音を楽しむ音楽祭

    作者:三ノ木咲紀

     ある地方都市で、音楽祭が開かれていた。
    「音を楽しむ音楽祭」と銘打たれた音楽祭は、市民の娯楽程度の発表からプロ中のプロまで幅広く出演を募り、秋の一大イベントとして長く親しまれてきた。
     歌は合唱からアカペラ、ゴスペルからロックから多種多様な歌手が集い、音楽のジャンルはクラシックはもちろん、邦楽からジャズ、ロック、軽音から民俗音楽まで幅広い。
     例えうまくなくても観客が手拍子で盛り上げ、本当にうまい人は皆が聞き惚れる。そんな音楽祭だった。
     地元のバイオリン教室の生徒として、音戯・和奏(おとぎ・わかな)がソロで演奏していた。
     音を楽しむ音楽祭に触発されて、バイオリンを習い始めたのが五歳の頃。それからずっと音楽が楽しくて、この音楽祭にも出続けていた。
     その甲斐あって、中学二年生になった和奏は、満員の観客を前にソロを奏でられるまでになっていた。
     曲が終わり、客席から大歓声が湧きあがる。
     舞台上で一礼した和奏の隣に、一人の女が忽然と現れた。
     長い金髪を巻き髪にして高々と結い上げ、豊満な肢体に露出度の高いドレスを纏っている。身につけているアクセサリーも、高価な品だ。
     端正な顔は目元が黒いヴェールに覆われ、表情を見ることはできなかった。
     女の周囲には、タキシード姿の男が三人控えている。突然の出来事に、会場が少しざわついた。
     女は驚いて声が出ない和奏に向き合うと、首を傾げた。
    「あなたの才能は素晴らしいわ。でも、迷いがある。このまま演奏を続けてもいいのだろうか。そう思うことはなくて?」
     女の言葉に、和奏はぎくりと身をこわばらせた。眉根を寄せ、言葉が出ない。その態度は女の言葉が事実であることを雄弁に物語っていた。
    「あなた……誰ですか?」
     警戒して身を引く和奏の頬を、女の白い手がそっと包み込んだ。手袋越しでも感じる冷たい手の感触に、和奏は恐怖で身を硬くした。
    「あなたを、私の『楽団』の一員として迎え入れてあげます。これからは、ただ私のために奏で、私のために生き、私のために死になさい」
     そう言うと、女はおもむろに和奏に口づけた。
     女は貪るように、和奏の唇を味わう。最初は驚いていた和奏の目から、意思の光が徐々に消えていった。
     やがて女が和奏から離れた。女の指が和奏の唇をそっと拭う。
     和奏は正気を失い、女を崇拝するような目で見つめた。
    「光栄に思いなさい、和奏」
    「はい。アリア様」
     アリアと呼ばれた女は嫣然と微笑むと、和奏を連れて舞台上から姿を消した。


    「音を楽しむ音楽祭、っていうのがあるんだが、そこで学生が攫われる事件が起こるようだ」
     野々宮・迷宵は指揮棒のように、シャープペンシルを軽く振り上げた。どうやら男装というよりは指揮者なイメージらしい。
    「攫われるのは、中学生バイオリニストの音戯・和奏さん。ダークネスは和奏さんを連れ去って、自分の『楽団』の一員にしようとしているようだ。彼女が連れ去られるのを、阻止してあげてほしい」
     音楽祭に現れるのは、淫魔のアリア=シンフォニア。普段はお気に入りの演奏家や一般人を闇堕ちさせて集めた自分の城で、存分に『演奏会』に耽っている。
     今回は新たな楽団員のスカウトの為、音楽祭に来たのだ。
     迷宵は難しそうに、眉をひそめた。
    「今回干渉できるのは、残念だけど和奏さんがアリアにその……キスされて闇堕ちした後からなんだ。和奏さんはまだ間に合うから、ここで確実にKOしてあげて欲しい。まだ理性は残ってるから、説得による弱体化は期待できるね。もし万が一完全に闇堕ちしてしまったら……。灼滅、してあげて」
     和奏は子供のころから「音を楽しむ音楽祭」に親しみ、この音楽祭がきっかけで音楽を始めたという。
     だから、見ず知らずの人と突然セッションすることに抵抗は無い。
     いつでもどこでも誰とでも、楽しく音楽をしたい。だが、プロになりたいという夢も捨てきれないでいる。
     レッスンは続けたい。だが、父親が入院してしまい、収入が途絶えて家計が苦しいのは分かっている。
     バイオリンという贅沢な趣味を続けてもいいのだろうか。本当にプロになれる人なんて、ほんの一握りなのに。
     そういったことで悩んだ心の隙を、アリアに突かれてしまったのだ。
    「皆は和奏さんと一緒に演奏することになったバンドということで一緒に舞台に上がって。手配はしておくから。楽器は何でもいいよ。楽器ができなかったら、歌でもバックダンスでも。手拍子だって、和奏さんは喜ぶと思う。舞台上で一緒にパフォーマンスをして盛り上げてくれ。足りない所は和奏さんがフォローするし、観客もノリノリだから、ブーイングとかは心配せずに思い切り演奏してくれ」
     観客やスタッフは、突然の出来事に驚いて騒ぎ始める。放っておくとスタッフが舞台上に上がってきて巻き込まれてしまう危険性がある。何らかの対策をした方がよい。
    「アリアはかなり強い淫魔なんだ。アリアの実力は、正直底が知れない。でも、幸いアリアはすぐに撤退するから、挑発したり追いかけたりしないで。皆が何らかの行動を起こせば、和奏さんはボディガード達と一緒にその場に残るよ。今回は、和奏さんを闇堕ちから救うこととお客さんに被害がないようにすることを目標にしてほしい」
     和奏が闇堕ちすると、淫魔となる。使用するサイキックはサウンドソルジャーと似ている。
     手下の強化一般人はディフェンダー三体とメディック一体。
     ディフェンダーは鋼糸に似たサイキックを、メディックはWOKシールドに似たサイキックを使う。
     強化一般人を救出することはできない。
    「皆の実力なら心配はないと思うけど、十分注意してほしい。あと、皆でセッションできる機会なんてそうそうないから、演奏も楽しんできてくれ」
     迷宵はくるくるとシャープペンシルを振ると、一礼した。


    参加者
    小坂・翠里(いつかの私にサヨナラを・d00229)
    玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882)
    北斎院・既濁(彷徨い人・d04036)
    三味線屋・弦路(あゝ川の流れのように・d12834)
    音森・静瑠(翠音・d23807)
    青山・紗智子(入神舞姫・d24832)
    橘・愛美(普通の暗殺者・d25971)
    守森・リア(中学生魔法使い・d28152)

    ■リプレイ

     暗い舞台の上に、スポットライトが当たっていた。
     中学生バイオリニストの音戯・和奏が、舞台の中央でただ一人バイオリンを演奏していた。
     ただ一人悩み、苦しみ、膝を抱えて悲しんでいる。そんな音色に、観客は皆聞き入っていた。
     見事だが哀愁を漂わせる舞台上に、二つのスポットライトが灯った。
     小坂・翠里(いつかの私にサヨナラを・d00229)と守森・リア(中学生魔法使い・d28152)の手拍子が、哀しげな音色を勇気づけるように響いた。
     これからもバイオリンを続けられるように。後悔しない生き方ができるように。
     翠里とリアの手拍子が、沈んだ音色に手を差し伸べた。
     リズムに乗った手拍子に、顔を上げたバイオリンの音色が徐々に明るくなっていった。
     スポットライトがさらに増え、舞台は明るさを増す。
     バイオリンとパーカッションに、歌声に例えられる音色が語りかけるように続いた。
     北斎院・既濁(彷徨い人・d04036)のチェロが、低い音で和奏の想いを支える。
     もう一本のバイオリンが、セッションに加わった。橘・愛美(普通の暗殺者・d25971)が奏でる音は、強い意志を持って和奏の音を導く。
     肩の力を抜いて、気楽にやれと。やるのならば迷いは断ち切れと。
     既濁と愛美の優しくも厳しい応援に、和奏は目を見開いた。
     続く音森・静瑠(翠音・d23807)の澄んだハミングが、言葉にならない思いをまとめ上げ、セッションを柔らかく、確かにまとめ上げていく。
     たくさんの人を楽しませる。それこそ音楽ではないのかと、美しい歌声が雄弁に語りかけていく。
     西洋楽器で一応の完成を見た舞台に、ふいに和楽器の音色が響いた。
     玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882)と三味線屋・弦路(あゝ川の流れのように・d12834)が、舞台の上手と下手から現れ、三味線の二重奏が音楽に一気に深みを与えた。
     三味線が、場を明るく締める。高く低く、変幻自在な三味線の音色に、最初は驚いた様子の和奏だったが、すぐにメロディを調和させた。
     人の心を震わせるのは、魂持った人の心だと。己の未来に自信と誇りを持てと。
     一浄と弦路の語りかけるような三味線の音色に、和奏はバイオリンの音色で返した。
     国境なきセッションに導かれたように、青山・紗智子(入神舞姫・d24832)が情熱的で見事な踊りを魅せた。
     舞扇が舞い、裾が生きているように踊り、タップと鈴が高らかに鳴る。
     音を楽しめるのならば、それが音楽。踊りでさえも音楽なのだという声なき声に、観客たちも全員立ち上がった。
     歓声が響き、手拍子が鳴り、それぞれに歌う。霊犬の蒼も、楽しそうに鳴き声で参加する。
     それはもはや混沌として、曲としては成り立っていないのかも知れない。
     だが、それは確かに「音楽」だった。その場にいた全員が音を楽しみ、音に参加し、音に共鳴する。
     場の空気が混然一体となり、高みに登ろうとした時。雷のような音がすべてを引き裂いた。


     雷と共に忽然と女が現れた。
     長い金髪を巻き髪にして高々と結い上げ、豊満な肢体に露出度の高いドレスを纏っている。間違いなく、予知にあった淫魔・アリアだった。
     アリアの登場に、客席が水を打ったように静かになった。
     舞台上の灼滅者達は、現れたアリアに警戒するように、次の行動への準備を整えた。
     状況が呑みこめない様子の和奏は、現れたアリアに目を白黒させている。
     アリアはおかしそうに笑うと、若菜の隣へ音もなく近寄った。
    「あなた、素晴らしいわ。あの駄楽器どもをまとめ上げて、一つの音楽にしてしまうのだもの。パートリーダーとしての資質もあるのね」
     アリアはそっと、和奏のほほに手を差し伸べた。冷たい手の感触に、和奏は身を硬くする。
    「あなたを、私の『楽団』の一員として迎え入れてあげます。これからは、ただ私のために奏で、私のために生き、私のために死になさい」
     アリアに口づけされる和奏に、リアは思わず目をつぶった。
     和奏の目から、正気が失われる。アリアが和奏から離れた時、和奏は崇拝するような目でアリアを見上げていた。
    「光栄に思いなさい、和奏」
    「はい、アリア様」
     異様な雰囲気の舞台を覆い隠すように、幕が下りた。異変に気付いた係員が、幕を下ろしたのだろう。
     演出家らしき一般人が、空気を読まずにずかずかと入り込んできた。
    「ち、ちょっとあんた誰? どうやって……」
    「あれ? 話を聞いていませんか? これから舞台転換なので、一旦お客さんを外に出してくださいね」
    「そ、そうか? 監督がそう言うならそうか……」
     静瑠の言葉に、演出が首を傾げながらも舞台から降りる。
     客席がざわつき始めた。不安そうな雑多な声に、翠里が割り込みヴォイスで語りかけた。
    「これからステージチェンジをするので、並んで会場から出て下さい!」
    「静粛に速やかに一時退出お願いしますー」
     マイクで退出を呼び掛ける一浄の声に合わせて、既濁が殺界形成を放つ。放たれる殺気に、ざわめきが徐々に遠ざかった。
     避難の呼びかけや一般人の声に、アリアは耳を塞いだ。
    「駄楽器どもが、喧しいこと」
     アリアは不愉快そうに眉をひそめると、和奏に手を差し伸べた。
    「さあ、行きますよ。耳障りな雑音など、聞くに堪えません」
    「……アリア様の御耳を汚した連中を、生かしておく訳にはいきません」
     和奏はアリアの手に背を向けると、バイオリンを構えた。
    「その罪、私が償わせます!」
     和奏の背中に、アリアは少し考えると後ろに控えた三人に声を掛けた。
    「あなたたち。和奏に従いなさい。大事な奏者に傷を、つけてはなりませんよ」
    「承知いたしました」
    「私はアリア様と共に……」
     一歩前へ出た専属看護師を、アリアは視線で黙らせた。
    「和奏。城で、待っています」
    「はい!」
     感極まったように頷いた和奏は、弓を弦にあてがった。


     アリアの気配が消え、和奏はバイオリンをかき鳴らした。
     情熱的で攻撃的な音色が、空気をギザギザに震わせたように灼滅者達に襲いかかった。
     さっきまでのセッションとはまるで違う、精神をひっかくような音が既濁達の神経を揺さぶり、ひどい頭痛を引き起こす。
     苦しむ灼滅者達に、ひとしきり演奏を終えた和奏は満足そうに笑った。
    「思う存分、何の憂いも悩みもなく演奏できるって、素敵ね」
    「悩み苦しむんは、君にとってそんだけの価値があるからちゃうん?」
    「……!」
    「君の人生は、君が奏でなねぇ」
     諭すような一浄の言葉に、和奏は言葉を詰まらせた。和奏の様子に、ボディガードAが動いた。
    「戯言を抜かすな!」
     ボディガードAの手がひらめき、鋼糸が放たれた。鋭い刃物のように磨かれたバイオリンの弦が、一浄に向かって真っ直ぐ突き進む。
    「させぬよ!」
     弦と一浄の間に、紗智子が割って入った。
     一直線に突きぬけるような攻撃をいなし、空蝉によって保護された腕に巻きつける。保護されてなお強力に巻きついてくる鋼糸は、紗智子の腕を締めあげた。
    「アリア様のための奏者を惑わすのは許さん!」
    「手をとりて 音を楽しめ 音楽祭 『誰がために?』など 無粋も同じ……ふふふっ、自論にしては聊か勝手が過ぎるがな」
     不敵に笑う紗智子の言葉に、和奏は少し顔を上げた。
    「音を……?」
     紗智子の腕に巻きついた鋼糸が、ふいに切れた。
     声もなく鋭く動いた愛美の日本刀から放たれた雲耀剣が、鋼糸を切り裂きボディガードAに一撃を入れる。
     紗智子の前に立って日本刀を鞘に納める愛美は、ほんの少し迷いの見えた和奏に語りかけた。
    「どんなプロでも、それになれるのは、ひと握りの人間だけです。ですが、やる前からなれるかどうかを迷う人間には絶対になれません。親が病気なら、絶対にプロになってそれで稼いで治してやる、くらいの気概はないのですか?」
    「気概……?」
     愛美の言葉に、和奏は口元をゆがめた。
    「プロになるのが、どれだけ大変かあなたに分かるの? どれだけお金がかかって、どれだけ周りに迷惑掛けて! パパだって、私の留学費用を稼ぐんだって、無理して体壊して……!」
    「アリア様の下では、そんな思いは一切無用! プロよりも素晴らしい世界が奏者には用意されているのだよ!」
    「黙れ!」
     弦路は苛立ったように、暴力的三味線【雪風】を掻き鳴らした。
     激しく掻き鳴らされた三味線の音が、音波となってボディガードBに叩きつけられる。弦路は最後の一音をかき鳴らすと、和奏に向き合った。
    「……で、ご尊父はバイオリンを辞めろと言ったのか? ご母堂は?」
    「それは……」
    「親を気遣う心は尊いものだし、将来への不安は俺も幾分か理解できる。だが……夢を諦めず、そしていつか晴れ舞台で、ご両親の苦労に報いるんだ。その場面を想像してみろ。どうだ、『楽しい』だろう?」
    「……」
     和奏がうつむいた時、リアが紗智子に駆け寄った。切り裂かれた紗智子の腕に、そっと防護符を貼る。
    「楽しいなら、バイオリン、続けても良いと、思う、です……!」
     符の力が紗智子の腕を癒すのを確かめると、リアもまた和奏に向き合った。
     灼滅者の言葉に、ボディガードBは苛立ったように振り返った。
    「看護師! 何をしている、俺たちを癒せ!」
    「私はアリア様の専属看護師。あんたたちなんて……」
    「このままではアリア様のご不興を買うことになるぞ!」
    「っ……。今回は特別だからね!」
     専属看護師は頬をぷう、と膨らませるとディフェンダーポジションへ移った。


     ボディガード達に向かって、翠里はガトリングガンを構えた。
     無数の弾丸が強化一般人達に向かって放たれ、嵐のように視界を塞ぐ。
     弾丸は和奏も巻き込んだが、幸か不幸か敵ディフェンダーAが和奏を庇った。
    「ダークネスなんかにならなくても、音戯さんならバイオリンを続けられるっす!」
     にっこり笑う翠里に、蒼も賛同するように一声鳴いた。
     翠里の攻撃に合わせて畳みかけるように、一浄が不睡蜂を抜いた。
     紅蓮に染まったした刀身が、ディフェンダーAを切り裂く。鮮血のような剣が叩きこまれ、ディフェンダーAは大きくよろめき膝をついた。
    「国境も年齢も知らへん貴重なもん、こないな事に使わんといて」
    「だからこそ! 貴重なものだからこそ、アリア様のみに捧げられて然るべきものなのだ!」
     膝をついた姿勢から、ディフェンダーAは鋼糸を放った。一浄に向かって鋭くたわみながら向かった鋼糸は、飛び出した蒼によって阻まれる。
     蒼は体をジグザグに斬られながらも何とか着地すると、ふらつきながらもディフェンダーAを睨みつけた。
     静瑠は妖の槍を構えると、ディフェンダーAに解き放った。螺旋状の槍がディフェンダーAに突き刺さり、ディフェンダーAは痛みに表情をゆがめた。
    「アリアの為だけに音を奏でる。それは本当に音を楽しむ事なのですか……?」
     静瑠は和奏の目を見て訴えた。和奏は何も言えず、静瑠から視線を逸らす。
    「人を、多くの方を、そして自分も楽しませる事が出来る。それが音楽なのではないでしょうか……?」
    「ええい、黙れこの駄楽器どもが!」
     強がるように言ったボディガードBは、静瑠に向けて鋼糸を放った。
     その動きを見切ったように、紗智子は割り込むと舞扇で鋼糸をいなし、あさっての方向へと誘導した。
    「余の仕事は……主等の壁ぞ。攻撃が通ると思うたか!」
    「アリア様に見込まれるのは、幸せな事よ!」
     看護師はソーサルガーターを展開した。ダメージの深いボディガードAは、盾の力に守られて一息ついた顔をする。
     その言葉に、弦路は大きく両腕を広げた。
    「そうだな。お前のセンスや将来性は捨てたものではない筈だ。何せ、不本意ではあるが淫魔のお墨付きだ。淫魔をも魅了できるお前ならば、わざわざダークネスに身を任せずともやっていけるさ」
     弦路の言葉が終るが早いか。ボディガードBが胸を押さえた。
     広げた手から放たれた惨の糸【時雨】が、死角からボディガードの急所を捉えたのだ。
     声もなく崩れたボディガードBは、そのまま砂のように消え去った。
     愛美の姿が、一瞬消えた。次に姿を現した時、看護師が倒れ伏した。愛美が放った居合斬りが、看護師を両断したのだ。
    「音楽が好きなのでしょう? ならプロになって全世界の人に好きな音楽を伝えられる様になればいい。あんな女の為だけにと言うのは、勿体無いのです」
    「例え苦しくても、やめたこと、後悔するより、ぜんぜん良いと、思う、です……!」
     リアが放ったフリージングデスが、残ったボディガードAを凍てつかせる。もはや何も言えないボディガードAは、氷の中から和奏に何かを訴える。
    「まあ音楽鑑賞ってのもいいが、あれだな。ちょっと趣向の変わった鈍器だが、思い切りやらせて貰おう」
     既濁は俺の魂のメロディーを云々かんぬんを振り上げた。
     チェロは座って抱え込んで演奏するほどの大きな楽器だ。戦闘用に改造されているため、打撃力もかなりのものだ。
     霊的に強化されたチェロに、氷像と化したボディガードAは恐怖の目を向けた。
    「淫魔アリアだったか。次会う時はその首、覚悟しとけ!」
     振り下ろされるチェロに、ボディガードAは粉々に砕け散った。
     最後に残された和奏は、バイオリンを構えると弦に弓をあてがった。
     攻撃のための音楽を奏でようとするが、弓が引けない。初めての経験に、和奏は苦悶の表情を浮かべた。
    「っ、どうして……!」
    「和奏はん」
     一浄の優しい声に、和奏は顔を上げる。和奏と目が合った一浄は、おだやかに笑いかけた。
    「耳朶も人の心も。震わすんは、やはり奏者の心や思うんよ」
     その言葉に、和奏は弓を取り落とした。
     和奏は灼滅者達を見渡す。皆それぞれの表情で、和奏を見守ってくれている。
     バイオリンを落とした和奏の目から、大粒の涙がこぼれた。
    「……たい。音を、たのしみたいよぉ。だから、助けて……!」
    「無論や!」
     一浄の不睡蜂から放たれた神霊剣が、和奏の迷いを切り裂いた。

    ● 
     和奏が倒れ伏した時、幕の向こうが騒がしさを増した。
     避難誘導に殺界形成を放って割り込みヴォイスで誘導したものの、それ以上の手は打っていない。
     観客が戻ってきてしまったのか。仕方ないという空気が流れたが、幕の向こう側から溢れる声に、灼滅者達は顔を見合わせた。
     気絶した和奏に、リアが駆け寄り防護符を使った。
    「大丈夫、ですか? 起きて、ください」
    「ん……」
     防護符の効果もあり、和奏は起き上がった。憑き物が落ちたような表情で、辺りを見渡した。
    「あれ? どうして……」
    「アンコールだってさ。ほら、早くしろよ」
     既濁がぶっきらぼうに言うと、落としたバイオリンを和奏に手渡す。
     灼滅者達も、それぞれに楽器を構える。
     幕が上がり、眩しいライトが灼滅者達を照らし出す。
     割れんばかりの拍手と喝采が、灼滅者達を包み込んだ。



    作者:三ノ木咲紀 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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