マラソン大会2014~10000メートルの勝負

    作者:泰月

    ●今年も、スポーツの秋
     10月31日。
     10月最後のその日は、武蔵坂学園のマラソン大会開催日である。
     学園をスタートして市街地を走り抜け、井の頭公園も駆け抜け、吉祥寺駅前から繁華街を経由、最後に待っている登り坂を突破し、ゴールの学園に戻ってくる。
    「と言うのが、全長10キロのコースの概要。今年もコースに変更はないと言う話だよ」
     そう言いながら、上泉・摩利矢(高校生神薙使い・dn0161)はとある教室に集まった灼滅者達に、コースの記された地図の載った、生徒会作成のパンフレットを配って回る。
    「後は、これも書いてあるけど、前日は夜更かしせずに、朝食は軽めに、水分補給はこまめに、体を冷やさないように、と言った事も大事だそうだ」
     いずれも基本的な事だが、基本を押さえてこそ良い結果は生まれると言うもの。
    「周囲に大きな迷惑をかけないなら、多少無茶しても問題ないらしい。もっとも逃げたり不正を働く者は、魔人生徒会の協力者に容赦なく捕まるらしいけれど」
     例年通りなら、グラウンドを延々と10キロ分走らされるとか。
    「でも、ここにいる皆には、そんな心配は無用かな? 上位を狙っている人達が集まっていると聞いているよ」
     教室の空気は、集まった者たちで緊迫しつつある。
     その中に、楽をしようなんて色はない。
     この場に集まった者達にとって、マラソンはただの学園行事ではないのだろう。
     『競技』にして『真剣勝負』の場だ。

    ●目指すはランナーの頂点
     先の説明にもあったが、マラソンのコースは大半が武蔵野の街中になる。
     故に、コースを示すラインを引いたりは出来ないが、要所要所に生徒会の人や先生達が誘導に出てくれる。
    「だから、まだこの辺りに不慣れな人でも道を間違える心配はないんじゃないかな」
     さらに給水所も2、3キロ毎に用意され、万が一の救護体制もぬかりはない。
     バックアップはほぼ万全の体勢で整えられているが、自分達でも地図を頭に叩き込むなど、事前のチェックをしておくと良いだろう。
    「上位に入る為には、ペース配分やコース取りが重要になるらしいね」
     市街地に公園、駅前にラストの坂道と、状況は次々と変化する。
     10キロを走りきる体力に加えて、状況や周りの参加者に対応する戦略など、様々な要素を上手くこなせたものが、上位入賞者となり得るだろう。
     中でも一番の目標であろう、『優勝』の座につけるのは――ただ1人。
     いつもは肩を並べて戦う仲間であっても、この大会の数時間はライバルとなる。
    「ああ、それと――健全な魂は、健全な肉体に宿る。灼滅者の闇堕ちを防ぐ為にも、充実したマラソン大会にしよう――と伝えるように言われたんだけど。多分、走ってる時って、そんな小難しい事考えてないよね?」
     別に小難しい話でもないのだが、まあ摩利矢の言う通りかもしれない。
     終わってみて、それぞれに力を尽くせたと思えれば、きっとそれで良いのだ。
    「皆が全力を尽くせるよう、私も誘導の手伝いをする。やり直しのない、一発勝負。正々堂々、悔いを残さないよう、頑張ってくれ」


    ■リプレイ


     武蔵坂学園の校庭に、マラソン大会の開始を待つ灼滅者達が集まっていた。
    「預かって下さい」
    「俺が勝ったら没収や」
     いつも通りの笑顔の想希から眼鏡を受け取って、悟はニヤリと笑みを返す。
    「いよいよ勝負だな。負けねえぜ、ユン!」
    「ボクも絶対に負けないからね! 椿ちゃん」
     椿とフェイも、笑顔で小さな火花を散らしていた。
    「スゥゥゥゥ――」
     マルクは目を閉じ、深呼吸を繰り返し空気を肺に吸い込む。
     故郷、南米の高地で鍛えた身体と呼吸。今日は、存分に試そう。
    「これを最初のポイント、次に公園内にこの青のボトルで、駅前に緑のボトルを――」
     曜灯は、ポイントに合わせて中身を変えてあるお手製のドリンクの配置を、給水係に依頼している。
    「初めてのマラソン大会、辛くなるかもしれないけど、一生懸命やってみる!」
     ちょっと弱気なエニシアは、彼女なりに気合いを入れて小さな拳を握る。
    「スタート3分前です!」
     準備運動をしたり、軽く水を飲んだりバナナを食べるなど、それぞれに準備をしていた走者達は、その声でスタートラインに集まり始めた。
     スタートの位置取りから、既に戦いは始まっている。
     そして、午前9時。
     ――パァンッ!
     秋晴れの青空の下、乾いた音が高く鳴り響き、走者達が一斉に飛び出した。

     真っ先に飛び出したのは、序盤から集団に巻き込まれるのを嫌った唯だ。
    (「最初の10mが勝負と見た!」)
     マラソンとは思えない飛ばし方で、先頭で校門を抜けて市街地へ向かって行く。
    「こーいうのは最初と最後がカンジンって言うだろ!」
    「二度も、同じ轍は踏まない。もう圏外はごめんよ」
     彼女とほぼ変わらぬスピードで、キラトと晴香も飛び出して斜め後ろに並んだ。
    「金の弾丸の名は足の速さでも伊達じゃないことを見せてあげるわ!」
     少し遅れて、3人の背を追う形になったのがブリジット。
    「目指すはトップただ一つっ」
    「前半から勝負は始まってる!」
     揺れる金のツインテールを、銀都とイオが並走する形で追いかける。
     その後ろでは90人程の走者の集団が、徐々に分散し始めていた。
    「随分飛ばしてんな……持つのか?」
     一時は、先頭の3人と争ったヘキサだが、既にペースを落として息を整えている。
    「先頭についていくのは、体力使い過ぎるかな」
     同じ感想を抱いた花火も、彼女にとって走り易いペースまで少しずつ落とし始める。
    (「このままこの集団についていくとするか」)
     スタートダッシュを決めた月夜も、先頭集団の中程に位置し、その少し後ろでは集団を風除けにしようと企む冷泉が無表情に続いていた。
     彼らの様に最初に飛ばしつつ、後半を見据える者達が最初の集団を形成していた。
    (「思ったよりハイペースな気が……」)
     一方、陽太は先頭集団と自分のペースと開きがあると感じていた。
     先頭集団の肩を借りるつもりで中に入り込んだが、このままでは終盤にスタミナを残せないかもしれない。
     だが、後ろに出来た2つ目の集団との間が詰まって――細長いひょうたんのような集団が形成された為、陽太は集団から抜け出す機を掴めずにいた。
     さらにひょうたんの後ろには、それぞれの思惑で、あくまで自分のペースで走ろうと言う走者達が列を成して続いていた。
    「出だしは大事やからね」
     呼吸のリズムを確立させようと、落ち着いて走る命刻。
    (「自転車並みのペースで10キロなんて、絶対無理!」)
     悠花は上位より確実な完走を目標に、電柱を目印に一定のペースを維持して走る。
    「フフーフ。優勝はこの頭脳明晰、容姿端麗、そして運動神経抜群の完璧なる気品を持つ私が貰い受けるぞ!」
    「まだ体が温まっていないから無理は禁物……」
     一方で、いつも通り無駄に大きな態度の参三や、大会の空気とリズムを掴もうと淡々と走る侑希の様に、この位置からでも優勝を狙っている者もいる。
     まだまだ序盤。勝負はどうなるかわからない。
     走者達は市街地を駆け抜け、次の舞台、井の頭公園を目指す。


    「あ……向こうの紅葉、もうかなり赤く色づいてますね」
     長い黒髪を揺らす八重沢・桜は、秋に色づき始めた井の頭公園の木々を眺めながら走っていた。
     景色を楽しんでいる場合ではないのかも知れないが、どんな時も楽しみがないと。
    「やっぱり木々の中は落ち着きますね」
     心太も、公園の景色を楽しもうと、前半のリードがなくなるのを覚悟で少しペースを落として先頭集団の後ろについた。
    「黒瑩と一緒に走れてたらなぁ」
     霊犬に先導させたかったと思いながら、楓は走り易いペースを崩さず走る。
    「風を感じるなら、やはり公園ですな」
     肌で風を感じようと道の中央を駆ける小次郎の履物は、地下足袋。雨で濡れた落ち葉が多いのではないかと予想して、だ。乾いた落ち葉ばかりだったけど。
     公園の風や景色を楽しむ走者もいる中、この公園を最初に仕掛ける場と定めた者も少なくない。
    「うん、やっぱりここですね」
     公園を少し走り、土のコンディションが良い事を目と足で確認した柊は、コンクリートよりも足に負担が少ないここで最初のスパートをかけた。
     土踏まずを意識した走り方で、少しずつ順位を上げて行く。
    「ここなら走り易そうだね」
     アリッサも、土のコンディションを確認してから、少し強気にペースを上げ始めた。
     光明も小石や落ち葉に気を配りながら、徐々にペースを上げて行く。
    「わっと」
     角の縁石に足を取られた緋色の横を、ペースを整えながら走る舞斗が駆け抜けた。公園内は地図だけの確認より、下見の成果が大きく現れる。
    「リズムに乗ってペースを上げるZ!」
     携帯音楽プレーヤーから流れてくるアニソン。早くなったテンポのリズムに乗って、洋が走るピッチを上げていく。
    「山の中に比べれば此処は走り易いよ」
     舗装されていない道の方が馴染みがある龍輝も、ここで順位を稼ごうとペースを上げて走り出す。
    「もうちっと荒れたコンディションが俺好みなんだがな……」
     そう呟くと、連は遊歩道の内側、落ち葉の積もった中に飛び出すと、滑りかけた勢いを利用して駆け抜けた。
     その頃、先頭集団の近くでも、新たな動きが起きていた。
    「よし、そろそろ追いついておこう!」
     先頭集団が少しバラけたのを見た巽の様に、第二集団から先頭集団に追いつこうと仕掛ける者が現れ順位が変動する中、先頭集団の前に公園の出口が見えた。

     公園を抜けると、すぐに吉祥寺の駅前に出る。
     人通りが多く道幅が限られる区域もあり、集団は自然とペースの近い者同士が幾つかのグループを作る形になった。
     それを待って仕掛けた走者の中には、淼の姿があった。
     去年、一昨年と2連覇を成し遂げた彼をマークしている者は少なくない。
     彼をペースメーカーにしている莉那とアルスメリアは、ここで差を広げられないようにそれぞれの位置でペースを上げて衝いていく。
    (「炎導先輩が動いたか……なら先に先頭集団に追いつく」)
     同じく彼をマークするライラも、先に先頭集団に追いつこうとペースを上げて駆け出した。
    「ダンピールが昼真っ只中でも頑張れるって所、見せないと!」
     マークしているライラが先頭集団へ距離を詰めていくのを見て、玲那がスピードを上げ始める。
    (「ついていくか。ライラさんも前に行ってるしな」)
     巧もその動きに気付いて、芋飴を口に放り込んでからペースを上げて追いかける。
    「む、待つのじゃライラ!」
     絡新婦姿のアルカンシェルも、これ以上、友に離されまいと着物の裾を豪快にまくり上げて駆け出した。
    「あなたにも負けませんよ、アルカンシェル」
     それを追う形で、これまで温存していたリアナも、ゆっくりとだが確実にペースを上げて行く。
    「先輩のV3は、この『動ける筋肉』ロアが阻止するっす!」
     集団後方、迫る淼に気付いたロアも、抜かせまいとペースを上げた。

    「さて。少しペースを上げますか」
     むせないように走る速度を落として水を飲み終えた嗚呼は、他にも給水でペースを落としている人がいるのを見て、ペースを上げた。
     それで釣られてペースを乱してくれれば、と言う作戦。
     そこに、ペースを乱しにかかったのがもう一人。
    「オーッホッホッホ! 遅い、遅いわよぉ!」
     突如高笑いを響かせた、キングだ。
     彼を良く知らない走者の中には一瞬ぎょっとした表情を浮かべた者もいるが、その程度の挑発で大きくペースを乱す者はいない。
     だが、キングの予想していなかった効果があった。
     マラソン走者へ向けられる、沿道からの声援が増えたのだ。
    (「1・2、1・2」)
     フォーム、ピッチ、呼吸を乱さないように意識する澄は、慣れた様子で胸中で刻むカウントに合わせて、沿道からの声援を励みにこつこつと先に進む。


    (「ここで引き離す……!」)
     なをは、繁華街に突入するなり人や障害物をすり抜けスパートをかけた。
     多くの人がスパートをかけるであろう坂の前にリードは広げておきたい。そこで人通りの多い繁華街を抜けていく作戦に出たのだが。
     先頭集団の中にいながら脚を溜めていた冷泉も、同じタイミング、且つ、なをより前の位置でスパートをかけていた。
     結果、先頭に踊り出た冷泉をなをが追う形になる。
    「……そろそろ上げていくか」
     先頭集団からの飛び出しを見た昌利は、ペースを上げて第二集団から飛び出すと先頭集団の追い上げを開始した。
    「これは遅れるわけには行かないな」
     同じく峻も、テンポ良くスピードを上げて第二集団から先頭集団に追い上げる。
    (「……さて、どこまでやれるかな」)
     2人に続いて、アヅマも先頭集団を見失わないようペースを上げて駆け出した。
     ここまで先頭集団の10数mの後ろにつけていた美星も、ペースを上げて先頭集団の中に入り込む隙を伺う。
     そんな美星を、允や久良、侑希と言った自分のペースで足を溜めていた面子が追い抜いて、先頭集団にじわじわと追いついて行った。
     先頭集団の中では、淼がじわじわと順位を上げて行く。それを見て、彼をマークする莉那は走り方をバネを使った力強いものに変えた。
    (「この辺で集団が崩れると思ったんだけどなー。寧ろ増えてね?」)
     繁華街で集団が崩れると予想した俊輔のプランが、崩れつつある。
    (「後ろからの追い上げがこんなに……去年とは違うってことね」)
     分析した去年の展開とは異なる流れに、絵梨香も内心舌を巻いていた。
     後ろから追い上げる走者に抜かれまいとする後方、集団前方ではスピードに乗った状態で坂道に突入しようと考える走者達がペースを上げ始めている。
     結果、先頭集団全体のペースが彼女の想定より上がっていた。この流れの中、集団の先頭に出るのは容易ではない。
    (「坂に体力残しておきたいけど、そうも言ってられないわね」)
     同じ事はライラも感じていた。給水もそこそこに、ペースを先頭集団に合わせる。
    (「皆速いな……!」)
     身体を大きく使い、持続出来る限界の速度で走っているラシェリールだが、上位陣には中々追いつけない。
     次第に先頭集団が縦に長くなって行く中、走者達の熱気が伝播したか、周りからの声援が大きくなる。
    「皆さん声援ありがとう!」
    「そろそろ上げて行くさー」
     笑顔で手を振って応えた樹咲楽の横を、一度先頭集団から遅れかけたものの追い上げを開始したゼアラムが駆け抜け、下見の逆走から導き出した地点を越えてスパートを始めた瑞樹も続いて駆けていく。
    「全力を振り絞りますよ!」
     最後の給水を取った翡翠も、そこから全力スパートで繁華街の出口へ向かって一直線に駆けていった。こんな所からスパートをかけては後で大の字になって起き上がれないかもしれないが、構わない。
     一気に3人に抜かれて、樹咲楽も前を向いてペースを上げて、その後を追い始める。
     もっとも、全員が先頭集団のペースについていける訳ではなく、集団から遅れてしまう走者も少なくなかった。
     統弥は前半より少し早いペースにしていたが、呼吸を乱さないよう、それ以上に上げることはしなかった。
    「くそっ。完全に出遅れたな」
     最後の坂に備え、捕食のゼリーを飲み終えた太一が舌を打つ。
     去年より早いスパートをかける為、繁華街は補給と決めたが、集団の動きは彼の予測とは異なっていた。ゼリーと言えど、固形を摂る際はどうしてもスピードが落ちる。
    (「もっと前にギアを上げておくべきだったか……?」)
     先頭集団をペースメーカーに定めていた勇也も出遅れを感じていた。
     集団のペースに引きずられて体力を消耗するのを嫌い、当初の想定通りに坂の手前で己のギアを上げる事を選んだのが、その頃には集団との差はかなり広がっていた。
    「む、溢してしまったか」
     給水の為にペースを落としたら集団から引き離されたイサが、驚きと汗で滑って手を滑らせ水を溢してしまう。
    「走っていれば乾くだろう……」
     濡れて張り付いた服を気にせず、氷の名を持つ少女は再び駆け出した。
    「揺さぶりじゃなくて、スパートするべきだったかな」
     断続的な短いスパートで集団を揺さぶろうとした利恵だが、短い故にスピードを上げきれず、集団について行き損ねてしまった。
    (「後ろにオーラキャノ……ンを撃って加速は出来そうにないし、こんな街中じゃだめっすね」)
     鹿丸は浮かんだ考えを、頭を振って振り払い、最後の給水に手を伸ばす。
     渡里の前でペースメーカーをしていた晶は、すっと下がって渡里に並ぶと、目で合図を送る。
     渡里もすぐに頷き返し、そのまま並走する形で2人は繁華街を抜ける。双子の勝負は、ここから始まるのだ。
    「ここまで来たら、小細工無し、全力を出し切るだけだよ」
     上位に追いつけそうにないとか、そんなことは関係ない。残る力を振り絞り、千影は坂道へ駆け出した。


     先頭で繁華街を抜けて、坂道に踏み込んだのは冷泉。
     とは言え、そのリードは僅かな距離しかなかった。
    「ボクは去年の今から! この時の為に練習してきたんだ! 例え相手が誰だろうと!」
     先頭に出た法子が、顔の上半分を覆っていた仮面を投げ捨てる。
     だが、彼女の独走も長くは続かなかった。
     前傾姿勢、最高速度で突っ込んで来た淼が、追いついて、追い越す。
     ほとんど同時に、翔、昌利、峻も後に続いて、淼に並んだ。
    「はっはっは、2冠の王を打倒する気概で来たさよー!」
     更に後ろから、驚異的な馬力で追い上げるゼアラムがじわじわと順位を上げ、彼に追い抜かれた久良は、そこで躊躇いなくスパートをかけた。
    (「どんなに苦しくたって気絶したって走り続けるんだ!」)
     ここまで来たら、後は残された力で、少しでも速く、長く粘るだけだ。
    「全力で行くわ!」
     汗を吸ったタオル貫頭衣を襟口から引き抜き、投げ捨てた千歳・桜は僅かに軽くなったのを感じてスパートをかけて坂に挑んでいく。
    「行くよ!」
     短く気合いを入れて、エールは足に力を込め走る速度を一気に上げて坂に突入する。
    「火兎の俊足、見せてやるぜッ!」
     繁華街後半でつけた勢いに乗って、全力ダッシュでヘキサも駆け上がる。
    「マラソンとは相手との戦いではない、自分との戦いなんだ!」
     命までも燃やしていく心意気で、参三もラストスパートをかける。
    「ここで全力で差をつける!」
     登り坂がきついのは判っていた事。手前で数人抜いたリズムを維持し、殊亜は更に大股で速度を上げにかかる。
     やっと崩れた集団の後方から、俊輔は1人ずつ相手の呼吸に合わせて抜いていく。
    「だらっしゃああ! 一位をよこせぇええええ!!」
     繁華街の給水で広がった差を縮めるべく、ブリジットがまさに弾丸の様に坂道へと突っ込んで来た。
     限界を次元の彼方に置いてきたつもりの全力ダッシュで、追い上げる。
    「想希でも、俺の前は走らせへん!」
     スパートするタイミングを逸して想希に抜かれた悟が、力を振り絞り死力を尽くして追いかける。
    「さ……我慢比べしましょうか」
     つらいのは同じ。少し後ろに悟の気配を感じながら、想希歯を食いしばり指輪ごと拳を握り走っていく。
    「全力で勝ちに行くぞ!」
     頭から水を被ったユーリーが、己を鼓舞する叫びを上げてラストスパート。
    「……トップギア!」
     その一言で自分の中の何かを切り替え、これまでの徒とは見違えるような速さで跳ぶ様に駆け上がる。
    「ワラスボは捕食者です、逃げる獲物は逃しません! そしておいでませ有明海!」
     ご当地PRも忘れない明海も、全力ダッシュで坂道へと駆け出した。
     朝食のワラスボ出汁の味噌汁で溜めたご当地パワー、ここで燃やさずいつ燃やす。
    「もうちょっとですよ、頑張りましょうねっ」
     周囲を走る者達に声をかけて励ましながら、晶子も坂に入った所でペースを上げた。
     このまま行けば、今年も入賞できるかも、と少し欲も出る。
     呼吸とペースを維持し続けたマルクも、負けじと温存した力と酸素をゴールまでに全て使い切るつもりでペースを上げていく。
     先頭集団後方につけていた走者も次々と坂道に挑みかかる中、集団の中位の順位は目まぐるしく入れ替わる。
     最後まで諦めるつもりのない瑞樹がじわじわと順位を上げて行く。
     すぐ後ろには、前傾姿勢になり足で地面を掴むようにして駆け上がる小次郎の姿が。
     その2人を、青いマフラーを靡かせて駆け上がって来た花火が追い抜いた。更に追い上げようと飛ばす花火を、ラシェリールが死ぬ気で追いかける。
    「勝負事である以上、譲る気は無い」
     ピッチを上げたペースで駆け上っていた純也も、僅かに前傾姿勢になって更なるスパートをかけて追い上げを始める。
    (「死力を尽くして――ぶち抜く!」)
     アルスメリアのマークしていた背中は遠くなったが、そんなことはお構いなしに帽子とサングラスを投げ捨て、残る体力を一気に吐き出し駆け上がる。
    (「前を抜ききれなくてもいい。だが、ここまで来たら抜かれる訳にはいかない!」)
     これ以上抜かれまいと、月夜はロングスパートで疲れた身体で駆け上る。
     彼が抜ききれないと思う程、上位陣は激戦状態だった。
    「やるからにはマジ本気ッス!」
    (「それにゴール前は可愛い女子が見てるかも知んねーし! 俺のイケメンっぷりを見せつけるチャンスじゃねーの」)
     タリスマンに祈った甲斐があったか。調子付いた允も部活とバイトで鍛えた脚力を存分に発揮し、一気に上位に食い込んでみせる。
    「日々の修行の成果、この場で出し切らせて貰う!」
    「本気で、優勝狙うと、言った」
     上位陣の中で抜きつ抜かれつを繰り返す慧悟と里桜も、どちらも譲らないままじわじわと順位を上げてきた。
    「悪いが……負けるつもりは……ない!」
     温存した力を振り絞って一気にスパートに出た侑希が、2人の後に続く。
    「先に行くぜぇぇ!」
     他人に足を絡めないように注意しつつ、強引な抜きで追い上げるキング(どうやら電波受信中)が、かなりバテた様子の唯を抜き去った。
    (「ここで手を抜くと絶対後悔する。そんなの絶対いや」)
     苦しいのは当たり前。限界を乗り越えてこそ。
     なりふり構わず、魂削る程の意志で勢いを取り戻した唯がキングを抜き返す。
    「やっぱ、こういう勝負事って燃えるぜ♪」
     前半のリードはとっくになくなっているイオも、ゴールまでに残る全てを使い切るつもりで、再び駆け出し勝負に出る。
     同じく前半に飛ばした晴香も、少しでも順位を上げようと残った全て使い切る勢いで坂を駆け上がる。
    「魂を……燃やせぇぇえええ!!」
     自らを鼓舞するように吠えたクーガーが、残る体力を、血の一滴まで振り絞るように駆け上がって行く。
     坂の中盤から先頭まで響いた声に追われるようにして、学園のトラック、最後の直線勝負に11人が駆け込んだ。
    「ここだ!」
    「今年、こそ……」
     逃げ切り狙いで最後の力を振り絞った翔が飛び出し、そのすぐ後ろに慧悟が続く。
    (「ぐっ……誰もペースが落ちない……!」)
     ライラも必死で追い上げるが、2人を抜き去るには届かない。
     最後のトラック勝負に力を残していたのは彼女1人ではなかったと言う事だ。
    「慧悟! 行かせるか!」
    「!!」
     負けたくない。その一心で里桜が慧悟を抜いて、更に翔に迫る。
     だが。
    「命削って走る学園一の体力馬鹿は俺だけでいいっ!」
     歩幅を大きく取ったストライド走法の淼が。
    「駆け抜ける!」
     速筋を働かせ最後の加速を見せた峻が。
    「出し惜しみはしねぇッス!」
     全身全霊を賭けて、ただ突っ走る昌利が。
     2人を抜いた3人は、ほぼ並んだまま真っ直ぐにゴールの先まで駆け抜けた。
     切れた白いテープが舞い上がり、3人が力尽きてその場に倒れこむ。
     そして、1人だけ。
    「―――ッッ!!」
     テープを切った確かな感触を得た昌利が、仰向けに倒れたまま、無言の叫びと共に拳を天に突き上げた。


     新たな王者を称えて響いていた拍手が、次第に後続の完走者へと向けられる。
    「やった、完走!」
    「入賞? やったぁ!」
     完走を喜ぶ澄。少し後にゴールした空も、最低でもと目指した結果には充分届いて素直に喜ぶ。
    「……カンペキ……と、言える、でしょう……か」
     最後の最後、自分のペースも基本に忠実な走りも捨てて、後先考えない猛ダッシュをした奈王。おかげで息も絶え絶えになったが、成果はあった。
    「よしっ!」
     同じく坂の終盤から後先考えないダッシュで順位を上げた心太が、入賞を聞いてぐっと拳を握った。
    「あと2人抜けてたら……か」
     朱香も坂道はペースを守って、最後に飛ばして順位を上げようとしたが、惜しくも入賞を逃す結果に終わった。
    「届かなかったが……今年も全て出し尽くせた」
     勝負は時の運。明も入賞を逃したが、爽やかに締める。
     大会の順位とは別に、幾つか行われていた個人戦も決着がついていた。
     共に肩を上下させて呼吸が荒い状態のまま、にやりと笑みを浮かべた渡里を、どこか悔しげに晶が見返す。
    「椿ちゃん!」
     裸足で駆け込んできた椿を、一足早くゴールしたフェイが出迎えた。
     共に入賞はならなかったが、2人の勝負は、途中全て忘れて椿を追いかけて追い抜いたフェイに軍配が上がった。
     洋、嗚呼とスパートをかけてゴールし、歩幅を大きく走る真昼の後ろから、坂を登り切ったクロノも全力で駆けて来る。
     既に入賞者が決まっても、10000メートルを最後まで全力で駆けてゴールに飛び込んで来る走者達。
     彼らの健闘を称える拍手は、しばらく鳴り止みそうになかった。

    作者:泰月 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月31日
    難度:簡単
    参加:96人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 16/感動した 7/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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