数えてはいけない

■リプレイ

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「さんじゅいーち、さんじゅにー」
　林の中に伸びる、緩いカーブを描く石段を、八人の灼滅者たちが登っていく。
　小さな子供のように、声に出して段を数えながら。これが都市伝説を出現させる条件だ。
「数えながら登るってのは、童心に帰るような気分だな」
　さんじゅうさん、と。先頭にたって歩くレイヴン・リー（寸打・d26564）が、くるりと仲間を振り返って笑った。童心に返るといっても、レイヴン自身はまだ童の時期にいるかもしれないのだが。
「ほんとうに。数えながらと言うのは、何だか懐かしいですねぇ」
　からりころりと下駄を鳴らし、烏丸・鈴音（カゼノネ・d14635）ものんびり笑いながら、ちいさな羽をぱたぱたさせて付いてくるナノナノのちりころを撫でてやる。ナノ、とちりころが返事した。
「ふふ、こういうのって楽しいよね！」
　ごじゅーく、ろくじゅう！　足取りも軽いレビ・カーター（あんごらー・d05899）は、どんより浮かぬ顔で付いてくるヴォルペ・コーダ（宝物庫の番犬・d22289）を振り向いた。
「大丈夫、ただの都市伝説だよっ」
「あー、やだやだ。こういう怖い話は、ホントやめてほしい」
　最も長身で堂々たる体躯のヴォルペが、背筋を屈めて独りごちながら渋々歩く様子は、どこか笑みを誘うものがあるけれど。時折見上げる視線は愉しげで。これから訪れる危険を待ちきれぬかのようだ。
　山際が茜色に燃え立っている。梢から覗く空はみごとな夕焼け。朽ちかけてはいるが広い石段に、全員の影が長く伸びている。
「……わたし、影、好きよ」
　呟く小谷・リン（小さな凶星・d04621）の影に、ふわり絡みつくように浮かぶのはビハインドの凪継。顔は見えないけれど、手を伸ばせば重なる手のひらが、リンには頼もしく感じる。
　それにしても、と。偲咲・沙花（フィルレスドール・d00369）はちょうど百段目を踏んで、遠くに見え隠れする神社の屋根を見上げた。霊犬のナツが励ますように足元にじゃれてくる。
「今回のは……いつもより少し気疲れしそうだね」
　出立前のエクスブレインの様子を思い出す。
　どんな危険な依頼にも動揺を見せず、灼滅者達を死地に送り出してきたエクスブレインの予知に落ちた影。
　都市伝説の事件は余程の油断がない限り、灼滅者達の手で充分に対処可能な場合が多い。しかし、事件の後に何かが起こりそうな予感がするというのだ。しかも、とびきりに嫌な類の。
「『嫌な予感』って、何だろうね」
　アストル・シュテラート（星の柩・d08011）は軽く、百五十段目まで駆け上る。もう神社は近い。足元にくっきりと伸びる影は、まだ動く気配はない。
（「だから、私たちが」）
　学園の灼滅者達が強力なダークネスと対峙するにあたり、バベルの鎖をかいくぐり隙を突く作戦を組むことができるのは、ひとえにサイキックアブソーバーとエクスブレインの予知があるからこそだ。
　風輪・優歌（ウェスタの乙女・d20897）は、胸に手を当てる。見えない敵が、どういった情報源から動いているのかは分からない。だからこそ現地にいる自分たちが可能な限り情報を集め、確実なものとして学園に持ち帰ることができたなら。不安定な『予感』を、確実な『予知』として敵を探れるかも知れない。
　百八十五段。
　灼滅者達は陣形を整え、一段一段を踏みしめて、登る。
　百九十五段。
　前衛についた三人が視線を交わす。中と後方を守るものは数段下がって様子を見る。
「ひゃく、きゅうじゅうく」
　リンが踏み出して、最上段を踏む。
　瞬間、足元の影がうねるように伸び上がった。竜巻のように絡みあい、見上げるほど高く高く、総身に風の刃を纏った半透明の『影』の巨人が現れる。３ｍを越えるだろうか。
「ちょ、こんなの聞いてないって！」
　身の丈ほどもあるバスターライフルを片手で操りながら、ヴォルペの声が裏返った。
　次々と境内に駆け込んだ灼滅者達は、瞬時に殲術道具を手にして身構える。
「来るよ！」
　極限まで伸び上がった『影』が、刃の塊となって灼滅者達の上になだれ込んできた。

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　風斬る音と共に目の前に降ってきた鎌を弾き返し、沙花が低く呟く。
「糸を切って、終わりにしよう」
　利き腕に装着された縛霊手、巨大な腕が手近な『影』を強か殴りつけた。同時に展開された網状の霊力が、『影』に絡みつき動きを封じにかかる。
　粘つく泥を殴るような、形容しがたい手応えだ。
　奇怪な鳴き声が空気を震わせた。どこに口があるのか、そもそも人型をしてはいるが半透明の、生物とも表現しにくい体に骨らしきモノは見あたらず、物理的に考えたならその大きさで立ち上がることすらできないはずなのに。
「まあ、考えるだけ無駄だよね。都市伝説のバケモノなんて」
　アストルが鋭く息を吐き、低い姿勢から『影』の体を駆け上がる。肩を蹴って宙に跳び、体をひねれば、がら空きの頭上に出る。重力のまま、落ちる槍に螺旋をかければ、切っ先が『影』を巻き込み、脳天らしき箇所に風穴を開けた。
　うねり、身をよじらせる『影』。
　地に降り立ったアストルの横合いから、別の『影』が鎌を振り上げるが、沙花の霊犬・ナツが身を挺してそれを阻んだ。横腹を斬られはしたが、それほど傷は深くない。
「動きを止めます」
　優歌の手から放たれるのは、五芒の結界を紡ぐ符だ。四体の『影』の足元に広がり、瞬時に組み上がる行動阻害の呪。合間を縫って、手傷を負っていない『影』のひとつが優歌に狙いを定めた。
「……えっ」
　目も、耳も、口も塞がれて。呼吸すらままならない灰色の粘膜に押し包まれ、身動きが取れなくなった優歌。心の奥から思い出したくない思い出が這い出てきそうで、喉元に手を押しつける。平静を保たなければ、ここで動揺しては敵の思うつぼ──
　目の前に広がった『影』。防ごうにも防ぎきれない灰色の壁が優歌を押し包む。永遠にも似た一瞬は、後方で癒しの位置に着いていた鈴音とナノナノ・ちりころが助けた。
「おいたはいけませんよねぇ～」
　鈴音の縛霊手の指先から放たれる祭霊光が闇を切り裂き、ナノナノのふわり飛ばすハートが優歌の動揺を押し沈める。
「ありがとう、ございます」
「気にしないの～。ほら、次また来るよぉ」
　最初に深手を負い、形を保てなくなった『影』が、のそりと小山のような姿でうずくまっている。
「きる。すぱすぱ、きる」
　リンが足音も立てずその『影』に肉薄した。元より情をかけるほどのモノではない。
「さっくり」
　レガリアスサイクロン。石畳を走るローラーブレードの刃が次第に硬質な刃に変わる。踊るような足取りで一薙ぎすれば、『影』は『塵』へと変わり地面に小山を作った。念を押すのはリンのビハインド。霊障波が幾つも小山に穴を開ける。
　見た目の質量に比べ軽い砂山は、戦場の風に吹き散らされていく。
「いっぴき」
「目には目を、歯には歯を、影には影を、だ」
　まだ傷を負っていない『影』は三匹。レイヴンはそのうちの一つに目を付ける。他に比べて動きが鈍い。
　足元の影が霧のような形を成す。『影』には影を。
「切り裂け！」
　意を得た影が地を滑る。幾本もの刃状に伸びたレイヴンの影は、一つの『影』を意思を持って切り裂いた。仰け反る『影』の巨人。
「まだ、浅い。ラオシー」
　ビハインドが顔を上げる。主の指す『影』に向かい霊障波を放てば、目に見えて『影』の動きが衰えてくる。
「あー……消えるところまで気味悪い」
　バスターライフルの照準を合わせながら、ヴォルペが眉を歪めている。
「絶対これ以上近づかないからな」
　一番遠い場所に陣取り、ライフルを構えたまま動かない所存。ただ、仕事はきちっとするけれど。狙い定めた魔法光線は２匹目の『影』の弱点らしき箇所をピンポイントで貫いたのか、どろりと形を失っていく。視線を逸らすヴォルペ。
　と、そこを襲いににかかる三体目の『影』。
「寄るな寄らなくていい！！」
「久しぶりの戦闘、楽しませてもらうよー？」
　かるく笑うレビの目がぎらりと鋭く光るが、それも一瞬のこと。
　とんとんと踵を鳴らせば、足元から伸びた、紅蓮のオーラを纏った影が迸り『影』に食らい付く。纏う色は違うが同じ『影』。
「なんだか、共食いみたいで面白いよね」
　ひょい、と何気なく裂けた足元に、四体目の影がぶつけてきた鎌がめり込む。
　石畳はめくれ砕けて、神社というより廃墟になってしまったかと思う。どのみち、音もなく人も来ない、誰も知らぬ戦闘だ。人がいっそう来なくなるなら、都市伝説も生まれなくなるだろう。
　その間、ナノナノと共に癒しの風を吹かせ続けている鈴音は、ふとナノナノの頭に手をやって考えた。ナノ？　とちりころがふよふよと顔を寄せてくる。
「鬼が出るか、蛇が出るか、って所でしょうかね～」
　いつものふわりとした笑みは消さずに。
「さて、この後はどんな怖いことが待っているんでしょうねぇ？」

●
　三体目が倒れて砂と消えた頃。
　灼滅者達は最後の『影』を前に、緊張感を隠せない。
　この戦いが終わった後に、何が待っているのか。
「さっさと片付けて、さっさと帰ろうよ」
　アストルは何も気にしない様子で、地面を蹴ると鬼腕で『影』を叩きのめした。それだけで形を失いかけている『影』に、リンは攻撃を避けながらぼんやり思う。
「可愛い、な。影、飼えたら、いいのに……」
「それダメ、おにーさん絶対無理！」
　リンの放った黒死斬が、どこだか分からない『影』の急所を断ち、ヴォルペが青い顔をしながら除霊結界を構築する。縛霊手に収められた小型の祭壇が、『影』の行動を更に戒める。こっち来んな、と。
「とにかく仕留めちまえば、こっちのもんだぜ！」
　レイヴンがビハインドのラオシーとともに駆ける。レイブンの手のひらに集まったオーラが放たれると同時に、ラオシーが抱いた剣で『影』を貫き斬りつける。
「情報が必要ではないかと、思っています」
　優歌の手挟む符が鋭く飛ぶ。浅いダメージと共に、影がのそりと奇妙な動きをした。大きく掲げた鎌を自らに、深く深く突き刺す。
「ああ、まだだめですよぉ。お話が終わっていないんですからねぇ」
　鈴音とナノナノが声を掛けるが、『影』は端から塵となってきている。
「じゃ、しっかたないね♪」
　レビが喜々として拳を固めた。短く息を吸い、瞬時に『影』に肉薄する。凄まじい連打は、砂山に突き込んでいるようだ。拳の端から塵になっていく。
　ばさり。
　最後の『影』が倒れた。
　八人はサーヴァントをカードに戻し、視線を交わす。

「情報は、必要だと思います。これからの為にも」
　エクスブレインに集めた情報を提供すれば、より精度の高い予知ができるのではないか。それは学園の優位にも繋がる。優歌の主張は真っ直ぐで。
「かえる。かげ、きった。おわった」
　リンは面倒くさそうに、その場を後にしようとする。
（「斬りたい、けど」）
　言いたい言葉は、呑み込んで。
「三十六計逃げるに如かずっていうだろ？」
　関わり合いになるものじゃないと、レイヴンは言う。
　こうして語りあっているだけで、いつ、何者かに襲われるかわからない。
「ＨＫＴは何をしてくるかわからない連中だ。直ちに撤収するほうがいい。連中はかなり本気で、こっちを殺しにかかってきている気がする」
　沙花が厳しい口調で言った。
「安全な場所でもあれば、観察もできたんだろうけどねー」
　レビの軽口に、
「安全な場所なんて無いよ。どこに逃げても追われるかもしれない。それに」
　アストルは戦闘の痕跡を消そうと、捲れた石畳をどうにか元に戻そうとしていた。無理だとわかっていながらも。
「エクスブレインの指示は『戦闘後は速やかに学園に戻ること』。そこから先は何が起こるか判らない。僕たちも戦闘の疲れは残ってる。このまま残ったって情報どころか、命だって危ないかも知れない」
　そんなふうにして持ち帰った情報なんて、誰も喜ばないよと、言い含み。
「決まったな！　帰ろうぜ。ほら、さっさと支度する！」
　ヴォルペは追い立てるように、情報にこだわる灼滅者たちを石段のほうに押しやる。
　押し切られるように、石段を降りていく灼滅者達。
　日はとっくに暮れていた。星が空に輝いている。

　最後について数段降りて、ヴォルペは神社を見上げた。
（「残りたかったのは──俺だ」）
　生と死の狭間、断ち切る肉の感触、生温かい血の臭い、生きていると最高に感じられるあの瞬間に、誰よりも焦がれているのは。
　ふ、と笑みを浮かべ。
　ヴォルペも神社を後にする。
　後に残ったのは、風と、星と、虫の鳴き声。

　それだけだ。

作者：高遠しゅん	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2014年10月30日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 3／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 5
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