凛と光る刃

    作者:立川司郎

     空が白みはじめる頃。
     張り詰めた空気の中、葵は本殿の方へ向けて一礼する。屋根が雨を遮るだけで吹きさらしの神楽舞台は、10月の朝ともなれば冷たい風が吹く。
     しかし葵は毎朝道着に着替えると、最初に本殿へと正座して一礼した。
     それから重い真剣を握り、一通り素振りをして朝の鍛錬を終える。
     ひとりそうして刀を振る葵は、私は好きだった。
    「葵、もう起きてたの?」
     私はいかにも今起きて来ましたというように演じて、鍛錬が終わった頃に葵の前に顔を出すのである。
     葵と私、顔は同じ双子なのに鏡で映したように正反対だった。
     物静かな葵は、ふとかき消えそうな笑みを浮かべて刀を納める。
    「うん。私、櫻ちゃんと違って下手だから練習しなきゃ」
     葵はそう私に笑って言う。
     でも、私は本当は知っているのだ。
     昔から私の後ろに着いてきた葵は、本当は私よりずっと頑張り屋さんで、私よりずっと剣も上手だって事を。
     ただ、そんな葵が私も好き。
     ただ、こうして後ろを歩く葵が遠慮がちに笑って居る事に、空気を読んで知らない振りをしているのも、私は満足している。
     ……本当なんだ。
    「一本ぐらい私に入れてみなよ、葵。大丈夫、マジになったら絶対強いって」
    「駄目だよ、今でも一生懸命だよ」
     葵はそう私に言い返した。
     嘘つき。
     本当は私より強くて、私よりずっと頑張り屋で、ずっとかっこよくて……ずっと素敵。
     私は思わず、平手で彼女を叩いた。
     それは冗談のつもりで、いつものようにじゃれているだけだったのだ。私は時々モヤモヤすることがあっても、葵を傷つけようとか思った事なんて……なかったのだから。
     だけど、その日は違った。
     振り上げた手が葵に触れると、彼女は刀ごと神楽舞台の端へと吹き飛ばされたのである。
     柱に叩きつけられた葵は、血塗れでピクリともしない。
    「……え?」
     私は両手を見下ろした。
     何故?
     何が起こったの?
     分からない……分からない。
     ただ、私の中で何かが起こっているのだけは、分かった。血塗れの葵にそっと近づくが、彼女は私の声に何も反応を示さない。
     葵が……。
     葵を私が……。
    「やだ……いやだ……あああああ!」
     まるで、突然自分だけが異質な存在になってしまったかのように、私は触れた葵を玩具のように殺してしまったのだ。
     殺した。
    「殺した……殺した……」
     私は裏山に駆け込むと、がむしゃらに走り出した。
     
     道場に座した隼人は、木刀を前に置いてひとつ深呼吸をした。剣を嗜むという点においては、隼人もそうであった。
     ただ、隼人が話す少女は異質な力をもてあましている。
     闇堕ち、と隼人は口にした。
    「櫻という名の少女は、元々双子の妹である葵と一緒に剣術を習っていたらしい。実家が神社で、毎朝そこで葵が朝練をしているのを、櫻はずっと見ていた」
     日課ともいえるそんな状況が崩されたのは、突然の事だったという。櫻は少なくとも、闇堕ちするまでの理由など妹に持ってはいなかったのだから。
     妹の方が少しだけ剣が上手くて、少し不器用で、少し頑張り屋だった。
     それでも姉妹は、うまくやっていたのだ。
    「彼女はまだダークネスになりきっちゃいない。だから、灼滅者としての素質があるなら、彼女を救い出してやって欲しいんだ」
     ただし、と隼人は表情を曇らせる。
     ただしそれが敵わないようならば、櫻は灼滅しなければならない。
    「櫻は現在、神社の裏山に潜伏している。裏山に小さなお社があってな、細い獣道だが何とか分かるだろう。……櫻は恐らく、そこにいる」
     社の前は、戦うには十分な広さがあると隼人は話す。
     武器は刀。
     葵が持っていた刀を、思わず持ち去ったらしい。彼女は大分錯乱しているらしく、灼滅者達が接近すると怯えて逃げようとするかもしれない。
    「だがまあ、逃げ場が無い山ん中だから取り囲むのは容易いだろう。最初は守りに徹して手を出すのを怖がるかもしれんな……櫻は自分の力を恐れて、戦う事も人と向き合うのも拒否しようとしている」
     思う存分戦えば、自分の力の事が分かるのではないか。
     隼人は彼女へ掛ける言葉を、灼滅者達に任せてにんまり笑った。
    「こいつは本来、こんな所で堕ちるはずじゃなかったんだと思う。だが堕ちちまったもんは仕方ねェ。思う存分戦って、そして連れ戻してやってくれ」
     任された任務が終える頃、帰り道はもう一人増えているようにと願う。
    「……それと、妹はまだ生きてるはずだ。派手に出血したが、命に別状は無いと思う。放っておいても自力で自宅に戻るだろうから、あまり櫻について余計な事は言わない方がいいぜ」
     手当をする事を、隼人は咎めはしなかったが。
     少女はまだ誰も、殺していないのだ。


    参加者
    遠藤・彩花(純情可憐な風紀委員・d00221)
    凌神・明(英雄の理を奪う者・d00247)
    紗守・殊亜(幻影の真紅・d01358)
    巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647)
    葛絵・凛世(星彩・d14054)
    木元・明莉(楽天陽和・d14267)
    新城・鉄次(刃の中に見る世界・d25151)
    天宮・楓(紅蓮の姫巫女・d25482)

    ■リプレイ

     ふと顔を上げると、山に朝霧がかかっていた。
     秋の冷たい空気を浴びると、しゃんと気持ちが引き締まる思いである。巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647)は視線を戻すと、静かに仲間の後に続いて歩いた。
     山麓にある神社は、裏手がすぐに山となっている。
     側には自宅があり、冬崖たち灼滅者は周囲の気配に気を配りながら舞台の方へと進む。
     その時。
    「いやだ……あああああ!」
     悲鳴のような声が、早朝の社に轟いた。
     弾かれたように、先頭に居た凌神・明(英雄の理を奪う者・d00247)が駆け出す。ちらりと後ろを振り返り、側に楓が控えているのを確認すると、神楽舞台に手を掛けて飛び上がった。
     既に舞台に櫻の姿は無く、崩れ落ちた血塗れの葵が居るだけであった。
     明は服に手を触れると、即座に服から血を取り除いていく。その下から現れた額の傷は、明の見た所ではさほど深くはなかった。
    「……相良が言っていたように、傷は浅いようだな」
     明が小さく息をつくと、天宮・楓(紅蓮の姫巫女・d25482)はほのかに温かい風を起こした。やさしい風がふわりと葵の髪をなで上げ、眠らせていく。
     意識はほとんど無いようだったが、これでしばらく目を覚ます事はあるまい。
     楓は傷口を手で押さえたまま、振り返る。
    「後は私が手当しておきます。後から追いかけますから、皆さんは櫻さんの後を追って下さい」
     朝露で山道が滑りますから、お気を付けて。
     そう注意を促し、やんわりと楓は微笑んだ。葵の傷が思ったより浅く、楓もほっとしているようだった。
     こくりと頷いた冬崖が先を行き、明は彼らが去るのを見届ける。そして葵の服を綺麗に整え終えると、ようやく立ち上がった。
    「早く追いつかなければ、また逃走されるかもしれん。先を行くぞ」
     最後に明が山道へと分け入ると、楓は葵の額に手をやった。
     手当の甲斐があったのか、最初苦しそうな表情を浮かべていた葵が、少し落ち着いた顔色を取り戻していた。
     願わくば、櫻という少女が闇に堕ちる事のないように……。
     楓は山から吹く風に目を細め、呟くのだった。

     細い山道は、確かに何者かが踏んだ跡を残していた。
     最後尾にいた明は、先に行ったはずの仲間の背を林の中にちらりと見つける。足を速めて彼らの跡を追いかけると、細い獣道はやがてパッタリと途絶えて空間が開けた。
     仲間に声を掛けようとして、そして明は視線を向ける。
     バベルブレイカーを手にした明の前で、遠藤・彩花(純情可憐な風紀委員・d00221)がじっと彼女を見つめていた。引き締まった表情で、彩花は彼女に向かい合う。
     小さなお社の側に座り込んで震えている、少女。
     まだ大人になりきっていない少女の手には、余りある力があった。
     近づきかけた葛絵・凛世(星彩・d14054)を、刀で威圧した櫻。凛世は息を飲み込んだが、おずおずと様子を伺うように言葉を紡いだ。
    「わたしたちは、櫻さんと……葵さん、のおふたりを助けに、きました」
     戦う為に来たのでは無い、と凛世が伝えて、敵意がない事を示す。
     彩花も1歩前に踏み出すと、彼女に声を掛けた。
    「あなたが櫻さんですね」
    「……な、何なの……あなたたち……」
     ガタガタと震える彼女の手には、刀がしっかりと握られている。
     その刀を手放す事が出来なかったのは、彼女が戦いに魅入られた者だからだった。それが、『似たもの同士』には分かるのだ。
     明は彼女の様子を伺いながら、こめかみに手をやった冬崖にちらりと視線を向けた。
    「おい、やり合う前から倒れるなよ」
    「……いや心配ない。だが、分かるか?」
     冬崖の問いかけに、明は薄く笑う。
     多分自分たちは、するりと彼女を闇に落とす事が出来るし、救い出す事も出来るのである。アンブレイカブルになりかけた彼女がどうしたいのか、分かる。
     こころゆくまで戦う事、それにより堕ちもして生きもするのだ。
    「だが、お前はまだ助かる。取り返しのつかない所に行く前に、戻って来い」
    「取り返しの……つかない所?」
     櫻が目を開き、明を見返す。
     彩花は明の話を継ぎ、葵が無事である事を淡々と伝えた。自分も傷を見たが、出血量の割に傷は浅く意識ははっきりしていたと言った。
     実際彩花は葵と会話を交わしていないが、エクスブレインの話からも葵の傷は問題無いと考えられる。
    「混乱していらっしゃるのでしょうが、大丈夫ですよ櫻さん。私達は貴女を元に戻す為に来たんですから」
    「何を戻すの……私、葵をあんな風に……玩具みたいに倒したのよ。力も……意識も……瞬発力も、比べられない位に…」
     じわじわと、自分の体の変化を実感して来たのかもしれない。
     自分が既にヒトではない事、そして尋常ならざる戦闘力が備わった事を。その力を、戦いに費やしたい。
     今まで勝てなかった葵をも倒せる、この力を試したい。
    「いけません、その力はあなたを飲み込んでしまいます。気をしっかり持って抗って!」
     手を伸ばしかけた彩花を、櫻は刀で払う。
     その指先が、微かに血の雫を零す。
     明は武器を構えたまま、問いかけた。
    「本当にそれでいいのか? ただ武の為に肉親や大切な人と殺し合って、それで満足なのか」
    「じゃあどうするの? どうなるの? 戦えばいいの? 逃げればいいの? ……逃げるのは嫌!」
     そう叫んだ櫻を、木元・明莉(楽天陽和・d14267)がふと笑った。
     戦いの中で堕ちる者は、戦いの中で救うしかない。その力の制御は、戦いの中でしか得られないのだから。
     逃げたくないというのは、力求める者の本能であった。
    「君は妹より弱い事が悔しい? ……それとも、強さに嫉妬している自分の心の弱さが悔しいの?」
     紗守・殊亜(幻影の真紅・d01358)が櫻に聞いた。
     アンブレイカブルとは、何よりも武を追求した存在。彼女にその素質があるのならば、武と力に対する執着は人並み以上であろうと推測する。
     だがその結果、一人ぼっちになってしまうのは切ない。
    「君は灼滅者としての素質がある。俺達も同じ、強い力を持った者同士なんだ。……そしてここにいる殆どの仲間も、君と同じ力の素質がある」
    「そう。俺も要するに、バトルマニアって訳だ」
     明莉が肩をすくめて言った。
     この力は、制御さえすれば折り合いをつけて生きて生けると明莉は話す。そこで新城・鉄次(刃の中に見る世界・d25151)に視線をやると、鉄次が後方に回り込んだ。
     とっさに起き上がった櫻を、明莉が制する。
    「制御出来るように、俺達全員で相手をしよう。戦いの中で、それを学ぶといい」
     大太刀を構えた鉄次は、じっと櫻を見据える。
     握った鞘の冷たい感触は、鉄次の精神を冷えさせる。
    「魂を強く持て。丹田に力を入れろ。折れずに立て……必ず救ってやる」
     俺の命に代えてもな!
     鉄次が斬りかかると同時に、灼滅者七人と櫻は一斉に動き出した。

     櫻の攻撃に備えて彩花がシールドを展開するが、彼女はまだ動く気配がなかった。慎重に様子を見る、彩花。
     対して明莉は、殊亜の背から狙う位置で太刀を構えた。
    「結局、戦うしか……なかったんですね」
     何かもっと伝えられたのではないか、と彼女の様子を見ていた凛世が呟く。戦うしかなかったのか、それとも戦う方法が最善であったのか。
     しかし、明莉は戦う方が良かったのだと言った。
    「……そうなんだよ」
     意を決した明莉の言葉に、殊亜は構えたまま笑った。
     押さえきれない力は、戦いの中で覚えていくしかないのである。彼女が力に飢え力を求めるというなら、最初にまずその力の制御を覚えて貰うしかない。
    「逃げたくないなら、力を恐れては駄目だ!」
     紅のオーラを拳に漲らせ、殊亜が櫻へと立ち向かっていった。後方の明莉を守りつつ、拳を櫻の刀へと当てていく殊亜。
     それは、櫻へと攻撃を促しているようだった。
     一歩後ろに下がった櫻へ、今度は後方から鉄次が斬りかかる。櫻の守りを解くように、刀を一閃して斬り払う鉄次。
     一切の恐れがない鉄次と殊亜の攻撃に、櫻は刀で受け止め続けた。
    「思う存分、奮ってみるがいい!
     焔が纏う刃を振りかざし、鉄次が叩きつける。
     もてあました力では受け止めきれず、櫻は刃をまともに喰らった。しかし、体を傷つけられても怖がる様子は無かった。
     明莉は何かを殊亜に囁くと、自分も太刀に焔を纏う。そして殊亜もまた、明莉に合わせて焔を使うと、鉄次も気付いてさらに焔を重ねる。
     焔が櫻に焼き付くと、明莉が叫んだ。
    「そのままだと焼け死んでしまうよ。……それでいいの?」
     逆境になると、必ず武器を取る。
     それを見越して、明莉は焔をわざと付与したのである。予想通り、櫻の目はすうっと怯えが消えて刀を握った。
    「戦えというなら、戦ってやる!」
     櫻は叫んだ。
     体ごと下から切り上げた一撃は、冬崖が縛霊手で受け止める。腕を切り裂いて、冬崖の肩に刃は食い込んでいた。
     ズキン、と体が痛む。
     冬崖は苦痛に眉を寄せた。
    「そうだ、打ち込んでこい」
     冬崖は、再び構えを取る。
     戦いに身を任せた櫻の瞳を見ていると、冬崖は目眩のようなものを感じた。あの堕ちる時の感覚が、伝わって来るようだった。
     ただ懸命に、櫻の攻撃を受け続ける冬崖。じんと腕が痺れると、後方から凛世が起こした風がふわりと体を撫でた。
     冷たい風が、痺れた腕を癒してくれる。
     その感触で、冬崖はほんの少し痛みから解放されたのだった。
    「大丈夫、です。わたしも、見ています、から」
     戦いへの不安も傷の心配もあるが、今はそれを口にすべきではないだろう。凛世は、ただ冬崖へ治癒を続ける事を伝えた。
     後ろから見た凛世の目には、彼女達と仲間の戦いはどこか楽しそうに見えた。
     楽しそうであるのが、逆に少し恐ろしい。
    「早く……来てください」
     ちらりと麓を振り返り、凛世は言う。
     殊亜は力をわざと緩めて、加減をして櫻を攻めていた。その表情には余裕があり、まるで稽古をつけているように殊亜は笑って居る。
     そう、多分稽古なのだ。
    「こっちの動きが見えて居るなら、加減も出来るはずだ。こんな風に」
     殊亜が櫻の刀を弾くと、櫻はじっとこちらの動きに注意を傾けはじめた。反撃の刃を、冬崖にかわり彩花が受け止める。
     闇堕ちしたかけた彼女の刃は鋭く、彩花の腕から血を滴らせる。
    「無理をしないでください。これ位の攻撃、耐えきれますから」
     彩花は冬崖を気遣って言うと、縛霊手を振るった。
     すまんと小さく言い、冬崖は拳を構える。
    「逃げるな……か」
     先ほどの殊亜の言葉を思い返し、冬崖も拳を振るった。櫻の攻撃をひたすら受けつつ、隙を見て拳を振るう。
     戦いに没頭していると、意識が飛びそうだった。
    「私達は彼女を助ける為に来たんです。だから、何も心配なんかいりません……何度切られても、絶対倒れたりなんかしませんから」
     そう櫻に言い切って攻撃を受けた彩花は、櫻の一撃を受けて大きな裂傷を体に作っていた。それでも、彩花は少しも不安そうな顔は浮かべない。
     櫻に斬りかかる明が見え、櫻の向こうに鉄次の視線が彩花に見えた。ふわりと凛世の風を感じ、この場に一人じゃないと感じる。
     たぶん、それは櫻も感じたのだろう。
     ゆっくりと振るった刃が殊亜の武器を弾いたのを見ると、殊亜はほっと笑みを浮かべた。
    「……出来るじゃないか」
     満足そうに、殊亜は微笑んだ。
     満身創痍の殊亜の背後から足音が聞こえると、ゆっくり後ろを振り返る。霊犬黒瑩に先導されながら駆け上がってきた楓は、ようやく仲間の姿を見つけると即座に力を殊亜に注いだ。
    「お待たせしました。櫻さんの手当、無事に終わりましたよ」
     楓は櫻に聞こえるように言うと、冬崖や彩花たちの傷を伺う。楓の指示を受けて飛びかかる黒瑩に合わせて、明がバベルブレイカーをしっかりと構えた。
    「あとは全力で来い」
     高速回転したバベルブレイカーを、明は渾身の力を込めて櫻へとねじ込んだ。体から血が迸っても、櫻は前へと進み刃を返す。
     その刃が明の腕を切ると、背後からは鉄次が櫻を切り裂く。
     冬崖と櫻は、櫻の攻撃を受け止め続けていたが、まだ倒れる様子はなかった。
    「ほら、笑ってる」
     明莉の言葉に、楓が薄く微笑んだ。
     周囲を包んだ楓の風が、戦いの決着を見届ける。柔らかに吹いた風が痛みを癒すと、踏み込んだ明の刃が櫻の魂を砕いたのであった。

     ぼんやりと倒れたまま空を見上げる櫻を、明が静かに見下ろす。
     彼女の表情が晴れやかなのを見ると、明は側に座り込んだ。櫻の手当を楓がしているが、傷は問題なさそうであった。
     不思議そうにしている櫻に、楓が笑ってた答える。
    「大丈夫です。これ位の傷でしたら、次の日に治っていますよ」
    「……そうなの?」
     しげしげと、自分の手を櫻が見つめる。
     櫻に明は、学園の事を説明してやった。同じような力を持った者が沢山居る事、人間で居られる事、いつも通りに生活していける事。
    「そうですよ。私達と一緒に、学園に来ませんか?」
     彩花が聞くと、櫻はぐるりと皆を見まわした。
     でも、自分は妹を傷つけてしまったのだ。その負い目がどこかに残っているのかもしれない。迷いを浮かべる櫻に、ぽつりと明莉が聞いた。
    「神社っていうのは、本来はその奥の御山が聖地なんだって。そういった場所で自分の力を見極めて逝くのも、悪いもんでもないと思うけどね。……櫻はどうして、ここに来ようと思ったんだ」
     明莉の問いに、櫻がお社を振り返る。
     分からない。
     そこに何かがいたのかもしれない。
     山に逃げれば、一人になれると思ったのかも知れない。ただ静寂の中に身を置いて、心を落ち着けたかったのかもしれない。
    「ただ……ここが好きだったから。ここと、お社と…葵と」
    「だったら、早く妹の所に行ってやるといい。もう、怪我をさせる事はないだろう。疾く会いに行け」
     そっと背を押し、鉄次が言う。
     笑顔が浮かんでいる事に安堵し、闇から救えた事にようやく鉄次は肩の荷が下りた気持ちであった。
     疲れたように大木に背をもたれてうつらうつらとしていた冬崖も、体を起こした櫻に気付いて顔を上げる。
    「お前の力は、仲間や大切なものを守る為のものだ。それを忘れるな」
     冬崖が言うと、櫻はこくりと頷いた。
     君は一人じゃない、と殊亜が言う。
    「君は君のやり方で、強くなっていくといい。……一緒に行こう」
     差しだした殊亜の手を、櫻は取って頷いた。やがて麓へと駆け出した櫻の背に、やさしく音色が響き渡る。
     凛世の奏でる音色が、駆け出したばかりの灼滅者を後押ししているようだった。
     ふ、と凛世は祖母との想い出を振り返り、笛の手を止める。
     彼女は言葉を伝えられただろうか。
     大切な人へ、伝えられなかった言葉を。

    作者:立川司郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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