V字坂の集会所

    作者:森下映

     下って上る、V字坂。
     その中央に、朝になるとなぜか猫が集まってくる。
     近所の人たちは親しみを込めて、それを『猫の集会』と呼んでいた。
     坂と坂にはさまれたスペースに、今朝も猫たちは集っている。
    「見て見て、今日もいるよー」
     しかし、どこか様子がおかしい。
     いつもは多種多様な毛並みを持つ猫が集まっている『集会所』。ところが今日は、白猫1匹を除いて、あとは全て黒猫だ。
     怪訝な顔をしながら近づいてみる、通学途中の中学生。
     彼女の手が白猫に向かって伸ばされた瞬間、黒猫たちが一斉に襲いかかった。

    「最近、野良犬や野良猫が眷属化する事件が起きていることはご存知ですか? 今回皆さんにも、眷属化した野良猫を灼滅していただきたいんです」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)がそう言って、現場付近の地図を広げる。
    「場所は住宅地の狭間にあるV字の坂です。昔からどこからともなく近所の飼い猫たちが集まってきては、のんびりひなたぼっこを楽しんだり、時には生徒さんたちと遊んだりしていたようなのですが……」
     そこへ眷属化した野良猫たちが現れ、場所を独占した上、通学途中の中学生たちをも襲う未来を、姫子は予測していた。
     V字坂の学校に近い側を『出口』とすると登校時間の人の流れは『入口』から『出口』の一方向のみで、7時45分から8時5分に集中している。正規の通学路ではなくあくまでも近道なため、『入口』に何か対策をするなりESPを使用するなりすれば、中学生を近づけないことも可能だろう。
     常連の猫たちは異様な雰囲気を感じているのか、V字坂に近づくことはないとのこと。
    「敵は8時に、猫しか通れない隙間から黒猫8匹、ボスらしき白猫1匹の計9匹でV字坂の中央に現れます。9匹揃う前に攻撃してしまうと残りの猫に逃げられてしまいますので、注意してくださいね」
     依頼の目的は9匹全ての灼滅。敵の攻撃も9匹揃ってから開始される。 
     坂の幅は4人が並んで歩ける程度で、坂と坂にはさまれた中央の平らな場所の長さは3メートル程。坂は両側とも30メートル程で、比較的急だ。
    「無事灼滅に成功すると常連の猫さんたちが戻ってくると思いますから、遊んであげてもいいかもしれません。猫さんたちのためにも生徒さんたちのためにも、どうぞよろしくお願いします」


    参加者
    ディアナ・ロードライト(暁に輝く紅玉・d05023)
    天月・一葉(血染めの白薔薇・d06508)
    森村・侑二郎(尋常一葉・d08981)
    メルフェス・シンジリム(魔の王を名乗る者・d09004)
    千歳・ヨギリ(宵待草・d14223)
    鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)
    榎木津・貴一(絵のない絵本・d24487)
    周防・天嶺(狂飆・d24702)

    ■リプレイ


    「俺やりますよ」
     小さい身体でミニフェンスを運んでいた千歳・ヨギリ(宵待草・d14223)に、森村・侑二郎(尋常一葉・d08981)が声をかける。
    「あ……、ありがとう、侑二郎お兄さん……」
    「任せてください」
     フェンスは侑二郎が受け取り、ヨギリは代わりに軽めの赤い三角コーンを持ち上げた。
     通学時間より前に余裕を持って現場へ到着した灼滅者たちは、あらかじめ用意してきた物を並べて、バリケードを作っている最中だ。
    「ここ、案外狭い坂だな」
     ほぼ出来上がったバリケードの中央に、『工事関係者以外立入禁止』と書かれた立て看板を設置しながら、周防・天嶺(狂飆・d24702)が言う。
    「ええ。狭い場所での戦闘になるので、隊列には気を付けたいところですね」
     そう言った天月・一葉(血染めの白薔薇・d06508)には案があるようだった。宿敵の名前をもじった霊犬の三日月犬夜は、邪魔にならないところで、ディアナ・ロードライト(暁に輝く紅玉・d05023)の霊犬刃とともに、大人しく待っている。
    「最近、犬さんや猫さんが暴れる事件……よく、耳にするの……何が起こってるのかし、ら……?」
     ヨギリは遅刻した生徒が通れないようにと、しっかりコーンを並べて、言った。野良猫の眷属化は、猫好きのヨギリにとっては心の痛む事件だ。
    「うん。何事も無ければいいんだけど……、あ、今日工事中だからここ通れないよ!」
     榎木津・貴一(絵のない絵本・d24487)がバリケードの前で立ち止まっていた生徒に声をかける。気づけば7時45分を過ぎていた。
    (「穏便に済ませられそうでよかったです」)
     住宅街であまり乱暴な手段は取りたくない。次々とやってくる中学生が、貴一と一葉を工事関係者と思い込み、素直に正規の通学路へ向かってくれていることに、一葉はほっとする。
    「確かに似た事件が多いですね……何の前兆なんでしょう、不穏ですね」
     侑二郎が言った。
     生徒たちから目につきすぎないよう、貴一と一葉、無理に通ろうとする生徒に対応する役割の鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)以外は、V字坂の中央寄りに集まっている。バリケードのおかげで入り口側からの見通しはほとんどない。
    「私としては、眷属の選び方は正しいけど運用法が違うように思うわ」
     と、言ったのはメルフェス・シンジリム(魔の王を名乗る者・d09004)。明らかに怒っているのがわかる。
    「少々動物愛が足りないんじゃないかしら!」
     元々もふもふした小動物が好きなメルフェス。眷属に猫を選んだダークネスにはやや共感しないでもないが、猫のことを全く考えていないやり方には腹を立てているのだ。
    「俺も猫好きなので、灼滅するのは心が痛いですが……」
     好きだからこそ猫や犬を眷属にするなんて許せない。せめて苦しまないようにしてあげたいと侑二郎は思う。
    「被害を出すわけにはいきませんもんね、頑張りましょう」
    「そうね。それからせめて今後に役立ちそうな眷属化の手掛かりが、何か掴めるといいのだけれど……」
     ディアナが言った。
    「とにかく真っ当な猫の溜まり場は元に戻さないといけないわね。あと、猫好きな中学生の為にも」
     メルフェスが言う。時刻は8時少し前。人の流れは順調に正規の通学路へ向かっているようだ。
     とはいえ、戦闘開始後5分経過までは中学生が通ろうとする可能性もあることから、脇差は入り口寄りに、残りの灼滅者たちは一葉の提案により、猫たちの現れる中央を挟むように隊列を組み、戦闘に備えた。


     8時。
     ニャア、と小さく猫の声がした。
    「来たな」
     天嶺が言う。
     黒猫がまず1匹、2匹と姿を見せた。漂う緊張感の中、侑二郎はサウンドシャッターを展開。各々戦闘態勢を整え、脇差も遅刻の生徒を追い払いつつ、日本刀を握りしめる。
     現れた黒猫たちは、悠々と中央の平らな場所を、周回するように歩き回っていた。そして7匹目に白猫が姿を見せ、その真ん中に収まると、
    (「8匹……9匹!」)
     侑二郎が自ら派手に斬りつけた左腕から、戦闘開始の合図のように炎が上がる。口に放り込んだ大粒の錠剤を、貴一がガリッと音をたててかみ砕いた瞬間、低く唸るような鳴き声とともに、3匹の黒猫がヨギリへ向かって跳躍し、さらに辺りが、濃くどす黒い殺気に包まれた。
    (「眷属化する以前は普通の猫だったのかしら……それを思うと、倒すのは忍びないけれど、」)
     ヨギリの前に飛び込んだディアナと刃は、跳びかかってきた黒猫たちを叩き落とす。
    「危険に一般人を晒す訳にはいかないから……ごめんね」
     ディアナは縛霊手に内蔵された祭壇を出現させ、反対側の坂へ着地した3匹と、白猫を守るように陣形をとる5匹へ結界を構築。8匹という前衛の数はサイキックの威力を減衰させるが、それを補うように刃も六文銭を発射する。白猫からはすぐさま回復の為の白炎が上がった。が、サイキック効率の悪さは敵側も同じだ。
    「猫は好きだから……あまり傷つけたくないけど……」
     ディアナと刃にかばってもらった隙を無駄にせず、中央に走りこんでいたヨギリが、異形化させた腕を振り上げる。
    「人を傷つけるのは……いけないことなの、よ……」
     1匹の黒猫が叫び声とともに、ヨギリの腕の下に消し飛んだ。ヨギリの足元で牙をむく別の1匹。しかし脇差が指輪から放った魔法弾が命中し、敵をとることかなわず攻撃は空を切る。
    (「動物大好きです……猫も大好きですが、敵ならば容赦はしません」)
     威嚇する黒猫を白猫の側から巧みに誘い出し、穏やかな微笑みをたたえたまま死角に回り込んだ一葉は、その毛並みを激しく斬り裂いた。
    「犬夜さん」
     一葉の声に三日月犬夜が、ディアナの負った傷を浄霊眼で癒す。
     鮮血によろめきながらも白猫の元へ戻ろうと地面を蹴った黒猫を狙い、メルフェスがエアシューズで坂を疾走、炎を纏った蹴りが仕掛けられた。空中で交錯する黒猫と炎の軌跡。メルフェスが先にドレスの裾を優雅に翻して着地し、身体を灰と焼かれながら地面に落下した黒猫に対し、天嶺の除霊結界が構築される。
    「……眷属化される猫もたまったもんじゃないな」
     炎をくすぶらせながら消えていく黒猫に向かい、天嶺が呟いた。
    (「まあ、取り敢えず、」)
    「さっさと終わらせよう」
     身体をひいた天嶺の両サイドから侑二郎と貴一が残りの黒猫を挟むように走り出る。6匹になった黒猫に放たれたのは、貴一の魂を削って生まれた氷の炎、そして黒猫の体温を限界まで下げんとばかりに追い打ちをかける、侑二郎による死の魔法。後ずさりする黒猫。その爪の音と、ゆらりと尻尾を動かした白猫の妙に落ち着いた鳴き声が、灼滅者たちの耳に届いた。


     時刻は8時5分を過ぎた。既に通学路には人気がない。
    (「……こいつらも、元は普通の猫だったのだろうか」)
     眷属とはいえ猫。猫とはいえ眷属。灼滅しか手がないという現実に脇差の心は重くなるが、仕事はきっちりとこなす主義。戦闘には手を抜かない。
     貴一が足元に杭を撃ち込み、振動波で黒猫たちの動きを一斉に鈍らせたところを、脇差の日本刀が一閃。冴え渡る刀筋で黒猫たちの防御をなぎ払うと、地面に伏しかけた1匹をめがけ、魔法の矢が唸りを上げて宙を飛ぶ。
    「ごめんね、猫さん……!」
     ヨギリの言葉が終わるか終わらないか。矢は黒猫の胴体に突き刺さり、爆発とともに黒猫の姿はかき消えた。
     残り4匹。白猫がタンと坂から坂へ跳躍し、前衛へ出る。その間に天嶺がセイクリッドソードから吹かせた風で、前衛のバッドステータス解除を補助し、ダメージの大きい黒猫を狙って、ディアナと刃が武器化した影と斬魔刀で次々とどめを刺していく。
     連携を重視し、意志疎通が十分にとれている灼滅者たち。黒猫たちは、ひたすら白猫を守り続けるという強固な意志がみてとれる戦い方をしていたが、体力には限界がある。
     白猫がぶわり毛を逆立てた。メルフェスが狙っていた通り、黒猫の回復にここまで手一杯になっていた白猫が、ついに攻撃に転じる。鋭く巨大な爪が貴一を襲い、それを脇差が日本刀で喰い止めた。
     押し合う爪と刀。刀の上から届いた爪が脇差の頬を引き裂く。脇差へ貴一が吹かせた清めの風が届き、脇差は一度白猫を弾き飛ばすと、すっと刀の切先で水平に弧を描き、白猫の背後から前へ躍り出ようとした黒猫の後ろ脚を断った。
     重ねて天嶺が幾度目かの除霊結界を構築し、ディアナは天星弓を引き絞る。そして白猫へ牽制の強烈な一矢が放たれたと同時、黒猫が2匹飛び出してきた。白猫をかばうかと思われた2匹だったが、足をひきずり、尻尾を千切れさせながらも矢とすれ違い、灼滅者たちへ突進。が、白猫に矢が命中した途端、今度は自分たちも侑二郎の手のひらから放たれた炎の奔流に押し戻される。
     耐える2匹。しかしついに押し切られた2匹は、空中へ後ろ向きに放り出された。その2匹を、流星の重力と煌きを宿したメルフェスと一葉のエアシューズがそれぞれ蹴り上げる。黒猫たちは地面に叩きつけられ、飛散した。
     残るは1匹。既にEN破壊を二重に自分に付与している天嶺の影が、白猫を鋭く斬り裂く。痛みに耐えるかのように、一瞬だけ脚を止めたものの、すぐに坂を駆け上って跳ぶ白猫。その腹を真下から、貴一の高速回転させた杭がねじ切った。貫かれながらも白猫が口から吐き出した炎が、前衛を焼き払う。
     三日月犬夜とヨギリが、ダメージの大きい者を優先して回復を行なった。一葉は受けた炎をそのまま白猫へ返すかのように、グラインドファイアを放つ。
     白い毛が煌々と燃え上がった。脇差が正確に死角からその身体を切り裂くと、インラインスケートの激しい摩擦音が近づく。
     侑二郎が蹴りの体勢に入る寸前、メルフェスがマテリアルロッドで白猫へ魔力を叩き込んだ。侑二郎のエアシューズに蹴り上げられ、宙へ舞う白猫の身体。軌跡の頂点で爆発が起こり、白猫は二度と地に降りることなく、朝日の中へ溶けていった。
     灼滅が使命とは知りつつ、他者の命を狩ることに嫌悪感を感じざるをえない貴一は目を伏せる。
    「眷属化する前に……助けてあげられなくて……ごめん、なさい……」
     祈るヨギリの肩に、ディアナはそっと両手を置いた。


    「これで最後だな」
     立て看板を外し、天嶺が言った。フェンスやコーンはすでに手分けして片付け済み。と、メルフェスが何やらそわそわと辺りを見回している。
    「……?」
     常に魔王然とした態度を崩さないメルフェスにあるまじき様子。どうしたのかと天嶺が不思議に思っていると、メルフェスは急にきゃああとさらにらしくない声をあげた。
    「いた〜〜〜! 猫ちゃんんん〜〜!」
     そこには、様子をうかがうように灼滅者たちを見ている数匹の猫。集会の常連だった近所の猫たちだろう。メルフェスはさっそく猫じゃらしをふりふりしては、じゃれてきた猫と幸せそうに遊び始めた。
    「よーし僕も! みんなおいでー!」
     貴一のマタタビに駆け寄ってくる猫たち。貴一と猫たちは三角コーンの周りを走り回り、動物好きの一葉も猫を抱き上げて頬ずりしている。
     侑二郎と天嶺も猫じゃらしを持参していた。2人ともいつも通りの表情ながら、猫を撫でまわしている侑二郎からはキラキラが飛んでいるし、もふもふしている天嶺の雰囲気もどことなく柔らかい。
     そして、様子を眺めていた脇差の足元にも、
    「にー」
     擦り寄ってきた猫が、脇差を見上げる。
    「ま、まあ、俺も遊んでやらなくもないけど?……えっと、ヒマだし?」
     そんなことを言いながらも、見下ろす脇差の顔はすっかり緩んでいた。
    「……ツンデレ?」
    「ツンデレですね」
     貴一と一葉が言う。
    「ディアナお姉さん、あそこに子猫がいるわ……」
     そう言って、ヨギリがディアナの袖を引っ張った。
    「あら、ほんとね。行ってみましょうか」
     同じクラブに所属しているヨギリとディアナ。猫が怖がらないようにと刃をカードへ戻し、ディアナは猫と遊びたそうにしているヨギリを連れて子猫のもとへと行く。
     うながされ、そろそろと子猫を撫でてみるヨギリ。
    「刃と一緒で……もふもふで温かい、ね……」
     ディアナも猫を撫でながら、
    「もうここは大丈夫……怖いものはなくなったわ……今まで通り、ゆっくり過ごしてね……」
     と言って、おやつ用の猫缶を開けた。
    「イテテテ、ちょ、お前どこ登ってっ、」
     脇差はといえば、猫たちに背中やら頭やら好き放題に乗っかられている。
    「遊んでやるとか言ってたわりに……」
    「遊ばれてますねえ」
     天嶺と侑二郎が言った。
    「……まあ、こいつらが帰ってこれたんだ。良しとするか」
     頭の上の猫を構いながら、脇差は苦笑した。

    作者:森下映 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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