●闇堕ち
中野島(なかのしま)・ギンガは高校2年生の美少年である。イケメンなのである。
ギンガの夢はアイドルになることだ。ある時、彼は思った──。
『この顔でアイドルだって……? しかも、世の女性達にちやほやされているとは……! 僕がアイドルになって、世の女性達の目を覚ましてあげなくちゃいけない!』
そんな彼なりの使命感を抱き、アイドルになるための特訓が始まった。
まずはサインの練習。今では、相手の顔を見ながらサインを書くことができる。
アイドルらしい肉体を作り上げるため、ほどよく筋トレもした。ひょろひょろでもぼよぼよでもいけない。かと言って、ムッキムキ過ぎてもアイドルらしくはない。
ドラマやCMのオファーがいつ来てもいいように、かっこいい仕草の研究もした。かっこよく髪をかきあげる練習や、かっこよく紅茶を飲む練習などをした。
壁ドンの練習もバッチリだ。今のギンガなら、俺様系でも王子様系でも普段は弱気なフリして実は肉食系でも何でも対応できる。
何より、アイドルに大事なのは笑顔だ。これまた俺様系でも(中略)何でも対応できる。鏡の前で笑顔の練習をしていたら、鏡の中の自分にときめいてしまった。
『この僕が、アイドルになれないはずはない』
自信満々なギンガは、オーディションを受けるために書類を送った。彼が選んだのは、大手とは真逆の存在である弱小プロダクション。なぜ弱小にしたのかと言えば──。
『大手のプロダクションなら、この僕がスターになるのは簡単だ。しかし、それではプロダクションの力でスターになるようなものだ。では、弱小ならどうだ? いつ潰れてもおかしくないようなプロダクションで、僕がスターになったらどうだろうか? そんなことになったら、僕は救世主だ──それは、ものすごくカッコイイことじゃないか!』
……という理由だ。つまり、ものすごく自信満々なのだ。
書類審査はあっさりクリアした。ギンガにとっては当たり前のことだったので、喜ぶほどではなかった。
次の審査があるため、彼は今日、オーディション会場を訪れた。
そして──不合格になった。その場で結果が発表されたのだ。
「……なぜ……この僕が……!」
理由は単純。音痴だったから。それも、壊滅的なまでに。
事務所の人たちは「キミはイケメンなんだし、モデルとかに興味ない?」とは言っていたが──要するに、手が付けられないほどに音痴だったので、歌のレッスンをする気も起きなかったのだ。
しかし、ギンガがなりたいのはモデルではなくアイドルだ。モデルの話は断り、オーディション会場を後にした。
「まさか……この僕が…………音痴だったなんて……!」
自覚はなかった。カラオケでも気持ちよく歌っていた。熱唱していた。
得点が「この機械、壊れてるんじゃない?」と思うほどに低かったが、壊れているのだと思って気にしなかった。
別の日も同じような点数が出たので、彼は「心のない機械では、僕の歌声の良さが理解できないようだね」と納得しておいた。
しかし、機械の「音程ズレてるっすよ。お兄さん、音痴っすね」という評価は正しかったのだ。
「……この僕が……アイドルになれないなんて……!」
これでは、使命を果たせない──少年は絶望した。自分自身の不甲斐なさに。自分に音痴という欠点が存在することに。
「フッ……世の女性の視線は、僕のものだ。僕だけのものだ。この僕だけを見ていればいいのさ──!」
ギンガの魂の奥底で、ダークネス──淫魔が目覚めた。
壱越・双調(倭建命・d14063)が津軽三味線を弾いていた時、突如として弦が切れてしまった。弦が切れるのは仕方のないことではあるが……。
「これは、嫌な切れ方をしましたね……」
何かの前兆だろうかと思いながら、新しい弦に交換していく。
──後に、闇堕ちしたギンガの情報が、双調の手によって武蔵坂学園へともたらされることになる。
●教室にて
「闇堕ちしちゃった中野島ギンガくんを救出して欲しいの!」
サイリウム(ケミカルライト)とうちわを手にした少女──野々宮・迷宵(中学生エクスブレイン・dn0203)が言った。それは、アイドルのファンを模した格好だった。
「双調くんのおかげで、ギンガくんがどこに現れるかは判明してるよ!」
と、迷宵が黒板上の地図を指差す。
「ギンガくんは、ここの地下駐車場に現れるよ!」
それは、大型ショッピングセンターに併設されたものだ。
「ギンガくんは高校2年生のイケメンさんだよ。アイドルを目指して頑張ってたけど……音痴だったせいでオーディションに落ちちゃったんだ。それで、ギンガくんは淫魔になっちゃて……。でも、まだ完全な淫魔じゃないから、救える可能性があるの!」
今のギンガは、人間と淫魔の中間のような存在だ。淫魔になりかけてはいるが、まだ人間の──ギンガの意識が残っている。
「ギンガくんはプライドが高い男の子なの」
自意識過剰と言うか、ナルシストと言うか……そんな感じである。
「だから、音痴という欠点があるのを許せなかったみたい」
なお、それ以外の欠点はない……と本人は思っている。実際、ナルシストなところを別とすれば、欠点らしい欠点はない。
「あと、あまりイケメンじゃない人がアイドルやってるのに、自分がアイドルになれなかったことが悔しいみたい」
ギンガは、アイドルになることを自分の使命だと思っていた。世の中に、イケメンじゃないアイドルがいるのは間違っている──そう思っているのだ。
「なんとか説得できれば、ギンガくんを救えるかもしれないんだけど……」
もし、ギンガを闇堕ちの危機から救うことができれば、彼は灼滅者となる。
しかし、それには素質──灼滅者になる素質が不可欠だ。こればっかりは、灼滅者たちの努力ではどうにもならない。
「ギンガくんを救えない時は……完全な淫魔になる前に、ギンガくんの灼滅をお願い」
完全な淫魔になる前となってからでは、戦闘力に大きな差がある。闇堕ちが完了してからでは、灼滅は困難を極める。
なお、灼滅する場合のみならず、救出の際にも戦闘になる。ギンガに素質があれば、彼をKOすることでダークネスの部分だけを灼滅できるのだ。
「ギンガくんは、パッショネイトダンスと閃光百裂拳、制約の弾丸を使えるよ」
音痴だからか……ディーヴァズメロディは使ってこない。
「救出か灼滅か……ギンガくんの未来がどうなるのか……。その判断は、実際に戦うみんなに任せるね」
参加者 | |
---|---|
水綴・梢(銀髪銀糸の殺人鬼・d01607) |
倉澤・紫苑(自称水着評論家・d10392) |
壱越・双調(倭建命・d14063) |
幸宮・新(ペン・d17469) |
法花・葛黎(グランジロック・d26894) |
リュネット・エトワール(針ナシ銀時計・d28269) |
湍水・れん夏(シドヴィシャスが見た夢は・d29496) |
アリーシャ・タングラム(中学生神薙使い・d30912) |
●地下駐車場にて
「色んな方がいらっしゃるんですね……」
闇堕ちしてしまった少年──中野島・ギンガについての情報を思い返し、壱越・双調(倭建命・d14063)が呟いた。少し困り顔だった。
「まあ、津軽三味線の道を極めるのも大変な道のりです。……実際、闇堕ちしましたし」
双調は、津軽三味線がマイナーであることに思い悩んだ結果、闇堕ちしてしまったことがある。しかし、ある冬の日、彼は救われた。灼滅者たちによって。
「前科持ちの私としては、道を極める努力をする同志を、ぜひ助けて差し上げたいですね」
ギンガは、この地下駐車場にやって来るはずだ。
この駐車場は、大型ショッピングセンターに併設されたものだ。閉店時間が近いからか、駐車中の車はほとんどない。
「殺界形成ばばばー」
と、湍水・れん夏(シドヴィシャスが見た夢は・d29496)が殺気を放った。これで、一般人はこの駐車場に近付かないはずだ。
あとは、ギンガが来るのを待つばかり。
「ふふ。待ち伏せ、ギンガの出待ちみたい。うちわでも作れば、よかった?」
頭から鹿の角(自慢の角らしい)を生やした法花・葛黎(グランジロック・d26894)が言った。
「アイドル……アイドルねぇ。なんかちょっとだけ、ラブリンスターの事務所紹介したくなったわ」
そう言ったのは倉澤・紫苑(自称水着評論家・d10392)だ。
「私としては、男の子のアイドルよりも女の子のアイドルの方が嬉しいけどね♪」
紫苑によると、至高の抱き枕は女の子かキツネなのだとか。
と、その時──。
何者かの足音が駐車場に響いた。足音はこちらへと近付いてくるようだった。
「美しい女の子がいるね。それも4人も。ついでに、男も4人か」
美少年──ギンガが言った。
「サウンドシャッターは、任せてっ」
その姿を確認したリュネット・エトワール(針ナシ銀時計・d28269)は、音を遮断する結界を展開する。
「うおぉ……。ほんとにイケメンだ……」
それが、ギンガを見た幸宮・新(ペン・d17469)の素直な感想。男が驚くほど、ギンガは美しい少年だった。
「君は今、『ほんとに』と言ったね? まるで、僕のことを──僕が美しいということを、事前に知っていたような口振りじゃないか。何者なのかな? まさか、ストーカーかい? よしてくれたまえよ。僕は、男に興味はない」
「ストーカーではないけど、僕達は君の事を一方的に知ってるんだ」
「……ふむ。だとすれば、どこかの芸能プロダクションの人かな? しかし、それにしては若過ぎるね。まあ、何でもいいか。今の僕にとっては、そちらの美少女ちゃん達を僕の虜にすることと、男を排除することの2点が重要なんだ。この世の女性達は、僕だけを見ていればいい──僕だけのものであればいい」
「イケメンと聞いて飛んできたけれども、何かこう…………ときめかねぇなぁ……」
残念そうな顔で、水綴・梢(銀髪銀糸の殺人鬼・d01607)が呟いた。胸のときめきはどこに行ってしまったのか。
「まあ、飛んできたものは仕方がないので、お仕事がんばりましょう」
言って、スレイヤーカードを手に取る。
「イケメンさんかぁ。でも、男の人は顔じゃなくて心だよねって、ママが言ってたよ!」
男装少女のアリーシャ・タングラム(中学生神薙使い・d30912)が言った。男装はしているが、少女であることを隠しきれてない。特に胸元(巨乳)。
「淫魔になる前に、助けてあげないとね!」
紫苑、梢、アリーシャ、リュネット──4人の少女を順に見て、ギンガが「ふむ」とうなずいた。
「美しい。君達は僕のものだ──僕だけのものだ。さて、男を排除するとしようか」
美しい顔に、どこか凶暴さを秘めた笑みを浮かべる。その彼に、双調が声をかける。
「ギンガさん、私は壱越双調。津軽三味線を鍛錬しております」
「津軽三味線? 津軽三味線を弾くという人間に会うのは、これが初めてだよ。青森に行ったこともないしね。君は、上手なのかな?」
「……まあ、色々道は遠い訳でして。まだまだ未熟者です。ですから、貴方の悩みは良く分かります」
「僕の悩み?」
「歌が……上手ではいらっしゃいませんね?」
「……」
「私も、貴方のように深く悩んだんですよ……。今の貴方のように、闇に蝕まれた所を助けて頂きまして」
「闇に蝕まれた……か。確かに、僕は闇に蝕まれているのかもしれないね。でも、僕はこのままでも構わない。最近、なんとなくわかってきたんだよ。僕には、女性を魅了する力があるんだって」
「このまま、貴方が闇堕ちしてしまうのを見過ごすわけには参りません。ギンガさんはアイドルとしての頂点、私は津軽三味線の弾き手としての頂点を目指す者。言わば、同志です。ぜひ、貴方を助けてあげたい。この手を──取っていただけませんか?」
「残念だけど、それは出来ない相談だね。僕には野望があるんだよ。この世の女性達を、独占したいんだ。ふふっ。どうやら、僕は独占欲が強いらしい。ある時、思ったんだよ。この世に男は、僕だけでいいんじゃないか──って」
「ギンガさん……」
「だから僕は、君をこの世から消し去るよ。もちろん、君以外の男もね。女の子達も、僕の邪魔をするのならば容赦はしないよ。僕のものにならないのなら、僕の手で葬り去る。僕の心の中で、君達を永遠のものにしてあげる」
「……貴方を止めます。私達が、貴方を救って見せます!」
「無駄だよ。僕は、僕の野望を成し遂げるんだから──!」
●雫
「これが、僕のオーラだよ。綺麗だろう?」
ギンガが、体からオーラを噴き上げた。それは、彼の拳を覆うように集束していく。
その拳を、双調へと叩き込む。1発や2発ではない殴打が双調を襲う──が、双調は真正面から受け止めた。
「目を覚まして頂きますよ」
双調の腕が鬼のものと化す。その異形の腕を見て、ギンガが驚いた。
「その腕は……何だ……!?」
闇堕ち直後のギンガが、鬼神変を知らないのも無理はなかった。彼は、自身が淫魔という存在になりかけていることすら知らない。
鬼の拳で、双調がギンガに殴りかかる。自身を殴り飛ばした相手を睨みつけるギンガに、紫苑が接近する。
「誰にだって欠点ぐらいあるわよね。というかね……」
そう言った彼女は、ギンガに向かって飛び蹴りを放つ。
「音痴だっていいでしょ!」
「……痛いじゃないか、ポニーテールのお嬢さん。その泣きぼくろも魅力的だね」
「音痴ぐらい、ちゃんと克服すればいいでしょ! プライドばっかり高くてナルシストで、自分の歌声とかに無条件で酔っちゃってたりするから音痴なのよ! 隠れてでもなんでも特訓の一つぐらいしてみなさいよ! 何の苦労もなくアイドルになろうって方がね、どうかしてるのよ!」
「特訓か。僕はね、特訓でどうにかなるようなレベルの音痴ではなかったんだよ。非常に腹立たしいことだけどね」
「音痴でも、国民的アイドルに登りつめてる人だっているじゃない! むしろ、それは推しポイントじゃん! 一応言っておくけど、音痴ってトレーニングすると治るからね?」
「残念ながら、トレーニングで改善できない音痴もある。僕の場合、弱小プロダクションの人間がさじを投げたくらいだ。どうにかなるレベルだったら、僕は今頃、あの事務所と契約していたはずだよ」
肩をすくめるギンガに、今度は梢が近付く──死角へと回り込んで斬撃をお見舞いした。
「やってくれたじゃないか、眼鏡のお嬢さん。いけない子だね」
「人生のコツは、適度なブレイクスルーと我慢の放棄。上手くいかない人生でも、騙し騙し上手く生きればいいじゃない」
「……」
「欠点ってのは、確かに現時点ではダメな部分よ? でもそれって、逆に考えれば、伸び代しかないって事よ。経験すればするほど伸びる事を、誇りなさい」
「逆転の発想……ポジティブシンキングか……。だけどね、僕はもう諦めたんだよ、アイドルになることは。今の僕には、女性を魅了する力があるんだ。アイドルになる必要もないんだよ」
憂いを帯びた表情で言うギンガに、新が迫る。彼もまた、己の腕を鬼のそれへと変えた。
「アイドルっていうのは、決して顔だけで成り立ってるわけじゃない! 歌もそうだ! それは、他でもない君の! 今までの努力の中で分かってるはずだろっ!? 君が頑張ってきた事は、全部顔さえ良ければ何とかなるようなものだったのかっ!?」
言って、その拳をギンガへと打ち込む。
「……アイドルは、顔だけでも歌だけでもダメなんだ。僕の場合、致命的に──どうしようもないほどに、歌がヘタだったのさ」
「悔しいなら、それをバネにするくらいしてみせろ!」
「……いいかい。人には、限界というものがある。僕の場合、歌の能力はすでに限界に達しているのさ。とても低いレベルだけどね」
「……もう一度、自分の道を考えてみてくれないかな? 堕ちて全部を無駄にするよりは、ずっといいはずだよ」
「……道?」
「灼滅者に──僕達の仲間になって欲しい」
「スレイヤー……? 何だい? それは」
「僕達のことだよ。そして、君がなろうとしているのはダークネス──淫魔」
「ダークネス……? 淫魔? ははは。なるほど。今の僕には、淫魔という言葉はぴったりじゃないか」
「灼滅者になったら、有名にはなれなくなっちゃうけど……それでも、誰もが忘れるわけじゃない。僕達は、忘れない」
「よくわからないけど、君達の仲間になるつもりはないよ。今の僕はね、アイドルになりたいわけじゃない。アイドルにならなくても、この力──淫魔の力があれば、女性達を虜にすることは可能なんだ。スレイヤーというものになる必要は、ない」
「影喰らい、ぐわーっ」
「これは……!」
ギンガを飲み込んだのは、れん夏の足元から伸びた影だった。
「音楽にはね、外れも正解もないんだぜ」
「はずれも……正解も……ない?」
「なかのしまがなりたいのは、平凡な正しい音で正しい道しか行かないアイドル? そんなつまんねーものに収まるタマじゃないだろ? もっとビッグな夢を見よーぜ、べいべー」
「ビッグな夢?」
「プロダクションが敷くレールにわざわざ乗りに行かなくたって、銀河の創造主みたいなアイドルになったら、きっとすごくカッコいいよ」
「……」
「音楽は魂でやるもの。お前が声を枯らせば、どんな女の子もメロメロだぜ」
「今の僕なら、音楽をやるまでもなく、女の子をメロメロにできるさ」
髪をかきあげて言うギンガに、生命維持用の薬物を飲み込んだ葛黎が、厳かな雰囲気を纏って言う。
「天に愛され全てを与えられた者よ」
「……?」
「瑕の無い珠玉は、ややもすれば人の負の心を生んでしまうもの。今、この浮き世が求めるのは、純粋に声援を送りたくなる偶像。おまえが汚点だと思うその瑕にこそ、人々は心動かされ、目が離せなくなる」
「……つまり、世間は不完全な偶像を求めていると言うのかな?」
「ほら、ギャップ萌えとかワシが育てた感って必要なんでしょ。たぶん」
普段の雰囲気に戻って、葛黎が言った。
「フツメンなアイドルがいるのも、そういうこと。才能じゃなく、衆生に愛されてこそのアイドルだものね」
「……愛されてこそ……か」
「その歌は、声は。愛すべき、愛されるべきおまえに、天が与えた最高の贈り物なんじゃないかな」
「バカな……! アイドルとは偶像だ。偶像とは、言わば理想の具現。アイドルは、完璧であるべきだ……いや、完璧でなくてはならないはずだ」
「なりたかったモノになれなかったのは、とってもザンネン、よね」
「!」
リュネットが構えた盾からエネルギー障壁が展開された。
「でも、それで闇へと踏み込むのは、まだ早いんじゃないかなぁって思うのよ。それであなたを見てもらえたとしても、ホントウのあなた……じゃ、ないもの」
「! ……本当の……僕じゃない……!?」
「お歌も、練習すれば上手くなれるかもしれない、わっ。あとは、無言で魅せるミリョクっていうのも、あると思うの」
「無言で魅せる……だって?」
「何にでもなれて、ドリョクもできるあなたは、とてもとってもステキ。それをすべて、放り出すのはもったいない、わ。だから、役者さんに、なってみない?」
「役者?」
「わたし、演じることが好きなの。役者さんは、いろんなヒトを演じられるのよ。いろんな貴方を、見せられるのっ。いろんなあなたで、いろんな女性を楽しませることができる。貴方のそのルックス、スタイル、声、演技力。活かしてみない? わたし、あなたといっしょに演じてみたいって思うのよっ」
「……! だけど、僕は……!」
「おにいさん、かっこいいけど、あれだよ。中身もかっこいいと、もっと素敵だよ? もっと上を目指そうよ!」
天井を指差して、アリーシャが言った。
「上……?」
「おにいさん、歌が下手なんだったら練習しようよ。わたし、カラオケって行ったことないんだ。いっしょにいこ?」
「一緒に……だって? 僕は音痴なんだ。どうしようもないほどに。絶望するほどに! そんな僕と……カラオケに行きたいだって……!? 何故だっ!? 何故、君は……!?」
「だって、一緒に行ったら楽しいと思うから」
「っ!?」
「だから、一緒に行こうよ」
「…………僕なんかと……一緒に……?」
「うん! 今、助けてあげるから──」
アリーシャが、ギンガに槍を向ける。槍からあふれ出した妖気が、穂先へと集中する。その妖気は氷へと変わっていった。
「一緒に、カラオケ行こうね?」
「……ああ。一緒に、行こう」
氷の弾丸が放たれる。
その一撃がギンガを射抜く──いや、ギンガに宿る淫魔を撃ち抜く。
「……ありがとう…………」
呟くように言って、ギンガが膝を突く。体を支え切れなかったのか、両手も突いた。
アリーシャが近付くと、ギンガが顔を上げた。雫が、少年の目からこぼれ落ちていた。
アリーシャがしゃがむと、2人の顔の位置が近付く。少年の額に、少女の拳がこつんと当たった。無邪気な笑顔で、少女は「てへっ」と舌を出す。
差し伸べられた手を、少年が掴む。立ち上がった少年の顔は、思っていたよりも高いところにあった。
ぽんぽんと頭に手を乗せられて、少女が顔を赤くする。
「ちょ、ちょっと……! まずはお友達からだよ! わ、わたし、軽い女の子とかじゃないもん……」
後半は、なんかごにょごにょとしていた。
「んっ」
背伸びをするように、アリーシャが手を上へと伸ばす。彼女の意図を察して、ギンガも手を差し出す。2つの手の間で音がした。
「これからよろしくね!」
「ああ、よろしく。みんなも、よろしく頼むよ。それと──ありがとう」
──淫魔になりかけていた少年は、灼滅者へと生まれ変わった。
作者:Kirariha |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
|
種類:
公開:2014年10月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|