芋煮は赤く染まるのか

    作者:鏡水面

    ●間の悪い交渉
     秋空の下、一人の男が野望に燃えている。
    「芋煮会……今年もこの季節がやってきたのじゃ……!」
     両手の袋に大量の食材を下げて、路地裏へと入っていく男。男は赤いエプロン姿に、キレの良さそうな包丁をエプロンのポケットにおさめている。その顔は丸みを帯びた赤紫色。頭部には葉を生やし、どう見ても、人間の見た目ではない。
    「東北の芋煮を、ボルシチに変えてやるのじゃ。ふははは、待っておれ……わしが魂をこめた情熱的なボルシチを味わわせてやるからのう……!!」
     男は高らかに笑い声を上げている。
    「そこの鮮やかな色のアナタ! あたしの話、聞いてくれないかしら!」
     唐突に、高い女の声。見ると、ツインテールの美女が道を塞いでいる。
    「なんじゃお前は」
     どこか冷めた目で、邪魔くさそうに女を見る男。
    「今ね、超カワいくてキレイでイケてる大淫魔、ラブリンスター様が新しいお仲間を募集中なの! アナタをお仲間に誘たいなぁ……なんて♪ どうかなぁ?」
     どうやら、ラブリンスターの配下……アイドル淫魔らしい。
     彼女は上目遣いで男を見上げる。色目を使うアイドル淫魔に、男は不快そうに眉を寄せた。刹那、包丁を引き抜き、アイドル淫魔の体を切り裂く。
    「わしの主は今もなお、ロシアンタイガー様だけじゃ! 色ぼけた淫魔なぞに構っている暇はない! ボルシチの仕込みをせねばならんのじゃ、どけい!!!」
    「な……っ!? いきなり攻撃するなんて乱暴な男……っ!」
     誘う相手と、さらにタイミングも悪かったようだ。交渉は決裂し、二人は戦闘状態となる。戦いの末、ズタズタに斬り裂かれたアイドル淫魔は、その場に崩れ落ちた。

    ●淫魔と芋煮の危機
    「ラブリンスター配下の淫魔が、都内某所でご当地怪人……ロシアボルシチ怪人に殺されてしまう事件を予知しました」
     西園寺・アベル(高校生エクスブレイン・dn0191)は、鍋でボルシチを煮込みながら告げた。
    「……ロシアボルシチ怪人の出現を警戒してはいましたが、このような状況になるなんて」
     ヴィア・ラクテア(歩くような速さで・d23547)は予知の話を受け、僅かに眉を寄せる。アベルの話によると、淫魔達はサイキックアブソーバー強奪作戦で減った戦力を回復させるため、各地の残党ダークネスを探して仲間に引き入れようとしているらしい。
     その中の一人、ロシアボルシチ怪人に、淫魔が殺されてしまうというのだ。
    「ラブリンスター勢力には、サイキックアブソーバー強奪戦の時の恩もあります。放っておくのも、なんだか複雑な気持ちです。……まあ、そうでなくとも、残党ダークネスが事件を起こす前に倒すチャンスですので、放置していいものではないと思います」
     今回の件を放置すれば、怪人は東北へと赴き、芋煮会の芋煮をボルシチ化してしまうことだろう。……ちなみに芋煮会とは、秋になると東北各地で行われる行事のことだ。地元で収穫した里芋を持ち寄り、野菜やお肉と煮込んで食べる。
     一方ボルシチは、代表的なロシア料理の一つだ。テーブルビートと野菜、肉などを炒め、じっくり煮込んだスープである。その色は、鮮やかな深紅色をしている。
     ロシアンタイガーなき後も、怪人はロシア化を行うことが天命であると言わんばかりに、芋煮をボルシチ化させる気でいるらしい。
    「怪人は、ご当地系のサイキックと解体ナイフ系のサイキックを操ります。ポジションはジャマーのようですね。ボルシチを粗末に扱うと、怒って攻撃力がクラッシャー並に上がるようなので、注意してください」
     『粗末に扱う』とは、ボルシチを馬鹿にするなど、ボルシチに何らかの害が及ぶことをさす。
     怪人と接触するタイミングは、淫魔が攻撃を受ける直前か、淫魔が倒された直後となる。
     ただ、直前に接触する場合は、淫魔から「交渉を邪魔されて失敗した」と誤解を受けないよう、考慮する必要がある。
     説明を終えアベルは一息付いたあと、付け加える。
    「しかし、恩があるとはいえ、淫魔もダークネスです。助けるかどうかは、皆さんにお任せします」
     アベルは完成したボルシチを器に盛り、仕上げとばかりにサワークリームをのせた。


    参加者
    蓮華・優希(かなでるもの・d01003)
    沢崎・虎次郎(衝天突破・d01361)
    シルフィーゼ・フォルトゥーナ(小学生ダンピール・d03461)
    神凪・燐(伊邪那美・d06868)
    ウェア・スクリーン(神景・d12666)
    ヴィア・ラクテア(歩くような速さで・d23547)
    ガーゼ・ハーコート(好奇心でさぼる猫・d26990)
    西園寺・夜宵(神の名を利した断罪・d28267)

    ■リプレイ

    ●介入
     涼しい風が通り抜ける路地裏で、灼滅者たちはその時を待っていた。買い物袋を下げたロシアボルシチ怪人が、路地裏に入っていく。その先には淫魔の姿。怪人の後方、淫魔の周辺それぞれの位置に、灼滅者たちは潜んだ。
     そのタイミングは、ほどなくして訪れる。怪人が包丁を引き抜き、淫魔の体を斬り裂こうとする。
     その間に割り込み、神凪・燐(伊邪那美・d06868)が受け止める。闇を色濃く刻む漆黒の盾が、怪人の刃を弾いた。
    「なんじゃ!? お前らは!」
     灼滅者たちに取り囲まれ、怪人は声を荒げる。
    「大丈夫ですか? お嬢さん。助けに参りましたよ」
     怪人の問いはさらりと流し、燐は淫魔へと告げる。怪人が再び刃を降り下ろそうとするも、蓮華・優希(かなでるもの・d01003)が攻撃を阻んだ。阻むと同時、殺気を周囲に放つ。西園寺・夜宵(神の名を利した断罪・d28267)も防音の壁を展開し、音を遮断する。
    「彼女を、傷付ける……なんて、させない」
    「灼滅者……?」
     呆然とする淫魔に、シルフィーゼ・フォルトゥーナ(小学生ダンピール・d03461)が古の貴族を思わせる口調で返す。魔力に満ちた霧が、彼女の体をしっとりと包み込んでいた。
    「無事かの? ここは儂らがおさえておくゆえ離れりゅがよいぞ」
    「っ、これはあたしの任務よ。それに、まだ勧誘できるかも。邪魔しないで欲し……」
     淫魔は面白くなさげに眉を寄せ……怪人の手から発生する光に、表情を硬くした。それとほぼ同時、上空から影が差す。
     とっ、と軽やかに降り立つ音。直後、ガーゼ・ハーコート(好奇心でさぼる猫・d26990)の異形化した片腕が、怪人の背に叩き込まれた。確かな破壊力を内包した一撃が、鈍い音と共に、怪人の体を激しく揺らす。淫魔を穿つはずだった光は、狙いを外し地面を抉った。
    「邪魔をしよって……!」
    「この様子じゃ、もう勧誘は厳しいよ」
     怪人の光線は、明らかに淫魔を狙っていた。ガーゼの言葉に、淫魔は押し黙る。
    「今のうちに、お逃げください」
     ウェア・スクリーン(神景・d12666)は、意地を張る淫魔へと静かに告げた。次いで、怪人へと視線を移す。
    「……怪人さん、あなたの素晴らしいボルシチ魂に負けないように全力で参ります……」
     ウェアの瞳を覆うように、バベルの鎖が絡み付く。行動すら予測する視線が、怪人を捉えた。
    「わしはそこの色ボケ淫魔に用があるんじゃ。どけい!」
    「その申し出、受け入れりゅわけにはいかにゅのぅ」
     足元から炎を吹き上げ、シルフィーゼは怪人へと鋭い蹴りを放つ。熱に舞い上がるドレスと荒れ狂う炎が、怪人の視界を遮った。
    「邪魔をするな!!」
    「凝固させし呪力を……」
     なおも攻撃を続けようとする怪人の背後に立ち、ウェアがすっと手を掲げた。指輪に込められた魔力が放たれ、怪人の膝裏へと的確に撃ち込まれる。
    「ふぬおおお足が重い! 重いぞおおおお!! フンッ!」
     動きが若干鈍るも、地を蹴り駆ける怪人。
    「血気盛んですね……もう少し、大人しくしていただけると嬉しいのですが」
     呟くと同時、ヴィア・ラクテア(歩くような速さで・d23547)の銀の髪が、漆黒へと染まる。髪は生き物のようにうねり、鋭い刃を形成した。直後、高速の斬撃を怪人へと繰り出す。
    「そこをどけと言っている!」
    「どかないっす!」
     沢崎・虎次郎(衝天突破・d01361)の声と同時、流星号が怪人の行く手を阻むように停車する。
    「彼女達には以前世話んなったすからね、少しでも恩に報いるっすよ!」
     虎次郎の剣から放たれた眩い光の軌跡が、怪人の体に傷を刻む。それと同時、流星号の銃弾が怪人へと降り注いだ。
    「彼女を、助ける……だから、先には、いかせない」
     夜宵の縛霊手から淡く優しい、それでいて強い輝きが放たれ、仲間の受けたダメージを癒す。怪人を食い止める間に、灼滅者たちは立ちつくしている淫魔に語りかける。
    「仲間を増やす為に話をして回ることは素敵なこととは思うけれど、自分の命も考えてほしいかな」
     優希は真摯に告げ、淫魔に視線を送る。燐も高貴な人物に接するときのように、丁寧に言葉を紡いだ。
    「同志を増やす努力をするのは大事です。でもご自身の身が無くなれば、意味がございません。ご自分を大切になさってください」
    「……こんなとこで失敗するなんて……」
     割り切れない、悔しいとでも言うように、淫魔は唇を噛み締めた。そんな彼女に、夜宵が語りかける。
    「ラブリンスター陣営には、正直、とても感謝……してる。戦争の時、助けてくれた感謝の印、として……あなたを、助けたい」
     途切れ途切れでありながらも、真剣な想いが伝わる言葉だ。淫魔はジッと、何かを確かめるように灼滅者たちを見た。その目を見つめ返し、ガーゼが告げる。
    「君はここで死ぬべきじゃない。彼女達……ラブリンスターたちの、力になってはくれないかい?」
     淫魔は瞬きを一つして……短く息を付いた。
    「……言われなくても、あたしはラブリンスター様の力になり続けるわ」
     どこか棘のある物言いながらも、勧誘を諦め逃げることを決めたらしい。踵を返す淫魔に、燐が付け加えるように助言する。
    「ああ、後……同志を増やすなら、人選も慎重になさいませ。今回は私達が間に合ったからいいものの、何回も助かるとは限りませんよ?」
    「う……、悪かったわね……慎重じゃなくてっ」
     尻尾を下げる淫魔に、ウェアが諭すように紡いだ。
    「あなた方には恩があります……このまま倒れられてしまうのも、本意ではありませんからね。どうか、今後は慎重に……」
     優希も同意するように頷き、言葉を続ける。
    「折角生き残れたのだから、簡単に散らないで欲しい。話してみたいこともまだまだある……だから、今は生きて」
    「……わかった」
     ぽつりと呟く淫魔に、夜宵は微かに口元を緩める。
    「ありがとう、わかって、くれて」
    「そ、そもそも、こんな冴えない男と戦って死ぬなんて御免だもの! 勧誘できないなら用はないわ! じゃあね!」
    「彼女に会う事があれば伝えてください。借りは返しました、とね」
    「覚えてたら伝えておくわよ!」
     ヴィアの言葉にツンと言い放ち、淫魔は走り出す。
    「待てえい……!」
     怪人が無理に灼滅者たちを突破し、淫魔のあとを追おうとする。だが、その動きはヴィアのある発言により、ぴたりと停止した。
    「僕、里芋がない時点でボルシチより芋煮に分があると思うんですよね……」
     淡々と、それでいてはっきりと紡がれる言葉。
    「……何じゃと?」
     怪人がヴィアへと振り向く。その瞳に、怒りの色が薄く宿った。ふるふると、手に持った食材袋が振動し始める。
    「とりあえず、いい加減その袋を下ろすっす! そんなにずっと振り回してたら、せっかくの食材が台無しっすよ!」
     虎次郎が今にも中身が飛び出しそうな食材を指さした。
    「はっ……た、確かにそうじゃ……」
     食べ物に罪はない。しかも、この食材たちはボルシチを作るために必要なものだ。怪人は路地の隅に食材の入った袋をドサリと下ろした。
    「ゆっくり地面に下ろせ! 下ろした? よし、改めて勝負っすよ!」
    「おう、勝負……って、しまったああぁ!!」
     怪人が見回すも既に時遅し。淫魔の姿はおろか、気配すら消え失せていた。
    「お前ら揃ってわしをはめよったな!!」
    「そんなつもりで言ったんじゃないっすよ!」
    「はい、あれは嘘です。ボルシチも芋煮も、本当は好きなんですけれどね」
    「わしを言葉で惑わすとは……ぐぬぬ……」
     ヴィアと虎次郎の真逆の反応に、ギリギリと歯を食いしばる怪人。食材を粗末にしたくないのは同感、かつボルシチも好きと言われれば、怒るに怒れないようだ。
    「うまく逃げきれたようで良かったのじゃ。ラブリンには先の戦いでの恩もありゅし、あまり弱体化されてもこまりゅしのぅ」
     シルフィーゼは満足げに言いながら、クルセイドソードを構え直す。怪人も包丁を構え、灼滅者たちを鋭く睨んだ。
    「……淫魔はもう良い。追っても捕まえられんじゃろう……目的変更じゃ。お前らを千切りにしてボルシチの素晴らしさ、わからせてくれようぞ!」
     
    ●決着
     怪人が包丁を振り上げた直後、毒を含んだ風が吹き荒れる。
    「ボルシチというものをよくしらにゅのじゃが、詳しく教えてもらえにゅかの」
     風を受けながらも、シルフィーゼは怪人に問いかけた。怪人を怒らせず、集中力を削ぐためだ。
    「ボルシチというのはなあ! テーブルビートと野菜! 肉などを炒め! じっくり煮込んだスープじゃ! 元々はウクライナの郷土料理で……」
     包丁を振り回しつつも、律義に解説する怪人。続いてガーゼも質問を投げる。
    「ボルシチってさ、家庭によっても味が違うんだよね? 君の作るボルシチはどんな味?」
    「わしオリジナルの香辛料で、適度な辛みと旨みを引き出しておるぞおお!!!」
    「へえ、美味しそうじゃないか」
     延々と続く解説の中ガーゼは滑走し、怪人へと急接近する。刹那、エアシューズが激しく炎を巻きあげた。
    「ぜひ食べてみたいね」
     速度を上げた衝撃と共に、脚から爆ぜる炎を放ち、怪人へと繰り出す。
    「この戦いが終わったら特別に作ってやっても良いぞ!!」
     怪人は包丁をガーゼへと振り下ろす。優希が即座に割り込み、シールドを翳すことで斬撃を受け止めた。
    「つまり、それが君のボルシチのポイント、ということかな?」
     シールドの奥から、優希は静かに怪人を見据える。
    「そういうことになるな!」
    「なるほど……こだわりがあるのだね」
     ギイン! と甲高い音を響かせ、包丁を弾いた。怪人の胸部目がけ、優希はシールドを強く叩き込む。
    「話、聞いてたら、お腹、空いた……」
     呟きながらも、夜宵は精神を研ぎ澄ます。体から吹き上がる風が、優しく仲間を包み込んだ。怪人の放った毒を、浄化の風で清めていく。
    「めいっぱい体力を削って、さらに腹を空かせてやるぞい!」
     跳躍し、怪人は飛び蹴りを夜宵へと繰り出した。攻撃の軌道上に位置取った燐が、盾を掲げ受け止める。
    「そう簡単には、削れないと思いますよ?」
     盾から展開された防護の光に、怪人は飛び退いて距離を取る。刹那、シルフィーゼが駆けた。背後へと回り込み、緋色に輝く刃を閃かせる。
    「隙ありじゃな。話に夢中になり過ぎりゅのも、よくないものよのぅ」
    「がはっ……!」
     緋色のオーラは怪人を裂き、衝撃と共に激しく斬り飛ばした。ウェアが宙を舞う怪人の落下地点に先回りし、魔槍の先を怪人に定める。
    「さらなる追撃を加えましょう……加速する、螺旋の槍撃を……」
     高速のうねりを帯びた一撃が、怪人の体へと食い込んだ。槍を引き抜くと同時、衝撃と痛みに、怪人は思わず包丁を落とす。
    「わ、我が包丁が……」
     包丁を拾おうとする怪人。しかし、横から突進してきた流星号が、その身を跳ね飛ばす。
    「フグウッ!!!」
    「物騒なモノはそこに置いておくっす!」
     虎次郎が高く跳躍すると同時、脚部に流星が煌いた。空気を裂くような飛び蹴りが、怪人へと叩き込まれる。追い打ちは終わらない。
    「まだだよ?」
     ガーゼがナイフをくるりと回す。奇妙に変形した刃を鈍く光らせ、流れるように怪人を切り刻む。頭が千切り状態と化した怪人の姿を、ヴィアは剣の刃に映した。刀身が青白い光を帯び、非物質化する。
    「愛は伝わりましたが……少々、重すぎますね」
     静かに告げながら、柄を両手で握り締めた。風のように駆け、一気に距離を詰める。ヴィアの一突きは、怪人の魂を深く貫いた。
    「がはっ……! な、なぜだ……!!! わしの野望がっ、果たせないとでも言うのかっ!?」
    「ボルシチには、なんの、罪も、ない。そして、芋煮にも」
     悲痛に叫ぶ怪人に、夜宵が小さく告げた。怪人へと近付く夜宵の片腕が、異形の形へと変わる。燐も足元から舞い上がる炎と共に、怪人へと接近する。
    「芋煮をボルシチに変えようなどと、思わなければ良かったのですよ」
     東北に深い縁がある燐にとって、芋煮は思い入れ深い料理だ。怪人の行為は絶対に許せないものであった。
     夜宵の殴打と燐の炎が同時に繰り出され、怪人に強い衝撃を与える。怪人は力尽き、雄叫びを上げながらその身を爆散させるのだった。

    ●残されたもの
     怪人が散った路地裏は、しんと静まり返っている。シルフィーゼは武器をおさめ、ふうと軽く息を付いた。
    「これで一見落着じゃな」
     シルフィーゼの言葉に、燐は穏やかに頷く。
    「そうですね。これでもう、芋煮に害をなす怪人が現れなければいいのですけれど」
    「ロシアンタイガー亡き後も、ロシア化を企む残党が絶えないっすね……それにしても、本当にたくさんの食材を買い込んでたみたいっすね」
     虎次郎は言いながら、袋に詰まった大量の食材を見下ろした。
    「つくる、ボルシチ……どんな味、だったの、かな。気になる……」
     残された食材を見つめながら、夜宵は僅かに首を傾げる。夜宵の疑問に、ガーゼが同意するように言葉を返した。
    「ちょっと食べてみたかったかもねー。俺、ボルシチわりと好きだしー」
     話す中、ふと、路地裏を冷たい風が通り過ぎる。
    「肌に沁み入るような風……だいぶ、冷えてまいりましたね」 
     風に身震いするわけでもなく、静かに佇みながらウェアは呟く。
    「そうですね。……こう寒いと、暖かいスープ食べたくなっちゃいます」
     表情には出なくとも寒いのだろう。ヴィアは、ひんやりとした風に腕をさすった。
    「体を冷やすのも良くないし、そろそろ撤収しようか」
     言葉を返しつつ残された食材に目を落とし、優希は思う。
    (「……言ってしまえば、これは野望の残骸、か」)
     それは、夢に敗れた怪人へとおくる鎮魂歌か。優希は口の中で、穏やかな歌を奏でるのだった。

    作者:鏡水面 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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