神奈川県南部に存在するその町は、かつて山であった場所を切り拓いて作られた新興住宅地である。
閑静な住宅街であった筈のその地域だが、今は少し状況が違っていた。
町の中心部にある公園では、タムタムと太鼓が打ち鳴らされ、かがり火が燃え上がっている。
「アーオイヤー♪」
「オー♪」
炎の周囲をゆっくりと踊りつつ回る人々の口からは、歌詞やメロディラインという物の存在しない、原始的な旋律が響く。
彼らは行動のみならず、ビリビリに破られた布きれや毛皮などを纏い、口紅や絵の具を肌に塗りたくる異様な装い。
そう……この街に暮らす人々は今、原始人と化していたのである。
「諒二、貴方が仰っていた様に、ひとつの町の原始化が進行していますわ」
「一大事だね」
今回の事件の情報源である月叢・諒二(月魎・d20397)は、取り乱す事も無く、普段通りの茫洋とした様子で頷く。
「大型爬虫類の様な姿をしたイフリートについては、既にご存じかしら?」
有朱・絵梨佳(小学生エクスブレイン・dn0043)の説明によると、こうしたイフリートは知性を嫌い、人の姿を取る事も無い。
だが、周囲の気温を上昇させ、その温度上昇が起きているゾーン内の一般人を原始人化してしまうのだと言う。
「最初はわずかな範囲ですけれど、それが今は町一つ……放置すればどうなるか、想像に難くない所ですわ」
一刻も早く対応せねばならないだろう。
イフリートは丁度町の中心、公園に居り、見つけるのは難しくないはずだと言う。
「ただ、原始人化した一般人は一様に文明を敵視していて、中には強化一般人になっている者も複数存在する様ですわ。気をつけて下さいまし」
「イフリートは四足歩行の巨大なトカゲの様な姿をしていて、身体は硬い鱗に覆われていますわ。カメレオンの様に長い舌を使って攻撃してきたり、炎のブレスを吐いたりしてくる様ですわね」
コレに加え、槍や黒曜石のナイフ、弓矢を手にした強化一般人が町の至る所に点在していると言う。
彼らは文明の匂いを敏感に嗅ぎ取り、襲いかかって来る。
「貴方達も彼らと同類……すなわち、原始人の仲間であるかの様に振る舞えれば、疑われずに済むかも知れませんわね」
戦闘を回避し体力温存出来れば、イフリート戦も有利になるはずだ。
「少し厄介な任務ではあるけれど、貴方達ならきっと大丈夫と信じていますわ。それでは、いってらっしゃいまし」
そう言うと、絵梨佳は灼滅者一行を送り出すのだった。
参加者 | |
---|---|
東当・悟(の身長はプラス拾壱センチ・d00662) |
天峰・結城(全方位戦術師・d02939) |
外道・黒武(お調子者なんちゃって魔法使い・d13527) |
ベリザリオ・カストロー(罪を犯した断罪者・d16065) |
月叢・諒二(月魎・d20397) |
アウグスティア・エレオノーラ(凍れる意志・d22264) |
十文字・瑞樹(ブローディアの花言葉のように・d25221) |
峰山・翔(猫と山をこよなく愛す・d26687) |
●
まだ暑い日もあるにせよ、確実に秋の気配を感じるこの時期。灼滅者は神奈川県南部、横須賀市へとやって来ていた。
「なんやこの格好でも暑いなぁ……」
水着の上に毛皮を纏っただけと言う露出の多い格好ながら、東当・悟(の身長はプラス拾壱センチ・d00662)は額に浮かぶ汗を拭う。
「テリトリーの外縁部でこの様子ですと、イフリートの周囲は……」
天峰・結城(全方位戦術師・d02939)も同様、髪を乱し、ビーストスキンを纏ったワイルドな装いで呟く。
灼滅者の訪れたこの町は、今まさにイフリートによって原始の世界と化していた。気温の上昇も、かの敵の能力によるものである。
「ただでさえ暑いところ悪いけど、火頼むわ」
外道・黒武(お調子者なんちゃって魔法使い・d13527)は、木の棒に布きれを巻き付かせた原始的な松明を差し出す。
「えぇ、解りましたわ。原始人化した方々に敵視されないよう注意しましょう」
松明に火をともすベリザリオ・カストロー(罪を犯した断罪者・d16065)。線も細く女性口調だが、一度服を脱げば、鋼の如きマッスルボディを誇る。
ここから先は、文明を拒絶する原始の世界。灼滅者達も原始時代の住人になりきって潜入する必要がある。
(「色々ときつそうですが、役の一つと思えばこなせないこともないかな」)
貴き生まれ育ちのアウグスティア・エレオノーラ(凍れる意志・d22264)は、そうした非文化的な世界とはかなり縁遠い存在なのかも知れない。
役者になった様な気持ちで、世界観から浮かないように今一度身なりを確認する。
(「私はかつてシャーマンだった男。戦士も巫女ももういない……しかし聞けば再び倒すべき邪龍(?)がいるというではないか。ならば再び立つほかあるまい」)
原始人に扮した一行の中、一際強い決意を持ってここに立つのは、月叢・諒二(月魎・d20397)。
大きな仮面を被り、手には杖と槍。その出で立ちはまさしく、原始部族のシャーマンである。
「では……行きましょうか」
十文字・瑞樹(ブローディアの花言葉のように・d25221)は、胸元の指輪を衣服の布に隠し、今一度自分や仲間達の装いを確認する。
ここから先は見た目のみならず、言語や振る舞いにも気を遣わねばならないのだ。
「贈り物作戦が通じると良いんじゃがのう」
原始衣装もどこか堂に入った、筋骨隆々の峰山・翔(猫と山をこよなく愛す・d26687)。
そしてその腰には、部族と遭遇した時の為の、切り札が携えられている。
かくして8人は、イフリートのテリトリー――文明を拒絶する原始の領域へと足を踏み入れた。
●
(「こっちで合ってるんやろか……」)
住宅地として計画的に開発されたこの街は、碁盤の目の様に区切られている。地図やGPSと言ったアイテムに頼ることが出来ない一行は、事前に得た記憶と、次第に高まる温度を頼りに道を進む。
(「それにしても……」)
かつて車道であった場所には、ござや布きれが敷かれ、簡素なテントの様な物が建てられている。人々は、屋内で暮らすのをやめ、太陽の下で暮らしているのだろう。
若い女性が、すりこぎのような物で何やら穀物をゴリゴリと粉状にしており、周囲には腰布一枚の子供達が元気よく走り回っている。
時折こちらに視線を向けるが、特に警戒した様子を見せないのは、一行の変装がハイレベルである何よりの証明だろう。
(「と……どうやら、簡単には行かないようですわね」)
結城のハンドシグナルが、止まれのサインを示す。見れば、前方の十字路にたむろしているのは若い男達。
「ウホッ、ウホホッ」
灼滅者達に気付くと、ニヤニヤと悪そうな笑みを浮かべて近づいてくる。原始時代にもこう言う連中は居たのだろうか。
「お! お!」
「「?!」」
が、先手を取ったのは黒武。松明を器用に回転させ、雄叫びを上げながらのファイヤーダンス。
のみならず、そのままオタ芸の如き激しい動きへと移行して行く。
「「……」」
これにはさすがの不良原始人達も呆気にとられる。
「ウーラララ♪」
「バンホー。バンホホー」
更にはネイティブアメリカンの如く口を叩きつつ踊り出す悟と、拳を突き上げ太陽に祈りを捧げる諒二。
「「……」」
若者達は、原始人としての格の違いを見せつけられる形。すっかり静まりかえってしまった。
「……」
「「!?」」
そんな彼らに、笑顔で肉を差し出すのは翔。瑞樹は毒などが入っていない事を示す為、少量を手に取って食べてみせる。
「ウホ! オッホホ!」
どうやら彼らも、敵意のないことを理解した様で、喜んで肉を受け取る。
「ウポ、アバー」
のみならず、どこかへ案内してくれる様に手招きの仕草。
一行は暫し顔を見合わせるが、結局彼らの招きに応える事にした。
●
――ドンドッドンドッ♪
若者達に案内されたのは公園。太鼓を打ち鳴らしながら、たき火の周囲を踊る人々。魚や肉などを焼いて食べている人々。多くの原始人で賑わっている。
(「ここが……?」)
(「イフリートの姿がないですし、何より狭すぎますね。別の公園でしょう」)
油断なく公園内を見回すアウグスティアと、小さくかぶりを振る結城。町には、イフリートの居る大きな公園の他にも、こうした小さな公園が点在する様子。
そしてそれらの場所は、原始人達にとっては格好の集会場なのだろう。
「ウパ、ウーパパ!」
やがて、1人の老人が灼滅者達の前へやって来た。雰囲気から察するに、この集団の長かも知れない。
どうやら、先ほどの肉の御礼にと、料理を振る舞ってくれるらしいのだが……。
(「トカゲ……」)
差し出されたのは、トカゲの串焼き。ウェルダンなのでお腹を壊す心配は無さそうだが、明らかにゲテモノ食いの世界である。いかに任務といえど、灼滅者達も――
(「蜥蜴も久々。村長元気やろか、ガキの頃の旅思い出すで」)
(「出来る事ならこんな思いを二度も体験したくはなかったが……」)
否、悟や黒武は、かつてこうしたトカゲ等を常食していた経験があり、さしたる抵抗も無く食べて行く。
だが、特殊な環境を生きてきた彼らはともかく――
(「イモリやカエルくらいなら食べられましてよ」)
ベリザリオやアウグスティアと言った、ゲテモノとは無縁に思える面子までもが、豪快に素焼きを頬張る。凄まじい役者……もとい、灼滅者根性である。
「ウホー! オホホー!」
灼滅者達の食べっぷりに、原始人達も大盛り上がり。次々に運ばれてくる肉とトカゲによって、暫しの宴は続いて行くのであった……。
「ウホー」
「バンホー」
それから約1時間後。公園の部族に見送られ、再びイフリートを目指し出発する灼滅者達。
いくつかの部族や小集団と遭遇しながらも、上手く文明の気配を消した一行が彼らと揉める事は無く、ついに町の中央――イフリートが巣食うという大きな公園へと到達した。
――ドンガッドンガッ♪
やはりここでも打楽器が打ち鳴らされ、キャンプファイヤーの如き炎が火の粉を散らす。強いて言えば、先ほどの部族よりも全てが大規模だ。
「オーエイアー♪」
「オーアー♪」
公園の片隅で歓声にも似た叫びが上がると、何やら担架のような物を担いだ一団の姿。
(「……あれは?」)
担架の上には、中学生くらいだろうか、少女が横たわっている。
そして運ばれて行く先には、巨大な爬虫類が鎮座する台座と、その前に用意された祭壇。
なんらかの儀式が行われようとしている事は明らかだ。
「バンホー」
「オーアーオイオー」
灼滅者達は、残り僅かとなった最後の肉を示しつつ、彼らへ歩み寄る。と、原人らは祭壇を指で示す。
どうやら捧げ物はイフリートにしろと言いたい様だ。
一行はこれを受けて祭壇へ進むと、恭しく肉を捧げ……
――バッ!
結城の指が振り下ろされると同時、地を蹴り跳躍する悟。続いて灼滅者は、一斉にスレイヤーカードを解放する。
●
――ドッ!
自らの体重諸共、妖の槍を炎獣の背へと突き立てる悟。
「グォォォーッ!!」
硬い皮膚をねじ切って行くその穂先に、苦悶の叫びを響かせるイフリート。
「オオアー!!?」
生け贄の少女の方に注目していた原始人達も、ようやく異変に気付く。
だが、イフリートを取り囲む灼滅者達の傍に居るのは、ごく僅かな人数のみ。
――バッ!
黒武の放った漆黒の弾丸が、そして影を宿した結城のナイフが、次々にイフリートの肌を傷つける。
「ウオォー!」
「オォー!」
比較的近い位置に居た部族の戦士達が槍を手に、慌てて遣ってくる。神であるイフリートを、身を挺して守るつもりなのだろう。
「さぁ、原人ごっこは終わりですわよ」
ガーダーを展開しつつ、彼らの槍をかわすベリザリオ。
「はた迷惑なオオトカゲだ! それともオオワニか? ……どっちでもいいけどね」
アウグスティアの手より広がる夜霧が、灼滅者を包む。
「我は盾、全てを受ける大盾なり」
守護心刀「陽炎」を振り上げた瑞樹は、翔の放つオーラキャノンと共にイフリートへ斬撃を見舞う。
「我はシャーマンツキムラ。彼の竜を倒し、かつて栄えた我が部族の武勇をこの地にも知らしめん」
鬼神の力を宿した腕でもって、邪龍(?)の鼻先を叩く諒二。
原始人に紛れ、完全に機先を制した灼滅者達は、一気呵成にイフリートへ波状攻撃を仕掛けて行く。
「グォォォーン!」
強化一般人となった部族の戦士達が駆けつける頃には、神と崇められる炎獣も満身創痍。緑色の体液を滴らせながら、苦悶の咆吼を響かせる。
――ゴォォッ!
それでも、イフリートとて無抵抗のままやられる気は無いらしい。大きく広げられた口から、噴き出すのは紅蓮の炎。
「なんの!」
すぐさま清めの風によって燻る火を鎮火する翔。
「見るからに暑苦しいよね君、ひょっと体冷やしたら?」
ただでさえ高まる気温に炎の組み合わせ。アウグスティアは天に向けた手を振り下ろし、イフリートの熱量を一気に奪って行く。
「やるじゃねぇか、行くぜトカゲ野郎」
ベリザリオは巨大な炎龍の間合いに真正面から飛び込むと、力任せにその拳で殴りつける。と同時に、放たれる霊力の網が敵を縛り上げる。
「ムオー!」
一方全力疾走で駆けつけた戦士らは、激怒しつつ襲いかかって来る。が……
「はぁっ!」
石槍の穂先をいなした瑞樹は、愛刀「十文字」の峰で戦士の首筋を打ち据え、気絶させる。
「むうっ!」
鹿角杖と槍を回転させつつ、迫り来る戦士らを蹴散らす諒二。
「ギュオォォーッ!」
「こいつはトカゲの味を思い出させてくれた御礼だぜ」
――ザシュッ!
悲鳴にも似た咆吼を響かせつつ、長い尻尾を振り回すイフリート。黒武はそう言い放つと、影を纏わせたウロボロスブレイドを振り下ろす。
「ギィオォォ!!」
「フオー! フオァー!」
「今のうちにトドメを」
鋼糸を放ち、殺到する戦士達をなぎ倒しつつ言う結城。
イフリートと戦士らの分断に成功し、また体力を十分に温存した灼滅者に対し、敵の抵抗ももはや限界であった。
「竜殺しの名頂こか!」
舌を切断され、またも甲高い叫びを上げるイフリートを、炎を帯びた夜陰乃翼が包み込む。
――ゴォォッ!
紅蓮の炎がその巨体を包み込むと、イフリート自身の噴き出す炎と相俟って一層激しく炎上し、やがて跡形もなく燃え尽きた。
●
「……あれ? なんで私ここに……」
「へっくしょい! な、なんだこの格好」
「けしかけられた魂解放つ供養の送火や。お休みや」
戦いは終わり、我に帰って行く人々。悟は地面に残った焦げ痕を見下ろして静かに呟くと、持参した飴を口へ放り込む。
「何なの?! 意味わかんないんだけど!」
「夢よ、夢……全部夢。それともそうじゃない方がいいの?」
「大変でしたね、良ければこれをどうぞ」
自身もいつの間にかペイントや仮装を解き、尚も混乱から醒めやらぬ人々に帰宅を促すアウグスティア。生け贄役だった若い女性は瑞樹からカーテン生地を受け取ると、肌を隠していそいそと立ち去って行く。
「広域を支配するイフリート……手遅れにならずに済んだようですね」
三々五々、帰宅してゆく彼らを見送り、ふっと肩の力を抜く結城。
「俺達もさっさと服着て帰ろうぜ」
「そうですわね。さすがに少し肌寒くなってきましたわ」
黒武の言葉に頷くベリザリオ。日が傾けば、すっかり秋の風だ。
「所で、少し肉が余っている様じゃ……トカゲの口直しにでもするかのう」
「捨てるのも勿体ないですしね」
「そうだな」
翔の提案に頷く一同。
「魂に安らぎの有らんことを……」
諒二は短く祈ってシャーマンとしての役目を終えると、すっかり静かになった公園を後にする。
かくして、原始化の狂乱に陥った住宅街は、灼滅者達の活躍によって元の静けさと文明を取り戻したのであった。
作者:小茄 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
|
種類:
公開:2014年9月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|