マラソン大会2014~追跡者VS逃走者!!

    作者:海あゆめ

     10月31日は、武蔵坂学園のマラソン大会!
     マラソン大会は学園を出発して市街地を走り、井の頭公園を抜けて吉祥寺駅前を通る。そうして繁華街を抜け、最後に上り坂を駆け上がって学園に戻ってくるという、全長10キロのコースである。
    「大会の前の日は早めに寝た方がいいべな。 ああ、そうだ、当日の朝飯は食いすぎたら横っ腹痛くなっぞ! して、給水所ではしっかり水分補給な! あとは、アレだ、汗もかくから体は冷やさねぇようにな!」
    「うぅ~、マラソンかぁ……」
     マラソン大会に向けて気合充分な、緑山・香蕗(大学生ご当地ヒーロー・dn0044)を横目に、班目・スイ子(高校生エクスブレイン・dn0062)は、どことなく浮かない表情で唸っている。

     人には得手不得手というものがある。それが10キロにも及ぶマラソン大会となれば、運動が苦手な者にとっては逃げ出したくもなるわけで……。
    「あ~ん、走りたくないよぅ~、ねー、マラソン大会ってどうにかして逃げらんないの~?」
    「ははっ、やめとけ、やめとけ。そうやって逃げようとする奴らがいるから、エスケープ阻止部隊ってのが出るらしいぞ」
     うだうだするスイ子を、香蕗は軽く笑い飛ばしながらたしなめた。
     実際、マラソン大会当日に逃走を図る計画を立てている者たちも少なくないらしく、今年もそれを見兼ねた魔人生徒会がエスケープを取り締まる部隊を雇ったのだという。
    「まあ、このやり取りも、武蔵坂学園のマラソン大会ならではって感じだよなぁ」
    「だねぇ……捕まったらマラソンと同じ距離だけグラウンド走らされるんだっけ?」
    「そうらしいな。ああ、でも、エスケープする奴らをいっぱい逃がしちまったら、逆に取り締まる側が走らされるんじゃなかったべか……ん?」
     どうだったか、とマラソン大会の概要が書かれたプリントを広げた香蕗の手が、ふと止まる。
    「どったの?」
    「おう、これ見てみろよ」
     何か面白いものを見つけたように、にっと笑って、香蕗は手にしていたプリントを机の上に置いてみせた。
     そこには、こんなことが書かれている。

     この度のマラソン大会では、グラウンドを10キロ走る懲罰とは他に、別の罰ゲームも用意される予定です。
     大会を抜け出そうとする逃走者と、彼らを追いかけて捕まえる追跡者。罰ゲームの内容は、逃走に成功した者がより多い場合は逃走者側に、追跡者が捕まえた逃走者がより多い場合は追跡者側に決定権が与えられます。
     逃走者側が罰ゲームの決定権を握った場合、捕まった逃走者へのグラウンド10キロの懲罰は免除されます。
     なお、罰ゲームは、個人的な指名もOKです!

    「つ、つまり、逃げようとして捕まっても仲間ががんばってくれたら走らなくて済む上に捕まえられた相手に罰ゲームで仕返しできるってこと……!」
    「で、捕まえる方は頑張ってたくさん捕まえなきゃその屈辱を受ける羽目になるってことだな!」
     言って、スイ子と香蕗は、ちらりと顔を見合わせた後、今まで話を聞いていた君に二人そろって、ずいと迫ってくる。
    「なあ! このエスケープの取り締まり部隊っての応募してみねぇか? 何かあったら俺も手伝うぜ!」
    「待ってよコロ夫、無理強い、よくない! ね~え~、マラソンとかめんどくさいよねぇ? にひっ♪ ねぇねぇ、こっそり逃げちゃう? あたしにできることがあったら、なんでも協力するよ~」
     マラソン大会のエスケープ。追跡者と逃走者。果たして、勝利の女神はどちらに微笑むのか……!


    ■リプレイ


     いよいよマラソン大会がスタートしようとする頃、掴んだ情報を共有すべく、生徒会に雇われた何名かの追跡者達が集まっていた。
    「これが予想される逃走ルートです」
     彩花は、事前に用意していたという丁寧にマッピングされた地図を、追跡者の仲間達へと配り歩いた。
    「ありがとう。私は向こうの道を見てくるわ!」
     それを受け取ったクラレットが、今まさに一歩踏み出した、その時である。
    「……待て」
     呼び止めたのは光影だった。彼は少しだけ不敵に笑って、一枚の紙を広げる。そこには、今回追跡者として登録した生徒のリストが書き連ねてあった。
     一瞬の沈黙。にこりと笑ってみせたクラレットは、脱兎の如く逃げ出した。
    「ふふふ! 私の体力はまだまだこれからよ!」
    「くっ、頭脳派で賢いボクの作戦が……っ!」
     同じように紛れ込んでいた屍姫も後に続く。
    追跡者の振りをするという作戦は、いわば諸刃の剣。ばれなければ最強ではあるが、ばれてしまえば逃げ切ることは難しい。
    「仕方ない、後は頼んだよ! アタシの屍を越えていきな!」
    「させるか!」
     捕縛されるのも覚悟の上。逃げ出した仲間達の囮になろうと、ライドキャリバーに跨った葵がエンジンを激しく轟かせてスタートを切るも、光影がライドキャリバーと共に彼女を追う。
     この場に居合わせた逃走者が捕まるのも、時間の問題だろう。追跡者達の容赦ない反撃が始まった。
    「エスケープ阻止隊……紅虎参上ッ! とうっ!」
    「同じく阻止隊っ! 麦登場ー!てやーっ!」
     お揃いの紅色のバンダナを風に揺らした紅虎と麦が突然走る方向を変え、逃げ出した屍姫を追い込んでいく。
     敵の振りをしていたのは、逃走者だけではなかったのだ。
    「「必殺! 虎麦サンドイーッチ!!」」
    「えっ、ちょ、まっ……!」
     やたらとカッコいい名前のついたただの挟み撃ちが炸裂した。屍姫が持っていたと思われる偽情報が書かれた紙がひらひらと落ちてくる。
    「うわわっ!?」
    「はい、大人しくしてて下さいね。皆さん、まだまだいると思いますので気を抜かず捕まえましょう」
     落ちていた偽情報の書かれた紙を回収し、逃げ出したクラレットを捕らえ、縛り上げながら、彩花は眼鏡を押し上げて気合を入れるように小さく頷いた。

     一方その頃、スタート地点では……。
    「竹尾君。去年も申し上げましたが、学園でもトップクラスの実力者なのですから、もう少し自覚を持って行動してください」
    「……はい、ゴメンナサイ」
     魔人生徒会そのものに一泡吹かせようと企んでいた登が、清美にこってりと絞られて土下座していた。
     追跡者チーム、上々のスタートである。


     人通りも多く、道が入り組んでいる繁華街界隈は、エスケープにはもってこいな立地条件。
    「Happy Halloween♪ とりとりですよ、お菓子をください! 甘くなければイタズラしますよ♪」
    「うおおぉ!!」
    「フェリスたーん!!」
     大勢の一般人をラブフェロモンでメロメロにして、フェリスは街角ライブの真っ最中。何かあれば、この人達に守ってもらおう。追跡者達も一般人が相手では無茶は出来ない。したたかな算段だった。
     だが、相手が同じ灼滅者ならば話は別だ。
    「うぅ、見つかった……」
    「むぅ……」
    「ふふ、残念でしたね」
     なるべく目立たないように一般人に紛れて逃げようとしていた亜理沙と、変装に変装を重ねて逃走を図っていた陽那が、これまた変装で後をつけていた朝乃に見事に捕まっていた。
    「……これで見逃して」
    「だめ、ですか?」
    「だめです。お二人とも、演技の腕はまだまだのようですね」
     リンゴ片手に懐柔を図る陽那と、どうにかしようと懇願してくる亜理沙を笑顔で一蹴して、朝乃は二人の腕をリボンでがっちりと固定した。
     追跡者と逃走者の攻防が繰り広げられる中、繁華街の中にあるゲームセンターを見張っていた龍は、ふと出入口から見える通りに目をやった。
    「ん、あれは……?」
     そこには、『順路』と書かれた看板の前で旗を振る琥珀がいた。特に逃げる様子もなく、その姿はきちんと仕事をしているように見える。
    「うん……あれは違うか……あっ! また負けた!」
     少し乱暴に頭をガシガシ掻いて、龍は座っていた格闘ゲームの台に急いで百円玉を投下した。
    「……一応、働いているから黒ではないのよ」
     外の通りで旗を振りつつ、琥珀はぼそりと呟く。
    「限りなく黒に近いグレーなのよ」
     誘導の係員の振りをした逃走者、琥珀の密かな勝利であった。


     繁華街から市街地にかけての街中は、まさしく混戦地帯だった。
    「待ちなさい。いいですか、学校行事と言うのは授業と同じです。学生には受ける義務があります」
    「マラソン大会とか、忙しい高校3年生はやってられへんよー。ゲヒャヒャヒャ!」
     姿勢を低く保ちつつ、細い裏路地に向かって逃げていく右九兵衛を、影薙は必死に追いかけた。そう簡単に捕まえられる相手だとは、影薙は考えていなかったが、裏路地には多くの追跡者達が潜んでいるのだ。
    「エドが追跡者になるなんて意外だよ……あ、そっちもっと引っ張って」
    「なーに、男たるもの、たまには追っかける側にならないとねっ、と……こんなもん?」
    「……よし、いいな。追い込みは任せておけ」
     チャックが用意した捕獲用の網を抜け道に張り、エドアルドと志命が追い込んでいく作戦の準備も着々と進んでいる。
     ここ一帯の裏路地に逃げ込んだが最後。逃走者は片っ端から捕まえられる運命となる。
    「お願い晶、私と一緒に逃げて」
    「巳桜が望む場所まで、何処までも共に行こう!」
     路地の物陰に潜んでいた逃走者、巳桜と晶は決死の覚悟でその一歩を踏み出した。
    「人生、時には諦めも肝心だッ!」
     いわゆるお姫様抱っこで巳桜を抱え上げた晶が、他の逃走者達を囮にするようにして、駆け抜けていく。
    「……セコいだなんて言っちゃ駄目よ」
     ここは戦場なのだから、と巳桜は小さく舌を出した。しかし、追跡者達もこれを見逃すほど甘くはない。
    「観念しろ」
     刃鬼が設置したバリケードが、行く手を阻む。
    「山の中に比べれば、おいかけっこ位、かんたんなのです」
     建物の上からは、網を抱えた瑠乃鴉が逃走者目掛けて降ってくる。
    「見つけましたわサボり者っ、白兎の追跡からは逃げられませんわよ……!」
     袋のネズミになったところで、ミルフィの追跡の手が迫る。
    「くぅっ、こうなったら……」
     追いつめられた新たなる逃走者、玉藻はパイ投げのパイを取り出し、構えた。
    「テンバツテキメン!」
     無数のパイが、宙を舞う! と、そこへ、スケボーに乗った逃走者、空牙が突っ込んでくる!
    「なっ……!? ぎゃーっ! 巻き添えかよちくしょー!」
    「わーっ! ごめんなさいー!!」
     見事にフラグを回収して、空牙はパイまみれになって転倒した。
     路地裏に入り込んだ逃走者達が、一網打尽に敗れていく。
    「まあ、マラソンも決して楽なスポーツではございませんからねぇ……逃げたくなる心境も解らないでもないですが……しかし、バックレはいけませんわね♪」
     にっこりと笑顔なミルフィ。
    「いや、そもそもこんな鬼ごっこしてる時点で10キロなんて直ぐ過ぎるだろうに……」
     刃鬼は、やれやれと浅く息をつき、上空を見上げる。建物の上にも、いくつか動く影が見えた。
     裏路地のビルの屋上には、高所をとった逃走者達の姿が。
    「いやはや、これは……」
     流希は身を乗り出し、地上を覗き込んで苦笑いを漏らした。裏路地は大混乱状態である。
     幸い、高所にはまだ追跡者の姿はなかったが、中には気が付いて上を見上げていた者もいる。追手が迫るのも時間の問題だ。
    「……来ないで、よ?」
     唐辛子汁入りの水鉄砲を両手に構えて、礼奈がビルとビルの間を飛び越える。
    「千発その面へ叩き込んでやる……オラァっ!!」
     在雛は硬そうなヤシの実を裏路地に向かって投げつけながら走った。
    「さらばである明智君、再会の日は今日ではないことは確かであるな! ふははは!」
     裏路地を抜け切ったビルまで辿り着いた夜々が、エアライドを駆使して一気に飛び降りる。
     地上で奮闘する追跡者達を見下ろしながら、ビルの上の逃走者達はマラソンルートから華麗に脱出するした。
     高所からの脱出を許してしまった追跡者達。せめて地上にいる者は、と本気の包囲網を展開する。
    「ホークアイ5より、各員。逃走者を発見、数1、東方向へ移動中」
    「ネーベル・アイン了解。そのまま監視を続けて頂戴」
     七葉からの通信に、狭霧が素早く反応した。急いで周辺地図を広げ、近くにいるはずの仲間へと通信を送る。
    「サーバル8、そこから足止めできる?」
    「……サーバル8、了解」
     眼鏡に下ろした長い髪。OL風に変装したフォルケが、指示のあった場所へと急ぐ。
    「こっちも了解だよ!」
     通信機に向かって言いながら、氷水も現場に向かって走り出した。
     追跡者達の包囲網が、だんだんと狭くなっていく。
    「ふむ、ワクワクしてきたな」
     口元をわずかに持ち上げて、松庵はアスファルトの地面を蹴った。
     自分を追いつめているのは、気心の知れた同じクラブのメンバーだ。相手の出方もある程度予測できるが、それは向こうも同じこと。それならば、と、松庵は出来るだけ時間を稼ぐ事を考えた。今回の戦いはチーム戦。自分が捕まっても、より多くの逃走者が逃げ切ればそれで良いのだ。
    「……っ!?」
     突然、頭上からカラーボールが降ってきた。建物の上に、カラーボールを構えた夢乃の姿があった。
    「ブラッククイーンより、各員。目標はピンク頭のまま逃走中よ」
    「こちら叢雲。現在追跡中、西側の路地に追い込む。誰か反対側に回ってくれ」
    「ブロッサム13、了解」
     挟み撃ちのチャンス。援護を要請する宗嗣に、瑠璃は投網を片手に走り出す。
    「……にゃにゃにゃにゃー!」
     猫に姿を変えていた矧がおもむろに直立し、壮絶な猫パンチを繰り出してくる。
    「っ、ここまでか……」
     カラーボールやら肉球やら網やらが降り注ぐ中、松庵はついに逃げることを諦めたようだった。
    「ファングより各隊へ、敵は網に掛かった。増援を寄越して連行を頼む」
    「捕獲完了……連行します」
     ヴァイスからの通信に、紅詩はこくりと頷いてみせた。


    「……っ、な、なんとか、ここまで来た、です」
     公園まで逃げてきた瑪瑙が、ようやく足を止めて肩で息をする。
     じつは、初めは追跡者の振りをして逃げようと思っていた瑪瑙だったが、咄嗟の機転でそのままここまで逃げ切ったのだ。
     公園の一角には、近所に住む猫達のお気に入りの場所があるらしい。たくさんの猫達が戯れる、日当たりの良い場所へ、猫に姿を変えた、晃に鷹育、それに万と誠二が飛び込んでいった。
     名付けて、猫を隠すなら猫の中作戦の決行である。
    (「完璧な作戦だ。これでおさらば……」)
     いつまでもここにいては逆にばれるかもしれない。頃合いを見て晃が猫達の輪から抜け出そうとしたその時である。
    「……了解」
     通信機を片手に、紗矢が公園の中へと入ってきた。彼女は、追跡者だ。「……っ、ひゃあ!」
     堪らず、瑪瑙はほぼ反射の速度で逃げ出した。
    「あ、えと、すみません、少しコンビニへ……」
     その持前の影の薄さを存分に発揮した太兵衛が、ごく自然に公園から遠ざかっていく。
    「あ~、怪しいな。どう考えても怪しいな! こりゃ調べるしかないな!」
     一方、にっこにこの笑顔で猫のたまり場へと近づいてきた紗矢は、両手をわきわきとさせていたかと思えば、その辺にいた猫を一匹、ひょいと掬い上げてみせた。
     どうやら、彼女はここに灼滅者である逃走者が紛れていることに気が付いている。
    (「うぅぅ、10キロとか、しぬ、つらい、ぜったい無理……けど……!」)
     仲間達を守るため、意を決した鷹育が飛び出していく。
    「むっ、お前か!」
    「ぎにゃーっ!?」
     憐れ、鷹育が捕まり、モフモフの刑に処されている! この尊い犠牲を、無駄にしてはならない。
    (「その勇姿、絶対に忘れねぇ……あばよォ!」)
    (「部長……皆……どうかご無事で……!」)
     万と誠二が、それぞれ違う方向へ逃げていく。
    (「よし……むっ!?」)
     続いて逃げ出そうとした晃の前に、一匹の犬が駆け込んできた。犬はそのまま猫の晃に体当たりをぶちかます。
    「……捕まえた」
    「ぬぅ、ここまでか……」
     一匹の犬と猫とがぶつかったその場所に、人に戻った紫王と晃の姿があった。


     公園の一角の林の中で、何やら気配がする。
    「ここに逃げ込んだか……まずいな、彼女はワンダーオムライスと言う、非常に危険な代物を有している……さぁ、行こうか」
    「……ん」
     セリルとムイが、林の中へと入っていったその瞬間。
     バチッ、バチバチバチッ!!
     ガラガラガラ……!!
     爆竹と鳴子の激しい音が響き渡った。
    「なっ……!?」
    「かかりましたねっ!」
     茂みから飛び出してきた静香が、突然のことに固まっているセリルの脇をすり抜けていく。
    「もっと笑顔でいられるように、ちょっとしたお茶目心、ですよ?」
     にっこり笑って、静香はそのまま林の奥へと姿を眩ませた。
     この時の爆竹や鳴子の音を合図に、付近に潜んでいた逃走者と追跡者の攻防が始まった。
    「この先は通さん」
    「見つかっちゃったかー……でも、簡単には捕まらないよっ!」
     先の道に立ちはだかる蔵人と対峙したガーゼが、煙玉を地面に投げつける。
    「なつくん、後お願いするね」
     追加の煙幕を炊きながら、理緒はビハインドのなつくんを替え玉に、自らは犬に姿を変えて逃走を図る。
    「よーし、僕が引きつけてる間に行くんだーっ! あははは!」
     一人でも多く逃がすためには囮が必要だ。人狼の野生を爆発させて林の中を駆け回る静。そして、それをも上回る迫力で、追跡者であるバードマンが確実に距離を詰めてくる。
     ブレない上半身。素早い足運び。
    「……お前はまだこの境地に達していないとおいのか。青いな」
    「うぎゃーっ!?」
     むんず、と掴まれ、思わず叫び声を上げた静であった。


     住宅街にほど近い坂道でも、攻防戦が繰り広げられていた。
    「よぅし、今回は協力してエスケープしようぜ! そぉら、さっそく来なすった!」
     周辺地図のコピーを皆に配って、十四行は坂を見下ろした。坂の下にはクラスメイトでもある追跡者達の姿がある。
    「これで王手じゃ。覚悟してもらおうぞ」
     ビシッと坂の上を指差し、宣戦布告する祇音。それを受け、リンはにまりと笑ってみせた。
    「フハハ、引っかかりましたね! 僕たちのコンボネーションに掛かれば例えチーターでも追いつけやしませんよ!」
    「はーっはっは、いつもやられ役の俺と思うなよーっ!? そーれそれそれー!」
     坂の上から響く幸谷の笑い声。次の瞬間、大量の油やらビー玉やらバナナの皮やらが、坂の上から落ちてきた。
    「え……あれ、ビー玉……あっ」
     めげずに坂を上ろうとした紅染が、ビー玉を踏んづけて見事にすっ転ぶ。中々にずるい作戦だ!
    「よし、今のうちに……」
    「ちょっと待ったぁ!」
     逃げ出そうとしたクラスメイト達を、志緒梨が呼び止める。
    「んっふっふ……さあ、止まりなさい! さもなくばこの猫に対して棘状のものを振り回して嬲り、私じゃとても摂れない様なぬるい食事を与えた上、粗末な箱に監禁してすやすや意識を失うまで責め苛むわよ!」
     足元に可愛い子猫。片手には猫じゃらし。片手には猫用ミルクを携えて。言い方はともかく、よくよく聞けばそれは猫の介抱ということになるのだが……。
    「……! すみません、先に行っててください!」
     素直な双調が本気にして食いついてきた!
    「……まあ、ものはやり様ってやつか」
     一番厄介そうな双調をどうしようかと考えていた流季が、ばっきりと出鼻をくじかれた感じに勝負はついた。

     所は変わって、住宅地に近い別の坂道では、和志が一人、追いつめられていた。
    「いたッス!」
    「さて、もう逃げられないわよ」
     水面がカラーボールを構え、御凛は手に巻き付けた縄をぴしりと鳴らす。そんな彼らに、和志はにやりと不敵な笑みを向けた。
    「俺はまだまだ逃げるぜ! あばよ、とっつぁ~ん!」
     不意に和志は犬に姿を変え、背にしていた壁の下に潜り込んだ。どうやら、事前に穴を掘っていたらしい。
    「逃がさねぇよ! 全力全壊! 手加減無しだぜ!!」
     咄嗟に、烈也は壁の先の坂道に向かってボウリングの玉を投げ込んだ。続いて、ダーヅも急いで犬になった和志を追った。
     ズン、ズンと重たい足音。ぬっと伸びた手が、犬の頭を掴んだ。
    「サァ、捕マエタデス! ……ッテ、ココ、ハ……」
     嫌な予感が走った。ふと上を見上げれば、大量のボウリングの玉が、今、まさに押し寄せようとしている。
     断末魔に近い悲鳴が上がった。その隙に、霊犬に替え玉を頼んで走ってもらっていた和志は、マンホールをこじ開けて下水道へと向かったようだった。


     住宅街の隅では、桔梗と零の二人が睨み合っている。
    「……フッ、俺に勝てると思ったか?」
    「悪いけど、そうさせてもらう」
     じり、と後ずさった桔梗が、突然蛇に姿を変えた。そうしてそのまま止める間もなく、足元にあった排水溝の中へと逃げ込んでいく。
    「やられたっ……ぜってー捕まえてやる!」
     狙いはおそらく、下水道。零は人が入れるマンホールを探しに駆け出していく。
     一方、都内の下水道の中には、すでに何人かの逃走者が入り込んでいた。
    「さすがに今年はノーマークだろうて。ハッハッハ!」
     コンクリートの地面に降り立ち、ジュラルが高らかと笑う。
    「追跡者の皆さんは、ここまで追ってきてくれるかしら?」
    「ふふっ、ワクワクするね! よし、行こう!」
     蘭花と瑞樹は微笑み合って、下水道の道を進んだ。
     目指すは県外。それまでには追手ももう間に合わない事だろう。

     駅のホームで、発車のベルが鳴る。
    「あら。今回は、私達の勝ちかしら……」
     電車に乗り込んだ碧が、微笑を浮かべた。
     時刻はもうすぐ、マラソン大会が終わる頃合いである……。


     マラソン大会が終わった頃、グラウンドでは敗北してしまった追跡者チームが延々と走り続けていた。
     汗をかきつつ、ずんだ餅の帽子を被って走る志命に、炭酸の一気飲みをさせられるチャック。犬姿ではあるものの、甘ロリファッションで走る紫王。
     なかなかに混沌としている光景だ。
    「あージュース買ってきてー、わたし、ミルクティーでー」
    「ああ、極楽……」
     勝者である在雛と玉藻は、お菓子を摘まみながらマッサージなんかもしてもらって極楽気分。
    「肩車してくださいですよ♪ いっぱい遊んでほしいのです!」
    「香蕗……」
    「しっかり掴まれよ」
    「ほれ、乗れ」
     フェリスと陽那には、刃鬼と香蕗が肩車をしてやりながらグラウンドを走る。
    「ひゃあぁぁっ!!」
     ミルフィに至っては、足の裏をヤギに舐められているという凄い光景。
     そほかにも、辛い物を食べたり、スイートコーデできめて走ったり、変な語尾をつけて過ごす約束をしたりなどなど……。
     逃走者チームからの罰ゲームをひとつずつこなしつつ。追跡者チームの屈辱の時間は、まだもう少し続きそうである。

    作者:海あゆめ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月31日
    難度:簡単
    参加:77人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 18
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