Restoration~銀針の彗龍

    作者:那珂川未来

    『畜生、畜生、畜生、ド畜生が!』
     体育館の中央で、辮髪の男は指先の関節と言う関節から鋭い針を尖らせて、体育館の床を殴りつけていた。
    『クッソ笑える! 結局俺も落ちこぼれか! 武術の世界でも、芸術の世界でも、一番など取れなかった野郎のように……!!』
     ぎりりと奥歯を噛んでいる男の名は、呉・彗龍といった。
     過去、六六六人衆だった男である。
     けれどもう、彼は只の残留思念。たかが床に傷一つ付ける事も出来ない。しかし本人はそんな事に気付いていないらしく、ただ明確な意味もなく行動を起こしているようだった。
     しかし序列番外も沢山いる中で、六六六人だけが得る事が出来るモノを持っていたのだから、一応はエリートだったのだろうが。
     しかし結局は、夢届かぬまま転がり落ちてゆく結果となった彼の元人格と同じ境遇だったというのが、更に彗龍の怒りを増幅させているように見えた。
     そんな彗龍の傍に、ふわりと現れる少女。
    『落ち付いて。大丈夫、私にはあなたが見えます。灼滅されて尚、残留思念が囚われているのですね。私は慈愛のコルネリウス。傷つき嘆く者を見捨てたりはしません』
     優しく声をかけるコルネリウスを、彗龍は怒気の強い顔を向けながら、
    『何の用だ。テメーも俺を笑いに来たか! 畜生! ド畜生! 何もかも全部、ヒュッケバインと灼滅者のせいだド畜生が!』
     コルネリウスはただ憐れむような視線を向けるだけで、相手の本当の望みなど見えていないかのように、ただ。
    『……プレスター・ジョン。この哀れな男をあなたの国にかくまってください……』
     
    「彗龍……よみがえった、ですか」
     慈愛のコルネリウスが、残留思念に力を与えて、どこかに送ろうとしている。
     一報を聞いて、サフィ・パール(ホーリーテラー・d10067)はぎゅっと胸を押さえた。
     星を読みながら思っていた。彗龍のようなタイプならば、きっと未練や恨みを現世に残しているのでは、と。
    「……非常に複雑だろうけど、発見できてよかったとも言えるよね」
     当たった事を不幸と見るよりは、相手――コルネリウスの目論見を閉ざす希望が見えるよねと仙景・沙汰(高校生エクスブレイン・dn0101)は言って。相も変わらず机に腰掛けたまま、広げられた資料の中から重要なものを引き抜く。
     本来残留思念などに力は無いはずだが、高位のダークネスならば力を与える事は不可能では無いということは、スキュラの件でも明らか。
     力を与えられた残留思念は、すぐに事件を起こすという事は無いらしいが、このまま放置する事はできない。
     慈愛のコルネリウスが残留思念に呼びかけを行った所に乱入して、彼女の作戦の妨害を行ってほしい。
     事件現場にいるコルネリウスは、幻のような実体をもたないものなので、戦闘力はない。そして、灼滅者に対して強い不信感を持っているようで、交渉などは行えないだろう。
     また、彗龍自身も灼滅者を恨んおり、戦闘は避けられない。
    「コルネリウスの力を得た彗龍は、残留思念といえど、元の力と匹敵する戦闘力を持つ為、油断はできない」
     だから心してかかってねと、沙汰は言う。
    「彗龍は最終的に、序列五九六だったけど。灼滅当時でも元の序列、五五六として相応しい力は持ち合わせていた。序列の低下は暗殺ゲームを請け負ったのに失敗したっていう失態のせいだけだから」
     現場は、灼滅されたとある町の町民体育館。時間帯は深夜。警備員などは常駐していない。
    「侵入は、体育館西側の非常口の鍵が、子供の悪戯か閉め忘れたままになっているんだ。今から向かえば、ちょうどコルネリウスが残留思念に力を与えたあとだから、そこから突撃して灼滅をしてほしい」
     人の心配はないが、体育館そのものの電気を付けると、近所から連絡がいってしまうかもしれないので、手持ちの明かりが必須となる。
    「正直コルネリウスが何考えてるかわかんないけど……とにかく残留思念とはいえダークネスに匹敵する力を持つ存在を、野放しにしておけないよね」
     少なくとも、残留思念に力を与えて城に送り込むというのは、戦力強化的な意味合いがあると想定できるから。
    「危険な任務だけど、宜しくね」


    参加者
    楯縫・梗花(流転の帰嚮・d02901)
    天埜・雪(リトルスノウ・d03567)
    空井・玉(野良猫・d03686)
    月舘・架乃(ストレンジファントム・d03961)
    サフィ・パール(ホーリーテラー・d10067)
    白鳥・悠月(月夜に咲く華・d17246)
    黒乃・夜霧(求愛・d28037)
    ルチノーイ・プラチヴァタミヨト(バーストブルーライトニング・d28514)

    ■リプレイ

    ●欠片
     ルチノーイ・プラチヴァタミヨト(バーストブルーライトニング・d28514)がそっと金属の扉を開けて。唯の男性である楯縫・梗花(流転の帰嚮・d02901)が先導を担い、油断抱かず光を灯せば。
    (「コルネリウス、それと――」)
     梗花の瞳には、怒りに顔を歪めている呉・彗龍(ウー・フイロン)の姿が映った。
     灼滅者が来るのを知っていたわけではなかったろうが、コルネリウスの幻は、彗龍が望むとおりに力を与えて早々に消えさろうとしている。
    「コルネリウス、また何も応えずに行ってしまうのですか……?」
     前回も、今回も、こちらに対しての反応など何一つ見せず消えてゆく彼女の背を、黒乃・夜霧(求愛・d28037)は見つめていたが、やはり相も変わらずだった。
     しかしあの時と、今と、違うのは。愛を少し知って幸せを見出し始めている夜霧に、彼女に答を急ぐ理由がないということ。
    (「シャドウになったヤツにトドメ刺されて、シャドウに情けをかけられるってどういう運命だよ……」)
     月舘・架乃(ストレンジファントム・d03961)は奇妙で皮肉な巡り合わせに、何とも言えない顔のまま。左手に残る手応えと、架蓮の幻影を透かして見た。
     現実の中に復元された彗龍は、生前と何一つ変わらない姿。
     しかし生きていたとしても、ダークネスであるが故に、何も変わっていなかっただろうとサフィ・パール(ホーリーテラー・d10067)は思う。
     星の巡り合わせは本当に奇妙で、時に宿命を感じずにはいられない。
     だから、自分も、仲間たちも――勿論彗龍も。後悔の無いようにと願う。
     白鳥・悠月(月夜に咲く華・d17246)は銀翼弓を携えながら口を開く。
    「久しぶりだな。今度は私の顔を覚えているだろうか?」
     悠月にとっては、彗龍との間に在る因縁は、宿敵と呼べるほどには深く。だからこそ、ここで相見える瞬間が待ち遠しかったとも言えた。
     だから言いたいことなど、いっぱいあるのだが。現状を考えれば、無意味に逆なでするメリットはない。
    『……ああ覚えてるぞこのクソアマども、よくツラ見せる気になったもんだなぁ? ああ? これまたクッソ笑えんのが、なりそこないに戻ってるってのがよぉ!』
     ぎろりと睨む、悠月を、サフィを、天埜・雪(リトルスノウ・d03567)を、そして自分を灼滅した架乃を。
     思念として残っている彗龍の記憶の中に、いかほどのものが残っているのか定かではない。しかし少なくても、こちらのことは覚えているらしい。
     久方ぶりに対峙する故の想いと。
     そして初めて対峙する故の感情と。
     ――いつも通りだ。
     空井・玉(野良猫・d03686)は、長く伸ばした前髪の隙間から彗龍を上目で見ながら、ランタンを床に置いた。
     相手の挙動をつぶさに観察しているのは、向きあう事に真面目なのか、自らを臆病と自覚しているからか、それは玉にしか分からないが。初対面とはいえ、ただ簡単な言葉で片付けられないのはお互い様であり、因縁やら宿敵やら、そんなものがなければ本気になれないほど、玉自身悠長ではないから。
    『復讐にはお誂え向きってか……これもさっきのガキが仕組んでんのか、テメーらの意思で湧いて出たのか、んなこったぁどうでもいい』
     雪は、関節から銀針をせり上がらせている彗龍を見る。自分を殺しに来た相手の、挙動一つ見逃さぬように。
     灼滅に立ち会えず、宙ぶらりんの縁の糸。それが何色かと言われれば、赤は赤でも嫌悪の赤。
     ぎゅっと握っていた、ビハインド・雫の裾から手を離して。Stultus manusを小さな腕に纏い。
    (「今度こそ、ゆきが灼滅しつくす」)
    『今日という今日はぶちのめしてやらぁ!』
     愚者の手が壊すものは、復讐? 未練? それとも――。
     過る言葉理解する間もなく、銀色が天から降り注ぐ。

    ●破裂の糸
     いきなり足技で中衛のルチノーイを狙ってきたのは、彗龍が最も攻撃を当てやすかったということ。灼滅者がバベルの鎖で命中率を読めるように、当然ダークネスも読んでくる。
     灼滅者であるならば誰もが敵なのだ。相手は怒っているが、個人的感情で動かない程度には、まだ理性的であった。
    「行くよクオリア。為すべき事を為す」
    「彗龍ちゃん、いっぱいあそぼーねっ♪」
     銀針を受け止めながら、高度より機銃を撒くクオリア。玉の打ちだす弾丸の軌道、光が走る。夜霧が元気いっぱいに跳ね上がりながら、黒死斬で軌道すら両断する勢いだ。
     サフィが紡ぐ円環の飛翔に乗って、雪が込める想いは一師の花のように舞う。添えるように、チェロを奏でる雫の弓。
     弾丸、黒の斬撃、次いで彗龍に霊障波がぶち当たる。
     軽い衝撃、狙いつけ悠月が鬼神変を繰り出すが。バックフリップで抜けた彗龍。着地ざま、サフィの指示のもと、エルがしたたかに斬魔刀で斬り込んでいって。
    (「気魄属性が秀でているとは聞いていたが……」)
     仲間の気魄攻撃がことごとくかわされたのも顧みて。螺穿槍、鬼神変、どれも当たる気配がない事に唇を噛む梗花。現状何もなしでは全ての攻撃が八割に満たないのは、改めて、相手が高序列であると感じさせる。
     手には『こゝろ』参式を。架乃のSilver contractの瞬きに合わせて。
     魔力の輝きが結ぶように交差する軌道、弾ける。ルチノーイの放つ、流星のように鋭く下ろされた爪先は、スレスレでかわされて。
     刺青龍が吠えれば、殺意の波動が後方へ迸る。
     梗花の纏う岡止々岐より、雲架かる月のような淡い輝きの魔弾。滑る様に詰めた悠月が振るう銀翼の一閃が、その輝きを反射しながら、
    「そこだ」
     淡い輝きに、駆ける鮮血。
     揺らぐ本体へ、着地ざま、貫く様に矛先を押し込むが、鋭く脇を抜けてゆく彗龍。立ち塞がる架乃の影までも虚しく抜ける。
     銀針を纏う爪先が、再びルチノーイを。咄嗟に翻って架乃はその足を受け止め、カウンターとばかりに、精神作用の強い念をPunishmentに込めて。
     しゅっと音鳴らし、天を衝く様に振るわれる、バレルの残像。彗龍の髪と血が舞う。
     ぶつかり合う視線。そんな因縁の、瞬間的な隙を縫うように。夜霧が背後へと回りこんで。
    「架乃ちゃんに夢中みたいだねっ! 嫉妬しちゃうよ!」
     制約の弾丸が、大腿部を貫通する。
     怒声と共に、鏖殺領域が重なった。
    「こちら、狙っているですよ」
     エルに遮ってもらった衝撃に灰色の髪を揺らしながら、注意を呼び掛けるサフィ。シールドリングを受け取りながら、玉は頷く。
    「相手も本気だ」
     神秘回避に優れているルチノーイを単体技で斬り捨て、邪魔な後衛は列で疲弊させて一気に潰す算段だろう。特に狙撃手の排除は早急にしたいのではないだろうかと玉は予測。
    「残留思念と言われてはいますが、本人と同様の考えで動いているのでしょうか?」
     ピコピコハンマー形殲術道具を振るいながら、対峙した人から見てどうでしょうというルチノーイの素朴な疑問へ、サフィは、現状では近いとしか言えない。厳しい顔つきで頷く雪も、同意見だ。
    (「……残留思念を匿って、ジョンの国は何をしたいんだろう」)
     目的を探りながら梗花は、岡止々岐を揺らめかせて弦のようにしならせると、魔法の矢を弾いた。
     どこか拙く。しかし、どこか鋭く隙を付いてくる六六六人衆らしい習性を持ち合せている彗龍。慈愛と称して、結果戦力として扱うつもりだとしたら、とんだ恩着せがましさだと梗花は思う。
     そんな強敵。命中率を軸にするのも悪くはないのだろうが。不安要素があるとすれば、相手の妨アップを崩せず、地道に増えていること。よく見れば、高確率でエンチャントを砕くブレイク技を持っているのは夜霧だけ。悠月が初っ端に付けた唯のEN破壊も一つの頼み綱。メディックはもちろんそれどころではない。
    「いくですよー」
     エルに攻撃を肩代わりしてもらった礼を言って、衛星のように風を纏うリングスラッシャーを、マテリアルロッドの先端から射出して。
     蒼の風。まるで蒼鱗を巻く用に煌めき零し。玉は、彗龍の意識が最も向いている場所を注意深く確認しながら、影猫二匹をけしかける。
    『ぐっ。鬱陶しいぞクソガキどもがぁぁぁ!!』
    「彗龍。お前との因縁、ここで断たせてもらうぞ」
     まとわりつく影と風に気を取られている彗龍へと、袂ゆらし、鋭く、しかし繊細な足さばきで迫る悠月。
    『ちぃっ!』
     翼弦が真っ直ぐに降り落ち、駆け抜ける衝撃に左肩が破裂して。ぬらぬらと血を纏う銀色の針が、肉から浮き上がった。鏖殺領域の効果が一部だけ飛散したものの、まだまだ危険度が高い。
     一拍ずれたタイミングで、夜霧が鮮やかに舞いながら彗龍の後ろを取ると、死角を狙う。
    『ウゼェ! まずはテメーから落ちとけや!!』
     連携が取れていなかったのだ。そのため、彗龍が狙い付け易かったのだろう。夜霧自身その意識はあれど、気持を結んでいなければ、疎通は難しい。
     夜霧の黒死斬。雪から受け取った霧が拡散して、腱への傷は二列となって。しかし野卑な顔で笑う彗龍の銀針もまた、黒死斬を受け、飛ばす銀針の勢い多少削がれても狙い鋭く。
    「クオリア!」
     つぶさに観察していた玉の指示が飛ぶ。
     もともと疲弊もあったクオリアは、この一撃で大破してしまう。

    ●銀と銀の夜
     攻撃が少し通り易くなってしまった。故に、次はすぐに訪れる可能性。
     ルチノーイが黒死斬で崩され、夜霧も、とうとうダメージの蓄積が軽視できなくなる。事前に打ち合わせた合図に、すぐに挑発を行ったのは架乃。
    「灼滅者と戦うたび逃げてたんだっけ。……最期は逃げれず無様だったな?」
     鼻で笑う事も演技ではないくらいには、架乃とて思うところがある。
    「そんなんじゃ、永遠に一番なんてとれねぇよ」
     そして、たぶんこの男が、一番カチンとくる言葉を、架乃は経験と予測で弾き出した。
     誰もが見てわかるほど、彗龍から怒気が漲る。
     それを、架乃は一人で受け続けなければならないという覚悟は、どれほどのものだろう。
     少なくても、あの時と、そして今と、仲間を守りたいという意思の表れが其処にある。
     そんな時、ここで助けとなったのは、地道に打ち込んでいた制約の弾丸の効果が発揮されたという事。
     手が激しく痙攣し、銀針をせり上がらせることもままならない彗龍。
    『このドグソがぁぁ!!』
     攻撃の機会を完全に逸し、人の肉を被った銀針細工の龍は、目を血走らせ、牙のように銀針を口から突き出し、怒声を上げる。
     しかし攻撃できないだけで、回避行動はまた別の話。悠月の螺穿槍は、やはり難なく避けていく。
     思いの他早く、一度目の麻痺が利いたが。次がいつ来るか酷く曖昧であり、頼り切るのはいけないと灼滅者達は理解しているから。
    「雪さん、鏖殺領域の濃度を崩すですよ」
    (「はい。左右からはさみましょう」)
     サフィと雪は頷き合って。合間にできたチャンスは逃したくはない。やわらかな火影を空間に映しながら滑る様に駆け出す二人を、エルと雫が補佐するように。
     ――僕が、かえらせてあげるから。
     そう言って封印解除した時が、もう凄い遠くのように感じながら、梗花の打ち振るうロッドの先端より爆ぜる色。
     清き色の中、銀板を踊る様に交差する雪とサフィの操る聖火が、彗龍の体に着火する。
    「戦意さえ喪失しなければ勝機はあるんだよ!」
     つい今しがた庇って消えたエルに申し訳なさを滲ませながら、満身創痍、しかし架乃は最後まで彗龍を挑発する。
     押し込んだトラウナックル。しかしまだ浅く。
    『うるせぇっていってんだろうがぁぁぁぁ!!』
     蹴りの一撃の元、無様に這い蹲らせてやったつもりなのに、最後まで仲間を信じて笑っている架乃の顔が気に食わなかった。ぜいぜいと肩を揺らし、最後に押し込まれたトラウナックルの一撃に思い起こす。彗龍が人間だった時の事。
     そして――。
    「この時をずっと待っていた。……これで終わりだ!」
     銅鑼が鳴るような、そんな音を立てて、悠月の銀色の翼弦が彗龍を突き抜けた。
     血が、肉が、フォースブレイクの衝撃の元飛散する。
    『畜生……! ちくしょう……! クソがぁぁぁぁ!!』
     銀の脊椎が露見するほどの一撃。最後に手向けの彼岸花を咲かせたのは、玉の打った制約の弾丸。
     くらり。
     ゆっくりと背中から、彗龍は倒れてゆく。

    ●銀針細工の龍
    『ガッ……畜生……結局潰されるだけの……存在か……』
     頼りない肉の下から出てきたそれを見たことがあるのは、この場では一人だけか。
     銀針を束ねて結って作り上げた様な、鋼の骨格で出来た龍は、ぼたぼたと血を吐き出しながら、針で出来た指先で喉を掻き毟り、喘いでいた。
     剥がれ落ちた部分からもうすでに、光の粒と化している。
    「彗龍、きっともう機会は無い」
     あなたはどんなひと?
     サフィの問いは、体育館の中に妙に通った。
    「刺青掘るの、好きでしたか? それとも何かに勝ちたくて、やってましたか」
     何故ダークネスにそんな事を聞いているのだろうと思ったものも居たかもしれない。
     ただ、サフィはきっと、純粋に『呉・彗龍』の事を聞きたかったのだ。それは雪も、同じような気持ちだったらしい。自分を殺しに来た相手の正体も、言葉も、忘れないようにと。
    『はっ、無様な過去を笑いたいのか畜生め……』
     悪態付いたが、不思議にも彗龍は口を開く。
    『知りたいなら教えてやるぜ……彗龍は、武術の家元の長男として生まれたくせによ、課せられた期待に見合う武術ももってねー、だが好きな芸術の道に進みたくてもそれを許されねー、言いたい事もやりたい事も腹ん中で潰さなくちゃなんねぇ生活に窮屈してた……』
     そんな中、彗龍は自室でこっそり銀細工の龍を作った。拙いながらも、彗龍にとっては初めての作品だった。しかしそれはいつの間にかぺしゃんこに壊された。
     ――潰れた龍の姿を見た彗龍の心の中に、今まで溜まっていた何かが爆発した瞬間。
     けれどもう、その続きを聞ける事は無く。彗龍の体は完全な光の粒となって、空へと消えてゆく。
     ただ、何かを落として行けた彗龍は、ちょっとだけ笑ったように見えて――。
    「彗龍ちゃん……行っちゃったね」
    「せめてジョンの国で、好きなことが出来れるようになればいいですねー」
     最後の輝きが消えるのを確認して、夜霧は呟く。灼滅された残留思念に力はないから、ルチノーイも傷を押さえつつ、ほんわりとした顔でそんな事を思ったりして。
     梗花は思う。ただ、哀れだったなと。六六六人衆としての彼は理解できないし、理解したくもない。けれど人間だった頃の彗龍には、ただ冥福を祈りたく思った。

     煌めく星の下、指を組んで瞑目する梗花の隣で、架乃もあの時の犠牲者と一緒に偲ぶ。サフィも星に彼の安息を願って。
     星が流れる。
     まるで龍のように、見事な尾を引きながら。
     おやすみなさい――。
     雪の唇から零れた白が、夜空に静かに溶けた。


    作者:那珂川未来 重傷:月舘・架乃(ストレンジファントム・d03961) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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