Lapin le fou~殺戮印のお茶会へようこそ

    作者:志稲愛海

     ただ楽しく遊んで。そして、ようやく死ねた。
     だから別に未練などない……そう思っていたけれど。
    「退屈で退屈で、俺様チャンまじ死にそー……って、もう死んじゃってるジャーンッ!」
     ギャハハ! と相変わらず下品に『彼』は笑う。
     だがその声はもう、誰にも聞こえない……はずなのに。
    「私にはあなたが見えます。灼滅されて尚、残留思念が囚われているのですね」
    「んー? お嬢チャン、退屈な俺様チャンと遊んでくれるのぉ?」
    「私は『慈愛のコルネリウス』。傷つき嘆く者を見捨てたりはしません」
     『彼女』――慈愛のコルネリウスにだけは、その存在を感じ取ることができていた。
     灼滅された元六六六人衆、有末・七兎(ありすえ・ななと)の残留思念を。
     そしてそんな、突然のコルネリウスの出現にも。
    「そーそー、俺様チャンさー暇すぎてまじちょー嘆いてたトコなんだよねぇ! 神様チャン仏様チャンお嬢チャン、どーかこんな兎チャンをお助けくださいましませたもれ~! 兎は寂しいと死んじゃうんだよぅ……って、もう死んでるし!」
     何も憶することなく、七兎は狂ったようにケラケラ笑って。
    「……プレスター・ジョン。この哀れな兎さんをあなたの国にかくまってください」
     コルネリウスはそんな彼にも、その慈愛を分け与えるのだった。
     

    「またあのイカレ野郎が……てかホント、傍迷惑な慈愛のお姫様だよね」
     そう苦笑した飛鳥井・遥河(中学生エクスブレイン・dn0040)と共に。
    「あのイカレ兎のことだから、また出てきそうと予想はしていたけれど……」
     オーララ、と周防・雛(少女グランギニョル・d00356)も、思わず頭を抱える。
     元六六六人衆序列五四二位、有末・七兎。
     闇堕ちゲーム、灼滅者襲撃、ロードローラー事件と、再三に渡り暴れまくったイカレ兎だ。
     そんな本能のまま殺戮に生きたダークネスを、灼滅者の手で灼滅したのが4ヶ月程前。
     だが……そんな七兎の残留思念に、慈愛のコルネリウスが力を与えて。どこかに送ろうとしているらしい。
    「残留思念に力は無いはずなんだけど、高位のダークネスなら力を与える事は不可能じゃないみたいだね。力を与えられた残留思念は、すぐに事件を起こすという事は無いようだけどさ……あのイカレ兎の残留思念ってことだし、このまま放置する事はできないよね。だからみんなには、慈愛のコルネリウスが残留思念に呼びかけた所に乱入して、彼女の作戦の妨害をして欲しいんだ」
     慈愛のコルネリウスは強力なシャドウである為、現実世界に出てくることは出来ず、幻のような実体をもたないものなので戦闘力はない。またコルネリウスは灼滅者に強い不信感を持っているようで、交渉などは一切行えないと思われる。
     七兎も、彼女から分け与えられた力を使って殺戮を全力で楽しもうと、灼滅者の皆に嬉々として襲い掛かってくるだろう。
     そしてコルネリウスの力を得た残留思念は残留思念といえど、高い戦闘力を持つ為、決して油断はできない。
    「あの殺戮狂なイカレ野郎の願いを、コルネリウスが迷惑にも叶えた、ってことだね」
     それから遥河は、力を得た七兎の残留思念について語る。
    「七兎はみんなに灼滅された時と同じ、鋼糸と妖の槍が得物で、六六六人衆のサイキック、それとシャウトも使ってくるよ。これまでと同じように、イカれた挑発やトリッキーな動きで翻弄してくる強敵であることは間違いないから。それで……七兎の残留思念が在る場所はね、最初にヤツが闇堕ちゲームを行なった、広いイベントホール内だよ」
    「……最初にイカレ兎が闇堕ちゲームを行なった場所、ですって?」
     遥河の言葉に、雛の表情がふと変化する。
     そこは、雛にとっても忘れられない、因縁の場所。
     遥河はそんな雛の言葉に頷きつつも、さらに戦場の詳細を伝える。
    「とはいえ、残留思念が呼び出される時間は夜だから、何かのイベントとかは今回ホール内ではやってないよ。だから障害物もないし、ホールを訪れた当初は照明は消えてるけど扉のすぐ傍にスイッチがあるから、明かりを点ければ視界的にも問題はないよ。ホールへの侵入も、容易に行なえると思うし」
    「まぁ夜のホールとはいえ、見回りの警備員などがもしかしたらいるかもしれないな。わたしは念のため、そんな一般人への対応にあたろうか」
     そう申し出たのは、集まった灼滅者のひとり、綺月・紗矢(小学生シャドウハンター・dn0017)。雛はそんな彼女に、お願いするわ紗矢、と笑んでから。
    「あのイカレ兎、まだ悪戯し足りないようだけど。また出てくるというのなら、何度でも灼滅すればよくって?」
     そう、ふっと先程とは印象の変わった微笑みを宿す。
     そして遥河も、改めて灼滅者達を見回して。
    「もう、あんなイカレ野郎に振り回されるのはオレもごめんだからね。慈愛のコルネリウスは何考えてるかわからないし、七兎の残留思念も危険な相手だけど……ヤツをまた思いっきりぶん殴ってきてね」
     気をつけていってらっしゃい、と。そう皆を見送るのだった。


    参加者
    周防・雛(少女グランギニョル・d00356)
    十八號・アリス(轟轟・d00391)
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    東谷・円(ミスティルプリズナー・d02468)
    月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)
    四津辺・捨六(伏魔・d05578)
    梯・紗希(武蔵境の虎頭犬・d08837)
    ヴィルヘルム・ギュンター(ナイトノッカー・d14899)

    ■リプレイ

    ●ハートのお茶会
     イカレた兎に再びお茶会を開く機会を与えたのは、ハートの『慈愛』のお姫さま。
     さぁ、もう一度――殺戮印のお茶会を、心行くまで。

     前回此処を訪れた時。
     華やかなイベントを、恐怖と血に染めた六六六人衆がいた。
    (「そう……此処から始まった。そして、終幕も全てが始まったこの場所で」) 
     周防・雛(少女グランギニョル・d00356)は、1年以上も前の事件を思い返しながらも。
    「トレビアン……千秋楽には申し分ないわ」
     ホールのある建物に足を踏み入れる。
     闇堕ちゲームを起こした同じ場所に蘇るという、六六六人衆。
    (「有末七兎か。知らない名前だけど、六六六人衆だったのなら、まともな相手じゃなかったんでしょうね」)
     元六六六人衆五四二位、有末・七兎。
     彼の闇落ちゲームで堕ちた仲間の救出には携わったが。アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)が七兎と対面するのは初めて。
    (「『慈愛の』コルネリウスの力で復活したとしても、馬鹿は死んでも治らないらしいし」)
     そして七兎を蘇らせたのは、『慈愛のコルネリウス』。
    「一体どれだけ繰り返せば気が済む……」
     ――『慈愛』をふり撒いて死者を冒涜する事が、キミの望みなのか?
     月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)はそう呟いて。
    (「やれやれ、慈悲を与えるのは結構だが……何度も灼滅される事は本当に慈愛なのか? ってな」)
     同じくその『慈愛』に疑問を抱く、東谷・円(ミスティルプリズナー・d02468)。
     そして、七兎復活を耳にして。
    (「こいつが蘇って来たってことは、まさかあいつも蘇ってくるのか?」)
     また別の因縁相手を思い返すのは、ヴィルヘルム・ギュンター(ナイトノッカー・d14899)。
    (「まあ、例え蘇って来たとしても、何度でも殺せば済む話か。それこそ蘇れなくなるまで何度でも、な……」)
     そう、復活するならば、また灼滅するまでだ。
     そして仲間と共に、戦場となるホールの扉前で足を止めて。
    「この扉の向こうには敵がいる……気を引き締めないと殺られるわ」
     梯・紗希(武蔵境の虎頭犬・d08837)は最高潮の緊張で強張った顔を、両手で叩いて気合を入れる。
     今回の相手は、強敵の元六六六人衆。
     だが、それでも。
    (「紅茶の代わりに鮮血を振る舞うような茶会は論外だ」)
     四津辺・捨六(伏魔・d05578)の思う様に、殺戮印のお茶会に付き合うのはもう御免だ。
    (「続き物の最後にだけ関わるってのも妙な気分だけど、幕引きを始めよう……最も、これが最後って保証もないけど」)
     コルネリウスの考えや能力はまだ掴めないが。残忍なお茶会は、幕引きの時。
    「理想郷へも不思議の国へも、何処にも行かせないよ、マーチヘア」
     十八號・アリス(轟轟・d00391)も、三月の時の兎の様に気狂いな相手を食い止めるべく、仲間と共にホールの扉へと手をかける。
     物語の続きを駆けていくのは、白兎だけで十分だから。

    ●血のお茶会にようこそ
     周囲や一般人への警戒は、綺月・紗矢(小学生シャドウハンター・dn0017)等に任せて。
     開いた扉の先へと進む千尋は。
     照明を灯したホール内にいる『彼女』へ、声を掛ける。
    「久しぶりだねぇ。最近は話も聞いてくれなくて寂しい限りだ。死者との『ママゴト遊び』はそんなに楽しい?」
     そう、ずっと追っている、『慈愛のコルネリウス』に。
    「……もういい加減、止めにしないかい?」
     だが、この目の前の彼女も、実態なき幻の如き存在。
     やはり何の反応すらなく消えた姿に、千尋は苦笑する。返事のない手紙は、空しいモノだよ、と。
     いや、彼女はきっと灼滅者の話にもう聞く耳は持たないだろう。
     過去のコルネリウス自身とのやり取りや『仮像者』パンタソス・カロの検証結果、そしてぶれない彼女の『慈愛』による行動を思えば。
     そんな、物言わぬハートは退場したけれど。
    「別にキミに恨みはないけど灼滅させてもらう」
     すぐさま千尋が視線を移すのは。
    「俺様チャンの為に遊びにきてくれたんだぁっ、灼滅者チャンたちィ!」
     キャハハッ! と大声を上げて。
    「この俺様チャンがぁっ、今からみーんな、コロコロぶっ殺してあげるッ!!」
     兎のように飛び跳ねる、残忍な笑みの六六六人衆。
    「『ザ・ハート』はいなくなったかしら? じゃあ、七兎、あなたをもう一度灼滅してあげるわ」
     ――Slayer Card,Awaken!
     そう紡がれた刹那、アリス・バークリーの周囲に満ちる、解き放たれた白き魔力。
    (「正面勝負で、どれだけの見物になるか。油断なく、せいぜい全力を振り絞りますか」)
     やるべき事はひとつ、眼前の敵を全力で打ち倒すまで。
    「やあ、こんばんは。こんな時間にはるばる来たんだお茶ぐらいだしてくれても良いんじゃないか?」
    「!」
     刹那繰り出されたのは、激しく地を擦り燃え盛った炎を纏う、捨六の蹴り。
     だが七兎は、油断する事無く大きく跳躍して衝撃をかわすと。
    「慌てない、慌てなーいっ。これから、たーっぷり楽しませてあげるからさァ!」
     得物を構え、ギラギラと殺意漲る瞳を灼滅者へと向ける。
     そんな七兎を鋭き視線で射抜くのは、ヤドリギの魔法を番える狩人。
    「さぁ……兎狩りの時間だ」
     広い戦場という狩場を把握しつつも、戦闘態勢に入る円の隣で。
    「性懲りも無く戻ってきたのね、イカレ兎。そのままウサギ穴に引き篭って居た方が幸せだったのでは?」
     仮面をその顔に宛がった殺戮ピエロは、構われたがりなイカレ兎に嗤う。
    「良いわ、最後のチャンスですもの、遊んであげる。飽きるまで遊んで、元居た冥府に送り返してあげませう」
     さぁ、アンコールの幕を開けなさい――そう、再び戦いの舞台に躍らせるのは。
    「オイデマセ、我ガ愛シキ眷属達!」
     イカレ兎を斬首刑に処すべく張られた鋭利な糸と、糸に操られし彼女のドールズ達。

    「俺様チャンの愉快なお茶会に、よーこそぉッ!!」
    「……!」
     ギャハハッと下品な笑い声と共に生じるのは、灼滅者達を覆う無尽蔵のどす黒い殺気。
     だが強烈な衝撃にも怯む事無く。『浄化』の名を冠する漆黒の衣を身に纏い、白き輝き漲る魔術を紡ぎだして。問答無用でアリス・バークリーが七兎へと撃ち返すは、天翔ける魔法の矢。
     そして同じ一矢でも、円が射放つのは癒しの力を宿すもの。
    「面倒臭ェお茶会なんかに付き合ってられるか」
     血に塗れたお茶会になんて、決してさせはしない。
     そんな円の癒しの矢が仲間を癒すのと同時に。
     ヴィルヘルムの『Wespe』に宿るのは、眩き紫の電光。
    「!」
     瞬間、低い位置から搗ち上げる様に見舞われた紫電の衝撃が、七兎の顎をモロに跳ね上げて。
    「ドールズ、奴の手足を封じなさい……アーレ!」
    「得物は同じ……か。無論、負ける気は毛頭ないね」
     雛から解き放たれたオベロンとティタニアが、イカレ兎を捕縛せんと牙を剥けば。同時に、千尋のリング状の装飾が付いた真銀の魔槍が螺旋を描き、影をも貫く衝撃を七兎へお見舞いする。
     さらに、こういう輩は何して来るかわからないから厄介だ、と。
     仲間を庇える立ち回りを心がけつつも、七兎に生じた隙をつく様に。
     すかさず捨六が繰り出すは、流星の如き、重い飛び蹴り。
     そしてイカレたマーチヘアを飲み込まんと満ちる、十八號・アリスの漆黒の殺気。
    「僕もアリスと言うんだよ、有末」
     お茶会には丁度いいだろう? と、瑠璃硝子の瞳を細めながらも。
     かの物語を愛する彼女にどんな顔をさせてしまうだろうか、と。気に入りの物語からこの名を付けてくれた少女を想うアリス。
     だがそんな物語を冒涜するかの如く、ぴょんっと狂った様に戦場を跳び回るイカレ兎。
    「あなたの動き、止めさせてもらうわ!」
     そんな七兎を絡めとらんとぐんと伸びたのは、紗希の放つ影の触手。
     だが、瞬間。
    「ちっ! 下がってろ!!」
     咄嗟に紗希を庇い、前へと躍り出たのは、ヴィルヘルム。
     刹那、鋭利な槍から放たれた冷気のつららが、その身を貫いて。
    「あ、チョーット狙い外れちゃったけど……大当たりぃ!!」
     イカレ兎は、殺気に満ち血が滴り落ちるお茶会に。キャッキャと、無邪気な声を上げる。

    ●殺戮印の遊戯
     ホールから響く、激しい戦闘音。
     だが、中にいる皆が戦いに集中できる様にと。
     複数の灼滅者がホール外で動いていた。
    「一般人さんへの対応、頑張らなくっちゃ……!」
     透流はトランシーバーを使って紗矢達と連絡を取り、一般人の有無を確認して。周囲に怪しまれぬよう普通の中学生を装いつつ、殺界形成を展開し人払いを。
     ホール内の仲間に顔見知りもいる花鶏も、同じく殺界を作り上げながら。万一敵の衝撃が及んだ際、身を呈して一般人を守れるよう注意を払って。
     義和は別フロアのイベント参加者を早急に避難させた後、イカレた相手や背後のシャドウの存在の事を思うも。 
    「……ふん。討伐はあの8人に任せて問題ないだろう」
     仲間を信じ、サポートに徹する。
     またアルスメリアも、人がいないか巡回しつつ人払いを行なってから。一般人が無事避難し終えた事を確認すると、仲間達が戦うホールへと戻り始める。
     そして、複数あるホール出入り口を紗矢と手分けして。待機しながらも殺界を形成するのは、葉。一般人を近づかせぬ事は勿論、七兎が逃げぬようフォローを。
     そんな、ホール外の仲間達が奮闘する同じ時。
    「ほらぁっ、早くまた俺様チャンの首を掻き切っちゃわないとぉっ! 俺様チャンが、どかーんってみんなの身体に大きな穴あけちゃうよぉぉ!!」
     そうゲラゲラ嗤い、大きく妖の槍を振り上げる七兎。
     そんな大振りの動作に注意を払っていた雛は、鋭利な穿つ一撃を警戒し、素早く身を翻そうとするも。
    「……ッ!」
    「なーんちゃってー!! うっそぴょーん、残念でしたあぁ!!」
     七兎が放ったのは、螺穿槍ではなく死角からの黒死斬。
     その鋭利な斬撃が、雛の潤沢なフリルを斬り裂き赤に染めるも。
    「大丈夫か? 今回復する」
     ヴィルヘルムのシールドが雛の傷を癒し、守りを固めさせて。
    「まだ終幕のソワレは終われないわ、これからよ!」
     殺戮人形と化した少女ピエロの遊戯びは、まだ今からが本番。
     糸を巡らせ、オベロンとティタニアを自在に戦場という舞台に躍らせる。
     コルネリウスの慈愛によって呼び戻された、元六六六人衆。
    「かつて死者の国から蘇ったイザナミは、大層醜い姿になっていたそうな」
     強敵である事には違いないが、所詮ダークネスの残留思念。
     戦場を縦横無尽に駆け、アクロバティックな動きから一気に間合いを詰めた千尋の、トラウマを伴う影の一撃が七兎へ叩きつけられて。
    「もーっと楽しいお茶会にしよーよぉ! レッツパーリィィィ!!」
    「美味しい紅茶でも出るお茶会なら歓迎なんだけどな」
     七兎の言葉を茶化す様に返しながらも、激しい摩擦から生まれし炎を叩きつける様に、強烈な蹴りを繰り出す捨六。もしかしたらこれが最後のお茶会ではないかもしれないと、そう密かに感じながら。
     七兎は、狂ったイカレ野郎には違いないが。六六六人衆の序列社会を生きていただけあり、戦い方に関しては実に冷静非道で。じわじわ漆黒の殺気で纏めて灼滅者にダメージを与えつつも、隙あらば傷が深い人を狙った重い一撃を繰り出してくる。
     特に怒りを付与しつつも仲間を庇う壁役の負担は、思いのほか大きくなっていたが。
    「そちらにばかり構っていないで僕とも遊んでおくれマーチヘア」
     それを少しでも軽減すべく、イカレ兎の気を引く十八號・アリス。
     この血生臭いお茶会は感心できるものではないけれど。
     でも……握る得物の重さに親しみを感じて。無機質な冷えゆく感覚と同時に覚えるのは、それに矛盾するような高揚。
     そして不思議と失くした記憶の彼方で。
    (「……記憶をなくす前は一体何者だったんだろうね」)
     同じ物語をなぞらえた名を持つ気狂い兎にふと覚える感情。
     だが、そんな一抹の不安を消し飛ばすように。アリスは死角から鋭い斬撃を放つ。今は、七兎を止める為に此処に居るのだから。
     残留思念とはいえ、強敵との気が抜けぬ戦い。その衝撃は重く、狂った言動とは裏腹にその思考や視点は冷静だ。
     だが、戦い慣れてはいないけれど。仲間達と共に、果敢に攻める紗希。
    「くっ……危なかったわ。次は、当てる!!」
     纏め髪が流れる様に舞い、雷撃宿る拳を見舞った後。早く重い斬撃を振り下ろし、その得物ごと七兎を断ち切らんと、サイキックを使い分ける。
     さらに、白夜の如き淡い白光から容赦なく斬撃をお見舞いしてきたアリス・バークリーは。今度は敵の一瞬の隙をつき、三色織り交ぜた遠距離攻撃を、間合いを詰めた零距離で思い切りぶつければ。
     血を噴出しながらもまだ、狂い嗤い続ける七兎の異様なテンションに、円はうんざりした表情を宿しながらも。
     癒しの加護を宿した幻想の種子を撒く様に。誰も倒れぬよう、誓いに背き意思を貫くヤドリギの弓矢を、ぐっと力強く番えて。仲間の傷を癒す事に専念し、その緑を湛える陣を成す魔力が、戦線を必死に支えている。
     誰が倒れてもおかしくない戦況。だがそれは、嗤うイカレ兎も含めて。
    「油断してると首ちょんぱ! だっよーん!」
     七兎はそう、避ける隙もない糸の鋭撃で、灼滅者の首を刎ねんと仕掛けてくるも。
    「ボクも長く使った得物だ、簡単に押し負けはしない!」
     緋き五線譜を描くかの様に、相手の鋼糸を同じ鋼糸で叩き落した千尋は。
     すかさず動きが鈍ってきたように感じる七兎へ、今度は攻撃に転じた鋭利な糸を紡ぎ出す。
    「死者は死者らしく、黄泉へ帰れッ!」
     そしてまだヘラヘラ狂った笑みは健在とはいえ。
     さらに血に塗れたイカレ兎へと叩き込まれるのは、捨六の両手に集結した光溢れる衝撃。
     そして寄り添う白に澄んだ瑠璃が緩む、優雅な夜を思わせる紳士服の裾を靡かせて。十八號・アリスの一撃が網状を成し、イカレ兎を逃がさぬよう縛らんとすれば。そっと密やかに揺れるは、裏にカランコエ咲いた、守護者を護る鋳鐡のメダイユ。
     紗希も、これまで負った傷は決して浅く無いが。七兎へと注射器を突き刺し、その体力を奪う。
     これでもかと付与された状態異常の効果か、明らかに足が止まった七兎。
     だが灼滅者達は、攻撃の手を緩めない。
    「!」
     白の魔法に銀の影が混ざり合った刹那。兎を喰らわんとわき出るのは、無数の魔物の腕。
    「トラウマはさしずめ、死の瞬間のフラッシュバックかしら?」
     もっとも、もう一度それを味わうことになるけれどね、と。
     見えない何かに大きく瞳を見開いた七兎に、そう告げるアリス・バークリー。
     確かに彼は一度、死を味わった。だが彼の心に巣食うトラウマは。
    「注射も大嫌いだけどぉ……ひとりは、もっとイヤだようぅ!!」
     遊んでくれないならもう殺してよぉっ!! とそう叫ぶダークネス。
     執拗に狂ったお茶会を催す理由は、知る術もない彼の過去にあるのかもしれない。
     だが、哀れな気狂い兎を狩らんと。容赦なくその身を狙い射抜いたのは、彗星の如きミストルティンの一矢。
     そして円は、一般人の誘導を終え駆けつけた見知った顔を振り返って。
    「東当、エンチャは任せた!」
     その声と同時に、戦場に霧が発生する。
     そして悟と手助けに入りながらも、想希は握られた手を強く握り返して。
    「支えたる、ここは任せろや! そやから思いっきりいってまえや!」
     そう仲間に声を掛ける彼に頷き、さあ、思う存分行ってらっしゃい、と。
     残留思念とはいえ、因縁の宿敵に再開し、今まさに本懐を遂げんとする雛の手助けをしたいと。悟とその結末を、勇士を、確りと見届けんとすれば。
    「支援は任せなさい! あのムカつく兎を倒して!」
     アルスメリアも舞い振る火の粉の天蓋を成し、戦闘の補助に加わる。
    「またお客チャン? 大勢で仲良くぶっ殺し合おーよぉ!!」
     七兎は足元が覚束ないながらも、あくまで楽し気にゲラゲラと嗤って。
    「もう一度死ぬのは、貴様だけだ」
     一気に懐に入ったヴィルヘルムが見舞うは、Wespeの銃身を叩きつける鋼鉄の如き一撃。
    「! ふ……っ」
     その衝撃に、思わず瞳を見開く七兎。
     そして、七兎を見据えるその両の目は、紅月の色。だが過去、七兎の手にかかって闇に堕ち、血の色に染まった孤影の瞳には、その時の闇はもうない。
    「黒死斬、確かにこれは貴様とは縁がある技だったな。さあ、この霧に隠れた攻撃、避け切れるなら避けてみろ!」
    「あ! 誰かと思えば、むっしゅーチャン……が、はッ!」
     愛しい人を支援すべく、孤影が死角から渾身の斬撃を放てば。
    「やれ、ヒナ!」
    「メルスィ、ムッシュー……仰せの侭に」
     これまで散々翻弄されたイカレ兎へのとびきりの手向けは、お望み通りの心臓への一撃。
     それはかつてこの場所で彼女を穿ち、大切な人を奪った、あの一撃と同じ物。
     そして――雛の繰り出した螺旋を描く衝撃に貫かれたイカレ兎は。
    「! ぐ、はあっ!! も、もっとぉ……俺様チャンと……遊ん……」
    「終わりが決まらずグダグダ続くだけのお茶会なんてまっぴら御免だね」
    「狩りも、イカれたお茶会も、これで解散。 二度と来ンな」
    「ボンニュイ、イカレ兎……常しえに」
     共に戦った仲間に、紗希が深く一礼する間に。
     光の粒となり、溶ける様に、天へと消え失せたのだった。

    作者:志稲愛海 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年9月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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