寄る辺なき拳

    作者:鏑木凛

     突き抜けるような青の下を走る。頬を撫でる風は、新しい季節の匂いがした。
     通した袖は目の覚めるような白。気持ちを引き締めてくれる。もっと強くなれる気がして、空手着姿の少年――火燈・朱彦は、ひとり自然公園の中を駆け抜けていた。
     やがて、平和な公園に似つかわしくない集団を見つける。背丈のある五人組に囲まれた、大人しそうな少年の姿。木の幹に背を押し付けて、彼は鞄から財布を取り出していた。
     それを見た瞬間、道衣の下で肌が震える。朱彦は自身でも気づかぬうちに、地を蹴っていた。
    「さーて、今日は幾らかなーっと」
     財布を奪おうとした彼ら目がけて、朱彦は叫ぶ。やめろ、と。喉が張り裂けんばかりに。
     忌々しげに眉を寄せ振り向いた五人組は、一瞬きょとんとした後、下卑た笑いを漏らす。
    「ぁンだよそのカッコぉ? 空手の特訓中かぁ?」
    「大丈夫大丈夫、お兄ちゃんたちは遊んでるだけだからさー」
     朱彦の拳が震える。けれど足は竦まない。だから朱彦は、ぐっと肘を引いた。
    「なんでそうやって! へーきでとってくんだ!!」
     突進した朱彦の拳が、巨体に入る。悲鳴も絶叫もなかった。風を切る音と共に地が揺れ、気づいたときには、不自然な体勢で巨体が倒れていた。吐いた多量の鮮血で、辺りを朱に染めて。
     朱彦自身、拳を突きだしたまま固まってしまう。
     錆びついた匂いが鼻腔をくすぐって漸く、誰もが我に返った。困惑に充ちた言葉を溢れさせて、五人組だった少年たちは、一目散に逃げ出す。
     穏やかな公園に静寂がかえった。
     腰を抜かしたらしい大人しそうな少年へ、朱彦は瞳を不安げに揺らしながら近づく。
    「……あ、の、おれ……」
    「ひっ!? こ、来ないでくれ!」
     しかし助けたはずの相手から朱彦へ放たれたのは――拒絶と恐怖。
    「殺さ、ないで……っ!」
     自分の頭を守るように、少年は縮こまって震えだす。
     朱彦の中で、さっと何かが引いていく。だから少年に背を向け、駆けだした。
     どうして、なんでこんなことに。そう何度も胸の内で問いながら。
     
     ダークネスにまだなりきっていない少年がいる。
     狩谷・睦(中学生エクスブレイン・dn0106)は開口一番、そう告げた。
    「……遺ってるんだよ。火燈くんには、まだ」
     人間としての意識が。
     本来、闇堕ちするとすぐに人間の意識は掻き消えてしまう。だが火燈・朱彦は違った。ダークネスの力を持ちながら、ダークネスになりきっていない。もちろん放っておけば、完全にダークネスと化す。
     彼が灼滅者の素質を持つ者であれば、倒すことで救い出せるだろう。反対に、完全なダークネスになってしまうようであれば、一刻も早く灼滅する必要がある。
    「不良からカツアゲされていた中学生を助けようとして、闇堕ちしたんだよ」
     朱彦は、正義感に溢れた小学五年生だ。
     不良へ飛びかかったのを機に、闇堕ちしてしまったらしい。突然の闇堕ちに、力のコントロールも侭ならず、不良の一人に重傷を負わせてしまった。
     睦はそこで、難しげに眉根を寄せる。
    「今までの、一般人が闇堕ちする事件とは少し違うようだね。何か、裏があるのかも」
     事件の背後は、しかし今は見えない。
     だからこそ今回は、きっちり事件を片づけてくることに専念してほしいと、睦は付け足した。
    「火燈くんとの接触は、事件を起こした直後になるよ」
     自然公園は広大だ。整えられた歩道もあるが、灼滅者が朱彦と遭遇するのに適しているのは、開けた原っぱだ。戦いにおいて、障害となるものは無い。
    「君たちは、逃げてくる四人の不良とすれ違う形で、火燈くんを待ち構えてね」
     逃げることに必死な不良たちは、そのまま行かせてあげるのが一番だ。守る必要はない。
     その代わり、向かってくる朱彦に、全力で挑む必要がある。
    「彼はストリートファイターのサイキックと、バトルオーラのサイキックを使うよ」
     見慣れた技ではあるだろう。しかし、油断は禁物だ。強敵であることに変わりはないのだから。
     闇堕ちしたばかりの彼は、半ば錯乱状態に陥っている。
     戸惑いや恐怖にも苛まれた彼は、適切な言葉をかけてあげなければ、あっという間に完全なダークネスへと変貌してしまうだろう。
    「踏み止まらせてあげてね。完全に、ダークネスになっちゃう前に」
     睦は最後に薄らと微笑んで、灼滅者たちを見送った。


    参加者
    ミケ・ドール(凍れる白雪・d00803)
    フィズィ・デュール(麺道四段・d02661)
    園城・瑞鳥(フレイムイーター・d11722)
    ヒオ・スノゥフレーク(雪のかけら・d15042)
    英田・鴇臣(拳で語らず・d19327)
    津島・陽太(ダイヤの原石・d20788)
    姫川・小麦(夢の中のコンフェクショナリー・d23102)
    宮野・連(台風でも炎の武術家・d27306)

    ■リプレイ


     火燈・朱彦の足は止まらない。
     自らが起こした凄惨な状況を振り返りもせず、澄み切った秋晴れの下を只管に走る。平穏な公園の中を。
     そんな彼の足を一度止めさせたのは、八人の若者だ。駆け抜けることを阻むように、彼らは朱彦を出迎える。
     大きく息を吸い込んだ津島・陽太(ダイヤの原石・d20788)は、鼻腔をくすぐる空気の冷たさを紛らわせようと、大きく口を開いた。
    「僕たちは君の味方です!」
     人懐こそうな瞳を輝かせて、陽太が叫んだ。
    「だから、耳を傾けて戦ってください!」
     突然の味方宣言に冷静さを取り戻せるはずもなく、言葉にならない奇声を発しながら朱彦が突進してくる。
     少しばかり乱れた頭を搔いて、宮野・連(台風でも炎の武術家・d27306)が肩を竦めた。急にそんな力に目覚めれば、驚くのも無理はないと、連を始め灼滅者は皆一様に思っている。だからこそ立ちはだかっていた。
    「うわあぁあ! どいて、どいてよおぉ!」
     勢いで退いてくれるとでも思ったのだろうか。突っ込んでくる朱彦を前に、しかし灼滅者は誰一人として道を開けない。
     思わず出した朱彦の手が、胸元にスペードのスートを浮かべたミケ・ドール(凍れる白雪・d00803)を殴打した。鋼鉄の拳がミケを叩く。一瞬、朱彦は目を大きく見開いた。
    「常套句しか浮かばないけど……」
     ミケは痛みを顔に出さず、薄氷のように静かに、淡々と音を紡ぐ。
    「……キミは悪くないよ?」
     眼前でそれを囁かれた朱彦は、何事か堪えるように声を殺し、かぶりを振る。
     青ざめた朱彦の顔色を見て、英田・鴇臣(拳で語らず・d19327)は苦々しく唇を引き結んだ。緋色を帯びた一撃を加えながら、鴇臣は朱彦の顔を覗き込んだ。びくりと朱彦が震える。
     ――火燈は、真面目に頑張っていただけだろうに。
     沸き起こる怒りは、元凶に対してだ。鴇臣の瞳に映った少年の日常を狂わせた、裏の存在へのもの。秘める鴇臣の情熱を示したかのように、緋色のオーラが朱彦へと食らいつく。
     攻撃の波を留めさせないまま、陽太の槍を螺旋のごとく捻り、朱彦を抉った。
    「負けちゃだめだ! そっちに進んだら、二度と両親や友達に会えなくなりますよ!」
     陽太の言葉にも、朱彦は頭を横に振るばかりで。
     闘気を雷へと変換し、フィズィ・デュール(麺道四段・d02661)はそんな朱彦へ殴りかかる。解らないのであれば教えてあげればいい。朱彦の瞳をじっと見つめ、フィズィは揺るがぬ信念のままに口を開く。
    「戸惑うのも分かります。しかし……」
     雷を纏う拳が、朱彦の頬を叩く。僅かによろめいた朱彦は、尚も苦痛にではなく不安と恐怖の表情のままだった。だからフィズィはこう告げる。
    「今貴方がすべきことは、その力を恐れるのではなく、自らのものとして御すること」
     ひっ、と朱彦が悲鳴を飲み込んだ。そして、いやだ、いやだよ、と小声で繰り返す。
     闇に堕ちた彼を前にして、姫川・小麦(夢の中のコンフェクショナリー・d23102)が小さく拳を握りしめ、掲げた。
     ――朱彦おにいちゃん、ぜったいにたすけたいの。
     嘗ての記憶を呼び起こし、小麦は瞼を伏せた。掲げた掌から、癒しの矢がヒオ・スノゥフレーク(雪のかけら・d15042)の元へと飛び立つ。
     闇堕ちから救われた経験があるからこそ、小麦の脳裏に浮かぶのはただ一つ。目の前の彼を救うこと。それだけだった。
    「まぁ、安心しろ。俺らもお前と似たようなもんだ」
     連は噴出させた炎を武器へ宿して、見せつけるかのように突き出す。耳で聞くのとは違う意味で、わかりやすい異能だ。自分たちもまた同類なのだと証明するのには充分だった。
     な、と問いかけるように連が朱彦を見遣る。するとライドキャリバーのカリバーが、呼応したかのように駆動音を唸らせた。だが朱彦の顔色は変わらない。
    「朱彦ちゃん。えっと、何のために拳を振り上げたのか、思い出してくだせぇ」
     ヒオの訴えにも、彼は震えるばかりだ。彼を襲った負の感情は、容易く拭えるものでは無いのだろう。
    「無理はないですよ。強すぎる力には、驚くもんです! でもその、だから……」
     大げさな身振り手振りで、拙いながら、日本語で懸命に伝えようとするヒオ。仲間たちも彼女の様子を見守っていた。ふと朱彦へ視線を移したところで鴇臣は首を傾ぐ。あたふたしたヒオの動きを目の当たりにしたためか、朱彦からは、混乱状態が僅かにだが薄れているように感じた。
     それでもまだ、心の整理は微塵も出来ていないのだろう。
     どっか行ってよ、と悲鳴にも近い叫び声を零しながら、朱彦がヒオへ飛びかかる。拳に集束した気の力が、ヒオの身へと連続で打ちつけられた。
     園城・瑞鳥(フレイムイーター・d11722)は右手に槍を握りしめる。駆けだした瑞鳥の左手はハンマーを引きずり、轟音を立てて軌跡を描く。驚いたように意識を瑞鳥へ向けた朱彦に向かって、瑞鳥が贈るのは螺穿槍だ。
    「一人ではないんだ」
     端的な言葉に、想いを乗せて。
    「同じ力を、正しき心を持つ我々がそばにいる」
     全身でぶつかっていくように、瑞鳥は槍を渾身の力で突き出した。力に、衝動に飲み込まれそうになる朱彦を助ける意志を、燃え上がる瞳に秘めて。
     驚異的な力をまざまざと見せつけられた朱彦が、ぐっと何かを堪えたのが、灼滅者たちには見えた。想いを吐き出すのを躊躇ったのだろう。自分も灼滅者たちと同じ世界に生きる者なのだと、朱彦は漸く知ったのかもしれない。
     だからこそ、彼の脳裏に浮かぶ――助けた相手の、表情と言葉。
    「おれ、おれは……」
     朱彦が精一杯、声を振り絞る。
    「おれは、そっちになんか、いきたくない……いきたくないんだ!!」
     彼が通した袖の白さとは真逆に。
     暗い暗い闇が、朱彦の胸に沈み込む。


     火燈・朱彦の恐怖は止まらない。
     自らの手により傷ついた者がいて、そんな自分を恐れた者がいた。天高くそびえる青空の下であろうと、最初の頃より多少冷静さを取り戻せたとしても、彼が体験した事実は曲がらない。
     影を宿したエアシューズで、ミケが朱彦へ蹴りを入れた後、打ちこんでごらん、と構え直した。美しく、鋭利に響くソプラノボイスで。
    「私は、あの男のように簡単に吹っ飛ばされたりしないよ?」
     胸を張ったミケの誘いに、しかし朱彦は応じない。ただ立ち止まることもせず、有り余る気の力を放出したまま地を蹴った。
    「おいおいおい、何処へいく?」
     連の握った剣から、破邪の光が放たれる。食らわせた斬撃に気を取られ、朱彦は走るのをやめた。連は、にっと口角を上げる。
    「もうちっと付き合えって」
    「……来ないでって、いわれたんだ」
    「あ?」
     長身の連にも物怖じせず、朱彦が唇を震わせた。
    「殺さないでって! いわれたんだ!」
     あの状況下で吐き出された言葉を、彼は飲み込んでいた。あるがままに。
     瑞鳥が問う。だから離れようとしたのか、と。しかし朱彦は答えず、畳みかけるように鴇臣が閃光百裂拳を仕掛ける。拳は相手の掌を打った。ぱしんと空気を裂く音が鳴る。
    「このまま逃げたら、人を傷つける存在になっちまう」
     喉を締め付けられるような感覚の中で、鴇臣は訴える。
    「お前の中に、人を助けたい気持ちが残ってんなら、まだ戻れる」
    「でもっ、殺さないでって……おれ……ッ」
     朱彦を闇からどうにかして引っ張り出そうと、陽太が捻りを加えた槍で突く。重い振動にぐらついたものの、すぐに体勢を整えた朱彦は、陽太めがけて抗雷撃を放つ。
     一撃を真正面から受けた陽太は、苦しむどころか、その調子です、と唇に笑みを刷いた。
    「使い方、慣れてきたみたいですね。さあ、僕達を練習台だと思って、ぶつかってきてください!」
     最後まで付き合う。そう陽太は言った。投げかけられた言葉に、朱彦の両眉が上がる。
    「律すること叶わなくば、力は無思慮な暴力へと変じます」
     フィズィの厳しい物言いに、朱彦の肩がぴくりと反応した。直後、フィズィの両手から解き放たれたのは、オーラの大砲。すんでのところで避けた朱彦に、フィズィは大きな瞳を眇めた。
    「貴方が鍛えてきた空手の技と、本質は変わりません」
     自分が胴着姿だったことを思い出したのだろうか。朱彦は自らの服を掴み、ぐしゃりと握り寄せた。その仕草を見たフィズィは、恐れずに制するようにと促す。
     頭上高く、一筋の光が走った。矢だ。小麦が放った矢は陽太を射抜き、癒しをもたらす。
     ――いまはちょっといたくしちゃうけど。
     ちらりと、小麦は朱彦を一瞥した。
     ――朱彦おにいちゃんが朱彦おにいちゃんのままでいるためだから。
     幼い少女の祈りは矢となり、着実に仲間の背を押していく。
     小麦の視界の片隅で、白光が走った。連が起こした強烈な斬撃はしかし、朱彦に避けられてしまう。仕返しとばかりに朱彦が放ったのはオーラキャノンだ。懐を貫いた一撃に、連は一瞬よろめきかけて、耐え抜く。噛んだ苦みを飲み込んで、効果が低かったかのようににやりと笑ってみせた。
    「その力に……恐れることはねぇ」
     そうです、と連の想いに言葉を繋げたのはヒオだ。拳に集わせた気の力で朱彦へ殴りかかる。
    「誰かを守るために振り上げた拳。わりーことじゃありません」
     大きなリボンを兎の耳のように揺らして、ヒオは自分の拳を受け止めた朱彦へ、真っ直ぐに告げた。すると、迷いの色が朱彦の顔を染めた。
     不意に、大きな影が朱彦へと覆い被さる。弧を描いて接近してきた瑞鳥のものだ。遠心力を乗せた一振りが、朱彦を叩く。
     うふふ、と戦場に不釣合いな笑みが落ちた。視線がミケへ寄せられる。
     ――久しぶりに生身の人間と戦えてる。
     人形を思わせる顔立ちをしたミケの胸の内など知る由もなく、仲間たちは不思議がった。そんなミケの手元を離れ、非物質化した刃が朱彦を斬る。
     その間にも、鴇臣の紅蓮を纏った一太刀が続いていた。
    「安心しろ、そこから救い出してやるぜ!」
     なんで、と朱彦が問う。
    「なんでそうやって、へーきで……ッ!」
     だから陽太は、彼の不安ごと打ち砕くように凄まじい連打を入れた。
    「僕も、こうやって助けてもらったんですよ」
     常の声とは異なる、心細さに染み入る柔らかさで話し、陽太は笑った。話を耳にした瑞鳥も頷く。瑞鳥もまた、救われたことのある身だ。勢いよく突き出した槍へ、瑞鳥は意志を乗せる。
     後退った朱彦は瞳を彷徨わせた。そんな彼を、形が甘い、とフィズィが叱りつける。狙いを定めた朱彦の鋼鉄の拳が、そんなフィズィへ向かう。
    「まだ恐れで振り回している!」
     まるで師匠のように堂々と立ったフィズィは、これが見本だとばかりに閃光百裂拳をお見舞いした。
     激しい音が鳴りやまぬ中、小麦の矢が連を癒す。そしてくるりと振り向き、彼女は小首を傾げた。
    「朱彦おにいちゃん、あいてのおにいちゃんをけがさせちゃったからじぶんがこわいの?」
     純粋な質問があまりに真っ直ぐで、朱彦はすぐに答えることができなかった。
    「小麦ね、そんな朱彦おにいちゃんでもこわいっておもわないの」
    「えっ……?」
     思いがけない言葉だったのだろうか。朱彦が固まった。
     その隙へ踏み込んだのは連だ。彼がレーヴァテインで赤き残像を落とした直後、ヒオの手元から得物が姿を晦ませる。見ず知らずの誰かのために頑張れることは素晴らしいと、ヒオは尊敬の色を顔に映して。
    「そんな朱彦ちゃんに、返して貰うですよ! 朱彦ちゃん自身を!」
     消えたヒオの得物が、朱彦を内側から崩す。
     足元が覚束なくなってきた朱彦を視界に捉え、ミケは静かに彼の死角へと回り込む。
    「キミは強い子だね」
     弱気を見捨てなかった勇気を讃えるかのように、身を守るものごと引き裂く。
    「その勇気は、キミ自身のものだ」
     そう告げたミケが見遣ると、朱彦の視線は定まっていた。しっかり受け止めてやると宣言した鴇臣へと、踏み込む。閃光轟く連撃を朱彦が加えれば、すかさず小麦の癒しの矢が鴇臣を支え、そして。朱彦と同じ技で、鴇臣は戦いに終止符を打った。
     短くも長い、闇との戦いに。


    「手合せ感謝」
     フィズィは倒れた朱彦へと一礼をした。一度倒れたものの、朱彦は朱彦のまま、そこにいる。免れたのだ。完全に、ダークネスとなるのを。
     自力ではすぐに立ち上がれない朱彦を、ミケが引っ張り起こす。
    「不良から助けようとして、か。なかなかカッコイイことするじゃねぇの」
     鴇臣の言葉に、朱彦が頬を搔いた。続けて彼へ投げたのは、よく頑張ったなという労いの言葉で。
    「朱彦。一緒に、力の使い方を決めていきましょう?」
     ヒオの言葉に朱彦は首を傾ぐ。武蔵坂学園の存在を、灼滅者たちは漸く説明するに至る。
    「小麦といっしょに、がっこうへいってほしいの」
     小麦の誘いに、落ち着いたら考えてみるよ、と疲れの残る笑顔で朱彦は答えた。不安げに顔を覗き込む小麦へ、朱彦は困ったように眉尻をさげる。
    「ちゃんと知ることができたから。使い方。だからもう、あんなことは言わせないよ、おれ」
     静かに、自分が走ってきた道を朱彦が振り返る。その先で投げられた言葉を、表情を、反芻しているのかもしれない。
    「そういや、声を聴いたとか、誰かを見たりしなかった?」
     陽太の問いに、朱彦はこめかみを押さえ、瞼を伏せた。
    「……誰かに呼ばれてた、気は、する」
     灼滅者たちが、顔を見合わせる。
    「あとちょっと……時間が経ってたら、はっきりした、かも。でももう、今は……」
    「大丈夫です。ありがとうございます」
     瑞鳥が苦しげな朱彦の背を支えながら、制止した。
     深まる謎は彼らの前に続く道の上を、転がりゆく。姿なきそれの正体をまだ知ることは無いが、彼らの拳は、ひとりの少年を闇から救い上げた。
     薄く微笑む朱彦の姿が、ここにはある。今は、それだけで充分だった。

    作者:鏑木凛 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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