●犬達の復讐
よくある話であった。
思っていたのと違う。小さいうちは可愛かったのに。飽きた。こんなに沢山いらない。
そこに居たのは、沢山の捨てられた犬達だ。飼い主にそれぞれの理由で、或いは生まれてすぐに。保健所に連れ去られることなく、餓死することなく、今まで強く生きていた犬達である。
その頭にあったのは、いつも一つのことだけであった。生きること。ただそれだけである。
それだけしか出来なかったと言い換えても良い。
しかしそれが変わったのは、力を得たからだ。もう怯えなくていい。生きる以外にも目的を持つことが出来る。そう……考えることすら出来なかった、それを。
犬達の目はぎらつき、光無き闇を見据えていた。その先に求めるものは、ただ一つ。
自分達を捨てた人間への、復讐である。
●復讐の阻止
「復讐なんてしても虚しいだけ……と言って通じたらどれほどよかったかしらね」
教室に集まった皆を眺めながら、四条・鏡華(中学生エクスブレイン・dn0110)はふとそんなことを呟いた。
しかし生憎と、相手に言葉は通じない。それも、文字通りの意味でだ。
「相手は犬なのだから当然なのだけれども……勿論それは普通の犬ではないわ」
元々は普通の犬であったのは間違いないのだが、何故か突然眷属化してしまったのである。今はまだ大人しいようだが、放っておけば、遠くないうちに人を襲いだしてしまうだろう。
「眷属化してしまった理由は不明だけれど、少なくとも放っておくことだけは出来ないわ」
犬達に遭遇できる時間は夜。空き地に集まっているため、周囲のことを考える必要はないし、月明かりがあるため視界を気にする必要もない。
「今まで見たことのない眷族ではあるけれども、戦闘能力的には他の眷属と大差ないわね」
数は十とそこそこ多いものの、問題になるほどではないだろう。勿論油断することは出来ないが。
「ただ一匹だけ、二メートルそこそこの大きな犬がいるから、それだけは注意をした方がいいわ」
リーダー的な存在であるらしく、他の犬と比べても強く、指示を出したりもするようだ。バトルオーラ相応のサイキックを使用し、他の九匹はエアシューズ相応のサイキックを使用してくる。
「気になることもあるでしょうけれども、一先ずはこの事件を解決するのが先よ。よろしく頼むわね」
そう言って、鏡華は灼滅者達を見送ったのであった。
参加者 | |
---|---|
置始・瑞樹(殞籠・d00403) |
犬神・夕(黑百合・d01568) |
小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991) |
迅・正流(斬影騎士・d02428) |
鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382) |
周防・天嶺(狂飆・d24702) |
レイヴン・リー(寸打・d26564) |
永・雨衣(トコシエノハナ・d29715) |
●
月の綺麗な夜だった。穏やかな光が地上を照らし、静かに夜を包み込んでいる。
だがその中にあっても、それらの視線は僅かにでも緩むことはなかった。十の瞳は恨みに澱み、周囲には呻き声だけが反響している。
それらが向けられているのは、今しがた彼らのテリトリーに侵入してきた者達だ。彼ら以外他の何者も訪れないはずのそこに足を踏み入れた、八つの人影。
その一人であるレイヴン・リー(寸打・d26564)は、今にも襲い掛かってきそうなそれらを眺めながら、溜息を吐き出した。
「犬の眷属化か。他の動物と差をつける訳じゃねーけど、割と犬は好きな部類なんだよな……」
向ける視線には、複雑な色が混ざっている。人間に復讐心を持つ犬を可哀想に思う気持ちと、放置すれば無関係な人間へ被害が出るかもしれないということ。
その二つを持ち、だが――
「人間を襲うってんなら、放置は出来ない」
結局のところ、それしかなかった。
「生きる事以外を考えた結果が復讐か。余裕が出来たからこそ灼滅せねばならんとは、何とも皮肉な話だな」
人間の身勝手さというものを、鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)はよく知っていた。だから裏切りが復讐心に育つのは仕方のない話なのかもしれないと、そんなことを思う。
だが。
(「一方で今までのこいつらはこいつらなりに強く生きていたと聞く。眷属化で利用しようとする者が居るのなら、それもまた身勝手な話だぜ」)
何処を向いても、そこにあるのは誰かの身勝手。そこに思う所は多々あるが――
「仕事は仕事だ、全力で灼滅しよう」
今出来ることは、それだけである。
――捨て犬に罪は無い。悪いのは人間の横暴だ。
そう断じてしまえば簡単なのかもしれない。
でも、と、小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991)は思う。
(「本当にそうなんだろうか? 誰かがそう吹き込まなければ、犬達はただ自由を謳歌しているだけだったんじゃないだろうか」)
或いは目の前の光景は、別の意味を持っていた可能性だってあるのかもしれない。
けれども。
「どちらにしても、眷属となった以上はこいつらはもう救えない」
厄介事は殺す。
そのために、此処に来たのだから。
「可哀想ではあるが、どうしようもない現実か」
皆と同じように犬達を眺め、ポツリと呟いたのは、周防・天嶺(狂飆・d24702)だ。
「突然捨て犬が眷属化するなんて、普通あることかね」
確認するかのように呟き、直後に自ら否定し首を振る。もしもそうであるならば、今まで確認されたことがなかったのは不自然だ。
「誰かが必要としてやったんだろうな」
戦力を必要としているダークネスの軍勢は多い。むしろ、そうではない方が少ないだろう。どこか必要な所がやったのか、或いは、眷属化の実験であったりするのか。
何にせよ、今はこの犬達を倒さなければならない。それだけは確かなことであり――
「……ペットを大事にしない奴は、好きじゃない」
ポツリと、言葉が漏れた。
「……気の毒な犬さんたちですね」
永・雨衣(トコシエノハナ・d29715)の目に映る犬達は、怒りに染まっていた。
きっとそれは正しいものだ。少なくともそれは彼らにとって正当なものであり、けれども、だからこそ。
「眷属にしたのが何者かは分かりませんが、利用するのも許せないのです」
それは彼ら以外の何者かが利用していいものではない。
そしてそんな仲間と犬達の様子を、犬神・夕(黑百合・d01568)は見るともなしに眺めていた。
その顔に表情はない。向ける視線に暖かさはなく、同時に冷たさもない。それは敵である犬達ばかりではなく、仲間達に対してでさえそうであった。
否、そもそも夕はその場に居る者達のことを仲間と思っているわけではなく、只の利害関係が一致した他人程度でしか認識していないのだ。
その動きは依頼をこなすためのものであり、ただそれだけのために思考を回していく。
(「……狂犬病ウィルスあたりを変異させた眷属化ウィルスでも作られたんでしょうか?」)
可能性を列挙し、観察を続ける。こうなってしまった原因を、掴むべく。
もっとも。
(「まあ眷属と化したなら処理しなければならないでしょうけど」)
やはりそのことに違いはなく……しかし。表情には出ずとも、思うところがないわけではない。
(「元々の原因を考えると少し胸が痛いですね。出来れば全て連れて帰りたいのが本心です……はふぅ」)
その様子は変わらぬまま、そんなことを思っていた。
と、そんな睨み合いのような状況が、いつまでも続くわけもない。犬達の目の前に居るのは復讐すべき人間達であり、灼滅者達の目の前に居るのは倒すべき眷属である。
それでも、雨衣は犬達へ向けて、懐に入れたお守りを軽く握りながら、一礼をした。
そして。
それが戦闘が始まる合図となった。
●
敵の数は、事前に聞いていた通りに十。司令塔でもあるリーダーが後方に下がり、残りの九匹はそれぞれのポジションに均等に散らばっていた。
そこに真っ先に飛び込んだのは、迅・正流(斬影騎士・d02428)だ。
「気持ちは解るが……人に仇なす以上は止むを得ん……我が刃を以て破断する!」
言葉と共に振るわれるのは、刃渡り二メートル強の巨大な漆黒の剣。破断の刃という名のそれが振り切られると同時、間近の犬達をどす黒い殺気が覆い尽くした。
殺気が犬達の身体を傷付け、続くようにレイヴンが踏み込む。
「悪いけど見逃してやることは出来ねーんだ」
瞬間、その拳が放たれ、合わされたビハインドのラオシー霊撃が突き刺さる。それを受けた犬の身体が痛みに捩れ、しかし苦悶の鳴き声が上がることはない。それよりも先に、流し込まれた魔力が爆ぜた。
(「こいつらの怒りを受け止めるのもまた、俺達の役目なんだろう。……分かってるさ、これもまた身勝手な話だ」)
自嘲するように心の中で呟いた脇差の目が、倒れゆく犬のそれと合ったような気がしたのは気のせいか。
だがそれを確認する間もなく、その手に嵌められた指輪より魔法の弾が放たれる。制約を課すそれは、視界の端で動こうとしていたリーダー格の犬を貫き、その動きを一瞬だけ制す。
そして、その一瞬だけで十分であった。
「お前の殺意を……これで殺すッ!」
声は空から。倒れこもうとしていた犬へと、影が差す。
右手に荒神切 「天業灼雷」を。左手にノイエ・カラドボルグを。舞い降りた八雲が、勢いのままにその二つを突き刺す。
引き抜き、しかしその身体に、今の攻撃の痕跡は残っていなかった。だがそれは、効かなかったということを意味するわけではない。
霊魂が破壊されたその身体は、二度と起き上がることはなかった。
直後に響いたのは、唸り声。それは悲しみから、怒りからか。おそらくは両方だろうそれが、攻撃となって襲い掛かる。
しかしそれを遮るように、置始・瑞樹(殞籠・d00403)が一歩前に出た。敵からの一斉攻撃。リーダー格からのものをも含んだそれを、しかし全て防がんとさらに前に出る。
当然、それは無茶だ。幾ら眷属の攻撃とはいえ、その全てを自分で受けきろうというのは無謀以外の何物でもない。
だが実際に瑞樹はそれを行なおうとしているのであり、同時にその場に居るのは瑞樹だけではなかった。
傷ついたその身体を、癒しの力が包む。雨衣より撃ち出された霊力だ。さらにはそのうちの一つへと、流星の煌きを宿した蹴りを夕がぶち込む。
瑞樹は一瞬だけ二人のことを見、しかし礼を言う代わりに踏み込んだ。眼前には一匹の犬。握り締めた手には盾。
殴り飛ばした。
衝撃でその身体が浮き、しかし追撃をすることなく、瑞樹は後ろへと下がる。あくまでもその身は盾であり、攻撃はそのついでに過ぎないのだ。
だが逃さぬとばかりに他の犬が動き――しかしそれよりも、天嶺が動く方が早かった。
放たれたのは、禁呪。広範囲を巻き込むそれが、未だ空中にあったものごと、纏めて爆破した。
さらに高く飛んだ身体が、数瞬の後に地面へと落下する。
「眠ってくれ」
鈍い音と共に動かなくなったそれに、囁くような言葉が添えられた。
●
やはりリーダー格の存在が居るためか、敵の動きはかなり統率の取られたものであった。
しかしそれは分かりきっていたことであり、だからこそ、まずは敵の前衛を排除することを最優先としていたのである。リーダー格を最も早く、確実に倒すために。
その作戦は、見事成功したと言っていいだろう。眼前で倒れていくリーダー格の身体が、その証だ。
そして統率を失ってしまえば、所詮は眷属。倒しきるのは難しいことではなかった。
「死角を取ったッ! 久当流……襲の太刀、喰兜牙!」
ノーモーションからの、意識の隙間を利用した一瞬の加速。さらには空中を蹴っての再加速という、変則的な機動。バラバラに動いていた犬達にその動きを見切れるはずもなく、八雲の両腕が振り切られた直後、その眼前にあったのは四つになった塊であった。
他の犬達は、それに対し反応することは許されない。
否、反応したところで意味はないと言うべきだろう。それに対し言うべきことは、最早何もない。
その前に立っていたのは、一人の少年。その手に握られているのは、鍔に月と猫の意匠が凝らされた一振りの刀。
上段に構えた、月夜蛍火という名のそれを、脇差はただ振り下ろした。
統率がなくなったとはいえ、敵の攻撃が止むわけではない。むしろ無軌道になった分、その攻撃は防ぎにくくなったとも言えるだろう。
しかしそれでも、瑞樹の動きは変わらなかった。どれだけその身体が傷つこうとも――否、むしろ傷つけば傷つくほど、追い込まれれば追い込まれるほどに、瑞樹はその身に秘めた闘志を静かに、激しく燃やしていく。
そうして、仲間に向かう攻撃全てを受け止めるべく、その盾を構える。それは相変わらず無謀でしかなかったが、同様にやはり彼はその場に一人というわけではなかった。
横から飛び掛ってきた犬の牙が、その身に突き刺さる――その直前。さらにその脇から伸びた手が、その首元を掴んだ。
レイヴンである。
そしてそれだけで終わらせる理由は、勿論ない。そのまま地面に叩きつけると、止めとばかりにラオシーが霊障波を叩き込んだ。
その間に雨衣が優しい風を招き、仲間達の傷を癒す。
残り少ない犬達は、それでも一矢を報いんとばかりに動こうとするが、それが叶う事はなかった。瞬間、その身体が叩き潰される。
それを成したのは拳。主は夕。冷静にその時を観察していた夕は、自分の判断に従い、その拳を振り下ろした。
追い詰められた鼠は猫を噛む。そんなことは今更言われるまでもなく、眷属であったとしても変わりはない。
天嶺の身体を覆っているのは、Ate――破戒の花。腕には黒くて無骨な武装。一切の油断なく、冷静に、見出したそれを切断した。
仲間達がそれぞれの敵を倒したのを、正流は空中で確認していた。
否、というよりは、視界にそれらが入ってきたという方が正確か。一回転をしたため、全方位の光景を見ることが出来たのである。
だが当然ながら、それは無意味にやっていたわけではない。それが終わった後、正面にあるのは敵の身体だ。真一文字に切り裂かれたそれを眺めながら、大上段に構えるのは、破断の刃。その刀身には、注がれた炎。
振り下ろした。
「無双迅流! 紅蓮浄火斬!」
確かな手応えと共に、背を向ける。刀を掲げ、振り下ろした。
そして。
「昇火!」
叫びながら、背後の敵が燃え尽きていくのを感じる。
同時にそれが、戦闘の終わりを告げる合図となったのであった。
●
端的に述べるならば、ボロボロであった。
それが戦闘を終えた後の、瑞樹の状態である。命に別状はないものの、全身傷だらけであり、まさに満身創痍といった有様だ。
しかしそれは完全に瑞樹の自業自得であった。他の誰にも責任などはない。幾ら相手が眷属とはいえ、強引に全ての攻撃を一人で受けようとするならば、そうなって当然である。
だがそれに対し、他の皆は何も言わなかった。言えなかった。
瑞樹は基本的に表情の変化や感情の起伏に乏しい青年である。それは、今この時も変わっていない。その顔には特に表情は浮かんでおらず……しかし、その顔が、何処か満足そうに見えたのだ。
言いたいことがないわけでもなかったが、少なくとも今は何も言う気になれなかったのである。
それに、今は他にやるべきこともあった。
何故犬達が眷属化されたのか、その原因の痕跡を探ることだ。
もっとも――
「今の段階じゃあ、何が原因か全く分からねーな」
レイヴンの言葉が、その結論である。何も分からないことが分かったと、そういったところであろうか。
そうしてそれが終わった後で、空き地の隅に穴を掘る。全てを埋め、大き目の石を載せ――
(「心安らかに……眠れ……」)
それだけを祈り、願う。
そして皆より少し離れたところで黙祷を終えた夕は、ふと先ほどの戦闘を思い出した。戦闘中夕は、攻撃を行いながらも、犬達のことを可能な限り観察していたのである。
特性や判断材料になりそうな事象に始まり、群れの個体全てに人に飼われていた形跡があるのか、通常の犬との相違点、各個体に共通する点の有無、改造の痕跡の有無や噛まれた際に人体に影響が出るのか等々。
とはいえ結論から言ってしまえば、先のそれと大差はなかった。何も分からないことが分かったという、同じ結論が導きだされるだけである。
探ろうとするならば、きっとそれ以外の着眼点が必要なのだろう。
例えば、何故それが最近起こるようになったのか、などか。まあ結局のところは、色々と考える以外に方法はなさそうなことに、違いはない。
そんなことを考えながら、何気なく空を見上げた。
上空から見下ろしている月は、こちらで何が起こったところでその様相を変える気配を見せない。変わらず柔らかく、そして何処か冷たく、照らし続けているのであった。
作者:緋月シン |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年10月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 11/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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