古い町並みを見下ろす山腹に、真っ赤な鳥居が覗いていた。
毎日お昼を過ぎた頃、おハナさんはのんびりと石段を歩いて上がり、山腹の神社へと向かう。
お社に到着するのは2時前だろうか。
いつもそこには、黒柴が一匹寝そべっているのである。町を見下ろす手すりの傍から、じっと見下ろす様子は風格がある。
「お疲れ様」
おハナさんはそう声を掛けると、持ってきたリンゴやバナナを少しだけあげるのである。
黒柴はもそりと食べると、また寝そべる。
そんな年老いたおハナさんの日課が、変わろうとしていた。知らない犬が、神社に増えているのである。
おハナさんは、まだ知らない。
そこに集結した野良犬たちはみな、もうか弱いただの犬では無くなっているという事を……。
琵琶湖での戦いの後、相良・隼人(高校生エクスブレイン・dn0022)は一風変わった依頼を持ち込んできた。
それは、のどかな地方の神社に集まった犬の眷属を退治するという、普通の依頼であるように見える。
隼人はまず、この神社に毎日やってくるお婆さんを守るようにと話した。
「この婆さんは、黒柴を毎日可愛がってる。だがこの黒柴、もうまっとうな犬じゃねえんだ。……こいつは既に眷属になっている」
何故この黒柴が眷属になったのか。
そして集った眷属の犬たちは、どうなるのか……。
全ては、まったくの謎であった。
神妙な面持ちで、隼人は場所を話す。
「神社に日参するのは、昼過ぎ一番に婆さんが、その後夕方に子供が来る程度だ。だが、普通の犬のつもりでじゃれついたら大けがをする事になる。この黒柴も他の犬も、自分が既にまともじゃねぇってのを分かってない」
可哀想だが、全て片付けてやるしかないと隼人は言う。
灼滅者達がやってくると、黒柴は他の眷属達を率いて立ち向かうであろう。自分に抗うように、迷い無く立ち向かう。
だから、お前達も迷わず倒せ。
隼人はそう頼み込んだ。
「……婆さんは悲しむだろうな」
ぽつりと言った隼人の声が、悲しく教室に響いた。
参加者 | |
---|---|
陽瀬・瑛多(高校生ファイアブラッド・d00760) |
嵯神・松庵(星の銀貨・d03055) |
森田・供助(月桂杖・d03292) |
越坂・夏海(残炎・d12717) |
鈴木・昭子(かごめ鬼・d17176) |
グラジュ・メユパール(暗闇照らす花・d23798) |
ババロア・マドレーヌ(魔女・d28934) |
菅谷・慎太(陽色のシアン・d29835) |
神社に続く石段を上がっていくと、山腹に紅葉が色づいているのがちらりと見えた。ざわざわと葉音を奏でる木々も、黄金色に変化していた。
「ほら見て見ろ、山が綺麗だぞ」
越坂・夏海(残炎・d12717)は、後ろを振り返って皆にそう声を掛けた。
言葉少なめの鈴木・昭子(かごめ鬼・d17176)はともかく、途中まで元気だったグラジュ・メユパール(暗闇照らす花・d23798)も少し気を落としているように見えたのは、気のせいではあるまい。
今回の依頼は、誰かを傷つけた訳でもなく訳もわからず眷属化してしまった犬たちを倒さねばならない、後味の悪い依頼である。
「枯れる間際の賑わいじゃよ」
ババロア・マドレーヌ(魔女・d28934)が嗄れた声で言うが、慎太は目を細めて微笑んだ。
日に照らされた紅葉が、目に優しく映って心を和らげる。菅谷・慎太(陽色のシアン・d29835)に促されてグラジュは顔を上げると、ぱあっと表情を明るくした。
「わあ、スゴイね」
紅葉を追うようにグラジュが階段を駆け上がっていくと、森田・供助(月桂杖・d03292)はぽんと昭子の背を押してやった。促されるように、昭子も周囲を見まわしながら階段を上がっていく。
最後に彼らを後ろから見守るように、陽瀬・瑛多(高校生ファイアブラッド・d00760)が駆けていった。
ちらりと振り返り、瑛多は鳥居の下に立って手を振る。
「まだ誰も居ないよ!」
瑛多のその口ぶりからすると、犬たちはまだ来ていないらしい。
気ィ使わせたな。
供助が小声で言うと、夏海は首を振った。
「辛いのはみんな同じだろ?」
「結果は変わらないからな。倒す以外に、今回の解決策は在りはしない」
最後尾から来ている嵯神・松庵(星の銀貨・d03055)が、静かな口調で言った。
犬のせいではなく、お婆さんのせいでもなく、今回の元凶というものがあるというのならその所為だと言うべきか。
これが誰のせいでもないなら、怒りの向け所は無い訳だ。
「さて、それでは今のうちに準備をしようか」
松庵はそう言うと、社に視線を向けた。
少しの猶予があった事に、ほっとしたような……早く終わらせてしまいたいような。
灼滅者達が到着して、間も無くの事である。
ひたひたと、何かがやってくる気配がした。それらは社の裏手の山から、茂みをかき分けるようにしてやって来る。
さわさわと、風が草木を揺らす音に混じって獣の足音が聞こえる。
「……来たようですね」
慎太がじっと茂みを見つめつつ言うと、無言で夏海は殺界を形成した。夏海に合わせて、慎太は社の周辺の音を閉ざした。
これで、石段の下には戦う音が聞こえない。
階段近くにしゃがみ込んでいたババロアが、のそりと体を起こす。
「さて、それじゃあ身の程知らずの相手をしようかね」
気分の悪い殺しをさせられるハメになったのは、業腹だがね。そう聞こえぬような声で呟くと、縛霊手を軋ませた。
木々の根元の茂みが、がさりと動く。
……と同時に、影がこちら目がけて飛び出して来た。地面を這うように四肢で地面を蹴り、真っ直ぐに駆け抜ける。
その先頭に黒い獣が居るのを見て取ると、夏海が縛霊手で結界を構築した。
「さあ来い」
じっと彼らを見つめ、夏海が待ち受ける。
彼らの動きは、夏海にもしっかりと見えて居た。動きは素早いが、いずれも彼ら熟練した灼滅者に勝るものではない。
衝撃から仲間を守るように動いたのは、前衛八体のうちの半分。
「半分が攻撃、半分が守りって所か」
「はい。……では攻撃は合わせます」
昭子は夏海に言うと、少しタイミングをずらして瑛多の攻撃に合わせた。仲間を守るように仁王立ちしている野犬に、瑛多が腕に組み込まれた刃を殴りつけるように叩き込む。
体ごと飛びかかるように、瑛多はセーバーで切り刻んでいった。
「数を減らします。まずはガード役から」
「分かった、トドメは頼んだからな」
昭子の言葉に、こくりと頷いて瑛多は攻撃を続ける。槍を構えた昭子は、瑛多のやや背後から彼の攻撃を補うように、槍で貫く。
お互い無言であった。
群がる野犬からは、夏海とグラジュが身を挺して庇ってくれる。その様子は、野犬たちとも変わりは無く……守り、守られ、そして牙を剥く。
「お互い戦う理由はなかったはず。腑に落ちない話、ですね」
だけど迷わない、と昭子は黒柴たちに言う。
食らいつこうとする野犬を瑛多が焔に巻き込むと、昭子と供助がロッドで一気に片付けて行った。攻撃を食い止めていた野犬が二体崩れ落ち、後ろに立っていた黒柴の姿がはっきりと見えるようになる。
仁王立ちして黒柴の姿を、瑛多はじっと見つめる。
だが、湿っぽい表情はかき消してにんまりと笑った。
「お前も、お世話になった人を傷つけたくはないよね」
だから、ここで食い止めるのが瑛多の出来る事だ。
残った仲間の傷を癒そうと動く黒柴と、残った野犬たち。
そのうち数体が、蹴散らしにかかる供助や松庵たちへと襲いかかっていく。攻撃を防ごうとする夏海とグラジュは、後方からのババロアの風が届いているのを感じて居た。
冷たい風は、心を落ち着かせる。
「案外やるじゃないか」
ざあ、と一陣風を吹かせるとババロアがしゃがれた笑い声をあげる。
グラジュは矢をつがえて、夏海……そして大分巻き添えをくった松庵に鋒を向けた。夏海はちらりとこちらを向いて、まだ戦えるというように頷く。
その矢を、松庵に放つ。
「もう少し減らしたら、僕も攻撃に加勢するよ」
もう少し減れば、一気に蹴散らす事が出来る。
グラジュの矢を受け、研ぎ澄まされた刃を幾重にも叩き込んでいく。穿たれる刃が、獣の澄んだ瞳を破壊した。
彼らが仲間に向ける癒やしの力も、灼滅者達の攻撃を止める事が出来ない。
囲まれた状態から、一体ずつ集中攻撃で瑛多や昭子とともに片付ける松庵。すうっと刃を仕込み杖の鞘に納めると、周囲に視線を投げた。
「さて、そろそろか」
松庵の刃が鞘に収まると、野犬は力尽きて地面に倒れ込んだ。包囲網が減った今、一気に片付けるチャンスである。
松庵が構えると、グラジュがすうっと深呼吸をひとつした。その表情は、少し曇っているようだった。
ほんとうは、もっともっと違う出会いがしたかった。
もっと撫でてあげたかった。
「……ごめんね」
グラジュはそう言うと、冷気の焔を吐き出した。
冷たい焔が周囲にまき散らされると、松庵がさらにかれらの熱を奪い取っていく。松庵の死の魔法とグラジュの冷気に体力を奪われながら、獣たちはグラジュの腕に食いついた。
腕に食い込んだ牙が、生暖かい血を滴らせる。
「……遊んでほしいの?」
そっと、グラジュは彼の頭を撫でてみた。
ふんわりとした手触りが、伝わった。でもその毛並みは、グラジュと松庵たちの放った冷気で冷え切っている。
もう一度撫でるより先に、その体はすうっと地面に横たわった。
「僕達だったら遊んであげられるのに」
グラジュが言うと、ババロアは彼に向かってきた野犬を縛霊手で切り裂いた。ぽつんと立っているように見えるグラジュは、傷だらけである。
ババロアも冷気を放つと、食いかかる野犬たちを冷気で包み込んだ。
「凍えて眠りゃ楽になるさ」
「……そうかな」
「そうさ、あっという間におねんねだ」
フェフェ、と笑うババロアをグラジュはちらりと見返したが、その言葉の通り眠るように逝ったのだとすると、少し気持ちが和らいだ。
冷気と、風とを交互に使いながらババロアが残った野犬たちを片付けて行く。その冷気を、慎太が竜巻で巻き上げながら冷気の渦を作り上げた。
次々倒れる野犬を見届け、慎太は残った黒柴の為に雷を放つ。
「自分に何が起きているのか、分かって居ますか?」
語りかけるように、慎太は言った。
放たれる雷は、迷いを振り切る慎太の声でもあった。雷を躱しながら、黒柴がこちらに向けて疾駆する。
ああ、もうそれ以上戦わないで。
その思いを殺しながら、慎太は続いて竜巻を巻き起こす。
「阻止をお願いします!」
「……よし、こっちだ黒柴!」
夏海が黒柴の前に飛び出し、思わず両手を差しだす。その行く手をしっかりと阻み、体を掴んだ夏海。
黒柴は夏海の体を蹴りつけ、飛び出してくる。
体勢を崩しながらも縛霊手を叩きつける夏海。供助は黒柴と夏海、そして自分の背後の慎太たち仲間の動きを視界に入れて、オーラキャノンを放った。
放った力は、黒柴の動きを追尾して地面を跳ねる。
そしてもう一撃、今度は黒柴を捕らえた。
「森田、治癒」
「いらねぇ!」
食らいついた黒柴の牙が、供助の腕を血に染める。供助に声わ駆けた瑛多は、エアシューズで滑り込むと上空から蹴りを叩き込んだ。
転がった黒柴に、轟雷が降り注ぐ。
むくりと体を起こそうとした黒柴を、冷たい風が包んだ。ひょいと見下ろすように、ババロアが黒柴を見つめる。
その柴の黒い瞳を八人はじっと見つめると、最後の時を見守ったのだった。
ざあ、と風が吹きつけるとババロアは風を避けるようにして社の階段に腰掛けた。
「さ、片付けるならとっととしな。アタシャ手伝わないからね」
ぴしゃりとババロアが言うと、瑛多は社の裏手へと歩いて行った。周囲を探すと、裏手に掃除用具が置かれていたらしく、すぐに手に持って戻って来た。
ひとまず、地面に残った足跡を綺麗に掃いておいた方がいいだろう。
「血の痕も残さずに。掃いて土ごと撤収して、裏山にでも蒔いてしまえばいい」
松庵は箒を瑛多から受け取ると、血を土ごとちりとりで取っていく。ふ、と顔を上げると、残った血のあとを慎太がじっと見つめていた。
拳をぎゅっと握り、耐えていた瞳から涙がこぼれ落ちる。
「せめて一目、お別れくらいさせてあげたかった、です……」
お別れすら出来ないなんて。
そう、形も残らない彼らの最後を見つめて慎太が声を洩らした。声を掛けようとしたが、松庵は言葉を飲み込む。
言葉は、灼滅者仲間として掛けるべきではない。
先ほど厳しい言葉を言っていたババロアが何やら小声で呟いているのに気付いたが、慎太たちには厳しい言葉は掛ける様子はなかった。
ババロアなりの鎮魂であるのかもしれない。
「何でこうなっちゃったんだろう……何で」
グラジュも、堪えきれずに声を震わせる。
無言で俯いている昭子、どうやら瑛多もややしめっぽくなっていた。気丈に振る舞いながら、瑛多が手を合わせると昭子、そしてグラジュたちも手を合わせた。
「泣くのは今だけにしておくんだ」
松庵がそう言うと、昭子は顔をあげて空を見上げた。
「……黒柴くんは、旅に出たんです」
「旅? ……そうだな。その方が婆ちゃんも悲しまずに済む」
瑛多が頷いた。
それにしても、何故こんな事が起こった?
何故?
その問いが、供助も心の中で渦巻いていた。周囲を見てまわったが、不審な所はなかった。供助の疑問に、夏海も思案する。
「こいつらは自分が眷属になったと気付いてなかったな」
「これがダークネスの仕業なら、ダークネスは何の目的があった?」
犬を眷属にして、何をするつもりだったのだ。考え込む供助は、眉間に皺を寄せてどこかを睨むようにしていた。
ふ、とこちらを見ているババロアに気付く。
「縁がありゃ、元凶を潰しとけばいいさ」
「……そうだな」
そう決意し、立ち上がった供助の視線の先に、ゆっくりと階段を上ってくる老女の姿が見えた。
作者:立川司郎 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年10月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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