公園の片隅。カタツムリを模したようなトンネル遊具の中で、未だ癒えない傷の痛みに、彼は震えていた。
近年の治安の悪化に伴い、あまり人が訪れる事も無くなっていたその公園は、彼にとっては格好の隠れ場所だった。
自分は何者なのか? どうして此処にいるのか?
ダークネスとして生まれて間も無く記憶が無い彼が、それを理解するのには今暫くの時間を要した。辿るのは、ダークネスとしての自分では無く、灼滅者として――武蔵坂学園で、過ごしていた『彼』の記憶。
『アイツ』は何故、あそこにいたのだろう。そして、どうして己が目覚める事となったのだろう。
記憶を辿る作業は、まるで深海へと潜って何かを見つける作業のようだった。
「……アァ」
だが、見つけたものは宝物などでは無かった。落胆を含んだ声が漏れる。
望まずに手に入れてしまった、ダークネスの――否、灼滅者の力、そして殺人衝動。二度と誰かを傷つける為に使いたくなかった。この力を、守る為に使いたかった。
「……クダラナイ」
吐き捨てるように呟いた。
『彼』が憧れていたのは、物語の主人公のような存在だったのだろうか。
結局、『アイツ』は何になれた? ヒーローに、あるいはダークヒーローになれたというのか?
『彼』が選んだ先に今いるのは、彼だった。宮廻・絢矢(はりぼてのヒロイズム・d01017)は、主人公にも悪役にもなれなかった。何にもなれない、ただの人殺しだ。
「……タイクツ、ダ」
ツマラナイ。ツマラナイ。
記憶を辿る作業は、彼にとって有意義な行為では無かった。寧ろ、思い出した『アイツ』の記憶は、想いは、ただ不快なだけだった。
「壊して、やろうかな?」
自分の心の奥底に眠っている、微かに存在を感じる『アイツ』を消し去ろう。俺の力を、衝動を正しく取り戻そう。
「誰かを殺せば、取り戻せるよね。きっと」
その言葉は自問だったのか、それとも眠っているもう一人の自分へ尋ねたのか、それは彼自身にも分からなかった。
公園に遊びに来たらしい、誰かの声が聴こえて来る。
ゆらりと、彼――闇へと堕ちた宮廻・絢矢は立ち上がり、トンネル遊具の外、夕暮れの朱に染まった世界へと一歩踏み出し、天を仰いだ。
朱に更に血の色を重ねたら、きっと『アイツ』を消し去れる筈だ。
●ヒロイズムの在処
「……俺の全能計算域(エクスマトリックス)が導き出した。宮廻・絢矢が見つかったぜ」
神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)の言葉に、教室がざわついた。教室の片隅でヤマトの話へと耳を傾けていた周・昴(中学生人狼・dn0212)も、僅かにその表情を硬くして話の続きを待っている。
「各地を彷徨った後に、今はほとんど使われていない公園を拠点にしていたらしい。これまで足取りが掴めなかったのは、行動を起こさずその拠点から出なかったからだな」
だが、此処にきて行動を、事件を起こそうとしているのだと、ヤマトが眉を寄せながら告げる。
「今はまだ心の奥底に残っている、宮廻の人格を完全に消し去ろうとしているようだな。……そうなれば元の人格は消失し、完全なダークネスとなり果てるだろう」
つまり彼を救う為には、その凶行を防がなくてはならない。
「夕暮れの時間しか、拠点にしている公園のトンネルから動こうとしない。……だが、その時間に一般人が訪れてしまった事で、闇堕ちした宮廻はトンネルの外に出て、殺人を犯す。一度人を殺してしまえば、もうトンネルの中に引き籠る事も無くなるだろう」
そうすれば、新たな六六六人衆がいよいよ野に放たれる事になる。
「つまり、だ。夕暮れの時間に、お前たちが公園に向かう。そうすれば、宮廻がトンネルの外に出て来るだろう。……そこで、宮廻と戦い、彼を救出して欲しい」
ほとんど公園自体は使われていないというが、周辺を全く人が通らない訳では無い。最低限の人払いは必要になるだろう。
「それと、一つ、注意して欲しい事がある。闇堕ちした宮廻は、激情すればする程力を増すという殺人技芸を持っている」
「……つまり?」
どういう事だ、と灼滅者の誰かが尋ねた。それに重々しく頷いて、ヤマトが呼吸を整え、再び口を開く。
「お前たちが説得を行い、それが届けば届く程、宮廻は強くなる。説得し、その上で救出するのは……難儀するぞ」
「……でも、やらない訳には行かないんだよね?」
いてもたってもいられなかったのか、昴が口を挟んだ。
「ああ。今回宮廻を助ける事にしくじれば……完全に闇堕ちし、もう助ける事は出来なくなるだろう」
つまりこれが最初で最後のチャンスだ。
「仲間を助ける……それも、危険極まりない作戦だ。だが、お前たちなら運命の扉を開く事が出来るだろう。……よろしく頼む」
真剣な表情のヤマトに、灼滅者たちが力強く頷いた。
参加者 | |
---|---|
泉二・虚(月待燈・d00052) |
朝山・千巻(スイソウ・d00396) |
久織・想司(錆い蛇・d03466) |
イブ・コンスタンティーヌ(愛執エデン・d08460) |
九重・木葉(贋作闘志・d10342) |
ナハトムジーク・フィルツェーン(黎明の道化師・d12478) |
静闇・炉亞(无幻を魅せし器・d13842) |
新路・桃子(ブラックフォレスト・d24483) |
●
少年――闇堕ちした宮廻・絢矢(はりぼてのヒロイズム・d01017)を救うべく集った灼滅者たちを見て、来たんだ、と少年はトンネル遊具から這い出ながら呟いた。
「何、それ?」
怪訝そうに絢矢が尋ねたのも無理はない。妙にフードを被った灼滅者たちが多いのだ。だがそれには答えず、代わりに新路・桃子(ブラックフォレスト・d24483)が問い返す。
「こんちはぁ。お名前なんて言うんだい?」
少年は数秒思案した。
「……どうなんだろう?」
自身の名を知っていて、あるいは知らない事をはぐらかしている訳でも無く、まだそこへ思考が至っていないようだった。頭の回転が速いようでは無さそうだ、と、静闇・炉亞(无幻を魅せし器・d13842)は彼の人格を推測する。
久織・想司(錆い蛇・d03466)も平静を保たんと心がけていた。元より冷静沈着な彼だったが――親友の闇の前で取り乱したくないという想いが、殊更に彼の思考を怜悧にしていた。
「わたくしが名付け親になって差し上げますよ。田中太郎(仮)で行きましょう」
自分が良く知る『彼』とは全く別の人格なのだと、自分たちの中にきちんと落とし込むように。そして、目の前の彼へ、『彼』と同一視していないのだと伝えるように。イブ・コンスタンティーヌ(愛執エデン・d08460)がにっこりと微笑んだ。
「……ダサイ」
呆れたように吐き捨てて、田中太郎(仮)もとい、絢矢の左手が『悪癖』と融合してゆく。腕の先が、禍々しき刃へと変化し、刃から剥がれた錆がオーラとなってその身を包み込む。
「……何故、殺しを為さんとする?」
泉二・虚(月待燈・d00052)が尋ねると、面倒くさそうに絢矢が右手で頭を掻いた。
「だって、『アイツ』は人殺しだっただろう? だから、殺す」
それはまるで、自身の殺人衝動が理由では無く、かつての絢矢が殺人衝動に抗う殺人鬼であったから。絢矢のせいだとでも言わんばかりの、どこか他人事のようにそっけない回答だった。
「田中太郎(仮)君自身が殺したい訳じゃないのかい?」
それは意外だ、とナハトムジーク・フィルツェーン(黎明の道化師・d12478)がおどけたように、わざとらしく驚いたような仕草をしてみせる。その動作が癇に障ったか、絢矢が刃を灼滅者たちへと突きつけた。
「そういうのはいいから。退屈させないでくれるよね?」
さっさと始めよう、と急かすような絢矢の態度に、九重・木葉(贋作闘志・d10342)が柔らかく告げる。
「それじゃ、田中太郎(仮)くん。初めましてだね、よろしく」
少しでも君の退屈紛らわせれば――そんな言葉を続ける暇も無く、瞬間、どす黒い殺気が戦場を覆った。
闇のような殺気に苛まれながらも、朝山・千巻(スイソウ・d00396)は必死に口を結んだ。口を開けば、後輩に呼び掛けてしまいそうだった。
今はまだ、『彼』に言葉を届ける時では無い。
今はただ、彼と斬り結ぶ。ただ、それだけだ。
●
イブが微笑みながら、鏖殺領域で絢矢を覆う。
「一番前で愛してあげます。愛しています、殴らせろください」
強烈な殺気と、友愛の言葉。灼滅者としての絢矢であれば何かしらの反応を返しただろうが、ダークネスとなった彼は無反応だ。彼女の性質を知らない者からすれば矛盾としか取れないだろう言動が、恐らくは彼も理解出来ていない。
「ぶつけたい想いがあるのなら遠慮なんか無用だ、全力で叩きつけてやればいいさ!」
慣れないクラッシャーに陣取る彼女を咲哉の癒しの矢が援護する。
『彼』を呼び起こす。その為には力も全力でぶつけなければ、想いを届かせる事は出来ない。
「その体はおれの親友のものだ。お前が、消えろ」
想司の聖剣が輝きながら絢矢へと振り下ろされ、霊犬・奈落が浄霊眼で木葉の傷を癒す。
ふーん、とさほど心動かされた様子も無く、不意打ちの如く死角から斬りかかって来た絢矢の斬撃を、ヴァレリウスが受け止めた。
虚のヴァンパイアミストが、絢矢へと肉薄する前衛陣を包み込む。
高まる力に、良いね、と口許を綻ばせ、ナハトムジークが『フィンフツェーン』の穂先を絢矢へと突きつけ、妖力を冷気へと変えて撃ち放つ。
木葉のエアシューズが摩擦によって生じた炎を纏い、絢矢へと叩き込まれた。右手で受け止めた絢矢の包帯から炎が伝わり、彼をじわじわと焼いてゆく。
「アンタの大事なものはなんだい?」
問い掛けながら、桃子がチェーンソー剣を唸らせて絢矢へと斬りかかる。
「……無いよ。大事なものなんて」
退屈だと語る、自我の無い、空っぽに近い少年へと、僅かに同情を覚えたのは千巻だ。
(「……自分のこと肯定できないのは、すごく辛いよね」)
空っぽな彼とも、立場が違えば一緒に遊ぶ事も出来たのだろうか。
とはいえ、『彼』を救う為には――目の前の彼のままでいてもらう訳には行かない。感傷は押し殺して、彼女は天使の歌声を響かせた。
●
1対8であれば、まだダークネスとしては自我も殺人衝動も薄い相手とはいえ、灼滅者たちに勝てる見込みなど無い筈だった。
けれど、此度は違う。多くの仲間たちが援護してくれている。
「倒させやしないさ! サポートにオレが居る限りな!」
津比呂が巻き起こす聖風が毒を癒し。
ナノナノ・きゅん太と共に、しいなが傷を癒し、悠歩がワイドガードで戦線の維持を図る。
クラスメイトが闇堕ちするのを放ってはおけない。会えなくなるのは嫌だ。そんな想いが、彼女を、彼を衝き動かす。
「新路、回復と命中は任せろ!」
兼弘が癒しの矢を放ち桃子を癒し、仁の除霊結界が絢矢を絡め取る。
(「あややちゃんはももちゃんのお友達で、じゃあ辻ちゃんともお友達になれるっすね!」)
蓮菜の天使の歌声が、痛みを和らげる。
縁が無くとも、同胞を救いたい気持ちは同じ。それは、周・昴(中学生人狼・dn0212)も同じだ。灼滅者となってから日が浅いなりに、彼もまた白炎を放出し、仲間たちを癒し、その能力を高めさせる。
「ったく、バカな事してんなー、相変わらず」
呆れたように言いながらも、死角から斬りかかる既濁の胸中にあるのは、引っ張ってでも連れ戻すという強い決意。
「いつまでも帰って来ぬ悪いコは……あだ名付けてもうで?」
不本意な感じの、と笑いながら、真魔が大鎌で絢矢に斬りかかる。
流石に攻撃の手が多すぎる。回復の手が多すぎる。
徐々に積もるダメージ、攻撃してもなかなか倒れない相手。
特に炉亞によって齎された痺れ、炎、氷――これらのバッドステータスも、確実に絢矢を苦しめていた。
「……ッ、ウザイ」
思い通りにならないことに苛立ちながら、絢矢が灼滅者たちを睨みつける。
「ホントに、ウザイ……ッ!」
脂汗がぽたぽたと地面へと落ちて吸い込まれてゆく。ダークネスと言えど、その疲労は、消耗はもはや隠しようが無いところまで来ていた。
「迎えに来たぜっ、ヒーロー!」
千巻がぐっと被っていたフードを脱ぎ、仲間たちがそれに続く。
今こそ、『彼』へ、絢矢へと呼び掛ける時だ。
●
「……わぁ、何それ」
ただでさえ灼滅者たちへの憎悪を面に浮かべていた絢矢が、訳が分からないと首を傾げる。
フードを脱ぎ、男女問わずおさげを晒した灼滅者たちに取り囲まれている。そんな異様な光景だった。
「君には殺せない、僕らがさせない」
――だから、『絢矢』を消させなどしない。炎を纏う炉亞の蹴撃が叩き込まれた。
「絢矢、こないだは助けてくれてあんがとな。そして、悪かった。お前一人を、置き去りにして」
「宮廻さん。帰ってきてください! 宮廻さんを助けなければ、私にとってのあの闇堕ちゲームは終わらないんです」
琴、シュヴァルツ。絢矢と共に戦った2人が呼び掛ける。
「あの時、確かに宮廻は……俺には、ヒーローだった」
サズヤも同様だ。
ヒーロー。その言葉に、絢矢の金色へ染まった瞳が僅かに揺らぐ。
「少なくともお前はそこにいた仲間を、拡大されれば出ていた被害を食い止めた、――英雄、だろう」
灼滅者たちの。そして虚の言葉に、きょとんと絢矢が首を傾げた。
「ヒーローになんて、アイツはなれなかったよ」
だって、今、このざまじゃないか、と呆れたように言い放つ。
「大体、ヒーローって何だ?」
その疑問に答えるのは雛だ。
「敷いて言うならば…己が大切にしている物を守りぬく事、かしら」
貴方にもあるでしょう、と問い掛ける少女の声に、僅かに絢矢が表情を歪ませる。
「自分がただの人殺し、なんて決めつけるのはまだ早いですよ。理想が、願いがあるのなら諦めないで」
闇を照らす炎のように、矧の言葉は力強く響く。
「戻って来いよ、あやや。でないとお前の好きなおさげ、全部ポニテにしちまうぞ」
「そうですよ。そんな状態だと好きなおさげも愛せないですよ」
冗句のような彼方と榮太郎の言葉。そんな言葉を言えるのも、それまでに築いた絆があってこそ。
「絢矢殿ーーーー!!! わしじゃー!!! はやく帰ってきて、友達になってくれ!」
儘が叫ぶ。
戻ってきて欲しいと願い、絆の強さなど問わず、この場にいる誰もが全力で戦っている。
「ウルサイ、ウルサイ、ウルサイ……」
ざわざわと心が乱されてゆく。自我を持たず、絢矢の記憶を元に動こうとしていたからこそ、その記憶を頼りに語り掛けられる言葉がやけに煩わしい。
早く、こいつらを消さないと。じゃないと、俺はいつまで経っても俺になれない――。
●
「ウザイ、よ」
それまでよりも更にどす黒く、辺りを闇色に染め上げんばかりの殺気が、戦場へと走る。多くの灼滅者が集い、威力が減衰しているが――その威力は、当初よりも増していると言っても過言では無い。
それは、灼滅者たちの言葉が間違いなく、『彼』に届いている証左でもある。
「ありがちなことを言うが、そこまで怒ってると正解ですって言ってる様なものだぞ」
ナハトムジークが挑発すると、絢矢の金色の瞳が怒りに細められた。おやおや、と笑顔でそれを流して、至近距離で絢矢を殴りつける。
「……あんたにも積み重ねてきた事がある」
花道はこちらだ、とキィンが示す。不快げに顔を歪ませた絢矢を、有無の影業が、さながら鋼糸のように絡みついて捕える。
「もっと、もっと。おはなし、おでかけ、いっぱい。したい、です」
まだ勉強中の拙い日本語で、ナターリヤが訴える。
「あーややくんっ! あっそびっましょ? ――早くこっちに帰っておいで!」
巻き起こる清らかな風が、千巻の溌剌とした声を絢矢へと届かせる。
「何言ってるの? あんな、何にもなれなかった奴だよ? 今だって、皆に迷惑かけているだけの奴だよ?」
オーラを纏う拳の連撃を受け止めて。かは、と血を吐きながら、それでも想司は怯まない。
「胸を張れ。貴方のしたことは、立派に主人公でしたよ」
何を、と、絢矢が目を見開いた。
「守るためにって願った宮廻は間違いじゃなかったし、ヒーローだったと思うんだ」
その願いを、無駄にしたくないんだ、と。木葉が叩き込んだ拳は、手加減されたそれ。容易く絢矢に受け流されるものの、その面には動揺は隠せない。
「それじゃあ、アイツは……?」
――主人公に。ヒーローになれてた、のか。こちらへと向けられる灼滅者たちの目が、それを物語る。
「主人公は悪役となり、倒されて成長して返ってくる。王道ですよ、なんて」
炉亞の声にも、じわりと怒りが滲む。
「……その身体は絢矢の、誰かを守る力を持った『主人公』のものです。返せよ、同類」
妖の槍から放たれた冷気が、怒りと共に撃ち込まれる。
「何者にもなれやしない。そうかあ? 宮廻はさぁ、あたしの友達なんだよ、たろ」
桃子の解体ナイフが、不規則な動きで絢矢を刻む。
「何者にもなれないなら、あたしの何者かになって、何者かで居続けてほしい。あたしがお前の何者かになるから……」
「お前自身が行った事を無駄にするな。……その為にも戻ってこい」
その為ならば力を貸す、と。虚が手を差し伸べた。
「戻、る……?」
金色が、戸惑いに揺れた。
「戻れば……ヒーローに、なれるかな」
勿論、と、仲間たちが笑う。
それを見て、ああ、と息を吐いて、絢矢が目を閉じた。
「Gute Nacht. ――おやすみなさい」
慈愛に満ちた『おやすみ』の言葉と共に『Dangerous Eden』が繰り出される。鋭いイブの愛情は、田中太郎(仮)にも伝わっただろうか。螺旋を描く槍の穂先が、絢矢の胴部を激しく打ち据える。
衝撃にのけぞり、そのまま後ろに倒れ込む。意識が薄らいでゆく中で、田中太郎(仮)と名付けられた彼は想う。
(「俺は。……絢矢。お前は」)
果たして、『何』になる事が出来たのだろう?
それは、こうして『彼』を取り戻すべく、必死になって戦い呼び掛けた者たちの姿が物語っているような気がした。
●
――目が覚めると、心配そうに覗き込む顔が幾つもあった。
「……あれ?」
朦朧とする意識は、ゆっくりとクリアになってゆく。絢矢が状況を把握するのには暫くかかりそうだったが、わっと灼滅者たちから歓声が上がり、安堵の息が漏れた。
「絢矢くん! 大丈夫っ?」
「う……うん……」
心配そうな千巻に曖昧に頷きながら上体を起こそうとする絢矢を、想司が支え、抱き締める。
「……おかえり」
表情の変化に乏しい想司の口許が、柔らかく、そして嬉しそうに綻んでゆく。
秋の夕暮れは、短い間とはいえ気を失っていた絢矢にとっては肌寒い。けれど、親友の腕はどこまでも暖かかった。
虚が、絢矢の掌へと、ころん、とマカロンを載せる。
「お帰り――宮廻」
透明なビニールの包装で包まれていたマカロンは、戦闘の衝撃で多少割れてしまっていたが、そのパステルカラーの色合いは、何だか見ているだけで癒されるよう。
「……あ」
それを見て、まるで何かを思い出したような。或いは、しまった、というニュアンスが含まれるような木葉の声に、一同が彼の視線の先を追うと――遊具の片隅にそっと置かれた紙箱が、戦いの余波でべちゃっと潰れていた。
特に絢矢は、一体何だろうかと、未だに混乱している事もあって、不思議そうに何度も瞳を瞬かせる。
やれやれ、と紙箱を拾い上げて帰って来た木葉が、「ま、いっか」と呟いて、箱を開けて見せた。
「……おめでとーございました」
「あ……!」
そう。闇堕ちしている間に、絢矢は17歳の誕生日を迎えていたのだ。
「――誕生日おめでとう、あやや」
ゲンコツを一発かましてから、その髪をわしっと撫でて、優奈が安堵したように表情を緩ませる。
「……次みちるに会ったら……絶対リベンジしようね?」
可愛らしい紙に包まれたレモンの飴玉を絢矢へと差し出しながら、六が意気込む。
仲間を失わずに済むように、取り戻せるように、これからも厳しい戦いを乗り越えなくてはならない。そんな事態は、必ず訪れるのだから。
「『主人公』は、悪を滅ぼすまで倒れちゃダメなのですよ?」
炉亞が微笑んだ。
助けられた彼も、そして助けた彼・彼女たちも、皆が『主人公』なのだ。
「お帰り。……ホントに」
しみじみと、深い息を吐いて、桃子が絢矢を抱きしめた。
絢矢の視界の中、至近距離で揺れる桃子のおさげは、いつも通り。だが、そこで、彼は気付いてしまった。
助けられた事、誕生日を祝われた事――覚醒して早々、目まぐるしく皆に迎えられた絢矢だったが、これまでに無いくらいはっと機敏な仕草で面を上げ、彼を囲む灼滅者たちを見渡した。
そう。見渡す限り、おさげ。おさげ。おさげ。
おさげのゲシュタルト崩壊、もといおさげパラダイス。
「おさげだぁ……!!」
それはもう、嬉しそうにふにゃっと笑う絢矢の姿を見て、灼滅者たちもつられて笑った。いつもの宮廻・絢矢が戻って来たのだと、実感させられる。
「ほら、忘れ物だよ。大事なものなんだからもう手放しちゃダメだよ?」
ウツロギがそっと、絢矢専用コテカを彼の手に握らせた。事情など知らない昴が唖然としたのは無理からぬ話……だろうか。
「おかえりなさい、先輩。先輩もやりますか? ……おさげ」
ほっとしたように笑うイブの横で中腰になり、ナハトムジークが絢矢に視線を合わせる。
「あぁ、そうだ。初めまして」
激闘を終えて、初めて見えた同胞へと笑いかけ――ぽふっとその頭におさげウィッグを被せた。
「ほら、キミの分だ」
公園のおさげ率が更に上昇する。
「あはは、みんな、すごいね。おさげいっぱいだ」
傍から見れば、女子のみならず男子も、ウィッグなどを活用しつつおさげにしている光景はちょっとどころでは無く滑稽だっただろう。
「プレゼントはケーキと……もう、みんなおさげの写真でいい??」
木葉がパーカーのポケットからカメラを取り出して構える。
おさげ姿の灼滅者たちが集まる、どうにもこうにも変な写真。
けれど、そんな滑稽な光景も、いつものように皆でいられるからこそ。
「……ただいま」
だから――またそんな日々を過ごせる事は、これ以上無く有意義な宝物だ。その事実を噛み締めながら、絢矢は笑った。
作者:瑞生 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年10月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 7/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 16
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