ワタシの為に争わないで!

    作者:江戸川壱号

    「や、やめて……っ。もう、ワタシの為に争わないで……!」
     涙を流し、悲壮な表情でその人は嘆いた。
     白いレースのハンカチを握りしめ、争い合う二人の男達を見つめる瞳には大粒の涙が浮かんでいるが、一方で涙と悲しみ以外のものも見え隠れする。
     それは、興奮と――愉悦。
    「どうして二人が争わなければいけないの……? ああ、ワタシが……ワタシが美しすぎるのがいけないのね……」
     柔らかなアルトの声で歌うように嘆く言葉は芝居がかり、とても本気で悲しんでいるようには聞こえない。
    「美しさは罪、そして愛も罪ね……。二人を愛して、二人に……いいえ、もっと多くのたくさんの人に愛されたいと願ってしまったワタシの罪……」
     芝居がかった台詞はどんどんと調子をあげ、争い殴り合う男二人を置いて、よろよろと地面に可憐に倒れ込む。
    「男の子なのに美し過ぎて男を狂わせてしまうワタシを許して……!」
     控えめなフリルで飾られた白く可愛らしいミニ丈ワンピースを着た美少女にしか見えない少年は、恍惚とした表情でそう叫び、争い合う男達を熱い瞳で見つめていた。


    「やめて、私の為に争わないで……! って、確かに一度は言ってみたいかもしれないけど、その為だけにわざと争いを起こすのはよくないよね」
     やれやれと肩を竦めてみせたのは、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)。彼女はどういう意味かと不思議そうな顔をしている灼滅者達に向き直ると、説明を始めた。
    「実は、以前に白・理一(空想虚言者・d00213)君が懸念してた姫系男子の事件を、今回予知できたんだ」
     男子なのにお姫様とはこれいかに?
     幾人かが首を傾げたが、幾人かはどこか遠い目をして大体分かったと言いたげな顔をしている。
    「この姫系男子は淫魔でね、自称ジル君って言うんだけど。いわゆる『男の娘』っていうのかな?」
     外見だけならば、清楚可憐で触れれば折れてしまいそうな美少女にしか見えない。
     だが実際には男淫魔であり、かつターゲットは女性ではなく同じ男性、らしい。
    「しかも趣味が悪くてね-。さっき言ったみたいに、ひたすら『私の為に争わないで!』てやりたい子みたい」
     大勢の男性をファンクラブのように従え、『姫』と呼ばれチヤホヤされるのが大好きで、更には彼らが自分を巡って争い合うのを見るのが一番の快感、という困った淫魔なのだ。
    「今回予知できたのも、そうやってファンの人達を争わせてる現場なんだ」
     まりんは手にしたペンで黒板に貼り付けた地図をトンと叩いて示す。
    「場所は分かりやすくこの河川敷の橋の下付近。ギャラリーに邪魔されず、思いっきり自分に酔う為なのか、あらかじめ人払いしてあるみたいで、無関係な一般人はいないよ」
     広く障害物もないので、戦闘に困ることはないだろう。
    「いるのはこの淫魔君と、彼を巡って争ってる強化一般人の二人。それと、護衛兼雑用係の強化一般人が他に三人いるよ」
     強化一般人は合計で五人と多いが、争っている二人はまだ成り立てのようでかなり弱いらしい。
    「バベルの鎖に察知されず接触できるタイミングは、二人が淫魔少年を巡って争いを開始したら、だね。争っている間は、そっちに夢中で気付かれることはないみたい。ある程度放っておいて、勝負がつく直前に割りこむっていうのも、ひとつの手かも」
     どちらもかなり弱めとはいえ、勝負をある程度見守っていれば互いに食らわせたダメージで更に弱体化しているということだ。
     ただ、すぐに介入することにもメリットはある。
    「さっきも言ったけど、この淫魔君の特徴は『自分を巡って誰かが争うのを見るのが大好き』ってこと。皆が出てくると五人共が淫魔君を守ろうとするけど――この二人は、どっちがよりかっこよく守るかで争い始めるんだ」
     早めに介入すればその分、淫魔の注意が逸れる確率が上がる。
     遅めに介入すればその分、敵の数を減らし易くなる。
     作戦を立てる際には、どんなタイミングで介入するかも考えておくといいかもしれない。
    「敵の能力はこんな感じだよ」
     淫魔君ジルはサウンドソルジャーとガンナイフ相当のサイキックを使ってくる。
     争い合うファン二人はチェーンソー剣相当のサイキックを使い、攻撃重視のスタイルのようだ。
     残りの三人の内一人が護衛役としてWOKシールド相当のサイキックを、他の二人は縛霊手相当のサイキックを使ってくるという。
    「淫魔君は男の子だけど心はお姫様だから、男の子は特に気を付けてね。もちろん、ダークネスだから油断は禁物だよ」
     がんばってね。
     最後にそう激励して、まりんは灼滅者達を送り出した。


    参加者
    白・理一(空想虚言者・d00213)
    花蕾・恋羽(スリジエ・d00383)
    赤威・緋世子(赤の拳・d03316)
    ライラ・ドットハック(蒼き天狼・d04068)
    禍薙・鋼矢(剛壁・d17266)
    栗元・良顕(ゆれゆられ・d21094)
    マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・d21200)
    翠川・夜(神薙使いの夜・d25083)

    ■リプレイ


    「お前なんかに姫を渡すものか!」
    「それはこっちの台詞だぁっ!」
     互いの拳が、互いの顔へとめりこんでいく。
     その様を見つめる少女にしか見えない少年淫魔は、悲壮な表情を浮かべているが瞳には場違いな熱が宿っていた。
    「男の子なのに男を狂わせてしまう美しすぎるワタシを許して……!」
     悦に入り頬に手をあて悶えているが、己を更に見つめる視線には気付いていないようだ。
    「これがよくきく『こんなに可愛い子が女の子のわけがない』って奴ですねっ!」
     目を輝かせ拳を握りしめている花蕾・恋羽(スリジエ・d00383)の横で、首を傾げるのは赤威・緋世子(赤の拳・d03316)。
    「配下達も淫魔が男だと分かってんのかなー。確かに可愛いけど……もしや目覚めたかな」
     見た目に反して大人びた反応なのは、それもその筈。小さくて元気な小学生女子にしか見えなくとも、立派に十九歳である。なんという合法ロリ。
    「見た目女の子みたいだからそうは見えないですけど、これってボーイズラブ、って奴なんですよね……」
     改めてじっくりと淫魔達を見つめて呟いた恋羽に、力強く頷きを返す者がいた。
     いつもの巫女服ではなく中学男子制服を着込んだ翠川・夜(神薙使いの夜・d25083)である。
    「はい。まさかの男三人で三角関係です、きっと殴りあってる内にAとBにも恋が芽生えたりするですよ!」
     その場合、姫の立ち位置はどうなるのか気になるところだ。
     とはいえ興味津々なのは恋羽と夜の二人くらいで、他は敬遠気味である。
    「……不毛ね。争う方も争う方だけど」
     ライラ・ドットハック(蒼き天狼・d04068)が常と変わらぬ無表情と平坦な声で、現状を正しく切り捨てた。
    「ちょっと関わりたくない敵だねぇ……。嫌な予感しかしないもん……」
     力なく頷いて、白・理一(空想虚言者・d00213)もそう零す。
     そんな彼らが見守る中、強化一般人二人は更にヒートアップして如何に姫が素晴らしいか、自分が姫を愛しているか、相手より勝っているか等を言い合いつつ殴り合っており、姫こと少年淫魔・自称ジルはその度に身悶えつつ、いけませんわ的な反応を繰り返している。
     栗元・良顕(ゆれゆられ・d21094)もまた、その様子を仲間達から一歩離れたところで見ていた。
     随分と服を着込んでいる良顕の目は基本的に手にした本へと注がれ、時々ちらりと淫魔達の方を見てはまた本へと戻る。
    (「想い人が『争わないで』って言ってるのになぜ戦ってるんだろ? よく分かんないな」)
     ライラの理性と意志によって制御された無表情とはまた違う、とるべき表情が分からない結果のような茫洋とした無表情の奥で疑問を浮かべるが、それもまたゆらゆらと胸の底へと沈んでいった。
    「なぁ~……にが『喧嘩をやめて!』だコンチクソー」
     一方で、見たものに対して強く反応を示す者もいる。
     マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・d21200)が吐き捨てたのは、理解し難いBL前提な光景への怯えを振り払う為と――それから、怒りもあるだろう。
     だが作戦は、彼らに争うだけ争わせてから介入する、というもの。
     さっさと終わらせてぶちのめしたい気持ちは、後にとっておかなければならない。
    「争え……もっと争え……」
     禍薙・鋼矢(剛壁・d17266)などは、魔王的な笑いでもし始めそうな悪い顔で淫魔達を見ていた。
     見せられる光景はちょっとアレだが、敵が勝手に争って戦力を減らしてくれるのなら楽だし、面白いと割り切っている。
     勿論、美味しいとどめだけは貰っていくつもりだけれども。
     鋼矢の願いが通じたわけではないだろうが、強化一般人AとBの殴りあいは更に加速し、二人とも遂に足にきたのかフラつき始める。
     そのせいか恋羽と夜が楽しめるような台詞もあまり出てこなくなったようだ。
     頃合いとみたのか、戦闘音を遮るESPを展開しながら夜が仲間達を振り返る。
    「まあ……見終わりましたし、倒しますか。不意打ちゴーゴーです」
     見ればジル姫は倒れそうなABに詫びながらもけしかけていた。
     最高潮のようでなによりである。
     灼滅者達はそれぞれ頷くと、作戦通りに遠慮なく不意打ちゴーゴーすることにした。


     まず狙うは、互いに殴り合ってボロボロの強化一般人。
     ついでに数の多い敵を削る為、護衛役を担う三人もろとも巻き込む形で、結界を四重に張り巡らせる。
    「むさ苦しい野郎どもは黙ってな!」
    「纏めて食らえ!」
     大柄な鋼矢と小柄な緋世子の対象的な二人が張った結界に、夜と恋羽のBL理解コンビの結界が重なった。
    「!?」
     フラフラだったABは勿論、二人の争いに熱中していたジル姫もこの襲撃は予想外だったようで反応ができない。
     霊的因子を強制的に停止させる結界は互いにしか意識が向かっていなかったABを容易く絡め取り、四連続でかけられた結界は結果として彼らの命さえも停止させる。
     護衛役の三人の反応は流石に早かったが、ジル達から少し距離をとっていたことや、ABが一瞬で倒された驚きもあってか、即座に反撃とはいかないようだった。
     ジルへと向かう彼らを阻むように、マサムネが螺旋を描いて槍を突き出す。
     もう一人の敵の進路を妨害しながら、ライラもまたマサムネが貫いた敵へ狙いを定めて駆け、巨大化させた紫色の腕が敵を殴りつけた。
     敵の数を早々に減らした分だけ、後は正攻法での戦闘になるが――。
    「誰かあの淫魔さんを口説けば上手いこと行くんじゃないです……?」
     夜が気付いてしまった。
    「というと……七角関係くらいですか?」
     恋羽も乗り気になってしまった。
    「いやいやいやいや、しないからね?!」
     たまたま聞こえていたらしい理一の顔が瞬時に青くなり、フリージングデスを叩きこみながら仲間にツッコミを入れる羽目になる。
     だが霊犬の伏炎と共に護衛達と対峙し攻撃の隙を窺っていた鋼矢が、ちょうど彼らへ向けて不敵な笑みと共に挑発の言葉を吐いたところだった。
    「おう、お前ら! お前らが争っても無駄だぜ。その姫様は俺達が貰うからな」
     ただし、命を、だがな。
     胸の内で付け足したものの、ああいった環境に身を置いていた護衛達は当然のように誤解する。
     今回争い合っていたわけではなくとも、普段は彼らも似たようなものなのだろう。
    「麗しい姫を亡きものにしに来たぜ、守ってみな!」
     途端に気色ばんだ三人を更に挑発したのは緋世子だ。
     赤い瞳に強気と不敵を浮かべて、名前の通りに赤き威を燃え上がらせて、掛かってこいと示せば敵も黙ってはいない。
     殺気も露わに向かってくる護衛達。
     だがその一方で――。
    「ああ、敵の方々まで狂わせてしまうなんて……! やめて、ワタシの為に争うのは!」
     少年淫魔ジル姫だけは、相変わらず悲劇のヒロインごっこで楽しそうである。
     そんなジルを横目で見て、内心で首を傾げるのは注射器を敵に突き刺し生命エネルギーを吸収していた良顕である。
    (「やめてと言いながら喜んでるジル君は……。うん、まあ、別になんでも良いか……」)
     とても理解できるものではないが、そういう人もいるのだろうと結論付けて、気にしないことにした。
     そもそもアレを理解できる人はあまりいないだろう。
     それに奇襲は成功し早期に二人を倒せたこともあって戦況はかなり有利だが、向こうも態勢を立て直しつつあり、残念ながらぼうっとしている余裕はなさそうだった。
     盾役が前衛もろとも自分達を回復し、攻撃役の片方が範囲攻撃を、もう片方が単体攻撃といった形でこちらを削ろうとしてくる。
     更には淫魔少年の攻撃がなかなかに面倒だ。
    「こんなに多くの方を惑わしてしまうなんて! 美しすぎてごめんなさい……!」
     身悶えているだけに見えるが、どうやらパッショネイトダンスのようなものらしい。
     じわじわと広範囲に広がる攻撃は、物理的なダメージとは別に、うんざりするといった精神的ダメージも加わるので、なるべく浴びたくない攻撃である。
    「なぁ~……にが『美しさは罪』だ! キャワイく見えても『男の娘』だろ? 下につくもんついてるんだろ!? 見た目が女子でも野郎だろ!」
     おまけに人の心を弄ぶとあっては、マサムネにとって許せるものではない。
     今すぐにでも飛んでいってぶん殴ってやりたいが、まずは雑魚を排除する必要がある。
     マサムネは叫び出したい思いを、歌に乗せて解き放った。
     踊るような身のこなしで歌を紡げば、手にしたロケットハンマーに掘られた黒曜石の犬もまた踊り歌うかのよう。
     その歌に苦しめられた攻撃役の男は歌を止めようと殴り掛かってくるが、捕縛の力を乗せて放たれた拳を受け止めたのはマサムネではなく、割りこんだ恋羽だ。
    「くぅ……っ」
     小さな体ながら縛霊手を盾のようにして受け止め、なんとか堪える。
     ダメージは小さくなかったが、傍に控えていた豆大福がすぐに癒やしてくれた。
     ちらりと視線を転じれば、もう一人から攻撃を負った理一は夜が、前衛を万遍なく傷つけていったジルの攻撃も伏炎と夜の霊犬であるポチとが協力して癒やしてくれているようだ。
    「さっさと人数を減らしたいとこだねぇ……」
     やれやれと言いたげな口調だが、理一の口元に浮かぶのはいつもと変わらぬ飄々とした笑み。
     烏の意匠が施された黒槍をくるりと回して一歩を踏めば、ゆるく波打つ緑色の髪が舞う。
     黒槍の先から撃ち出された冷気のつららは真っ直ぐに敵を貫いた。
     よろけたところにエアシューズで走り込んでくるのは、理一と同学年でありながらそうは見えない合法ロリ……もとい緋世子。
    「邪魔だぜ、とりゃー!」
     走ってきた勢いのままに、炎を纏った足で渾身の力をこめた蹴りは、望み通りに邪魔者の一人をそのまま戦闘不能へと叩き落とした。


    「ひ……め……」
     じわじわとダメージを貯めながらも順調に敵の数は減り、ついに最後の強化一般人である盾役が良顕の糸に切り裂かれて沈む。
     護衛を全て失った少年淫魔だが、怯んだ様子は欠片もない。
    「ぼく……じゃなかったワタシの大事な人になんてことを……。そこまでしてワタシが欲しいの!? ああ、罪深いほど愛され系!」
     それどころか、己を取り囲む灼滅者達を見回して口にするのは相変わらずの内容だ。
    「欲しくねぇよ!!」
     マサムネが耐えきれずに否定するが、それさえも聞いちゃいない。
    「誤魔化したってダメ。皆を殺してワタシを略奪するんでしょう? ああ、ダメよそんな酷いことしないで……っ」
     己の体を抱くように悶える様は踊りと同じ効果を成し、それはそのままサイキック攻撃となる。
     幾度かの攻防を経て、かなりのダメージを与えても尚、その笑みと妄言は留まることを知らない。
     良顕は逃亡しないか注視していたが、この様子では逃げだす心配はなさそうである。
     やはりその妄想を止めるには、実力行使しかないようだ。
     今まで溜め込んだ不満を晴らすかのように、マサムネは地を蹴って愛用のロケットハンマーを振りかぶり、ロケット噴射の勢いのままに叩き付ける。
    「その綺麗な顔、ぶっ潰してやんよ!」
     そして頭上へと注意が向いたところに飛び込んだ緋世子が、下方から飛び上がり雷を纏った拳を細い体にめり込ませた。
    「おらぁ、ボディがお留守だぜ!」
     ぐらりと揺れたジルは、衣服も体もボロボロになって尚、表情を変えない。
     恍惚とした表情で灼滅者達――特に男性陣を見渡し、蕩けるような笑顔を見せる。
     寒気を覚えながらも近寄らぬわけにもいかず、嫌だなぁと思いながらもジルに肉薄した理一はこれで沈めとばかり巨大化させた腕でその笑顔を殴りつけるが、数メートル吹き飛ばされた果てで変わらぬ笑みと細い指先が理一を捉えていた。
    「ふふ。他人にとられるくらいなら、芽生えかけた愛ごと葬ろうというのね……。ああ、なんて激しい求愛。次の獲も……もとい、恋人は君にしようかしら」
    「そういうのは脳内だけでお願いできるかなぁっ!?」
     何かいらないフラグを立ててしまったのだろうか。
     見た目が美少女であってもダークネスで、かつ実は変態入った男の娘となれば断固として断る以外の選択肢はない。
     黒槍を構え直して牽制しながら、理一はさっさと終わらせて一刻も早く可愛い可愛い妹達に癒やされようと心に決める。
     そんな彼を助けようとしたわけではないだろうが、理一へ向かおうとするジルの足を止めたのはライラだった。
    「……あなた、甘いわね。わたしはあなた以上の男の娘を知っている」
     冷静さからくる無表情の中、鋭い眼差しと共にジルへと突きつけられるのは、柄の辺りに引き金のようなものがついた剣と、挑発の言葉。
     既に百人以上を魅了する存在があると語るライラに対し、ジルの瞳が険しくなる。
    「ワタシ以上の男の娘など、存在しないわ」
     ところが、そんな存在がたくさんいそうなのが武蔵坂学園の恐ろしいところだ。
     ことの真偽はジルに分かりようもないが、どちらにせよライラの挑発は、常に一人悲劇のヒロイン劇場だったジルの余裕を僅かに引きはがしたようである。
     その一瞬の隙を突いてライラは残る距離を詰め、剣を振りかぶるとほぼ同時――重力を宿した鋼矢の蹴りが文字通り飛んできた。
    「ああ言っといてナンだが俺は胸は大きい方が好きなんだよ。ラブリンスターみたいな! こんな絶壁姫に用はねぇ。さぁ、跪いてもらおうか!」
    「……男の娘とはいえ、男心を弄んだ罪はここで償うべし」
     鋼矢の跳び蹴りがジルの絶壁を抉り、のけぞり避けようとするのを許さず追ったライラの『G-Blade【ミストルティン】』が、ジルを両断する。
    「そん、な……。ワタシの、為に……じゃ、ない……の……」
     夢の中に住んだまま逝ったようだが、ともかくもようやくジルの妄言が止んだのだった。


    「……不毛な争いだったわ」
     河川敷に、ライラの深い溜息が落ちる。
     見回せば男性陣も概ね似たような感想のようだったが、一部例外もあった。
     最初から興味津々だった二人である。
    「わたしの為に争う……ちょっと憧れちゃうです」
     照れたようにポソリと呟く夜と。
    「とても楽しい戦いでしたね。……あ、別にBLが好きだから楽しかったとかそういうことじゃないですよ? 本当ですからねっ」
     フリとしか思えない台詞を慌てたように口にする恋羽。
     早く帰ろうと言い募る理一を余所に、元気な二人は楽しげに倒した敵について語り合うのだった。

    作者:江戸川壱号 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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