女王蜂、再誕

    作者:牧瀬花奈女

     廃ビルの一室に、少女は佇んでいた。
     血で赤黒く染まったワンピース。肩にかかるくらいの長さの黒髪。そして血よりも鮮やかな赤い靴。
     石笹ひな子。それが彼女の名であった事を、覚えている者はいるだろうか。
     ずるいわと、ひな子の唇がゆっくりと動いた。
    「ずるいわ、ずるいわ。あの子たち、みんなで出て行った」
     ここから出られるのは、一人だけってカッターナイフの人が言ってたのに。彼女は唇を尖らせ、踵を軽く打ち鳴らした。
    「灼滅されて尚、残留思念が囚われているのですね」
     突然、廃ビルの中に新たな声が響いた。ひな子が振り返ると、そこには杖を持った華奢な少女の姿がある。
    「あなた、だぁれ?」
    「私は『慈愛のコルネリウス』。傷つき嘆く者を見捨てたりはしません」
     コルネリウスの言葉に、ひな子は緩く笑って見せた。
    「なら、私の事も助けてくれるの?」
    「もちろんです」
     望むなら、あなたに私の慈愛を分け与えましょう――コルネリウスはそう言って、ひな子の目を見る。
    「わたし、あの子たちを追い掛けたいわ。だってあの子たち、ルールを守らなかったんだもの」
     コルネリウスは頷き、ひな子に手を差し伸べた。
    「プレスター・ジョン、聞こえますか? この哀れな少女を、あなたの国にかくまってください」
     
    「石笹ひな子という六六六人衆を、覚えていらっしゃるでしょうか」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)の言葉に、ソフィリア・カーディフ(春風駘蕩・d06295)は軽く目を瞠った。
    「縫村委員会の、犠牲者の一人ですね」
     縫村針子とカットスローターにより行われた、新たな六六六人衆を生み出す陰惨な儀式。その犠牲となった者の一人に、石笹ひな子の名がある。
    「そうです。その石笹ひな子の残留思念に慈愛のコルネリウスが力を与え、プレスター・ジョンの国へ送ろうとしているようなんです」
     残留思念に力など無い筈だが、高位のダークネスならば力を与える事も不可能ではないのだろう。
     力を与えられたひな子は、かつて刃を交えた灼滅者達を探そうとしている。すぐに事件を起こす事はないものの、放っておく訳には行かない。彼女の強さは、廃ビルの一室で見えた時のままなのだから。
    「皆さんには、慈愛のコルネリウスが残留思念に呼び掛けを行った時点で乱入して、彼女の作戦の妨害を行って欲しいんです」
     慈愛のコルネリウスは強力なシャドウのため、現実世界に出て来る事は出来ない。現場にいるのは実体を持たない、幻のようなものだ。また、コルネリウスは灼滅者達に対し強い不信感を持っていため、交渉等も行えないだろう。
     ひな子は自分を灼滅した灼滅者達へ恨みに似た執着を抱いており、戦いを避ける事も出来ない。
    「石笹ひな子の能力は、以前に皆さんが戦った時と同じです。高いジャンプ力も健在ですから、気を付けてくださいね」
     ひな子の武器は赤い靴に仕込まれた刃。攻撃は必ず複数人を巻き込み、時には武器を、時には防具を同時に傷付ける。その刃からは、後ろに下がっていたとしても逃れる事は出来ない。また、彼女は自分が深手を負えば、踵を打ち鳴らしてその傷を癒すと共にバッドステータスを解除する事だろう。
     ひな子の残留思念が現れるのは、かつての戦いの舞台となった廃ビルの一室。周囲に人気は無いため一般人が訪れる心配は無いが、現地に着くのは夜になるため明かりは必要かもしれない。
    「コルネリウスが何を考えているかは分かりませんけど……石笹ひな子が新たな凶行に手を染める前に、改めて灼滅してあげてください」
     よろしくお願いしますと、姫子は灼滅者達を見送った。


    参加者
    逢坂・啓介(赤き瞳の黒龍・d00769)
    風間・薫(似て非なる愚沌・d01068)
    識守・理央(メイガスブラッド・d04029)
    住矢・慧樹(クロスファイア・d04132)
    ソフィリア・カーディフ(春風駘蕩・d06295)
    王・龍(瑠架さんに踏まれたい・d14969)
    シャルロッテ・カキザキ(幻夢界の執行者・d16038)
    妃水・和平(ミザリーちゃん・d23678)

    ■リプレイ


     廃ビルの中は少しだけ冷えた。窓から差し込む星明りは心許なく、灼滅者達は持参した照明のスイッチを入れる。
    「プレスター・ジョン、聞こえますか? この哀れな少女を、あなたの国にかくまってください」
     奥まった所にある一室に踏み込むと、コルネリウスの声が聞こえた。灼滅者達の中で真っ先に動いたのは、妃水・和平(ミザリーちゃん・d23678)だ。彼女は足元の小石を拾い上げると、コルネリウスに向けてぽんと放る。
    「ねー、死んだ人集めて何するのー?」
     コルネリウスはちらりとこちらを見ただけで、彼女の問い掛けに答えるつもりは無いようだった。Sh-MAと、拡声器で呼び掛けたシャルロッテ・カキザキ(幻夢界の執行者・d16038)の言葉にも反応は示さない。
     灼滅者達の見守る中で、コルネリウスは淡く輝き、幻のように儚く消えて行った。代わってその場に現れたのは、赤い靴を履いた少女――石笹ひな子だ。
     ひな子は灼滅者達を視界に入れると、うっすらと笑って見せた。
    「あなた達、また来てくれたの? 前に来た人達とは違うみたいだけど……」
     知ってる子もいるわ。そう言うひな子の視線は、ソフィリア・カーディフ(春風駘蕩・d06295)の方を向いている。
    「起こしちゃってゴメン」
     せっかくゆっくり休んでたのになと、住矢・慧樹(クロスファイア・d04132)は持参したLEDランタンを部屋の床に置く。
     ひな子は縫村委員会の犠牲者だ。一度は灼滅され、その陰惨な儀式からは解放された筈だったのに。
    「うちは風間薫。あんさんの闇、弔いに来ました」
     運がなかったとだけで片付けてええもんか。そう思いながらも、風間・薫(似て非なる愚沌・d01068)は霊犬の小春と共に前へ出た。せめて始まりの場所で倒すのが、彼らにとっての弔いだろう。
    「慈愛もあそこまで来れば邪悪ですねぇ」
    「とにかく、あの子をなんとかせにゃならん。うん、シンプルやな」
     王・龍(瑠架さんに踏まれたい・d14969)と並んで後衛に位置を取りながら、逢坂・啓介(赤き瞳の黒龍・d00769)は日本刀を取り出す。彼のライドキャリバーであるエクシーが、エンジン音を響かせて前へ行った。
    「お久しぶり……と言うべきなのでしょうか?」
     解体ナイフの柄を撫で、ソフィリアが夜霧を展開する。あの時の続きをしにきましたと、藍の瞳が凛とひな子を見据えた。
    「そして、今度こそ……今度こそ、貴方を苛む悪夢を終わらせます」
    「ふふ。また遊んでくれるのね。嬉しいわ」
     赤黒く染まったワンピースの裾を翻し、ひな子は灼滅者達と距離を取る。中衛の位置から、識守・理央(メイガスブラッド・d04029)がすっと進み出た。
    「許してくれとは言わない」
     憎んでいい。恨んでいいと、彼は音を立てて片腕を半獣化させる。
    「……僕達は、もう一度君を殺す」
     銀の輝きが閃き、鋭い爪がひな子の肩を引き裂いた。
    「いいわ、いいわ。殺し合いましょう。私、今度こそこの部屋から出てみせるわ!」
     赤い靴から刃が飛び出し、灼滅者達を薙いだ。


     啓介が日本刀を振るい、ひな子目掛けてまっすぐに振り下ろす。冴えた一撃は、防御のために持ち上げられた刃ごと彼女を切り裂いた。エクシーが唸りを上げて突撃し、刃の傷を増やす。
    「小春、灼滅の時間や……行け!」
     薫の声を受け小春は真っ白な毛をたなびかせて、斬魔刀でひな子に切り付けた。薫はそれに次いで距離を詰めると、バトルオーラを手に集束させる。赤黒く染まった胸元へ、繰り返しの連打が打ち込まれた。
     縫村委員会の報告書は、読めば読むほど心が苦しくなった。大刃の槍を撫でながら、慧樹はひな子を見据える。彼女の本当の魂は、既に救われていると信じたい。コレはただの残留思念だと理解はしているけれど。慧樹の槍が螺旋の捻りを帯びて、ひな子の腹をえぐった。
     強制闇堕ちという点では、私と同じなんでしょうか。仲間に向けて清らかな風を吹かせながら、龍は思う。尤も、龍の場合は自分から飛び込んで行ったのだけれど。
    「ソウルボードの……オブジェになってもらう」
     シャルロッテが閃かせたのはガンナイフ。ナイフと呼ぶのをためらうほどに巨大な刀身は、ひな子の脇腹を正確に裂いた。
    「1回死んじゃってるから、生き返るのとかはルール違反ってことで!」
     ごめんね、また死んで。何の邪気も無くそう紡いで、和平は妖の槍を繰る。冷えた音を奏でて生み出された妖気のつららが、ひな子の腕を凍らせた。
     一瞬、体の揺らいだその隙を逃さず、ソフィリアはひな子の懐に飛び込んだ。クルセイドソードを振るうその動きに合わせて、龍の絵が刻まれた鈴が澄んだ音を立てる。
     理央の蹴りが流星のきらめきを帯び、ひな子の向こう脛を強かに打つ。素早く体勢を立て直して、ひな子は笑った。刃が閃き、前衛を担う灼滅者達が武器ごと傷付けられる。
    「ここのルールは一つだけよ。全員で殺し合って、生き残った一人だけが出られるの」
    「まだそんなルールに縛られてるんかいな。あんさんが一番そのルールから抜け出したかったはずやろ……?」
     薫がひな子との距離を詰め、片足を引く。
     この部屋から出たい。ひな子の願いはそれだけだった筈だ。それなのに、死して残留思念と化してなお、彼女は縫村委員会のルールに縛られている。
     打ち込まれた鋭い蹴りが炎を生み、ひな子を包んだ。啓介が足元から影を伸ばし、鋭さを伴った一撃で彼女を切る。
    「あんたのそんな蹴り、痛くもかゆくもねーもんな!」
     慧樹が槍の穂先でをひな子をえぐり、炎が勢い良く燃え上がる。龍の呼んだ風が、ひな子から受けた傷を癒してくれた。
     シャルロッテの鋼糸にひな子の刃がぶつかり、ぎんと耳障りな音が鳴る。和平が氷の上から注射針を突き刺して、毒液を注入した。
     うふふ。ひな子が笑う。
     刃の鋭さも、空を舞う姿も、笑う声も、何もかもあの時と同じ。そして、灼滅する事でしか救えないのも。ソフィリアは拳を握り締め、ひな子の顎を打ち上げた。灼滅以外の道を選べないのが、ただただ悔しい。理央の解体ナイフがジグザグに変形し、ひな子の傷口を広げる。
    「やっぱり止められへんか……!」
     伸ばされた啓介の影をかわし、ひな子はぽんと宙を舞う。赤い靴の刃がライトの明かりを照り返し、強く輝いた。
    「不覚……」
    「すみません、ここまでみたいです……」
     龍とシャルロッテの胸から鮮やかな血が滴り落ち、床を汚す。重い斬撃に耐え切れなかった二人は、そのまま倒れて動かなくなった。


     かつんとひな子が踵を鳴らし、彼女を包む炎と氷が消えて行く。
     しぶといな。そう呟いて、啓介はロケットハンマーに影を宿した。度重なるひな子の攻撃により、彼の体力は底をつきかけている状態だった。ハンマーの頭がひな子の膝を叩き、トラウマを植え付ける。
     あんたのその様がうちらに力をくれるんやと、薫はクルセイドソードを振るい聖なる風を呼ぶ。もう二度と、その過ちは繰り返さない。ひな子が舞う度、その思いが新たになる。
     慧樹の蹴りが腹をうがち、ひな子を再び燃え上がらせる。
    「勝手に殺し合いさせられて殺されていいように復活させられて、また今日死ぬ。すごーい、ひなちゃん今日の運勢最悪だねっ」
     和平が妖の槍を振るい、冷えた妖気をひな子に叩き付ける。
     無邪気な声音で紡がれたひな子の境遇は、悲惨なものだった。酷い話だと、改めて理央は思う。辛くて怖くて、ここから出たくて。そうして、ひな子は歪められてしまったのだ。
     必死で生きようとした。ただそれだけだった筈なのに。理央のエアシューズがひな子の足を鋭く刈り取る。
    「ここで貴方を止めます、何に変えても必ず!」
     背後に回り込んだソフィリアが、その背中を踵で打つ。燃え上がったひな子は倒れかかった体勢を立て直すと、ぽんと床を蹴って跳んだ。刃が閃き、啓介が血だまりに沈められる。
     これで倒れた仲間は3人目。理央は自分の背筋が強張るのを感じた。しかしこちらの戦力も削られているが、疲弊しているのはひな子も同じ筈だ。赤黒いワンピースには、灼滅者達の付けた傷からあふれた血が、鮮やかににじんでいるのだから。
     絶望するには、まだ早い。
     味方の支援をと小春に言い置いて、薫はひな子の脇腹を蹴り上げた。また新たな炎。慧樹が手にオーラを集め、氷の上から幾度もひな子を打ち据える。たたらを踏んだ所に、和平は注射器を突き出した。
     ひな子の靴が弧を描き、前衛を薙ぐ。防具ごと切られる痛みを堪え、ソフィリアは彼女の顎を強かに打ち据えた。
     ひな子の体が、大きく揺らぐ。終わりが近いのだと、灼滅者達は悟った。
    「最後に、覚えていてほしい。君のために泣く人もいるんだ、ってことを」
     僕は、君の死を悼む。そう言って、理央は炎の蹴りでひな子を打ち据えた。ひな子の体がまた、ぐらりと揺らぐ。
     なぁひな子サン。呼び掛けながら、慧樹が槍に炎を灯す。
    「ホントはひな子サンはね、とっくにもうココから出てるんだ。出られてないって、思いこんでるだけなんだ」
     揺らぐひな子の胸元へ、渾身の力を込めたレーヴァテインが放たれた。槍の穂先は深々とひな子をえぐり、秘められた炎が勢い良く噴き出す。
     ゆらり。ひな子の体勢が大きく揺れた。
    「あーあ、また負けちゃった」
     ほう、と小さく息を吐くひな子の周囲に、小さな光の粒子が現れる。
     淡く輝くそれに包まれるようにして、彼女はその場からかき消えた。


     ひな子が光の粒子となって消えた後、そこには何も残っていなかった。髪の一房も、服の切れ端も、何もかも。
    「ただ滅ぼして終わりだなんて、あまりにも救われないね」
     ひな子のいなくなった空間に目を向けて、理央は呟く。叶うなら、何か一つでもひな子の遺品を持ち帰りたかった。明るい日の下で眠れるよう、どこか静かな場所に埋葬したかった。
     その死を悼んでくれる人がいる事が、ひな子にとってせめてもの救いだろうか。
    「……本当に、惨い事件でした」
     かつて見えた時も、今回も。ただ、灼滅する事しかできなかった。苦い思いを噛み締めながら、ソフィリアは目を閉じ、黙祷を捧げる。また一つ、強くならないといけない理由が増えた。そう思いながら。
     ひな子は、今度こそ天国へ行けただろうか。
     慧樹は、血で赤黒く染まっていたひな子のワンピースを思い浮かべる。天国ではあのワンピースも、元の通り真っ白になっているだろうか。そうしてひな子は、笑顔を浮かべているだろうか。戦いの最中に見せた狂気に満ちた笑みではなく、少女らしい、心からの笑顔を。
     そこまで考えて、慧樹は軽く首を振った。柄にもなくセンチな気分になってしまった。
     堪忍えと、薫は緩く目を閉じる。もっと友達と遊んで、お洒落もして。色んな事がしたかっただろう。ひな子とは、違う形で出会いたかった。
     黙祷を終えると、倒れた仲間に手を貸しながら灼滅者達は帰途に就く。
     廃ビルの一室にはもう、誰の姿も無かった。

    作者:牧瀬花奈女 重傷:逢坂・啓介(赤き瞳の黒龍・d00769) 王・龍(瑠架さんに踏まれたい・d14969) シャルロッテ・カキザキ(幻夢界の執行者・d16038) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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