薔薇園にて

    作者:ライ麦

     あなたのことが大好き、とつがりは言った。血に塗れた手で私の手を握り締めながら。
    「ねぇ、だから一緒に行きましょう? 一緒に血の海に溺れましょう?」
     そう言って微笑むつがりは、血を浴びてぞっとするほど綺麗だった。けれど、傍で肉塊となって事切れている両親の姿を見れば、素直に頷くことはできなかった。
     思わず手を振り払って逃げ出す私に、それでもつがりは笑みを浮かべる。
    「私は先に行くけれど。私のことが好きなら、追いかけてきて」
     きっと来てくれるわよね、だってあなたとわたしは『同じ』なんだから――そう、つがりの口が言葉を紡ぐ。
    「私達、ずぅっと一緒よ」
     目をすぅっと細めて呟いた、その言葉が耳から離れない。嗚呼、どうしてこんなことになってしまったの!?
     飛び出した先の街をひた走りながら、幼かったあの頃、同じことを薔薇園で誓い合ったことを思い出す。でも、言葉自体は同じでも『今』のつがりと一緒に行くのは危険な気がする。両親を殺してでも一緒にいようなんて、昔の彼女だったら言わない。どうしてどうしてこんな風になってしまったの? 私が、両親の勧めに従って別の学校行こうとしたから? 道が別れてしまっても、またあの薔薇園で逢おうね、って、私はちゃんと言ったのに……。
     ……薔薇園。そこに行けば、あの頃に戻れるのかな。
     いつしか、足は自然にその場所へと向いていた。血が飲みたい、その渇望を抑えながらふらふらと進む。そこに行けば、かつての二人の幻影だけでも見れるんじゃないか――そんな儚い希望だけを胸に抱いて。

    「現在、一般人が闇堕ちしてヴァンパイアになる事件が発生しようとしています」
     天野川・カノン(中学生エクスブレイン・dn0180)が静かに告げる。
    「闇堕ちしかけているのは、花見川・そらさん。そらさんにはとても仲の良い双子の姉……つがりさんがいらっしゃったのですが、そのつがりさんが闇堕ちして、感染に巻き込まれたようですね」
     つがりは元々異常なほど妹のそらにべったりだったらしく、周囲からむしろ恋人みたいだね、と揶揄されるほどだったらしい。そらの方もそらの方で、つがりを大切に思っていたようだが。
     幼い頃からどこに行くにも一緒で、私達はずっと一緒、なんて二人で誓い合ったりして。そんな二人に転機が訪れたのは中3になってから。
     元々そらの方が成績が良かったため、両親はそらに遠くにある進学校の受験を勧めたらしい。そらの方も乗り気だったのだが、これにつがりが猛反発。親と喧嘩を繰り返した挙句――闇堕ちした。そして、それに巻き込まれてそらも。
    「つがりさんは完全に闇に飲み込まれています。助けることはできません……ですが、そらさんの方にはまだ人としての意識が残っています。もし彼女が灼滅者の素質を持つのであれば、闇堕ちから救い出してください。完全なダークネスになってしまうようであれば、その前に灼滅を。お願いします」
     カノンはそう言って、仁左衛門の上で頭を下げた。
     そらがいるのは、とある薔薇園。夜の広場のベンチに、一人座り込んでいる。ヴァンパイアと化した姉から逃げ出してとっさに駆け込んだ場所がここだったらしい。
    「たまたま逃げ込んだ、というのとはちょっと違うようですね。どうやらこの薔薇園は、かつてつがりさんと一緒に遊んだ、思い出の場所だったようです」
     闇堕ちしかけながらも、彼女がそこに赴いたのは……あるいは、薔薇園に行けば、幼かったあの頃に戻れるのかもしれない、という期待がどこかにあったから、なのかもしれない。
    「実際には戻れるどころか、そのままでいると完全にヴァンパイアになってしまうだけ、です。ですから、彼女が完全に堕ちきる前に薔薇園に赴いて、倒してください」
     どのみち、闇堕ち一般人を闇堕ちから救う為には戦闘してKOしなければならないのだ。
     戦闘になればそらはダンピールと解体ナイフのサイキックを使ってくる。堕ちかけとはいえそこはヴァンパイア、かなり強いので注意が必要だ。
    「ですが、そらさんの人間の心に呼びかける事で、戦闘力を下げる事ができます。説得の内容はお任せします」
     そこまで説明した後、カノンはいつもの口調に戻って小さく微笑む。
    「……そろそろ秋薔薇のシーズン、みたいだね。皆で薔薇を安心して楽しめるようにするためにも、そらさんのこと、よろしくお願いするね」


    参加者
    伊舟城・征士郎(弓月鬼・d00458)
    夜空・大破(破滅を断つもの・d03552)
    揚羽・王子(トリックオアトリート・d20691)
    夜伽・夜音(トギカセ・d22134)
    成瀬・ピアノ(敬天愛人・d22793)
    日輪・日暈(汝は人狼なりや・d27431)
    凍月・緋祢(コールドスカーレット・d28456)
    十朱・射干(霽月・d29001)

    ■リプレイ

    ●星かげ
     大切な人が堕ちたなら……一緒に堕ちてしまえるなら、それはとても甘い夢。
    (「でもそれは「違う」気がします」)
     夜空・大破(破滅を断つもの・d03552)は思う。それではきっと、何もかもなくなるだけだから……。
    「大切な絆は簡単に裂いて良いものではなし、しかし闇堕ちは見過ごせぬのぅ」
     揚羽・王子(トリックオアトリート・d20691) が枯鬼灯を模った行灯で道を照らす。万一に備え、殺界形成で一般人を遠ざけるのも忘れない。十朱・射干(霽月・d29001)もサウンドシャッターで音を遮断した。
    「……救いのない話は嫌いです。せめて、そら様だけでも助けられれば……」
     凍月・緋祢(コールドスカーレット・d28456)は祈るように手を組む。全ての一般人が灼滅者になってバベルの鎖を得られればいいな、と考えている彼女らしい。王子も頷く。
    「青い薔薇が植わってないと良いのぅ、花言葉が不可能とは縁起でもないからのぅ」
     尤も、最近では「奇跡」「夢叶う」といった花言葉もあるらしい。青薔薇に何を見るか、それは人それぞれなのだろう。
    「大切な家族さん、失っちゃうのとっても悲しいこと。ひとりぼっち、……とっても、寂しいこと、だと思う」
     カメのぬいぐるみ『くさもちさん』を抱きしめ、夜伽・夜音(トギカセ・d22134)はポツリと呟く。家族に捨てられ、大切な人も何処かに行ってしまった過去。ひとりぼっちに慣れてる反面、ひとりぼっちが寂しいことだという事もとても痛感しているから……。
     思うところがあるのは日輪・日暈(汝は人狼なりや・d27431)も同じ。
    (「大事な人がいた、あの頃に戻りたい、その気持ちがよく分かる。だから絶対に、俺がこの手で救いたい」)
     掌をぎゅっと握り、薔薇の小道を見据える。広場のベンチに座り込んでいる、という事前の情報があれば、見つけることは容易い。薔薇園はそれなりに広かったが、伊舟城・征士郎(弓月鬼・d00458)のスーパーGPSと園内マップを照らし合わせれば、迷わずに広場へ辿りつけそうだ。
    (「そら様の逃亡の可能性を出来るだけ低くしようと思って持ってきたのですが」)
     別のところで役に立ったと思う。尤も、スーパーGPSは地図上に「自分の」現在位置を示すものだ。どちらかというと逃走阻止より、迷子防止向きではある。
    「さぁ、早くそらさんを助けに行こう!」
     迷う心配はなし、ならと成瀬・ピアノ(敬天愛人・d22793)は駆ける様に歩を進める。色とりどりの薔薇がポツリポツリと咲く道を通り抜け、薔薇のアーチをくぐり……すると広場に出た。中央に噴水があり、周囲は薔薇の花壇で囲まれている。噴水傍のベンチには、一人の少女が力なく座り込んでいた。夜の薔薇園に他に人気はない。彼女が花見川・そらで間違いないだろう。
    「そら様、こんばんは。きれいな薔薇園ですね……」
     まずは緋祢が近づき、丁寧に話しかける。
    「君が待っていた人じゃなくてごめんね、初めまして」
     魔術師のランプを掲げ、日暈も声をかけた。そらが面を上げる。ランプの灯に照らされた顔は闇堕ちの影響か、やけに青白かった。
    「……誰」
     そのまま睨みつけてくる。茶色がかった薄桃色の髪は長く、たおやかな印象を受けるのに、紅く染まった瞳は敵意で満ちていた。
    「貴女を助けに来た者です。心をしっかり保って下さい。そら様……このままでは、貴女は貴女ではなくなってしまいます」
     胸に手を当て、緋祢は語りかける。
    「うるさい。いらない。つがりじゃない人なんて、いらない」
     そらがふらりと立ち上がった。次の瞬間、薔薇園に赤き逆十字が立ち上る――!

    ●紅
     その一撃を正面に立って受け止めたのは、征士郎だった。精神ごと引き裂かれ、体が悲鳴を上げる。ディフェンダーの力を持ってしても、目は霞み、足元はふらついた。流石なりかけとはいえヴァンパイア。ダークネスの中でも強力な種族なだけある。それでも、皆の盾となるために。征士郎はぐっと地を踏みしめ、クルセイドソードを抜刀した。白き斬撃が、攻撃と共に守りを固めさせる。続くビハインドの黒鷹が、霊撃で攻撃力を削いだ。
    「君の気持ちはよく分かる。あの頃に戻りたいって、帰りたいって。でも、ここに居ても、君はつがりちゃんには会えない」
     日暈が呼びかけ、縛霊撃で動きを阻害する。頷く射干が、殲術執刀法で的確に急所を抉りだした。
    「君がお姉さんの事を愛し、またお姉さんも君の事を愛している事はよくわかった。だが、もう君のお姉さんは人間でない……君まであちら側に引きずられていく理由はないんだ」
     祭霊光で征士郎を癒しながら、王子も口を開く。彼女を守るように、ビハインドの病葉も霊障波を放った。
    「姉の事を忘れよとは言わぬ、大事に想うならば己の手で姉を正しく導こうと思わぬかえ? お主が堪えればその道も開けようなのじゃ」
    「あなたができる選択は二つ、衝動に従ってつがりさんであったものについていくか、それに抗って戦うか、それだけです」
     続けて語りかけた大破が、片腕を異形化させる。きっと、ついていくほうが楽で、戦う道は困難だろう。それでも。
    「ついていく道は「違う」んです。両親を殺して、さらに別の悲劇を生むものについていくのは違うんです。あなたもそう思ったから、すぐについていかなかったのでしょう」
     ひたむきに説得し、腕を振るいながらも、
    (「……自分が同じ状況になった時に、ついていってしまいそうな私には本当は言う資格がないのですけれど」)
     内心、密かに苦笑する。それでも、このまま行かせたくはない。青い瞳でまっすぐに彼女を見据えた。夜音もふわりと彼女に近づく。
    「その力、何かを壊すために使うの、とっても寂しいこと。大切なもの守るために……使ってみない?」
     近くの薔薇を散らさぬよう、注意を払って振るわれる鬼神変も。人のゆめを、こころを、……絆を、守るための力。壊すだけのために力を使ってしまったら、きっと。
    「貴女は消えてしまう……つがり様のように」
     死角からの一撃で足取りを鈍らせつつ、緋祢は呼びかけ続ける。今のつがりは、つがりの姿をした別人。踏みとどまったそらには、同じ道を歩んで欲しくない。
    「いつか、つがりさんに向き合うために、今あなたが怪物になっちゃダメだよ。ううん、私がそういう風にさせたくないんだ」
     ローラーダッシュで迫ったピアノが、言葉と共に力強く炎を纏う蹴りを放つ。紅く炎が燃え上がり、そらはよろめいた。攻撃も、今までの説得も、届いているはず。それでも、そらは耳を塞いでかぶりをふった。
    「やめて! 何も、聞きたくない!」
     ぶわぁっと、毒の風が竜巻となって灼滅者達に襲いかかる。
    「させません!」
     咄嗟に征士郎が前に出て、仲間達を庇う。主人から命を受けたサーヴァント達も、守りに加わった。周囲の薔薇が数個、風に煽られてポタリと地に落ちる。はらはらと薔薇の花弁が舞った。

    ●一心
     黒鷹が攻撃して気を引き、征士郎が回復してくれる、その傍らで、夜音は落ちた花弁をそっと拾い上げた。そして小首を傾げて問いかける。
    「この薔薇園、大切な場所なんだよね。そらちゃんこのままじゃ、薔薇の花散らしちゃうよぉ?」
    「……っ!」
     そらの肩がピクリと震えた。薔薇園をなるべく傷つけないよう、心掛けて戦っていた彼女の言葉には説得力がある。ここがそらにとって忘れがたい、大事な思い出の場所だから。続けて放たれた冷気のつららも、薔薇を巻き込むことはない。
     夜音の言葉を聞き、緋祢も改めて夜の薔薇園を眺めた。漆黒の夜空に彩られ、僅かな光に浮かび上がる花達は、美しい。
    「……この美しい薔薇園も、貴女は壊してしまいたいのですか」
     言葉が溢れる。
    「悔しくはありませんか。その闇の衝動に負けることが……貴女のお姉様を変えてしまったそれに負けることが」
     はっとしたように、そらは顔を上げた。
    「大好きなお姉様と一緒に、ご家族と一緒に過ごせたはずの未来を奪ったその闇の衝動に、貴女は負けても良いのですか。……悔しくは、ないのですか」
     やるべきことを為すために、彼女を救うために。懸命に語りかけ、指輪から制約の弾丸を放つ。動きを止めたそらに、大破はフォースブレイクをぶつけながら呼びかけた。
    「戦ってください、その衝動と。そして……つがりさんと」
     ……酷なことを言っているのは、分かっている。愛する人と戦え、などと。
    (「それでも、抗わなくては、取り戻せないものもあるのですから」)
    「そんな……できない……」
     瞳の敵意は薄れつつも。戸惑うように、彼女は鮮血のようなオーラを宿したナイフを振るう。できないはずはない、と射干はきっとそらを見た。……睨んでいるわけではなく。
    「私は人造灼滅者だ……肉体的には、君のお姉さんと同じダークネスなんだ」
     告白し、少しでも説得力が増せば、とダークネス形態をとる。下半身が蜘蛛と化した、禍々しい絡新婦の姿。ひっとそらが息を呑む。
    「だがな、そんな私でもこうやって人間として生きる事は出来ている。君にだって出来るはずだ、まだ戻れる。闇に飲み込まれるな!」
     人間形態に戻り、妖冷弾を放ちながら力強く語る。一方、王子は指先に集めた霊力を撃ち出し、仲間を癒しながら問うた。
    「灼滅者となればお主は姉と敵対せねばならぬ、その時に後悔する事があるのならばこの場で灼滅されたほうが良かろうなのじゃ。どちらを選ぶかえ」
    「そんな、だって……そんなの、選べない!」
     叫ぶそらが、ナイフから展開した夜霧に紛れる。病葉が霊撃で追う。ピアノもその中に飛び込んだ。
    「向き合って、ちゃんと受け止めて、それでどうするか決めてほしい。いつかそういう覚悟をして、決断してもらいたい」
     必死で呼びかけながら、螺旋の捻りを加えた槍で穿つ。だって。
    「大切な人のことを、赤の他人に任せちゃうなんて嫌じゃない? だからあなたを救いたい。それが、私の気持ち、私の願い」
     そう、率直な気持ちをぶつけた。決めるのはそら自身、それでもこちらに来て欲しい。その想いを込め、緋祢は魔法の矢を放つ。
    「つがり様を、私達と一緒に止めに行きましょう。貴女の力が必要です」
    「だから、俺達と一緒においでよ、一緒につがりちゃんを探しにいこう」
     日暈も想いは同じ。神霊剣で霧を払い、優しく手を差し伸べる。彼女の瞳が揺れていた。
    「……あ……うう……でも、ここでつがりを…………待ちたいの!」
     説得に心動かされつつも、過去の幻影に縋りたい気持ちはまだあるようで。変形させたナイフをギリギリと日暈の体に突き立てる。
    「……つっ!」
     痛みに顔をしかめる日暈の傷を、征士郎が癒す。そうしながら、説得を試みた。
    「貴女様が突然の悲劇に苦しみ、優しい思い出に浸ってしまいたいお気持ちは、僅かながらでも分かるつもりです。ですがそれは貴女様自身の心すらも置き去りにしてしまう選択です」
     夜音も頷いて。
    「思い出は縋るものじゃない。今の自分を、支えてくれるもの。縋るものになってしまったら、それは枷なの」
     自分自身に言い聞かせるように、言葉を紡ぐ。そして、デッドブラスターを放って。
    「そらちゃんの『思い出』は、どっち? 縋りたいもの? それとも……そらちゃんを支えてくれるもの?」
     問いを投げかけた。
    「私、は……」
     その先が、まだ言葉にならない。そんな彼女に、射干は言う。夜音と同じく、漆黒の弾丸を撃ち出しながら。
    「君に出来る事は、人間として生き、お姉さんや御両親と共に過ごした想い出を風化させない事じゃないのか?」
    「闇堕ちは辛かろう、苦しかろう、憎かろう。それに飲み込まれる事は簡単じゃ、抗うかはお主が決めるのじゃ」
     王子はオーラを放出し、選択を促す。
    「……私は」
     呟く言葉が、徐々に輪郭をはっきりさせていく。最後に背中を押すために。ピアノが、流星の煌めきを宿す飛び蹴りを放った。
    「あなたは一番大切なもののために、今自分を蝕んでいる自分じゃない自分に抗うべき。戦って、噛み付いて、覆さなくっちゃダメだ」
     そして、手を伸ばして。
    「私たちは、あなたの心に手を貸す。描いて。この先にいる自分の姿を。それが、本当につがりさんのためになる自分の姿だよ。偽らない心で向き合うための、自分の形だよ!」
     そらの瞳が、大きく見開かれた。唇から、言葉が零れる。
    「……私は、抗う! 私と……つがりのために!」
     直後、「あああっ!」と叫びを上げ、彼女が……いや、彼女の中のダークネスがうずくまる。主導権を奪われまいと抵抗するように。だが、そらの心はもう飲み込めない。やっと、灼滅者達の思いが届いたのだから。後は、全力を持ってその闇を倒すだけ。
     日暈がクルセイドソードを手に取る。一族の少年を、その技を脳裏に思い浮かべながら、非物質化した剣を振るった。それを皮切りに、灼滅者達は次々に攻撃を加えていく。応戦するダークネスも、やがては膝を突いた。
    「さぁ、戻りましょう。……つがりさんを、せめて、最後に取り戻すために」
     大破が断罪の刃を振り下ろす。その刃が、闇を絶った。

    ●薔薇の海
     くず折れるそらの体をピアノが支える。
    「おかえりっ!」
     笑顔で声をかけ、緋祢もボロボロになりつつも笑顔で手を差し伸べた。その手を取り、そらは微かに笑う。けれど。
    「……もう、つがりとは一緒にいられないのよね」
     俯いて、ポツリと漏らす。やはり、姉のことは気がかりなのだろう。そんな彼女の頭を、日暈はポンポンと叩く。
    「君とつがりちゃんは、確かに綺麗で美しい、だけど違う薔薇だから。同じ薔薇なんてないんだよ、そらちゃん」
    「……うん」
     頷くそらに、射干も声をかけた。
    「お姉さんの事を忘れろとは言わないし、忘れてはいけないと思う……君の事を何よりも大切に想っていたのだから。今後お姉さんに逢えるかはわからないが、必要ならば幾らでも手を貸そう。君の言葉が、彼女にとって一番求めているものだろうから」
    「……ありがとう」
     そらが微笑む。征士郎も、紳士らしく彼女をエスコートする。彼女が前を向けるように。
    「今すぐ前を向いて生きる必要はない。立ち止まり、落ち込み、泣き出したって構わない。それでもどうか、思い出の中へ逃げ出さないで。貴女様を、一人ぼっちにはしないであげて下さい」
     そして、学園に迎えられるように、丁寧に説明した。その間に、王子は淡鬼灯を掲げて薔薇を眺める。秋薔薇は春薔薇より鮮やかだ。温く灯る光に照らされた花はいっそう美しかった。
     夜音も咲きはじめの薔薇園を見渡し、夢見るような足取りで散策する。
    (「思い出の詰まった場所を大切にしたい気持ち、大事なこと」)
     薔薇園の御話。聞きたいな、と彼女は微笑んだ。過ぎ去った時は戻らない。けれどここで過ごした想い出は、いつまでもそらの中で輝くことだろう。

    作者:ライ麦 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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