ガーネットの足跡

    作者:佐伯都

     もうすぐ日没を迎えようという週末の遊園地は、家族連れの姿が多い。
     幼稚園か小学校低学年かという頃合いの兄弟が、父親の脚にじゃれつきながら歓声をあげている。ちゃんと前向いて歩きなさい、と苦笑しつつ窘めた母親。どこからどう見ても仲睦まじい、どこにでもいるごく普通の幸せな家族だ。
     日没間際の、帰宅する客が多くなる頃合い。その人波に逆らうように入場ゲートをくぐろうとする女がいた。赤く、長い髪に深い緑色のワンピース。
    「あ、あのお客様、チケットは――」
     あまりにも堂々と通ろうとするものだから、係員もつい呆気にとられて声をかけるのが遅れる。
     しかし係員はそのまま見逃したほうが幸せだったかもしれない。
    「ないわ」
     あまりに明快に断言し、女は唇の両端を吊り上げる。
    「必要ないでしょう?」
    「え」
     ――アナタ今死ぬんだもの。
     笑顔のまま告げられた台詞に係員は目を剥き、その瞬間の表情を張り付かせたまま首を撥ねられる。女の行く手には、まだ何も知らずにゲートへ向かってくる行楽客。
     よく晴れた秋の夕暮れ、惨劇の幕が上がろうとしていた。
     
    ●ガーネットの足跡
     成宮・樹(高校生エクスブレイン・dn0159)は教卓の上にルーズリーフを広げて、ひとつ溜息を吐いた。
    「夏ごろ闇堕ちゲームを仕掛けてきた六六六人衆が、週末の遊園地に現れる」
     名前はヴェロニカ・グラナート、序列四八〇位。この時点ですでに、まともにやりあって倒せる相手ではない。
    「目的は前回と同じく、灼滅者の闇堕ち。たとえ一人だけでも闇堕ちさせられれば、ヴェロニカは満足して撤退する。……だから、闇堕ちさせるためにはあらゆる手を尽くしてくるはずだ」
     夕暮れの、帰宅者も多くなりはじめる頃合い。入退場ゲートの目の前、ヴェロニカは遊園地を出ようとする客を迎え撃つように凶行に及ぶ。
    「ゲート前は大きな広場になっていて、戦闘を行うには全く支障ない。ただバベルの鎖をくぐれるタイミングは、入場ゲートでチケットを切っている係員が殺害された後だ。だから犠牲をゼロで抑えることはできない」
     ゲートを通過したヴェロニカの周辺にいる一般人は、およそ40人。この全員を救うことは現実的に言って不可能だ。そして彼等を逃がそうとする灼滅者を、ヴェロニカがぼんやり傍観しているはずもない。
    「二手に分かれて40人を避難させつつ片方がヴェロニカを抑え込むか、あるいは全員でヴェロニカの相手をして逃げる時間を稼ぐか、のどちらかになると思う」
     しかも人の命などどうとも思わないダークネスであるからには、灼滅者を闇堕ちさせようと一般人を人質に取ったり、とても応じるわけにはいかないような交換条件などで揺さぶりをかけてくることも考えられる。
     全員助けられないのは辛い事かも知れないが、さらに難しい判断をしなければならない事もあるかもしれない。
     ヴェロニカは殺人鬼のものは勿論のこと、装備武器である魔導書・リングスラッシャーから5つ(黒死斬、ティアーズリッパー、カオスペイン、リングスラッシャー射出、シールドリング)選んでいるようだ。
     「目的は一般人の虐殺を食い止める……で間違いない。でも」
     その上で全員揃っての帰還ならば、充分な成果だろう。


    参加者
    古閑・合歓(笑み歩む・d00300)
    科戸・日方(高校生自転車乗り・d00353)
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    結城・桐人(静かなる律動・d03367)
    化野・周(トラッカー・d03551)
    星陵院・綾(パーフェクトディテクティブ・d13622)
    湊元・ひかる(コワレモノ・d22533)
    緋室・赤音(レッドスパイスガール・d29043)

    ■リプレイ

    ●斜陽
     まったく、自分たちを闇堕ちさせることの何が面白いのだろう。
     つくづく六六六人衆のタチの悪さと趣味の悪さにはついていけない、と化野・周(トラッカー・d03551)は考える。いやついて行けても、それはそれでまた問題だが。
    「闇堕ちゲームとか、まだこんな下らねえことやってんのか。おら、お望み通り来てやったぞ!」
     曰く、なりそこないや半端者である灼滅者を完全なダークネスに堕として『あげる』、というのが名目らしいがそんな上から目線な大迷惑、かつダークネスにしか通じない善意のお節介で闇堕ち、なんて心底御免被る。
     何より周としてはふこふこあったかな猫の腹に顔を埋める無上の喜びが感じられなくなりそうなので、あまりダークネスの生活というものは楽しそうではないな、と思うのだ。
    「さてヴェロニカさん、探偵の星陵院と言います。本日は私達のおもてなし、楽しんでいって下さいね!」
    「生かすも殺すも殺人鬼しだい、ならば殺しあうのが私たちなのでしょうね」
     回避できぬ犠牲の痛みは呑み込んで、星陵院・綾(パーフェクトディテクティブ・d13622)と古閑・合歓(笑み歩む・d00300)はそれぞれ自分の得物を手に六六六人衆序列四八〇番、ヴェロニカ・グラナートへ対峙する。
    「ヴェロニカさん、こんにちは。なるべく短い付き合いですませましょう」
     大きな広場のほぼ中央に立つヴェロニカの周囲には、これから帰宅しようとしていた家族連れやカップルなど、約40人。当然時間が進めば遊園地奥からさらに一般人がこちらへ向かってくるだろうが、華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)の殺界形成で考えを変えるだろう。
     科戸・日方(高校生自転車乗り・d00353)は一人きり先行し、死亡回避できぬ係員が詰めるゲート傍で待機するつもりだった。
     しかし面の割れている自分が待ち受けて不審に思わないほど、ヴェロニカの頭は悪くはないだろう。バベルの鎖に触れることなく仕掛けられるのは係員の死亡後である事が提示されていたものの、やはりゲート傍でヴェロニカを待つことによりそこから先の展開が変わってしまう可能性は非常に高い。バベルの鎖に自分から触りに行くようなものだ。
     低く、どこかから遠雷が聞こえてくる。どうやらこれから天気は崩れるらしい。
    「あっちに逃げて!」
     遊園地係員の返り血を浴びたヴェロニカは遊園地奥へと一般人を逃がせている湊元・ひかる(コワレモノ・d22533)、そして割り込みヴォイスを使いつつ避難経路へと誘導する結城・桐人(静かなる律動・d03367)を目に入れて、艶然と微笑んだ。
    「今日は誰が墜ちてくれるのかしら」
     まだ空には斜陽の明るさがあるが、東からはひたひたと黒い雲が迫りつつある。
     できれば雨が降り出す前に片付けてしまいたいものだ、と緋室・赤音(レッドスパイスガール・d29043)は愛用のバイオレンスギターを撫でた。
    「ヴェロニカ、あんたの好きにはさせねえぜ!」
    「まあ怖い」
     そして合歓の霊犬、そして綾が後方から支える前衛へヴェロニカのサイキックが牙を剥く。
     ある程度の避難が終わるまでの間ヴェロニカを抑え込むために二手に分かれる戦法を灼滅者達は選んでいた。今回の依頼で灼滅することはできないと明言された格上のダークネス相手に、中途半端な策はそのまま命取りになる。
     だからこそ、優劣のつけようがないものにこちらの都合で優劣をつけ、選べるはずがない選択肢を血を吐く思いで選ばなければならない。
     一般人の命の取捨選択、なんて赤音にとっては聞きたくもなければ考えたくもない言葉だった。
     本当は誰も犠牲にしたくない、でも救いたければ目を瞑らなければならない命。なんてひどい矛盾だろう。でも頭のどこかでは、犠牲は避けられないものだと割り切っている自分もいた。
     見捨てたからこそ、最大限助かるように力を尽くす。
     もし半分が助かるとしても、残り半分が死んでいい理由なんてどこにもないのだ。

    ●声
    「走れ! 今のうちに、向こうまで」
    「振り返らないで!」
     一方、桐人とひかるは協力しながら広場内の一般人を退避させていた。
     元々自他共に認める引っ込み思案、積極的とは言えないひかるが見知らぬ相手に大声を張り上げる事そのものがなかなかの大仕事だが、この死地から退避できるかどうかが彼らの命運を分ける、と考えれば腹も据わる。
     桐人にはかつて、助けようとして、助けられなかった命があった。その苦い記憶が蘇り桐人の目つきが変わる。
     六六六人衆の悪趣味なゲームにつきあうつもりは毛頭、ない。可及的すみやかにお引き取り願いたい所だが、今は一般人の退避に全力を注ぐべきと思考を切り替えた。
     冷静に退避済みの人数を数え、ひかるが事前に園内見取り図からリストアップしてきたルートへ誘導していく。
     近い場所から子供の泣き声が聞こえてきて桐人は背後を振り返った。親からはぐれたらしき子供が、地べたに座り込んで泣きじゃくっている。
    「大丈夫だ。……連れて行ってやる」
    「おとうさん、おかあさああん!! いいこにするからおいていかないで、おいていかないでええ!」
     親は退避できたのだろうか、それともまだ園内にいるのか。なりふりかまわず桐人は幼稚園児と思しき子供を抱き上げ、手を引いていってくれそうな一般人を探した、その瞬間。
    「結城さん!!」
     ひかるの叫び声に背中を押されるような、そんな錯覚。
     動物的な勘に従い子供を抱きとめたまま横っ飛びに転がると、一瞬前まで桐人が立っていた場所を赤い宝石の円環が深々と抉っていた。
    「関係ない奴巻き込むなよ、テメェの狙いは俺らだろ!」
    「関係なくはないでしょう」
     優雅に笑い、ヴェロニカはWOKシールドで殴りかかってきた日方をバックステップで躱す。
    「殺せば早く墜ちる気になってくれるのだから、関係なくはないわ」
    「……ああそうかよ、それでお前らの、その胸糞悪いゲームの目的は何なんだ? 堕としてそれで、こうして舞い戻って来た奴はゲーム的にどんな扱い?」
    「さあ、ゲームに娯楽以外の何の目的があるのか、逆に訊きたいくらいだけど」
     とことん真面目に答える気はないらしく、ヴェロニカは大きく泳がせた左手の指先へリングスラッシャーを集めた。マーキスカットの赤い宝石を円環状に繋げたような、武器と言うよりは宝飾品という表現が近いその様相。
     合歓は自分がヴェロニカであればどうするか、と彼女の思考を先読みしようとしていた。だがただでさえ一般人を庇いながらの戦闘、しかも他メンバーの状態を細かに把握しつつ、と思考を三つ同時進行することはたとえ灼滅者とて困難を極める。
     しかもはるか格上のダークネス相手と来れば、どれかに集中しなければ二匹どころかそれ以上の兎を追う事になりかねない。
     もっとも、何度か対峙を重ねれば経験則で補うことはできるようになるのかもしれないが、それでも初見の相手の思考を読むのは並大抵の事ではなかっただろう。
    「わんこ」
     忠実な霊犬には、名を呼ぶ、それだけで事足りた。ひとまず浄霊眼での状態異常解除を優先させ、前衛の保全をはかる。
     一般人の避難が比較的スムーズに行われているのに反し、ヴェロニカの抑えこみは急激に形勢が傾きつつあった。

    ●境界
     矛を担う紅緋は、自らを『高火力弱防御の獲物として狙われる役』といった内容で捉えていた。前衛で攻撃を浴びせたあとは近接攻撃を外すために後衛まで下がり、頻繁に立ち位置を変えることによってヴェロニカを翻弄する目算だったのかもしれない。
     しかし立ち位置を頻繁に変えることで貴重な手番を消費してしまい、頼みの火力を生かせない事態に陥っていた。
     また、そんな紅緋の立ち回りをうまく想定通り機能させるには他のメンバーと交互に前衛に上がる、あるいは前衛の人数が減る間は後衛からの攻撃を増やすなど横の連携が非常に重要になるが、その点において充分な意思統一はあったのかと尋ねられれば、答えは否だ。
     何より一般人に矛先を向けさせないためには常に灼滅者へ攻撃を誘導する必要があるが、その相手は格上のダークネス。持ち堪えるにしても攻めるにしても、まず前衛が倒れることなく戦線を維持するのが重要と言える。
     そして矛不在の火力不足のしわ寄せは、まず最初に後ろに攻撃を漏らさぬよう立ち回りつづける周と日方、合歓とひかるのナノナノへのしかかった。襲いくる攻撃をチェーンソー剣で弾いた周が口惜しげに呟く。
    「この落とし前は付けさせてやるからな、覚悟しとけヴェロニカ」
     しかし合歓もまたヴェロニカからの反撃を警戒し、前衛ではあるものの積極的に攻め手に加わることを自ら封じてもいたため、盾の責務を果たしつつも紅緋に継ぐダメージディーラーとなりえたはずの周までもが反撃に回れず、防戦一方に追い込まれてゆく。
    「今回はこういう趣向で楽しませてくれるという事なのかしら」
    「うるせぇ、お前が消えるまで追いかけて立ち塞がってやるよ!」
     ただでさえその対処に八人もの人員が割かれる所を六人で持ち堪えるのだから、日方自身苦戦は覚悟していたつもりだった。しかし意思統一が計れていなければ、さらに少ない人数で戦闘を維持しているようなもの。一般人の退避完了よりも前に抑えのほうが崩壊しかねなかった。
     いつのまにか遠雷はずいぶん近くなり、斜陽の明るさも消えつつある。重く黒雲垂れ込めてきた空が何かを暗示するようで、後方から必死の援護と回復を続ける赤音と綾はうすら寒いものを覚えていた。
     避難を急がせているひかると桐人にもこちらの窮状は伝わっているようだが、彼等は彼等で果たすべき勤めがある。せめて桐人だけでも攻め手に加わってくれれば、と赤音は祈るような思いで前に出た。
     その視線の先では意識のない紅緋が倒れている。ヴェロニカは彼女が自分の楽しみを満たしてくれそうにはないと判断したようで、別の誰かの闇堕ちを誘うための最初のスケープゴートとして彼女を選んだのだ。

    ●雨
     もしかしたら救えたかもしれない命。
     ぱたり、と最初の雨粒が綾の頬へ落ちてくる。冷たい雨。
     綾のアイテムポケットの中にはせめて犠牲者を覆うためにと大判の布がいくつか収められてあったが、それが日の目を見ることはなかった。斃れた一般人は決してゼロではなかったのだが、とてもそちらまで手が回らない。
     桐人とひかるが半数の20人を退避させ終えたところで、すでに灼滅者達の勝機は失われていたも同然だった。紅緋のかわりに前へ出た赤音と満身創痍になりながらも日方はよく粘っていたが、回復手の綾の目線ではもう長く保たないのは明白だった。盾が崩壊するタイミングが近いと判断するなら、もう現時点で撤退ラインに達している。
     急がなければ撤退すらままならなくなる、と綾は決断した。
    「皆さん、悔しいですが、撤退――」
    「待てよ」
     ばらばらと音を立てながら大きな雨粒が、アスファルトへ染みを落としていく。いつのまにこんなに降り始めていたのか。
     血濡れた広場の真ん中、彫像のように立ち尽くした周のチェーンソー剣へ赤茶色の錆が浮く。
     冷たい、篠突く雨で黒く濡れていくアスファルトとシンクロするように、端から、柄から。終いにはチェーンソー剣を丸ごと喰い尽くす勢いで広がってゆく錆を他人事のように見下ろし、周はふと疲れたように笑った。
     背に腹はかえられない。
    「悔しいけど、ね……」
     雨でずり落ちてきた、赤いフレームの眼鏡を指で押しあげる。
     既にどしゃ降りになっている秋雨を避ける風情もなく、ヴェロニカは周へ両手を差し出した。歓迎するように。
    「今回は貴方ね」
     貴方もとっても素敵、そちらの貴方も素敵だったけど、と日方を眺めながら続けられたヴェロニカの言葉の意味に綾は愕然とした。
     ヴェロニカは撤退する灼滅者を決して見逃しはしないだろう、まだ闇堕ちする者も出ていなければ、追撃を諦めるほど体力は削られてもいない。
     誰かが堕ちなければ撤退さえままならず死人が出る、と。
     前衛でここまで盾として立ち続けた周の判断は、ある意味綾よりも冷静だった。
     分厚い黒雲の向こうに斜陽は完全に隠され、宵闇の気配が強くなる。
    「本当に、俺らを闇堕ちさせる事の何が面白いんだか……よそ見してる暇なんかねーぞ!!」
     楽しげに笑うヴェロニカの声。血糊じみて赤黒く錆びついたチェーンソー剣が凄まじい唸りをあげて殺戮者を追う。
     意識のない紅緋をひかると協力して回収し、桐人は満身創痍の日方の服を掴んで引き戻した。這いずってでも追おうと言うのか、周を。
    「無理だ、これ以上……!」
    「――ってんだ……」
     絞り出すような日方の声に桐人は息を飲む。傷だらけの手を染めた鮮血。凍りつきそうに冷たい雨が、そこを洗い流していく。
    「俺らと……あいつらの違いって何だってんだ……!!!!」
     血を吐くような日方の叫びは、アスファルトを叩く雨の音にかき消される。ヴェロニカと激しく切り結びながら離れていく周の背中。追ってはいけない。どれだけ引き留めたくとも、引き留めることは叶わない。
     肩を貸せば合歓と赤音は自力で歩けそうだ。水飛沫で白くモヤがかかったように見える広場を、ひかるは肩ごしに振り返る。
     ……遠い遠い金属音。
     いかないで、と小さくこぼれかけた声を、ひかるは苦労して呑み込んだ。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:化野・周(トラッカー・d03551) 
    種類:
    公開:2014年11月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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