エキセントリック虫食いガール

    作者:二階堂壱子

    ●恋の呪い
    「ふふ……うふふふ……」
     薄暗くじめついた体育倉庫の裏で、ひとりの少女が笑っていた。血色を失い、乾いた頬を引きつらせ、暗い隈に縁どられた目を見開いて。その足元には倒れた人影があった。
    「うふふ……窓名ちゃん、痛かった? それとも痛みを感じる前に死んじゃった? すごかったもんね、私の力。自分でもびっくりしちゃった。それだけ恨みが深かったのかな?」
     倒れ伏した少女の頭部を爪先でそっと踏みつけてみる。動かない。
    「ふふ……アハハ……アハハハハハハ!」
     もう動かないのだ、2度と……実感と共に高まる哄笑を上げ、体温を失っていく恋敵の頭を繰り返し踏みにじる。時折、笑い声の中にキチキチと異質な音が紛れ込むが、気にならないほど嬉しくて仕方がない。
    「怖かった? ねえ窓名ちゃん、怖かったァ!? すごかったもんねェ! 私の力! 全部全部呪いのおかげなんだよォ! アンタが爽谷くんに近寄ったりするからァ! 呪い殺してやることにしたのォ! 思ってたのとはちょっと違ったけどォ! 結局呪いの力でアンタを殺せたからァ! 結果オーライだよねェェ! この力があれば爽谷くんも振り向いてくれるよねェェ!!」
     彼女の名は椋石・色乃(むくいし・いろの)。踏みつける足も、形相も、もはや人からは離れつつあった。
    「皆さん揃ってますね? それでは説明を始めたいと思います」
     そう言って柔らかく微笑み、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は教室に集った灼滅者達の顔を見回した。
    「現在、一般人が闇堕ちしてダークネスになる事件が発生しようとしています。もし、彼女が灼滅者の素質を持っていれば、皆さんで救出してあげてください。ですが、完全なダークネスになってしまうようであれば……その前に灼滅をお願いします」
     通常、闇堕ちした者はすぐさまダークネスとしての意識を持ち、人間の意識はかき消えてしまう。が、彼女は、元の人間としての意識を遺しており、ダークネスの力を持ちながらもダークネスになりきっていない状況だ。
     とはいえ、放置しておけば遠からず完全なるダークネスとなってしまう。その前に対処せよ、ということだ。
    「闇堕ちしたのは椋石・色乃さん。14歳の女子中学生です。彼女はソロモンの悪魔の力を使い、クラスメイトの窓名・奈菜(まどな・なな)さんを殺害してしまいます。色乃さんが想いを寄せている爽谷・和人(さわや・かずと)さんと奈菜さんが親しくしていることが原因のようですね。奈菜さんを殺害した色乃さんは、その後、力を誇示して和人さんを言いなりにするつもりなのですが、結果的に彼女の計画は失敗し、和人さんも殺されてしまうことになります。というのも……」
     姫子は灼滅者達の顔をふたたび見回した。
    「……闇堕ちした色乃さんが巨大なダンゴ虫の姿をしていて、和人さんは怯えて逃げようとするからです」
    「……ダンゴ虫?」
    「ええ。2メートルくらいの」
     灼滅者のひとりの問い掛けに姫子は真顔で頷き返し、説明を続ける。奈菜に敵意を抱いた色乃は、漫画や小説で知った『蠱毒』という呪いの儀式を実行しようとし、その過程の中で闇堕ちしたらしい、と。
     この『蠱毒』とは中国由来の呪詛のひとつで、壷の中に複数の虫を閉じ込めて殺し合わせ、生き残った最後の一匹を怨念と共に殺すことで対象を呪殺することができると言われているものである。
    「色乃さんが行った儀式で生き残ったのは、何故かダンゴ虫でした。さらに彼女は、このダンゴ虫を怨念と共に食い殺すという、とても独創的な方法を取りました。それがダークネスの姿に影響しているかどうかはわかりませんが……少なくとも彼女自身は、呪いが自身に跳ね返ってきたためにダンゴ虫の姿になってしまったと思ったようですね」
     ダークネスの力を行使するようになってからも、ダンゴ虫の姿が呪いによるものだという考えは根本的に変わっていないようだ。その間違った認識を正すことが説得の鍵になるという。
     そこまで説明し、姫子はおもむろに人差し指を立ててみせた。
    「説得の鍵はもうひとつあります。色乃さんはかなりの面食いです。呪いの原因である和人さんへの執着はあるものの、好みの男性の話ならば説得も通じやすくなるでしょう」
     しかも色乃のストライクゾーンは相当広く、小学生以上老人未満で並以上の容姿の男性ならば鼻息荒く興味を示し、それなりに男装さえしていれば女性でも簡単に籠絡できるらしい。反対に、好みの範囲外の男性や普通の女性には問答無用で敵意を持つとのことである。
     姫子はさりげなく明言を避けているが、呪いを実行したり虫を食い殺したりといった突飛な行動と併せて、かなりアレな性格の持ち主のようだ。
    「色乃さん自身の性格がかなり色濃く残っているので、狡猾で計算高いというソロモンの悪魔のイメージとは少し離れた印象ですが、それすらも彼女の中のダークネスの計画範囲内かもしれません。もちろん、使われるサイキックはダークネスのものですので油断は禁物です。接触のタイミングは放課後、色乃さんが体育館裏で奈菜さんを待っている時になります」
     先回りして色乃を待ち伏せるとバベルの鎖によって察知され、別の場所で予定を実行される可能性がある。色乃は奈菜と和人を時間差で呼び出しているので、2人を接近させないようにしつつ、待ち伏せている色乃に接触するのがいいだろう。
    「色乃さんが使うのは魔法使い、影業、シャウトに似た効果を持つサイキックです。本格的な戦闘は未経験なので、固い外殻を活かして守りに重点を置いた戦法を取ります。ダメージは与えづらいかもしれませんが、説得が上手くいけば弱体化させることができますので頑張ってくださいね」
     ひととおり説明を終えると、姫子は手にしていたプリントを灼滅者達に配る。色乃が使うサイキックについての詳細な説明が記されているようだ。
    「彼女の使うサイキック……人によっては精神的にキツいかもしれませんが……でも、皆さんならきっと大丈夫です。ですから、無事に帰ってきてくださいね」
     そう言って、姫子はにっこりと微笑むのだった。


    参加者
    穂之宮・紗月(セレネの蕾・d02399)
    加賀谷・彩雪(小さき六花・d04786)
    アムス・キリエ(懊悩する少年聖職者・d20581)
    シュテル・フォンティーヌ(星炎魔導・d24566)
    土田・祐平(見えてしまった天井・d25184)
    イサ・フィンブルヴェト(アイスドールナイト・d27082)
    曉・真守(黒狼・d27563)
    アリスレーゼ・レーゲンホルン(特撮マニアの魔法使い・d30064)

    ■リプレイ


     放課後を告げるチャイムが鳴り、昇降口から体育倉庫へと続く通路付近に身を潜めている土田・祐平(見えてしまった天井・d25184)が呟いた。
    「そろそろですかね」
     その声に頷き、アリスレーゼ・レーゲンホルン(特撮マニアの魔法使い・d30064)はサラシを巻いた胸元を軽く撫でる。エイティーンと男装によって普段の彼女とはかけ離れた格好だ。
    「自分を出せないのは辛いですが、これも正義の為……」
     そう言い聞かせるのと同時に携帯電話が震える。昇降口を見張っているイサ・フィンブルヴェト(アイスドールナイト・d27082)からのメールだった。色乃が昇降口を出て体育倉庫へと向かったという。
     色乃をやり過ごしつつ、奈菜と和人に接触して体育倉庫へと近付けないようにするのが灼滅者達の作戦だ。奈菜達に接触して追い返す班、不測の事態に備える班に分かれ、それぞれ昇降口と、昇降口から体育倉庫へと続く通路付近で待機しているのである。
     程なくして、ひとりの女子生徒が通路に姿を現した。物陰に隠れている灼滅者達に気付く様子もなく、まっすぐに体育倉庫の裏へと向かっていく。西日のせいか、それともダークネスのせいか、表情のない顔には不穏な影が落ちていた。
    「ふむ……あれが椋石か。おまじないとやらではなく蠱毒の真似事をするとは、なかなか愉快な奴だ。ここでダークネスとして死なせるのは惜しい」
     そう言って口角を上げるのは曉・真守(黒狼・d27563)。祐平は黙って色乃を見送り、アリスレーゼは周囲にも目を光らせながらメールを打つ。
     その隣で、アムス・キリエ(懊悩する少年聖職者・d20581)は祈るように目を閉じた。人を思うことは素晴らしいことなのに、ダークネスによって悲劇へと変貌しようとしている色乃の恋。なんとしても、その悲劇から彼女を救わなければ――そんな決意を改めて固め、瞳を開く。ESPで成長した姿も相まって、眼差しは一層凛々しい。
     戦いを前に、灼滅者達の思いは様々だが、その根幹は色乃を救いたいという強い意志で繋がっている。それは昇降口で奈菜達を待ち構えるメンバーも同じだ。
    「――色乃さんは体育倉庫裏に行ったようだ。今のところ、他に警戒すべきこともないらしい」
     アリスレーゼからのメールの内容を仲間に伝え、イサは携帯電話をしまい込む。
    「そろそろ、奈菜さん達も来るです、ね……」
    「見逃さないようにしないとですねっ」
     気を引き締めるように言う加賀谷・彩雪(小さき六花・d04786)と穂之宮・紗月(セレネの蕾・d02399)。その視線の先には、途切れることなく生徒が行き交う昇降口がある。
    「――来ました。奈菜さんです」
     事前に下駄箱の名前と位置を確認していたシュテル・フォンティーヌ(星炎魔導・d24566)が告げ、4人は昇降口へと向かった。
    「窓名・奈菜さん、ですよね」
    「はい……?」
     シュテルの声に顔を上げた奈菜は、驚いたように目を白黒させた。それを見て紗月が口を開く。
    「いきなりゴメンね。ボク達、さっき色乃さんに伝言を頼まれて……」
     そこで言葉が止まる。奈菜の表情は早くも驚きから不安へと変貌していた。見慣れない顔ぶれが4人も揃って声を掛けてきたのだ。しかも、男子制服を着ているものの、全員が女の子然とした顔立ちである。中でも彩雪は18歳の姿になっていながら中学生の格好をしているのだ。
    「あの……ここの生徒じゃない、ですよね?」
     不審感を孕んだ奈菜の声に、昇降口に居合わせた生徒達の注目も集まる。好意的とはいえない空気が徐々に広がり、やがて騒ぎへと発展しそうな気配さえ漂い始めた。素早く視線を交わす4人の中から、シュテルが進み出る。
    「体育倉庫へ行ってはいけません。何があっても絶対に!」
     王者の風を纏った強い言葉が響き渡った途端、昇降口は凍りついたように静まり返り、生徒達は怯えの表情を浮かべた。周囲を見渡してESPの効果を確かめると、シュテルはさらに奈菜へと向き直る。
    「爽谷・和人さんにも伝えてください。色乃さんは用事があって今日は行けなくなったと――いいですね?」
    「わ、わかりました……」
     力なく頷き、教室に戻っていく奈菜。その背中を見送りつつ、彼女と和人の安全を確信し、シュテルは微かに安堵の息をつく。
     しかし、本番はここからだ。気を取り直し、4人は足早に体育倉庫へと向かった。


     夕暮れが迫る中、体育倉庫へと続く通路には早くも翳りが差している。放課後の喧騒もどこか遠く感じられた。ダークネスの存在と戦いの予感はもとより、虫への苦手意識を抱える紗月、彩雪、アリスレーゼの緊張感がそうさせているのかもしれない。
    「大丈夫か、盟友達よ」
     角を曲がれば倉庫裏というところで、真守が小声で3人に尋ねた。それに応えるように、紗月はきゅっと拳を握りしめる。
    「慣れないところはありますが……ひとりの方の未来があるんです。台無しになんてさせませんっ」
    「色乃さんを助けたい……だから……さゆ、虫は怖い、けど……頑張ります、です……!」
    「私も苦手ではありますが、これも正義の為。我慢するしかないですね」
     彩雪とアリスレーゼも、色乃の救出に対する迷いはない。が、苦手意識もまた根強いらしく、揃って深呼吸してから角を曲がる。
    「誰!?」
     倉庫裏でもひときわ暗い影の中で、灼滅者達を見た色乃はびくりと肩を跳ねさせた。
    「椋石さん……私達はあなたを止めるために来ました」
     アムスは色乃を見据え、語りかけながら胸の中で神に祈りを捧げる。彼女を闇から救う力を自分に、と。その後ろから進み出たイサが殺界形成を、真守がサウンドシャッターを展開。他のメンバーも身構え、臨戦態勢を整えた。
    「止める? 私を? 何の話……?」
     一方、色乃は事態を飲み込めず、困惑しながら8人を見比べる。が、次第にその目が怪しい光を宿し、薄暗い笑みが広がった。
    「あっ……そっかァ……そういうことかァ……アハハハハ……」
     笑い声にキチキチと異音が混じったかと思うと、愉快そうに震える肩が歪み、膨れ上がった。足元では漆黒の影が揺らぎ、色乃の体を蝕むように這い上っていく。
    「私が爽谷くんに告白するのを止めたいんだァ……つまりィ……アンタ達、私のことが好きなんでしょォォォ!!」
    「違――ッ!?」
     色乃独自の解釈を祐平が訂正しかけたが、それを遮るように色乃の体が弾け、何かが大量に飛び散った。不意を突かれた前列の紗月、真守、彩雪、イサは正面からそれを浴びてしまう。
    「ひえぇ……」
     堪らず声を漏らしたのは紗月。褐色の糸をドロリと引きながらゆっくりと垂れ落ちるのは、紛れもなく色乃の体液だった。そう認識した途端、肌は粟立ち、背筋が冷たくなっていく。
    「アァァン、恥ずかしいィ! うっかりブチ撒けちゃったァ! だってだってイケメンばっかり8人も! 8人もォォ!!」
     絶句する灼滅者達とは対照的に、色乃は興奮に体をくねらせながら恥じらっている。が、その姿はすでに巨大ダンゴ虫。ワサワサと歩脚を動かし、分厚い外殻に覆われた巨躯をブリブリと揺らしている。
    「――椋石よ、まずは落ち着くのだ!」
    「グボアァ!?」
     いち早く我に返った真守が色乃の外殻にクルセイドソードを突き立てた。強烈な痛みと破邪の光に巨体がのたうち、地面に転がる。ダンゴ虫の性なのか何なのか、その拍子に色乃は体を丸め、球体になって転がりながら灼滅者達と距離を取った。
     真守に続いたのはイサだ。距離を取った色乃に追い縋りつつ、手にした冰槍『モリス・テンプス』を螺旋状に捻りながら突き出し、丸まった色乃の外殻をこじ開ける。
    「話を聞いてくれ。君のその姿は……」
    「アッ!? アッ!? イケメンがっ! イケメンが囁いてるっ!!」
     その姿は呪いではない、と続けようとしたイサだったが、その囁き声に興奮した色乃は激しく体を捩らせた。突き刺さった槍ごと振り回され、跳ね飛ばされまいと堪えるイサ。そこに飛び込んできたのは、何とか立ち直った紗月だ。放たれるスターゲイザーに色乃の巨体がふたたび転がり、イサも体勢を整える。
     続いて彩雪がワイドガードを展開して前列のメンバーを回復すると、後方からは霊犬さっちゃんの浄霊眼が届いた。心配そうに主を見つめるさっちゃんに、彩雪は、大丈夫と肩越しに頷いてみせる。
    「痛いィ……いきなり激しすぎるゥ……」
     連携攻撃に多少は勢いを削がれたのか、色乃はじりじりと後退しようとする。が、伸びてきた黒い十字状の影がその脚を絡め取り、動きを封じた。アムスによる影縛りだ。
    「椋石さん、聞いてください。悪魔の囁きに身を委ねて手に入るものなどありません」
    「その姿、呪いの結果と思ってるんですか? ……違うんです。貴方は今、乗っ取られかけてるんですよ」
    「な、何の話……!?」
     アムスの言葉に重ねて、祐平は色乃の認識を正そうと語りかけながらマジックミサイルを撃つ。その追撃に重なるようにアリスレーゼのバスタービームが放たれると、色乃はのけ反り、仰向けに倒れた。
    「うゥ……痛いよォ……」
     涙声で言いながら、色乃はごろりと体を反転させて起き上がる。外殻には細かな亀裂が走り、説得が効いていることを灼滅者達に伝えていた。が――
    「なんでいじめるのォ……私が……私が何したって言うのよォォ!!」
     起き上がった色乃は禍々しい形相で灼滅者達を睨みつける。今や色乃は巨大なダンゴ虫の体に人の顔がくっついたような、異形の風体へと変貌していた。
     説得は確実に成果を上げている。が、結果的に気持ち悪さは倍増していた。


    「あなたは今日、ここで何をしようとしていたのです! それが人として絶対にイケないことだと何故わからない!」
     ワイドガードを展開しながら、色乃を厳しく追及するシュテル。
    「うるさいッ! アンタ達も呪いの力で私のモノにしてやるんだからァ!!」
     激昂する色乃の口元がダンゴ虫のものへと形状を変える。狙いはアムスだ。それを庇って飛び出した彩雪を色乃の甘噛みが襲う。
    「うふふゥ……アンタ、積極的ねェ……」
     モゴモゴと口を動かしつつ、防具に傷をつけていく色乃。おぞましい感触に身を強張らせ、震えそうな声を抑えながら彩雪は告げる。
    「私も……ふわふわどきどき、してしまう人がいます。その人と仲の良い方を羨ましく思ったりもする、けど……妬いていても伝わらないから、いつか勇気を出して、言いたいんです……色乃さんにも、真っ直ぐ、向かい合えるようになって欲しい……一緒に、頑張りましょう?」
     真っ直ぐ伝えなければ、そして、誰かを傷付けてからでは気持ちはきっと伝わらない。その思いを体現するように真摯に語りかける彩雪の言葉に、色乃が焦ったように飛び退いた。それを追うアムスがフォースブレイクを叩き込む。
    「呪いに走るほど強い想い、人を恨むよりも恋する気持ちを大事にしてください」
    「ぐゥ……ッ!」
     体内で弾ける魔力にバランスを失い、倒れかける色乃。そこに待ち構えていたのは紗月のフリージングデスだ。
    「どんな虫を食べても姿なんて変わらないよ。だって色乃さんは色乃さんだから」
    「……でも、私のことなんかっ……爽谷くんも、誰も……誰も見てくれないィ!!」
     褐色の涙を頬に粘つかせながら色乃が叫ぶ。
    「だから呪うのッ! 呪って呪って、それで私は幸せになるんだからァ! 邪魔しないでよォ!!」
     拒絶の言葉と共に、色乃は7対の脚をワサワサと振り回す。しかし、灼滅者達の言葉は色乃に届いていた。その証拠に、振り回される脚はダンゴ虫の歩脚ではなく、人の手足へと変貌している。
    「呪わねば叶わぬ恋であるというならば、いっそ新しい想いを育てるのも手……呪いや虫に頼らずとも貴女には私達がいます。そんなもの捨てて、こちらへおいでなさい」
     苦手意識を抑え、執事風の優雅な身ごなしでジャッジメントレイを放つアリスレーゼ。祐平も頷きながら両手にオーラを集中させる。
    「この世には男性なんて30億人以上いますし、悲観することはないです。前向きに考えましょう」
    「そうだとも。こんなところでは終わらせんぞ、椋石!」
     祐平のオーラキャノンに、真守の制約の弾丸が追走する。畳み掛ける攻撃と言葉と、込められた思いの強さに、色乃の外殻は徐々に崩れはじめていた。
     が、まだ色乃は倒れない。異形の姿のまま体液を撒き散らし、ワサワサブリブリと蠢き、苦悶の涙を流しながら奇声を上げる。
    「でもォ……でも、怖いよォ……私なんて……私なんてェ……」
    「そうやって君は、何よりも君自身を呪っているのではないか?」
     澄んだ駆動音を足元から上げるイサの言葉に、色乃が大きく震えた。
    「呪いはマジナイでもある……見方を変えれば意味も変わる。君も自身を見つめ直してみるべきだ」
    「いッ……言わないでェェ!!」
     叫んだ色乃の腹部が炸裂し、無数のダンゴ虫の幼生が勢いよく噴出した。実際に出産しているのではなくサイキックなのだが、グロテスクかつショッキングな光景である。
    「くっ……た、他者を妬む前にすべきこともせず、そんな姿に堕ちるべきではない!」
     眉をしかめながらも、続々と飛び出る幼生の群れに突っ込んだイサのスターゲイザーが外殻を完全に打ち砕く。体液を撒き散らしながら放物線を描いて宙を舞う色乃。程なくして地面に倒れ込んだ彼女は、元の姿へと戻っていた。


    「う……?」
    「気付きましたね。色乃さん、大丈夫ですか?」
     介抱にあたっていたシュテルの声に、灼滅者達は色乃の周りに集まった。起き上がった色乃は呆然と灼滅者達を見回す。その顔に不穏な翳りはない。
    「無事に助けられたみたいですね」
    「よかった……もう大丈夫ですねっ」
     祐平と紗月がホッと胸を撫で下ろす。が、当の色乃本人は事態が把握できていないらしく、首を傾げた。
    「そういえば、きちんと説明をしていませんでしたね。私達は武蔵坂学園という学校の生徒なのですが――」
     アリスレーゼがかいつまんで説明していく。灼滅者のこと、ダークネスのこと、闇堕ちのこと。はじめはポカンとしていた色乃だったが、腑に落ちるところもあるらしく、素直に耳を傾けていた。
    「じゃあ、私も灼滅者、ってこと……?」
     色乃の問いに頷いてから、アムスは付け足すように口を開く。
    「学園は灼滅者にとっていい環境だと思います。勿論、辛いことはありますが、同じ灼滅者の仲間が大勢います。一緒に行きましょう」
    「歓迎するぞ。盟友椋石よ!」
     笑顔の真守につられるように、色乃は大きく頷いた。
    「私……私も武蔵坂学園に行く!」
     明るい表情と希望に輝く瞳。もう闇堕ちの心配はないだろう。
     しかし、色乃はまだ知らない。自分を助けるために集まった8人のイケメンのうち、6人が実は女性であるということを。その事実を知った時に色乃がどうなるか――それは今後の彼女次第である。

    作者:二階堂壱子 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 2
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