潮騒に咽ぶ

    作者:菖蒲

    ●situation
     潮騒の音がする。聞き慣れたそれが海島・汐は大好きだった。
     磯の香りが鼻を擽る。嗅ぎ慣れたそれが海島・汐は大好きだった。
     大好きだったはずのそれが、今は――大嫌いだった。

    「――どうして、だよ……」
     漁師だった祖父を喪うことになったのはこの海の所為だった。運が悪かったのだと大人は言う。小さな町の、ちょっとした事件。町の中では随分と噂になったものだった。

     ――汐君、可哀想に。おじいちゃんの事好きだったものね……。
     ――汐君、大丈夫? 辛い事があったら、言っていいんだよ。

     それは優しさからくる言葉だったのだと思う。それでも、喪った自分の傷を抉る様で。
     どうしてそんな事を言うんだろう。俺の事なんて解らない癖に。
     そんな気持ちが、胸の中を反芻した。殺してやる、と心の中に駆け巡った衝動が気持ち悪かった。嵐の日に、漁に行くと言った祖父を止められなかった自分を誰も責めずに憐れんでいるのだとしか思えなかったのだ。
    (「俺の所為なのに……もう、じいちゃんは帰って来ないのにッ!」)
     けれど、気付いてしまったのだ。これは海と言う無形の怪物への衝動的な殺意の果て、八つ当たりなのだと。
     舌打ちと共に彼は駆けだした。誰にも見つからない所へ、心の闇を隠せる所へと。
     海は濁流の様に溢れ返った感情を抑えてはくれない。
     ぽたぽたと降り注いだ夕立が体に染みついた衝動を消してくれればいいのに。
     
    ●introduction
    「一般人が闇堕ちしてダークネスになりかけてるみたいね。衝動っていうのは心より身体を攫ってくとか言うけど……マナにはまだちょっと解らないわ」
     唇を尖らせて、不破・真鶴(中学生エクスブレイン・dn0213)は灼滅者へと告げた。
     ダークネスになりかけて居るという状態は特異だ。ダークネスとしての意識を持つ事無く、人間の意識を残した状態でダークネスの力を得てしまったと言う事だろう。しかし、人間としての意識があるということはまだ救いがある。彼が灼滅者の素養があるというならば救い出し、学校に迎え入れられたら、と真鶴は力強く言った。
    「ターゲットは海島・汐……センパイ。高校一年生だわ。明るい髪に斧を持ってる男の子が浜辺に一人で居ると思うから見つけるのは簡単だと思うの」
     頷きながら、真鶴は汐の居ると言う町の地図を机の上に広げた。
     海沿いの小さな町は最近、哀しい事件があったと伝え聞いたと付けくわえながら真鶴がトントンと地図を叩く。
    「漁師さんが亡くなったのよ。マナは又聞きだけど、海島さんという漁師さんが荒れた海に呑まれて、そのまま……。暗くなっちゃったわよね、ごめんね? でも、ここから大事よ。
     ターゲットのお祖父さんである漁師さんが亡くなった事が闇堕ちのトリガー。汐さんは海へと行き場のない殺意を抱いて、それが発散されないまま胸の中にあるみたい」
     海へ抱いた衝動的な殺意が六六六人衆へと落ちる手間という状況を作り出したのだ。
     祖父が亡くなったことで、町の住民たちが心配の言葉を掛けてくれた。その言葉は善意のものであれど祖父を亡くした事を受けとめきれずに居た少年の心を揺さぶったのだろう。
    「『どうして祖父は死んだのか』『誰のせいなのか』『みんな、何も分からない癖に』なんて、思っちゃうのも仕方ないわよね。マナだって、御爺様が居なくなったら……みんなもそうでしょ? 大事な人を喪った時は誰だって遣る瀬無いものよね」
     ぎゅ、と着物の袖を握りしめた真鶴の悲しげな金の瞳はゆっくりと揺らいだ。
    「汐さんは優しさをそう受け取れなかった。辛い思いを吐き出す所を見つけられなかったのかもしれない。皆が、自分を憐れんでいると感じたのかもしれない。
     海への行き場のない殺意を誰かに使いそうになった自分に愕然として……無くならない衝動に怯えて、逃げたの。秘密の場所に――お祖父さんが教えてくれた砂浜に」
     胸の奥に繰り返される殺戮衝動を灼滅者なら上手くいなすことが出来たのかもしれない。それでも、祖父を喪った悲しみに苛まれて大好きな海を憎んでしまった今の汐にはその衝動が怖くて堪らなかった。
    「『いってきます』って、お祖父さんが出かけて行く嵐の日、止められていたらとどれ程に汐さんや彼の両親は悔やんだのかしら。でもね、マナは思うの。亡くなった人は二度と戻らないし、悔やんだって悔やみきれないけど……」
     それって、汐さんの所為なのかしら、と囁いて。罪悪感と殺戮衝動に苛まれる彼の心を解きほぐす事が出来れば、彼は立ち直れるはずなの、と。
    「ハッピーエンドは皆の手で! マナは誰かを救える時にね、諦めるのが嫌いなの。みんなもそうであればいいなって思う」
     皆なら大丈夫と励ます様に告げ、真鶴は助けてあげてねと満面の笑みを浮かべた。


    参加者
    殿宮・千早(陰翳礼讃・d00895)
    花房・このと(パステルシュガー・d01009)
    刀狩・刃兵衛(剣客少女・d04445)
    樹・由乃(温故知森・d12219)
    桜井・かごめ(つめたいよる・d12900)
    唐都万・蓮爾(亡郷・d16912)
    遠野森・信彦(蒼狼・d18583)
    一色・紅染(料峭たる異風・d21025)

    ■リプレイ


     とっぷりと太陽を飲みこんでしまいそうな程、広大な海は赤銅色の地平線を描きながら鈍色を垂れ流して居る。
     柔らかな潮風に髪を揺らしながら、怜悧な眸を細めた殿宮・千早(陰翳礼讃・d00895)は周囲に一般人が存在しないかを確かめながらゆっくりと進んでいく。足元で無残に叩き割られた蟹が存在している事に気付き、胸が締め付けられるかのような思いを感じた花房・このと(パステルシュガー・d01009)は傍らのノノさんへと視線を移した。
    「衝動と言うものは、なんとも度し難いものですね……」
     誰に言うでもなく、このとが確かめるように告げた言葉に桜井・かごめ(つめたいよる・d12900)が眸を伏せる。チョーカーで隠した首をぐるりと一周する傷跡。まるで己に課せられた復讐と言う名前の首輪を顕す様な其の傷をほっそりとした白い指先で撫でてかごめは「本当だね」と囁いた。
    「遣る瀬なさや後悔、戸惑いが人の心を曇らすのだそうですね。きっと『彼』も――……」
     無垢なこのとは愛好する読書から得た知識を確かめるように口にして、溜め息とも取れない息を吐く。横顔を照らす夕陽の赤さに、己の殺人衝動を見た気がして刀狩・刃兵衛(剣客少女・d04445)は肩を竦めた。
    「遣る瀬ないだろうな。よりにもよって相手は海だ。『仕方ない』とはいえ、悔やみきれない部分もあるだろう」
     伸びる影を踏みしめて、ぱっくりと身体を割られた蟹が波へと飲み込まれて攫われる。そんな様子でさえも大自然と言う無情な存在を嫌でも思い知らされる気がして刃兵衛は朱塗りの鞘の感覚を、慣れ親しんだその武骨な感触を確かめた。
    「大自然だからこそ、性質が悪い」
     ハッキリと言いきれたのは、大自然に寄り添う神の言葉を聞きいれた樹・由乃(温故知森・d12219)だからこそなのだろう。怜悧な瞳は砂浜から見上げた無機質な道路沿い、町のバックに風景として存在する森を眺めている。彼女が信仰する『草神様』の加護があればと願ったのか、それともだからこそ大自然が何たるかを知って居ると実感したのかは分からない。
     青々と茂る葉が色付き落ちるのも近いこの季節。人工物から程遠く、正に大自然で作られた様な場所がそこにはあった。傷ついた木々に翅の毟られた蜻蛉が転がっている異質な空間は、前方に広がる海でその奇怪さを忘れさせるほどで――肌寒さを感じながらふるりと身体を揺らした一色・紅染(料峭たる異風・d21025)が「綺麗な、場所……」と囁いた。
     蹲り、斧を抱えた少年の背中から感じるか細さに「しようがないことだと、諦めきれなかった者」の気配を感じとり、唐都万・蓮爾(亡郷・d16912)は目を細める。業を嗅ぎ分けるようにクン、と鼻を鳴らした蓮爾の隣、たゆたうゐづみは物憂げに指を組み合わせる。
    「――どうしようもねぇって感じだな……」
     彼の様子は、彼の表情は、どんなものだろうか。遠野森・信彦(蒼狼・d18583)が皮肉気に吐き出したのは莫迦にしての事では無い。只、『このまま』ではいけないと思うから。広めた殺気は人避けを行う様に、周囲の立ち入りを禁じていく。声音さえも潮騒に掻き消される様にと紅染が音を遮断した所で、帽子に指を添え、唇だけで笑った由乃が一歩、前へと歩み出した。
    「もし、お兄さん。泳ぐにはもう寒いですよ?」


     びくり、と跳ねた肩。反射的に出たその行動は一般人のものではなく、灼滅者やダークネスに似ていると咄嗟に刃兵衛は判断する。
    「誰だよ……どうしてここをッ!?」
     吼える様に叫んだ海島・汐の血色の眸を覗きこみ、信彦が喉で笑う。彼が纏った蒼雲、胸に抱いたままの激情を発散するかのようにその鋭い眼光に光りを灯し、彼は一歩、闇に呑まれ掛けて居る一般人の前へと踏み込んだ。
    「見れば見るほどどうしようもねぇって面だな。誰を責めればいいかわからない、海を恨んだ所で消えない。……『こんな思いを、周りは、誰も、理解してくれない』ってか?」
    「どうして、」
     知ってるのか、と問う前に身体を蝕む殺戮衝動が殺せと言う様に斧を振り被る少年に咄嗟の反応を見せた刃兵衛が朱塗りの鞘を掴み、一気に風桜を引き抜いた。
     鞘が斧を受けとめ、鈍い音が響く――刹那、妖の槍を手にしたかごめが前線へと躍り出る。
     凛とした眸に灯した色は何処までも切なげで、彼の戸惑いを感じとるかのようにかごめはゆっくりと淡く色づく唇を開いた。
    「復讐心を抱えて、大きな力と闘って、ここまで一人で堪えてきたんだね。えらいな。よく、頑張ったね」
    「ッ――!?」
     殺戮衝動に血走って居た眸に浮かびあがった戸惑いをこのとは見逃さない。心に寄り添う事が出来るなら、そう祈る様に手にしたクルセイドソードを砂浜に突き立てて、「ノノさん」と隣にふわりと浮かびあがるナノナノへと声をかけた。
     ふわりと飛んだシャボン玉が目の前で弾け、驚きに瞬いた汐へと柔らかに笑いかけたこのとはスカートの裾を掴み、砂に足がとられぬ様に気を付け仲間達の後方へと移動する。
    「海島さん、大自然はひとを育むものですが、時にひとを襲う脅威になると聞きます。
     それは、海島さんが得たそのお力と同じ……沢山の一面を持つのをご存知ですか?」
     柔らかな雰囲気を持つこのとがとった説得は彼の『脅威を持った力と衝動』に対してのものだった。彼女の言葉に納得できないと首を振った汐は吼える様に前線へと飛び込んでいく。器用に指先でくるりと回したマテリアルロッド、由乃が周囲に展開した殺気が汐を覆いこむ。
    「な、何なんだよ! お前らァッ!」
    「俺達はお前を助けたい。誰にも……海にもぶつけきれないその胸の内を、その衝動を、俺達は全力を以って受けとめてやる」
     はらり、と。舞う花をその身に纏う様に千早は怜悧な眸を細めて言う。慌てふためきながらも胸の内に渦巻く真っ直ぐな思いを灼滅者へとぶつける汐に千早は岸へとぶつかる波濤を見た気がして肩を竦めた。
     冷静な皮肉屋たる自分と汐は対照的だ、と千早は感じて居た。己の所為だと思い自分を責める彼は、何処までも真っ直ぐなのだろうと、貴いのだと千早は只、一人考えた。
    「こんな事をしても祖父は生き返らない……お前も分かって居るだろう――いざ、推して参る!」
     転がった死骸を踏まぬ様に地面を踏みしめる。真っ直ぐに放った衝撃は死角から少年の脚を狙い、切り裂かんとする。刃兵衛の言葉に唇を噛み締めて、斧を握った汐がその眸に殺戮衝動を浮かべて吼えた。
    「お前らに何が分かんだよ! 街の皆から聞いたのか? じいちゃんが死んだのは、俺が、俺が……」
    「貴方の所為でも、ご両親の所為でもない事を僕達は認めます。
     止められなかった――そうは言っても天災とは無慈悲なものでせう?」
     柔らかく囁く蓮爾のシールドが汐の斧を弾く。背後でサポートを行う様に佇むゐづみは戦場を舞台であるかのように軽やかに舞い、纏う赤衣を翻した。
    「……大事な、存在、だった。それだけ、だよ。いなく、なったら、全部、嫌に、なる、よね? 悲しくて、悔しくて、周りが、色褪せて、灰色になって――誰かに、当たりたく、なって」
    「悔しくて、それで誰かを殺したいのが『当たり前』だって、言いたいのかよ……!?」
    「ううん、……君は、すごい、ね。力、振るうの、自分で、止められ、たんだね」
     異形化した巨大な腕を振るいながら紅染はやんわりと告げた。喪う悲しみは誰にも分からないのだと拒絶するのも、拒絶した相手に声を掛け続けるのも自由だと、そう認識している。
     自分は、止められなかった。護れなかった鴉の存在に、腹立たしさから惨殺しそうになったこの腕と同じ辛さを味わうことがなく済むならば――


     斧を手に、息を吐き出しながら血走った眸を向ける汐に信彦は肩を竦める。悔やんでも悔やみきれなくて、胸に抱いた衝動の侭に行動する彼の様子は、まるで駄々っ子だ。
    「人が一人亡くなったんだ。俺は爺さん知らねぇけど、その人のために哀しむ奴が居るのは良く解る。
     ……悔やんでんのは、お前だけじゃねぇんだよ。見てみろよ。俺の血は炎だ。普通じゃないだろ?」
    「炎……?」
     掠めた場所から流れ出た焔が色付いて、海の色を反射するかのように、その勢いを汐へとぶつけていく。驚愕に目を見開いた彼の前でノノさんが励ます様に信彦へと癒しを送って居る。
     その様子を何と称せばいいのだろうか。このとの言った『力の使い道』。正しく使ったのが彼らなのだとしたら――自分は、何て。
    「でも、どうしようも……無いんだよッ!」
    「ほら、また。思っている事を言わないから行き場がなくなったような面をするんです。
     何でも言ってみなさい。聞いたうえで否定されるのも悪くないと思いますよ。YesとNo。そのどちらだって素直に返しますから」
     ぐるりと回した妖の槍。放った冷気に足を止め、もがく汐の眼前へと飛び込んで、かごめが注射器で貫いた。
    「……おじい様を奪った海と、海へ向かう事を止められなかった自分が憎い?」
    「憎くないって、思わないのかよ……ッ」
    「ううん。でも、思い出して。おじい様はあの日、きっと胸を張って笑顔で『いってきます』って言ったんでしょう?
     海と闘う男として、海を愛する人として。そして、あなたは――どうしたの?」
     一歩、引いたかごめの前へと千早の影が襲い来る。花を散らす様に、砂浜の上を踊った彼の背に向けて慟哭する様に殺気が襲い来る。殺気さえも打ち払う様に紅染は小さく首を振った。
    「海島、僕より、ずっと、強い、もの、だから、大丈夫」
     だから、と懇願するように吐き出した紅染の眸に憂いが浮かび上がる。
     彼女の言葉を引き継ぐように『千早振る』――激動し、敏捷にふるまいながら千早が槍を握りしめる。前線で脚を止め、斧を握りしめる腕を震わせながら汐は唇を噛み締めた。
    「俺は、俺は……海に出て行くじいちゃんが好きだった。
     そうだよ、笑顔で送り出したんだ。嵐が来るから、気を付けてって……そこで! 止められたなら!」
    「お前の所為だと責められる方が楽になると言うなら、幾らだって弾劾してやる。
     違うだろ? そうしたところで、お前は自分を責め続け、胸に逆巻くわだかまりも解けないままだ」
     冷静に告げる千早に、戸惑いを浮かべたままに斧を振るった彼の眼前、視線が交わって由乃は怜悧な眸を細めた。
     腕を弾く。斧を取り落とした汐が眉を顰めて慟哭する。叫び声にもならない程の掠れた声に由乃は唇だけで笑った。
    「お祖父さんはリスクを知っている。その上で海に出た。わかりますか? 漁は自然との戦いです。
     真剣勝負なのです。大いなる自然とお祖父さんは真剣に戦っていた。その戦いに貴方が入る隙間などありましょうか」
    「海の怖さなんて、俺だってッ」
    「分かると言うならば、その隙間に入り込めたのかも知れませんね。入りこめなかった弱さを悔いて強くなりなさい。貴方は、もっと育つべきです」
     大自然に育て上げられた由乃は言う。冷気を纏った槍を振り翳し、彼の鬱憤を引きだす様に攻撃を重ねていく。
     槍を手に、貫きながら紅染はマイペースながらも、周囲の変化を掴み、そのポーカーフェイスを僅かに顰める。
    「君には、この景色は、いま、綺麗に、見えてる?」
    「もう、何も、見えないよ……」
    「……見えない。なら、おいで」
     刃を手に、振り翳す汐の攻撃を受けとめた蓮爾がゐづみを呼んだ。癒しを与えられ、蓮爾がじっくりと汐の動きを確かめる。
    「お爺様は、貴方が海を嫌いになれば哀しむのではありませんか。残された者に立ち止まり哀しみ続けて欲しいと思うのでしょうか?」
    「じ、じいちゃんは……」
    「汐……夕方の干満だっけな。その名前が付いた時、爺さんきっと喜んだだろうよ。
     大好きな海の名前なんだもんな。ホントは解ってるだろ? 誰もお前を責めてないし、お前に海を嫌ってほしくないんだよ」
     吼えた信彦は蒼い炎を纏ったまま突進する。真っ直ぐに、家族と自分の差を思い知った時を想いだす様に。
     自分と彼が同じなのだとそう思い、救いたいと彼は焔を思わす紅色の眸を見開いた。
    「お前の力はお前だけのものじゃない。この場の皆が持ってるんだ!
     その力は人を救うことだってできる。お前が誰かを殺しちまう前に、殺意に飲み込まれる前に!」
     手を取れと叫ぶ様に突き刺した刃の感触を刃兵衛は嫌になるほど感じている。一気に叩きこめるのだと彼女は握りしめた愛刀を放り捨てた。 
     巨大化した腕で殴りつけ、その体が転がって行くのに視線を送る。心の闇を晴らす様に、撃ち砕く様に。
    「この手でお前を救うと決めたんだ」
     だからこそ、その人斬り刀は使わなかった。命を断ちきるための道具を使うのではなく、救うための力なのだから――!


     ぜいぜいと肩で息をして、武器を取り落としたままにどうすればいいのかと呆然とした汐へとこのとが肩を竦めて柔らかく微笑んだ。
    「もう、御一人で居るのはやめませんか……?」
     砂を握りしめ、蹲った汐の前で由乃が「漁師やサーファーは海を好む派が多いですね」と囁いた。海は嵐による恩恵も多く、彼らは海に勝つ事が生きがいなのだろうと由乃は感じて居た。
    「私も死ぬなら大自然に殺されたいものですね。まぁ、まだ死ぬ気はありませんが……。
     貴方は強くならねばなりません。戦う気があるなら付いてらっしゃい。ここはもう、海の上。沈むか進むか選ばなければ溺れるだけですよ」
     帽子を抑え、潮風に髪を揺らした彼女が背を向ける。ゆっくりと歩み寄ってかごめは汐の前にしゃがみ込んだ。
    「その力は、怖い? 制御できない力は所詮は暴力だから。笑顔で見送ったお祖父さんの事を想いだして、もっと強くなろう」
     自分が、出来た様に。きっと彼だって出来る筈なのだとかごめは笑う。凛とした少女の背後、ゐづみに礼を告げた蓮爾は「貴方の力が必要なのですよ」と囁いた。殺すだけでは、この世界は余りにも残酷すぎるから。
    「俺に出来る……?」
    「大丈夫だ。今必要なのは爺さんの為に沢山泣いてやることだ。先の事なんて、これから考えりゃいい」
     信彦がぽん、と汐の頭を叩き、ゆっくりと背を向けた。波飛沫に濡れたジーンズの裾にも気を配らず。砂を掻いた少年は小声で「畜生」と繰り返した。
    「祖父の代わりにはなれないが、少しでも汐の力になりたいと思う。だから――」
    「だから、可能なら学園に来ない? きっと、貴方の哀しみに寄り添える人は沢山いる筈だから」
     しゃがみ込んだ汐の身体を抱き締めて刃兵衛が紡いだ言葉をかごめが続ける。
     潮騒の音に、太陽を飲み込んでいく海を眺めながら、この波の音が誰かの涙を飲み込めばいいと千早は思いながら、囁いた。
    「もうすぐ、夜がくるな――?」

    作者:菖蒲 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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