忘却の黒

    作者:日暮ひかり

    ●scene
     十月。秋が深まり、夜の訪れが少しずつ早まる季節だ。
     ゆるやかに吹く夜風に、いくらかの肌寒さを感じながら、少女は帰り道を急いでいた。早足で坂道をゆく途中、りっぱな洋館の前を通りかかる。少女は、なるべくそちらを見ないようにする。この道が、少女はあまり好きではない。
     まだ幼かったころ、よく学校帰りに寄り道した場所だった。館には優しい老婆と、たくさんの猫が住んでいて、毎日一緒に遊んでいた。
     いつからか、登下校中に挨拶をかわす程度になった。やがて、見かけても声すらかけなくなり、最近は……老婆の姿を見かけないことを、ごくたまに思い出す。
     今も、館に灯りはともっていない。
     恐ろしくなる。あの猫たちは、老婆は、どうしたのだろうと。
     少女は門前で立ち止まった。
     にゃー、と、懐かしい声がしたからだ。そしてふり返った少女の喉元を、鋭利な爪が切り裂いた。
     
    ●warning
     猫は好きか、と鷹神・豊(エクスブレイン・dn0052)はおもむろに問う。
    「まぁ俺はどちらかというと犬の方が好きだな。……今回は、動物好きには少々こたえる事件かもしれん。だから無理はするなよ」
     話によると、眷属化した野良犬や野良猫が人里近くで確認された、ということだ。
     原因は今のところ不明だが、被害が出る前に始末しなければならない。

    「今回向かって頂く場所は無人の洋館。……元は猫屋敷の、な。かつてこの館の主人だった老婆が飼っていた猫たちが、まとめて眷属化している」
     鷹神の言葉はすべて過去形だった。
     つまり主人はもうおらず、野良になった猫たちだけが、この館でひっそりと生きていたのだろう。何があったのかと尋ねると、鷹神はまあ最後まで聞けと、話を断ち切った。
     まずは門をくぐり、庭に入ったところで5匹。
     洋館内のとある一室で、残り3匹。
     合計8匹の猫と戦闘になる。首輪の色ごとに、使う技やポジションが異なっているようだ。
    「館の主人がどうなったのかは、その『とある一室』まで行けば自ずと知れるさ。俺が何を言ってるのか、わかるだろ。孤独死。……やりきれないが、もう過ぎた話だ」
     館のなかに残っているのは、すべて黒猫だということだ。
     黒猫は不吉だ、などと言われる。皆いつ、どこでそれを知ったのだろう。別に知らなくても良かった気もするなと、エクスブレインは金の眸を細めた。
    「最初の犠牲者となる中学生の少女が通りかかるのは、夜だ。なので、君達は夕方のうちに、すべての戦闘を終わらせてくれ。頼んだぞ、灼滅者」


    参加者
    宮瀬・冬人(イノセントキラー・d01830)
    皆守・幸太郎(カゲロウ・d02095)
    室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)
    鏑木・カンナ(疾駆者・d04682)
    夕凪・真琴(優しい光風・d11900)
    朱屋・雄斗(黒犬・d17629)
    愛宕・時雨(小学生神薙使い・d22505)
    リーナ・ラシュフォード(サイネリア・d28126)

    ■リプレイ

    ●1
     眩い橙に耀く空の下、秋の虫だけが静かにないている。じきに空は赤く染まり、街は闇に沈んでいく。さすればこの無人の屋敷は影の深さを増すだろう。
    「お邪魔しまーす……」
     鏑木・カンナ(疾駆者・d04682)が、荒れた庭にそろりと足を踏み入れた。館の主人の末路は聞いているが、それでも、だからこそ礼は尽くす。仲間達も彼女に倣い、一礼して後へ続いた。
     返事は無い。
     代わりに、猫の声がした。
     喉の奥から絞り出すような、低くしわがれた唸り声。猫が怒る時の声だと宮瀬・冬人(イノセントキラー・d01830)にはすぐわかった。即時戦場内の音を断ち、庭を見回す。
     朱屋・雄斗(黒犬・d17629)が鋭い双眸で『それ』を見ていた。伸びた雑草の間から、黒い塊が身を屈めて迫ってくる。猟犬のように威圧的な雄斗の巨躯にも、何ら怖じることはない。
     普段の雄斗なら、動物相手に表情を緩めたのかもしれない。だが彼の唇は固く結ばれたままだ。
     夕陽の橙を宿し、ぎらぎらと輝く猫の眼。
     心の通わない怪物の眼だ。
    「猫達はまだ生きられたのに、一体どうしてこんな……」
     冬人の呟きには無念の思いが滲んでいた。人避けの殺界を張った皆守・幸太郎(カゲロウ・d02095)は帽子を深く被ると、先んじて武器の封印を解く。
    「……何で他に餌を探しに行かなかった」
     猫は三日で恩を忘れるというのに、この黒猫は、まるで館を守っているかのようだ。老婆と過ごした時間がそれほど大切だったのか。
     その果てが、これか。
     赤い首輪の猫達は一際強く喉を鳴らすと、鋭い爪をかざし幸太郎達へ飛びかかる。
    「ハヤテ、皆を護って」
     カンナと、ライドキャリバーのハヤテが前へ出た。己の腕で爪を受け、カンナは素早く後退する。助走からの跳躍で赤い首輪の猫を飛び越え、奥にいた青い首輪の猫に痛烈なストンピングを浴びせた。たちまち炎上する猫を見ながら、カンナは軽い溜息を吐く。
    「……気が重いわぁ」
     手加減はしないと決めた。けれど先立たれ、利用され、狩られる猫達はあまりにも可哀想だ。猫の脚を長い穂先の槍で貫き、幸太郎は答える。
    「たまに思う。『こういう形でしか会えなかったのか』ってな」
     一匹目は室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)の槍で力尽きた。突き刺した手応えがひどく重い。気持ちに整理をつけ、背筋を伸ばして矢面に立つカンナを見ていると、少しほっとする。
     残る青の猫が、前衛達を責めたてるように激しく鳴いた。その声を聞くと、首を括られるような心地がする。

     なんでこんな事をする。
     仲間を返せ。
     香乃果の掌に汗が滲む。苦しい。息が詰まる。

     その時、優しく暖かい風が庭を吹きぬけた。幻聴が消え、呼吸がすっと楽になる。
    「おばあさんも猫さん達がこんな事をするのは望んでないはずです。だから、そんな事になる前に止めてあげましょう」
     茜さす空を背に、夕凪・真琴(優しい光風・d11900)が柔らかく笑む。一途に光を信じる真琴の穢れない眼差しは、闇の向こうにあるかすかな希望を見すえていた。
    「光と風が、きっとおばあさんの悲しい声を私達に届けてくれたんだって、私は思います」
     再び鳴き声が奏でられたが、今度はリーナ・ラシュフォード(サイネリア・d28126)がそれを受けた。霊犬のちこが円らな瞳で主人の心を癒す。
    「この子たち、お婆さんの飼っていた猫さん、なんだよね。悲しいよね……でも、うん。まずは目の前の事に集中して頑張ろう!」
     悲しいからこそ、こんな事件はもう起こさせない。前向きなリーナらしく考えを切り替え、仲間を呪詛から護る盾を張る。皆も暗い気持ちに蝕まれないよう、精一杯の明るい笑顔で。
     敵の攻撃への備えは万全だ。羅刹の力を宿した雄斗の脚は防御を砕き、冬人の氷の魔法がじわじわと体力を削っていく。やがて愛宕・時雨(小学生神薙使い・d22505)の放った爆炎の弾丸が、赤い首輪の猫を倒した。
     ペッパーミルを模した銃を担ぎ、時雨は小生意気な笑みを向ける。つんとした態度、小柄な体躯に黒の髪。残る一匹を見つめる少年の眼は、どこか黒猫に似ている。
    「人のいない屋敷は楽しいかい? やっぱり、人間とあそぶほうが楽しいだろう? さあ、おいでよ。僕らがあそんであげようじゃないか」
     狂犬の如く向かってきた最後の猫もねじ伏せる。前衛を中心に多少の傷は負ったが、心霊手術が必要な程ではないようだ。10分間の休憩をとり、猫の遺骸を安置すると、一行は館へと歩きだした。

    ●2
     電気を止められた館の内部は薄暗く、辛うじてさしている夕日のみでは、少々光源が心許ない。各々持参した照明を手に進み、問題の部屋の前に立つ。
    「……早く扉を開けてくれ。開けられないなら、僕が開けてあげ」
     時雨がそう言いかけた時、雄斗が無言で扉を開いた。時雨は唇をとがらせ彼を一瞥すると、つかつかと部屋に踏みこんだ。皆が次々と部屋に入る中、香乃果は二の足を踏む。
     悲しい場所。
     胸の痛みは消えない。それでも決心し、一歩を踏み出した。
     そこは寝室だった。寝巻姿の遺体が、寝台にもたれかかったまま白骨化している。病死か。受話器の外れた電話がある。なんと言っていいかわからず、皆黙っていた。
    「独りの末路、ね。まあ、僕の知ったことじゃないが……」
     ちりん。
     時雨の眼が、寝台の下から這い出てきた猫達に向けられる。主人に危害を加える気はないと幸太郎は言ったが、言葉を理解する知能はなさそうだ。
    「……猫さん達、他の広い部屋とかに誘導できないかな?」
     リーナは、冬人にこっそりと尋ねた。学園の灼滅者は狭い場所での戦い方もある程度心得ているが、遺体や部屋を荒らす可能性は皆が心配していた。
    「いい案だと思うけど、あまりここから離れてくれそうにないね。大丈夫、日頃の鍛錬を信じて頑張ろう」
    「……うん。やってみるね!」
    「そう、僕達はやるべきことをやるだけだ。『さあ、遊ぼうか』!」
     決め台詞とともに、時雨は能力を開放した。一際大きな鈴の首輪の猫が、蠢く影へ濁った唸り声をあげる。
     後衛の真琴めがけ、放たれた真空刃の道筋をハヤテが遮った。時雨の影から生まれた蜂は青い首輪の猫へ飛びかかり、その身を貪る。先程と同じく、まずは青から潰す作戦だ。
     前脚に幸太郎の槍を受け、青の猫はよろめいた。そしてまた、あの責めたてるような鳴き声をあげる。カンナとリーナは猫の前に立ちはだかり、その声を受け止めた。
     傷を負った青の猫めがけ、香乃果は槍を突いたが、穂先が到達する前に赤い首輪の猫が飛びかかってきた。鋭い穂先を体に食いこませながら、猫はなお槍にしがみついている。
    「カンナさん、今のうちに鈴の子を」
    「了解。夕凪は傷のフォロー頼むわね」
    「はい。気をつけてくださいです」
     香乃果と格闘している赤の猫をかわし、カンナは鈴の猫へ縛霊手を叩きつけた。霊力の網がボスの動きを鈍らせる。真琴が祈るように両の手を組むと、廊下の奥から澄んだ風が吹き抜けてきた。暖かな風は仲間を癒し、澱んだ空気を外へ追いやっていく。
     体制を立て直した青の猫を、冬人の操る影の鎖が蛇のように追う。右へ左へ追跡をかわす猫めがけ、雄斗が鬼の腕をふるう。――テーブルの下へ逃げ込まれた。老婆や建物を傷つけぬよう気を配りながら、灼滅者たちは眷属を追いつめていく。
     やがて、鋭さを増した香乃果の聖剣が青の猫の喉を貫いた。
     猫は、眠るように床に身を横たえた。剣は穢された魂のみを静かに砕き、『殺した』という手応えはない。香乃果は、物言わぬ老婆のほうにちらと目をやる。
     猫達を残して死ぬ時、心配だったろう。残されたこの猫達だって、きっと淋しかったろう。
     目の前を、赤首輪の猫が何かに憑かれたように駆けぬけた。
     カンナにはりつかれ、動けずにいる仲間の元へ向かったのだ。蹴られ、殴られ、轢かれて、黒い毛が火達磨にかわっていく。日没未満の薄闇のなか、燃える炎だけがあざやかだ。
    「……どうして間に合わないの……」
     香乃果は、その時ばかりは声を殺して泣いた。
     生前に出会えたら。
     たったそれだけで、全ては変わったのに。

     傷つきながら、赤の猫は防御に徹して長く耐えた。そんな中幸太郎の杖が鋭く振り抜かれ、猫の額を直撃した。割れた額に魔力が注ぎこまれ、暴発を起こす。それは致命的な一撃だった。
     冬人は、己の影に目を落とす。
     血溜まりの色をした半身も、今日は心なしか元気がない。冬人は聖剣を非物質へ変えると、痛みにのたうつ赤の猫へ静かに突き立てた。
    「ごめんね。せめて、安らかに」
     焼け爛れた体に刃先が吸い込まれていく。歓びはなく、ひどく凪いだ心持ちだった。赤の猫もまた眠るように事切れ、残るは鈴の猫のみだ。
     ……ちりん。
     低い唸りをあげ、最後の一匹が飛びかかってきた。鋭い爪がリーナの胴を一文字に裂き、床に血が滴る。リーナの傷は深く、苦痛が表情に滲んでいたが、彼女は耐え忍び自ら傷を癒す。最後まで主人を支えるべく、ちこも寄り添う。
     牽制を続けていたカンナの両脚も、猫の爪痕が刻まれ血に染まっていた。けれど彼女は凛としてその脚を振りぬく。ここに至るまでにボスへ与えた傷も、けして浅くない。
     皆が攻撃を畳み掛けると、回復に徹していた真琴も勝機を察し、指先に光を集めた。
    「ごめんなさい、でも他の人を傷つけて欲しくないから……」
     その光条が猫を癒すことはない。雄斗は部屋の端まで下がって助走をつけると、炎を纏った靴で黒猫の腹部を蹴り上げた。黒猫はボールのように飛び、天井に頭を打つと、落ちてぐったりと動かなくなる。
     老婆はきっと、寂しくて猫を飼い始めたのだろう。
     猫と一緒にいて、その寂しさは紛れたのだろうか。それとも……わからない。
     ただ、雄斗もなんとなく思うのだ。一人で逝ってしまったことは、きっと悔やんでいるだろうと。
     動物が好きなら来るな、と言われた。
     でも、好きだからこそ、老婆の想いがわかるのだ。辛くても、送りたいと――手を挙げた者達がいる。
    「そっちでまた、仲良く暮らしてくれることを祈る」
     雄斗は一言そういった。時雨の影の蔦がするすると伸び、揺り籠を編むように黒猫の体を包んでいく。
    「いきなよ。幸せの黒猫が、眷属なんかとして利用されるものじゃない」
     行きなよ。
     生きなよ。
     その囁きはいつもより優しく、そして哀しい。影の中からなー、と、声がした気がした。

     全く荒らさないという訳にはいかなかったが、注意の成果はあった。皆の協力でほぼ元通りに片付いた寝室を、時雨は満足気に眺める。これが、老婆へのせめてもの礼儀というものだ。
    「よくやったな。キミたちはなかなか見所がある」
     これは時雨なりに褒めたつもりなのだろう。皆がくすりと笑うと、彼は拗ねた顔をした。そんな中、幸太郎は遺体を安置しようと動く。
    「幸太郎さん、私も手伝いま……」
     言いかけ、香乃果ははっとする。常に気の無い幸太郎の眼が、その時はなにか並ならぬ意志を宿しているように見えたのだ。
     寝台に寝かされた遺体の手を、香乃果が胸元で含掌させる。カンナが小さく十字を切り、最後にリーナが手向けの舞いを捧げた。
     心を籠めてステップを踏むリーナの姿は、皆の掲げた照明に照らされ、幾重もの影となって壁を舞った。黄泉の使者が老婆を連れゆくような、悲しく、美しい幻だった。
    「キミの猫たちは、キミのところへ行けたかい?」
     時雨が問う。
     真琴も、雄斗も、リーナも願う。空の上では猫に囲まれて、どうか幸せに――。
     寝室を後にする時、冬人は黒猫の遺体を大事に抱えていた。庭に簡単な墓を作るようだ。
    「不吉だって聞く事も多いね。黒猫はむしろ人懐っこい子が多いっていわれるくらいなのに」
     遺体を撫でる冬人の手は、自らの飼う黒猫に対する時と同じように優しい。だが緑の瞳は最後まで憂いを帯びていた。
     幸太郎はひとり部屋に留まると、寝台の下に猫缶を忍ばせた。送る想いは、この館へ置いていく。あの日の煙のように、きっと空へ届くだろう。
     心配するな、バアさん。これで猫たちも……腹を空かさない。

    ●3
     夜風のふく館前の坂を、制服姿の少女が早足にのぼってくる。館の前にたまる学生達の前を、少女は一度素通りしようとした。
    「婆さん、ひょっとしたら亡くなったのかもな……」
     しかし雄斗がそう呟くと、足を止め引き返してきた。
    「……何かあったんですか?」
    「この洋館のお婆さん、姿が見えないので警察が調べるみたいですよ」
     香乃果がそう言うと、少女の顔がさっと青くなった。警察には実際先程通報を入れている。真琴も館を見あげ、呟く。
    「亡くなられたならお参りとかしてあげたいですね……あ、そこ、飼っていた猫さんのお墓みたいなんです」
     二人は黒猫に特別な想いがあるのだろう。皆で作った墓の前には冬人と時雨がまだしゃがみこみ、花を植えていた。そこへ駆けよると、真琴は微笑んで少女を手招きする。
    「お祈りしてるんです。あなたも一緒にどうですか?」
     少女は茫然としていたが、やがて無言で頷き墓前に立った。雄斗も横に立ち、口中で小さく経を唱える。最初ただ何事か祈っていた少女は、やがて堰を切ったように泣き始めた。
    「大丈夫?」
    「……ごめんなさいっ。何でもない……何でもないですっ」
     心配で声をかけたリーナの手を振りほどき、少女は泣きながら帰り道の坂を駆け上がっていった。その背を見送りながら、カンナは呟く。
    「……心配ね。彼女、気に病まないかしら」
    「私、余計なことしてしまったでしょうか」
     戸惑う真琴の言葉に、香乃果はそんな事ないと首を振る。
    「私も思ったんです……私達以外にも、誰かに覚えていて欲しいって。我儘かもしれませんけど……孤独の中で死んだお婆さんが、そのまま忘却されるのは哀し過ぎるから……」
     せきとめている想いが溢れそうで、香乃果は空を仰ぐ。すっかり闇へ消えた少女のほうを見たまま、幸太郎は誰にともなく言う。
    「何かを忘れる代わりに、何かを覚えて人は成長していく。いいか悪いが知らないが、それが『大人になる』ことだ」
     傷ついて、今は辛くても。何かを伝える事で、何かが忘れられずにいられるならば――それは多分、悪い事ではないんだろう。皆の言葉を聞き、カンナも漸くすっきりした顔で笑った。
    「そうね。楽しかった思い出も、悲しかった思い出も、大事にしてあげて欲しいわね。亡くなった方の為にも。……そうだ皆、飲む? この喫茶店『黒猫』って名前なの」
     カンナに差し出されたテイクアウトの珈琲を、幸太郎は断りきれずに受け取った。缶でない珈琲はやはり苦いが、今はむしろ丁度いい。
     痛みも苦しみも内包し、少年少女はまたひとつ大人になる。
     忘れない。
     彼女も、私達も、貴方の爪痕をかかえて生きていく。
     黒に染まる館にもう灯りはともらない。けれど祈るように、そう信じていた。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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