豚骨の逆襲

    作者:鏡水面

    ●ラーメン屋にて
     福岡県博多市の、とあるラーメン屋でのこと。二人の男がカウンター席に座り、ラーメンを啜っていた。
     豚骨スープともちっとした細麺が絡まり、口の中で溶ける。
    「ここのラーメンうまいんだよね」
    「だなー、んまい」
    「そういやさ、変な噂聞いたんだけど」
    「どんなん?」
     話を切り出した男は、意味もなくドヤ顔をする。
    「豚骨にされた豚の亡霊が、白昼堂々ラーメン屋を襲って潰しちまうんだと!」
    「怖っ、ギャグかよ。てか、そんな噂流行ってんの」
     耳を傾けていた男は、軽い調子で笑い飛ばす。そう、彼らは知らなかった。それが、現実に起こり得ることを。

    ●豚の群れ
    「……この数日後、このラーメン屋は、豚の群れに襲われることになる」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は、深刻な表情で灼滅者たちを見回した。豚の姿をした都市伝説が群れで出現し、博多市のラーメン屋を襲撃するという。
    「お前たちには、ラーメン屋を襲いにきた豚どもを駆逐して欲しい」
     存在するかぎり、群れは次々に他のラーメン屋も襲い続けるだろう。
    「豚一匹の個体能力はそれほど高くない。問題は数が多いってことだな。数が多ければ、大きな力となる……お前たちも、よくわかっているだろう」
     豚の数は16匹。ポジションは8匹がクラッシャー、残る8匹はディフェンダーだ。突進、噛み付きなどの野性的な攻撃と、バトルオーラ系のサイキック繰り出してくる。
     また、作戦時刻の店は、ちょうどお昼時で込み合っている。戦闘前に、一般人を避難させる必要があるだろう。避難にかけられる時間は1分程度だ。避難に手間取ってしまうと、一般人が残っている状態で、豚の群れがラーメン屋に到着してしまう。
    「一般人を避難させた後、ラーメン屋を襲いにきた豚どもと接触し、倒してくれ。……あと」
     ヤマトはどこか改まったように、制服のネクタイを締め直す。
    「……今回の依頼、俺の全能計算域が警鐘を鳴らしている。詳しいことはわからん。とにかくヤバい。わかるのはそれだけだ。事件解決後は、速やかに戻ってきてくれ。戦闘も時間をかけないように……かかっても、10分以内に終わらせろ。いいな? 絶対だぞ?」
     静かな、それでいて強い口調で告げて、ヤマトは皆を送り出すのだった。


    参加者
    忍長・玉緒(しのぶる衝動・d02774)
    中島九十三式・銀都(シーヴァナタラージャ・d03248)
    風真・和弥(無能団長・d03497)
    シグ・ノイキス(家庭的パニッシャー・d07997)
    火土金水・明(総ての絵師様に感謝します・d16095)
    神音・葎(月黄泉の姫君・d16902)
    物部・暦生(迷宮ビルの主・d26160)
    浅木・夢見(丹後ちりめん乙女・d29921)

    ■リプレイ

    ●来店
     お昼時のラーメン屋は、たくさんの客と活気に満ちている。来客を知らせるように、ガララッ! と入口の扉が音を立てて開いた。
    「へーいお客さんいらっしゃー……」
     刹那、明るい活気が、焦りや恐怖が生み出す熱気へと変わる。
    「今から11分だ」
     物部・暦生(迷宮ビルの主・d26160)はキッチンタイマーをセットし、淡々と告げた。暦生が発する強烈な精神波が、人々の正常な思考を揺るがせる。
     混乱し、ある者は叫び声を上げ、右往左往する人々。中島九十三式・銀都(シーヴァナタラージャ・d03248)は消防士に扮し、大きな声で呼びかける。
    「火災発生につき、速やかな避難を願います! 出入口にいる係員に従い、落ち着いて行動して下さい!」
     シグ・ノイキス(家庭的パニッシャー・d07997)は店員に裏口の場所を聞き、迅速に裏口を確保した。
    「はーい、落ち着いて、順番に外へ出て下さいねー」
    「表側は込んでいますので、裏口から逃げてください」
     忍長・玉緒(しのぶる衝動・d02774)が人々の流れを把握し、裏口へと数人を誘導する。逃げる途中、若い女性客が躓いた。
    「きゃっ!」
    「大丈夫ですか? 掴まってください」
     神音・葎(月黄泉の姫君・d16902)は即座に手を差し伸べ、女性客を立ち上がらせる。
    「は、はい、ありがとうございます……」
    「さあ、あちらから避難を」
     女性客は葎にぺこりと礼をして、速やかに歩き去る。
    「一体どこで火事が……どうなってるんだ!?」
    「落ち着いてください。すぐに避難すれば、助かりますから」
     無論、実際に火事などは起きていない。火事の場所は言わず、火土金水・明(総ての絵師様に感謝します・d16095)は詰め寄る男性客をなだめた。男性客は明の言葉に従い、裏口へと歩いていく。
    「みんな落ち着いて逃げてな? おさない、はなさない、しゃべらない、おはしやでー」
     大きな手振りで常に気を配りつつ、浅木・夢見(丹後ちりめん乙女・d29921)が人々に声をかけた。
     ドドド……。
     避難活動を進める中、遠くから大量の足音が響いた。
    「! 豚が来るぞ! 表からだ!」
     殺界を周囲に形成しつつ、風真・和弥(無能団長・d03497)が大声で報告する。
    「みなさん、裏口から避難してください」
     明は残る一般人の手を引き、裏口へと誘導する。
    「敵が来るまでに間に合いそうか?」
    「表側は大丈夫だ。裏口はどうだ!」
     店内をぐるりと見回す暦生に、銀都が答えつつ他の仲間にも確認する。
    「あと少しや!」
     シグが返す間にも、次々に裏口から脱出する人々。路地の角から、豚の群れの先頭が飛び出した。
    「間に合え……!」
     和弥は刀を構え、接近する豚の群れをしっかりとその目に捉える。
    「避難完了やで」
     夢見が裏口から全員脱出したことを確認し、伝達する。ラーメン屋の入口を突き破らんと、豚の群れが間近に迫った。
    「さあ、始めましょうか」
     鍵のペンダントを握り、玉緒は祈る。一瞬だけ閉じられ、再び開かれた瞳には確かな殺意が宿った。
     豚が扉を突き破り、店内へと押し寄せる。

    ●豚の群れ
    「ブヒブヒブヒッ、ブヒイイイイィ!!!!!」
     けたたましい鳴き声と共に、店内は豚で溢れかえった。それに押し流されることなく、葎は防音の壁を周囲へと広げる。
    「何とか間に合いましたね。さあ、都市伝説の処理といきましょうか」
    「せやな。豚を痛めつけるんも、複雑な気持ちやけど」
     夢見は言葉を返しつつ、エネルギーを解放する。全身を光が包み、弾けると同時、肩までのさらりとした黒髪は、愛らしいツインテールへと形を変えた。
    「ブヒイィッ!」
     豚が夢見目がけて突進を繰り出す。瞬間、豚の目前に、鉄塊の如き刀が力強く振り下ろされた。
    「ブピュッ!?」
     刀に激突する豚。振り下ろした本人……銀都は、にっと強気な笑みを浮かべる。
    「平和は乱すが正義は守るものっ! 中島九十三式・銀都参上! 悪いが、ここから先は通行止めだぜっ」
     銀都の周囲に、激しい風が渦巻いた。銀都と対峙する豚を庇うように、別の豚が間に割り込む。直後、銀都から放たれた風の刃が弧を描き、割り込んだ豚を激しく斬り刻んだ。刻まれる豚に狙いを定め、夢見は柔らかに言葉を紡ぐ。
    「ほんま、かんにんな?」
     異形化させた腕を大きく振り上げ、豚の横腹を激しく殴打した。夢見の打撃に豚は吹き飛ばされ、他の豚も巻き込みながら床に落下する。
    「ブゴオォ!!」
     仲間を攻撃された怒りか、豚たちは威嚇するように低い鳴き声を上げた。徒党を組み、灼滅者たちに押し寄せてくる。
    「やはり凄い数ですね……みなさん、踏ん張ってください!」
     明が纏わり付く豚を振り払うように、聖剣を抜き放つ。直後、剣に刻まれた祝福の言霊が風となり、灼滅者たちを優しく包み込む。
    「こうも店内で密集しとると狭いな……はやく数減らしたいとこやね」
     シグは体内から膨大な殺気を放出する。仲間の妨害能力を高めると同時、狂気を孕んだ殺意が黒々とうねり、豚の群れを取り囲んだ。カイワレもフルスロットルで疾走し、銃弾の雨を刻み付けていく。
    「ブビイッ!!!」
     豚が和弥の脚に噛み付かんと口を開いた。刀で牙を弾き、和弥は柄を握り直す。
    「まずは着実に、少しずつ削らせてもらうぜ」
     ヒュオンッ!
     鋭い風音と共に、和弥の刀が閃いた。閃きが弧を描いた刹那、豚たちの体を風が斬り裂く。和弥の突風のごとき剣撃が、肉を斬り捌いたのだ。驚いたのか、何匹かの豚がテーブル下に潜ろうとする。
     しかしそれはほんの2、3匹。変わらず凶暴な光を宿した豚が、玉緒目がけて走り出した。玉緒は反射的に跳躍し、ギリギリのところで攻撃を回避する。
    「テーブル下に入ろうとしてる豚さん、かなりのダメージを受けています!」
     明の言葉を聞き逃さず、玉緒はカウンター席に飛び乗りながら、硬質な糸を打ち放った。狙いは、最初に銀都と夢見が攻撃を加えた豚だ。
    「そんなところに隠れても無駄よ!」
     豚の胴体へと、糸を瞬時に巻き付ける。引きちぎるような衝撃が、豚の体を真二つに裂いた。
     灼滅者たちの攻撃に、豚たちは激しい唸り声を上げる。
    「随分と頭に血が上っているようですね。少し、冷やしてみましょうか!」
     精神を研ぎ澄まし、葎はエネルギーを冷気へと変える。纏う紅のオーラから放たれたエネルギーは絶対零度の冷気となり、豚の群れに降り注いだ。
     冷気に凍りつく豚たちに、暦生は容赦なく銃弾を浴びせる。銃弾は鋭く撃ち込まれ、豚の体に穴をあけた。
    「本当に数が多いな……やはりその分、ダメージも小さい。だが、塵も積もれば山となる、だ」
     止めどなくガンナイフを打ち鳴らしつつ、暦生は飄々と告げる。
     灼滅者たちは攻撃を繰り返し、少しずつ豚の体力を削っていった。その最中、数匹の豚は力尽き、倒れていく。
    「だいぶ弱ってきているようだな」
     豚たちの様子を観察する 暦生に、シグは同意するように頷いた。
    「せやな。まだ暴れ回ってるけど、さっきよりも勢いが落ちてる」
    「ブヒュッ、ブヒュ……」
     体から傷を癒すオーラを出してはいるが、なかなか治らずに息を切らしている豚もいる。
    「完全に回復が間に合ってないな」
     豚の状態を確認し、冷静に呟く和弥。度重なる攻撃に対応しきれず、豚たちは勢いを失いつつあるようだ。豚の必死な様相に、夢見は小さく息を付く。
    「……やっぱり、ちょっとかわいそうやわ」
    「見た目だけなら、本当にただの豚さんですものね」
     頷きつつ、明はこの隙を逃すまいと夜霧隠れを発動。闇色の霧が仲間を包み、さらに妨害能力を高めていく。
    「豚と言えど、ラーメンを脅かすなら打ち倒すのみ!」
     熱く魂を滾らせ、銀都は豚へと逆朱雀を突き付けた。タイマーが、甲高い音を鳴り響かせる。
    「5分経過だ!」
     タイマーを手に、暦生が大声で時間の経過を伝えた。玉緒は残る豚の数を確認する。
    「残り9匹ね」
    「そのようですね。時間もないですし、迅速に処理していきましょうか」
     葎はふわりと宙を舞い、足元に星々の輝きを具現化させた。星は紅く煌き、周囲の空気を圧迫する。
    「ブギイイッ!!」
     豚が身構えた。葎はその瞳に、しっかりと豚を映す。
    「これ以上、好きに暴れさせは、しない!」
     真っ直ぐに、脚を豚の頭部へと振り下ろした。ゴッ……という鈍い音と共に、頭部を砕かれた豚はその場に崩れ落ちる。
     攻勢はおさまらない。和弥は片手に持つ聖剣の先に、鮮やかな紅を宿した。僅かな隙間を縫うように進み、狙いの豚へと接近する。
    「悪いな。そろそろケリを付けさせてもらうぜ」
     鋭き一閃が、豚の胴体を払うように繰り出される。鮮血色の斬撃が、豚の体を赤く染め上げた。豚から赤い液体が噴き上がり、力尽きると共に蒸発していく。
     その色が玉緒の脳に、ジリジリと焼け付くような刺激を与える。
    「……残りは、7匹ね」
     沸き上がる衝動と嫌悪に眉を寄せつつも、玉緒は冷静に数を数えた。エネルギーを猛烈な吹雪へと変え、豚を凍り付かせていく。寒さに震えながらも、豚は傷を癒すオーラを放とうとする。
     その豚の目前に、コロンとした可愛いフォルムが迫った。鈍い音と共に、カイワレが正面から豚をはね飛ばす。
    「頑張ってるとこ悪いんやけど、こっちも手加減でけへんからな」
     カイワレが飛ばした豚に狙いを定め、シグは影を足元から急速に伸ばした。影は獣のように牙を剥き、豚を捕食するように飲み込む。
     灼滅者たちの攻勢に押され、豚たちはさらに追い詰められていく。確実に撃破を繰り返し、残るは2匹。
    「ブ、ブキュゥ……」
     片方の豚が細い声で鳴き、きらりと目元に涙を光らせた。
    「あちらの豚さんがとくに弱ってます、間違いないです!」
     光った涙を見逃さず、明がびしっと指をさす。
    「せめて、これ以上痛がらせずに灼滅したる……」
     突き出した両腕に力を込め、夢見は掌に眩い光を集束させた。
    「これで最後や! ちりめんビーム!!!」
     高らかに声を上げた直後、集束した光は一直線に豚へと伸びる。激しい光の奔流に飲まれ、豚は塵となった。
     残るは1匹。最後まで悪あがきする気なのか、豚は暦生へと突進する。
    「わかりやすい動きだ」
     接触する直前、暦生は横に跳んだ。突進を回避しつつ、腕を横へと払う。腕の先……銃身に取り付けられたナイフが、鈍い光を放った。
     刹那、豚の横腹に赤い線が引かれる。暦生の刃が豚の体を引き裂いたのだ。転倒する豚に接近し、銀都は吼える。
    「俺の正義が真紅に燃えるっ! ラーメン道を守れと無駄に叫ぶっ!」
     体から噴出する炎は銀都の巨大な刀を丸ごと飲み込んで、さらに炎上する。彼は灼熱の刃を、力のかぎり振り下ろした。
    「食らいやがれ、必殺! 美味しく御馳走様でしたっ」
     鳥の翼のような火柱が上がった。豚は炎に焼かれ、丸焼どころか消し炭となり果てる。
    「……終わったわね」
     玉緒はそっと鍵のペンダントを握り締め、祈りと共に殺意を封じた。
     タイマーの数字は、ちょうど8分を示している。

    ●予感
     都市伝説が消え、荒れ果てた店だけが残った。使い捨ての携帯電話を通話状態にしたまま、店内の目立たないところに隠す。その後、灼滅者のうち六人は撤収に移った。
    「お店の中、めちゃくちゃにしてしまいましたね……でも、すぐに戻らないと」
     複雑な表情を浮かべつつも、意を決して明は出口へと目を向ける。
    「くれぐれも気を付けて」
    「ああ、無茶はしないさ」
     シグの言葉に、和弥は強く頷いた。葎が撤収班の最後尾に付き、そっと呟く。
    「今の私達では直接対処するに足りない……歯痒いですね」
     口惜しげに言いつつも、葎は迷いなく撤退を選んだ。残るのは二人。和弥は店の傍に潜伏、夢見は店内に残り情報収集を試みる。
     撤収してから数分が経過した。特別何かが変化する、ということはない。ラーメンを食べようと思って来たのだろう。一般人が何人か通り掛かっては、店の有様に首を傾げて通り過ぎていく。
     ふと、夢見は誰かに見られているような気がした。だが、それはほんの一瞬。その感覚は、すぐに消え失せる。
    (「気のせいやな……」)
     店の外を眺めつつ、夢見は静かに息を付いた。
     一方、撤収組は和弥と通信を繋ぎ、離れた場所から様子を探っていた。和弥はどこか釈然としない声音で、状況を報告する。
    『一般人が何人か通っただけだ……もう何分も経ってるが、何か起こる気配はない。店内もとくに変わった様子はないようだ』
    「この後も何も起こらない、と判断しても良いのでしょうか」
     首を傾げる明に、銀都が頷く。
    「みたいだな。起こるなら、もう起こってるはずだ」
    「結局、何もわからずじまい、か」
     暦生は思案するように顎に手を当てる……HKT六六六あたりの襲撃を推測してはいたが、結局、嫌な予感とは何だったのか。変化がない以上、確かめようがない。
    「まあ……何事もないならないで、無事に帰れるんやから、ええんやない?」
     シグは軽く息を付いて、傍に止めてあるカイワレへと寄りかかる。玉緒が同意するように返した。
    「そうね。何かあったとしても、対応しきれない可能性が高いでしょうし」
     予感の正体は気になるが、何もない以上は、帰るしかないだろう。
    「二人と合流して、帰りましょうか」
     葎の言葉に、六人は和弥と夢見を迎えにいく。豚を灼滅した彼らは、その後も何事もなく合流し、帰途につくのだった。

    作者:鏡水面 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 9
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