d04566) 雪柳・朝嘉(影もぐ・d04574) 佐渡・夢(ストレイキャット・d14907) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月1日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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