塩とカボスだけが友達さ

    作者:佐伯都

     炭火でじっくり、焦がさないように生の椎茸をあぶる。実りの季節を迎えた大分特産の生椎茸は、余計な手間をかけずただシンプルに炭火で焼いて塩と、やはり大分特産のカボスを絞って食べるのがいちばんだ。
     いわゆる『どんこ』と呼ばれる、香り高く肉厚の椎茸。
    「ねー知ってる? 最近、町外れの空き地で椎茸焼いてる変なおじさんがいるんだって」
    「あ、何か聞いたことあるかも。超気合い入ってて、鍋奉行みたいにOK出すまで食べちゃ駄目とかそういうの」
    「そうそう! そういえばもうすぐ椎茸の時期だよねー、ホイル焼きとかもいいなあ」
     
    ●塩とカボスだけが友達さ
     舞茸、シメジ、秋はキノコ類の美味しい季節だ。中でも椎茸は手頃にいつでも手に入る食材としてポピュラーな存在でもある。
    「大分県って椎茸が有名らしいね」
     とり天とかだんご汁とか地獄蒸しなんかも名物だそうだけど、と成宮・樹(高校生エクスブレイン・dn0159)は随分厚みが増してきたルーズリーフを開いた。
     とある大分県の住宅街のはずれ、夕暮れ時に七輪でひたすら椎茸を焼く男、もとい都市伝説が出現する。
     恐らくきのこシーズンの何やかや、にサイキックエナジーが悪さをしたのだろう。
    「何と言うかこう……ひたすら黙々と七輪で椎茸焼いてる。焼き上がった椎茸は食べられるし、食べたとしても害はない」
     しかも非常に困ったことにこの焼き椎茸、超美味い。和食の料理人が軽く自信失っちゃうくらいに美味い。
     汗と涙の努力を重ねた料理人の自信を失墜させる、極悪非道の都市伝説は断固滅ぶべし。
    「……まあ放置したとしても美味しい焼き椎茸をタダで食わせてくれる超いいひとなんだけどね、いつかおかしな真似をはじめるとも限らないから早めに対処してほしい」
     人知れず料理人のプライドを守ってあげる灼滅者超ステキ。
    「身も蓋もないけど名前もないし、仮に椎茸男とか呼んでおこうか。これから向かえば、ちょうど食べ頃に椎茸が焼きあがってると思う」
     特に危害は加えてこない相手なので、勧められるままに美味しく椎茸を堪能すればよい。ただ、椎茸男が七輪に向かっている間は手出し無用。
     もし手出ししたらその時は……とその場に集まった灼滅者達がごくりと喉を鳴らす。
    「鍋奉行ばりに味付け用の塩とかカボスとかが飛んでくると思う」
     それだけ? それだけ??
    「どっちも目に入ったら結構痛いと思うんで油断しないように」
     どちらかと言えばそんな椎茸男よりも、目の前のあつあつ椎茸のほうがよっぽどラスボスだ。主に胃とか食欲的な意味で。
    「ありがたく椎茸をごちそうになりつつ、嫌いな食材にランクインしやすいけど美味しいよねとか、出汁とりにいつも活用させてもらってますあざーっすとか、色々椎茸の美味しさを褒め称えれば満足して消滅すると思う」
     ……あ、なんかそれ少し切ない、と遠い目をした者もいるとかいないとか。
     とりあえず椎茸男にご退場いただいた後は、真っ赤な炭火が熾っている七輪で炭火焼きでも楽しめばよい。食材や箸は当然持参することになるが。
    「そういうわけでさくっと美味しく焼き椎茸、もとい炭火焼きを堪能してきたらいいと思うよ」
     ただ、とルーズリーフを閉じた樹が声を低めた。
    「少し何か嫌な予感がする。必要以上の長居はしないで、なるたけ早めに戻ってきてほしい」


    参加者
    仙道・司(へちま狂信者・d00813)
    彩瑠・さくらえ(暁闇桜・d02131)
    古樽・茉莉(百花乱武・d02219)
    刻野・晶(大学生サウンドソルジャー・d02884)
    采華・雛罌粟(モノクロム・d03800)
    柏木・イオ(鈴カステラ・d05422)
    保戸島・まぐろ(無敵艦隊・d06091)
    多鴨戸・千幻(超人幻想・d19776)

    ■リプレイ

    ●椎茸、そして椎茸
     じりじりとよく熱された焼き網の上で、椎茸が焼ける音。
     七輪の回りには、マイ箸とマイ皿を持参のうえ椎茸の焼き上がりを待つ灼滅者八名と、傍目には中年から初老にかけての年代にしか見えない寡黙な男。この男性がいわゆる人ならぬ存在だなんて、何も知らない一般人は想像もつかないだろう。
     その総勢九名が、夕暮れ時の住宅地のはずれの空き地、七輪を囲んでただひたすら椎茸が焼けるのを待っている。
     ……おかしいな額突きあわせて俺らここで何やってんのかな、と多鴨戸・千幻(超人幻想・d19776)がふと相棒のさんぽに遠い目で語りかけそうになってしまうくらいには、なかなかシュールな光景だった。概要はもちろん聞いてきたが一応依頼だし、身構えて来たというのに。
     いかにも九州男児な、ガタイの良い男がおもむろに椎茸の位置をずらす。彼こそが、たった今裏の山から椎茸採ってきました的な作業着姿の都市伝説、『椎茸男』。
     長いこと餌を前に『待て』をされている犬ってこんな感じかもしれない、と隣の柏木・イオ(鈴カステラ・d05422)を眺めながら古樽・茉莉(百花乱武・d02219)は考えた。どうかしたら頭でぴるぴる震える犬耳が見えそうな気がする。
    「……もう結構よさそうな気がするんだけど、なー。なー……?」
     探るようなイオの呟きなど全く聞こえていないような見事な無視っぷりに、仙道・司(へちま狂信者・d00813)がこそこそと呟く。
    「まだ駄目みたい」
    「やっつけ知識ですが、どんこは肉厚でジューシー、どちらかと言うと椎茸をメインにする料理に合ってるとか! まだ駄目ェ?」
     待ちきれず、思わず采華・雛罌粟(モノクロム・d03800)が七輪の中央付近にある椎茸を指差すが都市伝説は押し黙ったまま首を振るだけ。
     持参した紙皿に紙コップとお箸セット、そして飲み物は大分ご当地ドリンクなサイダー。
     すっかり準備万端な彩瑠・さくらえ(暁闇桜・d02131)は期待に満ちた目で焼き上がりを待つ。
     椎茸にはかねてよりお吸物と煮付でいつもお世話になっていたものだが、焼いても美味しい椎茸と聞けばやはり期待は膨らむというものだ。
    「しいたけは大分県人にとってのソウルフードよ。それにカボスをかけて食べるなんて完璧じゃない」
     実のところ刻野・晶(大学生サウンドソルジャー・d02884)は椎茸が苦手な部類なのだが、我が意を得たりとばかりに胸をそらしている保戸島・まぐろ(無敵艦隊・d06091)の様子を見るかぎり、どうやらその美味しさを知る地元民もオススメの食べ方らしい。
     椎茸男の機嫌を損ねないよう極力手出し口出しはせず、ひっそり顔色をうかがう千幻の努力をよそに雛罌粟が騒ぎはじめる。そろそろイオも我慢の限界らしく、犬耳に留まらず尻尾まで見えそうな勢いだ。
    「これまで一人で椎茸を焼くのはさぞ寂しかったでしょう、ですが今日は賑やかっすよッ! そっちの方とかもうかなーりいい感じ……」
     ――じゅわっ。
     耐えきれずに思わず箸をのばした雛罌粟の顔へ、容赦なくカボスが搾られる。
    「あばーッッッ! 目が、目がァァァッ! 染みる、カボスめっちゃ染みる!! さしでがましい真似をしてしまってすいませんしたァァァッ!」
     カボス果汁の洗礼を受け、ひいこら泣きながら頭を下げる雛罌粟。わかればよいのだ、と言わんばかりに椎茸男は何だかやたらと鷹揚に首肯して七輪へ向き直る。
     そして、司へ向けてずずいと手を差し出した。

    ●燃え上がれ七輪
    「え? あ……ええと、お皿?」
     司が母方祖父の形見の骨董品である伊万里を差し出すと、椎茸男は華麗に七輪の上の椎茸へ塩を振り、ついでカボスを搾った。そして次々と焼き上がった椎茸を皿へ取り分けていく。
    「ありがとう、ございます……うん、美味しい!」
     素直に司は勧められるまま椎茸を頬張り、キノコ類の独特の歯ごたえと、何とも言えないジューシーさに破顔した。
    「すげえ美味いなこれ、ええと、香りも……高い。食感も……見事だ」
    「うっまー!! 肉厚で食べ応えあるっ♪」
     千幻が未体験の美味しさに言葉を失うのをよそに、イオは待ちに待った焼き椎茸へ歓声をあげる。
     時々スーパーで見るようなぺらぺらの生椎茸ではなく、子供が絵に描くような、どこかのレトロゲームで赤いサロペットのヒゲ親父が握りしめていそうな丸っこくころんとした形。まさしくキノコ、といったフォルムの椎茸は厚みはもちろんのこと噛みごたえも充分で、これまで抱いていた椎茸のイメージが色々な意味で崩壊しそうだ。
    「この塩とカボスの絶妙なハーモニー……ハマっちゃうね! 食進んじゃうね! おじさん、おかわりお願いします!」
    「……ん、美味しいな……もう一つ頂けるだろうか」
     ここぞとばかりに褒めまくりお代わりを要求するさくらえの声を聞きつつ、晶は苦手だった椎茸がこんなにも美味しいものだとは思っていなかった。これまで少しばかり損をしていたらしい、とあっという間に空になった自分の皿を眺めながら考えを改めることにする。
    「こうやって主役にもなって……出汁とかの脇役でも大活躍、椎茸って本当にすごいです」
    「あなたのこだわりは大分県人の誇りそのものよ! 素晴らしいわ!」
     素直に椎茸の美味しさを褒めながら茉莉が微笑むと、そうだろう、と言わんばかりに重々しく首肯した椎茸男にまぐろが全力で同意した。
     すでにお代わり何回目かのイオだが、塩とカボスのみという味付けもあって食べ飽きない。
    「塩とカボスのシンプルな味付けが椎茸の旨味をぐっと引き立ててるなっ! 椎茸は日本に欠かせない食べ物だし、味わい深いしヘルシーだし、あと歯応えも好きっ」
    「どんこはお値段高くて中々食べられないので、いっぱい食べられて嬉し♪」
     七輪の存在もあわせ、これほど和の食材らしいものもそうそうないだろうと司は思う。
     普段あまり良いものを食べさせてやれていないので、千幻は行儀良く足元で待っているさんぽにも焼き椎茸を分けてやった。霊犬という存在にも美味しさが理解できるのかどうかは不明だが、とりあえず尻尾の反応を見る限りは喜んでいるらしい。

    ●食べ尽くせ、心ゆくまで
     どこか無口な頑固職人という風情を漂わせていた椎茸男がおもむろに灼滅者を見回し、うむ、と自分の仕事ぶりに満足したような表情になる。
    「肉厚ジューシーなどんこはどちらかと言うと、椎茸をメインにする料理に合ってるとか! つまりシンプルな焼き椎茸は至高の食べか……って、アレ……?」
     カボス香を漂わせつつ雛罌粟が顔を上げると、都市伝説は籠に山と盛られた椎茸だけを残し、跡形もなく姿を消していた。
     どこか一抹の寂しさを感じつつも、まぐろは地元食材を満載した発泡スチロールの箱をどんどこ積み上げていく。
    「さあ食べてちょうだい! 大分県自慢の食材よ!」
     津久見産マグロのカマは塩焼きにする事にして、豊後水道の関アジと太刀魚に、豊後牛。さらには姫島産車エビに、カボスを餌に混ぜて育てられた蒲江産のブリ。珍しいところでは香々地産の岬ガザミと呼ばれるワタリガニと、竹田産の激甘なとうもろこし。
    「すごい、食材、こんなにたくさんあるの? なんかすごい幸せ」
     えへんぷいと胸をそらすまぐろに、さくらえが若干キラキラしながら
     まぐろが次々と七輪に乗せていく食材の豪華さに若干腰が引けつつ、千幻は水のペットボトルとクーラーボックスに詰めた氷を紙コップに入れていく。
    「とりあえず……飲料水とか氷とか持ってきた……」
     特に何も持ってこなかった罪悪感を感じつつもありがたくいただく事にするが、多分明日からはまたふりかけごはん生活だ。……いやこれだけ贅沢したらしばらく水と白飯以上は食えない、贅沢は敵だ、と千幻はがりごり氷を噛み砕く。氷おいしい。
     司が持参した、もも、ねぎま、軟骨、砂肝なども完備した焼き鳥串一式に、茉莉の味噌だれと醤油だれの焼おにぎりや自作の漬物なども並び、七輪のまわりは一気に炭火焼きパーティー会場へ一変する。
    「やっぱりお米は欲しいですよね。あ、この小茄子の漬物、実は自分で漬けたんですけど」
    「皆と持ち寄りとなればかなりの量だな。しかし、どれも美味しそうだ」
     晶が持参したのは、下ごしらえ済みな、やや厚めに切り分けた赤身の牛肉と、エビにホタテ。椎茸男が残していったカボスでポン酢を作り、ほどよく焼き上がった赤身につけて食べるとこれが意外と合う。
    「皆の持ってきた食材も美味そうだなー♪ しっかし大分名物ってこんなにあるのか……海の幸とかも豊富なんだな!」
     なるたけ被らないようにと苦心した結果、鶏モモとみかんを持参したイオは七輪の端っこで焼きみかんを作りはじめる。
    「え、みかん焼く……の?」
    「や、焼きみかんも美味い……ぞ?」
     途中工程はちょっと見た目が衝撃的だったりするけど。
    「こういうの飲み会っぽくていいね、何か仕事忘れそうになる感じとか」
    「はふ……美味しいです」
     すっかりお腹も満たされてまったりモードに移行しつつあるさくらえと茉莉を眺め、突然イオがいそいそと箸を置いた。
    「ちょっとごめん、俺バイトあるから!」
     その一言でさくらえも我に返る。
     あともう一仕事、あるのだ。

    ●うたげのあと
     司は兎、雛罌粟とまぐろは猫に、晶と千幻は蛇へとそれぞれ姿を変えて思い思いの場所に身を潜める。さくらえとイオはあえて一足先にその場を離れ、やや遠い場所から猫の姿で事態を見守るつもりだった。
     ただ一人、茉莉だけが空き地の隅に放置されたドラム缶の影から、残された七輪の周辺を人の姿のままで伺う。
     ざわわと風が何度も何度も草を大きく泳がせ、次第に陽も西へ傾いてきた。
     もう何も起こらないのではとイオが欠伸を噛みころしたその瞬間、だしぬけに聞き覚えのない声が耳に飛び込んでくる。
    「なぁんだ、せっかく来たのに誰もいないじゃん」
     兎の姿のまま司は茂みの中から声の主を見上げ、そして凍りついた。
     エクスブレインが感じ取った嫌な予感は、この都市伝説を起こした『何か』が出現するのを感じ取ったからでは、と思っていたのだが……HKT六六六のTシャツを着た少女が、先ほどまで千幻が腰をおろしていたあたりに立っている。
     あえて距離をとったイオと、人の姿のままだったため隠れられる場所を選んだ茉莉は別だが、それ以外のメンバーは石を投げれば届きそうな場所にいた。
    「うーん、それともアレかな、ちょーっと遅かったのかなあ」
     相手は一人のようだが、充分に作戦を練っていないうえ相手の能力は一切不明だ。まぐろはひとまずこのまま潜伏するべきと考え、草藪の中でじっと息を殺す。
    「超はりきって殺してやったのに」
     当てが外れた腹いせか、派手に七輪を蹴り倒してHKTの少女は空き地から去って行った。とてもすぐには変身を解く気になれず、さくらえは長い時間をかけて少女が戻ってこないかを確認してから、藪の中に隠れていた晶達に合流する。
     ただひとり人の姿のまま行方を見守ってた茉莉は、可能なら何の目的で現れたのか話しかけて確認しようと考えていたのだが、やめた。
     藪をつついて蛇を出すよりも、今は情報を持ち帰るほうが重要だろうし、万が一エクスブレインの未来予測の範囲を超えた敵と不用意に矛をまじえて何かあれば、それこそ目もあてられない。あえて自分達は、早々に帰還するようにという警告を踏み越えてきたのだから。
    「嫌な予感が、スサノオ関連でなければ良いなと思ってはいたが。HKTとはな」
    「まぁ、何はともあれ全員無事に帰れるのが一番っすよ」 
     もう戻っては来なさそうだとは思いつつも警戒を解かないまま人の姿に戻った晶に、雛罌粟が苦笑する。
     多くが動物変身を用意して、非常にうまく隠れられたのが今回は幸いしたかもしれない。それぞれ変身を解いたのが見えたのだろう、イオが猫の姿のまま、藪の上を飛び跳ねるようにしてやって来た。
     主人の緊張を感じとっていたのか、とぼけた表情ながらしきりに見上げてくるさんぽを、千幻はひと撫でしてやる。
    「ただでさえ止められてた長居だからな、何も被害がないのに越した事はない」
     ふと千幻が見上げた上空には、強い風が吹いているのだろうか、朱色の斜陽に炙られた雲がやけに急ぎ足で通り過ぎていた。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月19日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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