敵の味方と敵の敵~或いは腐ったマヨネーズ~

    作者:宝来石火


    「やっと見つけましたしー。もー、メッチャ探しちゃいましたしー」
     明るい茶色のロングヘアーを靡かせて、女は唇を尖らせていた。
     地方の寂れた港倉庫に甚だ似合わない、ギンガムチェックのアイドル衣装。色気七割愛らしさ三割といった露出の高さが、残暑を凌ぐには丁度いい頃合いと言えなくもない。
     この場違いな美少女、ヒトではない。
     大淫魔ラブリンスターの配下たるアイドル淫魔の一人である。
    「マヨマヨ……俺に、何の用だ……。
     仕えるべき主も、付き従ってくれた同志達も失った、この俺に……」
     一方で。淫魔の眼前にて座り込む、その男は一目見て、人間ではありえない。
     黄色いバケツの頭に、チューブ状になった両の手。バケツの縁から、そしてチューブの先から溢れるのは、薄い淡黄色の流動物――マヨネーズである。
     彼の名は、エカチェリンブルクマヨネーズ怪人。
     かつて巨大化チョコレートを巡る戦いで多くの配下を失い、自身もまた戦いで負った傷と巨大化チョコレートを使用した反動の為に、長く前線から退くことを余儀なくされていたロシアン怪人だ。
     長い療養によって自身の傷はすっかり癒えている――が、主であるロシアンタイガー亡き今、彼は己の歩むべき道を見失いかけていた。
    「ズバリっ! スカウトってヤツですしーッ! キミもラブリンスター様のファンクラブ会員兼配下になってみませんかーっ?
     何と今ならぁ……チョー美少女なこのアタシ! にマヨネーズでもそれ以外でもぶっかけホーダイのサービス付きですし!」
     きらりんっ、と星の飛びそうなポーズを決めるアイドル淫魔。セクシーかつキュートな彼女を前にして、しかし、怪人はバケツに浮かんだ目を吊り上げて怒声を発する。
    「――侮るな! 腐っても、このエカチェリンブルクマヨネーズ怪人――二君に仕える不義理はせん!
     我が主はロシアンタイガー様、そして偉大なるグローバルジャスティス様のみ!」
    「二君居るしッ!」
    「細かいことを気にするな!
     ――そう、我が主はロシアンタイガー様。マヨマヨ――最早迷いは消えた。俺はロシアンタイガー様の、そして我が同志達の仇を討ち、そしていずれはマヨネーズを通じて世界を征服する――」
     すっくと立ち上がったマヨネーズ怪人の瞳に、迷いは無い――無さ過ぎるほどに。
    「大人しく帰れ――と言いたいところだが、聞いているぞ。貴様ら一派は灼滅者どもと手を組んで戦ったそうだな。
     ……敵の味方は、敵! 貴様はここでマヨネーズに溺れて死ぬがいい!」
    「ちょ、ぶっかけサービスは契約してくれたらですしーッ!?」
     狂信じみた暗い炎を瞳に纏わせ、マヨネーズ怪人は右手のチューブの先を淫魔へと向けた。
     

    「卵を原材料に使っていても、マヨネーズは常温で腐らない――一緒に入ってる酢と塩の殺菌力の賜物だそうだよ」
     鳥・想心(心静かなエクスブレイン・dn0163)はそう言うと、うちわを仰ぐ手を止めて灼滅者たちへと向き直った。
    「ラブリンスター配下の淫魔が、ロシアン怪人――エカチェリンブルクマヨネーズ怪人を勧誘しようとしたが、逆に殺される。そういう、予測が出た」
     先の戦争で少なからず戦力を失ったラブリンスターの一派は、戦力拡大のために様々な勢力の残党ダークネスを勧誘し始めたらしい。しかしながらその全てが上手くいくわけでもなく、エカチェリンブルクマヨネーズ怪人の勧誘についても、その失敗例の一つとなるようだった。
    「このまま見過ごせば、マヨネーズ怪人を勧誘しようとした淫魔は怪人によって殺される。
     彼女らを昨日の味方と見るか、明日の敵と見るか――その判断は別としても、敵対的な在野の怪人を灼滅できる機会であることには変わりない」
     灼滅者達がマヨネーズ怪人のバベルの鎖の警戒をすり抜けて攻撃できるチャンスは二回。
     怪人が淫魔に襲いかかる瞬間か、或いは、怪人が淫魔にトドメを刺したその瞬間である。淫魔と怪人が接触する前や会話の途中、彼らの戦闘中に戦いを挑もうとすれば、バベルの鎖にかかって作戦はあえなく失敗するだろう。
    「当然、淫魔との戦いを終えて疲弊した状態の方が、怪人を相手取るのは楽だろうね。
     ただし勿論、その場合淫魔の彼女は助からない。
     どちらの選択肢を選ぶかは……君達で、決めて欲しい」
     エカチェリンブルクマヨネーズ怪人の攻撃手段は、殺人注射器のサイキックと同質のもの。それに加えて、遠く離れた敵の集団に向けて強い酸性のマヨネーズを撃ち出す新技を開発したようである。
     なお、襲われる淫魔を助けた場合、彼女は戦闘を始める怪人と灼滅者達を尻目に一目散に逃げていく。ラブリンスター傘下の淫魔達と再びの共闘の機会があるかどうかはわからないが、少なくとも今回はそうはならないというわけだ。
    「……重ねて言うけど、作戦の成否はエカチェリンブルクマヨネーズ怪人を灼滅できるかどうか、その一点だけ。
     誰が敵か――戦場での判断は、全て君達に委ねるよ」
     想心はそう言って、少し長くまばたきをした。


    参加者
    姫条・セカイ(黎明の響き・d03014)
    黛・藍花(藍の半身・d04699)
    備傘・鎗輔(極楽本屋・d12663)
    村本・寛子(可憐なる桜の舞姫・d12998)
    天地・玲仁(哀歌奏でし・d13424)
    ローゼマリー・ランケ(ヴァイスティガー・d15114)
    奏川・狛(獅子狛楽士シサリウム・d23567)

    ■リプレイ


     静かな怒りに燃えるエカチェリンブルクマヨネーズ怪人は淫魔の女を狙い定める。
    「――恨むのなら、灼滅者なぞに肩入れした貴様の主を恨むがいい。
     マヨァー!」
    「しーっ!?」
     音を立てて吹き出すマヨネーズ。淫魔はたまらずその場に伏せる。
     灼く白濁の衝撃を覚悟した淫魔に降り掛かったのは――柔らかな布地の感触だった。
    「……し?」
     淫魔が恐る恐る顔を上げる。最初にその視界に入るのは、ローゼマリー・ランケ(ヴァイスティガー・d15114)の鍛えぬかれた後背筋。
    「ラブリンスター☆ファンクラブ、武蔵坂支部長!
     ローゼマリー参上!」
     そう、淫魔の体を覆っていたのは、ラブリンスター☆ファンクラブ謹製ラブリン☆ハッピであった。
    「マヨッ!? 貴様らは――ッ!?」
     驚愕に目を見開くマヨネーズ怪人が、はっとその場を飛び退いた。次の瞬間、怪人の居たその場を龍砕斧の刃先が風を切って薙いでいく。
    「――案外やるね。虚を付けたと思ったんだけどな」
     龍骨斬りの奇襲を紙一重でかわされたエリアル・リッグデルム(ニル・d11655)は、油断なく獲物を構え直した。
    「あ、アナタ達は……!」
    「武蔵坂学園一行、義によって助けに来たの!」
     そう言って、淫魔の方へとを振り返り心からのアイドルスマイルを送るのは村本・寛子(可憐なる桜の舞姫・d12998)。
    「ラブリンちゃん達は大切なお友達! お友達を傷つけさせはしないの!」
    「実際、受けたのは俺なんだがな」
     身を挺して強烈なマヨネーズ弾を防いだ天地・玲仁(哀歌奏でし・d13424)は呟き、顔や体についたマヨネーズを腕で拭った。
     ダークネスを守るという事に思う所がないでもない。そんな玲仁の視界に、傍らで微笑む自身のビハインドの微笑がチラリと映った。
    「……不本意でも、不義理よりはマシだ」
     口の端に残っていたマヨネーズを親指で弾き、玲仁は言う。ほんの少し口に入ったマヨネーズは、酸味の強いロシア風だった。
    「やぁ、マヨネーズも滴るいい男だね」
     備傘・鎗輔(極楽本屋・d12663)が予めつがえていた癒しの矢で、手早く玲仁の傷を癒やす。
    「ここはわたくし達が……今のうちに、逃げてください!」
     声を上げたのは奏川・狛(獅子狛楽士シサリウム・d23567)。灼滅者達は怪人と淫魔の間に割り入っていた。
     怪人から淫魔を救おうとしているのは、誰の目にも明らかだ。
    「た、助かりましたし、後はよろしくお願いしますしーッ!
     あと、今後とも応援よろしくですし!」
     ペコリとお辞儀を一つ残すと、淫魔は一目散に外へと向かって走り去る。
     ハッピを綺麗に畳んでいった辺りに、意外な律儀さがある。
    「程々にしておきなよぉー」
    「はーい! CDもよろしくですしー!」
     鎗輔が去りゆく淫魔に声を掛けてやれば、淫魔は明るくとぼけたことを言って、何処かへと逃げ去っていく。
     ――怪人の視線が淫魔から灼滅者達へと移った。
    「マヨ……解せぬ。
     勢力単位での駆け引きならばまだしも、あんな小者一人助けて、貴様らに何の益がある?」
    「困っているお友達を助けてあげたい……理由なんて、それだけなの!」
     一番に迷いなく声を張り上げたのは寛子だ。
    「小さな一歩かもしれないけど、掛け値なしの絆を築くために、まずは恩義を返すの。
     人もダークネスも関係ない……いつかラブリンちゃん達と同じステージでアイドルできる日が来るって、寛子は信じてるの」
     続き、ファンクラブ支部長が笑みさえ湛えて凛と応じる。
    「敵の味方を敵というナラバ、味方の敵は敵ということデスヨ。
     ソシテ、武蔵坂は恩を忘れマセン」
    「その通りです。
     わたくし達は、共に戦ってくれた方を見捨てるような事は致しません」
     これまで静かに佇んでいた姫条・セカイ(黎明の響き・d03014)もまた、言うべきことをはっきりと口にしていく。
    「全てのダークネスとは、無理だとしても。手を取り合える方達とは、共に手を繋いでいきたい……わたくしはそう願っています」
     セカイはそっと己の胸に手を当てる。彼女達ならば、この思いを込めた歌も届くかも……否、必ず届く。そう信じて、歌い続けたい。桜色の衣の裾が小さな風に靡く。
    「……まあ、ラブリンスターの思惑がどこにあるのか、判断しきれはしないけどね」
    「……っ」
     鎗輔の言葉に、狛は少しだけ息を呑んだ。あの戦争の後、逃げるように足早に去っていったラブリンスター。全ては所詮彼女の気紛れに過ぎなかったのではないかという疑念が彼女の中では拭いきれてはいなかった。
     鎗輔は飄々と、言葉を続ける。
    「でも、信じてるよ。命懸けで学園を守ってくれた彼女を」
    「――っ、はい!」
     大きく、深く、狛は頷いた。
     この選択が、互いにとって良いものとなることを祈って、深く。
     ……灼滅者達の応えに、怪人は暗く沈んだ笑声を送り返す。
    「マヨマヨ……『恩』を返すか。
     ならば、背負った『怨』も払って貰わねばな」
    「ロシアンタイガーを狙っていたのは僕らだけじゃないよ。
     結局、幾つもの敵対勢力から守りきれなかったのは君達じゃないか」
    「マヨ……ッ!」
     エリアルの言葉が怪人の急所を貫く。己の不甲斐なさは怪人自身が重々承知していたことだ。
     返す言葉に詰まる怪人。ぽかんと空いたその間に、冷たく空気を変える澄んだ声が響いた。
    「――さて」
     灼滅者達とダークネス達とのやりとりを、どこか遠くのものを見るように静観していた黛・藍花(藍の半身・d04699)が、徐ろに口を開いていた。
     ――人がダークネスに堕ちる時、元の人格は失われる。
     ならばダークネスは発生した時点で、押し並べて人殺しではないか。
     仲良くなど出来る筈もない。だが、こちらに利があるなら助けないでもない。論じるべきことなど、藍花には何もなかった。
    「邪魔者は消えましたし、さくっと灼滅させてください。
     ええと……エカチェなんとか怪人さん」
    「俺からマヨネーズ要素を見落とすか貴様!?」
     激昂する怪人を無視して、藍花は呟く。
    「……さあ、いつもの様に消えてもらいましょう」
     彼女の左隣に立つ藍花のビハインドは、藍花と見紛うそっくりな顔で柔らかな笑みを浮かべた。


     藍花と彼女のビハインドが、怪人の側面を突くように大きく廻り込み、駆ける。
     幻惑するように交差しあう、黒と白の藍花と白と黒のビハインド。互いが互いの体を隠し合いながら、怪人の死角を狙っている。
    「っ、マヨゥ!」
     撃ち出されたビハインドの霊撃をしかし、怪人は寸でのところで前方に倒れんばかりに跳び込み、避ける。
     が。
     その足が再び地へと降り立った瞬間、床から伸び上がる影が怪人の体を影に包む!
    「狙い通りです」
    「ぐむッ……!」
     藍花の影に喰らわれ悶える怪人に、すかさず玲仁が飛びかかる。
     手にするその剣は青く透き通った氷の如く。振るう刃は凍てつかんばかりの鋭さを持った斬撃。
    「グッ……ダーッ!」
     本来かわせよう筈もないその刃の軌跡を、怪人は両腕のチューブからマヨネーズを吹き出した、その勢いで強引に飛び避けてみせた。怪人のバケツの顔がニヤリと歪み――。
    「ぐはぅ!?」
     次の一瞬、玲仁のビハインドである響華が、怪人の背後から霊撃を叩き込んでいた。カウンターとなったその一撃が、怪人の体をよろめかせる。
    「助かりました、響華さん」
     玲仁の言葉にただ、響華はいつものまま優しく微笑んでいるばかりだ。
    「賢しい真似を……!」
    「いくよぉ、怪人さん」
     毒づく怪人を前に、召された本の魂をその身に纏い、鎗輔が構えた。その顔に浮かぶのは何やら凄みのある笑みである。
     鎗輔の視線が一瞬ずつ、所々にマヨネーズの染みを残した玲仁と、大きく動く度に大きく動くセカイの所謂「マシュマロ」に移る。
    「僕らが止めなかったら、さっきの女の子にマヨネーズぶっ掛けるつもりだったのかい?
     そんなことしたらどうなるか、想像できるよね?
     それ、承知でやろうとしたんだよね?
     ねぇ?」
    「……待て! 言いたいことはわかったが、そういうワザなのだから仕方ないだろう!」
     怪人の言い訳への返答は、渾身のオーラキャノン・シュートだ。
     球状に練られたオーラのボールを、利き足の全力で思い切り蹴り飛ばす。
     土手っ腹でくの字に曲がる怪人に向け、鎗輔の背後から狛が跳んだ。
    「転身っ!」
     倉庫の天井高くまで跳び上がった狛が高らかに声を上げる。
     瞬間、愛らしい少女の姿は沖縄の守護獣シーサーを象った怪人、獅子狛楽士シサリウムへと変貌するのだ!
    「ピリ辛なビートを味わうグース!」
     ――ギィーァンッ!!
     島唐辛子を象ったバイオレンスギターを激しくかき鳴らす。舌から脳天まで辛さを感じる衝撃音だ。
     逃げ場のない全方位の衝撃に、怪人は思わずバケツの側面を両手のボトルで塞ぐ。何もないが、耳らしい。
     生じた隙を見逃さず、二人の少女が同時に怪人へと駆けた。
    「信ずるモノの為に勧誘に乗らなかったその心意気やお見事。
     その誇りに対し、わたくしも全力を以ってお応え致しましょう」
     桜色の衣が翻る。舞った袖が一条の光となって怪人に叩き付けられたかと思えば、忽ちの内にそれは桜色の光の束となった。
     一瞬の連撃、閃光百裂拳で怪人を打ち据えたセカイは、早速はだけた着物の胸元を慌てて正す。
     それは隙ではない。なぜならその瞬間、怪人の眼前にはローゼマリーの裏拳が風をも砕く強弾となって迫っていたからだ。
     ――グワォン!!
     鋼鉄が鋼鉄を叩くような音がして、ローゼマリーのシールドバッシュが怪人の頭のバケツに凹みを作った。
    「今デスッ!」
     よろめく怪人の眼前にローゼマリーとよく似た女の姿が迫る。
     彼女もまた、ビハインド。ベルトーシカの視線を覆うマスクが外れ、怪人の精神に追い打ちを掛けていく。
    「チョルト……ッ!」
     偉大な母国の言葉で悪態を尽き、怪人は吐き捨てるように唸った。
    「要は……掛けなければいいのだろう!?」
    「あ、気にしてたんだ」
     ベルトーシカから視線を反らし、怪人は最も手近に居たローゼマリーへと狙いを定める。
    「ゲッ。嫌な予感がしマスヨ」
    「食らえっ!」
     怪人の言葉は文字通りだった。
     チューブの左腕を振りかぶったかと思うと、ローゼマリーの口元をチューブの口で塞ぎ、そのまま一息にマヨネーズを流し込んだのである。
     どぷん、どぷんと音がした。
    「ムムムムッ!?」
    「ハラショー! マヨネーズはいいぞ!
     リジンがあれやこれやで、宇宙規模で見れば巨大化する!」
     前の戦いで聞いた話を未だに引きずっているマヨネーズ怪人である。
    「日本一の宇都宮餃子に、世界一のマヨネーズ消費量に宇宙規模……ロシアン絡みはどんどん話が大きくなるグース……」 
     ちょっとだけ圧倒される狛ことシサリウムであるが、ちゃんとロシアンなのはマヨネーズ消費量だけなので真に受けるべきではない。
    「体を大きく、か。男として筋肉は付けたいと思うが。
     ……そうでなくとも、せめてカロリーは甘いもので取りたいものだ」
    「わかります! わたくしも同感ですっ」
     玲仁の言葉にセカイが強く同意した。
    「――見ているだけで胸焼けを起こしそうだね」
    「ローゼマリーちゃん、今助けるのーっ!」
     エリアルと寛子とが左右から挟み込むように怪人へと飛びかかる。エリアルの瞳は鋭く走り、寛子の体にはシールドが展開されている。
    「ちっ、マヨッ!」
     名残惜しげにローゼマリーを解放するマヨネーズ怪人。鎗輔のわんこすけがすぐさま彼女に駆け寄って、浄霊眼で胃とかに負ったダメージを癒す。
     怪人は、迫る二人の軌道に目をやり、その線上から離れようと跳び退った。
    「見えてたよ」
    「ぬっ!」
     しかし、怪人が跳ぶその直前。エリアルはエアシューズの車輪を強引に横滑りさせ、その軌道を変じていた。怪人の回避機動に追随し、その眼前に迫る。
    「行くよっ」
     散った火花が炎と燃える。グラインドファイアの炎に包まれたエリアルのキックが、怪人の体を大きく吹き飛ばした――寛子の目の前へと。
    「怪人よ、大志を抱いたまま灼滅されるの! クラークビームッ!」
    「ぬがァっ!?」
     無防備であった怪人の体に寛子のご当地ビームが浴びせかけられる。
    「ぐ、ぬぅ……!」
     よろめき、膝をつく怪人の瞳に怒りの炎が燃える。
     それは或いは、尽きゆく蝋燭の最後の輝きであったのかもしれない。


     戦況は決しつつあった。
     コーレーグースの辛さを持つキックはマヨネーズの酸味を吹き飛ばし、エリアルの鎌はマヨネーズから自慢の栄養を奪う。ビハインド達の与えるトラウマは怪人の心の傷を抉り、逆に此方の追う傷は適切な回復と、防御に集中した皆の庇い合いで最小限にまで抑えられている。
    「あの淫魔に付いて行けば、灼滅されずに済んだかもしれませんね。
     ……後悔してます?」
     怪人の四肢を影で縛る藍花の問いにしかし、怪人は毅然として答えた。
    「――ニェット! 敵の軍門に下ってまで生き長らえる気はない!」
    「なら、とっとと消えてください」
     影の縛りを更に強める。
     誰が敵で誰が味方かなど、自分自身と、自分の大切な人の命に比べれば、全てどうでもいいことのように藍花には思えた。
    「マヨマヨ……ならば終わらせるがいい。精々、味わい深くな」
    「では――御役目、仕ります」
     応えたのはこの戦い、結局攻撃を受けることのなかったセカイである。
     構えた二振りの小太刀を鞘へと仕舞い、セカイは駆けた。
     すれ違いざま、輝く斬光。
     血振りをくれれば、マヨネーズの飛沫が散る。
     怪人のバケツ頭に、バツの字の軌跡が走った。
    「ロシアンタイガー様……同志戦闘員よ……今、そちらの食卓に……マヨネーズを……っ!」
     呟き、天を仰ぐエカチェリンブルクマヨネーズ怪人。
     その姿に、鎗輔は積み重ねてきた「業」が呼び起こすある種の未来予想図を感知していた。
    「危ないっ!」
    「えっ……?」
     怪人を斬り伏せたセカイがその声に振り返ると同時。
     マヨネーズ怪人はご当地怪人のご多分に漏れず、爆発四散した。


     灼滅者達の苦しげな呻きが倉庫に響く。
    「み、見ないでくださいましっ!
     ……うぅ、ベトベトしますし、気持ち悪いです……」
     顔に体に、あらゆる所にベッチョリと付着したマヨネーズ。桜色の衣に残る染みにセカイは顔を歪ませた。
     怪人は灼滅される際、大量のマヨネーズを辺りに撒き散らしたのである。無論、それは攻撃とかではないのでダメージは別にない。
    「最悪です……」
    「うぅ……ぬとぬとでぬるぬるするのー……」
    「酸いグース……」
    「ウェェ……もうマヨネーズはコリゴリデス……」
    「ああ、なんてことだ……」
     鎗輔は顔を覆って天井を見上げた。マヨネーズの飛沫はそこまで飛んでいた。
    「……響華さんは掛かってないようで、良かったです」
    「……後片付けのこと考えないように、現実逃避してるね?」
     エリアルの問いに答える代わりに、玲仁はもう一度良かったです、と呟いた。

    作者:宝来石火 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月19日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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