握った拳で掴むモノ

    作者:緋月シン

    ●少女の望んだモノ
     少女は震えていた。眼前に広がっているのは、赤色の液体。自らの拳にも付いているそれが、ポタリポタリと地面に滴り落ちる。
     こんなことをするつもりはなかった。けれども言い訳のようにそう心の中で叫んでみても、現実が変わることはない。
     目の前に倒れているのは、一人の少年だ。見知った顔であり、赤色の液体はその頭から流れている。
     その原因を、少女は知っていた。当たり前だ。知らないわけがない。
     自分がその拳でやったのだから、知らないわけがなかった。
     だから少女は震えていたのであり――しかしその口元に浮かんでいたのは、笑みであった。

     ――違う。

     それを、少女は必死に否定する。違う、そんなことはない。人を傷つけて、そんな力を得て、それを嬉しいなどと思うわけが無い。

     ――本当に?

     ふと、少年から視線を外し、前を見た。そこに居るのは、今起こったことを信じられないとばかりに目を見開いている三十代後半の男性――師範代だ。
     自分では絶対に敵わないと、昨日までは……否、つい先ほどまでは思っていた相手。

     ――じゃあ、今なら?

     浮かんだ思考を消すように、強く拳を握る。違う、そうじゃない。力を望んでいたのは、誰かを傷つけるためでも、誰かに勝ちたいからでもない。
     だから。
     だけど。

     ――本当は私は、何がしたかったんだろうか。

     数分前までならば自信を持って答えられたそれに、今は答えることが出来ない。眼前の光景が、それを答える事を許さない。
     自分の意思に反し笑みの形に歪んでいる唇の横を、一筋の雫が伝って、落ちた。

    ●その手に掴むモノ
    「さて、それでは始めましょうか」
     四条・鏡華(中学生エクスブレイン・dn0110)は皆が集まったのを確認すると、そう言って今回の話について切り出した。
    「最近、闇堕ちするような理由も無いのに、格闘技を頑張っている少年少女が突然闇堕ちしてしまう、という事件が発生しているのは知っているかしら? 今回のことも、そのうちの一つよ」
     対象の名前は、御剣・恭子(みつるぎ・きょうこ)。十五歳の少女だ。
     空手の稽古中に突然闇堕ちしてしまい、その有り余る力を制御できずに稽古相手であった少年に怪我を負わせてしまう。
    「もっとも見た目に反して命に別状はないのだけれども……まあ、そういう問題ではないわね」
     普通ならば闇堕ちした場合は人の意識は消えてしまい、すぐさまダークネスとしての意識を持ち始める。だが、今回は何故か彼女は元の人間としての意識を残しており、ダークネスの力を持ちながらも、ダークネスになりきっていない状況だ。
    「とはいえこのままでは、遠からず同じ結果になってしまうわ」
     少女が力を求めたのは、誰かを傷つけるためではなく、誰かを守るためであった。それは自ら望んでではなかったが、だからこそ余計に少女の心に闇を落とす。
    「一度零れてしまった水は、二度と盆の上に戻る事は無い。けれども、新しく水を汲み直すことは出来るわ」
     もしも恭子が灼滅者の素質を持つようであれば、闇堕ちからの救出を。
     或いは完全なダークネスになってしまうようであれば、その前に灼滅を。
    「お願いするわ」
     現場となるのは、とある空手の道場だ。どうやら小さな道場であるらしく、その日稽古をしていたのは恭子と少年だけであったらしい。二人に稽古をつけていた師範代も居るが、少年の怪我を理由にすれば彼らを避難させるのは難しくないだろう。
    「恭子を闇堕ちから救うにしろ、灼滅するにしろ、どちらにせよ一度倒さなければならないわ。恭子の意識は残っているけれども、その力はダークネスのもの。言われるまでもないとは思うけれども、油断は禁物よ」
     恭子はストリートファイターとバトルオーラ相応のサイキックを使用し、ポジションはクラッシャーである。道場はそれほど広くはないが、戦闘が可能な程度の広さはあるので気にする必要はないだろう。
     そして。
    「これも既に聞いているでしょうけれども、今回の事件はあまりに不自然すぎるわ。おそらく、強力なアンブレイカブルが関わっているはずよ」
     例えば、ケツァールマスクであったり。
     或いは。
    「――獄魔大将シン・ライリー。杞憂で済めば、いいのだけれど……」
     ただ、それらと関係がなかったとしても、何者かが関わっていることだけは間違いが無い。
    「けれども、今回の目的はその何者かのことを探ることではないわ。そこのところを、間違えないように」
     そう言って、鏡華は話を締めくくったのであった。


    参加者
    榎本・哲(狂い星・d01221)
    室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)
    桃地・羅生丸(暴獣・d05045)
    不破・桃花(見習い魔法少女・d17233)
    山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)
    オリシア・シエラ(アシュケナジムの花嫁・d20189)
    葉真上・日々音(スーパーキュートを目指して・d27687)
    正陽・清和(小学生・d28201)

    ■リプレイ


     踏み入った瞬間に感じたのは、僅かに流れる血の匂いであった。
     しかし動揺も戸惑いもなく、最初に動いたのは、室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)だ。
    「大変、怪我が……!」
     声を上げながら師範代と恭子の様子を伺い、その間に正陽・清和(小学生・d28201)が少年へと駆け寄る。
    「……当たり所が悪くて怪我はされていますが、脈は問題なさそうです」
    「道場の方は私達に任せて、彼を早く病院に連れていって下さい」
     そのまま簡単な容態を師範代に告げ、すかさず香乃果が促す。
     だがそれでもすぐに動こうとしなかったのは、恭子のことが気になるからか。
    「……ショックを受けている御剣先輩の方は、わたしたちで元気付けてみますので……師範代は早く、彼を病院に……!」
     しかしそんな清和の言葉に押されたのか、さらに数秒悩んだ後で師範代は頷いた。恭子の方を気にしつつも少年の身体を持ち上げ、それからふと清和達へと視線を向ける。その瞳に浮かんでいるのは、疑問だ。
     訝しげでないのは、清和達がプラチナチケットを使用しているからだろう。だが全員がそうではないため、何故関係者でない者がここに、といったところか。
     それを察し応えたのは、不破・桃花(見習い魔法少女・d17233)だ。
    「あ、えっと、今日は見学をさせてもらおうかと思ったんですけど……それどころではなさそうですので、わたし達のことは気にしないで病院に急いでくださいっ」
     その言葉に納得したのか、或いはそれよりもこちらを優先しなければならないと思ったのか。何にせよ師範代は曖昧に頷くと、最後にもう一度だけ恭子の方を眺め、その場を後にした。
     その背を見送りながら、山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)はそっと息を吐き出す。関係者を装った場合、下手をすれば自分達も一緒に避難をさせようとするのではないかという懸念があったが、どうやら問題はなかったようである。
     ともあれ、これで残す問題は一つのみ。とはいえそれが最も問題であり、肝心な説得も残されてはいるが――
    (「自分より弱い人を虐げる喜び……か。こっちの世界に来ちゃったら、さらに強い力をもったダークネスさんたちに虐げられるだけなのに」)
     そんなことを思いながらも、再度息を吐き、切り替えた。
     オリシア・シエラ(アシュケナジムの花嫁・d20189)がサウンドシャッターを展開し、戦場の準備が整う。
     そして――


     周囲に、残響が響いた。発生源は、剣と拳。
    「ようかわいこちゃん、そんな怖い顔してちゃ折角の美人が台無しだぜ?」
     桃地・羅生丸(暴獣・d05045)だ。
    「何者の仕業かしらねえが、貴重なかわいこちゃんを闇堕ちさせる訳にはいかねえな。こういう時こそイケメンなこの俺の出番だぜ!」
     嘯き殺界形成を使用しながらも、唐突に繰り出された拳を、鉄塊の如き武骨な斬艦刀で受け止めている。
     そうして豪快な笑みを浮かべている羅生丸に対し、恭子もまた笑みを浮かべており――だがその瞳だけは、まるで一人知らない場所に置いていかれた子供のように揺れていた。
     ポツリと、言葉が漏れる。
    「……何なのよ」
     おそらくそれには様々な意味が込められていたのだろう。この状況。その力。恭子にしてみれば、分からないことだらけだ。
     しかしその全てを説明していられる余裕も、時間もない。
     だから。
    「力を振るえば必ず誰かを傷付けちまう。だがその怖さが分かってりゃあ、余計に他人を痛めつけなくて済むモンだ」
     恭子が空手を習っているのには、事情があるらしい。その辺りの思いを汲み取り言葉にしつつ、羅生丸は構えた。
    「今はその力をぶつけてみるといいさ、俺達が全てを受け止めてやる!」
    「……っ!」
     直後に響いたのは、鈍い音。再度繰り出された拳に、鍛えぬかれた超硬度の拳が合わせられる。
     床板が軋み、しかし羅生丸はそれを踏み抜く前に飛び退いた。
     押し負けたわけではない。その証拠とでも言うかのように、直後に恭子の前に現れたのは、冷気のつらら。
     反射的にその腕が振り抜かれ、だが砕いた先にあったのは流星の如き蹴り。
    「守る為の力で人を傷付けたら凄く辛いと思います……でも恭子さんは望んで傷付けた訳じゃない」
     香乃果だ。
    「力は時に悲劇を生む事もあるけど、だからこそ貴女は強い意思を持ち鍛練していたのですよね?」
     問いかけながら言葉を重ね、しかし返ってきたのは拳であった。
     ギリギリのところで眼前に槍を差し込むも、その衝撃は防ぎきれずに吹き飛ばされる。追撃に床を蹴り、だが到達するよりも先に別の拳が割り込んだ。
     透流である。
    「御剣さん。あなたが得たその力は、あなた自身のものじゃない。漫画とかでよくある話……黒幕から力を与えられて、人格を気づかぬうちに蝕まれて、いいように使われようとしている。だから、人を傷つけて喜んでいるのは本当のあなたじゃない。安心していい」
     そこまでを一気に話してから、一息を吐く。ガシャリと音を立てたのは、その両腕を覆う無骨な雷模様のガントレット――雷神の籠手。
     今回は空手家が相手ということで、透流は装備をそれしか持ってきていなかった。拳のみでの勝負と、そういうことである。
    「これから元のあなたに戻すために死の寸前まで追い込むけど、そのときに戻ってこられるかそのまま死ぬかはあなた次第……覚悟して」
     言って、踏み込んだ。
     そうして殴りあう二人――より正確に言うならば、恭子のことを眺めながら、葉真上・日々音(スーパーキュートを目指して・d27687)は溜息を吐き出した。
    (「日々音ちゃん出動やでー、うちが来たからにはもう安心や! ……ってなぐらいに、強くなれたらエエんやけどなぁ……」)
     思いながら、腕を見下ろし、掌を眺め、再度溜息を吐き出す。
    「そういう意味では、力が欲しいっていう気持ちは……わからへんでもないなぁ……」
     が、直後に、吐き出された弱気ごと、拳を握り締めた。そんなことを言うために、ここに来たのではないのだ。
     三度目の、しかし先ほどまでとは異なる種類の息を吐き出すと、気を引き締める。まだ戦闘も、説得も終わってはいない。
     自分の言葉を伝えるためにも、飛び出した。
    「……先輩が手にしたのは、確かに人を傷つけることもできる力です。……けど、それをどう使うかは先輩次第、なんですよ? ……わたしたちも、先輩と同じような力、持っていますから……」
     清和は気が弱く人見知りであり、そもそも話すのが苦手だ。けれども今この時だけは、恭子の目を真っ直ぐに見据える。
     そんなことを気にしている場合ではない。考えていられる状況ではない。
    「……大丈夫です。今は分からなくたって……一緒に思い出せば、いいんです。そのためのお手伝い、させて下さい」
     ただ精一杯に、その言葉を伝えていた。
     本来は回復役である桃花だが、初手に限ってならば、ある程度自由に動くことが出来る。
     だからこそ桃花はその一手を使い、恭子の元へと飛び込んでいた。
    「思い出してください、御剣さんが空手を始めた理由を!」
     魔法少女のコスチュームに身を包み、言葉を投げ、魔法のステッキを振りながら、その脳裏に浮かんでいたのは自分が闇堕ちした時のことだ。
     その時の気持ちは今でもはっきりと覚えている。
     何もかもがどうでもよくなるぐらいの、暗い気持ち。そこに差し出された暖かい言葉と、差し込んだ光。忘れようとしても忘れられない、鮮烈な思い出だ。
     それを自分も与えられたらと、そう思う。
     あの人達もこんな気持ちだったのかなと、そんなことも思う。
     きっとこの手はまだ、あの人達のところにまで届いてはいない。それでも、ほんの少しでも、あの時自分が感じたものを、目の前の人にも感じて欲しいと、そう思うから。
     その目を真っ直ぐに見ながら、両手で握ったステッキを、力いっぱいに振り上げた。
    「人を守る筈の力が人を傷つける。それは矛盾ですよね。誰かを守る為の力は誰かを傷つける力なんです。貴方はそれに気付いてしまった。思わぬ結果に戸惑っているのでしょう? でも、そこから目を背けてはいけないんです」
     恭子からの攻撃を防ぎながら、オリシアは真っ直ぐにその言葉を伝えていく。
    「貴方は何を、何から守りたかったの?」
     問いかける。
    「その張り付いた笑顔は貴方の何? それは害意、悪心、ダークネスと呼ばれる存在」
     一緒に戦いましょうと、投げかけ――
    「大事な事は何を選択するか、どちらに立つか、でしょう?」
     疑問ではなく、確認するように言い、けれども返ってきたのは拳であった。
     だがそれは途中で遮られる。
     榎本・哲(狂い星・d01221)だ。
     いつものように気だるげな雰囲気を漂わせながら、しかし呆れたように溜息が吐き出される。
    「まー、ホント、最もっつかなんつか……。お前一体ナニがしたかったんだよ」
     その言葉に、恭子は歯を食いしばった。一層強く、拳を握り締める。
    「そんなこと――」
     ――こっちが知りたいわよ!
     言葉と共に、拳が振り抜かれた。


     今の恭子の拳は、凶器という言葉でさえも生温い。その一撃をまともに受けてしまえば、灼滅者でさえもただでは済まないだろう。
     だが振り被られるそれに向かい、羅生丸は怯むことなく踏み込んだ。
     何故ならば、全てを受け止めてやると告げたからだ。
     だから受け止める。それだけの話であった。
     それはある意味で、羅生丸のこれまでの生き方そのものだ。不器用で、けれども、だからこそ――
    「似たような奴等は放っておけねえ、ってな!」
     己の魂を燃え上がらせ、雷を宿した拳を振り抜く。鈍い感触が伝わり、だがお返しとばかりに殴り返された。さらには追撃とばかりに踏み込まれ、けれども羅生丸は、不敵な笑みさえ浮かべてそれを見ていた。
     先の言葉の通りだ。受け止めるのは――
    「必殺、日々音ストレートぉ!」
     横合いから飛んできた日々音の拳が、それを正面から受け止めた。
     そして振り被り、まだ伝えられていない言葉ごと、叩き込む。
    「守る為の力が欲しいんやろ!? 敵を倒して、仲間を守る! そんな力が欲しいんやろ!? せやったら、思い出しぃ! 力が欲しいって思ったキッカケをな!」
     とはいえそれは考え抜いた末のものではない。半ば以上が勢いに任せたものだ。
    「思い出して………思い出し……えーと………」
     だから咄嗟に言葉が出てこず、詰まる。
     けれども。
    「とにかく! 自分を見失ったらアカンって事や! もう一回、『自分』を思い出すんや!」
     強引に、勢いのまま押し切った。
     そしてそれに続くように、香乃果が前に出る。
    「そう、思い出して。貴女の本当の気持ち。貴女の強い想い」
     自身も心の中に闇を抱えているからこそ、香乃果は恭子の苦悩を理解することが出来た。
     けれども、香乃果はその闇に支配されず、人で在りたかった。
     皆にも人で在って欲しいから。
     だから。
     ――必ず救う。
     嘗て救えなかった人がいる。だからこそ。
     ――もうあの哀しみは繰り返さない……!
    「今なら貴女は貴女に戻れるの。どうか貴女の中の闇に負けないで!」
     その決意を込めて、言葉を紡ぐ。想いよ届けと、槍を振るった。
     皆が言葉を重ねるのを聞きながら、透流は戦闘を繰り広げていた。
     その口から説得の言葉が流れることはない。それは透流の役割ではないという、そういうことだ。
     勿論透流だけで勝てると思っているわけではないけれども――
    「純粋な力比べじゃ私が負けるかもしれないけど……私には、ここまで積み重ねてきた経験や心強い仲間たちの存在がある。だから、負けない」
     宣言するように言い放ち、影を宿した拳で殴り飛ばした。
     しかしそこで攻撃の手は緩めない。言葉を止めない。
    「……守るための力、助けるための力。すごく、すごく素敵だなって、すごいなって、思います」
     だから曲げないで欲しいと、恭子の元へと飛び込みながら、変わらず精一杯に清和は伝える。
    「……力に負けないで、ほしいです……」
     少しでも伝わって欲しいと、力になれればと思いながら、向かってくる拳に対抗するように、炎を纏った蹴りを撃ち放った。
     誰かを守りたい。だから強くなりたい。でもそれは相手を否定する為の力だと、オリシアは告げる。
     力を行使する理由と、結果の矛盾だ。
    「それは私達の永遠のテーゼです。正直なところ、私だって自信なんかないんです。覚悟だって、あるのかどうかさえ……」
     けれど。だから。
    「一緒に悩みましょう? 貴方も私も、一人ではないのだから」
     そう言って手を伸ばし、しかし恭子の拳は握られたままであった。そのまま向けられ、だが受けた傷は即座に癒される。
     桃花だ。
     だがそうしながらも、桃花は真っ直ぐに恭子を見詰めていた。ステッキを握り締め、皆を癒しながらも、叫ぶ。
    「諦めないでください! 御剣さんは強い力を持っています。だからこそ、その力と戦わなきゃダメなんです!」
     今日みたいなことが二度と起こらないように。
    「大切なものを、決してその手から離さないためにも!」
     その言葉に、ピクリと恭子の腕が動き、だが拳は止まらなかった。
     否、最初から自身の意思で止めることなどは出来なかったのだ。
     だからこそ。
     その拳は、自分以外の手で止められた。視界に入ったのは、相も変わらず気だるげな哲の顔。
     だが恭子の瞳を眺め、ほんの少しだけその口元が歪められる。
     そしてそれが現れたのは、その背後からだ。
    「お前さんの迷いはこの一振りで断ち斬ってやる」
     振り被られたのは、漆黒の刀身。本来の姿を取り戻すべく、鏖し龍という名のそれが振り下ろされ――それが、戦闘の終了を告げる、合図となったのであった。


     力を求める心は、きっと間違いではなかった。けれども、正しくもなかったのだろう。
    「大丈夫ですか? 痛いところはありませんか?」
     その言葉と、向けられた顔を見て、そんなことを思った。
     言っている本人も傷ついているというのに、まるでそれを感じさせない。
     それは、その後ろから現れた人達もそうだ。少年のことで慰められ、お帰りなさいと言われ、学園やこの力のことを説明され、つい先ほどまでのことなどなかったかのようである。
     ――その姿を見て、無くし物を見つけたような気がした。
     何となく、腕を上げてみようと思い……痛かったからやめておいた。仕方なく視線を移動させて、拳を見る。握って、開いて、そこには何もなかったけれども……きっと、最初から探す必要なんてなかったんだと、そんなことを思う。
    「えっと、それでですね。御剣さんも、学園に来てみませんか?」
     その言葉への返答は、保留にしておいた。
     だってまだ、この人達のように出来る自信がない。
     それはいつ持てるようになるのかも分からないけれども……その切欠でも掴むことが出来たのならば。
     その時は――。

    作者:緋月シン 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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