●夢の畔を彷徨う姫君
蜂蜜さながらの黄金巻き毛が秋の夜風に攫われる。
どのくらい、海の向こうを眺めていたのだろう。その先にはなにがあったのか、誰も知る由はない。
小柄な少女は灰色のワンピースドレスを翻し、無人の埠頭をゆるりと歩く。陶器のような白い肌には憂いを帯びる。そして、手には見目に明らかに似つかわしくない漆黒の大鋏。
武蔵坂学園の内部で起こった戦争、『サイキックアブソーバー強奪作戦』から約一か月。
「どこかしら。待ちくたびれてしまったの。だから私、王子様を迎えに行かなくちゃ」
学園の灼滅者達とも幾度となく刃を交わした。見る者が見れば、すぐにその実体を判別出来ただろう。
「大丈夫、私にはあなたが見えます。灼滅されて尚、残留思念が囚われているのですね」
立ち止まり、振り返る。碧の瞳に映るのは、慈愛を冠するシャドウの姿。
目を細めて彼女は――チェネレントラ・フラーヴィは己の右手に嵌めた銀の三連腕輪に触れた。
「囚われているのかしら。どうかしら、わからないわ。わかるのは、私が王子様をずっと探し続けている事だけ」
「……私は『慈愛のコルネリウス』。傷つき嘆く者を見捨てたりはしません」
コルネリウスの言葉がチェネレントラの耳朶を揺らす。それでも大鋏姫は微笑んだ。傷も嘆きも、どこかで失くしてしまったかのように。
だから幾度となく呟いた台詞を、チェネレントラはそれでも尚唇に乗せる。
「どこかしら、どこかしら。王子様はどこかしら」
「プレスター・ジョン。この哀れな少女をあなたの国にかくまってください」
コルネリウスの声に、果たして感情は籠められていただろうか。
●現の終焉を訪れた姫君
「慈愛のコルネリウスが、灼滅した六六六人衆チェネレントラ・フラーヴィのの残留思念に力を与えてどこかに……まあプレスター・ジョンの城でしょうね、送ろうとしているわ」
教室に集まった灼滅者達を前にして、小鳥居・鞠花(高校生エクスブレイン・dn0083)はファイルを紐解く。何度も開き、情報の追記や資料の追加を行ったページだ。
「力を与えられたチェネレントラを放置するわけにはいかないわ。今や残留思念ではあるけれど、かつての序列五一二に基づくほどの戦闘力を有しているんだもの」
油断厳禁、と鞠花は声を潜める。
続いて今回の状況について説明を始めた。
「コルネリウスがチェネレントラに呼びかけて力を与えたところに介入する事になるわ。他の案件でも聞いてるでしょうけど、現場にいるコルネリウスは実体を持たないから会話も戦闘も出来ないと思ってね。でもチェネレントラと戦い、灼滅する事は可能よ」
とはいえたかが残留思念と侮る事は出来ない。何せダークネスと匹敵するほどの、ましてやその中でも強力凶悪な六六六人衆としての戦闘力を持って実体化するだろうから。
チェネレントラは灼滅者の姿を見止めれば戦いを挑んでくるだろうと鞠花は告げる。
「戦闘力は生前と変わらないと思って頂戴。舐めてかかったら無事じゃすまないわよ。殺人鬼と妖の槍と日本刀のサイキック、そして基本戦闘術を使いこなすという点が同じな事は幸いかしら。対策をしっかりと練る事をお勧めするわ」
戦場となるのは真夜中のコンテナ埠頭だ。コルネリウスとチェネレントラが対峙しているのは足場が広く開けた場所、戦闘には支障がないどころか好都合だ。時間帯と場所柄、一般人が近寄る心配もない。
ただし光源は月明かり程度、念のため用意するのが無難だろう。
「本当にコルネリウスは何考えてるかわからないけど……皆の手で大鋏姫に改めて終幕を与えてきてね」
秋の夜長にとあるダークネスの最終幕が開く。
鞠花はしっかりと皆の顔を見据えて、送り出した。
「行ってらっしゃい、頼んだわよ!」
参加者 | |
---|---|
神崎・結月(天使と悪魔の無邪気なアイドル・d00535) |
奇白・烏芥(ガラクタ・d01148) |
一・葉(デッドロック・d02409) |
アリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765) |
ルビードール・ノアテレイン(さまようルビー・d11011) |
月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030) |
炎谷・キラト(失せ物探しの迷子犬・d17777) |
レオン・ヴァーミリオン(暁を望む者・d24267) |
●金の姫君
夜の埠頭で光の粒子が眩く弾ける。
コルネリウスに力を分け与えられ、大鋏姫が再び具現化する。
「コルネリウスさん、今度はチェネレントラさんを?」
声を張り上げたのはアリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765)だ。
「いずれにせよ、あの国に送られるのでしたら……どうかせめて……あの国で、チェネレントラさんを『王子様』にめぐり合わせてさしあげて下さい」
反応は期待していなかった。せめて自分の想いは届けたかった。
案の定コルネリウスは睫毛ひとつ動かさずに姿を消した。その代わりチェネレントラが灼滅者達の姿を捉え、ゆるり微笑を傾げる。
「佳い夜ですこと。……ふふ、いらしたのね」
チェネレントラは灼滅者達に向き直る。照明を置いて回るのもここまでだ、灯りに照らされ、一・葉(デッドロック・d02409)の横顔が浮かび上がる。
「よお、お迎えに来てやったぜ迷子のお姫様。また帰り道を忘れちまったのか?」
先の戦争で刃を交わし、チェネレントラにとどめを刺した青年の姿に大鋏姫は微笑んだ。
「そうね。迷ってしまったみたい。王子様を探さなくちゃならないのに」
剣呑な雰囲気を湛え、葉は血錆がこびり付いた槍の穂先を向けて言う。吐き捨てた声音はその鋭さにも似ている。
「しょうがねぇヤツだな、俺が王子様のとこまで送ってやるよ」
「御免あそばせ。私は誰かの手を借りる気はないのよ。そうね、でも」
月が綺麗な夜だから。
少し戯れも許されるだろうか――そう思わせる蜜の笑み。彼女が視線を動かせばそこに、月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)の見覚えのある姿があった。
「おっひさー! 元気してたって聞くのもアレだけど、調子どう? チェネチェネ?」
「ふふ、そのあだ名を聞くと相変わらず不思議な気分ね。そうね、灼滅者達に追い詰められて、そこの彼に倒された事を除けば、大体息災よ」
「知ってるー。同じ戦場だったんだよ。思えば割と長い付き合いじゃない? 私たち」
縁が深いが故だろうか、玲も過日の戦争でチェネレントラとすれ違っていたのだ。何度も互いに切っ先を突き付けた。チェネレントラが笑みを深めたのは、玲の言葉の肯定だろう。
だが誰もが軽妙に言葉を交わしたわけではない。
厳しい眼差しに籠められたのは剥き出しの敵意。炎谷・キラト(失せ物探しの迷子犬・d17777)が持つ空気は張りつめ、奥歯を噛み締めた音がひどく響いた。
「……アンタの話は二度と聞きたくなかったぜ」
ここで絶対に終わらせるという決意が滲む。知人友人が傷つき闇に堕ちた事を知っている。だから今すべき事はひとつしかない。奇白・烏芥(ガラクタ・d01148)がその意を汲んだかのように、前を見据える。
その想い、シャドウにくれてやる事もない。そう思ったのは宿敵が故かもしれないけれど。
「しかし、貴方の想いもまた多くの命を喰らい過ぎました……終幕です、全て終わりに致しましょう」
縁をここまで繋いできた皆の想いを無駄にしないためにも――だがチェネレントラはあどけない少女のように首を横に振る。
「まだ終われないわ。終わることなど、出来ないわ」
決然と漆黒の大鋏を鳴らす。対峙した灼滅者達はチェネレントラを包囲するよう陣取る。万が一にも逃す事などないように。
向き合ったルビードール・ノアテレイン(さまようルビー・d11011)の胸中に過るのは、親近感にも似た、傷痕。少女に後ろを任せ、レオン・ヴァーミリオン(暁を望む者・d24267)は踏みしめて一歩、前に出る。
大切な人にもう一度。誰しも抱く願いだけれど。
誰しも願うからこそ、レオンは烏芥の言を繰り返す。
「もう一度言おう。キミの想いは他のなにもかもを喰い潰す。だから、ここでキミを殺して終わらせる」
それは灼滅者達の決意そのもの。各々が殲術道具を構える。
神崎・結月(天使と悪魔の無邪気なアイドル・d00535)はオーロラの如き霊光を湛えながら、軽やかなステップで包囲陣の一端を担う。
これははじまり。
舞台のように、礼をする。物語を終わらせるために。
「お会いできて光栄なのよ、お姫様。最期に、ゆきと踊ってくださいな」
「ええ。最期、ではないけれど」
そう囁いてチェネレントラは漆黒の大鋏を高く掲げた。
言葉で語るのはもう終い、これから先は――戦いで。
「踊りましょう」
現世でのラストダンスを、今宵。
●黒の大鋏
重く響く、剣戟に似た刃の音。
「ユリカゴ……!」
初撃を受け止めたのは烏芥のビハインド、揺籃だ。奪われた体力の多さは火を見るより明らか、咄嗟に癒しの力を向けるのは玲のナノナノであるさしみ。ふわふわと届いたハートは痛みを和らげる。結月のナノナノ、ソレイユがハートを重ねれば回復の心も二重になるよう。
更に揺籃に届いたのはアリスが放った星宿す治癒の矢。仲間達がかけた言葉に僅かに首を傾げながら、呟く。
「理想の王子様をお探しするという目的があったわけではないのでしょうか……?」
会話から察するに、唯一無二の、確かに存在した王子様がいるみたい。アリスがそう逡巡する間に葉は地面を蹴った。
護りと癒しのメインをサーヴァント達に担ってもらうという事実。
すなわち。
「お姫様は間に合ってるが、もっかいアンタと踊ってみたくてな」
槍が螺旋の捻りと共に穿たれる。脇腹を力任せに貫けば、確かな手応えが伝わってくる。
「最後のアンコールといこうぜ」
チェネレントラが瞳を細めた刹那にもルビードールが連携を意識した動きで懐に潜り込む。高めた魔力を発露させる間際、大鋏姫は紙一重で跳躍し直撃を免れた。
それでも再び狙いを定め、次は外さないと胸に誓う。
(「王子様を、探しているのね。死んでしまっても忘れることなく、こんな風に、残ってまで……」)
軋む切なさを抱え、ルビードールは前を向く。
「その妄執。ルビーたちが断ち切って、終わらせてあげるの」
零れたのは笑い声。ルビードールは怪訝に問う。
「何か、おかしい……?」
「おかしくはないわ。ただ、嬉しくなったのよ。……こんなに真正面から向かってきてくれるなんて」
真摯に求めて貰えるのは喜ばしい事よ、そう紡いで大鋏を構え直したチェネレントラの前に肉薄したのは、キラトだ。
「いなくなったヤツは、どんなに願ったって来ちゃくれねえんだよ」
言い捨てる、吐き捨てる。夜に燃え盛る劫火が迸る。
「王子サマ探しなら別のところでやってくんねーか?」
提案でも願望でもない、宣告だ。キラトは半身を鋼で覆った大剣を翳し叩きつける。灰色のワンピースドレスに広がっていく、焔。
命中を重視し、威力を重視し、扱うサイキックの種類をも慎重に選んだ。
侮りも油断もしない。只管真直ぐに向かっていく灼滅者達の作戦を肌で感じたのか、チェネレントラは殊の外嬉しそうに眦を下げる。
盾役としてより近い距離にいたからか、玲はその表情を見逃さない。瞳を捉える。
「約束通り、貰いに来たよ貴女のこと」
ま、残り香だけどね――囁きは残留思念と化した大鋏姫に届いただろうか。殲術道具たる靴に体重と炎を乗せ蹴りを放つ。チェネレントラは咄嗟に大鋏を掲げ防ぐ。高い金属音が鳴る。火花が走る。
拮抗を敢えて崩し、玲は身を翻して距離をとる。息は荒いが意識はクリアだ。澄んだ視界の先、結月が回り込む姿が見える。
「お姫様に失礼の無いように、ゆきも全力でいくのよ!」
「そういうの嫌いじゃないわ!」
結月が飛ばす影はあたかも翼持つ少女の佇まい。抱きしめるように浸食し喰らいつく。追加効果こそ与えられずとも、確かに伝わる感触が傷を与えたと知らしめる。
だがまだ、チェネレントラから余裕は消えない。元の性質がそうであるのは勿論だが、力量も強敵のそれであると、誰もが否応なく理解する。
「だったら私も失礼のないように行くわ。ねえお願い受け止めてね!」
レオンが疾駆させた影を回避し、漆黒の大鋏は冷酷なまでに鈍く月光を弾く。淑やかに閉じた状態から一転、刃が閃く。
「!!」
体力が尽きかけていれば魂ごと刈り取ったであろう程に鋭い切れ味。レオンは滴る血の味を喉に流し飲みこみながら、高らかに笑った。
「ああ、そうだ。今夜でお仕舞いだ」
苛烈な攻撃を食らって尚、今夜で終わらせる意志を眼前に突きつける。
「だから、――アゲていこうか!」
杭打ち機を翳し、戦う事をやめやしない。
●銀の腕輪
(『――どこにいるのかしら?』)
何度も何度も繰り返されるフレーズ。耳にした灼滅者も少なくないだろう。
「針の飛んだレコードがちょうどこんな感じだな」
首を鳴らし、葉は誰ともなく独りごちる。
盤面に付いた傷のせいで針が飛んでまた同じ所に戻り、完全に壊れるまで繰り返される。終わりのない、歌。
「ま、考えんのは後回しだ」
その言葉を体現したかのようにキラトが夜を駆ける。炎を纏った蹴りをチェネレントラの顎下に繰り出した。先に付与した炎に加え、更に燃え盛るばかり。
回復を捨て猛攻を続ける灼滅者達。
確実にチェネレントラの体力を削っている。だがその分、自分達も気力だけで立ち続けている事を十分に理解している。
秋の夜、埠頭で互いに血塗れで。
「貴女の王子様は、此処にはいらっしゃいません……どうか、これ以上迷わないで……」
認識違いはあったかもしれないが、それは紛れもなく真実だろう。アリスは胸にハートのスートを呼び起こす。
「そうね、言われるまでもない事なのよ。でもそうね」
チェネレントラが狙いを定めたと、気付いた時に既に大鋏姫は駆け出していた。アリスは零れるほど大きな空色の瞳を見開く。
「貴方の技は少し厄介なの。だから眠っていて頂ける?」
先からアリスが施していた、治癒と共に命中力を与える流星。それは確かに灼滅者達の大きな助けになったが、皮肉にもそのために刃を突き付けられる。
夜風に乗る冷気。宝石より煌く氷柱となり深々とアリスを貫く。
齎した癒しをも上回るその威力。
「っ、……!」
意識を手放す直前、アリスは仲間達に目配せを送る。烏芥は痛々しげに表情を曇らせる。
「……申し訳ない」
だが烏芥はアリスの華奢な体を海に投げ入れる。戦闘不能のまま放置すれば命の危険に晒されるが故に。ルビードールは水中で呼吸する術を用意していた。後ですぐにでも、助けに行くために。
「素敵な覚悟ね。驚いたわ」
チェネレントラが瞬く間に烏芥は破邪の斬撃を繰り出した。己に護りを得て、尚も退くものかと顔を上げる。
「道連れがいるってのは気楽でいいね、うん」
肩で息をしながらレオンは隣の葉に視線を流す。互いに最前線で攻撃を繰り出す分、相手の攻撃にも晒され傷だらけだ。
「――オレが先に仕掛ける、隙を狙ってドカンと撃ちこめ」
隣にだけ聞こえる声量で呟き、武器を構え一歩前に出る。
「傷の十や二十はどうでもいい。逃げない、退かない」
赤を滴らせながらレオンは声を張る。空気が震える。
「殺戮の山超えて、殺されてもずっと抱えてきた願いを叩き潰すんだ。こっちも命かけなきゃ釣り合わねぇだろうが!」
疾く駆ける。盾を擁する杭打機を死の中心点に穿つ。
だが身振りの大きい動きは隙も大きい。至近距離で螺旋を得た大鋏を撃ち込まれたレオンは大きく身を投げ出し、乾いた息の代わりに血が噴き出る。
生まれた空白を棒に振るほど愚かではない。
死角に滑り込むのも何度目か。数える事をやめ、葉はチェネレントラの肩口に槍を突き上げる。深く深く、体重を乗せて。チェネレントラが痛みに顔を顰める。
不退転の覚悟でルビードールがチェーンソー剣を繰り出せば、間近に在る大鋏姫の顔。
「大切な人に会いたい気持ち……分かる気がするの。ルビーも闇堕ちした時は、ただ、お父さんに会いたかった。狂っているかなんてどうでもよかった」
それは闇堕ちを経験したルビードールの、何の飾りもなく語られる言葉。
「ただお父さんが絶対で、どんな事をしてでも、会いたかった」
故に似ていると思った。少女達の想いにどれほどの差異があるというのだろう。
「会えるまで止まれなかった――学園のみんなが、止めてくれなければ。辛くても、ルビーはそれで救われたの。心の中にいる『本当のお父さん』に会えたから……」
大鋏姫の足が止まる。彼女自身の意思で、止まる。その様を誰より傍で、玲が見届ける。
碧の瞳が見開かれ、陰りと共に伏せられた。ルビードールの声は続く。
「あなたの心にも、本当の王子様は残っています、か?」
戦場だというのに、優しい沈黙が落ちる。永遠のような一瞬の後、チェネレントラは優しく微笑み、頷いた。
それが答えのすべてだった。
「私はさ、貴女の王子様にはなれないけど。貴女は私のお姫様だったよ」
満身創痍ながらも玲はサイキックの剣を構える。力を籠めると、光が強さを増し夜を照らした。
何故だろう、こんなにも惹かれるのは。
不謹慎だとは知っている。だが彼女の生き方は眩しく、羨ましかった。
「だから貰うね、貴女の最期。……言ったでしょ、貴女を私だけの物にするって」
これはおわり。
光の軌跡がチェネレントラに太刀筋を残す。情けをかけるわけじゃない、だから渾身の力で剣を振り抜く。
「それじゃ、バイバイ友達」
アンティーク調の銀の三連腕輪が地面に硬質な音を立て、落ちる。
漆黒の大鋏の蝶番が破壊され、刃が墓標のように地に突き刺さる。
●灰の道行
倒れないのが不思議なほどに各々の傷は深い。気付けばサーヴァントはすべて消滅した。だが立ち続けているのは、灼滅者達だ。
大鋏姫を織り成す光が泡のようにほどける。立ち上る。終わりが近い。
チェネレントラは膝をつき、己を掻き抱くようにそこにあった。
「待ちくたびれてるのはきっと王子の方だ」
「そうですね。貴方が彼を想う様に、彼も貴方を想い待っているのではないですか?」
葉が呟けば烏芥が頷いた。チェネレントラは顔を上げ、黙って二人の声を聴く。
「迷子やってねぇで、早く逝ってやれ。愛しの王子様がアンタを待ってるぜ」
その声音は淡々とした常の温度で――ある意味普段通りの口振りだと理解したから、チェネレントラは仄かに笑みを掲げる事で返す。
烏芥も幼子に諭すように言う。
「本当に大切なひとなら、貴方の有りの儘を受け入れてくれる」
だから、大丈夫。
そう言っているようにも聞こえる優しい声。
「……安心して、ゆっくりおやすみなさい」
「あばよ、チェネレントラ」
玲は見入る。キラトは息を呑む。
光が彼女の髪に似た、甘い蜜の如き色になる様に。
「物語には必ず終わりがあるの」
眩しさに目を細めながら、結月は祈るように囁いた。
「お姫様の物語も、めでたしでおわれれば、いいのにね」
「――ごきげんよう、皆々様」
淑女の如き礼をして、チェネレントラは蜜色の光の粒となり、弾けて、消えた。
作者:中川沙智 |
重傷:アリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765) レオン・ヴァーミリオン(鉛の亡霊・d24267) 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年10月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 2
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