満月さんの悩み事

    作者:聖山葵

    「ふふ、ふふふふ……」
     勉強机の上に大きな胸をのせて、少女は虚ろな笑みを浮かべながらノートに鉛筆を走らせていた。
    「事あるごとに胸がどうのと……そんなにコレが好きなら、コレで死ねれば本望だよね」
     うつろな表情のまま少女が描いたのは豊かな胸の下敷きになってぐったりする少年のイラスト。イラストの方でも豊かな胸の持ち主である少女からは漫画の吹き出しが伸びて「窒息させちゃうぞ☆」とかもの凄くいい笑顔で喋っていた。
     
    「胸関係で悩んで闇堕ちしかけてる少女を見つけたわ」
     持参していた温泉餅を一つ食べた湯乃郷・翠(お土産は温泉餅・d23818)は、お茶を一口すするなり灼滅者へそう明かした。
    「通常ならば闇堕ちの時点でダークネスの意識が出現し、人間の意識は消えてしまうのだがね」
     その少女はまだ人間の意識を残しダークネスの力を持ちながらもダークネスになりきっていないのだ座本・はるひ(高校生エクスブレイン・dn0088)と言う。
    「故に君達には問題の少女が灼滅者の素質を持つのであれば闇堕ちから救い出して欲しいのだよ」
     それがかなわぬ時は、完全なダークネスに鳴ってしまう前に灼滅を。
    「それで、問題の少女なのだけど、名前は夜坂・満月(やさか・みつき)高校二年生だから先輩に当たるわね」
     とは翠の弁。少々大きすぎる胸をもち、闇堕ちを招いたのもその胸をターゲットにした周囲の弄りだったと思われる。
    「胸囲は122cm、制服のボタンが飛ぶ所を目撃されて以来、あだ名は『超ボタン砲』。まぁ、実際に飛んだのは二回ほどらしいのだがね」
     ともあれ、精神的にも追いつめられた満月は夜な夜な日記帳に自分をからかった相手の殺害計画を書くことで殺人衝動を抑えつけているらしい。
    「ちなみに翠とそこの少年同様、彼女もまたツッコミ属性持ちであると行っておこう」
    「えーと、それ今言及する必要あることなの?」
    「それで、バベルの鎖に察知されることなく接触する方法についてだが――」
     ジト目で見てくる鳥井・和馬(小学生ファイアブラッド・dn0046)の指摘をいつものようにスルーしつつ説明を続ける。
    「接触は登校するところを通学路で待ち伏せるのを推奨しておこう」
     満月が通る道の側に廃屋と化した民家があり、この廃屋に潜んでいれば直前まで見つかることなく待ち伏せが可能とのこと。
    「この場合、戦場は廃屋の前にある庭となる」
     闇堕ち一般人を闇堕ちから救うには戦ってKOする必要がある。故に戦闘は避けられないのだ。
    「戦いになれば、満月は殺人鬼に似た攻撃で応戦してくる他、抱きついて締め付ける攻撃をもつ」
     締め付けについては近接単体対象のものだが、所謂フィニッシュの効果を持つ為、手負いの時には注意が必要だろう。
    「知っているかも知れないが、闇堕ち一般人と接触し、人の心に呼びかけ説得することで弱体化させることが出来る」
     戦いを優位に運びたい、早く終わらせたいと思うなら狙ってみるのも良いだろう。
    「説得なら、胸が大きくないのに弄られてる例がちょうど目の前に存在するのでね」
    「その例を弄ってるのって大半がはるひ姉ちゃんだよね?」
     思わず和馬がはるひをジト目で見るが、それは失敗だった。
    「胸の大きさが弄られる決定的な理由でないと解れば、心境にも変化があると思うのだよ。そう、例えばこの抱き心地っ」
    「ちょっ、はる、っぷ」
     突如抱きついてきたエクスブレインの少女に獲物は捕獲され。
    「……ふぅ。ともあれ、救えるかも知れないというのであれば、私は救いたいと思うのだよ。満月の件、宜しくお願いする」
     存分に犠牲者を堪能したはるひは君達に向き直ると、キリッとした顔を作って頭を下げたのだった。
     


    参加者
    シア・クリーク(知識探求者・d10947)
    アンジェリカ・トライアングル(天使の楽器・d17143)
    東雲・菜々乃(お散歩大好き・d18427)
    イシュタリア・レイシェル(小学生サウンドソルジャー・d20131)
    湯乃郷・翠(お土産は温泉餅・d23818)
    真神・峯(秘めた獣の心・d28286)
    三和・透歌(自己世界・d30585)

    ■リプレイ

    ●まちぶせ
    「まだ姿を見せないようですね」
     廃屋の割れた窓から外を見張っていたアンジェリカ・トライアングル(天使の楽器・d17143)は、振り返ることなく呟いた。
    「そうですか」
    「えーと」
     短く応じた三和・透歌(自己世界・d30585)を横目で見つつ鳥井・和馬(小学生ファイアブラッド・dn0046)が声を上げた理由は、アンニュイな透歌に寄りかかられて頭を撫でられてる状況を見ると想像に難くない。
    (「男性は少々苦手な筈ですが、性別鳥井くんだからでしょうか?」)
     眺めているだけだったのは、最初の話。寄りかかられてる方は、どうしてこうなったと顔が語っているが、良くも悪くもそれだけでなすがままにされており。
    「まさかそんな理由でって思わなくもないけれど、重なればツライっていうのはボクもよくわかるなー。今回はちょっと不幸が重なっちゃっただけ、かな?」
    「その手の事をからかうような相手は、男としてどうなのか、とは思いますね」
     腕を組んで頷いたシア・クリーク(知識探求者・d10947)が首を傾げれば、ラピスティリア・ジュエルディライト(夜色少年・d15728)がまだ見ぬ少女を闇堕ちさせかけている少年達へ言及し。
    (「闇堕ち……やっぱりほかにもいたみたいね、私とは逆みたいだけど」)
     湯乃郷・翠(お土産は温泉餅・d23818)ははるひの説明を思い出して嘆息するとアンジェリカに倣って窓の外へ目をやった。
    「んーっ、早く来ないかなぁ」
    「ナノナノ」
    「これは……」
    「っ」
     駆け出していってしまいそうな真神・峯(秘めた獣の心・d28286)の背中でナノナノのちぇっくんが一声鳴けば、外の様子を見ていた幾人かが身を隠すこの廃屋に向かって近寄ってくる人影を見つけ。
    「来やがりましたか」
    「どうやら……そのようですね」
     窓辺に近づいてきたイシュタリア・レイシェル(小学生サウンドソルジャー・d20131)へスケッチブックから顔を上げた東雲・菜々乃(お散歩大好き・d18427)が答える。
    「スケッチブックですか?」
    「はい。説得ではどういう感じか絵を書いて表現しつつ行おうと思いまして……」
    「なるほど、良い工夫ですね」
     尋ねたラピスティリアが菜々乃の返事へ感心しつつ微笑した直後だった。
    「皆様、宜しいですか?」
    「はーい。こんなことで闇堕ちされても困るし、しっかりきっちりやってこー!」
    「ええ」
    「うん」
     アンジェリカの声に応じたシアへ幾人かが答え。
    「満月サン、で合ってるかなっ?」
    「えっ、あ、そうだけど……」
     少女と灼滅者達は対面する。

    ●おはなし
    「おっはよーございまっす! ちょっとボク達につきあってもらうね」
    「おはよう……付き合うって、え? ちょ、ちょっと」
     シアのペースに乗せられた少女は腕を引かれ、辿り着いた先は灼滅者達が出てきた廃屋の立つ敷地内。
    「一体何?」
    「悩み事、あるんだって? 風の噂で聞いちゃったー」
     訳も分からず連れてこられた少女からすれば当然の問いにそのまま応対しながらシアは切り出した。
    「はい? 何でそれを……」
    「満月サン、ツッコミ属性もちっていうからきっとみんなツッコミが欲しくて弄っちゃうと思うんだよねー」
     驚く少女こと満月の疑問には答えることなくただ言葉を続け。
    「私もこの大きな胸でいじられるのですよ」
    「えっ……えーと」
     唐突に口を開いた菜々乃の言葉に、弾かれた様に振り返った満月は同士を探す目を菜々乃に止めると、顔から胸に視線をスライドさせて硬直すると助けを求めるように視線を彷徨わせる。
    「何か言ってあげた方が良かったんじゃないかしら?」
    「や、ツッコんだって、真に受けたって角が立つよね?」
     ちょうど目のあったの言葉にツッコむ満月の視界内で菜々乃はスケッチブックと一緒に膝を抱えて三角座りし。
    「胸の大きさが弄られるのが気になる、か。でもそれは結局他の人と違うところがみんなから興味もたれてるってことなんじゃないかな?」
    「え?」
     いきなり混沌とし始めた廃屋の前で短く唸った峯は少女に指摘することで脱線しかけた話を引き戻す。
    「ボクも本来は狼だから食事風景を気にされたりするけどそれだってきっと人間の平均から外れてるってだけなんだ」
     だからきっとその特徴が役立つときだってくるさと言う峯を前に「そっか」と満月は呟くと自分の豊かな胸を持ち上げ。
    「この胸だって授業で眠くなった時、顔を埋めれば枕に早変わり、って違ぁぁぁぁぁぁう!」
     見事なノリツッコミだった。
    「……悔しくなんてないわよ」
    「ないのですよぉ?」
    「いや、誰も聞いてないよね、そんなこと?」
     何故か菜々乃の横に移動して膝を抱えた翠とその隣に和馬はツッコんで。
    「落ち着いて下さい」
     荒ぶる満月を宥めつつ、淡いアルカイックスマイルを浮かべたラピスティリアは語る、男でも満月をからかって来ない相手がちゃんと居ると。
    「本当に?」
    「ええ」
     女性に対して失礼ですと満月を弄っていた名も知らぬ少年の行動を断じ。
    「ちょっといい?」
    「あ、うん」
     三角座りしていた翠は復活すると、少女に確認を取ってから会話に割り込んだ。
    「大きくていじられるかもしれないけど、それは決定的な理由にはならないのよ」
    「えっ」
    「弄られるのは胸が大きいからではないのです、弄りやすい人がたまたま胸が大きかったから胸で弄られてるのです」
     驚く満月を前に今度はイシュタリアが口を開き。
    「私みたいに小さかったり、他が原因で弄られたりする人もいるのよ!」
    「そう。そこの和馬さんなんってぺったんこなのにしょっちゅう弄られているのですよ」
    「え゛」
     翠とシンクロするようにアイドルっぽいポーズで自分を指さすイシュタリアに和馬は思いっきり顔を引きつらせ。
    「何でそろってオイラが指さされるの? あと、男の子なんだから、ぺったんこで問題ないよね?」
    「……って言うようにはるひさんに言われたのです」
     爆発した少年へはついと視線を逸らしつつ言った。
    「ぺたんこじゃないわよ!」
     思わず叫び返した誰かや、絵を描いていたスケッチブックに「そのとおりですよぉ」とか書いてジト目っぽい視線を投げてる女の子達に関しては、きっと見なかったことにしてあげるのが優しさだと思う。
    「え、えーと……」
    「まぁ、あちらはさて置いて」
    「あ、うん。そっとしておいてあげた方が良いよね。それで?」
    「胸が原因でないとは解って貰えたと思うので――」
     自身の言葉に便乗する形で話に乗ってきた満月へ透歌が提案したのは、弄ってくる相手への対処法。
    「嫌なのであれば、無視すれば良いではありませんか」
    「無視……」
    「『彼らの言動には気にかける価値がない』『彼らという存在は認識する価値がない」』『彼らの命などわざわざ奪う価値もない』そう思っていれば向こうから離れていきますよ」
     透歌の言葉を反芻していた少女は何処か困った様な顔でほぅと吐息を漏らすと、言いにくそうにしつつも口を開いた。
    「ごめん、それもうやった」
     と。

    ●そしてたたかいへ
    「そうですか」
    「うん。知ってる? 無視すると今度はこっちが反応するまでどんどんエスカレートして行くんだよ?」
     気まずさが場を支配する中、満月は語り。
    「何て言うか、オトコノコは単純だから好きな子ほど弄りたくなっちゃうんだよっ」
    「弄りという行為はある程度の親しさを持った他者から受けるものです」
     拙いと思ったのか、言う機会を待っていたのかシアが割り込み、アンジェリカもこれに続けば。
    「っ」
     思い至る点があったのか、少女は沈黙する。
    「方法はどうあれあなたに興味があってアプローチしてきているのですから、いたずらに拒絶するだけではなくむしろ話に乗って会話を広げるくらいに成ればより良い関係を築けるかもしれませんよ?」
    「け、けど」
    「ところで……感情的にも、ツッコミ風にもならず、正面から目を見て嫌だと言ったこと、ありますか?」
     反論しようとしたところで、今度は透歌が問い。
    「そ、それは」
    「あまりに打てば響くような反応だと弄る側は調子に乗るでしょうし、其処まで深刻そうに見えないんですよね、きっと。もっとも、その手の事をからかうような相手は男としてどうなのか、とは思いますし」
     答えよどむ満月にラピスティリアは言う。
    「貴女にも失礼ですよね」
    「ありがとう」
     返ってきたのは、少女の微笑。
    「よっし、それじゃあちょっと痛い思いする事になっちゃうけどごめーんね?」
    「えっ」
     頃合いと見たのだろうか、驚いた顔をする満月の前でシアはカードの封印を解き。
    「Twinsflowerofazureinfullgloryatnight.」
     白いヘッドホンを装着しながら、ラピスティリアがこれに倣う。
    「痛いってどう」
    「満月サンに巣食う殺意をなくすにはこーするしかないの、わかってネ」
     少女に聞こえたシアの声は死角から。
    「きゃあっ」
    「申し訳ありませんね」
     悲鳴が上がった時には、の腕が肩口から異形に変貌していて。
    「あ」
    「鬼神のしらべ、第一楽章【神変】」
     斬りつけられて仰向けに倒れる満月へ落ちかかる巨腕は一つでなく。
    「っ」
     倒れた拍子に弾む豊かな胸へ少し怯みつつも翠は拳に雷を宿し、満月には出来ないような低い体勢で地面を蹴る。
    「今だけよ。高校生になれば私だって――」
    「へぶっ」
     何処かから生ぬるい視線を浴びながら、繰り出したアッパーカットが巨大な腕に反応すべく起きあがった少女を打ち上げる。
    「好機ですね」
     上空には打ち上がってきた満月をたたき落とそうとする巨腕が二つ。透歌はそこへ縛霊手で側面から殴りかかり。
    「これならいけそうっ」
     獣の様に飛び出した峯は己の片腕を行動に相応しい姿に変えて、仲間達の連係攻撃へと参加する。
    「ちぇっくん、いけるかい?」
    「ナノナノ」
     武蔵坂の生徒としての初戦闘に抱えてた不安は影もなく、呼びかけに応じたナノナノのしゃぼん玉と言う援護を受けつつ野生児然とした動きで既にフルボッコ状態の少女へと襲いかかった。
    「っ、この」
    「ウェッジ」
    「な、きゃああっ」
     斬られ、殴られながらも身を起こした満月は死角に回り込もうとするが、割り込むように突撃してきたライドキャリバーに跳ね飛ばされ宙を舞う。
    「うわぁ」
     連係によって生じた隙を潰しフォロー出来ているからか、説得によって動きが鈍っているのか。一方的な攻撃に晒される少女を見て思わず声を上げた和馬へ、問いかけてきた者が居る。
    「ところでこれは何の戦闘?」
     応援に駆けつけた灼滅者は、事情を知らなかったのか、別の意味で聞いたのか。
    「えーと、そのね……」
     攻撃されるたびに激しく自己主張する少女の胸から視線を逸らしつつ、和馬はかくかくしかじかと説明し。
    「えっ、胸? う、うーん……。僕は僕が昼寝してても静かに寄り添ってくれる優しい人なら外見は別に……?」
     逸らした視線の先に女性陣が居たのは偶然に違いない。
    「胸があってもなくても弄られる人は弄られるのですよぉ」
     別に意識していた訳ではないと思うが、菜々乃は満月へ声をかけつつ、影を刃に変えて嗾ける。
    「っ」
     そして、少女が身につけた服を切り裂いてポロリさせんとする影に反応しようとした時だった。
    「そうなのですっ、そこの和馬さんを見やがるのです」
     伝説の歌姫を思わせる神秘的な歌声で叫んだイシュタリアが一人の少年を指さしたのは。
    「何でオイラーっ?!」
    「って、この様に弄られてるのですよ! ぺったんこなのに!」
    「ぺたんこじゃないわよ! あ」
    「イシュちゃんが言及したのは、和馬さんだけなのですよ?」
     言葉に釣られた約一名まで含めると、イシュタリアは同時に二人を弄り。
    「そん……な……」
     決定的瞬間を目の前で見せつけられた満月が膝をついて崩れ落ちる。
    「気落ちしてるところ申し訳ありませんが、戦闘中ですよ?」
    「へ?」
     戦闘の真っ最中だというのに。
    「すみませんね」
     アンジェリカの声に顔を上げた時には、本当に申し訳なさそうな声色で捻りをくわえた突きを放ってくるラピスティリアが居て。
    「みぎゃぁぁぁぁ」
     廃屋の前に再びフルボッコにされ始めた少女の悲鳴が木霊した。
    「っ、攻撃されるたびにそんなに揺らすだなんて、巨乳をみせつけるつもりなのですか!」
    「ええと……満月君にそう言う意図は、ないかと。ただ……僕も男ですので、あの光景はちょっと……」
     自分のモノと見比べてプリプリ怒るイシュタリアへラピスティリアは弁護してみせつつも、少女の方からは視線を逸らす。
    「と言うか、下着ちゃんとつけてるのですかぁ?」
    「痛っ、だ、だってさっきので下着が切れ――」
    「えーと、オイラのせいだったらごめん」
     光刃を撃ち込んだことを思い出して、満月の言葉に和馬は頭を下げる。むろん、さっきのが他者の操った影の刃だった可能性もあるのだが。
    「ああもフルボッコ状態では被害者もとくていできなかったのですねぇ」
    「じゃあ、自己申告があったと言うことだし」
    「和馬さんが犯人と言うことにしておくのです」
    「ちょ」
     酷い話のような気もするが、和馬なので仕方ない。
    「えーと、元気出し、きゃぁっ」
    「フォローしてくれてるとこだったけど、ごめーんね?」
     赤いオーラの逆十字を出現させてシアは少女を引き裂き。
    「大丈夫、あなたなら弄りを乗り越えられる。相談できないのならば私達が話を聞いてあげるわ!」
    「や、翠姉ちゃん、それ言ってあげなきゃいけないのオイラじゃなくてあっちだからね?」
     物理的には満月が精神的には和馬がフルボッコにされる中。
    (「からかうというのは興味がある証拠でもありますから、周囲からしてみればある種の好意の形なのかもしれませんね……さて」)
     冷めた視線でやりとりを見ていた透歌は、徐に走り出すと流星の煌めきと重力をエアシューズに宿して地を蹴った。
    「はぁはぁ、こがふっ」
     放たれた跳び蹴りは身を起こそうとしていた少女に突き刺さり。
    「うぐ、わた」
    「よぉし、隙ありぃっ!」
    「がっ」
     駆け込みつつ最後の一歩をジェット噴射で飛び込んできた峯に死の中心点へ一撃を叩き込まれ、意識を刈り取られたのだった。

    ●リクエスト
    「作戦とは言え、色々と勝手なことを言って済みませんでした」
    「ううん、そのお陰で助かったみたいなものだし」
     頭を下げるアンジェリカへ少女は頭を振って見せた。KOされた時にダークネスへ負の感情的なものは全て持って行かれたのか、表情も憑き物が落ちたかのように晴れやかで。
    「むしろわたしがお礼を言うべきだよね、ありがとうございましたって?」
    「いえ、そこはお互い様のようなものですし」
     頭を下げてくる満月にアンジェリカは苦笑し。
    「お互い様?」
    「私やアンジェリカさんもあなたと同じように他の灼滅者の人に救ってもらったのよ、だからあなたにもこれをあげるわ」
     怪訝な顔をしたところで、翠がパンフレットを差し出しつつ補足する。
    「武蔵、坂……」
    「殺人妄想とかそーゆーの、ボクもあるんだあ。そういう意味では類友、かもネ? ボクらの通う学園は似たような境遇の人がたっくさんいるよ!」
    「え、それって大丈夫なの?!」
     受け取ったパンフに目を落としていた少女は、シアの言葉に思わず顔を上げるとワンテンポ置いてから「あー」と声を出す。
    「大丈夫だから君達が来てくれたんだよね」
    「ええ。分かってくれる人もいっぱいいるし私も協力するわ」
    「良かったら一緒においでよ!」
    「そうですね、良ければわたくしたちと来ていただけませんか?」
     自己解決したらしいが、翠は一応頷き、シアとアンジェリカがすかさず満月を勧誘する。
    「んー、お互い様って言ってもわたしは一方的に助けられただけだし……」
     唸りはしたが、もう結論は出ていたのだろう。少女は周囲を見回し――。
    「って何してるの?」
     スケッチブックを抱えてペンを走らせる菜々乃に目を留め思わず声を上げた。
    「あふ……せっかくだから何か描いておこうと思っただけですよぉ」
    「へぇ、何を描いてるのか見せて貰ってもいい?」
    「……いいですよぉ」
     あくびを手で押さえつつ返事をする菜々乃へ満月が問えば、スケッチブックはひっくり返り。
    「え゛っ」
     何故か少女は固まった。
    「……リクエストがあれば応じますよぉ? ちょっと寝て起きてからになりそうですけど」
     眠そうに目を擦る菜々乃へその後注文があったかはわからない。
    「えーっと」
     一連の様子を透歌に寄りかかられたまま見ていた少年は、言葉を探すように視線だけで空を仰ぐと何かを諦めたように目を閉じたのだった。
     

    作者:聖山葵 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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