ネジマキ天使とジェレマイア

    作者:那珂川未来

    『子供が欲しい……』
     呟く男は、何処か自棄っぽい皮肉を浮かべていた。
     どう見ても神父の格好で、教会の扉を開けば、
    「あら、ジェイル神父様」
    「わー、神父様だー」
     シスターとわらわら寄ってくる子供達。遊んで遊んでとせがみ、祝福のキスしてと、何か信じられない映像だが、現実である。
    「今日はどうされました?」
    『子供が欲しい』
    「え?」
    『助けた以上は、全員責任を持って平等に愛(殺)してあげようと思っていた子供の中から、俺の愛を継げるような子を探しに来た――』
     ここにいる全員が、ジェイルに拾われた子。年の終わりにジェイルが駅で命を拾っていた事からでも分かるように、日本全国捨てられた子供達をかっさらっては、罪もない教会に保護を頼み、たまに人を殺したその手で遊んであげて、大人になったら変態思考で愛(殺)してあげるつもりだった子供ら……。
    『俺の持っている愛、全部受け継いでくれるくらいの……』
     言っている男の目は、何処か意識が揺らいでいる。
    「まぁ、そういうことでしたの」
    「わー」
     養子をもらいに来たのだとシスターたちは理解し、子供らは自分はいい子だと見せる為に行儀よくして。自分を引き取ってほしいと願うくらいには、ジェイルは子供らの信用を得ていた。
    『さて。面接をしようか』
     にやりと零す笑み。拳銃とナイフを手に。
    『俺の可愛いジェレミーの生まれ変わりがここに絶対にいるはずだからなァ!』
     シスターの頭が破裂する。

     女達は全員ぶち抜かれ――少年たちは、恐怖におののいていた。気絶したり、気がふれた子供もいた。
    『いない……』
     少年一人一人の顔を見ても、ジェレマイアはどこにもいない。
     当然だ。とうの昔に自身が押し潰してしまったのだから。
     もう何処か現実と妄想が噛み合わなくなっている。
     彼の彼たるものを構築するネジをなくしてしまったかのように。
    『どこにいった……?』
     母親は、少年の存在を認知してくれなかった。手を汚す責任すら放棄した。見えない幽霊そのもののように。
     幼い少年は、妄想の中で自分を大事にしてくれる父親を作った。
     最後まで自分に責任を持ってくれる――ネジマキ天使の完成だ。
     けれど少年は知らない。
     所詮、慰めているのは自分自身。
    『ああそうか……ここにいる頭ン中の何処かにいるんだな?』
     銃声轟く。何度も何度も狂ったように。
    『なぁジェレミー。隠れてないで出てきてくれ。そして俺を愛(殺)して。俺がお前にそうしてやった様に、俺を愛(殺)して。早く、早く早く早く……』
     死体ばかりの教会の中、ジェイルはずっと呟いている――。


    「何もしなければ、予測された通りになる」
     シスター3人と23人の子供が惨殺される。そして、今度は別の、孤児がいる場所に行って同じことを繰り返すだろう。
     けれど、この学園には、その決められた道以外のifを辿る術を知っている。
    「すでに、意識がおかしい。言っている事もちぐはぐだし。もともと妄想癖の強い奴だったが、今は完全に現実と妄想の区別が付いていないと思う。だから全員殺される前に教会に向かって、灼滅して欲しい」
     仙景・沙汰(高校生エクスブレイン・dn0101)の話によると、方法は二つあるので好みで決めてほしいと言った。

     ひとつめ。
    「教会に入る直前に奇襲を仕掛け、灼滅目指す。確実に、先制攻撃できる。もう自分の体力回復する意識もないので、奇襲で一気に削り、灼滅してほしい」
     レキ・アヌン(冥府の髭・dn0073)が同行しているので、一般人の保護は任せても問題ない。
     侵入経路、潜伏場所、時間全て解析で出ているので奇襲に何も心配する必要はないです。灼滅者に対して無関心となり、当然話しかけても無視。しかし攻撃に対してはかわしもする。
     幽霊の如く居ないもんだという精神状況のため、一般人がいなくなるまではみなさんに攻撃向きません(一般人庇えば勿論怪我します)。子供達を守ることの方が大変な依頼。
     ひたすら子供とシスターだけに攻撃、全て単体サイキック。
     生きている一般人が戦場にいなくなった場合でも、撤退はしない。ジェレミーを連れ去ったクズどもという認識を向けて、そのまま戦闘が続くので、押し切って灼滅すること。今までのように、倒れた灼滅者にとどめは刺さない。

     ふたつめ。
    「教会に入る前に接触して今度こそ愛してあげる事を伝える。もちろん思想的なものやら種族的ななど色々と行き違いがあったので、ごめん今日は愛してあげるの一言だけじゃ無理」
     ジェイルは元人格の嘆きという縛りと、種族的思想の板挟みになって、トラウマ(エフェクトに非ず)による精神的に不安定。成功するまでの間はひたすら無言で教会に向かうので、一方的に話しかけることの方が多くなるだろう。
     制限時間は10分。しっかり言葉をかけてあげること。納得したら、意識的に元に戻るだろう。これが出来なかった場合、無関心の相手であるけど鬱陶しいので、とっとと撤退するので失敗判定。
     最終的に彼の言う愛、つまり灼滅してあげる。それが確約できるなら、時間の使い方自由。一度負けているので、抵抗することはない。愛がもらえるなら、月見くらいは付きあうかもしれない。一人一発で灼滅可能なのでサイキックの指定以外戦闘プレイングはいらないパターン。潔く最後を迎えます。こういうところは相変わらず。
     わりと平和な選択肢だが、正直、楽にジェイル殺そうぜっていう勢いだったら、話合いは決裂するだろう。じゃあなんでこの前真っ直ぐ愛してくれなかったんだって感じで、信用できないためだ。

    「ひとつめをを選んだほうがいつもどおりの依頼パターンなので悩みは少ないかもしれないけど……君たちの気持に全て任せるよ」 
     沙汰はどうかよろしくと頭を下げた。


    参加者
    石弓・矧(狂刃・d00299)
    芹澤・朱祢(白狐・d01004)
    笠井・匡(白豹・d01472)
    夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)
    風花・蓬(上天の花・d04821)
    霧渡・ラルフ(愛染奇劇・d09884)
    柴・観月(惑いの道・d12748)
    庭月野・綾音(辺獄の徒・d22982)

    ■リプレイ

    ●きみのことば
     望を過ぎた月が、静かに大地を照らしていて。教会に続く並木道は星色を弾いて、ほんのりと銀に光っている。
     こんな綺麗な夜空が好もしいと、柴・観月(惑いの道・d12748)は思うけれど――しかし目の前から人殺しが歩いてくるとなれば、気分良くもなれない。
    「今晩は。殺させてもらいに来ました」
     観月はあの時と同じように殺意を向けて、無感情な声で告げる。
    「覚えてますか? 俺は、君が殺人鬼だってことは覚えてます」
     冷やかな観月の視線は、ジェイルにぶち当たっているけれど、人殺しの目には現実は映っていないらしい。気分を害する内容で申し訳ないが、観月を、愛しい人の言葉に縛られた自分そっくりなヤツ、と認識して好意を抱いるはずなのに。
    「今度こそ殺します。君が覚えていなくても、思い出せなくても、構いません。他はどうか知りませんけど、君を殺せさえすれば、後はどうでもいいので」
     いなくなった何かとの約束遂げる為、ただ探している男と、ただ殺したい男。問答無用で斬りかからないのは、彼と話したい人がいるというから。
     別にそんな必要はないと観月は思う。
     零れたものは数多。今はどうあれ、そんな相手に掛ける慈悲を持ち合わせていないのは当たり前のこと。
     譲れないものを背負いながら、けどそれを了承した以上邪魔するつもりもない――そして賽は投げられた。

    ●きみをさがす
     彼に、呼ばれた気がした。
     そうでなければ、ここに在る事を何と言えばいいのか。あの背を見つめながら、芹澤・朱祢(白狐・d01004)は、傷をなぞるよう服の上から腹部触れる。
    (「腹は、括った。もうとっくに」)
     整理できぬまま、迷いながらも対峙して。出会った複雑な心情は磨硝子の向こう、薄く阻まれたまま。小難しい事考えるのは苦手な性分だが、しかし残された時間が少ないとなれば話は別。
     其れは関心?
     或いは執着?
     詰まるところ愛?
     それに名を付ける意味なんて、きっと無い。
    (「自分の子供を求めるということは……もう、限界なのでしょうネ」)
     霧渡・ラルフ(愛染奇劇・d09884)は帽子のつばで、面に闇を当てていた。そこにいつもの笑みは零れていたのか。
     自分が愛(殺)し合いたいと焦がれた相手が、完全に六六六人衆として落ちぶれているというのも物悲しいもの。少年がジェイルに望んだ死を、今度はジェイルが少年に望むなんて滑稽だ。もっと早く会いたかったというのが本音であるが、しかし最後の瞬間に立ち会えるかもしれない幸運こそ喜ぶべきなのだろうと。
    「きっと、誰も悪くないのでショウ」
     懺悔に塗れ、ただ責任という言葉に突き動かされている夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)へ、ラルフは細く流れる双眼を向けて呟いた。
    「……いや、あの時俺がアイツの苦しみを理解していれば」
     壁が在るなんて分かってた。
     けど認めたくなかった。
     ずっと彼を追って、拳を打ち交わして、その中で感じた全てが、本当は水のように手から滑り落ちてゆくほど脆いものだとわかってしまったから、だからこそ逆に守ってあげたかった。六六六人衆を守ってゆくことの現実性の無さ、それすらもこの男なら一緒に覆せると――願ってやまなかった。
    (「両親に人とは違う愛され方をしたと自覚していますが。それでも彼の愛は、私には理解できませんね……」)
     愛の形として、殺人の技巧を両親から叩きこまれた風花・蓬(上天の花・d04821)は、一般的な愛情とは違う愛を知っている。けれど、蓬にもそんな愛に共感する要素が見当たらない。
     殺して、頭の中に閉じ込めて。その記憶を美化して愛して延々と再生して。けれど満たされる瞬間は永遠にないもの。手に入れたというには程遠い愛。
     現実に失って、記憶を独占したところで、空の手の中に何の意味があるのだろうと蓬は思う。
    「せめて私が親から貰った愛の形で、貴方を愛(殺)しましょう」
     蓬はいつでも抜刀できるようにして、観月の横を通り過ぎてきたジェイルを殺意露わに睨んだ。
     石弓・矧(狂刃・d00299)が正面を取りながら自己紹介を。初見の笠井・匡(白豹・d01472)と庭月野・綾音(辺獄の徒・d22982)、ラルフも倣って。
     意識的におかしい奴へ何を言って、今度こそ愛してあげることを納得させるのか。情報少なく糸口を見つけるのもなかなか難しい選択を選んだということは、それなりに強い思いがあるのだろう。
     説得の言葉を持たぬからこそ、ダークネスに対する敵意で相手の気を引こうと頑張るサポートの夜宵や白雛達に現場をお願いして、レキ・アヌン(冥府の髭・dn0073)はこの依頼成功の為に本隊とは別行動をすることになった。
    「前後不覚な今の状態では、私たちの愛をマトモに感じ取れないだろう。それでは意味が無く、愛し合うという行為を冒涜することになる」
     正気じゃないジェイルへ、蓬は真っ直ぐな宣戦布告を。起こしたところで本当に愛(殺)し合うわけでもない、その虚しさも否めないが。
     ジェイルはあっさりと横を通り過ぎてゆく。
     真っ直ぐに愛すと言いながら結果学園に来い、仲間になれ、大事な元人格を奪おうと灼滅者化まで試みる。断って尚も。
     ただ只管言う事聞いて求めていたのに結果今の状態なので、予想通り簡単に聞き耳持ってくれない。
    「以前からあなたに興味はあったんですよ」
     柔らかく。彼のトラウマを抉らないよう、矧は子供に語りかけるように。
    「それから放っておけなかったからです。今まで会った事もないのに何を言ってるのか……って、思うでしょうか。でも、自分を見て欲しい、愛して欲しいと泣いている人を、放っておく事は出来なかったんです」
     綾音は、あくまで私はと言い添えたうえで。ずっと会ってみたかった相手へ、自身の信条、想いを告げた。
     ラルフは真摯に丁寧に、
    「初めの報告書を見た時から貴方にずっと会いたいと思っておりました。貴方に会いたくて、愛し合いたくて、やっと会えたのが心ここにあらずの貴方ではあんまりではございませんか」
    「僕も、一度君に会ってみたかったんだよね。僕がジェレミーと同じ、親に捨てられた子供だからなのかもしれないけどね」
     ジェイルは怖い顔をしたまま無視を続けているが、匡は人懐っこそうな様子を崩さぬまま、
    「君の言う愛(殺)し方も……分かったらヤバイんだろうけど、何となく分かる気がするんだ。命のやり取りをしてる時だけは、どんな種類のものであれ強い気持ちを向けてもらえるからね。其処に居て生きているんだって、存在を認識してもらえてるんだって感じるよね」
     共感を示してみた匡だが、どうも響いていない模様。あっさり、ジェイルは通り過ぎてゆく。
     次は治胡が出る。くるりも一緒に。
    「ジェイル、そしてジェレミー。謝りに来た」
     治胡の言い方に、ちょっとだけジェイルは反応した。
     何故か。
     まるでそこにジェレミーが居るような言い方。子供を探している彼の興味を僅かに引いたから。
    「俺の弱さの為、逃げて、傷付けしまってゴメン。オマエの苦しみを考えてやれずゴメン。オマエなりの真剣な想いを、他でも無い俺が台無しにした」
     頭を垂れて、治胡は本気で謝る。
    「俺はいつか、オマエの愛は一方的な押付と言った。けどそれは俺も同じ。オマエは純粋に与え、求めていたのに、応えることから目を背け勝手な願望を押付けた。見てる『つもり』になって、オマエ自身に向き合ってやらなかった」
     それこそ大事なネジマキが脱落してゆく瞬間――目の当たりにした絶望、ここまでの間にどれだけの葛藤と向きあったのだろう。
    「前から貴方に会っていた皆さんの考えは、報告書を読む形でしか知らないので、的外れかもしれない。それでもその上で考えるに、多分、「愛」が噛み合わなかったんじゃないかなって。……ただ私は、愛して欲しいと泣く人に、その人にとっての愛を渡したいです。それが、人間でいう「手を汚す」行為だったとしても。私は、そうしたいと思います」
     綾音はその行き違いの説明を。けれど、残念ながら、そのかみ合わなかったものが何なのかが抜けてしまっているので、しっかり瑠乃鴉と八雲が言葉を添えて支援。
     俺は、と朱祢も口火を切った。
    「お前のことがどうでもいいわけじゃない。吹っ切れなかった理由……すぐ終わりなんて勿体ねぇなって、思った。掛かった月日分長引かせてもって」
     もしかしたら、似た愛を求めていたかもしれないという同族嫌悪と、その愛の向こうにある何かに惹かれていたのか。
    「まぁでも、結局どうしたってお前とは敵対しかできねぇや。ホント、散々引っ掻き回してくれやがってさ……」
     そう為りえたかもしれない自分を彼に見て。
     捨て置けないと同時に、ケリをつけねばと本能で思う故に、自身のルーツを差し置いても、これは紛れもない宿敵だと。
    「ジェレミーには悪いけど。俺はお前を愛してやれるなんて、やっぱ言えねーよ。けど、お前だけに向ける格別な感情なら、今度こそ、ここにある」
     笑みは薄れて。代わりに浮かぶ、覚悟を示すような、殺意。
     表裏の狭間、堕ちるその瞬間二人の感情を、言葉で表す意味などやはりない。
    「オマエを責任持って、愛(殺)したい。だから、もう一度こっち、向いてくれ」
     今度こそ、その気持に応えてあげたいと、治胡は真剣な眼差し向けて。
    「倒れた灼滅者は殺さない、一般人を人質にしない、ついには灼滅者と約束をして人殺しを我慢する……それもこれも全ては、あなたの愛を求める行動、善悪の違いはありましょう。歪だと言われましょう。それでも私は尊いと思う。ひたすらに求め続ける、その心が」
     それは矧自身には出来なかったことらしい。だからこそ、その願いが報われないなんてあってはいけないと願う。
    「どうかワタクシを見て、ワタクシの姿をその目に映しながら愛されてはくださいませんか」
     それだけ焦がれていていた。似た者同士として刃交えてみたかった。そんな気持を向けるラルフ。できれば最後に手合わせも望むほどに。
     生命の最後の輝きを視界一杯に満たす資格。その瞬間だけに秘められた愛。
     その輝きを取り戻して欲しいと焦がれ続けて。
     一旦は歩みを緩めていたジェイルだが、翻し教会へと向かってゆく。
     様々な想いを乗せているのだが、今のジェイルに効果的な言葉を向けられていないようなのである。言葉のいくらかは理解しているようなのだが、今はそれよりも先に大事なものを探している様な――。
     資料には何と書いてあったか。「ジェイルはとうの昔に自分が殺した少年を探し、愛されること以外頭にない」と言っていなかったか。予測でも、その子に殺してもらいたくて彷徨っていたはずだ。
     戦闘も探索も犠牲もない。やることは本当に一つ「精神的不安定なジェイルに話をつけること」で、その代わり難易度は高いと初めから言われている。
     誰もがそうやって思考を巡らせている中、匡はジェイルを呼びとめるように、
    「ねえ、ジェイル。向こうにいっても、誰も君を殺してあげられる人はいないよ? だってジェレミーはそこに居ないんだから。ジェレミーは君が殺しちゃったでしょ? 忘れちゃった?」
     匡は、そもそも此の世になんて生まれ変わってもいない元人格の現実を突きつけることで気を引き、足を止めさせようと、必死だったのだろう。自分が撃たれる覚悟もあったのか、とにかく時間制限もある中、こちらに気を向けなければ話にもならないから一生懸命だったはず。今度こそここで終わらせなければいけないから。
    「だからあっちに行ったって意味はないんだよ」
     それらの言葉はすっと頭の中に入った。元人格を愛してやまないなんて、六六六人衆としては変人で狂った部類の彼には、効果的だった。
     匡の言葉が、ジェイルの動きを止めさせた。
    『……ころした?』
     天国もない。
     地獄もない。
     頭の中にも行方不明で、現世にも居ないと言われて、じゃあ本当にどこに行ったのかと考えれば、答えは一つ。それは第五の楽園、つまりは無。
     元人格が居ない世界に意味がないから、彼はすぐにあとを追うべく、意識を沈黙させ、望み通り脱け殻の灼滅は任せてたと言わんばかりに倒れてゆく。
     逃げることも抵抗することもないのは、言われていた通りだ。けどいつもの彼へ戻すことは、残念ながらできなかった。
     殺したとは決して言わず、お前の中にジェレミーはいるのだからしっかりしてほしいと言ったとしたら、また別の結果があっただろう。
     けど殺した事も真実。
     不安定な意識に、彼自身が迷子であった事も真実。
     暴走したりしなかったのは奇跡だったのか、それは誰にもわからない。
     もしかしたら、灼滅者に興味がない、関心が無いままだったからもしれないし。今の今まで誰も殺さずに居たのだから、人を殺して欲しくないという治胡の願いがずっと染みわたっていた結果なのかもしれない。
     或いは、両方。
    「しっかりしてください、神父様。愛する人を見定めて、目に狂いがないように。こっちを向いてくださいまし」
     愛して差し上げます、殺されてください。それがあなたの望みでしょう――イブが深紅に輝くほどの愛(殺意)を向けて。
    「ジェイルさんに足斬られ燃やされてぶっ倒れた時から、あなたを潰す為だけの為に強くなるのを考えて過ごしてきたんですよ。頭の中本当にぶっ潰すで一杯になりながら今日まで来たんです」
     さっさといつも通りに戻って責任取ってぶっ潰されてくださいよ――狂おしいばかりの愛(殺意)を告げる柚羽は、倒れているジェイルの胸をどんどん叩いていた。
    「人間とか灼滅者とか六六六人衆とかそういうの全部取っ払って。お前っていう個人が好きだったよ、ジェイル」
     琥太郎は自身のピアスを一つ、ジェイルの手に握りしめさせて。
    「形に残るモンはイヤかもしんねーけど、最期くらいいいだろ」
    「俺はダークネスはすべからく殺すつもりでいる。だがまぁそれとは別に、伝え聞いてたお前個人の事は嫌いじゃなかった」
     正直、お前と肩を並べて戦うのも悪くないとは思ったよ。彼方は缶珈琲をそっと渡したのだった。

    ●やくそく
    「ねえジェイル、10年待って。そしたらあたしがあんたを、ジェレミーを産んであげる。嫌ってほど愛してあげるわ」
     七は、眠っているようにしか見えない彼の傍でずっと囁いていた。
     きっとジェイルはこういうだろ。お前ら俺とジェレミーを別々で産め、性別俺が女な、と。そうしねぇと俺達結婚できねぇから。なんてニヤニヤしていたはず。
     雨が降っていないのに、ジェイルの頬が濡れているのはきっと治胡のせい。
     唯々守りたかった。
     生きて欲しかった。
     愛していたから。
    「絶対またオマエを見付け、今度こそ人のやり方で愛してやる」
     ちょっとだけ、ジェイルが笑ったような気がした。

    ●いたずらにおもう
     ダークネスを想う――それを否定しない
     誰かを愛する事、それ自体が罪じゃないから。綾音は本当に、もっと前に会う事が出来たら、また違った道があったのかなと、クルセイドソードに自身の顔を写した。
     そんな彼の僅かながらに知る生前と自分が似ているなと思っていた。匡も父の顔を知らず、子供の頃に母親に捨てられ、闇堕ちか餓死かの瀬戸際で叔父に拾われた過去。
     状況が違えば自分もジェイルのようになっていたかもしれないと思うからこそ、ジェレミーに同情を持っていた。
     蓬は天ツ風の柄を握り、身じろぎもしない相手を睨む。
    「加減はしません。これが私の全力です」
     心残りを聞けぬまま。だからこそもの言えなくなった彼に対して、矧と蓬は、せめて最高の剣技で送ってやることが、最高の手向けだと思うから。

    ●おわり
     ある意味永遠に覆らない愛の印かもしれないそれ。
     朱祢にとっては、それは自分の手で、こんなものを誰かに残さないという戒め。
     ――だから、これきりだ。
     彼の体と自分の心、記憶。全て見届ける為に、刻む。
     はじまりを彷彿させる漆黒の軌跡。
     治胡の手の中で、炎が羽を散らすようにこの世から消失してゆく体を、朱祢は見つめながら。
     ――まぁ、意味なんてねぇかもだけど。
     ――いや? 俺にとっては意味あるけどな。
     不意にかちあった漆黒の瞳は、もう火炎に埋もれてゆく。
     Nachtmaertに滴る血を眺め、ラルフはただ虚しかった。本当に愛(殺)し合うこともなく、ただ斬るだけのピリオド。
     魔法の矢を打ち終え、観月は居る意味を失い翻す。
     最後に程度の低い予測でも気まぐれに聞こうかと思ったが、それも無理そうなので特にどうでもよく。
     仮に答えたとすれば、お前が一番殺したいのは「愛している人を殺した自分自身」じゃねーの、と。
     殺したその人の言葉を頑なに守るのは、人間だった時の輝きを守りたかったから。人を殺したその人へ最大の愛を向けた結果を永遠に正当化するため、人を殺した者すべてを一切の例外なく殺すことだろう?
     ――あくまでもしも。所詮ダークネスの戯言。
     星を見上げれば、××が笑ったような気がした。

     鬱陶しいと撃たれない程度の場所で、成り行きを見守っていた幾人かが、やっと灼滅かと溜息をついた。
     愛も憎しみも、全ての感情の中灼滅された彼は本当に幸せだったのかもう知ることはできないが――きっと今頃、何もない場所で、いとし子と一緒に目を閉じているのだろう。

    作者:那珂川未来 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月11日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 8/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 29
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