子犬の罠

    作者:望月あさと


    「ワンワンだー!」
     散歩中の幼稚園児たちが、空き地にいる数匹の子犬を見つけて、散歩の列から飛び出した。
     保育士は慌てて止めに入ったが、掴まえられたのは二人だけ。
     残る幼稚園児は、目を輝かせて子犬たちをかこみとる。
    「かわいいー!」
    「ちいさいー!」
     自分たちを見上げる子犬に幼稚園児たちが手を伸ばすと、子犬が次々と幼稚園児の手に食らいかかった。
     泣き叫ぶ幼稚園児の声につられるように、草陰から他の子犬たちが現れる。
    「危ない、逃げて!」
     保育士の叫びと同時に、大勢の子犬が幼稚園児に襲い掛かった。
     

    「野良になっている子犬が眷属化して、散歩中の幼稚園児に大けがを負わせちゃうんだ」
     この事件が起こる前に、何とかしなくちゃね、と、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は話す。

     場所は、住宅街にある空き地。
     幼稚園児の散歩コースになっていることから、人通りも多いが、朝方になると無人になる道沿いにある。
    「子犬は全部で15匹。
     でも、始めは9匹しかいないんだよ。
     残りの6匹は、9匹が威嚇――戦闘モードになったら、獲物を挟み撃ちするかのように草陰から現れるの。
     子犬にボスはいないから、獲物を確実にしとめようとする子犬たちの策なのかもしれないよ」
     9匹を戦闘モードにさせる方法は簡単。
     手を伸ばしたり攻撃をしかけたりすればいいのだ。
     それ以外は、子犬は手を出してこない。
    「子犬の攻撃は、噛みつく単純攻撃だけだけど、数がいるから侮れないよね。しかも、遠吠えによる遠列ヒールを持っているから油断は禁物だよ。
     あと、子犬はいつ行っても空き地にいるよ。
     私のお勧めは、人通りもない朝方だけど、作戦もあるだろうから、行く時間帯は皆にお任せするね」
     まりんは、にこっと笑うと、
    「どうして子犬が眷属化しちゃったかはわからないけれど、まずは幼稚園児の事件を食い止めるのが先決。
     みんな、お願いね!」


    参加者
    伐龍院・黎嚇(ドラゴンスレイヤー・d01695)
    王子・三ヅ星(星の王子サマ・d02644)
    秋津・千穂(カリン・d02870)
    川原・咲夜(吊されるべき占い師・d04950)
    白金・ジュン(魔法少女少年・d11361)
    雨時雨・煌理(南京ダイヤリスト・d25041)
    シフォン・アッシュ(影踏み兎・d29278)
    黒葛野・寿(中学生人狼・d30396)

    ■リプレイ

    ●1
     灼滅者たちの選んだ時間は早朝。
     人通りもない静かな時だ。
    「黎嚇さん、おはよう!」
     空き地へ着くなり、シフォン・アッシュ(影踏み兎・d29278)は言葉を交わしたことのある伐龍院・黎嚇(ドラゴンスレイヤー・d01695)の腕にぎゅっと抱き着いた。
     すでに集まっていた仲間がシフォンへ振り向くと、シフォンは、仲間の腕に次から次へと渡ってあいさつをかわいていく。
    「千穂さん、おはよう!」
    「おはよう。元気の出る挨拶ね」
     シフォンは、褒められて表情を和ませた。
     だが、ちらりと空地へ目を移せば戸惑いの表情が見え隠れした。
     空き地には、9匹の子犬が集まって遊んでいた。
     眷属化しているとは思えない姿は、子供たちが一斉に駆け寄ってしまうのも仕方がない愛らしさがある。
     シフォンは、秋津・千穂(カリン・d02870)の腕に全身をよりかからせ、ふー、と、息を吐いた。
    「子犬を倒すことには流石に抵抗があるよ……できれば戦いたくない相手だよね」
    「本当に……。こんな可愛い子犬たちが人を襲うだなんて……。私の愛犬も塩豆も、こんなことになったら……って思うと悲しくなる……。でも。事件が起きる前に止めなきゃ」
    「うん。倒さないと誰かが傷つくなら、仕方ないよね。がんばるよ」
     シフォンは、千穂へうなずいた。
     千穂は、飼い犬と霊犬の姿を思い浮かべて表情を曇らせていたが、すぐに揺らぎのない強さを全身にまとわせている。
     白金・ジュン(魔法少女少年・d11361)も、呼応するように深く首を縦に振り、
    「やりにくい相手ですが、子供たちへ被害が出る前に防がなくてはいけません」
    「動物好きとしては、子犬に手を上げるような事はしたくないのですが……。でも好きだからこそ、混同する訳にはいきませんよね。――眷属は眷属として、確り処理しましょう」
     川原・咲夜(吊されるべき占い師・d04950)は自分に言い聞かせるように、しっかりと言葉を紡いだ。
     人の捨てた犬を利用するダークネスへの不愉快さ。
     しかし、咲夜は、それを狩る自分の身勝手にも同じ感情を抱いている。
     だからこそ、理知的な咲夜には自分のすべきことがわかっている。
    「ふん、眷属か。いったい何者の仕業なのかは知らないが、やり方が随分と稚拙だ。眷属とするならもっと強い生き物がいるだろうに」
     黎嚇は、保護欲をかきたてる子犬を一瞥し、冷静さを保ちながら、作戦へと移った。
     内心、小動物を倒すことに抵抗はあったが、灼滅をしなければ犠牲となる人々がいるのだ。
    「悪質、だよな。よりにもよって子犬とは。しかしまぁ、それ相応の姿でやったなら、それ相応の手痛い罰を与えなければならないけどな」
     雨時雨・煌理(南京ダイヤリスト・d25041)は、寝ぼけたような目を、すっと細め、子犬たちに視線を向けた。
     子犬の懺悔の時はもうすぐだ。
    「子犬さんたちが眷属化してしまうなんて。さちたち人狼としては痛ましいものがありますが、さちはさちのできることを、精いっぱいするのです」
     ゆっくりとした口調で語る黒葛野・寿(中学生人狼・d30396)は、子犬を倒すために幼い戦士として一歩、前に出る。
     ふむふむ、と、うなずいていた王子・三ヅ星(星の王子サマ・d02644)は、陽気な笑顔をうかべ、目の前でたむろっている9匹の子犬に向かって、ビシッと指をさした。
    「こないだは猫退治だったけど、今度は犬退治。ふふ、誰が相手でも120%がんばるよ!」

    ●2
    「いくぞ」
     黎嚇が、戦いの音を周りに響かせないように、空き地内の音を遮断すると、寿や千穂、シフォンたちは、草陰から背をそむけた。
     子犬が目の前にいる9匹だけではないことを知っているからこそ、後から来る敵に背を見せない。
     咲夜は、全員の準備が整っていることを目で確認してスレイヤーカードを手にした。
     子犬たちは、時折、不思議そうに灼滅者たちを見て首を傾げていたが、それも終わり。
     三ヅ星がきちんと9匹いることを数えれば、煌理はスレイヤーカードを輝かせる。
    「全く……。せめて犬のように哭くなよ。解錠」
    「マジピュア・ウェイクアップ!」
     それぞれが戦いへ赴く姿に変わっていく中、高らかに声をあげたジュンの体が魔法少女のコスチュームに包まれた。
     少年とは感じさせない出で立ちのジュンがポーズを決める。
    「希望の戦士 ピュア・ホワイト! 幼子を守る為あなたたちには退散してもらいます!」

    ●3
    「子犬の罠に自ら飛び込む事になるのでしょうが、上等。嗚呼。可愛らしい子犬にこんな獰猛な銃口を向けるのは躊躇われる、なァ!!」
     咲夜は、無骨なガトリングガン構えるなり、弾丸を嵐のように撃ち出した。
     罠をかけて奇襲をかけようとしている子犬たちの気勢をそぐような攻撃に、子犬たちは慌てふためいて逃げ回る。
    「甘い!」
     咲夜が言い切るなり、子犬たちはさらなる攻撃を受けた。
     隙を与えずに、千穂が飛び蹴り、シフォンがマテリアルロッドで殴り、ジュンが妖の槍で穿ったのだ。
     灼滅者たちの先制攻撃に、子犬たちはキャンキャンと鳴き、その場をクルクルと駆け回った。
     そして、その中の一匹が甲高い声で鳴けば、子犬たちの傷が癒える。
     寿は、霊犬のしかめ顔に目を向けた。
    「来た、みたいですね」
     低い声で唸り声を出す6匹の子犬が、灼滅者たちを囲むようにして草陰から現れた。
     煌理は、体を反転させて仲間と背中合わせにして背後を隠すと、展開した祭壇により広範囲の結界を構築する。
     新たな敵へ対する仲間の万全策に、三ヅ星は念を押すように指を立てながら、
    「みんな、背中を合わせながら、死角をなるべく作らないようにしておくんだよ。ボクは、先に9匹を倒しに行くから、後ろの6匹、頼むね」
    「まかせろ」
     先に倒すべき相手へ向かう三ヅ星と背を向い合せるように黎嚇が、草陰から向かってくる6匹と向かい合う。
    「咲、よろしくお願いします、ね」
     寿は、真っ白でふかふかな紀州犬のような霊犬に6匹の攻撃を頼んだ。
     先制攻撃は功を奏したが、戦いはこれからだ。
    「かかってくるがいい、雑魚共め。この龍殺しの伐龍院、眷属如きに遅れをとるほど落ちぶれてはいないぞ」
     黎嚇は、6匹の子犬を前にして輝く十字架を降臨させた。
     9匹より先に攻撃するのは、この一手のみ。
     そのことに気づいた千穂が、背中をあずけている霊犬へ口を開く。
    「塩豆、伐龍院くん達に攻撃のタイミングを合わせるのよ。そして、逃亡させないように気を付けて!」
     霊犬が、すぐに反応した。
     千穂と頼れる相棒――霊犬の背中が向かい合う。
     そこに死角はない。
     黎嚇は、十字架から無数の光線を放って、6匹を次々と射抜いて攻撃力を削がせる。
    「……罠に掛かったのはどちらかしら?」
     千穂は、霊犬と異なる方へ走り出し、炎をまとう激しい蹴りをあげた。
     そして、三ヅ星は、敵を殴りつけて体内から爆破させて体力を根こそぎ削り、煌理は、鋭い刃に変えた影の先端で、9匹側の子犬たちを切り裂いてゆく。
     後から現れた子犬の逃走は千穂の霊犬が見てくれていると確信した寿は、強烈な回し蹴りで9匹側の子犬たちを薙ぎ払った。
     咲夜が、仲間と攻撃を集中させている子犬へ死角から切り裂けば、そこにシフォンが殴りつけた相手に魔力を流し込んで内側から爆破させる。
    「まっだ、まだー!」
     次の攻撃と、シフォンは、拳によるすさまじい連打を繰り出した。
     子犬は、短い鳴き声をあげて消滅する。
     その隣で、ジュンも螺旋のごときひねりで槍を突き出して子犬に致命傷を与えた。
     体を貫かれた子犬は、弱り果てた足で空を何度か蹴り、声もだせずに姿を消す。
    「子供たちに被害をもたらすことは、許されない事です」

     シフォンは、ガトリングガンで子犬を蜂の巣にした。
     灼滅者たちが弱っている方へ向ける集中砲火で、子犬はふらふらだ。
     しかし、確実に数が減っている子犬たちも、負けていない。反撃に出る。
    「……っ、しつけがなっていないなあ! お手! おかわり!」
     かみつかれた痛みで顔をゆがませた三ヅ星はロッドを振りかざして、一発、二発と攻撃をつづけ、三発目になると、
    「くるっと回って~……ワン!」
     思い切り子犬を殴りつけて爆破させた。
     しつけはこうするものだっ! と、三ヅ星は鼻をならして子犬たちを見下ろしたが、子犬たちは余計に襲い掛かってくる。
     しつけをされる気は毛頭ないらしい。
     そこに、千穂が割り込んだ。
    「千穂!」
    「私は、平気よ。気にしないで思い切り戦って!」
     深く食い下がる子犬を振り払った千穂は、周辺の味方へシールドを広げる。
    「9匹のうち、残りは2匹……。攻撃を草陰に潜んでいた子犬の方へ移します!」
     ジュンは、後ろを振り向くなり、暴風を伴う強烈な回し蹴りで子犬たちを薙ぎ払った。
     子犬たちは騒ぎ出して、灼滅者たちを囲み取ろうとしたが、黎嚇が弱い一点を仲間に伝えて、その足先をくじく。
     黎嚇の回復を感じながら、煌理は、ゆらり、と群上位色の縛霊手をかざした。
     痩せ細った体から恐るべき影を放出すると、ビハインドも動き出す。
     体の見た目が正反対な二人の攻撃は、息が合いながらも、どこか艶めかしさを漂わせていた。
    「鉤爪。終わらせてやろう」
     煌理の錠前が、カチリ、と、鳴る。
     子犬全体を巻き込むように攻撃方法を変えた咲夜が、次の手だと足を踏み出せば、寿は、構築した結界に残っている2匹を巻き込んだ。
    「さちはっ、さちができることを、するんです……!」
     一つ一つが、精一杯の力。
     9匹側の子犬を全て消滅した。
     残りは6匹。
     ジュンは、リボンのようにも見える鞭剣を振り回し、子犬たちを切り刻む。
     咲夜は、弾丸を嵐のように撃ちだしてばらまいた。
    「一網打尽にして、一匹残らず逃がさずに始末する!」
     いくつもの弾丸を受けて声を上げる子犬たちだが、集中攻撃の対象となった以上、傷を癒しても治りきらない。
     まだ数は多いが、連携をつないでいけば、確実に勝てるはずと、千穂はローラーダッシュの摩擦を利用して炎を舞い上がらせ、三ヅ星は、回復を何度も行う子犬に、流星の煌めきと重力を宿した飛び蹴りを炸裂させる。
     煌理は、影で子犬を飲み込み、寿は、結界を構築して一気に子犬たちを傷つける。
     黎嚇が、ひたすら仲間の治癒のために光条を放つ中、シフォンは、魔術で雷を引き起こして敵を撃ち落とした。
    「逃がさないからね!」
     最後の子犬が、灼滅者たちの前で消えた。

    ●4
    「簡単な供養でもしてやろう」
     黎嚇は子犬のたむろっていた場所に片膝をつくと、静かに目を閉じた。
     倒した子犬たちへ、様々な想いを抱いていた灼滅者たちは、自然とその場に足が向く。
    「あの子達は眷属化さえしなければ、人に愛してもらえる朝を見られたのかしら……」
     千穂のつぶやきに、シフォンは拳を握りしめた。
     子犬がこうなったのは誰かの仕業なのかもしれないのだという怒りが、肩を小さく震わせる。
     咲夜は、もう、身勝手な奴らに振り回されることのないようにと一輪の花を手向け、ジュンはドッグフードを供えた。
     寿は手を合わせる。
    「おやすみ、なさい……」
    「……人が来る前に帰ろう」
     煌理は、気分が悪いものだと感じながら、踵を返した。

     子犬たちが消えたことに、誰も不思議がらないのだろうと、想いながら。

    作者:望月あさと 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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