餃子の海で溺死して

    作者:さめ子

    ●餃子とアイドル
     ロシアンご当地怪人残党、ロシアン餃子怪人の前で歌い踊るアイドル淫魔。すらりとした長い脚が軽やかにターンを決めるたび、フレアのミニスカートが翻る。駆け出しとはいえ実力派アイドルによる、たった一人のためのオンステージ。それをニコリともせずに腕組みし、泰然と見守る餃子怪人の姿は、さながら大物プロデューサーである。
    「はあ、はあ……ど、どう? 素敵な歌に感動しちゃったよね? ファン、じゃなかった、仲間になりたくなっちゃうよね?」
     持ち歌全部歌い切り、息を切らしながらも達成感に満ちた表情を浮かべる淫魔。
    「ふむ」
     対する餃子怪人も大きく頷く。さあ交渉成立か、とおもった次の瞬間。
    「んぐぐっっ?! んぐううううう!!!」
     アイドルのちいさなお口に熱々の餃子がつぎつぎと投げ込まれた。
    「この餃子怪人を籠絡したくば、まずは餃子を完食してもらわねばなっ!」
     弾丸のように撃ち込まれた熱々の焼き立てギョウザが、息をつく間もなく口に飛び込んでくる。パリッパリの皮も、ジューシーな肉汁も、その存在すべてが凶器と化した。
    「フハハハハァー! 口ほどにもない!」
     容赦なく投げ込まれ続けた餃子が喉をふさぎ、ついに倒れ伏した哀れな淫魔。餃子怪人の高笑いだけがいつまでも響いていた。
     
    ●おいしい餃子
     キャベツにニラ、豚ミンチ、そして生姜を一片、塩コショウと醤油で味を調え、粘り気が出るまでよく混ぜる。それを小麦を練った皮で包み、熱したフライパンで焼いて焦げ目をつける。
    「ラブリンスター配下の淫魔が、他のダークネスに殺されてしまう事件を予知しました」
     手を止めることなく、西園寺・アベル(高校生エクスブレイン・dn0191)が静かに告げた。テキパキと少量の水をフライパンに流し入れると、ジュウジュウと水の蒸発する盛大な音が鳴る。さっと蓋を閉めて弱火で蒸す間も説明は続く。
    「淫魔達は、サイキックアブソーバー強奪作戦ですり減った戦力を回復させる為に、各地の残党ダークネスを探して仲間にしようとしているようですが、その交渉が決裂した……ということのようです」
     ラブリンスター勢力には、サイキックアブソーバー強奪戦の時の恩もあるので、放っておくのもなかなか心苦しいところだ。それに、残党ダークネスが事件を起こす前に倒すチャンスは逃すべきでは無い。
     アベルの手がフライパンの蓋をサッと取リあげる。白く湯気が立ち上る中、出来立ての熱々餃子を手早く皿へと移す。扇子のように折りたたまれた皮はほんのりキツネ色を帯びてパリッと立ちあがり、反対にポッテリと膨らんだ腹部分はやわらかく透き通って、中に詰まった具がうっすらと透けて見える。出来立て餃子から、肉汁とニラの良い香りが漂った。
    「さて、今回淫魔が目を付けたのはロシアンご当地怪人の残党、ロシアン餃子怪人です」
     アイドル淫魔としての実力でもって誘惑しよう……としたらしいが、餃子の前に儚く散る羽目になってしまった。
    「接触できるのは、淫魔が餃子怪人に攻撃される直前です。ここがすこし面倒なのですが、餃子怪人が淫魔を攻撃しようとしている事をうまく説明しないと、彼女は『武蔵坂に邪魔されて失敗した』と思い込んでしまうかもしれません」
     その上淫魔はダークネスと灼滅者の戦闘が始まるとすぐに逃走し、どうやら一緒に戦ってはくれそうにない。
    「説明は素早く、的確にしたほうがよさそうですね」
     さて、敵となるロシアン餃子怪人は一人。ポジションはクラッシャー。とにかく餃子を食べさせることに執着しており、餃子を弾丸のごとく打ち込んでくる。食べてもいいが、熱い。その上、打ち込まれる餃子の中には、それなりの確率で激辛餃子が紛れているのだ。激辛餃子だからといって受けるダメージは変わらないが、もし食べてしまった場合、激辛のあまり1ターンの間は舌が回らなくなり、ちょっと間抜けたしゃべり方しかできなくなる。 
    「そもそも餃子を食べ続けるというのも、なかなか胃袋に悪そうな気がします。小食の方は無理しないでくださいね」
     ただの餃子と油断すれば、痛い目にあうだろう。たかが餃子、されど餃子。熱々餃子はまさに凶器だ。
     それから、とアベルは一旦言葉を区切った。
    「淫魔もダークネスではあるので、あえて助けないという方針を取ることも可能です。 ラブリンスターは現在普通に活動できるダークネスの中で最強クラスという噂もあります。やはり警戒は必要でしょう」
     アイドル淫魔が倒されてから接触するという選択もできる。どちらを選ぶかは灼滅者たちに委ねられた。
    「くれぐれも気を付けて、ご武運をお祈りしております」


    参加者
    長姫・麗羽(高校生シャドウハンター・d02536)
    ヴァン・シュトゥルム(オプスキュリテ・d02839)
    羽守・藤乃(君影の守・d03430)
    暁月・燈(白金の焔・d21236)
    枉名・由愛(ナース・d23641)
    タロス・ハンマー(ブログネームは早食い太郎・d24738)
    鈴木・咲良(モモンガじゃないフェレットだ・d25318)
    荒覇・竜鬼(妖怪武技芸者・d29121)

    ■リプレイ

    ●1
     餃子怪人の放ったスナイプギョウザが淫魔の口にジャストミート。目を白黒させる淫魔にさらなる追撃が襲いかかる、その直前。躍り出た長姫・麗羽(高校生シャドウハンター・d02536)が淫魔と餃子の射線上に割り込み、髑髏のフェイスマスクを装備した荒覇・竜鬼(妖怪武技芸者・d29121)が、淫魔を追撃から庇う。突然の乱入に目を見開いた餃子怪人は、次の瞬間横合いから暁月・燈(白金の焔・d21236)とタロス・ハンマー(ブログネームは早食い太郎・d24738)の一撃を喰らって、体制を崩した。
    「もがもが?!」
    「な、何奴?!」
    「餃子食べ放題と聞いて! あ、違った。淫魔の子を助けるんだっけ」
     至極正直に応えたのは鈴木・咲良(モモンガじゃないフェレットだ・d25318)。灰色の毛並みをもつ小さな体で、胸を張って堂々と立つ。ヴァン・シュトゥルム(オプスキュリテ・d02839)が、手早くサウンドシャッターを展開しながらへたり込んだアイドル淫魔へと歩み寄った。
    「大丈夫ですか?」
    「危ない所でしたわね。お怪我ございませんか?」
     続けて羽守・藤乃(君影の守・d03430)が手を貸すと、驚いた顔の淫魔がようやく餃子を飲み込んで口を開いた。
    「ひゃ、ひゃくえひゅひゃ!」
     激辛餃子を食べてしまったらしい。淫魔の唇が真っ赤になって、発言も非常に不明瞭だ。枉名・由愛(ナース・d23641)が淫魔の元に駆け寄り、手早く治療を開始する。
    「ちょっと染みるけど我慢してね?」
     不意打ちのダメージから体制を立て直した餃子怪人が、灼滅者たちを指さし糾弾する。
    「なぜ餃子も完食できぬ輩に味方する?! 貴様らも餃子食べろ!」
    「受けた恩は返すのが人の道。例え相手がダークネスであっても」
     凛とした態度で燈が言い切った。くるりと振り返り、淫魔へと笑顔を向ける。
    「私たちが、怪人から貴女を護ります。ラブリンスターさんには、先日の救援に大いに助けられましたから」
     ヴァンが、一層柔らかく微笑みを浮かべた。
    「先日の戦争ではお世話になりました、遅くなってしまいましたが恩返しに」
    「そうなの。私たち、今日はお返しにきたの」
     淫魔の傷を直しながら、由愛もまた淫魔へと感謝を告げる。
    「うそ……ほ、ほんとうに? 餃子、食べに来たとかじゃなくて?」
     まだ信じられないのか、それもと突然の事で混乱しているのか。ついついじっと見つめた視線の先には、今にも餃子怪人に飛びつきそうなフェレット。見られていることに気づいて、咲良が慌てて小さな手足を振った。
    「えっ?! いやっ私はその、そりゃ餃子美味しそうだけど……けど!」
     短い手足をバタバタさせてぴょんぴょん飛び跳ねながら一生懸命訴える。
    「俺は、餃子は……あまり好きではない。そして辛いものは絶対にダメだ」
     マスクで表情が見えないが、竜鬼自身は決して餃子目当てではないとはっきり否定する。なんだとっ、と憤慨する餃子怪人の声は無視、背景だ。
    「ラブリンには少なからず恩義もあるからね。……誤解されても、君が無事ならそれで構わない」
     静かに口を開いた麗羽が、餃子怪人を油断なく見据えた。
    (「無事ならば、歌うことも、その笑顔もまた見れるんだしね」)
     誤解されたとしても、彼女が無事ならそれでいい。そんな麗羽の気持ちが伝わったのか、灼滅者達を見つめる淫魔の顔から、次第に戸惑いが消えていった。
     
    ●2
     治療を終えた由愛は、丁寧に言葉を選びながら告げる。
    「勧誘を妨害するつもりはないの、続けるならこれ以上邪魔はしない。どうしたいかは任せる。でも……」
    「嬢ちゃん、一度思い込んだご当地怪人に話は通じんよ。早く逃げな」
     タロスが油断なく餃子怪人から目を離さぬままに、声をかけた。ヴァンも優しげな眼差しで続ける。
    「ここは私達に任せてお逃げください」
    「ふん、そうやすやすと逃がすとおもうか?」
     じり、と攻撃の構えをとる餃子怪人。すぐさま反応した灼滅者たちが淫魔を逃がそうと立ちふさがる。
    「今こそラブリンスターさん達に受けた御恩をお返しする時! さぁ、ここは私達に任せて避難下さいませ」
     紫の瞳を柔和に細め、藤乃が躊躇っている淫魔を促した。
    「ラブリンスターさんには、命を助けて頂いたのです。それも命がけで。それならば、命がけでお助けせねば」
    「あ、ありがと……!」
     藤乃の言葉で決心がついたのだろう。立ち上がり、慌てたようにお礼を言って淫魔が逃げて行く。タロスが去りゆく背中に告げた。
    「近頃物騒だ。お宅の大将や仲間にも個人行動しないよう伝えてくれ」
     淫魔が振り返り、一度だけ頷くと風のように走り去った。餃子怪人が後を追おうにも、立ちふさがる灼滅者たちが決してそれを許さない。
    「おのれ、邪魔立てしおって……餃子完食は奴の分も上乗せだ!」
     すっと眼鏡をはずしたヴァンが、ひんやりとした眼差しを向けた。
    「相手がダークネスとはいえ女性に手を挙げるような下劣な輩には容赦しません」
    「食べさせ過ぎは身体に毒よ?」
     メスを構えた由愛。怪人を包囲するようにじりじりと立ち位置を変える。
    「淫魔を助けるのも妙な気分ですね、しかし最初の目的は果たせたようです」
     しっかりと怪人に向き直った燈の足元には、霊犬プラチナが控える。
    「やれやれ、できれば穏便にすませたかったが」
     タロスにとって、個体は違えども初依頼で共闘した相手。思い入れのある怪人だが仕方ない。
    「食物が人を食うんじゃねえよ。それじゃあ信者も増えねえだろうが」
     タロスの躰が変化し始める。見る間に青い異形の姿へと転じたタロスが、自らの体と融合した武器を怪人へと向けた。
    「お出でなさい、鈴媛」
     藤乃の言葉と共に手の内へと現れるのは咎人の大鎌『鈴媛』。たおやかな藤乃の手が柄に添えられ、隙なく構えた。
    「ぐぐぐ……餃子美味しそう。もう我慢できない! その餃子いただきまーす!」
     一触即発の空気の中、待ちきれなくなった咲良が真っ先に怪人の頭、すなわちホカホカの餃子へと飛び掛かった。
     
    ●3
     飛んでくる餃子を軽やかに躱し、踏み込んだ勢いのままヴァンが手にした妖の槍『stella cadente』を力強く突き出した。
    「失礼」
     涼しい顔で餃子怪人を見下ろし、にこりとわらった。一瞬で縫い止められた怪人の身体に、間髪入れず麗羽の展開したシールドが叩き付けられる。
    「ぐおおお! お、おのれ……」
    「休んでる暇は、ないですよ!」
     苦悶の声を上げる餃子怪人のもとへ、燈が躍り掛かる。不釣り合いなほど巨大な腕が、小柄で可憐な燈の見た目を裏切る荒々しさで殴りかかった。同時に放たれた霊力が怪人を縛る。さらに藤乃の除霊結界にていっそう強く捕らえられた怪人の身体を、飛び込んできたタロスの激しい蹴りが襲う。息をつく暇もなく竜鬼が構えたナイフを突き立て、斬り刻んだ。
    「負けるか!」
     叫びと共に勢いよく放たれた餃子が、灼滅者達に容赦なく襲いかかる。飛び込んできた激辛餃子に一瞬目を見開いたヴァンが、眉間にしわを寄せながらもきちんと咀嚼する。
    (「辛いですが、まあ私が作った料理よりはマシですかね。……食べられますから」)
     なんとも切ない感想を抱くヴァンであった。
    「さて、食べ過ぎは危険よ!」
     にっこり笑った由愛が、殺人注射器を構える。容赦のない一撃が、餃子をもりもり食べる咲良にぶすりと刺さった。
    「きゃー!」
     回復のためとはいえ、小さなフェレットに刺さる巨大な注射の図は中々ショッキングだ。他の皆が受けたギョウザの地味なダメージは、灼滅者たちの間を駆け抜ける霊犬プラチナと、静かに立ち回る麗羽の集気法が癒す。
    (「彼女は無事に逃げられた……かな」)
     戦場の隙間を縫うように味方を的確に補助しながら、麗羽が思うのは逃げた淫魔の事だ。長い髪が動きに合わせてさらさらとなびく。怪人の攻撃を避け、素早く味方を見回した麗羽が、助けが必要な人がいないか目を光らせる。
    「喰らえっ」
     怪人のスナイプギョウザがまっすぐに燈を狙う。
    「んっ、もぐ……。こんな強引な手で食べさせたって、餃子への愛は深まりませんよ?」
     いくら嫌いじゃないとはいえ、無理強いされるのはいい気分がしない。苦言を呈する燈に、しかし餃子怪人は高笑いするのみ。薄緑の瞳が荒々しく輝き、次の瞬間には重力を宿した強烈な飛び蹴りが炸裂した。的確に打ち込んだ攻撃が怪人の力を大胆に削ってゆく。たまらず体勢を崩した怪人の元へ、優雅にすら見える足さばきで藤乃が前に躍り出た。「死」の力を宿した『鈴媛』の、断罪の刃が振り下ろされる。怪人が怒りの形相で放った餃子は、タロスが顔面でしっかりと受け止めた。巨大な顎で咀嚼しながら、体と一体化した武器を瞬時に展開、遠慮なく放った。
    「私にもっと餃子ちょうだいー!」
     餃子にあぶれた咲良の閃光百裂拳がぺちぺちと餃子怪人を撃つ。妙にカワイイ音でも効果はばつぐんだ。
    「ぐ、ぐおお?!」
     振り払おうと放ったワイドギョウザをひょいぱくと空中で受け止め、ダメージなぞ頓着しないで食べ続ける。小さな体の一体どこに吸い込まれていくのか、永遠の謎だ。
     襲い掛かる餃子を端からパクパクたべながら、咲良が嬉しそうな声を上げた。
    「んまー! 餃子んまー!」
    「まったく、食べ過ぎは毒よ」
     ため息をついた由愛が、もう一度注射器を閃かせた。
     
    ●4
    「ええい、くそっさっきから気になって仕方ないっ。なんなんだそのマスクは?!」
     ついに自棄を起こした餃子怪人が、竜鬼を指差して喚いた。無言のまま攻撃し続けていた竜鬼は、ふ、と鼻で笑う。
    「貴様のマズい餃子を口に入れないためだ」
    「なんだと!」
     あからさまな挑発に餃子怪人がいきり立つ。冷静さを失いつつある怪人の足元は、既に酷くふら付いている。
    「くそ、灼滅者め……餃子を……もっと餃子を食え……」
     回復に専念していた由愛が、いよいよ足元のふらついた怪人に向きなおった。
    「食べさせ過ぎはだめっていったでしょ。……お仕置きが必要なようね」
     冷静沈着を崩さぬまま、にこりとした戦闘看護師のメスが光る。クルセイドソードを構え、避ける暇など与えず破邪の白光を放つ強烈な斬撃を浴びせかけた。いよいよ力を失いかけた餃子怪人に、竜鬼が肉薄する。日本刀『無銘』にその手をかけて、一瞬にして抜刀すると、目を見開く怪人の身体を斬り捨てた。
    「くっ……餃子は不滅……! ロシアン餃子よ……永遠なれ!」
     流れるような動作で、竜鬼が納刀した。同時に起きる盛大な爆発。あわれ餃子怪人はチリとなり、後にはこんがり焼けた餃子のいい匂いだけが残った。
    「餃子おいしかったよ、ごちそうさま!」
     びょこん、と咲良が飛び跳ねる。
    「ふー、暑い」
     竜鬼がようやくマスクをとり、息をついた。隣で再び眼鏡をかけ、冷たい雰囲気から一転して柔和な表情に戻ったヴァンが、周囲に声をかける。
    「お疲れ様でした。怪我の具合は如何ですか?」
     幸い、酷いけがもなさそうだ。それを確認して灼滅者たちはその場を後にした。
     餃子の良い匂いが残る以外は、元の平和な場所に戻った。淫魔の姿はもうない。しかし灼滅者の、ラブリンスターへの感謝の気持ちはきっと伝わっただろう。

    作者:さめ子 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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